シナリオ詳細
稲妻来たりて灰を為す
オープニング
●雷剣の牙獣
――『迅雷の庭』と呼ばれる河畔林がある。
幻想内でも高温多湿のとある地域に存在し、そこに生息する色鮮やかな生物たちは、一部の貴族の間で話題になっている程だ。
来訪者を拒むように深く生い茂った木々により未だ解明されていない部分も多く、周囲の村々では禁足地として深くへの立ち入りを忌避している。
無論、その多くが未開であるという理由もあるがそれだけではない。
「雷剣の牙獣、そう呼ばれる獣がいるんだよね」
激しい雷雨の中、可愛らしい探検服に身を包んだ金髪の少女……のような少年は、望遠鏡を覗きながら呟く。
彼は幻想の貴族の一人。『奇物卿』エリオット・ガザードだ。
「一対の鋭い牙に傷だらけの体。稲妻を纏う巨躯は、一切の他者を拒む。人を見かければ即座に食らいつくが故に、林に不用意に足を踏み入れれば命を落とす……そういう話でね」
側に控える屈強な従者は、それをただ静かに聞いていた。
「だけど僕はそいつの牙がどうしても欲しい! 絶っ対に! そして自慢しまくりたい! 他の貴族らをギャフンと言わせてやりたい! もう二度と『女かと思いましたぞ、“エリー”殿』なんて言わせないんだからな!」
拳を強く強く握りしめる。彼はその称号に違わず、珍しいものや奇特なものに目がない好事家だった。
故にこうして悪天候の中、林の中で『ソレ』が来るのを待っている。
「……会談まで時間はある。だからせめてそれまでにひと目だけでも……そしたらあのギルドに秘密裏に依頼して……」
その時、雷鳴が聞こえた。
ごろごろとした低く轟く音。腹の内側に響く声。
――否。
それは雷鳴などではない。
雷よりも猛々しく、稲妻よりも荒々しい獣の声だ。
ゆっくりと、林の向こうから『ソレ』が姿を現す。
見上げるような巨躯に刻まれた無数の傷跡。
剣槍の如く研ぎ澄まされた一対の大きな牙。
瞳に携える冷徹なる殺意。
肉体に纏う激しい電光。
「雷剣の……牙獣……!?」
現れたその姿に、エリオットは思わず息を飲んだ。
驚愕。歓喜。恐怖。困惑。興奮。
彼の中で数多の感情が渦巻き、波濤となって脳内を蹂躙する。
故に、彼は動けなかった。
「グォォォォッ――!!」
次の瞬間、牙獣が疾駆した。まばゆい雷を纏い、見つけた獲物(エリオット・ガザード)へと食らいつくべく。
●稲妻狩り
──時刻は少しばかり遡る。
外では雨が降りしきっていた。分厚く垂れ込んだ雲が晴れる様子はなく、じめじめとした嫌な湿気が体に張り付くような気候だった。
「獣退治の依頼だよ。幻想の南のほうにある『迅雷の庭』って呼ばれる河畔林で強力なモンスターが現れるから、これを退治してほしいって内容。
依頼者は……セバスチャン? 執事みたいな名前だね。もしかしたらどこかの貴族の従者だったりして。
なんでも、悪天候の時に現れる『雷剣の牙獣』を討伐してほしいんだって」
『雷剣の牙獣』。それは『迅雷の庭』に生息するとされる魔獣の個体名である。
5メートルほどの体躯を持ち、巨大な牙の生えた傷だらけの虎のような姿をし、林の奥へと踏み入ったものの命を奪う獰猛な存在だとされている。
雨の降りしきる時であればより現れやすくなり、それを恐れた周辺住民は『迅雷の庭』に一切近づかなくなったのだ。
しかしその牙は雷の力を纏っており、武器の素材や魔術の触媒として優れた効果を持っているという噂だ。故に興味を持った貴族や冒険者が雷剣の牙獣に挑んだが、その悉くが返り討ちにされてきた。
牙や爪での攻撃は勿論、雄叫びによって雷を引き起こすことができるという。
「このモンスターを倒せれば近隣住民も安心して暮らせるだろうし、ローレットや皆の名声も上がるだろうね。
それに、もし本当に貴族様の依頼だったら何かすごい報酬がもらえるかも。それこそ攻撃のステータスがあがるような……。
なんだか嫌な空模様だけど、キミたちならきっと大丈夫だろう。応援しているよ」
- 稲妻来たりて灰を為す完了
- GM名清水崚玄
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年08月01日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
『死』が迫る。
ばちばちと割れるような光が迸る。その速度にセバスチャンは間に合わない。であればこの先に訪れるのは紛れもない終焉だ。
眼前に数多の景色が流れてゆく。これが走馬灯というものなのだと理解して、エリオットは静かに目を閉じた。
「随分危険で獰猛で、殺し甲斐がありそう!」
だが、終焉は訪れない。何故ならば牙獣の肉体が大きく後方へ吹き飛んだからだ。
