PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>顎ふたつ、椎はひとつで魂幾つ?

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●そこは昼でなく夜でなく朝でなく、日常でなく
「でさ、アイツがこう言うワケよ。『最近の月は不気味だ、あれはきっと何かあるに違いない!』そんなことがほいほい起きるわけねえだろ、ただの気紛れだよって俺は言ってやったよ」
「くッふふ、なんだよトシロウのヤツそんなこと言ってたんか!」
「あいつはビビリだからなぁ。トオルの言う通りたまたま、天気がそうなっただけだってのにな?」
 大声をあげ、囃し立てるように男子学生達は往来を歩く。トオルと呼ばれた男は小柄だが明るく、輪の中心に居るような男だ。
 それに相槌を打った1人目は背が高く顔立ちもいい。女がいれば放っておけないナリをしている彼はその外見にそぐわずサッカー部に所属していた。今日は練習は休みなのだろう。
 間延びした相槌を打ったのは、ふくよかで背もそれなりに高い、人好きのする笑顔を見せる。手にしているのは買い食いのためのものだろうが、如何せん数がおおい。
 彼らが話の中心だが、少し後ろをついて2人の、気弱そうで小柄な少年達がついていく。
 彼らは言葉を発さない。求められていないので。
 なお、3人は彼らを数勘定に入れていない。だが、彼らは3人の荷物を手に歩いていく。認められてはいないが、無いと困る。彼らはそういう人種であった。
「……あン? 何だここ。分かるかフクオ」
「よく通る帰り道だよぉ、その辺に神社かなんかあっ……あれ? タケシ? 違うよね? ここなんだか違くない?」
「何なんだよ、あの空も、この表札も! 何にもわかんね、ぇ゛っ」
 3人は互いの名を呼びながらその異常に口々に文句を垂れる。が、誰一人としてその状況に適応できている者はいなかった。
 およそ現実離れした赤い空、出鱈目な文字の羅列と化した看板、荷物は……いたが、何かの拍子でころんだままだ。
「おォい! 荷物が汚れるじゃねえか! ンっとに鈍臭――」
 トオルが苛立ち混じりに声をあげるよりはやく、法螺貝のような音が響き渡る。
 それがなにか、本当に法螺貝なのかを確認するより早く、フクオは『荷物』が立ち上がるのを見た。
 否、その頭がすっと音もなく真っ直ぐ……首だけが、脊椎とともにまっすぐに持ち上げられるのを……見た。
 そしてそれが次の瞬間消えたのを。それと入れ違いに「見えた」のが、信じられない異形であることを。
「く、くっ、食った……?! 食われた?」
 それは、まるで頭と脊椎にウミユリのようなパーツがついたような、それが2つ連なったような、そんな外見をしていた。
 奇怪。そうとしか表現できず、ひと目で分かり合うことなど有りえぬと理解できた。
 『荷物ふたつ』はもう首と脊椎を失っていた。『それ』は特に感情も見せることなく、体を揺らした。

 次の瞬間にフクオが犠牲になったのを見て、トオルとタケシは恐怖と緊張の末、立つこともできず尻餅をついた。
 さっきまで喋っていたフクオが、ついそのあたりまで運ばれていた荷物が、いま失った場所から吹き上げる赤いもので己の存在を誇示している。
 嫌だ。
 絞り出すような声をあげる。
 それは反応を示さない。

