シナリオ詳細
三日月に 目覚めぬ夜を 待ちわびて 早幾年と 過ぎ去りにけり
オープニング
●雷之夜叉媛伝説
昔々のことじゃった。
それは我が国の北に月青という小さな国の殿様がおった。
渡来の者を思わせる我が国らしくないそのお家、近隣諸国は彼らを毛嫌いしておった。
曰く、月青の男は妖術を扱う。
曰く、月青の王は妖憑や獄人を喜んで傍に置く。
曰く、月青の姫は雷霆のように残酷で、容易く人を斬る。
曰く、月青の軍は捕虜を串刺し掲げて宴を催す。
近隣諸国はその噂を半ば疑い、半ば信じては敬遠し、滅ぼすために軍を募った。
瞬く間に大軍となった彼らは、あっという間に攻め下し、月青の城を囲う。
そんな時、三日月の妖しく浮かぶ高台に、ソレは独り姿を見せた。
夜影に身を晒したソレは、ある者には細身の女に見えた。
またある者には鬼人種のように角の生えた何かに見えた。
生き残った数少なき者達は、ソレの事を口をそろえてこう言った。
「あれは夜叉ぞ、魔ぞ、さもなくば攻め囲う100の武人を落雷を以って斬り伏せようか。
よしんば飽き足らず、鏖殺なぞできようか。否――あれは夜叉ぞ、魔ぞ。あれはヒトの所業に非ず」
されど、それは三日月の夜の夢――夜明けの後に、月青の城には夥しき死体のみが転がっていた。
そう、一夜にして連合軍は崩壊し、月青の国は滅びさったのである。
これは昔々の事じゃった。
当の昔に滅んだ国の、恐るべき魔の物語。
●宴の夜
「うむ、ここの酒と肴はやはり良い!」
お猪口をクイッと飲みほして、『カガミの君』各務 征四郎 義紹(p3n000187)が口元を軽く拭う。
通された九人掛けの席には、既に幾つかの商品が置いてある。
角煮と、焼き魚、それに刺身も見える。
「ささ、貴殿らも座って存分に食べてくれ。
此度の依頼、相手は相当の手練れゆえ、腹をすかして力が出ぬでは殺されかねぬ」
そう言って彼はメニューを差し出してきた。
焼き鳥に焼き魚、煮物もある。
「おすすめはやはり、窯で炊いた飯よ。これが絶妙な焚き加減でな……」
メニューを指さして説明してくれる義紹に視線を向ける。
ここは高天京から北東へずっと行ったところにあるとある小さな田舎町であった。
「その前に依頼の内容は?」
料理を小分けして君達の前へ差し出している義紹に声を掛ければ、彼は視線を上げて。
「む? あぁ、そうだな。頼んだ物が来るの時間で進めようかと思ったが、先に話しておこうか」
そういうと、小皿が全員に渡っているのを確かめてから、真剣そのものの視線を向けてくる。
「この辺りには、雷之夜叉媛伝説という御伽噺がある。
簡潔に言うと、脅威的な雷の妖術を用いる女と思しき者によって小さな国と、そこを滅ぼそうとした諸国の兵が殺されたというものだ。
遠い昔の話だが……実はこの話に出てくる魔がまだ生きており、最近になって活動を始めたらしいという噂がある」
「魔種ってこと?」
「さてな。魔種やもしれぬし、純正の肉腫とやもしれぬ。
どちらにせよ、非常に強力な雷の妖術を用いる双刀の使い手というところだ」
双刀使い――それは聞いたことのない情報である。
「実はこの町に来る前に、私は彼女に会っている。
私一人で如何にかできるわけはずもなかろうことは直ぐに分かったゆえ、何とかここまで撤退してきたのだが」
そこまで言うと、義紹は眼を閉じ、ぽつぽつとその時のことを語り始めた。
「やや細身で、身長は大きく見積もって六尺ほど。両手に太刀を握り、後ろに鞘があった。
甲冑は身体に合わせていて、動きやすさを重視していたように思う。
あとは……全身から雷気が立ち込め、半透明の雷球が周囲を回っていたな。
目には、酷く……殺意のようなものが滲んでいた。あれは、怒りのように見えたな」
「襲われなかったのか」
「幸い、遠目でざっと見た限りゆえな」
目を開けて、小さく笑って、そう言った。
「故に、頼む。手を貸してほしい。あれが人を苦しめぬうちに、討ち取りたい。
伝説は伝説、かなり水増しされた被害であるのかもしれぬが、脅威の存在であるといえるはずだ。」
そう言って、義紹は手を合わせて頼み込んできた。
●雷媛の真実
――許せぬ、許せぬ、許せぬ。
目を閉じれば、怨嗟の声がする。
聞き慣れた声。忘れるべくもない声。
今はもう、遠く昔の声。
振り払うように溜息を吐いて、白い靄が空気にとける。
雷球がまるで心配でもするように飛び交っている。