同時にタッ、とエリオットの前に現れるのは黄金髪のブルーブラッド――『激情の踊り子』ヒィロ=エヒト(p3p002503)だ。彼女が牙獣を吹き飛ばした張本人であるということは、エリオットにも即座に理解できた。
「……お前は」
もしや。その言葉が続くよりも先に、更にエリオットの前に躍り出る大小の影がある。
「やぁねぇ。此の手のデカイ化け物って。ほら、お坊ちゃんは下がってなさいな。コイツはテーブルマナーなんて知らない、お行儀の悪い奴ですからね」
「んん? よく状況がわからないけど、とりあえず死にそうだから助けよっか。依頼人のセバスチャンっぽい人じゃなく、あっちの女の子を?」
風に吹き去られる勿忘草の如き特異点たち。『薔薇の名前』ゼファー(p3p007625)と『死生の魔女』白夜・希(p3p009099)だ。
「……僕は、女じゃない」
ぽつりと呟いたその言葉は、雷雨に飲まれて消えていく。何が起こっている? 自分は確かに牙獣の怒りを買った。そうして食い殺される定めだった。だと、いうのに。
「万が一の備え、というものは、しておくものです。その結果として、見事主の窮地に役に立ったのですから、慧眼のほどお見事という他無いでしょう」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずと申しますが、この場合は藪をつついて蛇を出すと言うべきかも知れませんね」
いつの間にかエリオットを挟むように現れていた二人の淑女、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)と『永久の新婚されど母』マグダレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)が、流れるように静かで強かな声音で呟いた。
「そうか……セバスチャン、お前が」
「お下がりください、エリオット様。ここは、イレギュラーズの皆様にお任せしましょう」
「違うな。『僕を守れ、セバスチャン。お前の命が果てるまで』」
「……イエス・マイロード」
従者と貴族が更に後方へと退避すれば、牙獣は猛々しい唸り声を上げ体勢を立て直し、新たに現れた獲物たちを瞳に映した。
雷鳴が轟く。
雷光が輝く。
豪雨は特異点たちの視界を曇らせる。
「わたしは……牙獣(あなた)にとって、そんなに、いのちをおびやかせるほど、おそろしいでしょうか?」
嵐の海のように暗い雨林の中空を泳ぐ『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は呟く。弱肉強食という概念の最中に身を置く彼女は、自分が『おそろしいもの』だとは思えなかった。
しかし、牙獣にとってはそれがどれほど無害で無力そうなものであっても、己の領域を侵す以上は障害で、脅威で、災害に過ぎない。
故に殺す。殺して喰らう。それだけのために、稲妻を纏ったのだ。
「雷の虎、ね……わるいな、竜食いの名において倒させてもらうぞ」
そして、それを『竜食い』シューヴェルト・シュヴァリエ(p3p008387)は読み取った。戦略眼と呼ばれる眼力を培った彼にとって、牙獣がどれほどの戦を――否、『殺し合い』を生き抜いてきたのかを察知することは容易だった。
「さて、それでは……縄張りを侵しておいて申し訳ないのですが。謝っても許してくれそうにありませんので、死合うといたしましょうか、雷剣殿」
泥濘の大地を踏みしめ、『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)が牙獣を見据える。数多の修羅場と鉄火場をくぐり抜けてきた彼も同様に。
雷鳴が轟く。
雷光が輝く。
豪雨が囲む世界に、一切の逃げ場などありはせず。
「さぁ、お手をどうぞ――なんて、あはっ」
牙獣が吠える。
踊り子が咲う。
人と獣の殺し合いが、幕を開けた。
●
「シッ!!」
迅雷風烈、真っ先に動いたのは迅だった。その洗練された動きは、他の追随を許さぬほどの疾さを以て、牙獣への肉薄を可能とする。
戦場に、多くの言葉は必要ない。
迅はそのままに牙獣の肉体を打ち上げ、次なる一撃を叩き込まんとする。
「Grrrr!!!」
咆哮。同時に巻き起こるのは稲妻の爆発。
牙獣とて狩られる気など毛頭ない。中空に巻き上げられた彼は、己のうちに秘められた電撃を炸裂させることで視界を奪い、致命打の軌道を反らす。
そして、その咆哮によって呼び起こされるのはそれだけではない。
まるで天そのものが牙獣の声に応じるかのように、牙獣を中心として激しい電撃の嵐が発生する!