 嫌だ。
 掠れた声をあげた。
 それは普通に忍び寄る。

 嫌だ!!
 女にしか聞こえぬような、悲鳴にすらなっていない声をあげたタケシは、然しそれの接近には為す術もない。

 反応を示さず、謎の異音を鳴らし続けるそれに彼らは何も出来ぬまま――。

 殺される直前で、剣戟の音が耳に痛いくらい甲高く響くのを、聞き届けた。

●そこは迷い込むよりも向かう場所
 時間は少年達の下校開始よりも、更に遡る。
 イレギュラーズはその異空間――豊小路への潜入と調査を進めていた。
 予め渡された『音呂木の鈴』を頼りに、慎重に進んでいく。帰る場所が分かる指標のような鈴は、しかし聞いているうちに頼りないものに感じてしまう……恐らくそれも含めて、この異空間の悪意か。
「……今、音がしませんでしたか」
 ボディ・ダクレ(p3p008384)が身をビクリと震わせ周囲に問いかける。だが、それに気付いた者はいなかった。
 2度目。今度は、『振動』という現象を伴った、ように思えた。
 矢も盾もたまらず飛び出したボディ。その身のこなしの軽さは流石というほかない。
 そして、ボディが振り下ろした得物の先端が『それ』がぶち当たる。
 ボディは触れた瞬間、楽ではな相手だと理解した。『それ』は、感情の一切籠っていない目で相手を見た。心臓を掴まれたかのような恐怖に、ボディは直感的に悟る。
 そして、それに合わせるように……今度は、死体の抜け殻が動き出す。あたかも、そうするのが当然だから見つけ方の違いだというのか。

 法螺貝のような音を背景に、とんだ潜入捜査を任されたものだとイレギュラーズ一同は。

GMコメント

 こんなエグいやつが弱いワケがないんだよなあ。

●成功条件
・男子学生2人の生存
・『双つ顎の怪』の撃退
・(オプション)『つなぎなし』の撃破・回収

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●侵食度
 当シナリオは成功することで希望ヶ浜及び神光の共通パラメーターである『侵食度』の進行を遅らせることが出来ます。

●双つ顎の怪
 全く正体不明の存在。
 法螺貝のような泣き声を発するが、いかなるコンタクトもいみをなさない。
 『豊小路』内であることもあって、一切のコンタクト・疎通系のスキルは意味をなさないばかりか、狂気に触れる可能性が格段に上がるリスクを有す。
 EXAは高くないが2回攻撃確定。
 物特扇・【万能】【復讐大】【失血】【不運】の「禍声」、物至単・【必殺】【恍惚】【連撃・中】【大ダメージ】の「ささえぬき」、ほかその骨じみた肉体を生かす、レンジ短めの攻撃手段を多く有する。
 怒りは通じるが、「スキルの攻撃力<通常攻撃」になるパッシブ持ちのため苦戦の可能性を考慮されたし。
 HPの一定低下、ある程度のターン数持ち堪えれば撤退する(撃退成功)。

●つなぎなし×3
 殺された学生の末路。
 頭から脊椎がばっくりなくなっている死体です。皆さんをその虚に引っ張り込んで挟み込もうとします(至近攻撃、詳細不明)。
 双つ顎の怪撤退後、ないし個別に撃破後に死体として回収可能。

●男子学生2人
 リプレイ開始時、ボディさんの後ろにいます。そこからやや離れて「双つ顎の怪」。
 腰が抜けています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <半影食>顎ふたつ、椎はひとつで魂幾つ?Lv:25以上完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年09月15日 23時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鳶島 津々流(p3p000141)
かそけき花霞
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
シラス(p3p004421)
超える者
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
懐中時計は動き出す
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
星影 昼顔(p3p009259)
陽の宝物

