シナリオ詳細
<現想ノ夜妖>徒然ゾオトロオプ
オープニング
●走馬燈ノヨウニ
その時分、神光(ヒイズル)の都は夢のごとき品々の並ぶ町であった。
舌が蕩けるアイスクリンやひりつくライスカリーに夢中になる食欲もあれば、颯爽と町を歩くためハイカラなワンピイスに惹かれる足もある。更には、ちかちかと頻りにちらつく街燈に似た、仄かな色や燈りを手元で生み出すゾオトロオプの並ぶ店もある。
こうした店が軒を並べる混雑(ごたごた)した通りの端では、今にも朽ちそうな小さな本屋が座していて、脇に易者の店がこじんまりと佇む。
そんな新しきも旧きも入り混じった通りを、点火夫が走ってゆく。街燈を点けるのに忙しい点火夫を、店の流行り廃りも関せず町の子どもたちが追いかけていた。彼らの賑やかな笑い声が響く夕暮れの路地はしかし、今日ばかりは静まり返る。
風に遊ばれた風速計が、西洋式ビルヂングの屋上でぐるぐるりと廻りながら見下ろす路地裏だ。
買い物客で溢れる表通りから一歩入っただけのそこは、種々(いろいろ)な物が並ぶ店とは違い、どこまでも暗く、痩せた光が所々差し込むだけの世界。街燈もなければ点火夫も見当たらず、子らが引き返そうとした刹那。
からからり――。
乾いた音を立てたのは遥か頭上の風速計ではなく、路地の奥。
私語(ささ)やく音も小気味よく、ふと顔をもたげて少年少女は知る。
表の通りにあった店、硝子越しに見た美しいゾオトロオプがそこにあった。
からからと歌いながら絵を回す様は絡繰仕掛けのようで、恐怖よりも好奇心が子どもたちの内で湧く。
そのとき。
うわあ、と悲鳴を挙げた子がひとり、ゾオトロオプへと吸い込まれていった。
踵を返した子がひとり、ゾオトロオプへと吸い込まれていった。
悲鳴を挙げた子は、ゾオトロオプで絶望を味わう。黒くて大きな人影が、巨大な鋏をチャキチャキと鳴らし、どこまでも果てしなく子を追いかけてきた。立ち止まれば捕まる。捕まったら手足から切り刻まれる。いつだか見聞きした恐怖が、子どもに殺人鬼の影を見せた。
踵を返したはずの子は、ゾオトロオプに翻弄される。人混みの中で逸れた子は、背の高い軍勢に囲まれていた。その場から逃げ出したくて、母を見つけたくて駆け出すも、どこへ行っても母の姿が無い。置いて行かれた恐怖が、雑踏で子どもへ孤独を植え付ける。
取り込んだ子を映したゾオトロオプは、同じ景色を廻し続ける。
からからり。
子どもたちが疲れ果てたとしても延々と廻り、それを風見鶏が傍観していた。
ぐるぐるり。
足は止めさせない。息を整える暇も与えない。
子どもたちの命が尽きるまで、ずっとずっと廻るだけだ。
●星読幻灯機ヨリ報告アリ
それはさながら人間木馬のごとく。もしくは走馬燈と呼べるモノ。
「童らが廻絵燈籠(ゾオトロオプ)へと閉じ込められてしまうのを、防がねばなりません」
高天京壱号映画館の試写室で、夜妖を狩る退魔師――神使は『陰陽頭』月ヶ瀬 庚(p3n000221)からそう告げられた。
「確定悲劇の時間より前に、夜妖の出現する路地へ赴いて頂きます」
今から向かえば丁度良い頃合いでしょう、と庚は目許を和らげた。
古きを大事にする帝都にも変わりゆくものは多く、ゾートロープと呼ばれる回転覗き絵を知る人も目立つ。とはいえ賃金の低い労働者が手にするには、少々値の張る品だ。誰かの手に渡る日を、店の窓際で今か今かと待ち続けるゾートロープも珍しくない。
どうしてか夜妖はそんな品の形をしていた。しかも燈籠の役割も担ったゾートロープだ。
「風見鶏の姿をした夜妖と共に、生ある者を襲います。童が巻き込まれないよう、ご注意を」
子どもたちが到着するより前、電光石火の間にかれらを殲滅するか。
もしくは何らかの対策を取り、子どもたちを現場へ近づけさせないようにするか。
限られた時間をどう使うかは神使に一任される。
ふと、庚が心の底まで見透かすような眼差しで神使を捉えた。
「絵も燈りも、そして廻絵燈籠も……本来美しく、温かいもの」
庚の紡ぐ声は、祈るように静かだ。
「それが尊い命を奪うなど、あってはなりません。……お願い致します、神使の君」
時は諦星十五年――ヒイズルの夏。
今日もまた、夜妖を狩るものたちの影法師が帝都の路へと刻まれる。
