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シナリオ詳細

The rain begins with a single drop.

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『The rain begins with a single drop.』
 リズミカルに降注いだ雨音を、オーケストラだと笑う君が駆け出した。
 くるり、くるりと雨の中で踊っている。一人きりの舞台。主演女優は君だった。
 僕は彼女に「綺麗だね」と笑いかけるだけ。それだけで、良かったのだ。

「それって、物語のようじゃない?」
 彼女は可笑しそうな顔をしてそう言った。
「そうかな。物語のような言葉はお嫌い?」
 僕はおどけて、彼女に言った。彼女は妙な顔をしてから窓の外を見た。「さあ」と彼女は呟いて。

 僕と彼女は、ただの幼馴染みだった。最後の一時まで、手を繋いで眠るような清い関係だった。
 僕が感じたよこしまが彼女にとって受入れられるものであるかもわからない。
 それでも、ひっそりと、その感情を抱いていたのだ。

 目を伏せて、最後に告げるのは『おやすみなさい』でなければ良い。
 伝えたい言葉は、もう決まっていたんだ。
 なのに、雨が降っている。火と水。その何方もが、襲い来る。
 君は、君は何処に行ったんだろう。
 どうして手を離してしまったんだろう。
 君を守ると誓っていたのに。……ああ、君と毎年眺めたあの木の下で伝えたかったんだ―――XXXXX。


 曇天の雲は秋の爽空を覆い隠した。雨を逃れる様に身を隠して古書店へと滑り込んだリンディス=クァドラータ (p3p007979)の鼻先を擽ったのは金木犀の薫り。秋の訪れを告げたそれが心を穏やかさに満たし往く。
 擦れ違った誰かの残り香に振り返ってから彼女が手に取ったのは一冊の本であった――

「マルジナリアをご存じでしょうか? 本の余白(マージン)に書き込むもののことなのです。
 悪戯書きも確かにありますが、メモや感想を残していることもあるのです。誰かの手に渡り、その人のこころを宿した本の記憶ですね」
 不言色のブックカバーを掛けられた本を手にしていたリンディスは丁寧にその本をテーブルの上へと置いた。
 雨を題材にしたオムニバス。別々の作者が認めた秋雨の物語。しとやかで、そして繊細な恋のはなしが綴られている。
 リンディスは書架で直感的に気になった本を買い取ったらしい。その目を引いたのが冒頭に残されていたマルジナリア。

 ――雨が君を連れ去ってしまう前に。

「この言葉から、この余白の物語が始まりました。
 前の持ち主の綴った余白の物語(マルジナリア)は本の感想や所感に雑じりながら幻想のある村の名前が書いてありました」
 幻想王国の片隅にかつて存在したというその村の名前はアトレランテ。今は存在しないその村はいつかの戦で焼け落ちたのだと言う。
 長閑な山村に棲まった心優しき人々も離れた場所へと住まいを移し、今は伽藍堂になった集落跡のみが残されているらしい。
 草木が茂り、自然に朽ちて行く村の景色。そんな誰かの想いの涯へ思いを馳せた少女は最後のページをそうと開いてみせる。

 ――金木犀の根元、愛し君へ。

 この言葉は誰が、どの様な思いで残したのだろうか。問う事は出来ずとも、その地へと訪れてみたい。
 余白に描かれた『一人の読者』の物語。悪戯書きであろうとも、本を手にした誰かが零した想いの一滴を辿り往くのも『読む者』にとっての選択で。
「この言葉を残した人が、確かに居たのでしょう。ひょっとすれば、この本は……誰かに向けた伝えたかった言葉(ラブレター)だったのかもしれません。
 よければ、この余白を辿りませんか。『誰かの書き残した言葉(マルジナリア)』を辿って――」


 目次 ――余白:雨が君を連れ去ってしまう前に ――P.1

 リズミカルに降注いだ雨音を、オーケストラだと笑う君が駆け出した。
 ――余白:君の全てを忘れる前に。君の笑う顔を忘れない様に。 ――P.23

「それって、物語のようじゃない?」 彼女は可笑しそうな顔をしてそう言った。
「そうかな。物語のような言葉はお嫌い?」 僕はおどけて、彼女に言った。彼女は妙な顔をしてから窓の外を見た。「さあ」
 ――余白:君に伝える言葉を考えている ――P.102