リプレイ

●秒の猶予も許されず
「……全く、ボディ氏は何に巻き込まれてるんだか」
「それは私が聞きたい話ですね……!」
 『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)の、どこか呆れたような、諦めたような声音に『激情のエラー』ボディ・ダクレ(p3p008384)は目の前の異形から視線を切らずに応じる。向かって右側の『頭部』の伸び上がった勢いをいなした彼は、次の一撃が来る前に鋭く2度の攻撃を叩き込み、残心する。背後で共鳴する悲鳴に舌打ちをしつつ、この状況の危険性を彼は認識する。
 救えなかった命が敵として闊歩し、救えそうな命は狂気の半歩手前にいる。おまけに助けに入った自分は異形ときた。全く不釣り合いな状況だ。
「君たち大丈夫? 助けに来たよ!」
「安心ください、おふた方。ボクがいる限り貴方がたを死なせることはありません」
「わぶッ……」
 『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)と『決死防盾』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)は少年達に声をかけ、ヴィクトールは己のマントで2人の視界を覆う。狂気どうしの奇怪なセッションを見せぬための配慮であり、彼等も薄々気付いたのか取り払う様子は見せていない。他方、対峙した焔の表情は驚きと戸惑いに歪む。
「何これ……夜妖、なの?」
「なかなか“えぐい”見た目ですねぇ」
「……よくわからん生き物だな、全く。そろそろ勘弁して欲しいさ」
 『無限陣』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は焔とヴィクトールの表情が歪むのを横目に、自らの顔もまた不快感で引き歪んでいることを自覚する。目にあたる器官がある部分は石(サンゴか?)の突起物があるだけで、視覚があるかないかも不明。そうでなくとも、捕食行動そのものが不明。理解を超越したものは、しばし人の正気を奪うものである。
「運が無かったなあ、この子らは」
「とても強そうだけど、皆で力を合わせて何とか撃退しなくてはねえ」
 『竜剣』シラス(p3p004421)と『四季の奏者』鳶島 津々流(p3p000141)はこの異常事態に際し、できるだけ平常心を保とうと腐心する。マトモであろうとすることは、狂いかねない自分に対する強烈な自己暗示であると同時に、自分達よりずっと脆い精神で、ずっと奇怪なものをみてしまった少年達への配慮でもある。目の前に当たり前の、ちょっと不幸な風景があると。そう認識し、口にすることが救いになることもままあるのだ。津々流は特に、思わず口にしかけた少年達のもしもの末路を打ち切るだけの理性は足りていたようだ。
「人の最後は最期じゃない、死んだ後の続きをハンモが終わらせてあげないと」
「この外見だと、そうですね……丁重に弔ってあげたいものですが」
 『太陽の沈む先へ』金枝 繁茂(p3p008917)は保護結界を展開しつつ、つなぎなしとなった少年達に視線を向け、ついで中空に視線を移す。だが、周囲に漂う真性怪異の気配の気配の濃さは、彼の理解や思考といったものを根底から塗りつぶすかのような錯覚を覚えさせる。
「あ……ヒ?!」
「え、ゥ、ア――」
 そして、どのような影響があったのかは分からないが。突如として少年達が『なにか』を感じ取ったのか、奇声を上げマントに手をかけようとする。慌ててヴィクトールが止めに入るが、荒い息を吐く彼等をそこに置くことの危険性が一段上がったのは事実である。
「彼らも、早く安らかに眠らせてあげよう。そしてこの子たちと一緒に、希望ヶ浜に帰してあげるんだ」
「スゲー見た目だけど、あれでも高校生だもんな。……本当、嫌になる」
 津々流とシラスは改めてつなぎなしに視線を巡らせ、身構える。ボディとのファーストコンタクトを終えた怪物から放たれた――もはや声というより風を音に変えただけのような法螺貝じみた音は明確にイレギュラーズの危機感を煽る。
 なぜならそれは、喜怒哀楽その他の感情、何れであるのか全く理解できないそれであったのだから。


