PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>深紅の桎梏

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 大きな窓から差し込んだ陽光を遮るように手を翳す。
 一筋の光が網膜に届いて、目の奥が痛んだ。
 ようやく眠れぬ夜から解放されたというのに、日の光は何の救いも齎してはくれない。

 小さな溜息を吐いた『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は食卓に並べられた朝ご飯を咀嚼する。
 己の右腕である『護蛇』白銀が作ってくれるご飯はとても美味しい。
 彼はこの地に憑いている白蛇の夜妖であった。この地に住まう子供達を護る為に人間の姿を取り甲斐甲斐しく世話をしている。此処で言う『子供』とは幼子だけでなく暁月や力の弱い怪異にまで及ぶのだ。
 弱った時にはそっと美味しくて優しい味付けのご飯を用意してくれる。
「美味しいよ。白銀。いつもありがとうね」
「ふふ、少し顔色が良くなりましたね。良かったです」
 食べ終われば冷たい麦茶とは別に、温かいお茶をそっと食卓へ置いてくれる気遣いに何度助けられただろうか。『京都の実家』から十歳の頃この分家の燈堂に養子に出され、当主としての務めを果たしている暁月にとって白銀は言わば母親のようなものだった。

 養子に出るという話しは物心ついた頃から聞かされていたから、それが暁月にとっての普通だった。
 けれど、十歳でその決断を自らの意志でした幼い頃の暁月に、一族の大人は憐憫に満ちた瞳を向けた。
「でも、朝比奈と夜見に負担の大きい『東』は任せられへんやろ? 僕は兄ちゃんやからな」
 少年だった『深道暁月』は双子の妹弟である朝比奈と夜見を大切にしていた。
 同じ宿命を背負う彼等の負担が少しでも和らぐように、繰切を封じている過酷な燈堂の地に赴く事を選んだのだ。その決断に後悔なんて一辺足りともありはしない。
 けれど、最近になって『己の弱さ』を痛感している所だ。
 少年だった頃のように使命感で我武者羅に突き進むことが出来れば良かったのに。

 暁月は溜息を吐いてテレビのワイドショーに目を向けた。
 相変わらず流れて来るのは大量行方不明事件のニュースの報道。
 マスメディアとSNSは行方不明になった人達が『異世界に連れて行かれたのではないか』という仮説で持ちきりだった。そんな彼等の思いや願いは悪性怪異:夜妖<ヨル>となって活動を活性化させる。
 音呂木ひよのによると、『無害であった神が急速的に影響を強くしている』らしい。
 それは『日出建子命(ひいずるたけこのみこと)』――希望ヶ浜で幅広く信仰認知される『国産み』の神、通称『建国さん』が真性怪異であると推測されるということだった。
 真性怪異は人知及ばぬ存在。人が手を出してはいけない存在。その総称である。
 この燈堂の地にも真性怪異が封じられている。
『佐伯製作所大量行方不明事件』の考察で支持された異世界に連れて行かれたという『思い』が建国さんによる異世界を急速に構築させる要因ではないかと見られているらしい。
 その異世界の奥には――神意と呼ばれる存在が居ると噂されている。

「おう、帰ったぜ暁月」
「お帰り黒曜。ご苦労様。朝ご飯食べなよ」
 リビングに入って来た『番犬』黒曜が暁月の向かいに座り込んだ。
「廻達は無事に異世界へ行ったかい?」
 黒曜は門下生を助けに異世界へと潜る廻達に付き添っていたのだ。
「ああ、入る所までは問題ない。いつ帰ってくるかは分からないからな。アパートの隅にある石碑の前にぼーっと突っ立ってたら不審者として通報されかねないから戻って来た」
「確かに。耳を隠せるとはいえ、黒服のデカイ男が自分ちの前に立ってたら、それこそホラーだね」
「誰がホラーだ」
 煮物をひとつまみ口の中に入れた黒曜は美味しさに目を輝かせる。そのまま器を掴み次々に口の中へ。
「やっぱ白銀の料理は旨ぇ……」
「お代りありますから。ゆっくり食べなさい黒曜。喉に詰まらせますよ」
 煮物を両頬いっぱいに頬張りながら、黒曜は素直に頷いた。暫く咀嚼したあと黒曜は空になった器を持って立ち上がろうとする。
 しかし、その前に白銀が黒曜の器を取り上げて台所へ向かい、山盛りの煮物を持って来た。
 山盛りの白銀が作った煮物に目を輝かせ、勢い良く箸を動かす黒曜。
「ふふ、作りがいがありますね。黒曜は」
「若い若い」
「暁月がじじ臭いんだよ。五歳ぐらいしか変わんねぇだろ」
「おっとー? 私を年寄り扱いか。じゃあ、そんな元気な黒曜君には、下の掃除を手伝って貰おうかな?」
 口の端を上げた暁月は黒曜へ不敵な笑みを見せる。
「下って……、まさか」
「そう、座敷牢の下。『無限廻廊の座』だよ」
 暁月の言葉に眉を下げる黒曜。

 無限廻廊の座。燈堂家の地下に鎮座する真性怪異『繰切』を封ずる場所。

 ――――
 ――

「俺、苦手なんだよな。『ここ』。怖えし近寄りたくねぇ」
「まあそう思うのは当然だよ。君は夜妖憑きだしね。きちんと防衛本能が働いてる証拠さ」
 手持ちの灯りを頼りに地下へ降りて行く暁月と黒曜。
 燈堂家本邸の地下には座敷牢が備え付けられている。その座敷牢の奥の扉からは更に地下へと続く階段があるのだ。それは西へ進み折り返し東へ至る。
 暫く下ると、広間へと出てくるのだが、この場所こそが真性怪異『繰切』を封じている封呪『無限廻廊』の座というわけだ。
「ほら、もうすぐ無限廻廊の座だよ」
 ひたりひたりと自分達の足音以外に何者かの気配がする。
「おい、暁月。何か居るんじゃねぇのか」
「あー。確かに。黒曜、そこの電気付けて」
 灯火に照らされた壁にあるスイッチを反対側に切り替えると、パッと電気が灯った。
「電気通ってんのか」
「うん。上を見てごらん、あれLED」
「LED」
 天上から下がる灯籠に似た幾つもの和風の照明は寿命が長いLEDらしい。