 目を伏せて、最後に告げるのは『おやすみなさい』でなければ良い。
 ――余白:金木犀の根元、愛し君へ ――P.232

 金木犀の香りが鼻孔を擽った。アトレランテ跡地は朽ちて行く家屋にも草木が纏わり付いている。
 崩れた煉瓦の隙間から顔を出した栗鼠は食物を求めるように鼻先をひくつかせて。そんな和やかな秋だけが広がるこの場所は人の気配は疎らであった。
 持ち込んだ本を辿るように、村を往く。村はずれにひっそりと佇んだ金木犀へと近付く度に天蓋は不機嫌顔を晒し続ける。
 いつかの日。
 雨降る日のオムニバス。物語の如く雨が降り荒めば、咲き誇った気高き花は散り落ちて金色の絨毯を作るのだろうか。
 まるで『彼』が『彼女』を迎えるために待っていた日のように。

「君に会いたかった――」

 姿を現したのは、俯く一人の青年であった。

GMコメント

 リクエスト有難うございます。日下部あやめと申します。

●目的
 『青年の怨霊』の撃破

●シチュエーション
 古書店で手に入れた本の余白に書かれていたマルジナリア。余白のメモ書き。
 そこに綴られていた『誰かの物語』を辿り、辿り着いたのがアトレランテという山村でした。

 アトレランテは嘗ての戦で焼け落ちて、もはや伽藍堂。廃墟となっています。雄大な自然はその傷痕さえも覆い隠し、芽吹き続けているようです。
 村の端に堂々と存在した金木犀の木々。曇天の空、降り出しそうな雨模様。
 そんな場所に、ひっそりと一人の青年が姿を現しました。彼は『この物語の登場人物』なのでしょう。

●青年の怨霊
 伝えることの出来なかった悔恨を、そして、愛しき人への思いだけを抱えながら佇む青年です。
 皆さんを見ると最初は問答無用に襲い掛かってくるでしょう。
 嘗て、古き時代に此の地が戦火に飲まれた際に生き別れた彼女を護るが為に……。
 彼を倒しきるには『二度の戦闘不能』が必要となります。
『一度目の不殺』で彼を正気に戻し、『二度目の戦闘不能』で彼をこの世界から解き放ってあげて下さい。
 彼を此の地に縛り付けるのは、愛しき人への想いと、伝え損ねた悔恨、そして、彼女を護れなかったという後悔です。
 また、彼の心に答えずとも、問答無用で二回の戦闘不能を行う事で倒しきることが可能です。

●『彼女』
 アトレランテで死したある娘。青年の幼馴染みです。彼と金木犀の下で落ち合う筈でした。。
 雨が降れば金木犀の花が落ち、絨毯のようになって自身を誘ってくれると愉快そうに笑う天真爛漫な少女です。
 彼女は『村の何処か』で亡くなったようです。
 緑の茂った村では彼女が身に付けていた『イエローサファイアのネックレス』を見つけることが出来るでしょう。
 青年にそのネックレスを渡してあげれば、屹度、救いになる筈です。最早死に別れた彼女でも。最後の一時、伝えたい言葉があったのですから。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • The rain begins with a single drop.完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年09月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
神楽・緋色(p3p010102)
ただの音楽家

リプレイ

●IF
 もしも、奇跡が存在したならば。
 それはこの瞬間に吹く秋風のように、金木犀の香りと共に舞い届いて欲しい。
 彼が、彼女と出会える最後の刹那が有り得て欲しいと――そう、願わずにはいられない。