- <現想ノ夜妖>徒然ゾオトロオプ完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年07月29日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
落日の影に沈む路地は、いつになく賑わっていた。
現れた風見鶏と、燈籠付きのゾオトロオプから漏れる光が神使たちの眼に焼き付く。
「ほしよみキネマが本当のことになる前に止めなくちゃね!」
『開墾魂!』きうりん(p3x008356)の頬はやる気でふくふくして。
「夜妖……人間の想いを核にした怪異、だったな」
混沌で見聞きしたモノを思い起こして『エーレン・キリエのアバター』霧江詠蓮(p3x009844)が眉をひそめる。
(果たしてあちらと近しいのか、遠いのか)
思考を巡らせた詠蓮は、からから歌う夜妖をじっと見つめて。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。……お相手願おうか」
風より速い彼を追い、風見鶏が叫ぶ。詠蓮が踏み込んだ瞬間、低い重心を活かして放たれた居合い抜きが、騒がしい風見鶏を散らす。
そこで、ひいふうみいと敵を数えていた『絶対妹黙示録』ルージュ(p3x009532)が掌へ拳を打ち付ける。
「子供たちが来る前に排除しちまえば良いんだろう?」
単純明快。路地裏の野良猫でもわかる戦いだ。
「やってやろうじゃねえか!!」
天真爛漫。暴走台風の妹君は、言うや地を蹴った。握る刃から溢れ出す愛が力となり、カラカラリを縛り付けたその後ろで『噺家』キース・ツァベル(p3x007129)がほうほうと顎を撫でてゾオトロオプへ関心を寄せる。
「いわく付きでも風情があってボクは好きですよ? 見たことないけど」
肩を竦めたキースが振りかざすは妖刀。
風見鶏の血を奪う彼の飄々たる様をよそに、『再現性母』イルシア(p3x008209)は。
「悲しい、悲しすぎるわ……」
震える双肩が火照る。
「折角のお洒落な燈籠が、人をいざなって傷つけるために使われるだなんて!」
「本当に、良い趣味をお持ちだ」
無粋なゾオトロオプを見据えた『調査の一歩』リアナル(p3x002906)も吐息で笑い、希望を胸に自らの能力を高めた。
猫の手を借りていた『バケネコ』にゃこらす(p3x007576)がここで、まだ見ぬ子らの気勢を想像し、ふかふかの顎を引く。
「こっちは任せろ。塞いでみせるぜ」
尾を誇らしげに立てたにゃこらすは、路地裏の目前で変姿の術を用いる。
かれが大理石に似た壁と化す頃、イルシアの炎渦が戦場を包んでいた。
「火は、もっと素敵なもの。圧倒的で、蹂躙と破壊の権化じゃないといけないの」
わかるかしら、と敵へ微笑みかけるイルシアが築いた猛火で、路地は煌々と照らされる。
「なんとなく背中が熱い……」
壁と化したにゃこらすは、炎に煽られても白いままだ。
直後、滾る赤に呼応した風見鶏のけたたましい声を振り払い、リアナルが仲間たちへ呼びかける。
「ゾートロープの中で一切動かずにいるのは、どうかな?」
「だな。絵の中で身体が言うこと聞くかは別だけど、動かないってのが大事そうだ」
デフォーミティを振るうルージュが、リアナルの言を掬い、同意した。するとそこへ。
「そうしましょ! やってみないとわからないわ」
空から明るい声が降ってきた。子どもが迷い込みかねない道を探ってきた『R.O.O tester?』蛍(p3x003861)のものだ。ふわりと舞い降りた彼女の目の前で繰り広げられたのは。
「「コケココーッ!!」」
「成長途中の野菜はむしらないでね! 収穫NG!」
頭を押さえて逃げ回るきうりんと、追う夜妖の群れ。ニヤりとしたきうりんを夜妖たちは知らない。知らないながらも的確に、鮮やかな緑を吸い込んだ。
――カラカラリ。
きうりんは首を傾げた。何もない。四辺に映るのは白、シロ、しろ。
「プレイスタイル的に、アンチ野菜ブラザーズに地獄の底まで追われる絵でも来るかと思ったけど!」
見渡す限り、混じり気のない白。
「白紙イコール私は怖いもの知らずってこと! いい解釈だよゾオトロオプくん!」
帽子を被り直すきうりんの笑顔は貼り付いたまま、変わらない。
