PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>狐落し

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●千匹の狼と一匹の狐
 雑木林の中の小さな社。『家内安全』ののぼりがはためき『幸福をくれる神様』が居ると噂のその場所は古民家カフェ『小りん』と合わせて特集されることも或る。
 こじんまりとしたカフェのアルバイトを行っていた黒髪の少女は「ただいま!」と嬉しそうに社へと飛び付いた。
「今日はね、お水を運ぶの上手になったねってマスターに褒められたの」
 誰に言うでもなく社の前に腰掛けて。持たせて貰った稲荷すしを目一杯に頬張った。
 丸い眸は嬉しそうに細められて。臀部からひょこりと出た狐の尾がゆらりと揺らぐ。
 悪性怪異:夜妖<ヨル>の『りん』は人間社会に上手に馴染む。
 それもすべては『素敵なおにいさんとおねえさん』のお陰なのだ。また遊びに来るねと云っていた皆の訪れを待ちながら、りんはエプロンの紐を解いて――

「狐だ」
 誰かの声がした。首を傾いだおきつねさまがぱちりぱちりと瞬いて。
「おいしそうだなあ」
「ああ、おいしそうだなあ」
「食べちゃおうか」
「そうしようか」
 複数の声が踊った。毛むくじゃらな腕に押さえられて、少女は赤い赤い空間に飲まれていく。
 楽しいばかりの素敵な場所から、遠ざかるように世界が閉じる。白い指先が宙を掻いた。

 ――きっと、バチがあたったんだ。夜妖のくせに、怪異のくせに。
 人と楽しく過ごしてたから。ああ、おにいさんとおねえさんと、もういちどあそびたかったなあ。

●introduction
 希望ヶ浜のランチタイムを彩るガイドブック。紙面には何時だって美味しいカフェランチが特集されている。
 ガイドブックにも掲載されてるカフェ『小りん』で食べたしらすと青ネギのキッシュを思い出し新道 風牙(p3p005012)は涎をごくりと音を立てて飲み込んだ。
 古民家カフェ『小りん』は味は確かだが、ちょっとした怪談に悩まされていたことがある。
 悪性怪異とは云えども、地に憑いて居る夜妖<ヨル>の『おきつねさま』の怪異譚を終わらせ、彼女の寂しさを和らがせるためにカフェアルバイトに提案したのは早くも数ヶ月前。
 おきつねさま、こと、『りん』もそろそろアルバイトには慣れただろうか。狐耳を隠す為の帽子に難儀していた小さな少女を思い出し風牙の唇が緩む。
「あ、居た居た!」
 カフェローレットを覗き込んだ退紅・万葉(p3n000171)は幼い子供のように手を振っている。その横では面白山高原先輩がどっしりと構えていた。
「風牙さん。あの、りんちゃんって憶えて居る? 古民家カフェ『小りん』の夜妖の……」
「ああ、覚えてるよ。どうした? りんが寂しくなったって?」
 歯を見せて笑った風牙に万葉は居心地が悪そうに目を伏せる。
「居なくなったの。それで、連れ去られた先は――」

 ――佐伯製作所 大量行方不明事件の真実とは!?

 そうして噂される日々の空想。それにより、R.O.O(ヒイズル)と希望ヶ浜に真性怪異の影響が及んだ話は聞いたことはないだろうか。
 勿論、今回もそうした事件の一遍であることは確からしい。
 古民家カフェ『小りん』でアルバイトをして居る夜妖の『りん』が異世界へと連れ去られたらしい。
 夜妖同士の話だと通常なら取り合われないような事だが、彼女が姿を消したことをカフェのマスターが心配しているらしい。
「そりゃ、怪異同士の話ではあるのだけれど……折角アルバイトを頑張ってる小さな女の子だもの。
 何だか放っておけないなあっておもって。ごめんなさい、いきなりなんだけど……」
「助けに行かなきゃな」
 風牙は大きく頷いた。
 りんを助けるだけではない。彼女を餌にしようとしてるというならば、彼女を食って異世界で力を付けようとする事を防げるはずだ。
 侵食する世界を護る為にも、小さな彼女を助け出してやろう。
「あの、それで、お守りなの」
『音呂木の鈴』をそっと差し出した万葉は「無事に帰ってきてね」と願う様にそう言った。