 黒曜が視線を上げると広い部屋の真ん中には燈堂家の家紋が描かれた魔法陣があった。
 床に敷かれた深紅を帯びた魔法陣。部屋の中にはびっしりと呪符が張り付けてある。
 壁なんて全く見えない程、無数の呪符が散りばめられていた。
 暁月は壁に近づき、徐に呪符の一枚を引っ張る。それは簡単にぺりりと剥がれた。
「剥がして大丈夫なのか? それ」
「んー、剥がれるって事はもうこの呪符は駄目なんだよ。あー、こっちも駄目か」
 次々に暁月は呪符を引っ張っては剥がして行く。

「あ~、まいっちゃうなぁ」
 呪符がひらりと舞い落ちた先。一抱えの樽程の大きさをした夜妖が暁月を見ていた。
「最近多いんだよねぇ。入って来たのは良いけど出られない夜妖。前は近寄りもしなかったのに」
 暁月はその夜妖を掴むと、真ん中の陣に投げ込んだ。
『ァ……アァ……アア』
 無限廻廊の中から夜妖の声が聞こえる。引き延ばされて抜け出せない。無限の廻廊に囚われたのだ。
「祓わなくていいのかよ」
「まあ、どっちにしても同じじゃない? 私も死ぬ時はこの無限廻廊の一部になるから。その時に再開出来るよ。多分ね」
「笑えねぇ冗談だ」
 黒曜は無限廻廊の近くに落ちた呪符を拾おうと手を伸ばした。
「あ、黒曜」
 黒曜が屈んだ瞬間、彼の頭に生えた黒狼の耳が片方消失する。
「うぉ!? な!? 耳ィぃ!?」
 消えた狼耳を押さえて飛び退く黒曜は目を白黒させた。
「あんまり近づくと、取り込まれるよ? 君、夜妖憑きだし。マジックあるから立入禁止線引こうか?」
「てめぇ! そういう事は早く言え!!!!」
 ピッと再び生えてきた狼耳の感触に安堵した黒曜。
「人間の方の耳じゃなくて良かったね」
 今度は本来の耳を塞いで首を振った。

 その間に暁月はaPhoneを取り出しボタンを押す。
 暫くの呼び出し音の後、不機嫌そうな小声が聞こえて来た。『守狐』牡丹の声だ。
『暁月、お主。用事はLINNEにしろと行ったじゃろう?』
「いや念話が嫌だっていうから、aPhoneにしたのに」
『だから子供達が起きるでは無いか……あー、もう、起きた』
 電話の向こう側で幼児の泣き声が聞こえる。
 燈堂家は夜妖の事件で身寄りの無い子供達の受け皿にもなっていた。
 特に幼児の面倒を見ているのが、『燈堂の血』に憑いた牡丹なのだ。白銀と共に燈堂を守る守護獣。
 一旦離れてまた電話口に戻って来た牡丹は不機嫌そうに「用事は何だ」と問いかけた。
「無限廻廊の座の呪符が剥がれちゃってさ、二十枚ぐらい欲しいんだけど」
『二十ぅ!? ど、どういうことじゃ暁月。お主そんなに体調が悪いのか? 熱か? 風邪か?』
「どうだろうねぇ。普通に動けてるけど」
 心配そうな声色の大丈夫だと伝え、暁月はスマートフォンを懐に仕舞う。
 視線を上げれば、呪符がまた一つひらりと舞い落ちてきた。
 ゆっくりと。けれど、確実に『綻び』は進行している。

「ん~、黒曜と二人じゃ全然終わらないなぁ。誰かに手伝って貰うか。でも、門下生は夜妖憑きが多いから危ないしな。ローレットのイレギュラーズにお願いするかなぁ」


 燈堂家の正面玄関から暁月が手を振っている。
 以前より少しだけ疲れているように感じる顔にイレギュラーズは不安になった。
 暁月から直々にイレギュラーズは呼び出され、足を運んだのだ。

「そういえば、『異世界』の話しは聞いているかい?」
 暁月は本邸までの道のりを歩きながらイレギュラーズに尋ねる。
「大量行方不明事件を、マスメディアやSNS上で騒いだせいで、人々の思いが集まってね。無害であった神が急速的に影響を強くしているらしいんだ。希望ヶ浜で広く信仰されている神様でね。建国さんって言うんだけど――――ほら、うちにもあるんだよ」
 暁月が路をはずれ、敷地の片隅にある御稲荷さんの隣にある祠を指し示す。

「いつもは牡丹の結界が張られてるんだけど、ちょっと侵食されてるみたいだね」
 胸ほどの高さの祠の屋根に触れた暁月はイレギュラーズに笑って見せる。
「物は試しだ。行ってみる? 異世界」
 気軽に。ちょっとその辺のコンビニに行くぐらいの軽い口調で暁月は首を傾げた。

 ――――
 ――

 灯籠の明りがゆっくりと降りて行く。
 世界は真っ暗で、冷たい風が吹くばかり。
 後ろを振り返れば、地上の明りが四角く切り取られて。
 そこから何段あるかも分からない階段を下っていくのだ。

 耳をよく澄ませば、波の音が聞こえてくる。
 ノイズの音量を上げるように一歩下る度にそれは大きくなった。
 一番下まで行くと地上が見えた。
 目の前は海だ。黒くて大きな海が目の前に横たわっている。
 波が岸壁に打つかって荒々しく弾けた。
「行き止まり?」
「いいや。そこに一本の橋があるだろう。そこを渡っていく」
 イレギュラーズの問いかけに暁月は灯籠を高く上げる。
 そこにはロープと木の板で出来た頼りない橋があった。
「ふふ、大丈夫さ。しっかりと縄を掴んで、この明りについてくれば迷わない」
 口の端を上げた暁月を追いかけて、イレギュラーズは橋へと一歩踏み出した。