(あぁ、やだやだ)
足音どころか足跡すら、この世界が飲み込んでしまう。寒気を感じて吐いた息も真っ白だ。きうりんの彩りだけを残して、ここには、何ひとつ。
(剥かれてるようで、やだ)
皮を一枚ずつめくられている感覚。何も無い世界で、何もかもを捨てた『私』が震える。
――逃げないと。
焦燥感とももどかしさとも区別し難い感覚が、きうりんを追う。だから彼女は天を仰いだ。蔓を編み上げた双翼へと覚えた情を篭め、高く飛ぶ。
早くここから抜け出すために。そうしないと、私が私で無くなっちゃう。
●
いつの間に取り込まれたのだろう。
瞬いだ蛍が見た世界は、そう広いものではなかった。広くはないのに。
「た……っ」
よく知る笑顔が、いつもの眼差しが、寂しげに透けたと思った時には、花びらとなって散っていく。慌てて手を伸ばすも、花の欠片すら掴めない。
「待って、待ってよ、いかないで!」
懇願に近い叫声も虚しく響くばかりで、愛しい彼女が風に連れ去られるのを引き止めることすら叶わない。
蛍が追いかけても、名前を呼んでも、はらりと舞う花弁には触れられず、助けられぬまま何度も何度も――。
「い、イヤ……っ、やめて……」
儚く消えゆくのみ。
それでも走るしかなかった。彼女を助けられないなんて、それはどんな死よりも苦しく、どんな傷よりもイタイ。自分が許せないぐらいに。けれど自身の胸を抑える暇も、立ち止まる余裕もなかった。ただただ腕を伸ばし、世界へ留めようと追い続ける。
そしてゾオトロオプに走らされている蛍の姿は、仲間には見えない。けれど軽やかなダンスを披露するゾオトロオプの様相から、苦しんでいるのだと想像はつく。
自分が囚われた場合を空想し、リアナルはかぶりを振った。
「不思議な感覚、だな」
複雑な心持ちのまま、銀糸を靡かせて灯火送人(リアナル)はお届けモノを差し出す。
「どうであれ、君に届ける未来はひとつだよ」
受取サインの代わり、グルグルリの回転が狂い始める。あらゆる風を知らせるはずの風見鶏たちは、リアナルの軌跡を辿るように集い出す。風見鶏だけではない。カラカラリなるゾオトロオプもまた、未来を欲するようにリアナルへ近寄り出す。
「他のモノは何ひとつ、あげられないよ」
あげるつもりも、ないけれど。
そう口端に笑みを湛えたリアナルの眼前、カラカラリから勢いよく飛び出してきたのはきうりんだ。
「ふっかーつ!!」
疲弊を顔には出さぬままきうりんは即駆け出した。
賑やかさに負けじと、ピーキーな性能を持つリアナルの愛機――マギラニアRが、ここぞとばかりに駆動音を轟かせた。風見鶏の風や声から相棒を庇うマギラニアRがいる一方、白い巨壁の向こうから高ぶった声が響く。
「なんだここの壁! つるっつるだぞ!」
「叩いたら固いよ! 何で出来てるんだろ」
子らにじゃれつかれる壁(にゃこらす)。少年少女の好奇心は、点火夫から摩訶不思議な壁へと移りつつあった。
(好奇心は猫を殺すとも言うけどな……こっちは大人しくやられる猫じゃねぇ)
引っ掛かれたり、叩かれ蹴られたり、にゃこらすは子どもたちの無邪気さを一身に受け止める。
「イルシアくん! とお!」
呼びかけと同時に飛び出したきうりんが、炎を操るイルシアを風見鶏の風から庇う。
「キミを傷つけさせるような真似は、させないよ!」
なんてね、と口角を思い切り上げた彼女に。
「ありがとねきうりんちゃん、なんて頼もしいの!」
ホロリと泪を浮かべる素振りのイルシアも、ルビーを頂く杖を一度掲げてからは、ご満悦な輝きを笑顔に燈す。
「さあ、可愛い可愛いエルシアちゃん、詠唱レッスンのお時間ですよ!」
自身の体力が減る前にと、全身全霊のファイアストームをお披露目した。
その炎の片隅で、巨壁にゃこらすがゾオトロオプに食される。
――カラから、カラ。
我輩は猫である。怖いものは無い、とでも言いそうな闊達さに満ちた姿も、廻絵燈籠の虜となれば話は別。
「やめろこっち来んな!!」
赤毛をぶわっと逆立てて威嚇するも、知り合いという知り合いが現れてはにゃこらすを呼び止める。まるで久方振りの再会を喜ぶかのような相手の態度は、明らかににゃこらすが『誰か』解っているもの。
(猫になったなんてバレたくねぇバレたら死ぬってかなんでバレてんだ!!?)
