シナリオ詳細
妖樹の郷
オープニング
村があった。
小さな小さな。
村があった。
ひっそりひっそり、安寧を紡ぐ。
小さな小さな。
村があった。
●
混乱していた。
眼前の光景に。
「心配はいらない……」
村人が、言った。
「良い娘だ……。良い『苗床』だ……」
何の事か。
「君の、お陰だ……妹さんのお陰だ……」
「君達が、来てくれたお陰だ……」
朽ちた教会。差し込む月光。
称えられ。崇められ。祝福され。
彼女は歌う。彼女だったモノが謡う。
歓喜の歌。夢想の調べ。悦楽の旋律。
「大丈夫だよ……」
抱き締めたのは、少女。甘い声、耳元で。
「救われたの。生きる苦しみから、痛みから、悲しみから。そして、恵みを……」
柔らかい身体が密着する。異性の感触。劣情は、一向に。
「寂しくないよ。私が一緒。尽くしてあげる。愛してあげる……」
「不足なモノなど、在りはしない」
「不安はない」
「苦しみもない」
沢山の、人々の。
見上げた先。教会を貫いてそびえる大木。数多の蔓が絡まる中。
櫛削った亜麻髪は深緑に染まり。
負って歩いた身体は蔦に抱かれ。
知らぬ彩に輝く眼が、彼を映して。
「奴隷だったの……」
声が揺れる。
「逃げ出して。生きる術なんかなくて……」
彼の頭を膝に委ね、優しく愛しく。少女は紡ぐ。
「死ぬばかりだったけど。見つけた木の実。私の元に、『ガンダルヴァ』は」
人の名前か。神の真名か。悪魔の字名か。
「選ばれたのは、『妹』。心臓にして、黄泉帰った。私は守護を受けて、救いを謳った。国々を訪れて、同じ境遇の人達に」
そう。
聞いたのだ。
スラムの片隅で、抱き合って震える中で。
安らかな、救いの詩を。
妹と一緒に覗いた。その顔。声、は。
「思い出した?」
嬉しそうに。綺麗で。愛らしくて。怖ろしい。
どうして。
「ガンダルヴァの加護」
誇らしく。
「ガンダルヴァの果実を食べた者は、同胞にしか認知出来なくなる。あの時の君はまだ、外の人。忘れてしまった」
果実?
悪寒と共に甦る。妙なく甘美な芳香。蜜の味。
「そう、『アレ』だよ。持て成しで、施した」
確かに、自分達は。
「美味しかったでしょう? 村と。私と。君を繋ぐ黄泉戸喫(よもつへぐい)」
視界。彼女の、顔が。
「君はもう、村の人。眷属。永久の夢の、飼い人」
見つめる目。狂気と、愛しさと。
「見ていたのが、君達だけだと?」
寄せられる、頬。
「気づいてた。そして、理解した」
彼女が握る。恋人同士が、そうする様に。
「君が、私の『つがい』」
心臓が鳴る。喜びではなく、恐怖。
「だから、願った。導いてって」
理解した。何故、あんなにも駆られたのか。どうしようもない程の、衝動。
「私のモノ」
花弁の様な唇が、頬を撫ぜる。
「一緒に在ろう。共に居よう。神の御魂が薄れ、星の礎が朽ちるその果てまで」
呪縛を紡ぎながら、唇を彼のソレに寄せる。
「私は『ティナ・アプサラス』。『ガンダルヴァ』の雌花にして、雄花たる君の伴侶……」
呪いの誓いが、吐息と共に。
――兄、さん――。
今際に届いたのは、譲れない者の声。
微睡む心と身体に、最後の力を。彼女を突き飛ばし、痺れる身体を引きずって。
「いいよ」
声は、夫を送り出す様に。
「残す事が在るのなら。行って。断って。村も、皆も、私も、ガンダルヴァも。待っている」
確信に満ちた意思。
「君は、必ず帰ってくる。此処が、私の隣りが、居場所。還る巣。たった一つの、終の在り処」
拒絶も。
否定も。
疑念さえも。
「君は雄花。雌花と番い、救いを継ぎ渡す。決まった事。理と化した事。だから……」
――逃 げ ら れ な い よ――。
それでも。
それでも。
――お、兄、ちゃん――。
あの声に、答える為に。
●
「……緑……」
『色彩の魔女』プルー・ビビットカラーは呟く。
「柔らかく、瑞々しく。目舞う程に濃く。嘔吐する程に悍ましい『深緑』」
妖しい色香を纏う声音が、今は重苦しい。
「――『妹を、助けてください』――」
依頼状をヒラリと落とし、プルーは紡ぐ。
「依頼人はスラムの民。両親は亡く、妹と二人、塵山の中で。命と等しい。己の全てを対価にと」
誰かが、問う。
『ガンダルヴァ』とは、何なのかと。
「妖樹」
想定していた問い。間は置かず。
「弱き者に果実を与え、眷属と化す。約束されるのは、絶えぬ多幸。満ち足りた精気を糧に、茂り続ける」
何の労苦もなく生きれるのなら、問題ないのではないか?
