シナリオ詳細
右手も左手もわからない
オープニング
●愉の本(ゆのほん)
もう、わたしは、わたしたちは、お互いの名前も、せいべつも。種族も、きょうだいだったかどうかも、ほんとはぐうぜんすぐにであったばかりなのかも、だれだったかも覚えていないけれど、右の手と左の手を、誰かとつないでいたぬくもりだけは覚えている。
もっとも、3人まとめて、身体を鎖につながれていたのだけれども。
「素晴らしい金髪。素晴らしい羽だ! ああ、そうだ、そいつにありったけ払おう!」
真ん中のわたしは、ブライア・マーケットの奴隷市場で値が付いた。わたしをせり取ったのは太った男だった。
いやだ、いやだった。
いたいのはいやだった。舌なめずりするような視線が嫌だった。
運が良ければ裏仕事の連中に買われて使い捨ての駒の一つになるだろう。運が悪ければ死ぬまで働かされて……いや、結局結末には差なんてないのかもしれない。似たり寄ったりだ。
運が良ければすぐに死ねる。悪ければずっと苦しみは長引く。
弾かれたピンボールの弾みたいに、自分の意志じゃないのに、どこかに”堕ちる”。
いやだ、うわごとのように繰り返す。右手がぎゅっと握って、左手がだいじょうぶだって手の平に書いた。鎖が揺れる。
それでもって、右手が立ち上がった。
机に体当たりして、机の上にあった売り物のワインが割れた。逃げられるなんておもってなかった、でも、ピンボールの弾を「少し右か左に」操作するためにどうすればいいかわかった。割れたガラスを顔にあてて、切り裂いた。
怒声がした。
値が下がって、多分もっとずっとひどいことになる。
でも、運命を変えたかった。
手を離したくはなかった。わたしたち3人は、3人とも、ものすごく値切られて、狂った魔術師に買われることになった。
ひどい魔術師だった。苦しめれば苦しむほど術は完成すると言って、苦痛を与えた。右手あの子は、食べ物を貰えなかった。私は、ムチでうたれたりした。左手はずっと鏡を見つめて呪文を唱えさせられていた。
しばらくすると、音が止んだ。
空っぽになった私たちの器を、あの魔術師は欲していた。
「人の作ったものには魂が宿るというものだ」
――自分の作品のため。
●わたしは真ん中の1人
混沌に存在する地下勢力・非合法組織には様々なものがある。
後ろ暗いところのある連中が開くのが『ブライア・マーケット』。
むかし、ブライア・マーケットには奴隷市があった。
今は、奴隷の取締りが厳しくなって、やってない……けれども、見た目がかわっただけで、案外、ここもブライアも、違いはないのかもしれない。
その血塗られたサファイアを争って、何人もの人間が死んだ。
その肖像画の処刑された男は、絵のモデルになるためだけに処刑された。
そのカーペットを織るために使われた奴隷は、雇い主の機嫌を損ねて殴られて死んだ。
ここで取り扱われている商品は、盗品だとか、素性の怪しいモノか……あるいは血塗られた商品だ。ぜんぶが、ぜんぶ。
それが、ブライア・マーケット。
混沌各地に存在している密かな社交場は、誰も口にしないのがルールだ。紳士の社交場にはマナーがあるというものでしょう?
次の日に運河に浮いていたくなければ。
さて、私は誰でしょう?
