シナリオ詳細
再現性東京2010:追葬ミラーメイズ
オープニング
●追葬は夕焼けの色
希望ヶ浜に展開している、何の変哲も無いファストフード店。
学園での非常勤講師としての勤めを終えた弾正がそこへ立ち寄ろうとした時、偶然向かいから歩いてくるアーマデルの姿を目にした。
「なんだ、こんな所で会うのは珍しいな」
「と言うより……初めてじゃないか。仕事の現場以外で会うのは」
イレギュラーズとしてではない、弾正の非常勤講師としての姿が少し珍しいのか、不思議そうに首を傾げるアーマデルに思わず笑いが零れる。
「せっかくだ、何か奢ろうか?」
「ん……そうだな……」
弾正の誘いに、アーマデルが店の看板を見上げながら考えていた時。
アーマデルの脇を通り抜けていった誰かが、夕陽に向かって歩いて行った。
●誰そ彼の追想ミラーメイズ
それから数日後、同じファストフード店にて。
「何かがおかしい、とは?」
この希望ヶ浜においては、派手な角と羽を隠しているチャンドラが尋ねる。
彼に相談という形で事態を伝えたのはアーマデルと弾正だ。
初めは偶然だと思ったが、偶然にしてはあまりにも『同じ時間に起きる』と。
「夕方の……五時頃だったか。この店の前の通りを必ず人が通る。いや、元々人がいる通りではあるんだが……」
「この二、三日、気になって様子を見てたんだがな。夕陽に誘われるように真っ直ぐ歩いて、細い路地に入る所までは追えたんだ」
その路地で、ぷっつりと。影も形も消えてしまったという。
二人だけで追うことも考えたが、事態が大きかった場合も考え、他のイレギュラーズも誘いたい――という話だった。
「ふふふふ……それもアイでしょう。あなた方にあるものも、その場所にあるものも」
話を聞いたチャンドラはそのように微笑んで、話を続けた。
「『ミラーメイズ』、というものをご存知ですか」
ミラーメイズとは鏡の迷路だ。通常は、多角柱の内側に鏡が張られたものを繋げて迷路のコースを造り出す。この構造によって鏡同士で無限に像を映し出し、中を進む者に様々な錯覚を与えるのだ。
自分の意識は確かにここにあるのに、別の自分に見られているような。
自分が別の自分を見ているような。
どれが本当の自分だったのか。
もしかして自分は、既に鏡に閉じ込められているのか。
そのような錯覚に陥る内、進めなくなってしまう者、精神を病んでしまう者も稀にいるらしい。
「お二人が見つけてくださったその路地は、まさにミラーメイズの入口……いえ、『追想ミラーメイズ』と致しましょうか。名付けることは、想う<アイする>ことの第一ですから」
ですよね、と。確かめるように一度だけアーマデルへ振るチャンドラ。
「この『追想ミラーメイズ』ですが。ええ、勿論通常のものではありません。
あの辺り、今は路地が入り組む宅地となっておりますが。かつては大規模なイベントスペースで、ミラーメイズの催しがあったそうで」
ある時、迷路へ入ったきり姿を消してしまった利用者がいる、という噂が出た。やがて噂が噂を呼び、人が来なくなってしまった企画は撤退せざるを得なくなった。
更にそのような噂の後にスペースを利用したがる企画もなく、間もなく売却された跡地に住宅と路地が構成され、現在に至るのだが――今となっては噂が先か、怪異が先か。『追想ミラーメイズ』と今名付けた路地に誘われてしまった者は、二度と出られないのだという。
そのような『夜妖による結界の入口』として、この路地は成立してしまったのだ。
「出てこられた方がいないので、『追想ミラーメイズ』の中が現在どうなっているのかはわからないのですが……きっと想い<アイ>に満ち溢れた、狂おしく、愛おしい空間なのでしょうね……うふふ。ふふふふ」
チャンドラは口許を隠してはいるが、とても機嫌の良い悦びの笑みだ。愉しそうですらある。
「ああ、そうでした。これ以上の事件を防ぐために、我(わたし)達で解決したい……というお話でしたね。