いや、そんなはずもあるものか。鼻で笑いたくなる気持ちを飲み込んで、空を見上げた。
瞼越しに月明かり。数日もすれば三日月の夜。
その日が■■は大嫌いだった。
憎き彼の者達を鏖殺せしめた日を。
愛しき人達を鏖殺せしめた日を。
否が応にも思い出すから。
「不愉快ですね――――あぁ、全く」
そう言う彼女の足元を、どこからともなくリスが姿を見せる。
何の警戒も見せぬリスへ視線を向けて、そっと指を差し出せば、近づいてきてすりすりと身を擦られる。
微笑を浮かべた■■は、不意にリスを鷲掴み、ぽい、と森の奥へ放り投げた。
刹那――どこからともなく雷霆がリスのいた場所を焼き付ける。
ふと、■■は数日前を振り返った。
(結局、あの武人は来ませんね……)
数日前、刑部省の武人がこちらを見ていた。
こちらに来なかったゆえに見逃したが、如何にもそれだけでは終わらない気配がした。
「ふふ。もし、次にくるもののふあれば――少しばかり、遊びましょうか」
その瞳には、昏く冷たい怒りが滲んでいる。
- 三日月に 目覚めぬ夜を 待ちわびて 早幾年と 過ぎ去りにけり完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年09月10日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
月明かりが森を照らす。
焼け焦げた臭いを漂わせるその地にて、女が佇んでいた。
「あら、来たのですね。もう来ないと思っていましたが――なるほど、お仲間を呼んだのですか」
イレギュラーズを先導していた義紹を見つけ、夜叉は笑う。
「魔種だろうが肉腫だろうが100人だろうがそうでなかろうが興味はないです。
仕事は仕事なので、私らしく体を張って全ての魔種を殺す話です」
真っすぐに夜叉を見据え『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)は、啖呵を切るように告げる。
「――だから、前口上は無くとも構いませんよね? お命頂戴いたします!」
グラムを突きつけるようにして構えれど、夜叉は構えない。
舐められているというわけではなさそうだった。
寧ろ待ち人を見つけたような、そんな印象だった。
(雷之夜叉媛伝説……伝え聞く話だけだと、かわいそうな物語だけど……
もしその『雷媛夜叉』が仮にその国の人なら……どれほどの怒りを抱いているのだろう)
月明かりの中になお映える美しい魔術を起こす『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は穏やかさすら感じる夜叉を見据え、彼女の胡乱な瞳に憐憫と疑問を覚えた。
(色々わからないこともあるみたいだし、もしかしたら昔の事件の時は何かそうしなくちゃいけない程の理由があったのかもしれない……
でも、危険な相手である事は間違いないんだよね、だったら犠牲者が出る前になんとかしないと……!)
ただ佇んでいる彼女からはまだ敵対の意思は見えない。
カグツチを握る『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はくるりと油断なく槍を構える手に力を入れた。
(夜叉、ですか。まるで他人事とは思えませんね……
しかし、聞けば月青の国とやらには媛以外にも王や男などが居たと言う事ですが……
一人を残し、全滅。そのような事があるのか。問えば答えてくれるのでしょうかね)
油断なく構える『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は目の前の女に他人事ならぬ気配を見る。
真っすぐに見据えた先に、夜叉が笑みのままに首を傾げた。
「100人を鏖殺しに……それが真実かどうかはさておいて、
それほどの伝説が伝えられるほどのものなら豊穣にとっての脅威でしかないッス」
握る手には力が籠る。
「遮那さんのおわすこの豊穣のため、脅威は取り除かなければいけないッス!」
相対するように構えた『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)の視線を受けて、夜叉は驚いた様子を見せた。
「遮那さんとやらは聞き覚えがありますね、たしか……当世の天香でしたか?