 ――『余白へ綴って』


 クレヨンで辿々しく絵本に描いた落書きは母には怒られるものであったけれど。それもひとしおの思い出になる。
 駄目だと叱る母の声を思い出し『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は誰かが絵本を手に取って、自身の幼少期の『物語』に思いを馳せる時が来るのだろうかと笑みを零した。この余白には『彼』の思いが存在して居る。それが、マルジナリア、欄外に残された未達の想い。
「妾自身は恋物語には縁がない故、知ったようなことは言えぬ身じゃが……。
 愛し君へ、というのは短くも想いが伝わる良い言葉じゃな」
 たった四文字に、込められた愛おしさに。『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)は目を伏せた。愛し恋しと言葉を重ねた経験は無くとも、そのこころがどれ程に大切で壊れ物のように繊細であるかは分かりきっている。大切に大切に、本に描いて笑む程に、硝子ケースに閉じ込めた愛の言葉。
 本にその言葉を綴ったのは偶然で。『彼』の身の上に襲った物語も偶然、リンディスが見つけたのも偶然、それをイレギュラーズが解決しに往くのだって――どれにだって必然はない。ただ、ソレだけの話であった。それでも、それだけで良いのだと『ただの音楽家』神楽・緋色(p3p010102)は旋律(スコア)を読むように言葉を連ねた。
「本の出版された年代やアトレランテが戦火に巻き込まれた歴史を辿れば、この『マルジナリア』が相当昔に書かれたものであることが分かるね」
 背表紙を優しい手つきで撫でたマルク・シリング(p3p001309)は刻を経ても、その想いは残るのだと目を伏せた。
 戦でその村が焼け落ちたのは何時のことだったのだろう。遠い日、かげろうの向こう側。悍ましい戦火に飲まれて死にゆく人々。
 その様子をまざまざと『思い出して』、『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は小さく息を吐いた。どうにも、自身の過去と重ねてしまう。夜明けの頃に、暁が燃える恐ろしさと心地よさ。過去と向き合う恐怖は、その足を竦ませるだけ。
「それだけの長い間、この『マルジナリア』は宙ぶらりんなんだよな。
 もし、この綴られた思いが宙ぶらりんで、誰かを縛り続けて居るなら、何とかしてやりた――……皆も同じ思いみたいだな」
 決心は揺らがない『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が可笑しそうに笑えばクラリーチェも唇に笑みを乗せた。三日月に緩んだその笑みは己の過去に背を向けることなく、淡い月を望むように。
「ひとの強い想いは、ときに迷える魂となりて現世に遺る。それを正しく導くのが、私の仕事。……参りましょうか。『彼』と『彼女』を導くために」
 導きは、何時だって書物によって。『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の人生は文(ことば)で彩られていた。
 春の芽吹きに、夏の夜更け、秋の静けさに冬の厳しさ。その全てが物語で彩られた。智慧に溢れる書架(のうみそ)は何時だって物語に恋い焦がれ。
 ドラマは改めて、『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)に向き直った。物語を記録する者と、読む者と、その違いがあれども。焦がれたのは『本(ものがたり)』なのだから。
「リンディスさんはこのような物語の舞台にお誘い頂き、ありがとうございます。
 幼馴染み……私にとってはアカツキちゃんみたいな存在ですかね。異性だとまた違うものもあるのかも知れませんが」
「親愛と、恋愛は違うのかもしれんなあ。妾自身も分かったことは言えんのじゃけど」
 そうですね、とドラマは目を細めた。その意味を知る事ができるのかも知れない。リンディスは「応えは本の中にあるのかもしれません」と朗々と語る。

 ――本に刻まれた貴方の記憶(マルジナリア)。

 識る事が出来たのは偶然でも、幸運だった。こうして渡り渡り辿り着いた縁、未達の想いの先を描くことが出来るのは自身達であると。
「宜しいですか」
 リンディスは問うた。物語の先へ。誰かの『想い』を詳らかにする覚悟は何時だって必要だ。恐ろしく、悍ましく、そして、皓々たるカーテンコールのその袂。
「よっし! この物語を、もう少し後味のいい形に仕上げようぜ!」
「それこそが『特異運命座標(どくしゃ)』の仕事。さぁ……物語を、見届けにいきましょう。せめて救いのあるAfterを」
 風牙の微笑みに、ドラマは手を差し伸べた。


