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シナリオ詳細

<神通麓>雲雨、翻して覆して訪ねゆく

完了

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

⚫︎再び巡る、雨の季節に

 あめのかみさま ねぼすけさん
 あめのきせつに やってくる
 くろくものって やってくる

 ごーごー ざーざー じゃーじゃーじゃー

 たくさん あめをふらせては
 やまに かわに まちに みどりに
 たくさん みずをとどけてくれる

 けれども あんまりながいあめ
 あまおとばっかり きいてると
 うっかり すやすやねむくなる

 すーすー ぷーぷー ぐーぐーぐー

 あめのかみさま ゆめのなか
 たいへん みずがあふれちゃう
 どうかとどいて ゆめのなか
 みんなでともそう ひよりごい


 表で泥を蹴る幼子達の歌は束の間の陽光に似合いの穏やかな色で響き渡る。ぱしゃん、ぱしゃん、思い切りの良い音に清々しさと同時に苦々しさを覚えるのは大人だけだろう。追い掛ける母親らしき声がそれを代弁してくれた。こら、着物が汚れてしまうから、と——

「遊びたい盛りの子らにとって、この季節は退屈でしょうな」
 対面に座る男の苦笑で、ひと月後に控えた祭りの相談中であったという現実に返ってくる。例年の確認程度のものとはいえ、わざわざ悪路を出向いてくれた者に対してとる態度とは到底言えない。
「申し訳無い。集中力に欠いていたようだ」
「とんでもない。職人として誰よりも実直な御仁だと知っているからこそ、むしろ心配していたのです。何か、気掛かりなことでも?」
 言葉の通りの視線を向けられて戸惑う。考えていることは、沢山ある。しかし伝えるための形を未だ持っていなかった。

 ——きゃあきゃあ、と喧騒はいつの間にやら母を鬼役にした遊戯に変わり、自由な足音達は悩むより先に遠く遠くへ走り去っていく。

「そういえば、小さい子供は苦手でしたかな?」
「いや……今は、そうでもない」
 繰り返すばかりだと思っていた行事に色が差したのは昨年のこと。勿論、『職人』という自らの生業に飽いていたのでも、手を抜いていたのでも無い。ただそこから繋がり、広がっていくものに気が付いていなかっただけだ。
「おや。変わられましたな、提灯職人殿」
 そう、これは変化だ。そして変化とは終わりも含まれるのだ。
「退屈に耐えてくれた分、楽しんでもらえるよう尽力しよう」
 『職人』の業は神様のためにあり、それは巡って人のためでもある。信仰が力となるなら逆もまた然り。ならば、もう少しくらい人に寄っても罰は当たるまい。
「それでは、今年もよろしくお願いしますね」
 実行委員の男が立ち上がる。ちらりと戸口から雲行きを窺いながらその手を伸ばしたのは立て掛けてあった傘だ。行きに浴びた雨粒で出来た水溜りに、庭で見頃を迎えた紫陽花よりも鮮やかな紫が映り込んでいる。久方振りの晴れ間のおかげで帰路はこの花が咲くことも無さそうだった。

「今年も、か……」
 遠ざかる背中が角を曲がるまで見送った後、文机に向かう。右手に筆を、左手は便箋に添えて。

 拝啓 霖雨の候、いかがお過ごしでしょうか——


⚫︎日和を乞えば

「——ごたぼーと、はいさつ? いたしますが、ごけんとーくださいますよう、おねがいもうしあげます……けい、ぐ……であってる? あってる? よし、読めた!」

 読み上げた手紙すら放り投げそうな勢いで万歳したのは案内人・Lächeln(レッヘン)だ。差出人の性格そのままの丁寧な文字で綴られた、どうにも堅苦しい文面に四苦八苦しながらもやり遂げた彼は満足げな顔で言った。

「難しい言葉ばっかりで疲れちゃったし、初めましての人もいるだろうから手短にまとめるね!」

 その世界では『職人』と呼ばれる業を継いだ者達が神様と人間との仲立ちをしているのだという。
 火の神様のご加護なくして火が扱えないだとか、人間が生きる上で神様は切り離せない存在であるが故に職人とは大変重要な役割なのである。
 神職に相当するものとも言えるだろう。