(大丈夫……大丈夫だから、君達は僕と一緒にいる。僕は皆と一緒に戦ってる。だから)
 昼顔は少年達に意識を向け、自分もいると強く念を向ける。それは、怪異と相対す自分にとっても言い聞かせる言葉。自分だけじゃなく、信頼できる仲間がいて、助けられる道筋がある。
 だから、怪異を撃退し皆で帰るのだと。
「帰りましょう。わるいゆめは、見なかったことにするのが一番です」
「ハアッ、ハッ……帰る……?」
「ア――ウン……」
 ヴィクトールの声に、トオルとタケシはおぼろげな意識で声を返す。顔を覆っている状態で背を押され、2人は体が向いている方に歩けばいいのだと理解した。おぼつかない足取りは、しかし後ろから2人を護るヴィクトールの背の大きさからくる存在感、その安心感によってほんの僅かに力を取り戻す。
「ハンモちゃんが相手になるよ。だから、早々にお帰り願おうかな!」
 繁茂は双つ顎の怪の眼前に立ち、その動きを徹底して止めに回る。動きの原理も道理もわからぬが、さりとて動きを読むことは出来る。つまりは、逃さぬという心構え。
 彼をみているのか無視しているのか、左の頭はヴィクトール達を向いた。当然、遮るように身を翻す……のだが、発せられた音は鼓膜を叩きこそすれ、繁茂の肉体を打ち据えない。代わりに、右の頭がずいと近付き、繁茂の頭部を狙い……肩口を抉り取った。
「近い近い近い! 危ない! ……ヴィクトール君は大丈夫?!」
「……少し、重いものをもらいましたね。ですが全然、耐えられそうです」
 少年達の足取りは遅々としたもので、戦場から引き離すには時間がかかるだろう。それはいい。
 だが、『繁茂が射界を塞いだ攻撃が、彼を傷つけずヴィクトールに叩き込まれた』。地面に穿たれた力の跡は、あきらかにヴィクトールに届いているのに、だ。
「彼らは学生くん達の友達なのだろう? 壊す危険性は減ってるとしても、丁重に扱ってあげないとね……」
「けど、この姿で動くとか……もうどこが急所かもわからねえな」
 津々流は桜吹雪を舞い散らせ、つなぎなし達の前進を止めにかかる。動きが明白に鈍ったそれらは、続くシラスの斬撃……刃のような鋭さで突きこまれた拳を受け、蹈鞴を踏む。極力欠損した位置から遠い場所を選んだだけに、動き全体を止めるに至らない。だが、抜き取られた場所の付近、所謂バイタルパートへの攻撃は有効なことは明らかだ。
「こんな風になっちゃった以上は倒すしか……ごめんね」
 焔は鎮痛な面持ちで、カグツチ天火を鋭く振るう。飛び散った炎はつなぎなし達に食らいつき襲いかかり、盛大に燃え上がる。動きは鈍いのだろう、攻撃を当てる分には苦労はない。……ないが、カウンター気味に肉体の欠損部分へと導こうとする姿は奇怪そのもの。胴を掠り、その部位を見せつけるように、しかし頭のない死体らしく鈍い動きで迫ってくる。その様をホラーといわずなんとしようか。
「早々に終わらせます。彼等も帰りたい筈なんです」
「うん……倒してあげなきゃね。そしてアレを追い返さなきゃ」
 ボディは複雑な心境の載った声と、冷静な身のこなしを同時にすすめていく。心には熱を、体は冷静に。断面から覗く、不自然に断ち切られた肋骨が牙のように挟み込まれる様は新たなタイプの捕食者を見るかのような悪徳を感じる。
 どちゃり、となにか(人体の一部であることは明白だ)が落ちた音は、異空間であることを抜きにしても高らかに響く。それに怯え、あらぬものを見たかのような狂気じみた叫びを響かせた少年達に、シラスは叫ぶ。
「見ちゃダメだ、目をつむってじっとしてろ! 必ず助けてやるから!」
「そのとおりです、私が護りますから、落ち着いて」
 ヴィクトールもそれに同調し、彼等と怪異との間を遮るように身を晒す。先程の声のようなもの、そのカラクリは肌で理解できた。少なくとも、昼顔の卓越した治癒術があればだいぶマシな程度に。
「3人殺してるわけだ、そう簡単に返すわけにはいかない……けど、今回は全力で追い返すさ。それにしたって、面倒な相手だよ」
 マニエラは繁茂の方を向く怪異の背後から、強烈な蹴撃を叩き込む。十二分に加速し、魔力を籠めたそれは並の相手なら動きに支障が出るレベルの損傷を招くだろう。が、強度に劣る(と、思われる)頚椎関節部を狙って尚、返ってきた感触は重いもの。
 ぐるりと、関節の可動域を無視してマニエラに向けられた片首はずいと延び、捕食するかのように顎を振り下ろす。もう一つの首は、先程と同様に奇怪な音をヴィクトール達目掛け放っていた。
「近づけば命を脅かしてくるし、変な音? 声? は近くに影響を与えない分、離れた相手を仕留めにかかる……分かりやすい穴をつくって誘い込むなんて、こいつ本当にただの怪異か?!」
 浅からぬ傷を受けた、とマニエラは毒づく。昼顔が繁茂ともども治療すべく思考を回すが、致し方ないとはいえ遅々として進まぬ少年達の避難状況には焦りを覚える。
「おいコラッ! 顔を近づけるな!! あの子達を殺した時もこうだったのか!?」
「首をもっていかれなくても、十分痛いし面倒だな……!」
 繁茂とマニエラに襲いかかる怪異の口は、『口』なのかも怪しいもので。閉じられた口を避けたはずなのに浮き上がる切創は、不気味と呼ぶに相違なく。繁茂は先刻、霊魂にコンタクトを取ろうとした己を襲ったノイズの正体を探ろうとする。が、あれを契機に少年が狂気を発したのだったか。だとすれば今は、否、今じゃなくても危険な行為だ。
「繁茂さん、マニエラさん!!」
 昼顔が自らのキャパシティを悟り、必死な形相で2人に語りかけた。
 まさにそのタイミングで、右の口にボディの一撃が、左の口にシラスの手刀が突き立てられる。それぞれの一撃は同期したかのように口の裏、頚椎の根本に当たる部分を叩き壊す勢いで放たれた。
「外さねえ、外す気はねえよ」
「……私と似たもの、同じ存在を生み出すお前を生かしてはおけない」
 狂を発す少年達、じりじりと削られる正気、助けるべき相手すらも殺さねば救ってやれぬ。
 己をも蝕む狂気を脳裏に感じながら、しかし男2人の静かな激昂は今、一撃一撃の最高純度を上げていく。