「総員、敵からの雷撃に備えろ!」
次々と落ちてくるそれに当たればひとたまりもない。しかし防戦しているだけでは埒が明かない。なにより己は集めなければならないのだ、勝利のためのその要素を。
故に灼熱の雷を受けながらも、シューヴェルトはそのまま牙獣へと疾駆する。
「ハッ!!」
繰り出されるのは三日月の軌道を描く蹴撃。死神の鎌の如き戦技は牙獣のみではなく、その周囲に生い茂る樹木さえも斬り倒していく。
「あはっ! お得意の稲妻とボクの回避、どっちが上か試してみる?」
その背で、ヒィロは咲う。
自らを撃ち抜かんと落ちてくる雷を軽い身のこなしで躱しながら、手にする刃を以て舞踏する。早く、速く、疾く。稲妻よりも流星よりもはやく牙獣の肉体を傷つけ、その目前へと移動して。
「ちっ。あっちこっちランダム、無差別攻撃か」
話には聞いていたが、やはり厄介だと希は思考する。稲妻にどれほどの効果が含まれているか分からない以上、長期戦になるのは不利だ。
背後のセバスチャンとエリオットをちらと見遣る。そこには彼らを守るように半透明の人魚が──ノリアが立ち塞がっていた。
「だいじょうぶ、ですの……!」
しっかりと頷くノリア。その身は僅かに稲妻を受けた痕跡があった。しかし痺れているような様子はどこにもない。彼女1の纏う海水が、受けた稲妻を急激に拡散させたからだ。
まさしく、この場において彼女は最硬の盾となっていた。
「ん」
希はこくりと頷き、予定通り仲間たちへと『唄』を投げかける。それは肉体と精神を蝕む魔を喰い殺す唄。すぐさま雨に掻き消されてしまうような儚い響きが、彼らを確かに癒やしていく。
「幻想にもこのような……特筆に値する強力な個体がまだまだ居るのですね」
同時、アリシスの祈りが形を為して牙獣へと殺到する。生けるものも死せるものも、その罪ごと滅ぼすための『浄罪の剣』は、確かに牙獣の肉体を捉えて。
「Gaaaa――!!!」
更なる傷を付けた。血を流させた。消耗させた。
『生存』とは最も優先するべき欲望だ。それは牙獣も然り。己の命のために他者の命を食らい、食らい、食らった。
捕食者としての矜持がない、と言われれば嘘になる。
自らは捕食するもので、彼らは捕食されるもの。だというのに。
何 故 、 己 は 押 さ れ て い る の だ ?