感情のバーゲンセールが催され、自慢のヒゲがへにょへにょだ。
「よせやめろ。そんな生暖かい目で俺を見るんじゃない。恥ずかしいだろうが!!」
大丈夫、全部わかってるから――とでも言っているのか周囲の人々の眼差しは実に暖かく、居たたまれない。
「……燃やす。バレたという事実はなくなるな、ヨシ!」
或いは影を無くすか、と洋燈にも似た燈りを見上げた。
「いやはやそれにしても」
ゾオトロオプの外では、キースが頬をもたげたまま必中の一撃で敵を薙ぎ倒していて。
「ここは本当に『古き良き』という感じですね」
散策できたらどれほど良かっただろう。
ひとときを夢見る横で、よしっ、とルージュの高らかな声が届いた。
「回らないゾオトロオプはタダの絵だよな!」
ルージュが何をしたか。グルグルリの煩さを跳ね退けて、愛の力を解き放っていたのだ。ルージュの愛は、ゾオトロオプの色彩を喰らう。
「待たせたな! 無事か? 元気か!?」
カラカラリが朽ちると同時、絵から転がり出た蛍へルージュが声をかける。
「だ、大丈夫よ、ありがと……」
礼を述べた蛍は取れてしまいそうなぐらいブルブルと頭を振って、敵を睨む。
「ボクはヒーラーとして、ここに立ってるの。……甘く見ないで!」
振り絞った責任感が、治癒の力となってきうりんへと染み渡る。
「そうよ、回復があるから……助けてもらってるから、私はこっちに専念できるんだもの」
赤を猛らせて応じたイルシアと、彼女を庇うきうりんとのタッグが薄暮に鳴く最後の鶏も、そしてゾオトロオプも焦がしていった。
やまず癒しを集わせながら、蛍は瞳を揺らす。
(ボクでもこうなるんだもの、もし子どもたちが囚われたら……)
考えるだけでぞっとしない。皆を優しく癒しながらも、胸裏で渦巻く念は湿って、重い。
そんな肝心要、守るべき少年少女は沢山の猫に囲まれながら詠蓮の武芸に見惚れていた。
「今の何!? もっかいやって!」
「すげーかっこよかった!」
幼子の反応の良さに感じ入りつつ、詠蓮は配管へ竹竿を渡し、竹の橈む性質を活かして跳び移っていく。
「瞬きは、今だけ置いておくといい」
ビルヂングの壁とベランダを蹴って、はす向かいの塀へ着地して見せれば、子どもたちにとってサアカスそのもの。喜ぶ様を前に、詠蓮の目許も心なし和らいだ。
もっと見せてと縋る童子の群れを、徐々に路地から離す。だが彼らは、詠蓮から離れようとはしない。
「……お願いね」
見兼ねた蛍がそっとキースへ告げる。守護者として、応援の加護をキースへ託しながら。
「一人で背負うには苦労もするでしょうからね、泣く子と地頭には勝てぬといいますし」
地頭ってなんなんでしょ、と茶目っ気を入れつつキースは、詠蓮と子どもたちの前へふらりと歩み寄り。
「つまらない話では御座いますが……」
キースの前口上は、舞台がどこであれ鮮やかに弾む。噺家の独特な口振りは、それを知っていようとなかろうと気を惹くものだ。噺小屋への誘導も兼ねて、子らの興味が失せぬうちに遠ざかっていく。
丁度そのとき戦場でぶにゃんとした音を発し、猫が落ちた。どうにかゾオトロオプを脱したにゃこらすだ。
「恐すぎるだろ……」
堂々たる赤毛の猫も、すっかり尻尾が萎れていた。
●
泪の涸れたゾオトロオプが、からからり。
ルージュの愛が炸裂した為、回転は緩み、チカチカ明滅する燈りは正にお化け電球。
「動く絵なあ。見てる分には面白いんだけどな」
夜妖でさえなかったら、と惜しむ言い方をしたルージュの声音は、しかし寂しさを含まない。何故ならかれらは、子どもたちを陥れる存在。倒さねばならぬ敵で。
そこへ、きうりんの齎した恵みによってゴロゴロと青果が降り注いだ。これを食べれば元気百倍。きゅうりやピーマン、オクラに至るまで生でも瑞々しく美味しい。
ふと、カラカラリへの配達を済ませたリアナルが唸る。