 さて、今回の手紙の主である提灯職人。
 イレギュラーズに危機を救ってもらった縁を頼りに、依頼という名のお誘いをしてくる初老の男性だ。
 昨年の梅雨に彼が腕を痛め、提灯が作れなくなったことが危機の発端だった。
 雨の神様との橋渡しをする彼が作る提灯は雨避けの加護が宿り、雨を降らせたまま眠り込んでしまう神様を起こす『日和乞い』の祭りに使われるのだ。
 それが足りないとあれば祭りは行えず、世界が水没するのも時間の問題、というところにイレギュラーズが助太刀した訳である。

「そんな提灯職人さんからの3つのミッション!」

 その1。傘職人から傘を借りよう。
 梅雨の時期であるため、傘がなければ何をするにも支障が出る。持ち込むのも良いが、折角だから何かと共通点の多い職人仲間と交流して欲しいそうだ。
 彼の作る『移ろいの傘』は紫陽花のように持ち手の雨に対する感情によって色を変えるのだとか。それを差して少し散歩するのも楽しいだろう、とのことだ。
 事前に用意しておきたかったが、提灯職人は彼に嫌われているため難しかったのだという。

 その2。竹取嫗(たけとりのおうな)から竹を譲り受ける。
 竹林に棲む神様とも妖怪とも言われる嫗は気難しい存在である。無闇に踏み入る者を脅かしたり、気に入らない者は迷わせたりするらしい。
 そんな彼女から提灯や傘の材料となる竹を分けてもらって来て欲しいそうだ。複数人で組めば荷車で一気に運ぶことも出来るし、体力勝負だが何度も往復しても構わないので、多めにお願いしたい、とのこと。

 その3。和紙職人から和紙を受け取ろう。
 これまた提灯や傘の材料の運搬であり、提灯職人と縁のある職人との交流を含めたものだ。
 こちらは傘職人とは違って懇意にしており、彼が漉いて作った便箋を融通してもらったりしているので特に心配は要らない。和紙を運ぶの自体も難しいことはない。
 頼めば紙漉き体験などが出来るよう話を通してあるそうだ。気が向いたら是非。

「以上! もっと詳しく知りたかったらこっちの案内状も見てみてね? それじゃあ、いってらっしゃーい!」

NMコメント

人の心は移ろいやすい。悪くもなれば、良くもなるものです。
雨もきっと憂鬱なだけではありません。

三章構成、おおよそ1週間毎に次章へ移行予定です。
期間中であれば何度プレイングを投げていただいても構いません。
どうぞ目一杯楽しんでいってくださいませ。


⚫︎世界<神通麓>
神話が色濃く根付いている、日本の江戸時代に似たところ。
職人の技が神様と人間を繋いでいます。
ざっくり説明ではありますが、OPを読んでいただければシリーズは知らなくとも大丈夫かと思います。

⚫︎提灯職人
雨避けの提灯の作り手で、人と雨の神様の橋渡しをする役目を担う。
イレギュラーズに恩を感じており、祭りを案内してくれたり、温泉へ招待してくれたりする堅物だけど優しい人物。
本当なら各所へ共に向かいたいが、この時期は多忙なため自身の作業場に留まっている。
彼と交流したいなら、資材を運んでくれた者を出迎える余裕はあるようなのでその際にどうぞ。


【第一章】
傘職人との交流
傘を借りて雨の中を散歩
紫陽花を見て回る
雨に想いを馳せる、など

⚫︎傘職人
『移ろいの傘』の作り手で、最近先代から継いだばかりの青年。
同じ雨の時期に活躍する職人でありながら祭りで重役を任され注目される提灯職人を嫌っている。
提灯職人はそうと知っているから苦手意識はあるものの、自分から嫌う理由は無いと思っているため複雑な関係。

作業場兼自宅の庭いっぱいに咲く紫陽花は周辺では最も色も数も豊富で有名。
そのため見頃のこの時期は誰でも出入りできるよう開放してあり、駆け回る子供達や傘を並べて歩く人達もちらほら。

⚫︎移ろいの傘
雨に濡れると、差した者の『雨に対する感情』によって紫陽花のように色が変わる紫色の傘。
穏やかなら青紫、乱れれば赤みを帯びる他、特別な感情が強ければ強いほどそれに応じた色になる。