わざわざ遠き天香の覚えある方が来られるなんて」
小さく笑えば、初めて夜叉がすらりと獲物を抜いた。
「私も――随分と脅威に見られるようになったものです」
その瞬間、突然として空気が重くなった。
「敵の正体が何であれ、強敵に変わりありません。
豊穣を故郷とし、最愛の人がいる身としては倒さないとです!」
刀を抜く『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)を見て、夜叉が目を見開いてのち、ゆるりと微笑んだ。
それはまるで子供の成長を喜ぶ親のようですらあった。
それはまるで、安堵するような笑みであった。
「三日月夜、雷霆振るう女武者。雷之夜叉媛伝説……故に『雷媛夜叉』と言った所かしら」
すらりと抜いた愛剣を構える『月花銀閃』久住・舞花(p3p005056)の呟きに、彼女が仄かに笑う。
「久しぶりですね、その異名で言われたのは……」
何かを懐かしむような声色と共に、チリリと雷光が爆ぜる。
「各務さん、貴方よくよくそういうものに遭遇するものね。
各地を見回っているそうだけど、その甲斐はあるというか……思いの他この地に潜んでいるものが多いと言うべきか……」
「うむ……ここまで大物に会ったのは久々ではあるが」
舞花に答えた義紹へ『男でもいいですか?』プラック・クラケーン(p3p006804)は声をかけた。
「なぁ、アンタ。空に矢を射って欲しい。
雷は高い所にあるもんに落ちる……んじゃ矢を撃てば、その矢が避雷針になるんじゃねーかなって」
それはただの思いつきだった。
もちろん、仲間達にも相談したわけではなかった。
「そうッスね! あんまり大勢で固まるのも共倒れになりますッスから!」
続けて鹿ノ子もそれに賛成すれば、義紹が頷いた。
「分かった。やってみよう」
弓を番えて、義紹が後退していく。
「さて、改めて……戦おうか。こんなに月が綺麗だから楽しい夜になりそうだ……なんてな?」
拳を構えたプラックに夜叉が微笑する。
激情に揺れているようにも思えぬ、静かな笑みだった。
「ふふ、本当に……月の綺麗な、いい夜です」
――けれどそれは二面性を疑うほど、ころりと切り替わり、震えるばかりの憎しみが戦場を包む。
「――反吐が出るほど」
刹那、夜叉がぶれた。
それを躱せたのは、ある者は完全に偶然だった。
ある者は避ける間もなく、持ち前の技術で何とか防ぎ切った。
ある者は苛烈な斬撃に傷が刻まれた。
しかし、それだけで倒れる者はない。
「――あら、1人ぐらい仕留めるつもりでしたが……お強いのですね」
瞬間、イレギュラーズの中心へ、夜叉が立っていた。
ぽたりと、斬撃の証拠に微かな血が双刀から滴り落ちる。
よく見れば、利香の反撃の傷は、確かに彼女に刻まれていた。
「凄まじい力……それに怒り……でも、挫けて負けるわけにはいかないんだ!」
アレクシアは軋む障壁に驚き半分、振り払うように、魔力を起こす。
励起された魔術が火花の如く舞い散り始める。
「ふふ、そういうものですか……では改めて――お手合わせ願いましょうか」
双刀の片方を天へ掲げた直後、雷霆が夜叉を目標のようにして降り注ぎ、一帯を焼き尽くした。
駆け抜けてきた雷を持ち前の抵抗力で防ぎながら、アレクシアは完成した魔力片を走らせる。
幾重もの花弁は食らいつくように夜叉の身体を3度に渡って斬りつける。
●
奇襲気味の攻撃より戦いは開始された。
高速の連撃が終わる頃、利香は夜叉の前へ向かって突貫する。
切っ先に集めた魔力を爆裂させる渾身の刺突は真っすぐに夜叉の身体を貫かん突き進む。
技術力で防がれつつも、その傷は確かに刻まれる。
「それにしても雷はいいですよね、空気を切り裂く轟音と共に気に食わない奴が瞬殺なのですし」
「気が合いますね」
「これで満月だったら最高に私に相応しい天候であるのですが」
「あら、それはごめんなさいね……私も、そっちの方が嬉しいですけど」
そう言った夜叉が一瞬だけ三日月を睨んだような気がした。
続けるように、焔は彼女の後ろへ回り込んだ。
「ねえ、どうしてそんなに怒っているの?