 大地は溶岩に侵食されていた。
 大きな杭が結界の役割を果たしているけれど、侵食されるスピードに追いついていない。
「ん~、やっぱり侵食してきてるねぇ」
「おい、暁月。そんな暢気でいいのかよ」
 顎に手を当てた暁月に黒曜が眉を寄せる。
「まあ、皆居るし。大丈夫大丈夫。じゃあ、行こうか」
 暁月はイレギュラーズへと一つウィンクをして腰に差した無限廻廊を抜き放った。

GMコメント

 もみじです。
 廻達が異世界探索に出かけた『<半影食>紫紺の残響』と同じ時間のお話です。
 一方その頃、燈堂家では。

 異世界探索と燈堂家の二つのシーンがお楽しみ頂けます。
 一つに絞っても、両方でも大丈夫です。

 戦闘よりも会話を楽しむ依頼です。
 会話内容によっては何か重要な情報が聞き出せるかもしれません。
 今後の展開にも関わってくるでしょう。

●目的
・異世界の夜妖の撃退
・燈堂家の結界の修復

【A】異世界のシーン
●ロケーション
 燈堂一門の敷地の片隅に『建国さん』の小さな祠があります。
 普段は牡丹の封印が施されていますが、今回はそこから、異世界に行けるようです。
 長い階段を降りて行く度に、地上の光が遠くなっていきます。
 ある程度まで降りると、そこは真っ暗な海になります。
 冷たい潮風が頬を打ち、高波が目の前で弾けます。
 そこには、一本の橋がかかっています。頼りない橋ですが、ずっと続いているようです。
 一番向こう側まで行くと、大地があります。
 しかし、マグマのようなドロドロとした夜妖が侵食してきています。
 結界の要と思わしき大きな杭を溶かそうとしています。

●敵
○夜妖『紅炎網』
 真っ赤に燃える溶岩と思わしき夜妖です。
 自然現象に近いものですが、燈堂家の結界に入り込もうとしています。
 この夜妖自体には悪意はありません。
 しかし、この夜妖が作った道を通って、他の夜妖が来る恐れがあります。
 お帰り願いましょう。
 ある程度攻撃を行えば退散していきます。

 攻撃してきた者に対して防衛本能で反撃をしかけてきます。
 溶岩を飛ばしてきます。

●味方NPC
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
 剣術を得意とし、自分の身は自分で守れるでしょう。
 腰に差した刀で戦います。簡単な回復が使えるようです。

○『番犬』黒曜
 黒狼の夜妖憑き。暁月やイレギュラーズをサポートします。
 タンク寄りの性能ですが攻撃力もあります。

○燈堂門下生
 関係者の門下生を連れて来ても構いません。


【B】燈堂家のシーン
●ロケーション
 燈堂家本邸。座敷牢の奥の路から下った場所。
 封呪『無限廻廊』の座。広いです。

 四方を無数の呪符が覆い、中央には燈堂家の家紋を象った魔法陣があります。
 この魔法陣が封呪『無限廻廊』です。
 無限廻廊は暁月、白銀、牡丹と普通の人間には無害ですが『夜妖』と『夜妖憑き』は取り込まれるので注意が必要です。廻や黒曜、夜妖憑きの門下生は気を付けているようです。
 中庭と本邸にある要石を南北に据え、西から入ります。
 普段は無限廻廊の座には入れませんが、今日は特別に呪符の張り替えの為、手伝って欲しいと暁月から要請がありました。

 そこを、清めて修復します。
 つまり掃除して、引っ張って剥がれた呪符を張り直します。

 また、無限廻廊の座の東方には厳重に鍵が掛けられた扉があります。
 その扉の向こうには長い通路があり、真性怪異『繰切』が封じられています。
 扉の向こうに立ち入る事は出来ません。
 立ち入る事が出来るのは、満月の夜に月祈の儀を行う廻だけです。

 掃除が終わったらリビングや個室でお話をしたりお茶をしたりできます。
 龍成や廻の部屋に入ることも出来ます。

●NPC
 暁月、白銀、黒曜、牡丹、門下生など
 皆、獏馬の一件等でお世話になったイレギュラーズには好意的です。
 質問等には素直に答えてくれるでしょう。応えられるものであれば。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <半影食>深紅の桎梏完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年09月04日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談9日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

咲々宮 幻介(p3p001387)
背で語る
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
星穹(p3p008330)
危険域
ボディ・ダクレ(p3p008384)
ぬくもり
浅蔵 竜真(p3p008541)
ヴェルグリーズ(p3p008566)
桜舞の暉剣
雑賀 才蔵(p3p009175)
アサルトサラリーマン
時尾 鈴(p3p009655)
いつまでも傍に

リプレイ


 黒き潮のうねりが鼓膜を揺さぶる。
 視界には橙色の灯火と、頼りない橋の板が映った。
「うぅ、私ホラーとか異世界とかそういうの駄目なんだけどぉ!」
 震えた声で『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)が手を伸ばす。
 指先が掴まえるのは『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)の袖だ。
「学校の宿直当番だってすっごく抵抗したの、暁月さん知ってるでしょ!?」
「大丈夫だって。皆居るし……そんなにいっぱい出ない」
「出るには出るって事よね!? でもまぁ、この屋敷にも燈堂にも思い入れはあるもの」
 されど、手伝うと拳を握るアーリアの膝は震えていた。
「お手伝いだねぇ、いいよぉ~。暁月さんにはお世話になってるし!」
『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)は頼りない橋を自身の糸で補強する。『繋ぐ者』であるシルキィの糸は『燈堂の地においては』呪術的強度を高めるだろう。それだけこの地との繋がりが強いという証でもあった。