【第二章】
竹取嫗の機嫌を損ねないよう端っこから少量だけ、もしくはきちんと筋を通し彼女の協力を得て一気に竹を得る
→提灯職人(または傘職人)の所まで運ぶ

鉈などの刃物、運搬用の荷車は自由に使用可能
荷車は力自慢でなければ重くなるので、数人で力を合わせるなど工夫が必要

⚫︎竹取嫗(たけとりのおうな)
月の神様が降り立ったことがあるといわれる竹林を守ってきた老婆。
彼女に嫌われる(気に入られる)と大量の筍が生えたところまで誘い込まれ(教えてくれ)、(結果的に)それを踏み抜いて痛い思いをしたりするらしい。
声を掛けるとあちこちの竹を光らせて脅かしてもくるとか(度胸試し)。

(※以下の情報はPCが推察したり、体験することで真実として知ることができるPL情報です。)
カッコ内の通り、嫗に関する噂はちょっとした行き違いが発生していますが、礼儀と恐れない心があれば悪いようにはなりません。
光る竹を切り倒せば嫗が作った竹細工のアクセサリーが入っており、身に付けると彼女からの目印となって迷っても案内してくれる度胸試しの戦利品です。
アクセサリーは鈴入りの竹玉ネックレスや根付け、櫛やバングルなど様々。
元より竹林は月の神様の影響でとても迷いやすくなっているため、嫗でなければ正しく進めないのです。
つまり彼女は竹林を守るのと同時に、人間が迷い込まないよう見守ってくれていたのでした。
(※PL情報、終わり。)


【第三章】
和紙職人との交流
紙漉きを体験
コウゾ畑を見て歩く
提灯職人(または傘職人)の所まで和紙を運ぶ、など

⚫︎和紙職人達
中心となっているまとめ役の物腰柔らかい初老男性は提灯職人とは茶飲み友達。
頻度こそ高くはないが、たまに顔を出し合っては世間話をしたりする仲。
作業場や畑には彼の仲間や弟子らが数人動き回っている。
イレギュラーズが出向く頃には今日の漉き作業を終えているので、お茶をご馳走になりながら雑談したり、紙漉きを教えてもらえる。

裏のコウゾ畑(和紙の材料の木)を散歩するのも良い。
このコウゾは昨年の日和乞いの際に雨の神様から授かった種子を提灯職人から受け取った和紙職人らが育てたもの。
気になった方はこちらをお読みください。
『本日、提灯日和』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/3907

  • <神通麓>雲雨、翻して覆して訪ねゆく完了
  • NM名氷雀
  • 種別ラリー(LN)
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年07月20日 21時10分
  • 章数3章
  • 総採用数14人
  • 参加費50RC

第1章

第1章 第1節

カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾

「ひっひー、今年もお祭り、やる、するんだな! 提灯職人さん……一賀、会う、出来るのも楽しみだ!」
 雨降りもなんのそのと『新たな可能性』カルウェット コーラス(p3p008549)。しかし挨拶に立ち寄った作業場は人や物の出入りが激しく、声を掛けるのは憚られた。
「ちらっと、見るだけ! そしたら、お手伝い、するから、ね?」
 覗き込んだ先、忙しそうな後ろ姿が振り返ったのは偶然か。カルウェットを認めると表情を綻ばせ、『よく来たな』と音の無い歓迎の言葉を贈る。それだけで、ぱあっとまんまるな濃桃色の花は満開だ。
「一賀! いってくる、する!」
 元気に駆け出した足も心も逸る、逸る。


「んと、傘職人さん、一賀と仲悪い?」
 単刀直入な問いに青年は大いに戸惑った。事実、嫌いなあの人をわざわざ名前で呼ぶ客人があまりにも幼く見えたものだから。
「ボク、一賀、好き、知る、してる。けど、嫌いなところ、知らない」
 ああ、純粋さにも構わず毒を吐き捨てられるほど捻くれていたのなら。
「提灯すごい。手が大きくて、あったかくて、優しい、する。もっと知りたいぞ」
 並ぶ賛辞に顔を顰めれば、花火職人を見た時とおんなじだ、などと言うから。
「……そうやって誰かに好かれて、目立つ癖に、見ようともしないからだ」
 さあ行った行った。苦くなった口でそう切り上げようとしたのに——続きを強請る紫陽花よりも鮮やかな瞳はとてもとても雄弁だったのである。