GMコメント

 日下部あやめと申します。どうぞ、宜しくお願いします。

●目的
 『りん』の保護

●異世界
 それは紅色に染まり、落ちてきそうな程の圧迫感を感じる希望ヶ浜に出来た異世界です。
 建国さんの社を入り口として繋がっているようです。入り込むと、竹林とどうしてか輝かしい月だけが印象的な空間です。
 和テイストな空間が広がり、理解不能な文字列が看板には描かれており、明らかに急増された異世界のようです。
 小さな怪異『りん』は入って直ぐの公園の滑り台の上で泣いています。
 どうやら千匹狼の餌にされるべく連れてこられたようです。
 異世界から出るには少し離れた希望ヶ浜学園の校門を潜らないと行けないそうです。

●悪性怪異:夜妖<ヨル> かじがばば
 鍛冶が嬶(かじがばば)と呼ばれる白色の狼です。鍋をかん、かんと鳴らして標的を探しています。
 異世界ではとても強力な夜妖<ヨル>であるようです。

●悪性怪異:夜妖<ヨル> 千匹狼
 その名の通り、異世界の至る所に歩き回っている狼です。りんと入り込んできたイレギュラーズを探しています。
 一体一体は余り強くありませんが千匹も居るために対処も難しいでしょう。
 倒し続けるとかじがばばを呼び出すようです。

●『怪異きつねさま』『りん』
 りん、とはイレギュラーズの皆さんが付けた呼び名です。悪性怪異:夜妖<ヨル>の一種。
 ――雑木林の奥から手招きをしてこっちにおいで、こっちにおいでと誘う声がする……。
 狐の耳に黒髪の幼い少女の姿をして居ます。気が昂ぶると顔が狐になる事も。
 そんなお狐さんです。古民家カフェ『小りん』で名物狐さんとしてのんびりと過ごしていました。ある意味で土地に憑いた夜妖です。
 しくしくと泣きながら異世界を歩き回っています。
 (再現性東京2010:アフタヌーンはお好みでにて登場しましたがご存じ無くとも支障ありません)

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●侵食度
 当シナリオは成功することで希望ヶ浜及び神光の共通パラメーターである『侵食度』の進行を遅らせることが出来ます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <半影食>狐落し完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年09月17日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
勇者と生きる魔王
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標

リプレイ


 天蓋に差した暗紅色は迫り来るように圧迫感を与えた。まるで呼吸の仕方さえも忘れてしまいそうな――そんな異界がイレギュラーズを迎え入れた。
 黄昏時の空気の如くのっぺりと伸びた影が現実との乖離を感じさせる。時に姿を変化させる異世界は常に真新しさを感じさせた。希望ヶ浜をベースに、複数にも変化し重なり合った異世界は何時の日には本来の希望ヶ浜さえ飲み込んでしまうのではないかとさえ錯覚させる。
 ごくりと息を飲んだ『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)は「異世界絡みの事件が頻発しているが、まさか夜妖の救出に向かう事になるとは」と呟いた。
「ふふ、怪しげな異世界。危険な気配を感じはしますけれど……助けを求める少女を捨て置くことはできませんよね?」
 その射干玉の髪が生温い風に吹かれて揺らいだ。右手でそうと乱れ髪を押えた『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は揶揄うように笑みを零して。
「ああ。夜妖とはいえ、友好的な存在であるならば、救出するのも吝かではないか」
 悪性怪異:夜妖<ヨル>とはいえど実害を大きく齎さぬ一人きりの『お狐さま』。それが『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が救いを求め、イレギュラーズに声を掛けた切欠となった夜妖であった。名を持たず、怪異や祟りとして恐れられた少女が胸に抱いて居た寂寞は決して責められるモノではなかっただろう。
「夜妖の世界でも共食いというのは起きるんですね……兎に角、彼女を放っておく訳にはいきません。一刻も早く助け出しましょう」
 放置をしておけばその命が喪われる事など明確で。『活人剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)は異界に踏み入って感じた圧迫感を振り払うように力強く宣言した。頷くのは『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)。流れる金の髪を煽った風の生ぬるさは不快感を煽る。まるで帰れと世界が告げるような奇妙な感覚を祓うようにブレンダはその整ったかんばせへと笑みを乗せた。
「また異世界絡みの事件だな……助けなければならない者がいるのであれば手を差し伸べなければな」
「勿論ですとも」
 ねえ? ――と、『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)が笑えば、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は力強く頷いて。言葉なくとも、行動は決まっている。ウィズィが呼び掛けた鳥は――イーリンに言わせれば『奇妙な存在』であっただろう。黒々とした翼を有する三ツ目の鴉が助太刀を告げるようにぎゃあと鳴いて。
「……こほん。風牙があそこまで取り乱すのは初めて見たわね」
 揶揄うようなイーリンの声音に風牙は息を飲む。勢いを余らせて、飛び込んだ異世界の圧迫感。世界すべてが伝えてくる恐怖心に飲まれぬように。気丈に振る舞う気持ちに焦慮が孕んだことは確かだった。