魔術師は私たちの魂を核に入れて分けた。
遠い未来で、私たちが寄り集まって一つになって、塗り替えて、復活するために。
手をつないでいたあの日のように、私たちは本能的にお互いを探している。
探して、欲しいの。
閉じ込められた、兄弟姉妹たちを。
どうか。
『一緒にしないで』。
『閉じ込められた暗い部屋から、出してください』。
……きっとあなたたちなら、見つけてくれる。
●ブライア・マーケット
「見てください。このハサミ……なかなかのものですよ!」
『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)は、店に並んだ品を見てぱっと顔を輝かせる。
『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はしい、と唇に指を当てた。今は潜入調査の最中だ。名のあるイレギュラーズと割れたら、少々厄介なことになる。
「おっと、そうでしたね」
今の2人は誰かであって、誰でもない。ただのマーケットの客だ。
しかしながら綾姫の見る目は確かだった。やる気なさそうにしていた店主が身を乗り出してきた。
「……おおっ、嬢ちゃん、分かるかい」
「はい。刃物には”ちょっと詳しい”ですよ。他の品物は、ええと……よくわからないのですが。これだけはホンモノですね」
ヴェルグリーズにもそのはさみが良いものであることは分かった。広げられていた贋金(しかし、正々堂々、”贋金”として売られている)を気分で分けてみる。
「うーん、これとこれとこれ、はこっちで、これとこれはこっち」
「しっかし、よくわかるなあ……いいよ、ハサミはおまけだ、もってきな」
「いいんですか!?」
「それじゃあ、さようなら。もう二度と会うことはないかもしれないね?」
「……それを願ってるよ」
「しかし、なかなか広いね。ここで探し物をしなくてはならないのは、ちょっとたいへんそうだ」
「剣、については何とかなるような気がしています。けれど、本と鏡はどうでしょう」
「まあ、そこは、きっと仲間の手を借りれば何とかなるよ」
「はい!」
ことの経緯は、こうだ。
ローレットに持ち込まれた、謎の本。『愉の本(ゆのほん) 』という一冊の本には、ブライア・マーケットに「欠片」が散らばっていると書かれていた。
すなわち、夜の剣、愉の本、世の鏡がそろうのだという。
「集めてはいけない。引かれ合った魂の欠片……集めると、悲惨なことが起こるだろう、とね、本には書いてあるのさ」と、『黒猫の』ショウ(p3n000005)は言った。
「ま、何が起こるかは分からないけれど、……起こさないに越したことはないさ」
- 右手も左手もわからない完了
- GM名布川
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年07月31日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●ブライア・マーケット
「……人の世とはまさに混沌よ」
『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)は愉の本の背表紙をなぞり、絞り出すように言った。
クレマァダが感じ取ったのは、痛ましい儀式の跡。おぞましい意思だ。
「故に悪所全てを悪と呼ぶことはできぬ。それは我にでもわかる。だがしかし、これはあまりに……」
「“愉の本”ってやつを誰が書いたかは知らんが……「集めるな」ってのは警告なのか、それとも、やるなと言われるとやりたくなるって人の性を利用した罠か」
『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は本を一瞥する。
かすかな子供の声に――縁は表情を崩すことはない。ただ、水面に揺れる波紋のように、僅かだけ鋭い緑の瞳がマーケットに投げかけられただけだ。
「嫌な本だな」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が本をめくる。パラリ、めくると不自然な不協和音が聞こえるかのような本だ。
「どっちにせよ、碌なことが起こらねぇのは目に見えているがね」
「ここがブライア・マーケットかぁ。
ソルベが知ったら憤慨しそうだな……いや、知ってそうだよなあ」
美しい鷹が――『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)が上空を旋回していた。油断のない重鎮、同胞の顔を思い浮かべた。
今回の任務は潜入調査、というわけで……。
鷹は勇ましく風を切って地面へと降り立ち、人へと姿を変える。
「……そうだね。何かきっと考えがあるんだろう」
『若木』秋宮・史之(p3p002233)は静かにフードを被った。
「おうっ。海洋王国のために。ってな!」
「ひいては……女王のために」
「古物に宿った「欠片」ねぇ」
『煙草のくゆるは』綾志 以蔵(p3p008975)が上司にマーケットの存在と、怪しい本についての報告をあげたのは先日。テキパキとそれは済んでいた。
じゃあヨロシク、海洋支部長だろう、と、いつの間にかローレットを通して依頼にまでなっているのだから舌を巻くものである。……情報を伝えたのはもしや。いや、それは考えすぎというものだろうか。事実は小説よりも奇なり、などと。
(こういう手合いはうちの上司が得意分野なんだが……ま、これも俺に回ってきた仕事だ)
「きっちり働かせていただきますぜっと」
「ショウ殿の仕入れた情報……本当なら何とも不思議な話だけれど……。
とにかく魂が集まる前に壊してしまえば何も起きないんだよね?」
深く入り組んだ悪の巣窟。『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はマーケットを眺めた。横断する路地、広がる喧噪は無秩序に見えて――その実、人の作り出す法則があった。
「仕事での潜入とはいえ、少々……いや結構ワクワクしちゃいますね」
『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)はまだ見ぬ刃物を思って、きょろきょろと辺りを見回した。
この中に、探し出されることを待っている一振りがある。
「とはいえ、目的の物はしっかり見つけて始末をつけないとですね」
「ちょっと大変そうだけど気合を入れて探してみようか」
「それじゃあ、それぞれ目的のモノを手に入れたら、どこかで集合しないか?