「持っていかれたか……」
その一言が総てを物語っていた。
吸い込む兆しも無かったというのに。リアナルの視界を満たすのは、草木も建物も驚くほど焦げて、崩れた家屋の痕跡だけが散乱する風景。だだっ広い焼け野原で静止の構えを見せたリアナルは、宛てもない旅路をゆくこととなる。
――カラ、カラ。
イルシアの意志が、燎原の火のごとき決心が、別のゾオトロオプの燈りと化していた。
(私だって……炎の中に優しさの幻を求めてはいるんだわ)
芯に眠る光景が、背けていた恐れを滲ませる。母に拒まれた手。燃ゆる指先からちりつく喪失感。
――あんな想いをするのは、あっちの私だけで充分。
共にあった筈の少女の幻影をかき集めて、抱きしめて。去り行く母の背に縋りたい気持ちを、込み上げて来た吐き気を催す感覚を、ぐっと堪えて。
「こんな偽物の炎、燃やし尽くしてあげる!」
イルシアは廻絵燈籠の見せる赤い世界へ、そう宣告した。
「私は……運命に抗って生きる道を選んだの。あの時、あの色の中で」
見せ付けるのは誓いの具現化。理不尽な悪意を跳ね退けて進もうと、イルシアは自らの火へ手を伸ばした。
――からりから。
もう一つ、別のカラカラリはルージュを幽閉していた。当人は動揺もあらわにせず立ち止まる。動かなければいい、と考えていた。走ることで消耗させられるなら、じっとしていれば。だがゾオトロオプの妖しげな世界は、停止を許さない。
ひとりぼっちのルージュが佇むのは、見渡す限りの廃墟。
兄も姉も存在しない世界。自分を知る者だって、誰一人ここには。
「なんで誰もいないんだよ……」
己が何者かを定めてくれる人物のいないこの場所は、『妹』という前提を激しく揺さぶる。
「嫌だ、誰かっ」
彷徨わざるを得ない心持ちを植付けて、ゾオトロオプは素気ない顔で廻るのだ。からからと。
「性質(タチ)が悪いわ!」
仲間を吸い込んでゆらゆら遊ぶゾオトロオプに、蛍が頬を膨らませる。
そして祟り猫の爪が、怒りに囚われた敵をジャリジャリ引っ掻く。
「猫は簡単に捕まらねぇんだよ」
子どもたちが離れたことで戦線に加わっていたにゃこらすの爪だ。
「予知はそのまま夢幻へ。現実になんざさせねぇさ」
「その通りよ。絶対ボクたちの手で退治するんだから!」
蛍はレイピアを掲げた。運命を切り開くための癒しが、カラカラリと向き合うにゃこらすへ降り注ぐ。必ず救い出す――蛍の芯にある想念が、より強い癒しを招いて。
そこへ、無垢な子らの避難を済ませた詠蓮とキースが駆けつける。
「すぐに助ける」
カラカラリを詠蓮が叩いたのを機に、イルシアがぽおんと放り出された。
「よかった、あと一息ができなかったの。ありがとうね。さあ、続々と燃やしましょうか」
イルシアは青ざめもせず、笑みを咲かせたままカラカラリを今度こそ焼尽させようとする。
一方キースは、気が重そうに頭を掻いていて。
「争いごとは得意ではないのですが、まあよしとしましょう」
新たな得物の本領を発揮する場としては、申し分ない。
これまでの敵の挙動を想起し、詠蓮は首を捻った。疑問に耽るも詠蓮の腕は、ぽつねんと佇むカラカラリを一閃した。だが仕返しとばかりにゾオトロオプは、彼を内なる世界へ引きずり込んでしまう。
おやおや、と瞬いたキースも瞼を押し上げるまでの一瞬で敵の手中に収まる。
地獄絵図が広がっていると思っていたが、しかし蓋を開けてみれば。
「師匠! お待ちください師匠!」
「私共にも観察させてください師匠!」
取った覚えのない弟子の軍勢が、土煙をあげて追走してくる。
こうきたかと口端を吊り上げ、キースは轢き殺されぬよう、てってけと走り出す。
「まぁ噺にも観劇にも悍ましい場面は多々ありますから、なるほどなるほど」
現実めいたこの景色こそ、恐ろしいものなのかもしれない。そう一人で納得した。
●