「お招き頂き有難う御座います。練達、未だ慣れぬ土地ではあるのですが。お力になれればさいわいです」
 恭しく頭を下げた『星雛鳥』星穹(p3p008330)は、視線を黒き海へと向けた。
「この海、何故こんなに暗いのでしょう。誰か潜ったりはしたのかしら。私が潜ってみましょうか?」
「そうだね。この海は燈堂の壕みたいなものかな。結界の一つさ。夜妖の中には水を渡れない者も居る。潜った事無いけど、多分危ないから止めておこう」
「はい」
 では、この頼りない橋から落ちたら危険なのではという言葉を星穹は読み込む。
「やれやれ、海洋旅行に行く際に近いうちに家に向かうとは言ったが……まさか友人殿に呼ばれるとは思ってなかったよ、暁月」
「人手が必要だったからねぇ。君なら来てくれると思って」
 小首を傾げた暁月に『アサルトサラリーマン』雑賀 才蔵(p3p009175)はやれやれと溜息を吐いた。
「お前の頼みならば当然引き受けるが……時にこの異世界、一体何なんだ?」
 燈堂一門の敷地内から祠を通じて下った異世界。
「まさか、此処の近くにも『建国さん』の祠があっただなんて。ここまで日常に溶け込んでいた存在なのですね」
『激情のエラー』ボディ・ダクレ(p3p008384)は撓る橋板の耐久度は大丈夫かと不安になりながら進んでいた。
「何かしら理由があるのだろう。後で構わないし、話せる範囲で良い、聞かせて貰えるか?」
 才蔵は暁月へと視線を向ける。才蔵の後ろには『救う者』浅蔵 竜真(p3p008541)も見えた。
「祭神建国さん、異世界。神隠しか、一連の事件は。……信仰される神が持つ、固有の領域。ゲーム盤のように細工がされていてもおかしくないな」
「そうだねぇ。前までは、ただそこに在るだけのものだったんだけど。最近は威勢が良いって所かな」
 暁月の言葉に『月花銀閃』久住・舞花(p3p005056)が瞳を僅かに伏せた。
 マスメディアやSNSで騒ぎになったために思いが集まり、無害であった神が力を強めたのだと暁月は言っていた。
「言ってしまえばその位の事で簡単に均衡が崩れてしまうというのは、本当に厄介な土地柄ね」
「確かに。舞花君の言うとおりかもしれないね。でも」
「――それでも人は住む。彼らの信じる今が此処に在るから……だから」
 舞花の言葉に暁月は頷く。
「対処しなければならない、か」
「それが私達の役目だからね。来てくれて助かるよ」
 暁月は舞花に微笑み、その後ろに居る『傷跡を分かつ』咲々宮 幻介(p3p001387)を見遣る。
「時期的には肝試しに丁度良い季節とは言え、流石にこれは雰囲気ありすぎって感じだな……?」
「怖いのかい? 幻介」
 幻介は手を振り口の端を上げた。
「ははっ、暗闇が怖いなんざ『今更』だろ。とまぁ、そんな冗談はさておき……折角親友が『珍しく』御指名で頼ってくれた訳だし、きっちり仕事はこなさせてもらおうかね」
「ありがとう。助かるよ」

 一行の目の前に、赤黒い溶岩が見えてくる。
「溶岩みたいなのが出てきてるけど、あれが『紅焔網』かなぁ?」
 シルキィの言葉に『番犬』黒曜が応と答えた。
「大分こっち来てるな」
「悪気はないのに攻撃するのはかわいそうだけれど……ごめんねぇ、お帰り願うよぉ」
 シルキィの糸が展開していくのに先んじて、前へ出たのは幻介だ。
 幻介の神刀に灯火が走る。
 剣速は流水さえ両断する軌跡を描き、紅焔網へと叩きつけられる。
 蒸気を上げ怯んだように後退する夜妖。
「封印する程の夜妖っつーと、心当たりが無い訳じゃねぇが……暁月、本当に『これだけ』か?」
「どういうことだい?」
「つい先日、校長からも似た様な夜妖の話を聞いたが、あの人はあんな性格だからよ……この際だからハッキリ聞かせてもらうぞ。この地域には『どんな夜妖が』『何体封じられてて』『どんな能力を持っている』のか伝承でも伝聞でも、何でもいい……可能な限り、情報を共有させてくれ」
 夜妖の反撃を躱し、幻介は暁月に問うた。
「そうだねぇ。幻介。それは難しい質問だ。私も知りたいぐらいだよ。それは地域の野良猫が何匹居るか、みたいな質問だからね。増えもするし減りもする。全てを把握する事は困難だろう」
「確かにそれは、そうだな。でも最近の希望ヶ浜は……俺達の知る範囲だけじゃなく、預かり知らぬ裏側でも何かが起きてる……そんな予感がするんだ」
 幻介の心の中にある焦燥感。予期せぬ厄災の前触れにもどかしさが募る。
「その『何か』が起きた時、一番困るのは……情報が足りねえ事だ。どんな小さな事でもいい……この先を生きる、子供達を守る為にも、憂いを絶っておきてえんだ」
 自分の様な『業を背負う』子供は見たくない。健やかなる笑顔を見ていたいから。
「話せる範囲だけで構わねえ、後手に回って喪われなくていい命が喪われる事だけは絶対に避けてえんだ」
 頼む、と唇を噛みしめる幻介に暁月は眉を下げた。
「私の知ってる範囲でなら、惜しみなく伝えよう。ただ、私も全てを把握している訳では無い。知らない事の方が多いぐらいさ」
 幻介が繰り出す連なる剣技は紅焔網を圧倒し、徐々に後退していく。
「この結界の侵食は、私の力が弱まっているせいだね」
「それは何故だ」
「……精神的な、歪みかな。君も知ってると思うけどそんなに強くないんだよ。ほんと参っちゃうよね」
「笑ってる場合か。どうすればいいんだよ?」
「うーん……」
 暁月は言い淀み、次句は夜妖の攻撃に遮られた。


 才蔵は暁月の剣尖が夜妖を分断するのを見届け、追い打ちを掛けるように魔弾を穿つ。
「暁月、お前の背中は任せろ……お前の後ろは俺が抑える……存分に往け!」
 言いながら才蔵は暁月の動向に気を配る。
 迷いや憤りが無いだろうか。多くを語らぬ友人の僅かな差違を見定める為に。
「……もう少し己に素直になっても良いとは思うのだがな、俺の友人殿は」