最後のモノを破棄したときに現れる敵に対応するには、集まってた方がいいだろうから」
イズマの言葉に、「そうだね」と史之が言い、少し考え込むそぶりを見せた。
ふう、と以蔵は煙草を取り出すしぐさをしたのであるが、イズマとクレマァダを見てやめる。……見ただけである。何も言っていない。
普段なら煙草をくわえているのであろう手の平を向けた。
「あそこらはどうだ? ちょうど、壊すのに良さそうだ」
「おうっ! 絶対に無事で会おうな……!」
カイトはどことなくフラグを立てた。もちろん、彼のことだからべきべきとへし折ってくるんだろう。
「捜索は得意だ。必ず見つけ出す」
イズマが何度も本をめくり、音を覚える。
「聞こえた気がする。ページの隙間から、重々しい音が……」
「……全部あたるには量が多そうだが、まあ、なんとかするさ」
「というわけで、我らは本じゃな。そちらはもちろん……」
「はい。私はヴェルグリーズさんと共に夜の剣、とやらを探します」
綾姫は元気に胸をはった。
「刀剣に関しては私とヴェルグリーズさんの得意分野と言っても過言ではないでしょう!」
「そうだな。俺は蓮杖殿と一緒に行こう。商家のお嬢さんとお付きの者っていう感じを装おうと思うよ」
ヴェルグリーズは、眼鏡をかけると、日よけの帽子を目深にかぶる。
「お嬢さん、ですか。頑張りますね」
綾姫もならって、揃いの眼鏡をかけてみた。
綾姫は長い髪の毛をまとめてかんざしを挿して、お団子にまとめた。適当な家紋はどこの誰でもない。客が勝手に連想することはあるだろうが。
「さまになっておるな……っと、なってるね」
クレマァダのお墨付きなら安心そうだ。
「じゃあ、俺たちは鏡だな」
縁が言って、ひらひらと手を振った。
「準備は出来たか。さて、行くとするか」
イズマは外套に身を包み、喧噪に耳を傾ける。何らかの魔術具が使われたようだが、その姿は記録されることはない。
クレマァダは招待状をひらひらさせ、誰でもない一貴族としてマーケットにはいるのだった。
ブライア・マーケットには独特のルールがある。素性を問わず、と言えどもである。外の世界の上下関係は極めて有効だ。
史之は堂々とはびこる悪に一瞬だけ強い視線を向けた。けれども、任務を果たすべくと心を決めていた。
今はまず、目の前のことを。
「よし、ありがとね。……っと、多少下品にしておくのも、こういう場では作法じゃ。じゃろ?」
「おう、その通りだよな!」
カイトはふらふらとしながら、アラックを煽ってむせかえった。
「……ケホッ、これ薄めなきゃいけねぇやつだ!」
カイトを見た番人は、――有象無象の酔っ払いと勘違いしたとみえた。甲斐はあって、カイトはへろへろになりながらも、マーケットへの潜入を果たした。
●金属の欠片
ブライア・マーケットにはいくつもの刀剣があった。ただし、その価値は大きく変動がある。
(手がかりにするのは剣の中に隠されている魂、だね)
本物、価値のあるものはそうそう多くはないようだ。
いつ作られた物か、新しそうか古そうか。注意深く観察する。
「焼き落としがある。珍しい刀だね」
「ふむ、ふむふむ! 見せて下さい!」
綾姫はきらきらと目を輝かせて、うっとりと頬ずりでもしそうな様子である。
「こんなにもたくさん刀があるなんて……!」
「夜の剣というくらいだから夜のような美しい刃なのかな。これは少し新しすぎるね」
二人は職人ともまた違う視点で剣を見ている。
「こちらにはありませんね。それにしても玉石混交といったところです」
「不思議だね。いかにも立派な店構えでもいいかげんなところはあるし、良い剣ががガラクタに紛れている」
「実に嘆かわしい限りです。良き使い手に巡り会えるといいのですが」
「剣には『観賞用』というものもあるけれど、そちらも見てみるかい?」
ほどなくして二人は、一つに目を留める。
「この短刀……重心を見ると一度折れたものを研ぎ直してますね」
助けて欲しい、と。その剣が告げる。剣身共鳴。綾姫は不思議な感覚にとらわれた。
……全ては無理でも『欠片』の意思の断片でも感じられれば。
襲い来る衝撃。
ヴェルグリーズが何かを斬る仕草をすると、ようやくはっと我に返った。
「ありがとうございます。引きずられてしまいました。……っ。声が。おそらく、これです」
「顔色が悪いけれど、ああそうか……視たんだね、きっと」
「”何て酷い事”を……他の品もまさか?」
●違う音
「まずは手元にある一冊からできる限りの情報を得よう」