成否

成功


第1章 第2節

辻岡 真(p3p004665)
旅慣れた

 カラリと引き戸が滑り、黒髪の青年がやわらかな声で尋ねる。
「やあ、ここで傘を借りて庭先の見事な紫陽花を観覧できると聞いてやってきたんだが、良いかい? お一つ、貸しておくれ。良いのを頼むよ」
 良くないものなんて置いてない。鼻を鳴らしながら差し出された傘を、客人・『旅慣れた』辻岡 真(p3p004665)は軒先でさっと開いて目を細める。
「ほう、青紫。ふふふ、こういう変化があるのが趣深くて楽しいねえ」
 雨に触れ、移ろう色。真黒い瞳がやや青褪めた影を帯びて正面の傘職人を見据えた。

「そういやあなた、提灯職人と仲悪いみたいな噂があるらしいが、なんであの人のこと、嫌ってんの?」
 あっちはそうでもないって聞いたけれど、と世間話の如く投げ込まれた石は、彼にとって如何程の重さか。しとしと、雨音だけが支配する数秒間。応えより前に真は踵を返した。
「まあ知ったこっちゃないがね。傘、貸してくれてありがとっ! それじゃ行ってくるよ」
 それは紫陽花の花言葉に似合いの素早い転向だった。

 赤から紫、青色と濃淡の異なる花は雪洞のように丸々と、所狭しと雫に濡れて咲き誇る。そこへ紛れるように、同色に染まった着物姿の真はしとやかに。ぽつり、ぽつり、と小気味良い調子で傘を叩く雨を聴けば凝り固まった心が和む。
「たまにはこういった時間を過ごすのも、風流で悪くないね」
 旅費と時間を捻り出して良かったと小さく小さく微笑むのだった。

成否

成功


第1章 第3節

郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール

「京ちゃんお日様照ってる方が好きだけど……水も滴るイイ女なのも確かなのよねー、あっはっはー!」
 『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)の笑う声はからからと晴れた青空に似て、見上げた憂鬱色も吹き飛ばさんばかり。
「んー、ぽつぽつぽつぽつ。しとしとしとしと」
 天から屋根から幾度も落ちる雨を耳で追いかければ、思い出すのは子供の時分だ。外で遊べないから嫌い。それは幼心に重大事だったように思う。青葉の上の雫のようにどんどんと育って、それでも分からないことは多い。けれど——
「こういうの、風情って言うのかな? 今ならそんなに……嫌いじゃないよ?」

 今日は来客が多いな、と青年は戸口で少しだけ濡れた毛先を拭う京を振り返る。
「ねえ、傘職人のお兄さん? 傘借りていい?」
 そう聞かれれば否とは言わず、並ぶ傘から一本を選び取って差し出した。
「ちょっとお散歩、お花みてくる。……ふふ、この傘も綺麗だね?」
 当然だと口では言うが、褒められれば悪い気はしないようだった。足元に気を付けろ、と送り出してくれた。
 雨の下、青に赤紫にと揺らぎながら傘は京を紫陽花の中へ溶け込ませていく。
「紫陽花やー、紫陽花やー。このお花って雨の日に楽しむものなんだねぇ……」
 綺麗だねー、可愛いねー、とひと房ひと房に声を掛けて歩く足取りは、傘越しに跳ねる雨粒のように軽い。うん、やっぱり、と京は思う。
「雨も意外と、悪くないや」

成否

成功


第1章 第4節

カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾

「んふふふー、気づく、しちゃったぞ! ボク、今日、頭良い!」
 借り受けた傘を開き、カルウェット コーラス(p3p008549)は瞳を瞬かせた。傘職人は怪訝そうな顔。その警戒は正解だ。
「傘職人さん、庭、一緒に歩く、したいぞ」
 ぐいぐいと腕を引かれた青年が戸外に連れ出されるまでに出来たのは自分の分の傘を掴むことだけだった。

「傘職人さんの傘、何色なる、するかな? 気になる、した」
 鮮明な赤紫の下で意気込むカルウェットの隣には、くすんだ赤。
「もっとお話しして、仲良く、なるしたかった。雨、嫌い?」
「好きじゃ、ない」
「ボクは、お出かけする、したら、いつも、うきうき、わくわくだぞ」
 曇りっぱなしの青年に、カルウェットは先程考えた妙案を教えてあげることにした。
「この傘、一賀に見せる、したら、喜ぶ、する? 見ようとしない、嫌ってことは、見て欲しい、するってこと!」
 突拍子もなく、ごちゃ混ぜのそれは反論を挟む暇もくれない。
「一賀、傘職人さんすごい、褒める、してくれる。絶対!……傘も、好きくない?」
「そんな訳あるか馬鹿。これは俺の人生だ」
 『職人』としてきっぱりと首を振れば、自分のことのように嬉しそうに笑う。
「あ! 竹取さん? にも、会いに行く、しなきゃ! うう、時間たりる、ない!」
「あれもこれもと我儘で忙しい奴だな」
 さあ、もう行ってこい。つられるように、今度は少しだけ笑って傘職人は言うのだった。