虜囚の詠蓮を追い詰めるのは過去だ。偉大な父王の薫陶を受けたというのに。魔術をしかと習ったというのに。長兄のように、師を満足させられることは一度たりとも無く。長姉みたいに頭角を現しもせず。
火を点けるのも、燻らせることすら侭ならず、更には智の分野において――次兄の足元にも及ばなかった。
「出来損ない」
頭へ響く、期待を裏返した冷たい声。
「一族の恥晒し」
喉の渇きを覚えてしまう。戸の向こうや壁越し、嫌な言葉ほど鮮明に聞こえ、詠蓮の胸を躊躇なく抉る。
「どうしてあんなに何もできないんだ?」
「搾り滓の末公子」
ちりり、と火の粉が頬を滑るのを詠蓮は感じた――死に沈む寸でのところで、イルシアの烈火がカラカラリを溶かしたのだ。はっとして詠蓮が見渡すも、夜妖は一匹たりとも存在していなかった。
しかもカラカラリに囚われ消えていった仲間たちが、戦場へ戻ってきたところで。
「エラい目に遇ったぜ」
額を拭ったルージュが笑いかければ、英気を養ってほしいと、きうりんが青果を配り始める。
「身の毛もよだつ怖い話……いえ、冒険活劇と成りましたね」
キースが片頬を上げて呟くのを、皆は苦々しい気持ちで聞いていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
この度はR.O.O 2.0イベント『帝都星読キネマ譚』にご参加頂きまして、誠にありがとうございます。
イベントクエスト『徒然ゾオトロオプ』達成、おめでとうございます!
子どもたちも無事に、しかも戦いに巻き込まないまま平穏に、町へ戻すことが叶いました。
ご配慮いただき、たいへんありがたく思います。本当にお疲れ様でした。
引き続き『Rapid Origin Online』をよろしくお願いいたします。
GMコメント
お世話になっております。棟方ろかです。
●目標
クエスト『徒然ゾオトロオプ』のクリア
●情報精度なし
ヒイズル『帝都星読キネマ譚』には、情報精度が存在しません。
未来が予知されているからです。
●クエスト説明
この度はR.O.O 2.0イベント『帝都星読キネマ譚』にご参加頂きまして、誠にありがとうございます。
イベント内クエスト『徒然ゾオトロオプ』では、NPCの少年少女を巻き込まないよう気をつけて頂きながら、イベントクエスト専用モンスター『夜妖』をすべて倒していただきます。
子どもたちは、街灯を点けて回る点火夫NPCを追って夢中で走ります。まっしぐらです。
その時の興奮や勢いのまま、路地へ迷い込んだりします。後先考えていません。
予知された現場(夜妖の出現場所)にも、対策をしなければ子どもたちはまもなくやって来ます。
・夜妖(ヨル)とは?
混沌における『再現性東京2010街』にある希望ヶ浜地区における、モンスターの総称。
希望ヶ浜に出現する夜妖は、噂話や都市伝説、感情から勘違いまで、あらゆる思念を元にした怪異であることが多い。R.O.O内の夜妖も例に違わぬ存在と言えるだろう。
●敵
・カラカラリ(ゾートロープ型夜妖)×5体
絵に閉じ込めた相手を回転に合わせて走らせて、体力を奪い続ける敵。
絵の中からでは、カラカラリにダメージを与えられない。
対処法や対策によっては、絵から早めに脱出できる可能性も。
ちなみに絵には、その人の苦手なもの、恐れる光景が延々と映し出される傾向にある。(プレイングでご指定ください)
・グルグルリ(風見鶏型夜妖)×5体
風見鶏の形をした夜妖だが、鶏の部分が生き物のように動く。
風を操って切り刻む他、煩い鳴き声で動きを鈍らせてきたり。
カラカラリをフォローするように動く傾向がある。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
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