ええ、ええ、勿論。それもまた決意<アイ>でしょう。他の方にもお話をお伝えしておきますが……僭越ながら、忠告を」
す、と立てたのは小指の一本。
「路地は狭かったはずです。一人で進みたくなるのも道理ですが……どうか、指の一本でも。できれば手を、何方かと繋いで下さいますよう。
一人になっては、ミラーメイズでは完全に『像として』捉えられてしまいますので」
現に、消えてしまった者は皆一人だっただろう、と。
チャンドラに確認されれば、実際に見た二人は頷くほかない。
「夜妖をどう祓うかは、我(わたし)にもわかりません。ただ、先に誘われた方がいるなら『迷路ごと壊す』のは悪手かと。
結界ならば、『起点』があるはず。壊す<アイする>ならば、そこを」
では、明日の誰そ彼刻に――そう言い残して、チャンドラは二人と別れた。
- 再現性東京2010:追葬ミラーメイズ完了
- GM名旭吉
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年07月30日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●有り得ない未来
鷹と茄子でおめでたい――などとはしゃいでいた『太陽の翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)と『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は、この日が初顔合わせであった。俺についてこい、と喜び勇んで茄子子の手を引き、カイトがこのミラーメイズへ踏み込んだのが数十秒前。
「むぅ……迷路は狭くて息苦しくて苦手だぞ……」
鏡に囲まれた通路はとても翼を広げられるものではなく、彼のテンションは急に萎れていった。まるで腹を空かせて翼を引き摺る雛鳥のようだ。
鏡の中のカイトも同じように情けなく――否、今一瞬映ったのは。
(本当に雛鳥の俺……?)
その後もちらちらと、小さな自分が初めての船酔いに船縁でこの世の終わりの顔をしていたり、思い切って正視した顔が鯨を狩る獰猛な自分の顔になっていたり。
(魚から見ると俺ってあんなこえぇのか……)
銛を突き立てられそうになって、反射的に目を閉じた。トラウマというより、シンプルに怖いものが次々と映る。
「うわぁカイトくん! あれなんとかして!!」
突如茄子子に腕を引っ張られてカイトもそちらを見るが、彼の目には至って普通の自分達が映るばかりだ。
「あれって……俺と茄子子だけど……」
「さっきは違ったの! 会長より幸せそうな会長っぽいやつがいたのー! 会長くそざこなんだから、守ってもらわないとすぐ死んじゃうんだから!」
会長怖いものありすぎなんだからさぁ~、とオーバーに怖がってみせる茄子子。
実際、茄子子に見えていた鏡像は彼女にとって気分が良いものではなかったのだ。
初めは、現実ではカイトと繋いでいるはずの手が父に、あるいは母に連れられていた。その内、自分の服もネメシス正教会の祭服になっていて、幸せそうに笑っていて。
この歳まで家を出ず、何も知らないまま、家族と共に過ごし続けたかもしれない『幸せ』な自分の姿など――何て無垢で、悲しくて、おぞましくて。虚しくて。
(家出してもう十年ちょいかぁ……まぁ、みんな私が家出したことにも気付いてないだろうけど)
あの鏡像は、現実には有り得なかった幸せ。ただそれだけだ。
ただ、『それだけ』で既に許しがたい。怖くはないが、許せない。
キミもおいでよ、許してあげる――なんて言いたげに伸ばしてくる、優しそうなその腕が。
(あーあ、そんな幸せそうな顔しないでよ。悲しくなっちゃうよ。今の私の方が幸せに決まってるんだから。
きっと、そうなるんだから。そうじゃなきゃ、嘘だもん)
「だから、呪ってあげるね」
にこりと笑って、敵だけを蝕む呪いの歌を振り撒く。
有り得なかった幸せに甘んじるような自分に、さよならを。