ふわふわと牙獣の視界で揺れるものが在った。
つるりとしたゼラチン質のしっぽ。雨林の側の川に棲む魚のようでいて違うなにか。先程からちらほらと見える隙だらけのモノに、目を奪われた。
目を奪われて、『囚われた』。
――本来なら、牙獣はもう少し冷静でいられたのかもしれない。現れたのが有象無象の一部であれば、ただの蹂躙が巻き起こっていたであろう。
だが、今この場においては違う。
此処にいるのは特異点定理であり、有象無象などとは呼べぬもの。
牙獣の平静を削り取るには、充分な相手だった。
「もう、にがしませんの」
ノリアが囁くように零す。牙獣の瞳にはノリアが映り、『ノリアだけしか映らない』。
そのままのリアの視線はマグダレーナとゼファーへ移る。
二人は頷き、そうして。
「いい感じじゃない! マグダレーナ、合わせましょ」
「確かに『聞こえ』ました。勿論、外しませんよ」
彼女らの狙いは同じだった。肉体も大きい上に俊敏。なるほどそれは厄介だ。おまけに視界の悪い雨林の最中、いくら人数がいるとはいえ、地の利を活かされたら各個撃破を狙われる。
だから、まずはその足を奪う。
ゼファーが牙獣へと肉薄する。泥濘に転びそうになるが関係ない、バカみたいに走り続けろ、そしてそのまま辿り着け。
「ハァッ!!」
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。数えることなどできぬほどの槍撃が牙獣へと叩き込まれる!
それは真像か? 否、目にも留まらぬスピードによって生み出された残像だ。本来であればただの『残影』であるはずのソレは、今、ゼファーの手によって確かに質量を持つ『像』となった。
そう、一つの槍であたらないのならば、百の槍を持ち穿てばいい。
「■■、■■、■■■■■■」
怒号を想わせる落雷が轟く。
その裏で、密やかに紡がれた言葉があった。
「■■、■■■■」
マグダレーナ・マトカ・マハロヴァ。かつて不死王の伴侶となった彼女が紡ぐ、空間さえも捩じ切る言霊。それはこの世にあり得ざる言語にして、或いは聖言、或いは呪言。
確かなる意思を以て放たれた魘魅の一撃は、ゼファーの攻撃とノリアの身体に囚われた牙獣に避けられるはずもない。
「――言ったでしょう。『聞こえているから外さない』と」
そう、マグダレーナには牙獣の動きが『聞こえて』いたのだ。草木を踏みしめる音から、心臓が鼓動する音まで。どれほど豪雨と雷鳴に紛れようとも、彼女からは逃れられない。
牙獣の四肢が僅かに灰色がかり、その動きが鈍る。
血が、怒りが、憎悪が、牙獣の肉体で蠢動していく。
「これが、『イレギュラーズ』なのか」
特異点達が戦う最中、セバスチャンの背後からその様子を見ていたエリオットが呟く。
「すごいな。そこいらの貴族のお抱えとは比べ物にならない」
そういえば、聞いたことがあった。この世界には、比類なき力を持つ者たちがいるのだと。
そして彼らは、ある『ギルド』を仲介して様々な厄介事を引き受けてくれると。
「僕にも、彼らのような力があれば」
ぐ、と拳を握りしめる。
己はこうして、従者の背に守られていることしかできない。
あぁ、それはなんと無力で、情けのないことだろうか。
「………」
刃が躍る。
拳が振るわれる。
奇蹟が顕れ、魔術が飛ぶ。
傷が癒やされ、そして増える。
皆が皆、真剣にこの場で戦っている。自分たちの命を守るために、全力を賭して動いている。
その姿は豪雨の最中にあれどひどく輝いて見えて、眩しかった。
●
――戦は進む。命は燃える。
特異点達と雷剣の牙獣の殺し合いは、徐々に、しかし確実に特異点達に軍配が上がりつつ在った。
双方共に疲弊はあるものの、特異点達の側にはそれを軽減する希の『唄』とアリシスの『歌』、牙獣の引きつけを交互に行うノリアとヒィロの存在があったからだ。
爪牙を以て斬りつければ、大海の棘が肉を裂く。
電雷を纏い貫かんとすれば、陽炎の如くすり抜ける。
その間にも迅、シューヴェルト、アリシス、マグダレーナ、ゼファーの技は牙獣を捉えている。
「さあて、そろそろぶっ倒れちゃくれないかしらねぇ、子猫ちゃん! いい加減、大雨の中で御遊戯も終わらせたくなってきたわ!」
視界に垂れてくる前髪を掻き上げて、ゼファーが声を上げる。