 ――噂の人食い異世界に、まさかりんが囚われっちまうとは……
 人も夜妖もお構いなしかよ。悪食な異世界だ! 待ってろりん! すぐに助け出してやるからな!

 滲んだ焦燥はそれだけならば危険だ。イーリンが穏やかに発したその一声に瑞々しい若葉の色彩を有する瞳は丸く見開かれた。
「……悪い。焦ってもいい結果なんて出ないよな」
 縁を結んだ相手の命の危機。その焦りたるやいかばかりか。『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は自身としても放っておけないと風牙に向き直った。
「みすみす助けられるかもしれない悲劇を見ぬふりなど。助太刀するぞ。困ったときはお互い様だ」
 一人で感じていた焦燥を落ち着かせる温かな気配。夜妖だから彼女を見捨てても良いなどと、口にする物はここには居なかった。その事に深い安堵を吐き出して。
「冷静に状況を整理して、最善の道を考えないと。……ッシ、いくぞ!」
「ええ。良いのよ。ま、知人の危機ならそうもなるもの。でも、多分私達が来るって信じてるんでしょ? なら、行きましょう――神がそれを望まれる」
 差し伸べる手は、幾つあっても困りやしない。泣き虫で、寂しがり屋な女の子には、特に。


 空を舞う鴉がかあと大きく鳴いた。異世界に入って直ぐの公園に居るはずだと告げられた少女の姿を探すべく、グレイシアは直ぐにその声を辿った。

 ――しくしく。

 何処からか、啜り泣きが聞こえてくる。四音は狼に攫われ、恐れながら歩き回ってこの公園に辿り着いたのだろうと広々とした公園の敷地をきょろりと見回して。
「さて、何処かしらね。……狼の接近にも留意しなくちゃならないわ。恐ろしい者がやって来てしまうかも知れないし」
 イーリンへとエーレンは頷いた。公園の中から聞こえる啜り泣き。それが何処から聞こえるか――入って直ぐの公園には乱雑に遊具が置かれていた。犇めき合った遊具の数々が『奇妙な世界』を演出しているようである。
「あの遊具のどれかに居るですかね……。いえ、確かに声は聞こえるんですが……」
「何処であるかが分からない、のは確かだ。だが、ウィズィのファミリアーが『鳴いている』ならば……方角はアッチか?」
 公園内の隅に位置する遊具を一先ず目指そうかとエーレンが指させばルーキスは頷いた。息を吸い、天蓋からの視界を確保する。
 ファミリアーが示していた位置にもぞりと動く気配があった。ルーキスは「布?」と首を捻る。何かが包まった布が滑り台の上でもぞもぞと動いている。
「布? ……りんが包まっているのか。泣き声は聞こえるか?」
 ブレンダにウィズィは頷いた。どうやら、そちらから声が聞こえると二羽の鴉が告げているが、その足下には狼たちが彷徨き回っているようである。
 高い場所に逃げ果せた小さな少女。直ぐにでも彼女を安心させてやりたい風牙に再度の焦燥が滲み上がる。
 前へ、ウィズィは踏み出した。息を吸い、片手で握りやすくなったハーロヴィットをぎゅうと握った。立ち止まることなく彼女は声を上げる。
「助けに来ましたよ! ほら、風牙さんも一緒です」
 鬨の如く。宣言をするウィズィへ向けて獣の牙が迫り来る。するりと前線へと飛び込んで吹き荒れる風を纏う長剣を振り下ろしたブレンダは動きを縫止めるように修羅媛の希を放つ。
「行けるか?」
 風牙を一瞥し、サザンクロスの銘を持つ十事剣を構えたエーレンはルーキスを振り返る。女性にばかり任せてはいられないと頬を掻いたルーキスの堂々たる喊声は白百合の刃に乗せられて。
「りんの保護は任せよう。知った顔の方が彼女も安心するだろう」
「ええ。ええ。可哀想に、ぐすぐすと泣いて……恐ろしい世界ですもの。見つけたら安心させてあげませんと。
 でも風牙さんの顔を見れば泣き止みますね。きっと。どうか、先に――私達が此処を引受けましょう」
 滑り台から狼を引き離す事を優先するグレイシアの背後から賦活の風が吹き荒れる。異世界の風にも孕まれた魔力の素。
 四音の微笑みが深まって。仲間達に背を押され、イーリンと共に風牙は滑り台を駆け上がる。こんもりと丸くなった小さな布がもぞりと動く。
「りん!」
 名を呼べば、布の隙間からふんわりとした獣の尾が覗いた。そろそろと小さな指先が布を持ち上げて、丸い少女の瞳を覗かせる。
「……!」
 怯えきった狐耳の娘はぱくぱくと口を動かしてから、緊張の糸がぷつりと切れたように涙をぼろぼろと溢す。言葉など、出ないほどに怯えきった少女の体をぎゅうと抱き締めて風牙はその小さな頭を撫で付ける。
「よ、泣き虫きつね。お迎えにきたぜ。帰ろうか」
 努めて明るく、何時もの調子を崩さずに。もう大丈夫だと背を撫でれば、不安げに頭が擦り寄せられた。怖い事なんて何もない、と言って遣れども此処から出るまでは彼女は屹度、竦み続けるだろう。
「……こんなに怖がらせやがって。許さねえからな狼どもっ」
 苛立ちが滲む。風牙の腕にしがみ付いているりんにイーリンは笑みを零した。小さな狐の娘、夜妖<ヨル>であれど、普通の娘のような無力さが印象的だ。
「ごきげんよう、足は動く? 怪異に対して戦える? こっちで見知った顔は居る? 地形に心当たりは? ……オーケー、じゃあ逃げましょう」
 足は動いた。戦うのだって頑張りたい。この世界で知っているのは『かじがばば』と名乗った存在だけ、地形は知らない――
 そんな狐の体を抱き上げるのは一度目の狼を退けたウィズィであった。
「怖い狼がウヨウヨいるんです。でも大丈夫、私が守るから……絶対に!」