 アトレランテは嘗ては存在した村であったらしい。茂る草木は大らかな自然の強かさを感じさせる。朽ちてゆく家屋を一瞥し、緋色は耳を澄ます。
 余白を描いた青年の思い人、幼馴染みであったという『彼女』の手を取り、導くことが出来れば。そう願わずには居られない。
 木々のざわめきに語りかけてアカツキは甘い香りが鼻先を擽って首を捻った。馨しい、華やかなそれは金木犀の香りだろうか。そちらに『彼』が待っているならばその木から離れ、『彼女』の足取りを辿らねばならない。
「植物さん植物さん、妾達の探す少女の事を教えておくれ……」
 彼女はどの様な人だったのだろう。余白と、雨の物語から人となりを想像しよう。屹度、ページに描かれた少女像が彼女に似ているのかも知れない。
 天蓋より伺い見る目は神の視点とも呼べるだろうか。村内の静寂に目をやってリンディスは何処かに痕跡が残っていないかと首を捻る。
「ネックレスの在処かあ」
「イエローサファイアのネックレス。……雨が、連れ去ってしまった彼女です」
 リンディスにフランは「雨に攫われないように、それだけ残っているのかな」と呟いた。
「ああ、そうかもしれない。金木犀の木には辿り着けなかった彼女が、何処かで雨を除けて、止むのを待ってたら。
 って考えても仕方ないよな。目と足で調査するのが基本だ! 草の根を掻き分ける勢いで探してやろうぜ」
 唇を吊り上げ微笑んだ風牙にフランは大きく頷いた。捜索は地道に行わねばならないか。
 マルクは「家の痕跡は残っているんだね」と。辺り一帯を天より見回した鳥の視界を借りた彼の目は隈無くアトレランテを見回していた。
 壮大なる自然は嘗ての戦の後など覆い隠していた。故に、見つけることは困難であるかも知れない。それでも――彼女は雨を凌いで屋内にいた可能性はある。不自然に盛り上がった草木の下に、イエローサファイアは輝いているのではないか。
「直接の戦火で無くとも、食料の徴発や流通の停滞が起これば、村は飢えて死ぬんだ」
 故郷は飢えて、朽ちた。草木が恵みの雨に逢えず枯れ果てるように。
 この村の何処に、彼女を知る草が棲まうているのか。自然に調和し、共に生きるクラリーチェは魂の行方を探るように、草木を掻き分けた。
 花々に言の葉かけるドラマは永き過ぎゆく歳月で劣化してしまっていても見分ける目を持っていた。ネックレス、彼女の生きた証。
 何処にあるかを耳を傾ける少女のなりの娘達。アカツキは傍らのドラマを一瞥してから目を伏せて。
「零れた想いをもう一度器に注ぐ、ただそれだけでいいんじゃ。それ以上は望まぬ、じゃからお願いするのじゃ植物さん達よ」

 雨垂れのように、ぴん、と音がした。それは旋律のような、張る弦を弾いたような。僅かなヒント。
 クラリーチェとドラマは頷き合う。アカツキは感謝を述べて、リンディスの祈りを受けた緋色の声音は響き渡る。
 彼女へ――「もしも、もしも聞こえているのなら応えてはくれないだろうか?」
 緋色はそう呼び掛けた。彼には彼女が必要で。彼女が彼を導いて『物語』は終わりを告げる。
 IF(もしも)――そんな、輝かしい未来があったならば。それを、人は奇跡と呼ぶのだろう。


 金木犀の香りがその身を包む。その花々は甘い蜜のように風に揺らいで香りを運んだ。その真下に、独りの男がぽつねんと立っている。
 彼が余白の主、物語の登場人物。リンディス達が追いかけた主人公。フランは「あの人だね」と呟いた。
「――誰だい」
 優しい声色だとリンディスは感じていた。いや、そうで在れば良いと望んでいたのだ。この余白の熱烈な愛情がそれを顕わしているようだったから。
「この本は――貴方が、"書き加えた"ものですか?」
「『誰だ』と聞いてるのに!」
 嗚呼、熱い。身が裂けそうな程にひりついた。穏やかさが形を潜め、狂気の如く襲い来る。言葉を重ねようとも、まだ届かない。
 仕方ないかとアカツキは腕へと宿す朱色へと魔力を走らせた。
 ひりつく気配は、怨嗟か。後悔か。此の地を踏み締めた異邦人。まるで村が燃えた過去を垣間見るような恐ろしさ。
「想いと、悔恨と、後悔……それら全てで何も見えなくなっておるか。
 よかろう、気が済むまでかかってくるがよい! とことん付き合ってやるのじゃ!!」
 命を奪わぬ術。アカツキが身に付けた魔術がぱちりと音を立てる。その気配に青年は叫んだ。
「――『彼女』は、あの子をどこに!」
 賊に根刮ぎ奪われる恐怖。それと戦うように恐慌の叫びがクラリーチェの耳朶を叩いた。張裂けそうな想いを胸に、男が立ち向かう。
「……悪いね。俺たちは、キミの待ち人ではない」
 彼は何時までも此処で待っていたのだ。愛しき彼女。美しく微笑んだ幼馴染み。大切だっと、伝えたかった『余白の愛』
 正気に戻さねば彼の言葉は綴れやしない、宿せやしない、届やしない。彼を彼に戻すが為の戦いだとドラマは師の力を描く。その叡智は十つシキの解析と理解を効率化させる。前線へと立った同胞の背を眺め、クラリーチェの永訣の音は荘厳に鳴り響く。
 道示す鐘の音響けど、彼はまだそっぽを向いたまま。恐慌は、頑なに殻を鎖して。
「私達は、貴方を害するためにやってきたのではありません」
 聞こえぬとそっぽを向くのなら。マルクはその意識を此方に向けさせねばと瞬く神聖を光として彼の元へと届けた。
「まずは目を覚ましてもらうぜ、おにいさん! でなきゃ、ちゃんと言葉を綴れないだろう?」
 言葉が欲しかった。風牙は、期待していた。
 ささやかな物語のハッピーエンドは遠い未来(アフター)に有り得たっても良いはずだ。寂しい終わりなんて、見たくはないから。
「倒れないでくださいね……! こうして会えたのですから、お話したいことがたくさんあります!」
 リンディスは綴る手を止めたくは無かった。余白の物語はまだ、続いてくれるはずだから。