「皆さん、無理はしないように……といっても無理かもしれませんが、僕も精一杯協力しますから」
「あの子達は絶対に助ける! その姿は、ここにはいらないよ!」
 津々流は自然の流れを力に変え、焔は最高速をそのまま剣に乗せて怪異に叩きつける。
 ヴィクトールの先導で少年達は十分に引き離した。片一方、動きが明らかに鈍くなった少年がいるのが気がかりだが、物理的干渉で殺される危険性が無い以上、気に留めているヒマはない。
 魔力をまたたく間に消費していく狂気の戦いは、恐らく昼顔なしではたち行かぬ。純然たる回復の炎風、それが齎した魔力は一瞬先に尽きるとも、敵に叩き込むなら十分だ。
 攻めて、攻めて、攻めても足りない。接近したことで禍声の対象を絞ることはできたが、反してその口の驚異を共有する者が増えていく。危険性と決意の両天秤は、しかし徐々にイレギュラーズに傾いていく。

 法螺貝のごとき響きが、割れたようなトーンに変わる。
 ノイズの入った死が、その場から消えていく。怪異だったものが、最初からそこになかったかのように姿を消す。それを勝利と、快哉を上げる余裕は1人としてもっていなかった――何故なら。
 豊小路に在った『はず』の魂は繁茂の意識になにひとつ届くことはなく。
 代わりに、否、寧ろその戦いに誘われたかのように吹き荒れた狂気が、少年2人に降りかかり――その片割れに、身体機能を打ち切る選択をさせたのだから。