 降注ぐは鋼鉄の驟雨。互いに離れぬようにと気を配り、グレイシアは「地図は『変わりない』だろうか?」と問い掛けた。
 ウィズィに抱えられたりんの尾はだらりと垂れ下がり、恐怖に小さく身を震わせている。四音は「もう大丈夫ですよ。皆さんと一緒に帰りましょうね?」とその小さな掌をぎゅうと握った。
「校門は……っと、ちょっと遠いみたいですね? 地図も普通の希望ヶ浜とは違いそう……かな?」
 上空より確認するウィズィにグレイシアは自身の知識を活かし、記憶とは大きく違っているのだろうと移動経路を確認し続ける。
 視覚を埋めるイーリンは急造された異世界である以上は『粗』があるだろうと囁いて。
 紫苑の髪が風に揺らいだ。相も変わらず背にしがみ付くような恐怖を煽る圧迫感は天が急に落ちてきそうだという重苦しさによるものなのだろうか。
「こんな風な異世界、となると散策してみたくもなりますが……今回は調査ではありませんしね」
 異世界を散策するのだって屹度新たな発見に満ち溢れている。避けるべき狼を退けても、助けを呼ぶ遠吠えに誘われたように鍋を叩き歩く異質なる存在が『鬼ごっこ』を強いてくる。
 四音は耳を欹てずとも聞こえた遠吠えが『何か』を読んでいることに気付いた。
「……来るわよ」
 イーリンの囁きにりんを抱え上げていたウィズィの腕に力が込められる。その傍らで『敢ての笑顔』をたやさずに居た風牙は「大丈夫」と力強く言った。
「離れすぎぬようにな。分断されては狼たちの思う儘だ」
 そう囁くグレイシアは先に待ち構える狼たちを吹き飛ばし、鍛冶が嬶から逃げ果せるにはどうすべきかと作戦を順序立てた。
 狼を吹き飛ばしている間にもその遠吠えに惹かれ奴は遣ってくるだろう。ならば、だ。鍛冶が嬶を足止めしながら少しでも距離をとらねばならない。
 かぁん、と。軽やかなる音がする。かぁん、かぁん。リズミカルに、躍る様に音色は近付いた。
 鍛冶が嬶が近付いてくる。怯えるようにりんがウィズィの体にしがみ付いた。カフェの制服の儘であった小さな少女の体がかたかたと震えている。
「倒せる相手ではないだろうが……時間を稼ぐくらいはさせてらもう」
 任せようと囁いたブレンダに四音は「支えましょう」と穏やかに微笑んだ。魔力で舞い上がった射干玉の髪が広がり、癒しのかおりを漂わせる。
 グレイシアの鋼鉄の雨が降注ぐのが合図。前方を塞ぐ狼を退ければ良い。
 距離を走る、それが『目』を活かした最短ルート。イーリンは「その角を曲がって」と叫んだ。ブレンダが鍛冶が嬶を惹き付ける。
 ルーキスとエーレンは連携をしながら狼たちを退けた。角を曲がり、迂回する。それでも距離は十分だ。ならば――ブレンダの握る剣先に焔が宿された。
 戦場で鳴り響くは姫騎士の宣告。この場は通さぬと言う猛き想い。
「手傷の一つや二つくらいは土産にもらっていけ!」