「できるだけ広い場所に誘い込もう! 狭いのは主に俺が不利だ!」
鏡像が茄子子に手を伸ばしてきたのを見て、カイトは彼女の手を引いて迷路を走った。
走る最中も様々な方向の鏡像が視界に入り、時には目が合う。
「げっ、ラバルクのおやっさん!? おやっさんも捕まって……」
「しゃんとして! 現実見てカイトくん!」
よく知った姿に思わず立ち止まりそうになるのを、茄子子のクェーサーアナライズで正気に戻る。ここは夜妖憑きの鏡迷路だ。自分達以外の知人がいるはずがない。
「っとと、危ねぇ危ねぇ。助かった! あの突き当たりとかいけそうだな!」
逃げ込んだ鏡だらけの袋小路。自分達を囲い込む全ての鏡に、自分達が映る。
一人は幸せそうに微笑みながら腕を伸ばす『茄子子』。もう一人は巨大な斧を手に立ちはだかる海賊の鳥人、『カイト』だった。
「えー……あれ俺? まあ偉大な海賊王ってのは憧れもしたけど、したけども!」
「有り得なかった願望ってやつ?」
「そ! まあ俺はもっと高みを目指すけど、今の俺も好きだからな! 鏡に映った程度のヤツに負けるわけにはイカねぇんだよ!」
背に庇った茄子子を隠すように翼を広げると、空に飛んで羽根を飛ばす。
羽根を受けても襲いかかろうとする『カイト』と『茄子子』を、茄子子の歌が再び呪う。
「オラオラァ! 鏡に本物が倒せると思うなよ!」
風切り音を立てて振るわれる三叉蒼槍が、残像を残して鏡像を撃破する。二つの人影は、鏡の割れる音と共に崩れ去った。
「はぁ……今ので大分疲れちゃったよ。あとは起点だっけ? 早く壊して外に出よ!」
『幸せ』な自分が壊れたのをしっかりと見届けて、茄子子はカイトに手を差し出した。
●見たくない過去
過去の姿、有り得なかった願望。
以前にもそんなものを考える羽目になった依頼があった気がする。
「そう言えば……あの時もご一緒しましたっけ、汰磨羈様。確か、黄金の淑女……でしたか」
「……あったな、そう言えば」
軽い気持ちで『《Seven of Cups》』ノワール・G・白鷺(p3p009316)が振った話に、『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の反応は芳しくなかった。
汰磨羈にとっては、あの時も今も変わらない。
見たくないもの、後悔したもの。その瞬間。そんなものは後にも先にも、彼女にはひとつしかない。
一方のノワールは、心当たりらしいものはほぼ無い。全く無い訳では無いものの、逆に何が出るのか興味があるくらいだ。
「まあ、ただ歩いているだけでも本当に迷ってしまいそうですし。エスコートして頂けます?」
「いいだろう。リードするのは得意だからな」
深くは追及せずノワールが手を差し出すと、汰磨羈も気を取り直してその手を取り、前を進んだ。
「只管に進むだけでいいとは言え、鏡とは古来より、呪詛と関わりが深い。特に、『何かを見せる』という点では一級品だからな……気を付けろ」
「ご忠告に感謝を。……?」
鏡迷路を進み始めてそう経たない内から、ノワールの視界に変化が起き始める。自分が歩き去ったすぐ後ろに記憶の中の同輩が一瞬映ったり、無限に映る鏡像の中に過去の魔術師達がいたり。どれもこれも、覚えがある。
覚えがありすぎて、反吐が出る。
「どうした?」
「……いえ。早く進んでしまいましょう。どうにも、思ったより見たくないものが多いみたいです、私」
「……そうか」
「そもそも、脇役にそこまで取る尺はないんですよねー。どうせ退けなければいけない相手でしょう?」
茶化すように先を急かすノワールに、汰磨羈も納得する。彼女もできれば道中に時間を取られたくはなかったからだ。
所詮鏡像とわかっていても、こうして話している傍から汰磨羈にも見えていた。
忘れもせぬ美しき公主。己を撫ぜていた心地良い手。
そして同時に見えてしまう、彼女が言葉を交わしていた男。
迷路を進む度、鏡の中で彼女と彼が親しげに接する時間は長くなり――『その時』が近くなってゆく。