特異点達の身体は豪雨によって冷え切っていた。幸いと言えば、激しい戦闘によって周囲の木々は斬り倒され、視界の不良がかなり改善されたことだろう。
「……一応、開けた場所は探しておいたけど、大丈夫だったみたいだね」
薄着にしてよかった、と希は思う。もしもしっかり着込んでいたら、重くて仕方なかっただろう。
「油断はされぬように。まだ、かの獣は生きています」
確かに弱まりつつあるが、心臓の鼓動は止んでいない。
『だからこそ』マグダレーナは仲間たちへとそれを告げる。
「あぁ。窮鼠猫を噛む、という言葉もある。……この状況で使うのは、些か皮肉めいてはいるが」
シューヴェルトも同様に、警戒を解かないまま牙獣を見据える。
戦闘の折々で牙獣に打ち込んでいる、毒手(あんき)はたしかに効果があったと見ていいだろう。それでも倒れぬのは、成程弱肉強食を生き抜いてきただけある。
「Grrrrrrr──」
獣が唸る。牙の端からは血が流れ、肉体には数多の傷が刻まれている。爪はひび割れ、立派な双牙も僅かな綻びが見える。稲妻は弱まり、負傷しているということは明白だった。
それでも。
それでも、その瞳に灯した殺意の衝動は消えていない。
「────」
再び獣が唸る。目前の障害を討ち滅ぼし食い殺すために、己の体内に在る雷の出力を上昇させる。
既に満身創痍。あとに引く道も無ければ、先に進む道さえ怪しい。死は直ぐ側まで迫っている。故に、今此処で限界を越えなければならない。
己が生きて、生きて、生き抜くために。
「Grrrrrrraaaa───!!!!!」
だって、なぁ、お前たちもそうしてきたのだろう?
「……あはっ」
「来ますッ!!」
その濃厚な獣の圧を、迅とヒィロは敏感に察知した。
ブルーブラッドが有する獣の本能からか、否、それだけではない。
彼らもまた、過去に強く『生存』を求めたことがあるからだ。
「GAAAAAAAAAA!!!!」
刹那、世界が白に包まれる。
それが電雷の奔流であるということを、一体どれほどのものが気付けただろうか?
文字通り全身全霊で放たれたそれは、此処にいるものを飲み込む神罰の顕現。『雷霆』などと呼ぶにはあまりにも矮小な破滅の天雷。
「あぶない!!」
咄嗟にノリアがセバスチャンの前に躍り出れば──。
轟ッッ!!!
電雷の柱が、すべての特異点達を焼き焦がした。
●
「……い」
暗闇の彼方で、特異点達に誰かの声が聞こえた。
「……い、……ろ、……きろよ!」
それは少女のような少年の声だ。
「……起きろよ、『イレギュラーズ』!!」
雷剣の牙獣は未だ生存している。限界以上の力を開放し、稲妻の化身と成り果てた。
このままであればエリオットも、セバスチャンも、物言わぬ灰になるだろう。
それが運命だ。
それが宿命だ。
「ッ……下がってなさいって、言ったでしょ……」
だが、それが何だというのだ。
此処にあるのは運命を覆すべく呼ばれた者たちだ。宿命を破却し、変える者たちだ。
ゆっくりと、ゼファーが立ち上がる。
「……ボクはまだ、踊れる……!」
「まだ、倒れるわけにはいきません、からね……ッ!」
「あぁ……騎士として……落ちるには、まだ早い、な……」
「あの方のところに行くには、残したものが……多すぎます」
続くようにヒィロが、迅が、シューヴェルトが、アリシスが立ち上がる。
まだやれる。まだ戦えると、ぼろぼろの身体を奮起させて武器を構える。
「Grrrr──」
対する牙獣も疲弊しきっている。先ほどの電雷の柱を発動した消耗は思いのほか大きく、次の一撃ですべてを決しなければ、死ぬのは己だと直感した。
それはイレギュラーズも同様、交わす言葉は少ないが、互いにそれを察知している。
動けば、どちらかが死ぬ。
「……最大の一撃を、叩き込む」
ヒィロが呟いて、星天を握る手が強まる。
「──はい」
迅が頷き、深く腰を落として拳を握る。
「任せて」
ゼファーは息を吸って、槍を回す。
「……あぁ」
シューヴェルトの魔応が、鮮血を求めるように震える。
「……生き残りましょう」
アリシスの銀の指輪がきらりと光りを輝けば、それが合図となった。
再び、迅が真っ先に疾駆する。
狙いは一つ。牙獣の心臓へと向けて、固く握りしめた拳をぶち当てるために!