 僅かに退いた夜妖と杭の間に割り込んだのは『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)だ。
 杭を守るように剣を走らせる。
 ヴェルグリーズの剣尖が夜妖を払い、返す攻撃に立ちはだかるは星穹だ。
 蒼き魔力が星の魔法陣を描き、赤き焔から仲間を護る盾となる。
 「ごめんね、此処は大事な場所なの。外に出たらゆっくりまた私と遊びましょ! 溶岩で焼いたお肉に、溶岩の熱燗なぁんて!」
 いつも通りの口調で魔法を解き放つのはアーリアだ。その奥にはボディの姿が見える。
「溶岩状の夜妖とは面妖な」
「いくら俺でも溶岩なんて斬ったことはないな……。そのまま斬りつけていいものか迷う」
 ボディの言葉に竜真が眉を寄せた。
「唐突な話ですが、島が出来る際は溶岩が冷え固まって大地を海へ広げていくのでしたか。なんだかこの夜妖と異世界の様子に似ておりますね」
 後から後から折り重なり、少しずつ自分の領域を広げていく。
「まあ。刀身で斬るんじゃなく、居合の要領で抜き打てばいけるか?」
 竜真は剣柄を握り絞めた。
「溶岩のように見えるとしても本質は夜妖だ。構成するモノまで完全に溶岩なんてことはないはず」
「援護しますので!」
 竜真の横から走り込む『燈堂門下生』時尾 鈴(p3p009655)は手にした刀で一閃の隙を生み出す。
「――助かる!」

 幻介の剣檄は閃光を放ち。紅焔の夜妖が退く切欠となった。
「やったか!?」
「うん。退いていくね。もう大丈夫だ。ありがとう幻介。かなり健闘したね」
「まあ、俺に出来る事はこれぐらいしかねぇからな」
 舞花の瞳に紅焔の明りが揺れた。
 こちら側への侵食を諦め、撤退していくのを見届ける舞花達。

「……この夜妖は、この異界の中で発生しているものなのかしら?」
 零れた言葉。目の前の夜妖が侵食してくる訳。
「異界に穿った結界柱を侵食する夜妖が異界の中で発生しているのなら、異界の増強によって結界への負荷が強まるのも当然という事か」
 或いは――此方側の力が弱まっているのも原因の一つなのかもしれないと先ほどの暁月の言葉を思い返す舞花。
「祓い屋たる燈堂の敷地に侵蝕するような夜妖など普通ではない。正体について心当たりはあるのか?」
 ヴェルグリーズは暁月の隣に歩み寄る。
「あの夜妖、ただの偶然等ではないんだろう?」
「己の領域を広げたいと思うのは、誰しもがそうである。そして、弱っている獲物の匂いにも敏感だ。必然だったのだろうね」
 暁月の力が弱まっているからこそ、侵食を許したということなのだろう。
 ヴェルグリーズの隣で星穹は視線を落す。
 星穹は暁月の事を何も知らない。されど彼女にだって解る事がある。この侵食される領域を当主である暁月一人で背負うのは重すぎるということ。頼れないのか。頼りたくないのか。はたまた、其れ以外なのか。
 詮索はいけないと分かっているのに。星穹には『でも』が飲み込めないのだ。
「其れにしても、此の大地の先には何があるのかしら。もしかして『誰か』居る……? 怖い話は苦手なのですが」
「どうだろうねぇ」
 暁月にも分からない異世界。
 一歩足を踏み込めば、迷い路に入り込みもう戻って来られないかもしれない。
 階段を上り、中庭の祠まで戻って来た星穹達は振り返った。
 埃を払い、掃除をする星穹。
「何故あの夜妖が生まれたのかはわからないけれど、物を大切にすることは間違いではないでしょう」

「……そういえば。もしや、暁月様は昔からこの異世界に来たことがありますか?」
 ボディは暁月に顔を向ける。
「橋の場所や、迷わない方法など色々知っている様子でしたので気になりまして。もしかするならば、この異世界は『建国さん』を介した異世界の急速な発展の前からあったのやも。ですが、何故わざわざこのような祠、しかも侵食をするような危険物を残しておくのでしょう」
「祠自体は以前から在ったし、この異世界も何の変哲も無い悪意や善意とは無縁のものだったんだよ。ただ、そこに在る。自然と一緒だよね。そこに信仰という力を与えるのは人間の『思い』なんだろうね」
「……噂の『神意』にでも何か絡んでいるのですかね」
「突然の事で、私もまだ何も分かっていないね。その辺りはひよのちゃんやなじみちゃんの方が詳しいんじゃないかな。私が分かるのはこの燈堂の地で起こる事だけだよ」
「真性怪異の事とか」
 危険は承知の上で。ボディは聞かずには居られない。別の存在だとしても同じ真性怪異に呪われた身であるのだ。
「そうだねぇ。うちのは『石神の』とかとは違うね。それは君と私を『生きている人間』だからというぐらいのものさ。その性質成り立ち全てにおいて君と私では違うだろう?」
 存在しているという共通点以外、対処の仕方も何もかもが違うのだと暁月はボディに伝う。


 燈堂本邸の地下に下る階段はギシリと音を立てた。
 暁月の持つ灯り以外、真っ暗な闇の中。
 座敷牢に着いてもそれは変わり無く、地上の灯りが差さないこの場所にアーリアは胸を痛める。
 廻はこんな場所で目覚め、夜妖憑きとして身体が慣れるまで、暁月だけを頼りに過ごしたというのか。