(私は、できなかったんだ。瑞獣でありながら、結局は唯の猫だった)
男が彼女に茶を注ぐ。注いだ杯を差し出して、彼女がそれを手に取った。
(これは、鏡が見せる呪詛……今更変えられぬ過去)
彼女の細い喉が茶を飲み込んで、杯を置く。
男が、薄く笑っていた。
倒れた彼女が、白猫を撫でようと手を伸ばして――。
――ガキィン、と甲高い音が響く。
汰磨羈の霊刀が鏡を砕いたのだ。
「すまんな。思っていたより冷静ではないらしい。背中は任せるぞ」
「私も丁度、なかなかに趣味の悪いものを見せられて飽き飽きしていたところです。前は任せますよ」
ノワールの前に映っていたのは、幼い頃の『ノワール』。鏡像に急に父、母と、『血の近しい人』が映るようになったと思ったらこれだ。
「私が最も見たくないものと言えば、そうなるのでしょうけど」
見たくないと言うより、見られたくない。
タネも仕掛けもないはずのマジックのタネなど、人生の興醒めでしかない。
「面白くないんですよあなた。いい加減に、幕を下ろしましょう?」
あらゆる不調をミルフィーユのように重ねて。伸ばされた幼い腕は、水晶の槍で串刺しにして砕いてしまおう。
――背中を任せるなどと。結局は方便だ。
本物ではなくとも、『この形をしたもの』は。
「その顔を映すとは……余程死にたいらしいな。望み通り、微塵に砕き散らしてくれる!」
腕を伸ばす彼女の像ではなく、鏡の中で笑う男の像を全力で切り刻む。
その顔がわからなくなるまで――鏡が破片になってしまうまで、何度でも。
やがて結界の起点も破壊した二人は、現実に戻ってくる。
それほど苦戦はしなかったが、妙に疲れた気分だ。
「いやぁ、プライバシーの侵害もいいとこですねぇ……全く」
「己が手で砕くことができたとは言え、こうも不快さが残るとは」
「気晴らしに、何処か食べにでも行きますか」
溜息と共にノワールから誘われると、汰磨羈はむしろ自分が奢ろうと応じた。
全く、見たくないものを見た所で碌なものなどありはしない――。
●殺したいほど
鏡は真実を映すという。
鏡の怪異であるこの迷路なら、迷いの形を見せるのだろうか。
同じ形でも、見る者の見方で様々な見え方をするともいう。
実物よりも愛らしくも、あるいは幸せそうにも、あるいは――噛みつきたくなるほど惨めにも。
「ねぇねぇ、二人きりで手を繋いで迷路なんて、これってデートかな? デートだよね? やったー!」
「ヒィロってば。ここは出口があるかもわからない迷路の怪異なんだよ?」
テンションも高く、ウキウキ気分で『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)の手を引いて迷路を進む『激情の踊り子』ヒィロ=エヒト(p3p002503)。
「一時的にでも敵のルールに乗るしかないっていうのは、割と厄介だけど……ま、『視えるもの』なら二人でどうとでもなるよね」
「そーそー! 美咲さんとのデートの邪魔なんてさせないからっ!」
真っ直ぐ、スキップまでしながら進むヒィロ。
美咲にはその様子がどこか、意図して鏡を見ないようにしているようにも見えた。
(ヒィロは……私の前では明るく笑ってくれるけど。小さい頃の記憶が無いんだよね。私と出会う前も、スラムで一人だったって……)
意味も無く記憶を無くすはずがない。それほどの何かが独りの彼女にあったのだとしたら、それはとても――危険、なのではないだろうか。
(……ねぇ美咲さん、これ見えてる?)
見ないように、見せないようにしていても、全方位に鏡があれば嫌でも視界に入る。
スキップをしていた鏡像が時々ボロ布ように薄汚れたスラム時代の姿になっていたり、惨めに物欲しそうに視線を向けてきたり。繋いでるはずの手に持っているのは掃溜めで得た残飯だろうか。
現実の美咲は何も言わない。手を握れば、握り返してくれる。
(見えてない、よね? 見てないから言わないんだよね? 見えても黙ってくれてる、の?)