「鉄拳鳳墜!!」
重く鈍い音が響く。だが、まだ足りない──。
「……呪刻、奪命剣」
放たれるのは禍々しき闇と煉獄の一撃。シューヴェルトの刀身が、その身を斬りつけて。
「斬神空波ッ!」
白刃一閃。追撃にヒィロの刃が牙獣を切り裂けばぐらりとその巨体が揺れ、
「『七戒』」
倒れようとする間際。アリシスによって放たれた七つの光鎖が自由を奪えば、
「偽術──」
肉薄するのは銀髪を揺らす風のようなひと。
その手に持つ槍は、ここに在る猛獣を屠るために。
「蒼嵐散華ッッ!!!」
ばきり。硬いものの砕ける音がした。
ばちり。稲妻の閃く音がした。
どさり。獣が倒れる音がした。
――やがて、雲間から覗いた太陽が大地を照らす。
そこには八人の英雄と、一匹の骸と、二人の傍観者が在った。
●
斯くして特異点達は"奇物卿”エリオット・ガザードの従者・セバスチャンから発布された依頼を完了した。『雷剣の牙獣』は無事討伐され、その牙はエリオットのものとなった。
……流石に今回の件を反省したのか、後日、ローレットに荷物が届けられるだろう。
『命の恩人様方へ
今回はありがとう。素晴らしいはたらきだった。これは僕の秘蔵のコレクションの一つだ。
"水晶翁”と呼ばれる変異型リザードの体内から取れる鉱石で、ひっじょ~に貴重な品だ。
魔術の触媒にでも、換金品にでも使ってくれ。
それでは、よい一日を。
追伸:僕は! 女じゃ! ない! 覚えておけ!
”奇物卿”エリオット・ガザードより』
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
イレギュラーズの皆様、依頼お疲れ様でした!
今回が初依頼ということで、色々と拙い点があったと思いますが、皆様の活躍を描写させて頂けて楽しかったです。
いずれのPCも格好良く、可愛く、凛々しく、リプレイを書く上で非常に心が躍りました。
エリオットはある程度設定があるので、また機会を見て登場させたいと思っております。
改めて、このたびはまことにありがとうございました! ご縁がありましたら、またお会いしましょう!
GMコメント
●成功条件
①『雷剣の牙獣』の討伐
②『奇物卿』エリオット・ガザードの生存
●地形
雷雨の轟く雨林。
降りしきる雨と鬱蒼と茂る樹木のせいで視界が悪いです。
そのため、プレイヤーキャラクター達は命中に若干のペナルティを受けます。
視界に頼らない攻撃の場合はこのペナルティを無視できます。
●敵の情報
○雷剣の牙獣
怒号の雨林に生息している雷をまとう虎。イメージとしてはサーベルタイガーに近いです。
雷雨の際に最も現れるとされており、その牙には激しい稲妻の力が宿るとされています。
イレギュラーズたちを己の命を脅かす存在として認識し、明確に敵対しています。
確認されている攻撃方法は以下の通りです。
・豪雷の剣:雷を帯びた牙や爪で攻撃を行います。
・刺し穿つ雷公:激しい雷を纏い、猛スピードの一撃を叩き込みます。
・雷霆:雄叫びによって無数の稲妻を発生させます。
また、HPが一定以下になると能力が強化され、一部の技の内容が変化するようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●味方NPC
『奇物卿』エリオット・ガザード
『雷剣の牙獣』の牙欲しさにやってきたアーベントロート派の貴族。男の娘です。
生粋のコレクターで、モンスターの体から取れる物品を好んで収集しています。
イレギュラーズ達が到着した時点で襲われそうになっているので助けてあげてください。
セバスチャン
エリオットの従者。万が一のことを考えてローレットに依頼を出しました。
拳で戦う近接戦闘タイプ。指示があれば戦いますが、そうでない場合はエリオットをかばうことに専念します。
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