イズマはぺらりと、イズマにとっては少し大きな本をめくった。
どん。どん。
めくるたびに、嫌な音がする気がした。けれども、臆することはない。
一定のリズム。声。さがさないで、というささやき声。奥付などから著者や発行日に目を通す。
かすかだったけれど、その声は確かに言った。
助けて、と。
「……辛い本だな」
けれども、目をそらすことはなかった。
「手がかりはある。頼もしい……よね。うん、頑張るよ」
クレマァダが着目したのは、奇妙な装丁だった。
魔方陣じみていて儀式の一部。意味のない図形と意味のある図形の集合体。となれば、専門の分野だった。
「……本というのは良く隠れるものじゃ。
我は、知識が必要な時に本が自ら読み手のもとに現れるのだとそう思っておるが……」
視線を感じて、クレマァダは口を閉じた。
「おっと、こんな口調では早々に貴人じゃとばれるの」
けふん、と一つ咳払いをした。
「うん、だからね。
僕、思うんだよ。
きっと、手元にいつか来るって」
クレマァダの口調に以蔵はふっと笑った。
「それじゃあ、地道に一冊ずつ行ってみよっか!」
「売る気、なかったんだけどなあ」
以蔵がマーケットを慣れた様子で周り、目ざとく本を見つけてみせる。
店の奥にしまい込まれた本の一冊すら、箪笥の中にしまわれたひとつさえ見つけてみせる。明らかな偽物ははじき、相手にせず、クレマァダに渡す。
「ふむ。ここの魔方陣が正しくない。偽物だね」
「音が違う」
イズマも、偽物はなんとなくわかった。めくる音が違うのだ。
「悪いが十冊候補を見つけた。一緒に来てくれ」
以蔵が次々と本を暴き出していって、二人が回る。
「ふむ、……じゃなかった。ううん、分かってきたよ。そうじゃな。リズムが違う」
二人は次々と耳を傾けた。紛れる音は、3音あった。澄んだ音。まがまがしさのなかに沈んだ、よくにたきょうだいたち。
「時間はある、付き合うとしようか」
クレマァダとイズマは綺麗な楽譜のように物語を並べた。その先に。その果てに、ひとつ見つける。
「ああ、これだ」
物語を紐解いていった先にあったのは、古びてちっぽけで、禍々しい本。
●美しい鏡
「さて、“世の鏡”とやらだな」
縁は見事にマーケットに溶け込み、悠々と当たりをつけて店を回っていた。
(どうも、”目玉商品”らしい。すぐに見つかりそうだが、その分こっちの素性がばれちまう可能性も高い……)
ふらふらと店に立ち寄りながら、一つの店を見つけた。
瓶詰めの、やたら高いパーツだ。おそらくは誰かの一部が店に並べられている。
胸くその悪くなるような店だ。本件とは違うが……。
(下手に警戒されて本命に逃げられちまったら元も子もねぇからな。どうするか……)
ちょうど、以蔵がやってきた。縁は話し込むフリをする。以蔵がすっと証拠をかすめ取ったのを視て離れる。
「おーっ、すげえや!」
カイトがデカい声を上げていた。ほどなくして、鏡は見つかった。本命である鏡については言及せず、ぺらぺらと話を引き出している。縁もそれにのっかった。
「これは面白い品だな。どういうものだい?」
「ああ、これはさる名匠がつくりあげたというな……」
「なーなー、ここで一番のって鏡? 俺としてはあっちの宝石とかのほうが高そうに思えるんだけどなー?」
「いやいや、結構な品だぞ! だが、そっちの宝石に目をつけるとはやるねぇ! ま、お前さんには届かない品だろうけどな」
「なーんだとぉ」
カイトは縁にウィンクした。今のはエサだ。どれが目的の鏡か絞り込んで、交渉に持ち込みやすくするためだ。
(この手のモンはそう簡単に値下げには応じねぇだろうしな)
縁が財布を開き、そちらを先に売ってくれないかと言った。店の主人はしっしとカイトを押しやると客を奥に招いた。二人きりになったのを確認する。
「ところで、俺が誰だか分かるか?」
ぞっとするような声色。
どうして気がつかなかったのだろうか。この男は――。
「『幻蒼海龍』……!?」
海洋ギャング《ワダツミ》の幹部。……数々の逸話は大げさに誇張されているものもあったろう。
(……全く嬉しくはねぇがね)
縁は自嘲した。
「この鎧、元はワダツミのものじゃねぇか? どうなんだ?」
「殺さないで……許して下さい……お願いします」
史之が人垣にそれとなく壁を作っている。
今だ。
ばさりと、カイトが舞い上がった。
「盗人だ!」
史之が追いかける振りをして、妨害をする。
(『風読禽』のカイト、欲しいものは貰っていく主義の海賊だぜ!)