昔、国を滅ぼしたってお話が伝わってるみたいだけど、その時に何かあったの?」
意識を引く意味も込めて問うた言葉に、焔の方へ夜叉が視線をくれた。
(そうだとしても、もうその国も、その時の人達も残ってないのに、どうして今になって……)
その答えはまだ早いとでもいうのだろうか。彼女は唯笑っていた。
「伝説では軍も国も貴女が倒したみたいに語られてました。
……そこに貴女の怒りの源があるのですか?」
続けるように問いかけた朝顔が握りしめた薄緑を振り払えば、勢いは殆ど殺されてしまう。
「ふふ、それは間違ってはいませんね……ええたしかに――」
そういう夜叉の瞳は静かに怒りに燃えている。
「怒りは強い感情で、自らの糧に出来れば強い力になる。
けれど自分すら燃やす怒りは長続きしないものです」
「ならば、どうしてくれるのです?」
「――尚更負けられません! 誰よりも貴女の為に!」
追撃の覇竜穿撃を受ける夜叉は一瞬だけ、優し気に笑った気がした。
外三光を為す無量は踏み込むと共に走り出す。
(怒髪天の方に怒りの原因を聞くなど、更に怒りを増すだけだとは思いますが……)
思いを胸に、けれど、知りたかった。
目の前の敵は憤怒を胸の奥に滾らせるばかり。
「こうして出会ったのも何かの縁、倒す相手ならば尚更、その人と成りを知りたいと願ってしまう……教えていただけませんか?
閃く切っ先の連撃は、真っすぐに、彼女の守りを貫通して真っすぐな連撃を撃ち込んでいく。
「ふふふ、なるほど、そういうものですか……」
計4度に及ぶ連撃を受けた夜叉が無量に視線を向けて微笑する。
やや間合いを開け、舞花はその時を静かに待っていた。
(明日も分からぬ戦乱では人の心に隙が生じやすいのは道理である以上、
戦乱の環境が魔種を生み出しこと、それ自体驚きには値しない……)
連撃のほんの一瞬、踏み込みと同時に振り払うは黒き顎の咆哮。
振り抜いた一撃は美しく漆黒の軌跡を帯びて真っすぐに駆け抜ける。
「ですが、さすがにすさまじい力ですね……貴女が魔種であるにせよ、そうでないにせよ……」
反応を示した夜叉の守りを削り落とし、静かなる斬撃が痛撃を叩きつける。
「お褒めに預かり光栄です。貴女の剣も中々……近づいてきてくれないことが寂しいばかりですよ」
微笑を零す夜叉が携える刃に稲光が迸りだしていた。
プラックは拳を握り締めなおすと、一気に空へ跳ぶ。
その軌跡はさながら天をかける龍が如く。
華麗なる空中機動より夜叉の下へたどり着くと同時にアッパーカットを叩き込んだ。
拳は双刀の合間を縫い、夜叉の鳩尾を穿つように突き立つ。
勢いを引くまま、追撃とばかりに影を置く拳を叩きつける。
「いくッスよ『猪鹿蝶』!」
抜刀――肉薄する必要もない至近距離より、鹿ノ子は白妙刀を振り抜いた。
無数を思わせる連撃が夜叉の身体に強かにひたむきに斬撃を叩き込む。
命中精度はたしかに、火力は申し分なく。
烈しき攻撃の1つが大きく夜叉の身体に血を滲ませた。
月夜に映えるクロランサス。
月明かりと交じり合いながら、象られた花が輝きを放つ。
薄紅色の花が仲間の足元に姿を見せた。
花弁が身体を包み込めば、鮮やかに輝いて治癒力を促進し傷を癒していく。
「素敵な魔術ですね。ふふ、見納めになるかもしれないのが、もったいないくらいです」
夜叉の視線が自身に向けられているのに気づいたアレクシアは、戦闘中とは思えぬほど穏やかなその笑みに敵の余裕を感じ取る。
●
轟く雷鳴が光を伴い降り注ぎ、ぴょうと飛んだ矢が焦げて落ちた。
「無間――雷動」
雷鳴が轟き、光が迸る。
巻き込まれたのは夜叉を中心とする広域。
その輝きに負けぬ輝きが、可能性の箱を開いて瞬いた。
それを耐えきり、利香は反撃の斬撃を叩き込んだ。
夜魔の雷が夜叉の身体を大きく傷つける。
夜叉の身体には連戦による傷が多く刻み付けられていた。
「どうしましょう……しぶといですね」
利香はその声を聞いた。
「しぶとくて……むかつきますよね、潰したいですよね?