 その座敷牢の奥の扉を開けて、更に下っていけば一面を呪符で覆われた空間に出てくる。
「ここが無限廻廊の座……ですか」
 暁月の後ろから鈴がひょこっと顔を出す。
「座敷牢は廻さんと暁月先生が入っていくのを知っていましたが、こんな風になってたんですね」
 部屋一面の呪符に目を瞠るのは鈴だけではなかった。星穹もまた驚きの声を上げる。
「頼って頂けるのであれば、最後まで力になりましょうとも。其れが依頼を受けた忍の役目ですから」
「よーし、まずはお掃除だねぇ? 何度も遊びに来てるんだもん、心を込めて掃除するよぉ」
 シルキィが腕を捲り、ホウキを掲げた。
「式神くんにも手伝ってもらうねぇ。ほうきとちりとりを実質一人で自在に扱えるんだよぉ……!」
 床に落ちた呪符をさらさらと履いていくシルキィ。
 隅の方から履いて、頑丈に封印の施された扉の前に来る。
「……この扉は開けちゃいけないんだったよねぇ」
 廻だけが月祈の儀の際に通ることが出来る扉。彼の事を思うと心配でならない。
「そうだね。開けてはいけないよ」
 隣に立つ暁月が首を振る。他の皆は部屋の向こう側に居るからきっと誰も聞こえないシルキィは暁月に視線を上げた。
「……『双別の軛』の時の事、覚えてるかなぁ。暁月さんは、色んな思いを抱えていた。それなのに、わたしは自分の我儘を言っただけで。あの時はそうするしかなかったけれど、無神経だとは思ってたんだ」
 謝らなければと思っていた。今まで抱え込んでいた気持ちを吐き出すシルキィ。
「だから……ごめんなさい。これだけは伝えておきたくて」
「大丈夫だよ。シルキィ君。君は本当に良い子だね。流石は廻の陽だまりだ」
 問題無いと暁月はシルキィに笑ってみせた。

「掃除なら普段から社の手入れで慣れている、任せろ」
 竜真は本題は此処からだと、掃除用具を手に口の端を上げる。その隣にはボディが呪符と睨めっこをしていた。呪符には蛇が這ったような字が書かれている。そして真ん中には『人の名前』らしきものも。
「とはいえ、ただ掃除するだけっていうのもな。折角立ち入り禁止に入れさせてもらったんだ。怒られない範囲で調べ事もしたい」
 掃除をしながら竜真は封じられている真性怪異『繰切』について暁月に尋ねる。
 聞こえて来た真性怪異の声にボディも耳を澄ませた。
「そうだね。昔は大陸の北の方に居たらしいよ。そこから下って砂漠へ出てから、海を渡ってこの地に居座ったと言われているね」
「随分と遠くまで来たものだな」
 竜真は掃除の手を止めて暁月に向き直る。
「私が石神地区で見た真性怪異たちは総じて人に呪詛をまき散らす物でした。荒ぶる様は正に化生でした。だから不思議なのです。何故『繰切』は燈堂で封印ができたのでしょう」
 ボディの疑問に暁月は無限廻廊を見つめた。
「この地には深道三家を合わせた膨大な霊力が流れ込んでいるんだ。まあ、でも祖先が封印出来たのは奇跡みたいなものだよ。未だ此処に留まっているのも、ね」
 真性怪異たる繰切がこの地に留まる理由は未だ不明なのだ。本来の力を以て抜け出そうと思えば簡単に壊す事のできる『揺り籠』で大人しくしている訳を誰も知らないのだ。

 札がいっぱい貼ってあるのを鈴は眺め「掃除がんばります!」と声を上げる。
「封呪? は牡丹さんが作ってるんですね。すごいなあ」
「まあ、それが妾達の役目だからのう」
 鈴の隣には『守狐』牡丹が札を持って立っている。
「剥がれてしまうのは先生の体調と関係しているんですか?」
「そうだの。暁月の心身が弱ると札の呪力……粘着力みたいなものが弱くなるのじゃ」
「のりみたいですね」
「まあ差して変わらんよ。ほれ、次の札じゃ」
 鈴は牡丹から札を受け取り、ぺたりと張っていく。
「龍成さんと廻さんのあの件から、先生は疲れたような、辛そうな顔をするようになった気がします。どうしてなんだろう……牡丹さんは何か知っていますか……?」
「まあ、心当たりはある。龍成と廻に憑いてる夜妖は『詩織』にそっくりなんじゃよ」
「詩織って」
「暁月の恋人だった者じゃ。詩織の顔を真似たんじゃろうな」
 恋人と同じ顔なのに違う存在。それは、彼女が生きて居ない事を毎日突きつけられるようなものだ。
 そこに何れだけの苦悩があるのか鈴には想像出来なかった。
「鈴、そっちはどうだい?」
 遠くから自分を呼ぶ暁月の声がする。
「あ、先生! あそこからここまではピカピカにしました!」
「そうか。そうか。偉いね」
 頭をわしわしと撫でる暁月の手が心地よくて鈴は顔を綻ばせた。
「そういえば思い出したんですが、先生が俺を助けてくれたあの時、『廻廊ノ光』っていう言葉を聞いた気がするんです。廻廊。無限廻廊の座と何か関係があるんでしょうか?」
「ふむ。控えめな鈴の探究心の芽生えが私は嬉しいよ」
「あわわ。えと。ちょっと気になっただけなんです」
 照れた様に頬を染める鈴は暁月が腰に帯刀する刀を見つめる。
「先生の刀も無限回廊っていいましたよね、だから……」
「そうだね。この結界と刀。両方が在ってこそ機能するものだ」
「でも、その刀は『分霊』なんですよね?」
 本物ではない刀では、結界に歪みが生じるのは仕方の無い事なのかもしれない。
「ああその通りだ。でもね、今は本物を取り戻せない。まあこの分霊でも十分役目は果たすよ」
 暁月の瞳が一瞬だけ赤く染まり、直ぐに色を失った。