成否

成功


第1章 第5節

カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽

 ぽつ、ぽつり。休憩は終了とばかりに零す暗い空に、目を奪われるような赤い翼が駆け抜けていく。
「ぴぃ!? 降ってきた!!」
 翼の主・『鍋にすると美味そう』カイト・シャルラハ(p3p000684)は軒先へと逃げ込み、暫しの雨宿りと深呼吸を。そうして畳まれた羽根の上を水滴が滑り落ちるのを見送ってから戸を叩いた。
「すまんが傘を貸してくれ。大きめだと助かるな」
 顔を覗かせた傘職人はカイトを見て何事か考え、入って少し待てと言い置いて引っ込んでしまう。
 素直に従った彼の前に再び現れた時、職人は長い荷物を抱えていた。布を剥げば要望通り、祭りの装飾用だという大きな傘。
「本当なら人様に貸し出すようなものじゃないが、『職人』の名に誓って半端なものは作ってない」
 試しに開けば確かに翼まですっぽり収まるサイズだ。特異運命座標なら多少の重さは誤差の範囲だろう。
「傘っていいよな。濡れないし、空から見下ろすと色とりどりに咲く華みたいなんだぜ?」
 羨ましい景色だと呟いたなら、ニッと衒いない笑みが返ってくる。

「ここまで大きいの作れるアンタも凄いぜ! 早速行ってくるか!」
 礼と共に地を蹴り、雨空に開いた傘は橙色。くるりくるりと回せば太陽のよう。寒色に沈む世界には眩しいそれを、戸口から見上げた傘職人は目を細めた。
 眼下に広がる赤、青、紫。花も、傘も、人も、思い思いの色で咲くもの達に緋色の鷹は称賛を降らせるのだった。

成否

成功


第1章 第6節

葛籠 檻(p3p009493)
蛇蠱の傍

 傘の説明を静かに聞いていた『愛の伝道師』葛籠 檻(p3p009493)は深く頷く。
「成程、移ろいの傘……小生の髪によく似た性質を帯びてるようだな」
 いや、それよりも移ろいやすいか。見様によって色味の変わる髪を持つ檻は、今は群青色をしたそれを指で遊ばせながら感じ入っているようだった。
「とかくこの傘は気に入った。是非に、借り受けたく思う」
「はは。あんたみたいな美丈夫のお眼鏡に適ったんなら、冥利に尽きるな」
 龍の尾、鱗に角と彼らの奉ずる『雨の神様』に似通った姿の客人に褒められれば、どうにも落ち着かない傘職人だった。

 雨音に拍子を打つ傘を自身の鋭い爪や角で傷付けぬよう慎重に差せば、肩口が濡れるのも当然のこと。
 それでも檻は上機嫌だ。その証拠に、赤みを帯びた傘が随分と高い位置で歩くのに合わせて揺れている。
「本来の役割はあまり果たせぬ、飽くまでも飾りとして……そうさな、共に紫陽花を眺めゆこうぞ」
 雨だろうと晴れだろうと、そもそもこのモノに対して気に入った。そんな彼の心を現す赤紫色が、雨に花開く群れの中を泳いでいく。裸足の足裏からひたひたと伝わる冷たさも檻にとっては風情のひとつだ。
「こういう時を過ごすのも、いやはや、悪くない。紫陽花の下葉にすだく蛍をば……なんてな。ふふ」
 すれ違う人々の波に琥珀の瞳が笑い、戯れに詠えば、頭上の傘も一層鮮やかに咲くのだった。