やってもいいですよ、ほらやってみてくださいよ!」
利香を斬り伏せれば斬り伏せるほど、敵の傷は増えていく。
「そうですね。貴女のような人があの時にいなかったことを喜ぶべきか。
あるいは、貴女のような人がいなかったことを悲しむべきか」
そういう夜叉の瞳に確かな怒りが滲みだして、その手に握られていた太刀に力が籠っていく。
そこへ割り込むような影。
「では、そろそろお聞かせいただけませんか?
貴女が何に怒っていらっしゃるのか」
無量は問いながら反撃の太刀を叩きつけた。
朧月夜を示す斬撃に反応した敵の身体に大きな傷を深めれば、夜叉がやや後退する。
「ふふ、そうですね……そうしましょうか、現のことなど一炊の夢です。
……貴女様方はもし、『絶対に覆らない鏖殺しが分かっていたら』どうします?」
真っすぐな瞳、その瞳に今日一番の憎悪に近い憤怒を宿して、彼女は笑う。
「敵は自軍の倍を超え、降伏すれば待っているのは民草まで蹂躙しつくす略奪だと……分かっていたら。
敗北も、根こそぎ殺されることも分かっていて。
勝つ方が人の道を捨てるしかなかったら――いえ、捨てても勝てるか分からなかったら。
私は全ての敵を無力化して……同時に自分達に価値がないことを示す必要がありました。
民草を守るためには、民草以外すべてを殺そうと……あの刹那、私は気づけばそう思っていたのです」
過去を思い起こしたのか、夜叉の全身に力がみなぎっていく。
「本当に、反吐が出る。私は許せなかった。
自分達に価値がないことを示すために家族と家臣達を殺し尽くし。
敵に攻められるようなことが無いように鏖殺しにする。
そんなことをする必要性を作った全ての敵が許せない。
そんな手を下さなくてはならなかった私自身が――許せないのですよ」
淡々と笑って、そう言った。
「その尽きぬ怒りは、滅びた故郷に捧げ続ける貴女の心というわけですか」
舞花はパンドラの輝き散る戦場を突っ切って夜叉の前に立つと、太刀を振るう。
玲瓏なる銀閃を走らせる。美しく舞い散る冷たき連斬は傷の増えている夜叉の身体を縫い付けるように関節を穿つ。
変幻なる太刀筋は迷いなく、夜叉の身動きを削減していく。
「じゃあ、あなたは力のない人たちを守るために、それ以外のすべてを殺したの……?」
祝福の雨を降り注がせて、アレクシアは足元に魔方陣を描く。
魔方陣へ魔力を通していけば、淡い輝きは激しく瞬き、淡い白と赤の混じった花弁を形成する。
美しく輝く花弁の光が仲間たちの傷を一気に癒していく。
「理不尽に攻め滅ぼされる寸前に感じた怒りに応じてみれば、意外と簡単でしたよ」
「もうその国も、その時の人達も残ってないのに、どうして今になって出てきたの……?」
パンドラの光の収まる中、改めて焔は問うた。
「――それは」
全身を焼くように不滅性の輝きが放たれ、負った傷を癒していく。
追撃に押し込む紅蓮の桜が花を開いて追撃を叩きつければ、夜叉は防御の動きを見せずに痛撃を受け止めた。
「……思っていたよりも、現世が真っ当だったから、でしょうか」
「それって……どういう……」
握りしめたカグツチで振り抜かれた夜叉の太刀を防ぎながら、思わず視線を彼女が向いている方へ。
その視線を向けられていた朝顔は薄緑を握り締める。
「貴女はずっとそんな状況で生きてきたんですか?」
握る手に自然と力が入っていた。
負けられないと宣言は、既にしている。
もう一度は不要。――思いは変わらない。
飛び込むようにして、朝顔は上段から愛刀を振り下ろした。
続くように鹿ノ子が跳びこんでいく。
「……どちらにせよ、守るためにそれ以外を根絶やしにするなんて、無茶苦茶な理屈ッス!