何か言って欲しい。それとも、自分が聞こえていないだけだろうか。
これ以上、鏡の中の自分が汚くなる前に。
汚れた体で誰彼構わず媚びて、肢体を絡めてしなだれかかって。搾り取ったら殺して、また次へ――。
(アウト。アウトアウトアウトはいアウト。そんなもの見せないで美咲さんに見せないでそんなの晒すくらいならその前に死んでやルカラオマエモココデ死ネ今死ネスグ死)
「ヒィロ」
ヒィロの狐耳に、声を届ける。
続いて後ろに振り向かせると、美咲とヒィロの目が真っ直ぐ合った。
「ヒィロが見るべきは、私よ」
「美咲、さん……」
「見なくていい相手は、どうすればよかった?」
答え合わせをするように尋ね、自分だけを見せながら。美咲はヒィロの髪に指を梳き入れる。
(私には、見たくないものなんてない。面倒はあったけど、全部自分の好きにやってきたから。この魔眼だって、苦労はあったけど向き合えてる。私は大丈夫――)
梳き入れた指でヒィロの髪を撫でようとした時、彼女の後ろに美咲は見た。
あらゆる拘束具から解き放たれた、虹の瞳を持つ女。有り得なかった未来――魔眼の魔力のままに暴走する自分だ。
「ヒィロ! ちょっとでいい、アレ引き付けて!」
「任せて。所詮みんな鏡なんだから!」
自我を取り戻したヒィロは二つの鏡像へ向き直ると、きっと見据えて闘志を放つ。彼女へ引き付けられ腕を伸ばす鏡像達の片方を美咲の魔眼が見つめれば、立ち処に炎獄に包まれ鏡の破片を散らした。
「力を制御できないような私が、今の私に勝てるわけ無いじゃない。私のヒィロは誰にもあげないよ」
「流石美咲さん! コイツもやっちゃってよ、ボクの鏡像のクセにやたら力が強くって!」
ヒィロに言われるまでも無い。執念深く実像に襲いかかる鏡像のヒィロへ美咲が次に視線を向けると、彼女もまた硝子の割れる音と共に崩れ去った。
結界の起点へと向かう道中、ヒィロは脆く壊れた鏡像の自分を思い出す。
(美咲さんのおかげで今は、美容とか栄養とか、ちゃんと綺麗な体になれたけど。もしかしたらホントのボクは、前のように――体も心も薄汚いままだとしたら……)
「ヒィロ、起点ってそれかな?」
起点を指さす美咲。その瞳が見つめただけで、あの鏡像は壊れた。起点だって壊せるだろう。
「あ……そっか。あははっ!」
「なに……?」
「あ、ううん! 壊しちゃえばいいと思うよ、美咲さん!」
――美咲さんに相応しくないボクなんて、殺しちゃえばいいんだっ
●帰り路、二人
鏡が苦手だと彼は言った。現実が映し出される時、後悔ばかりが先に立つと。
「逢魔が時はこの世ならざる者に魅入られやすいと聞くが、俺の『帰る』場所はキミの隣だ」
共に行こう、と差し出される手を、躊躇わず握る。
「行こう、『帰る』為に」
ヒトは『帰る』ものだから。
繋いだ手だけが現実に留めてくれる鏡迷路の中、いつしか『Nine of Swords』冬越 弾正(p3p007105)の腕には何かが抱えられていた。
それは、今ここにあるはずが無いもので。
「――!」
思考が引き込まれてしまう中、繋いでいた手が急に立ち止まって我に返る。
「……アー、マデル」
彼が止まったということは、何かがあったのだ。
『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はただ、『死者を見たような顔』を向けるばかり。
――弾正の腕の中に在った者を。彼は見たのだろうか。
「……何が見えた」
「……何が、見える?」
話が噛み合っていない、とすぐに理解できない程度には、互いの鏡に見えた光景は衝撃的だった。
「…………」
弾正は『何が見えた』と聞いている。
答えるべきなのに、乾ききった喉がそれを拒む。
言えるわけがない。かつて自分が切り捨てた恩師だなどと。
『彼』は同情でも親切心でもなかったと、全て終わってから聞かされて尚。全てがそうではなかったはずだと信じたい自分がいる。
何より、『彼』を切り捨てたのは紛れもなく自分なのだ。
繋がっていたはずの『死』を振り払って見捨てた。繋がらぬよう『絆』を封じられてきた。
だというのに、今『絆』は此処に在って。ならば、繋がった先に在るのは『死』ではないのか。
自分よりも窮地にある人間を見ると、逆に落ち着いてくるようで。
アーマデルをここまで虚ろにさせるのは、あのナックルナイフを持った鏡像だろうか。装いも彼にどこか似ている。
一方で、弾正の鏡像も確かにあった。その腕には、菅井 順慶――想いを伝える前に無惨な死体となった、初めての大切な人だった。その順慶を抱える己の腕は、まるで自分で殺したかのように汚れていて。
「……違う。あれは嘘だ、幻だ。俺は順慶の死因を知らない……」
一度落ち着いたはずの情緒が、再び暴れ出す。
(仕方なかったんだ!! 順慶はカルトにはまっておかしくなって、だから……俺、が)
仕方がなくて、好きな人を殺したのなら。今この手を繋いでいる、大切な人も。いつか己は手にかけてしまうのか。
ならば、この手を――放すか?