 『豊小路』から脱した時点で、辺り一面はすっかり闇に包まれていた。だから、お互いの顔はよく見えない。だから、声の主が誰であるかは(例外はあれど)わからない。
「皆連れて帰ってこれた……けど……」
「駄目だ、ハンモには何も見えない……聞こえ、ない」
 つなぎなしを抱えた誰かの、普段明るいであろう声は鎮痛なそれにすり替わり、繁茂の声は、あの異空間になにかの感覚を置き去りにしたかのように呆然としたものとなっている。彼がかろうじて正気を保っている理由は、恐らく腕に掻き抱いている少年の穏やかな寝顔だろうか? ……穏やかすぎる、起きることのない寝顔。
「ハ、ハハ、ヒッ……はァ……?」
 もうひとり、狂ったように笑っている声がある。イレギュラーズの誰のものでもないそれが、救出対象のそれであることは明らかだ。であれば、それは『生きている』と言うより『生きているだけ』とも、言えるか。
「皆が……生きられる可能性を、追い求めた結果が、これ……?」
「全員が最善を尽くしました。尽くした、筈です。ですからご自身を責めないで下さい。受けるのであれば」
 陰鬱気味の少年の声は、さきにもまして鬱々としたトーンを響かせていた。それに対して宥めるように声をかける落ち着いた声の持ち主は、続く言葉に『責められるのは私でしょう』とも、『全てやりきったから仕方ない』とも口にすることは出来ない。それは、死力を尽くし、現に命の際をみた者達に対する冒涜にも感じてしまうから。その声を契機に、落ち着いた男の声は途切れ、代わりに崩れ落ちる音が響いた。
「アレは倒した。全員、弔うことも、正気に戻ることを待ってやることもできる。あっちに置いてこなかったのは、俺達の決断の結果だ」
「……そうだね。僕の笛でも和らげることはできたけど、それだけでは足りなかったみたいだ」
 硬い青年の声は、謎の怪物との戦いを制し、持ち帰るべきものを持ち帰った、と告げた。だが、柔らかい、しかしだからこそ自身も知らぬほど平板に聞こえるもう一つの声は、『できなかった』事実を鋭敏に突きつけてくる。……責めるつもりもなければ一緒に嘆くでもないそれは、優しさゆえの重さがある。
「あなたはこれ以上何もみなくていいのです。ここから先は、私達の仕事ですから」
 優しく響いた男の声は、狂笑を上げる少年の声に覆いかぶさるように響き渡る。ゆっくりと消えていく狂笑は、しかし僅かにヒヒ、とひきつったような空気を吐き出している。
「……お家に戻してあげよう? どうあっても、連れ帰ってこれたんだから」
 少女の声は、鎮痛な雰囲気を払拭すべく前向きな提案を投げかける。帰ってくる空気は同意を含んだそれであり、恐らく誰もが、否定はすまい。

 数日後。
 変死体となった3名(ヤスイ フクオ、シンネン コウタ、アラキ コウジ)と心不全により死亡した1名(フルキ トオル)、計4名の葬儀が個別に行われた。
 変死体3『体』については首から上を生前の写真等を元に成形された仮頭部を死体に合わせ、出棺前に顔合わせができぬよう厳重に釘を打ち付けた黒い棺へと入れられた。
 心不全の少年については通例通りの葬儀を行った――と、されている。
 なお、残された1人(クロセ タケシ)も現在入院中であり、救出直後に比して無言となり、食事も相当減ってしまっているという。
 引き続き精神的ケアは行われる見通しであるが、社会復帰は当面難しかろう。留年は致し方ない状況にある。

 『双つ顎の怪』――『撃退』。

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)[重傷]
記憶に刻め
ボディ・ダクレ(p3p008384)[重傷]
アイのカタチ
金枝 繁茂(p3p008917)[重傷]
善悪の彼岸

あとがき

 未知のもの、理解できないもの、知ろうとしてはいけなかった『豊小路』でのあれこれ。
 それらを知ろうとしたリスクを本人が背負う代わりに、より耐性がなくより影響を受けやすい対象が肩代わりした格好です。
 許容量を超えたものは、なんであれ致死量となる一例ということでしょうか。
 ともあれ、『双つ顎の怪』は撃退されました。当分は問題ないでしょう。
 ご参加、ありがとうございました。

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