あなたを生かしておくわけにはいかないッスよ!」
全身全霊で叩き込む猪鹿蝶。
目覚ましき三連撃に合わせるように動いた彼女の双刀の片方がピシリと音を立てて砕ける。
勢いを殺さぬまま、もう一度の連撃を思いっきり叩きつけた。
「全くもって、その通りです、ね」
これまでの蓄積か、遂にその口元から流血を零した夜叉はそれでもなお、脅威を思わせる殺気に満ちていた。
「お前の怒りはごもっともだ。──だから、その怒りは俺が持っていく。
似た事柄に怒り、似た連中に怒り、同じ悲劇を起こさない様に怒り続けてやるから……ゆっくり眠りな」
プラックは拳を握り締めると、真っすぐに踏み込んだ。
「――こんな怒りを得るような世界でない世界を望みますよ」
自嘲すら滲む表情で笑う夜叉へ、握りしめた拳を幾度も叩きつける。
質量のある残像の籠った連撃に、ついに夜叉が崩れ落ちた。
「……胸糞が悪くなる。もっとハッピーエンドにならないもんかね」
倒れていく女を見下ろしながら、プラックは思わずそう言葉を漏らしていた。
「……ねえ、あなたの名前は何ていうの?」
仰向けに倒れた彼女へ、アレクシアは声をかけた。
それが伝説を辿る手掛かりになるだろうから。
「――さて、どうでしたしょうか……」
倒れ、ぼんやりと空を見上げる夜叉の瞳には怒りなどほとんどなく――そっと瞼が下りていく。
――稲、よくやりましたね。
脳裏に聞こえる懐かしい誰かの声――
「――あぁ」
そうでした――
私の名前は……――
「い……な……」
その言葉は声に漏れず、静かに溶けて消えた。
成否
成功
GMコメント
こんばんは春野紅葉です。
豊穣にて魔種と思われる存在の姿が確認されました。
●オーダー
・『雷媛夜叉』■■の討伐ないしは撃退
●フィールド
豊穣の北東部に存在している森林です。
主戦場となる一帯は落雷の影響と思われる焼け落ちた木々が存在しています。
空には三日月が浮かび、視界は良好です。
ターン開始時、低確率で落雷が発生します。
直撃した場合、抵抗に失敗すると【痺れ】が付与されます。
●エネミーデータ
・『雷媛夜叉』■■
名前は不明、魔種ないし純正肉腫。
怒りに満ちているように見える一方、その思考はゾッとするほど明晰です。
所謂『怒りのあまり逆に冷静な状態』になっていると思われます。
伝説によると城を包囲する敵兵100人を鏖殺しにしたとのことです。
もちろん水増しされた人数である可能性も否めません。
ですが、それでも殺した相手は2桁を下らぬでしょう。対多戦闘に秀でた強敵です。
双刀による近接戦闘の他、雷による妖術の範囲戦闘もこなします。
EXA、反応、物攻、機動力に優れています。
双刀は【追撃】、【スプラッシュ2】を持ちます。
妖術は【痺れ】系列、【火炎】系列、【恍惚】を有します。
また、パッシヴで【痺れ無効】を持ちます。
●友軍データ
・『カガミの君』各務 征四郎 義紹
カムイグラの動乱後、ある魔種の調査と中央(高天京)の求心力低下を見越し、各地を放浪しながら事件に首を突っ込む刑部省の役人です。
リプレイ中では基本は勝手に動いてます。指示や話したいことがあればプレイングでの記載を頂ければと思います。
弓による遠距離攻撃、刀による近接攻撃を用いる物理アタッカーです。
皆さんと同等程度の力を持ちます。
<スキル>
三矢一殺:一度に三本の矢を対象に叩き込みます。
物遠単 威力中 【万能】【ショック】【乱れ】【スプラッシュ3】
雷迅刀:摩擦による電流を闘気で増幅させて対象を上段から斬り下ろします。
物至単 威力特大 【感電】【体勢不利】
絶無一心:心を無とし、殺気を削ぎ落し、無我へ至ります。
自付与 威力無 【副】【瞬付】【命中大アップ】【反応大アップ】【EXA大アップ】
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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