「さて……手伝えとは言われたがなんとも言えない得体の知れない雰囲気の場所ではあるな」
 才蔵は無限廻廊の座を見渡し顎を掻く。
「真性怪異『繰切』とか言ったか……先の異世界といい、燈堂の家……いや、一族は一体何を背負っているのか聞きたいものだが」
 視線を遠くに向けて親友の背を見つめる才蔵。素直に喋ってくれるかは怪しい所だ。
 そうなれば、それに近しい者に話しを聞く方がいいだろうか。
「ミス・牡丹」
「何じゃ、才蔵か。どうした?」
 牡丹は才蔵に札を渡しながら首を傾げる。
「……燈堂家は。そして暁月は何を背負っているのだろうか。友人として力になりたいのだが、知らぬ事ばかりで何と声を掛けていいかわからない」
 海洋旅行の土産を渡しながら才蔵は視線を落した。
「端的に言えば人々の安寧じゃな。深道三家を結ぶ霊脈はレイラインと呼ばれておる。其れ等の要所に深道三家は建っておるのじゃ。しかしよ才蔵。人々の安寧を願っているのは『特異運命座標』であるお主らも同じじゃろう? 暁月はそれが少しばかり重いというだけで、その為に犠牲にした者も居ただけの事」
 何百何千もの命を支える礎となる。それはまるで人身御供のようではないか。
 牡丹は務めて事実を述べた。そこに感情を乗せれば泣いてしまう自分を自覚しているから。それは暁月の望むものではない。心優しい牡丹に、才蔵は頭を撫でる。
「そうか、分かった。あと、一つミス・牡丹にお願いしたい事がある。もし友人殿に、暁月に何かあればすぐ教えてほしい……」
 同じ傷跡を持つ者だからこそ、暁月の心が乱れているのが分かる。色々な物が混ざり合い苦しんでいるのだろう。だからこそ。力になりたいと思うのだ。
「暁月の友人として……時より見せるあの顔を放っておけない」
「うむ。承知した。では、APhoneを出すのだ。LINNEは入れておるじゃろ?」
「あ、はい」
 手際よく牡丹は才蔵とフレンド登録を済ませる。
「これで、お主と妾の『縁は繋がった』。それを儚く散らすも、確固たるものにするのもお主次第じゃ」
 牡丹はAPhoneを頬に当てて優しく微笑んだ。

 舞花は呪符を張り替えながら視線を巡らせる。
 張り替えの頻度が増しているのなら、誤魔化しようも無く『弱まっている』ということなのだろう。
 封呪『無限廻廊』の綻び、妖刀『無限廻廊』と携える暁月の様子。無関係とは思えなかった。
 舞花は指先を顎に当てる。そもそも原因として外的要因が大きいのであるならば、現状維持は困難。
 私見で言えば、封印は『問題の先送り』でしかない。
 目前に迫る破綻を強引に回避し、十分な時を稼げるなら兎も角、もはや更なる犠牲の積み重ねに見合うものを得られる保証も無い。
「暁月さん。詳しいことは無理には聞かないと先ず。……封印や結界について私は専門家ではないけれど……何かしら抜本的な対策を取る必要が迫ってきている、と思っていいのかしら?」
「……君は聡い。確かに抜本的な対策を取る必要があるかもしれない」
 暁月の言葉に舞花は澄原晴陽を思い出す。彼女が暁月を嫌う理由は想像が付くのだ。
 晴陽の些か度が過ぎた『救いたい』という信条は、救えなかったが故のものなのではないか。
 例えば高校時代に共通の親しい人物を、救えないと判断した暁月が斬ったのではないか。
 とても聞ける話ではないが、夜妖を祓う者なら有り得る話しだろう。
 廻や龍成の事を取っても、暁月がそれを平気である訳がなかった。
 否、高校時代まではもしかしたら自分に枷を付けて夜妖(あく)を斬ったのかもしれない。
 その覚悟は尊敬に値するだろう。されど。
「やはり……ただの先延ばしは、駄目だと思います」
「確かに。でも、私はそれに躊躇している」
「何故?」
「まだやり残した事があるからね。まだその無限廻廊の一部にはなれないかな」
「それは、抜本的解決では無いと思いますが?」
「手厳しい。ただ、悩むよねぇ」
 先送りなのだとしても。今のままではまだ機は熟していないのだろう。

 星穹は剥がれた呪符と新しい呪符をじっと見比べる。
 剥がれた方は黒い染みが浮かんでいた。
 魔法陣は正常に作用しているようだ。問題は今のところ見当たらない。
「暁月様の刀と、此の無限廻廊の名が同じなのも気になります。差し支えなければ、お伺いしても宜しいでしょうか?」
 刀と鞘で一つの名前であるのか。それとも刀のみの名前なのか。
「これは封呪と刀、両方が無ければ成り立たないものだね。また、鞘は此処には無い。実はこの刀は本物じゃないんだ。分霊なんだよ。それも封呪が弱まる原因なんだよね」
「本物は何処に……?」
「それは、秘密」
 唇に人差し指を当てた暁月の視線は厳重に封印された扉に向けられる。
 星穹も扉の前に立ち、触れてみた。重苦しい冷たさが黒い鎖から指先を伝う。
 この扉の向こうに何かがあるのは間違いない。されど、星穹には其れが悪いものにも思えないのだ。
 外はこんなにも明るくて、息苦しくて、出来る事なら変わってしまいたい。
「太陽(かれ)はこんなにも近くて、闇夜が恋しくなる」