「……爆ぜろ、無響のままに。貴様らには断末魔の声すらくれてやるものか!!」
歌い上げた英雄叙事詩で己とアーマデルの力を励起させ、更に『平蜘蛛』の森閑爆破が鏡像を叩き割る。その音で、アーマデルの『死』を見る瞳に光が戻った。
「アーマデル、俺は卑怯者だ。陰から日常に戻りたくて、自分自身の記憶まで欺いていた。……なのにまだ、アーマデルの隣にいたい。我欲のまま、キミが幻に見る恩師に嫉妬の焔を滾らせてしまう。かつての俺の幻にさえ、順慶のことを引き摺る姿へ憤りを覚えてしまうんだ」
想いの丈を迸らせる弾正の言葉を聞き届けて、アーマデルは静かに瞬いた。
「……弾正がいてくれてよかったと思う。ひとりなら、戻れなかったかもしれない」
恨めしそうに刃を向ける鏡像に、英霊の怨嗟と諦観を響かせる。
「ここを出たら、話をしよう。時間はあるだろうか」
「勿論。キミとなら、地獄の果てであっても後悔しない」
自信に満ちた弾正の笑みを聞く。その言葉は真実なのだろう。
(……間違えてはいけない)
陰のモノでしかなかった己と、日常から陰に落ちてきた彼とでは真逆だ。
それでも――『死』ではないものが、確かに繋がっていると信じられるから。
「――『 』」
錆び付いていない、手入れの行き届いたナックルナイフ。
それが我が身に届く前に、逆手に持った蛇銃剣を鏡像へ突き立てた。
砕けた鏡にも聞き取れなかったであろう、最後に呼んだ名前を手向けにして。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お待たせしました。
夜妖「追想のミラーメイズ」は無事祓われ、捕われていた人々も救出できたようです。
全体としては「見たくないもの」「有り得なかった姿」が映る事が多かった感触です。
繊細な部分を描写させて頂くにあたり、皆様それぞれの背景に最大限のリスペクトを払いつつ。イイ感じのあれそれをお届けできていればいいなと思います。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
旭吉です。
この度はシナリオのリクエストをありがとうございました。
リクエスト者以外の参加も可能となっておりますので、どなた様もお気軽にどうぞ。
プレイングにもよりますが、リプレイ描写としては心情寄りになる予定でいます。
●目標
夜妖『追想ミラーメイズ』を祓う
●状況
練達の希望ヶ浜市、とあるファストフード店からほど近い住宅地の一角。
夕方、人一人が通れる程度の路地に憑いた夜妖『追想ミラーメイズ』の前で集合です(外見はただの暗い路地です)
2人~3人で組んでの行動となりますので、希望があればプレイングにてお相手のお名前をお願いします。
(お名前が無ければこちらで勝手に組むか、チャンドラがつきます。チャンドラのご指名は可)
路地に一歩踏み入れると、景色はミラーメイズのものになります。
初めは自分達の姿を幾重にも映すだけですが、時折鏡の中の自分(あるいは仲間)の像が過去の姿や、亡くした誰か、殺した瞬間、有り得なかった願望等にすり替るようになり、徐々に変化する時間が長くなります。仲間を傷付けようとすることも有り得るでしょう。
最終的に『最も直視したくない姿・時間』で変化は止まり、鏡の内側へ引き摺り込もうとしてくるので、これを撃退してください。
鏡像は一応【反】を持つものの、防御や体力はそこまで高くないです。
『映っている姿が持っていそうな技や能力』が他にあれば、『そのような見た目の攻撃』として使ってきます。
(鏡像を撃破するのは必ずしも自分自身である必要はありません)
鏡像に打ち勝つと、これまでに捕われた人々がいる結界の起点へ到着できます。
そこを破壊すれば、元の路地への帰還が可能です。
●NPC
チャンドラ
今回とても愉しそうです。
彼自身は、過去はほとんど覚えていないのですが。
お誘いがあれば悦んで。お声が無ければ特に描写しません。
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