赤い鳥が鏡を掴み、すさまじい早さで空へと舞い上がっていった。
あっという間だった。
●儀式
品がそろった。
分かれたイレギュラーズは、肌でそれを感じた。
『ああ、ついに……』
魔術師の哄笑が聞こえる。
『ついに儀式がなるのか……ァ!?』
魔術師の視界の、天と地が反転した。転ばされたのだ。
縁の天下御免の一撃だ。
「ぐっ……」
空の青に飲み込まれるかのように地べたでもがいた。
「生憎と過ぎた力なんて厄介なモンには興味がねぇのさ。今ある縁を守れりゃぁ充分なんでな」
ここからでは、ずいぶんと店から遠い。
「とーうっ!」
カイトの一撃が追っ手をのし、空から鏡を落とす。
「せっかく貰ったモノだがな、必要ないな」
縁はそれを受け取って、両断した。
魔術師はあがいた。魂を引き寄せて回復しようとする。しかし、それは、その気配は、夢見る呼び声に飲まれていった。
『なんだと……!?』
それはか細い歌。聞き入ってしまう歌。
こっちだよ。深淵に眠り待つ神を言祝ぐ歌。……こっちに行けば大丈夫。
倒れた一人を、二人が引き上げるようにぎゅっと手を握る幻影が見えた。
魔術師は魂に手をのばさんとする。
『欲しい、欲しい、素晴らしい器だ! ここにあったのか……』
「お主ごときに飲み込まれるとでも?」
クレマァダの絶海拳『海嘯』。井戸の水がせりあがり、うねっている。
波が、魔術師を飲み込んだ。
「力じゃと? 魔術じゃと? 誰に向かってものを言うておる」
波は二つ、さざめきは二つ。
明らかに大きな存在だった。
「この、クレマァダ=コン=モスカに“力”の何たるかを説くのか?
力があれば、特別な誰かであれば良い結末を迎えられるとでも?」
それは儀式。送り出すための背を押すような波。
まだ実戦的ではないが。それでもこの魔術師ごとき葬るのは十分。
搆えて溜めを行う。
「はっ。
笑わせるでないわ。
我は守れなかったぞ?」
喪ったものの重さを噛みしめながら。
そして、少女達に善き結末のあらんことを。
絶海拳――消波。
まだだ。魔術師はあがいた。
「生き汚い外道ってのはホントにロクな事やらかさねぇな。死んだんならさくっと死んどけってんだ」
以蔵は身を守りながら、魔術師から距離をとった。本がパラパラとめくれていった。紫煙魔術【残煙】。魔術師はむせかえってもがき苦しんだ。
「音楽でもたまにあるけどね……こういうのは、悪魔に魂を売ったって言うんだよ」
この音は不愉快だけれど、イズマは精神を乱されることはなかった。
響奏撃・創。正確無比にページを刺し貫いた。魔術師の魂にくさびを打ち込んだ。
音が追いかけてくる。鈍い音が、澄んだ音を追いかけてる。
こいつだ。
雷切が、ほとばしる一撃が、楽譜を作り出した。
「転調」
楽譜を切り出して、澄んだ音だけを空に逃がす。
「完璧な魔術師ねえ? だっさい生き方してるお前さんが完璧とは笑わせるぜ!」
「無事でしたか」
「当然よっ」
カイトが空から舞い降りてきた。
カイトから逃れようとする魔術師の背中に、空が迫ってくる。空だ。空そのものかに思える。
九天残星。
大空を駆ける緋色の翼は、空を自由に舞う。
「縛り付けて呪術の種にしやがって、自由を愛する俺に対する挑戦状だな? 覚悟しやがれ!」
カイトが叫んだ。残影百手――多重に残像を生じるスピード。何者も縛ることは出来ない。
「こういう奴は気に入らない、気に入らないからぶっ飛ばす!」
「まだだ、まだ」
「こんなおぞましいことを良くできたものだ。本当に人は儘ならない」
ヴェルグリースは剣に相対する。襲い来る執着を、次々と剪定して斬り分ける。
綾姫の繰り出す、異空剣『テスタメント』。二本の刃が螺旋を描くように捻じれ、切り分ける。
目覚めぬ剣の身動ぎが。励起・黒蓮が、鋭く、その空間ごと二つに切り裂いた。
「滅びなさい!」
背後では、ヴェルグリースの絶対分割が、空間を分かちて魔術師を飲み込んでいった。
●分かれの剣
いやだ、いやだ、と追いすがる手を、イズマが貫いた。
「残念だが、もうこの世には置き場のない作品だ。だから破棄する。……さよなら」
「ヴェルグリースさん、力を貸してくれませんか」