成否

成功


第1章 第7節

すみれ(p3p009752)
薄紫の花香

「……似合うな、あんた」
 ひと通りの説明を終えた傘職人が呟いた。傘に対してか、それとも雨か。思わず溢れたので彼自身にもわかっていないようだった。
 手にした傘の紫よりも淡い色合いの瞳で見つめる『しろきはなよめ』すみれ(p3p009752)の佇まいは、確かにしっとりと落ち着いた彩を匂わせる。
「ありがとうございます。雨に対する感情で色が変わるとは。移ろいの傘……面白い品です、私にも一つ貸してくださいな」
 ああどうぞ、と青年は好意的な感情で以て頷き、送り出そうとする。
「雨は世界を洗濯するようで好きですよ」
 しかし、今まさに洗い流されている世界を戸口から見遣ったすみれがそう口にしたことで動きを止めた。
「森を育み川を作って、人々の生活を支えてくれる天からの恵みそのものです。雨粒の音も拍手のようで悪い気はしませんね」
 傘職人様は、お嫌いですか。曖昧な問いの形をした凛と耳に残る声。雨音が遠ざかる。
「特に向こうから意地悪をされたわけでもなく、悪口を言われたわけでもないのに『嫌い』という思いがあるのは不思議ですね」
 その感情に名前を付けるのならば——


 紫陽花よりもひっそりと濡れた菫色の傘を差し、すみれは静々とゆく。



「——嫉妬、もしくは羨望……まあ何も知らない私の憶測ですから、本気で受け止めないでくださいね?」
 慈しむような仄かな笑みに、彼は空から降る最初のひと雫に似た貌で短く答えた。知ってるよ、と。

成否

成功


第1章 第8節

星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束

「雨にどう思っているかで変化するって面白いですね」
 並んだ傘を興味深そうに眺める『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は改めて考える。
「私は雨をどう思ってるんでしょう?」
 外出には不向きでも雨音を聞くのは好きだ。天から降り注ぐそれに喜ぶ花々や生き物達の姿は美しく、雲間から射す陽光や稀に出会う虹もとても綺麗だ。どれも雨の側面のひとつなら、止んで欲しいような、そうでないような。
「……まさに紫陽花の花言葉、『移り気』なのかもしれませんね。こんな私の想いを、この傘はどう映してくれるのでしょうか……?」
 さあな。傘職人は素っ気なく答えながら、試してみればいい、と続けた。
「そうですね。折角ですから、借りて紫陽花を見に行きたいなと思います」
 提案に頷いた朝顔が、そう言えば、と切り出す。
「傘職人さん知っていますか? 紫陽花の花言葉って冷たい物ばかりですが、雨の日が続く梅雨時期に耐え忍ぶように咲いている花姿から来てるらしいですよ?」
「へえ、あんた博識だな」
 朝顔の瞳は真っ直ぐに捉える。
「花言葉こそ似合わないですが、その姿は貴方に似合いそうかなって」
 きょとん。そんな音が、まだ止む気配のない雨より大きく聞こえる顔があった。


 暗から明へ。雨雲が流れ、見えた晴れ空。爽やかさと名残惜しさの狭間にあるような、中心の薄い赤紫から水色へと移り変わっていく傘の下、少女は彼方へ想いを馳せた。

成否

成功


第1章 第9節

 騒がしかったな。何時に無く多かった来客が途絶えたところで傘職人は深く深く息を吐く。
 こうも立て続けに傘が入り用だと駆け込まれるというのは実はとても珍しい。雨の季節だからこそ、庭を見に訪れる者は誰もが傘を持ち歩くからだ。
 きっと原因は想像通りで、そうでもなければ何度も話題に上がりはしない。

『若き傘職人は提灯職人を嫌っている』

 噂になっていることも、どう思われているかも、知っていた。だからなんだ。何が変わる訳でも無い。
 雨が降ったら我も我もと欲しがる癖に、それが当たり前になり過ぎて、誰も特別だなんて思わない。雨が止んでしまえば置き去りで、振り向きもしない。

「祭りのその日に願いをいっしんに集めるような、日和乞いの奇跡を起こすような、目に焼き付けられて何度でも思い出すような、そんなものにはなれない……知ってるさ」

 俺は俺だ。『提灯職人』じゃない『傘職人』だ。そこに誇りはあっても不満なんて無い。
 それでも、それでも。そう欲張る自分が一番嫌いだ。喩えられた紫陽花の姿は美しすぎて、とてもじゃないが重ねることは出来なかった。
 第一、向こうだって今まで踏み込んで来なかったじゃないか。それで構わないと思ってたんじゃないのか。

「何かが変わった? そんなこと言われたって、変われるもんか」

 ふと思い出す。あの人を名前で呼ぶ子供が言っていた。竹取嫗にも会いに行く、と。

「嫌な予感がする……本当に、騒がしいったらないな……」

 ざあ、と強くなった雨脚が閉ざした戸を叩く、叩く——

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