 気配を遮り、敢て道を迂回する。仲間達との合流地点はもう少し。上空を見上げればファミリアーがかあと鳴いた。
 吹き飛ばした鍛冶が嬶とは幾分かは距離をとれたか。流石に強敵であったとブレンダは深く溜息を吐いた。グレイシアが記した地図を辿れば『ゴール』までは後少し――
「さあ、Step on it!! 道を切り拓きますよ!」
 視界には、校門が見えていた。待ち構えている狼たちは獲物を狙い澄まし、だらりと涎を垂らしている。黒衣を纏ったような宵の色の毛並みが靱やかに生温い風に揺らいでいる。
 ウィズィは『ふっ飛ばす』と宣言した。併走することとなるルーキスは声を張り上げて。
「千であろうと万であろうと関係ない。立ち塞がる敵は全て斬る! この子には指一本触れさせない!」
 引き抜いた瑠璃雛菊と白百合に、一方に乗せた忠誠に、もう一方の親愛に。己が力の総てを掛けて。
 ルーキスの攻撃に出来る隙を埋めるのは己の役目であるとエーレンは拾い上げていた缶をあらぬ方向に投げた。聴覚に優れた獣が音に反応して顔を上げる――その、一寸。
 塵をも蹴り上げる鋭き喝が狼を吹き飛ばす。エーレンは一歩、深く踏み込んだ。ずん、と地に響いた踏み込みと共に苛烈な勢いで狼が吹き飛ばされる。
「ッ、手荒ね!」
 腕に巻き付けたマント越しに狼がイーリンへと喰らい付く。獰猛な獣は腹を空かせ獲物を喰らうが為に鋭き牙を覗かせて。
 風牙が身を沈み込ませ、地を這うが如き動きを見せた。血を啜る蛇龍のようにイーリンへと噛み付いた狼を払いのける。
「ふふ、狼らしい動きではありますけれども」
 言霊が力を帯びて、イーリンの傷を堰き止める。溢れた血潮を留めたその気配に「全くね」と彼女は肩を竦めて。
「お、おねえちゃん……」
「りんさんが怯えているようですね。……無理もないですか。こんなにも腹を空かせた狼に囲まれる経験は初めてです」
 こてりと首を傾げた四音の背後で、グレイシアが「また近付いてきたぞ」と囁いた。
 かぁん、かぁんと。音を鳴らしてリズミカルに地を蹴って。鍛冶が嬶は狼たちの遠吠えに呼ばれたように近寄ってくる。
 その一歩は大きく、音の近付くスピードは速い。「どうする」と問うたエーレンにルーキスは「止っては居られませんね」と囁いた。
 もう一度『奴』と相対して足止めをせども、直ぐに追い付かれる。ならば、眼窩に存在する狼たちを退けてゴール地点の『校門』まで一気に走り抜けるしかない。
「大丈夫、怖くないよ! しっかり掴まってて!」
 ウィズィに頷いたりんは言葉の代わりに彼女にぎゅうとしがみ付いた。見下ろせば、共に走る風牙が立っている。
「大丈夫だ、りん。後少しだからな」
 重ね続けた『大丈夫』は少女の心に満ち溢れた不安を拭い取るかのようだった。