当然の疑問。
「敢えて望むのであれば、一興。けれど、純白の慈悲を施すほど甘くはない」
怯える様に、灯る光が揺れる。
「果実を食した者は、種子を宿す。意思は吸われ、同化する。夢に溺れるまま、彷徨い出る。昼も夜も、春も冬も。身が病み、傷付く事も構わずに。適した地で身は朽ちて、芽吹いた新たなガンダルヴァがまた王国を築く」
皆が、眉を潜める。
「このまま流せば、多くの命の彩が深緑に」
何故、放置を?
「絶えたモノと」
完結な答え。
「随分と昔から、報告はまっさら。恐らく、かの娘が生き返らせたモノが最後」
偶然か。
はたまた悪趣味な神の気まぐれか。
「改めて、依頼内容を。依頼者は、『アルト・ペルム』。望むは、妖樹ガンダルヴァの苗床とされた妹、『エルナ・ペルム』の救助」
示される図。
「ガンダルヴァは処女を取り込み、『苗床』とする。身が朽ちるまで、生殖活動のブーストに」
描かれた妖樹。中心に、人型。
「苗床は幹の表面に。引き剥がせばいい。痛みはあるし、血も出る。苦悶。悲鳴。呪詛。全て無視して」
障害は?
「まずは、扉を開く事。村への道は、同胞にしか通れない。彼を、共に」
視線は部屋の奥。爛々と輝く、鬼気迫る意志。
目を向ける事なく、導きの言葉に集中する。
「村に入れば、家畜達が襲って来る。愛する主と、己が禍福を守る為に」
敵は村人。恐らくは、一般の農夫程度の武力。数の差さえ警戒すれば、制圧は容易い筈。
「殺さない方が良い」
察する様に、プルーが言う。
「村の中には、花が散らす『幸香』が満ちている。呼吸で取り込むと、思考が朽ちて無力化される。鍛えた者であれば、すぐに篭絡される事は無い。それでも、時間の問題。そして、宿主である村人が死ぬと、体内の種子は即座に芽吹いて開花する。親株と同じ様に幸香を放ち、香りをより濃密に変える。殺せば殺す程、絡まる魔手は強くなる」
忌々しげに舌打ちする面々。
「支配された者は、痛みも疲れも感じない。気絶させるしかない」
嫌な話が付け加えられる。
「苗床を失えば、ガンダルヴァは眠りにつく。雌花も、種子達も同様に。妖樹の王国は、深き眠りの封印につく」
誰かが、気づいた。
眷属全てが眠りに? ならば、『彼ら』は?