 ――「それって、物語のようじゃない?」「そうかな。物語のような言葉はお嫌い?」――

 いいや、物語のような世界を見てみたい。君が、雨に連れ去られる前に。彼の手を引いて、彼女には笑っていて欲しいのだから。


 彼女の名は、フェア……フェアラインと云うらしい。可愛らしくないからと頬を膨らませる彼女が青年は大好きだった。
 一度目の昏睡は、彼にクリアな視界を齎した。「分かる?」と見下ろしてくれるフランの金木犀の長髪が影を作る。ぎょうと目を見開いて僅かに後退した青年はぎこちなく頷いた。
「意識ははっきりしていますか?」
 穏やかに問い掛けるマルクに青年は頷いた。そして、その時に彼が「フェアは何処ですか」と問うたのだ。
 叶わぬ儘、永久に別れた愛しき人の名前。永劫のさよならを刻み込んだ恋心。悲しい結末に終わった、秘した恋の続きが音を立てて動き出す。それは、錆付いた時計の針が目覚めたように一つ、駆け出したかのような不可思議な高揚感。
「『フェアさん』の居場所を探したいと思っていたんだ。けど、君を待っている間に気付いてしまって」
 家屋の中に、錆付いたネックレスが落ちていた。晴れ間のように笑った、晴天の少女。彼女のイエローサファイアはドラマの掌で光輝いている。
「劣化はしていましたが、磨けば姿を戻すことが出来ました。……これは、あなたにお返ししてもよいでしょうか?」
 美術の知識が、少女が居た証を美しく煌めかした。彼は目を見開いて、どうしてと囁いた。
 リンディスはそっと手にしていた本を――『The rain begins with a single drop』を差し出して。
「改めて――この本を継いだ者です。お話を、聞かせてください」
「それ、は」
 余白に、描いた想い。伝えることさえ叶わずに、戦火を免れた本は古本となって彼女の手へと届いた。
「……彼女に、伝えたかった想いを書いたんだ。僕の感じたよこしまなんて、清純な彼女に伝えられない。だから――」
 リンディスは、息を飲む。ああ、彼は、どれだけ苦しんだのか。焔の雨が、全てを奪うその一瞬まで。
 こうして怨霊に成り下がろうとも、その想いだけは大切に大切に硝子ケースにしまい続けたほどに美しき純愛。
「いいえ、いいえ。……受入れられないと、思って居たとしても。伝えてあげて下さい、貴方にとって彼女こそが、だったのならば」
 言葉に出来なかった、その苦しさが。彼女を護る事のできなかった悲しみが。
 彼の在り方を変貌させたのだとしても、それでも変わらなかったその想いは、彼女になら届けられる。
「……綴じただけの想いを解いて、言葉にして、そうすれば彼女は……フェアさんは『受け止める』ことは、出来るはずですから」
「け、ど……」
 緋色はそっと膝を突く。青年の手に握りしめられたイエローサファイアを撫で、座り込んだ彼の背を撫でて。
「一緒に居てくれるそうだ。君には、自分がいなきゃならないと、そう笑っていたよ」
 でまかせであっても、いい。そうだと、ネックレスを手にしたときに伝わった数々。このネックレスの場所を探る内に僅かな影を見た。それはその場所を示して直ぐに消えてしまったけれど――屹度、彼女なのだ。
「イエローサファイアは硬く結晶するその様から、永遠の愛を象徴すると言われることもある石じゃ。
 愛の守護石であるそれはきっと、お主の言葉を伝えてくれるじゃろう。少なくとも妾はそう信じておるよ」
 言の葉を喩えたその宝玉に。アカツキは揶揄うように微笑んだ。
「それに、金木犀もその石も、どちらも真実という意味を持つ木石じゃ、まことの愛……お主に似合いではないか?」
 まことの愛を示すなら。屹度、この樹と彼女の愛した石が云い。
 青年は、ぽつり、ぽつりと口を開いて。
「何、ロクな楽器が無くとも音を奏でることくらいできるさ。
 音楽には多少の心得があってね、こんな小さなベルと武具、あとは身体があればね……キミも一緒に奏でてみるかい?」
 彼女に、と。緋色がそっと手を差し伸べた。青年は頷いて立ち上がる。彼女は聞いてくれているだろうか。