「暁月殿、ここは……本当に大丈夫なのかな?」
 ヴェルグリーズは封印された扉の映像を感じ取る。
 廻が苦しげにこの扉にもたれ掛かっているのが見えた。ただ扉の向こう側は『無機』では無い様子から何者かの領域である事が分かる。真性怪異『繰切』と暁月の事は白銀に聞けば分かるだろうか。
 アーリアは脆くなった呪符を剥がしていく。
「護らなきゃ、って思っているほど折れてしまった時は脆いのよね」
 ぽつり漏れる言葉は誰に聞かれる事無く霧散する。
 魔法陣をなぞれば青白く光が反射した。奥の部屋の扉に手を置けば冷たい重苦しさを感じる。
 近くに歩いて来た暁月に視線を上げるアーリア。
「ねぇ、色男が台無しよぉ。寝られてないでしょ」
「君には隠せないなぁ」
 アーリアは眉を下げる暁月を横目に満月の前夜を思い出す。
 結界が綻ぶ理由、暁月の心の揺らぎ。月祈の儀を廻がしていることも、そして諸々の限界が近い事も知っている。
「深道と周藤がここへ来たら、暁月さんはしゅうくんとあまねくんを差し出せるの?」
 意地悪な質問だとアーリアは自嘲する。
「軋みの原因の二人を差し出せばおしまい?」
「……手厳しい」
 されど、しゅうとあまねが消えれば暁月の心は、それこそ壊れてしまうのではないか。
 暁月の役に立つことが生きる意味だと廻が言った事を思い出す。
「私ね、廻くんの笑顔も好きだけれど、それを幸せそうに眺める暁月さんの笑顔も好き」
 恋愛的な意味では無いけれど。いつまでも傍で見て居たいと思う程には。仲の良い兄弟を見るような。そんな感覚になるのだ。
「だからね、全部諦めたくないの。私、結構諦めが悪い女なの!」
「知ってるよ。しゅうとあまねを差し出す事が出来るのであれば、きっとこうはなってないんだろうね」
 だから苦しんでいる。答えの出ない。堂々巡り。

「さて、もうひと頑張りですね。ついでに廻さんや龍成さんのお部屋も掃除にいきましょうか?」
 鈴が暁月に問いかければ、シルキィが手を上げる。
「あ、じゃあ廻君のお部屋、お掃除してあげようかな」
「はい! じゃあ、シルキィさんは廻さんのお部屋をお願いします。俺は龍成さんのお部屋を掃除します。散らかってそうな気配がするような……終わったらお茶入れますね!」
 鈴と別れてシルキィはそっと廻の部屋を開ける。もっと彼の事が知りたいから。
 部屋の中に入れば白檀とともに甘く香る乳香がふわりと鼻腔を擽る。廻の香りだ。
 低い机と座布団。机の上には折りたたまれた月柄のマフラーが置かれていた。シルキィが送ったマフラーを大切にしているのだろう。
「わたし、今幸せだよぉ」
 マフラーに触れて、眦にこみ上げる熱を感じる。
 されど、闇に誘う手は唐突に人を飲み込むものである。きっとすぐそこまで迫っているのだろう。
 一度は繋ぎ止めた廻が、また何処かに連れて行かれそうで怖いのだ。
 だから、もっと彼との繋がりを結びたい。強く知りたい。
「……だからって、無断で部屋に入って。わたし、悪い人だねぇ」
 ぎゅっと廻の香りがするマフラーに顔を押し当てるシルキィ。
「シルキィさん?」
「……ひゃわ!? め、廻君!? どうして」
 襖を閉めて部屋の中に入ってくる廻にシルキィは顔を真っ赤にして困惑していた。
「異世界探索のお仕事から帰って来たんですけど」
「えっと、その……ごめんなさいっ」
 目を瞑ったシルキィの紅に染まる頬を、廻の両手がそっと包み込む。
「……シルキィさん僕の部屋で何してたんですか?」
「あわわわ」
 これは夏の浜辺で見た悪戯な笑顔だ。優しい廻が時折見せる、絡めとるような意地悪。
 嫌な気持ちにはならないけれど、少し恥ずかしい。
「へへ、シルキィさんなら全然良いですけどね。むしろ、僕の部屋にシルキィさんが居て、びっくりしたのと同時にすごく嬉しかったです」
 頬から降りた手はシルキィの指を包み込み。アメジストとペリドットの色彩が交差する。
「……ただいま、シルキィさん」
「お帰りなさいだよぉ。廻君」

 部屋の中から聞こえてくる廻とシルキィの楽しげな声に、邪魔するのも悪いと思い竜真は龍成の部屋へと向かう。
「廻のところに寄ってからと思ったが。先に澄原、いや龍成に会いに行くか。獏馬の様子も気になるし」
 龍成は廻と随分と仲良く成ったらしい。竜真が顔を出しても噛みつきはしないだろう。
 あとは晴陽との関係も気になると所だ。噂に寄れば仲直りをしたと聞いたが。自分が話しをしてどうなると言えばどうにもならないかもしれない。けれど、話し相手ぐらいにはなれるだろう。
 竜真は龍成の部屋を訪れる。
「ああ、掃除してたんだって? ご苦労さん」
「竜真、どうしたの? 深刻そうな顔して」
「えっとだな。姉弟の関係も暁月さんとの蟠りも、できるのなら力になりたいなと思っている」
 突然の竜真の申し出にきょとんとした顔をする龍成。
「……まあ、なんだ。ただのお節介で、俺がほっとけないだけなんだけどな」
「竜真。お前、俺と同じぐらい口下手じゃね? 親近感湧くわ。まあその気持ちだけでも有り難く受け取っとくぜ。わざわざありがとな」

 ヴェルグリーズは暁月と二人。静かな縁側で茶を啜る。
「白銀殿に教わってね。さっき買いに行ったんだ」
 近くの和菓子屋の芋羊羹を差し出したヴェルグリーズに暁月は顔を綻ばせた。
「ありがとう。ヴェルグリーズ」
「俺がいうのも何だけれど……あまり顔色がよくないように見えたからね」
 ゆっくりして貰いたかったのだとヴェルグリーズは笑う。
「俺で良ければいくらでも話を聞くからあまり一人で思いつめないで欲しいな」
 初対面の自分が思うのだから親しい人なら尚更。
 別れの疵が癒えぬまま膿んでいるのだろう。
 彼は大人で責務を果たそうとしている。心配してくれている人の存在も知っている。
 ヴェルグリーズはそんな暁月に何が出来るだろう。
 背中を擦りお疲れ様と寄り添う事しか出来ない。
「でも、他の人達もきっと見守っているから。どうか手を伸ばすことだけは忘れないで」
 誰かが必ずその手を握るから。
 だから、手を伸ばす事を諦めないで、忘れないで。
 ヴェルグリーズの願いはきっと皆の祈りなのだろう――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 少しずつ明らかになる物語のピースをお楽しみ頂ければ幸いです。

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