ヴェルグリースは頷き、一振りの剣となった。
(俺で壊せば、俺の別れの属性もいいように働くかもしれないしね)
剣の巫女としての祈りにて振るう、剣の本来の別れの能力。あるべきところへ、あるべき姿で。
身体は自然と動いてくれた。
綾姫に振るわれるヴェルグリーズが、悪しき魂を絶った。
「お疲れ様、次は良い縁が結べますように」
「自由な空にいくんだぞ!」
カイトの送り出す風に舞って、魂はどこまでも遠くに登っていく。どこまでもどこまでも、クレマァダは小さく歌う。イズマがそれにあわせてリズムをとった。
「お疲れさん。あの世ってとこがあるかは知らんが、ゆっくり兄弟姉妹と仲良くできりゃいいな?」
以蔵は空を見上げ、縁と視線を交わした。
「さて、一服どうだ?」
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ブラックマーケットの調査&異形の物質の対処、お疲れ様でした!
きょうだいたちは、きっと一緒にいられることでしょう。
また、『悪質な店』はしかるべき報告を経て、適切に対処されることと思います。
GMコメント
布川です!
ブライア・マーケットで古物の「兄弟姉妹」を探して、パキってあげて下さい。
●目標
・ブライア・マーケットでの3種類の古物の取得、および破棄(戦闘)
●『3つの捜し物』
・夜の剣(やのけん)
「欠片」を取り込んだ物品の一つ。
夜を映すような美しい剣。何作かの写しが作られています。真贋を見極めることが困難です。
(PL情報)
夜の剣は折れて研ぎ直されおり、今はナイフになっています。元の姿とは似ても似つかない姿です。研ぎ方が甘いために(扱いが難しい)、観賞用として売られています。
・愉の本(ゆのほん) 全5編のうちの4
「欠片」を取り込んだ物品の一つ。1は既に手元にあります。
稀覯本です。
問題は、全く無名の本だということです。
ブライア・マーケットには様々な本があるので、無策では膨大な量の本から探し当てることはできないでしょう。ただ、無名なので値段は張りませんし、おそらく集めている人間もいません。
・世の鏡
「欠片」を取り込んだ物品の一つ。
盛況な店の主が目玉商品としています。
いくらか並べて売っていますが、5点ある品のひとつのようです。とても高値が付いていて、予算では買えません(いくらか賄賂など、現金を使うのであれば、ハードルが下がったりはします)。
上手いこと交渉するか、ケチをつけるか、盗んじゃうか、その他でなんとかしてください。
●ブライア・マーケット
かなり非合法で危険な場所です。愉の本(ゆのほん)を手に入れたことで存在が露見しました。
今回は、事の起こりの阻止と潜入調査です。
・名声値の高いキャラクターはとくに顔を知られている可能性があります。
変装スキルなど持っているとより目立つ行動をしやすいでしょう。
ある程度であれば、仲間にサポートしてもらうこともできます。
・このマーケット自体の殲滅は想定されていませんが、いくつか”非常に悪質な”店舗があれば、証拠品を持ち帰り、別件調査&逮捕くらいはできるかもしれません。
●敵
不完全な魔術師<イオ>
「こういうのはどうだ? お前たちに力を与えよう……だからこのまま、この作品を持っておいては?」
「私は完璧な魔術師となって生き返るのだ……」
まとめてでもひとつづつでもいいのですが、最期の品を破棄する際に、破棄を阻止しようとする歪んだ魔術師の亡霊が現れます。
戦いつつ”破棄”しましょう。破壊してあげてください。
物理的な干渉でポルターガイストのように物を飛ばして襲って来たりします。
破棄は、たぶんそんな嫌な感じじゃないと思います。
絶叫するのは悪いやつの方です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
どこにあるかなど、まあまあ分からないことだらけですが、目当ての品物は会場に間違いなくありますし、「破棄」が目的です。
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