 綺麗ね、と。躍り、笑ってくれる彼女がいるはずだ。
 愛しているよと戯けて云えば、彼女は屹度、こう答えるんだ。――ばかね、遅すぎるくらいだわ!
 ああ、そんな未来が。ここにあったなら。
 ……どれだけ、幸せだっただろう? 

 待ち続けた青年の今生では叶わなかった愛が、これだけ温かかったのならば。
 誰かを思い続ける気持ちに蓋をして、目を逸らす事さえ余りに莫迦らしく感じて――僕はまだ、諦めるべきではないのかもしれない。
 マルクは青年の涙に独りごちた。いつか己の世界に回帰する者、この世界に残り続ける人。その間に横たわった世界という大きな溝。
 そこに愛が生まれたら? 愛が縛る鎖になってしまうならば、愛なんて生まれなければ苦しくなかったの意かも知れないのに。
「……けど、愛することが、奇跡なんだよな」
 風牙はそう微笑んだ。『愛した』から再び逢えた。ネックレスが形を全て喪うことなく存在して居た。彼の手に渡って、輝いたそれが雨に攫われず共に或る。
「雨は、嫌い?」
 フランは青年の側で伺った。青年は「彼女が、連れ去られてしまいそうだから」と小さく呟く。

 ――リズミカルに降注いだ雨音を、オーケストラだと笑う君が駆け出した。
 そんな日は遠く。戦火の気配を打ち消すように降った雨が金木犀の香りを遮った。僕と君の間に隔てた雨は、もう、君に会えないとさえ。

 フランは手を組み合わせる。ぽつ、ぽつと。降注ぐ雨に青年の身は固くなる。
 怯えた彼へと近付いて、彼が手にしたネックレスをその両手で包み込んだ。彼の手は、ひやりとしている。人ではない、これから死にゆく怪物だ。
「もう雨は連れ去りなんてしない。きっと二人一緒に、未来への旅に連れて行ってくれるよ。だから二人仲良く『おやすみなさい』」
 ね、と微笑んだ。この雨が、どれだけ降り続けようとも彼と彼女は離れない。
「さ、そろそろ旅に出ましょうか」
 クラリーチェの鐘の音は、静謐なる世界によく響く。
 天が命の終を告げるときはこんな音色がするのだろうか。
 彼女が最後に目にしたのは誰かの笑顔だったら良い。彼女が最後に耳にしたのが、こんな美しい音だったら良い。
 ドラマは金木犀の香りにふと、顔を上げた。吹いた風は花と彼を連れ去った。残されたのは小さな朽ちたネックレス。
「それでは、また」
 物語の余白に、こう記しておこう。ぽつりとした小さな石碑。掛けられたイエローサファイアは何時までも輝くと信じて。

 金木犀の下、愛し君と二人眠らん――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度は素敵なリクエストを有難う御座いました。
 皆さんがこれから出会うであろう素敵な『余白の物語』の始発へと触れることが出来て光栄です。
 これから、どの物語に出会えども、皆さんは誰かのIFに素晴らしき未来を刻むのでしょうね。
 またご縁が御座いましたらどうぞ、宜しくお願い致します。

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