 剣を構えるブレンダが「走れ」と号令を発する。続くイーリンの戦旗は『近付く音』を振り払うように鮮やかに棚引いた。
 髪に溢れた紫苑が、軌跡を描く。精気さえ遠く、幽世に生きる娘は瞳の紅玉を爛々と輝かせた。
 光の尾が、魔力を思わせる。
「何をするのかって? ふふ、当たり前の応えだけれど。ぶちのめすわ、圧倒的にね」
 満点の夢見る星空の如く。未来を据えて燃え盛った瞳が、一撃を投じる。
 がぁん、と音がした。行く手を僅かに遮られた鍛冶が嬶。前方を開くべくグレイシアが地を穿つ。それは、彼が手にした伝承の弓の如く、切り裂く一閃と化して。
 開け放たれた校門には硬質の鉄格子が据えられていた。逃さぬとでも告げる世界の言霊のように、それはイレギュラーズの双眸に映り込んで嘲笑う。
「そんなもので、俺達の邪魔をしたつもりかよ――!」
 風牙は叫んだ。「全くね」とイーリンが笑えば「全くですよ」と四音が同調する。
 振るのは水滴ではない鋼。落ちてきそうな程の深紅より逃れる様に、重苦しく感じ肺さえも潰れてしまいそうな奇妙な圧迫感から逃れる様に。
 ウィズィは「切り拓け!」と叫んだ。空いた手は、護る為にあったから。ぎゅうと抱き締めた小さな体が応えを返す。
 ブレンダの剣戟は鋭くも鮮やかに、鉄格子に『道』を開いて――


 空は白けてゆく。先程までも重苦しい紅色は形を潜め、宵が天蓋には溢れていた。
「……帰り、ついた」
 茫然と呟いた風牙の手をぎゅうと握ったりんは「ありがとう」とぽつりと溢す。
 何処の誰とも知らぬ――否、『人ですらない自分』にこんなにも必死になってくれるおにいちゃんとおねえちゃんが居るのだ。
「『りん』は、みんなと一緒に居ても良いの……?」

 ――きっと、バチがあたったんだ。夜妖のくせに、怪異のくせに。

 そんな風に不安を溢したりんへと視線を合わせてからルーキスは穏やかに微笑んだ。
「独りでよく頑張りましたね。お腹も空いているでしょう。これをどうぞ」
 差し出したのは『おいなりさん』。狐と聞いて、彼女が喜んでくれるだろうと準備しておいたのだというそれにりんの尾が喜ばしいとふわりと揺れる。
 自身は種を違え、決して共には存在出来ないいきものであろうとも。一時でも彼等と共に『冒険』をした事を忘れやしない。
 りんは、夜妖の少女は「また、一緒に遊ぼうね」と穏やかな笑みを浮かべてイレギュラーズの帰路を見守った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)[重傷]
薄明を見る者

あとがき

 この度はご参加有難う御座いました。
 小さな夜妖を守っていただけたこと、とても嬉しく思っております。
 また、りんとも遊んであげて下さいませ。

PAGETOPPAGEBOTTOM