プルーは答えない。
代わりに。
「僕達は、構わない」
彼が、言った。
「塵みたいな生まれでも、人として生きて来た。最後の最期で、化け物の家畜に堕ちて世界に仇成すくらいなら……僕達は人として終わりたい……」
彼の眼差しが輝く。命の炎に。
「あの時、アイツも……エルナも、そう言ったから……」
薄闇で、香が揺れる。
吐き気がする程に甘い、果実の香り。
- 妖樹の郷完了
- GM名土斑猫
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年10月29日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談10日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
空には、半分に欠けた月が輝いていた。
何もない筈の草原で、佇む一行。
踏み出した少年が、呟く様に。
「どうか、気をしっかりと……」
それは、皆への喚起か。はたまた自分への鼓舞か。
意を決して踏み出す。瞬間。
遠き夜天は輝く葉の層に。
煌めく星々は、虹に染まる花々に。
肌寒かった夜風は、深緑の気配が満ちる春風に。
そして。
満ちる大気は、優しい香りに染まる。
「ぐ……」
日溜まりの中で微睡みに堕ちる感覚。委ねるを求める本能に、『横紙破り』サンディ・カルタ(p3p000438)は唇を噛んで耐える。
「結構なモノね……。気構えてなければ、アッサリと持っていかれるわ」
『在りし日の片鱗』ジュリエット・ラヴェニュー(p3p009195)も、眠気を堪える様に頭を振る。
「此れがガンダルヴァの……。確かに、素敵な香りね。全ての痛みも不安も包み込む……。けど……」
『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が、調香しておいた香水を撒く。奏でて行使する、精霊疎通。
呼び出された風の精霊達は、友人の願いを心良く聞き届ける。
遠くまで運ばれる香水の香。圧倒的な神威の前で、効果の程は分からない。けれど、込めた意志は伝わる筈。大きく息を吐く『彼』に『ごめんなさいね。離れないで』と告げ。
「見過ごせないのよ、ね……」
香りの癒しで救うが術の香術師。その誇りが、決して。
「大丈夫か?」
よろめくアルトを『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)が咄嗟に支える。
「大丈夫……ありがと……」
微笑みは蒼白で、肌は木肌の様に冷たい。既に見染められた身。微睡みの誘いは、きっと誰よりも強い。
それでも、想いと矜持の為に戻る道を選んだ彼。その姿に、エドワードは確かな命の炎を見る。
「アルト。お前の妹、エルナって言ったっけ。……ぜってー、助けだそーな」
彼が、眼差しを向ける。
「お前の事は、オレがぜってー最後まで、無事に送り届けてやる。エルナを助け出した後も、きちんと面倒見る」
アルトの瞳。強い輝き。確かな命の輝き。希望の輝き。
応える意志を込め、見つめ返す。
理解した。なんとなく、けれど確かに。こいつは、最後の力を振り絞ってる。大切な存在と、自身の証を取り返す為に。だからこんなにも。
ならば、ここに立つ自分の役目は。
「頑張ろうぜ」
「……うん」
差し出した手を、彼の手が握る。
掴み取らせよう。必ず。
「……アルト君はお兄ちゃんだね。妹の為に頑張れる、優しいお兄ちゃん。……私のお兄ちゃんとおんなじだ」
『揺らぐ青の月』メルナ(p3p002292)。香を防ぐ為に巻いた布の下で呟く。
(親近感が湧いちゃうな。妹さんの名前も似てるし……なんて)
いつかの、そして永久に抱く面影。相似する紡ぎ。世の縁が、全て必然に編み上げられたモノならば。
「救うよ、必ず。終わらせてあげる。貴方達二人が、それを望むなら」
それはきっと、世界の気まぐれがほんのちょっと許してくれるやり直し。
「勝手だけど……だからこそ。二人の望みは叶えてみせる。私が、私自身の意思で」
その誓いは、かの人へ。
「とても、理にかなった生態ですね。鳥や虫、動物を媒介して種を運ぶ樹々が、その媒介を人に変えただけとも言えます」
「確かにな。生命の原理としては、そう異端でもない」
『白き不撓』グリーフ・ロス(p3p008615)の言葉に、『元神父』オライオン(p3p009186)はそう言って周囲を見る。
アルトや情報屋は、ここを『村』と言った。けれど、実際に広がる光景はそう言ったモノとはほど遠い。
称するに足るだけの家々はあるものの、その全ては廃墟同然に朽ち果てていた。草むらには、人が横たわった跡。住民達は居を構えず、思い思いの場所で。まるで獣の様に。
妖樹の箱庭。
一切の災はなく、欲求は果実と幸香によって満たされる。
「幸福を与える果実、か……。意思を殺され身体を奪われ高揚感だけ渡されれば、確かに何も思考せずとも幸せと錯覚した何かは得られるだろうな。だが……」
果たして此れが、人の生き方として正しきモノか。
命の尊厳が、ソコにあるのか。
かつて神の教えを説いた心が、疑問を呈す。
「生命の根底にあるのは究極の利己主義だ。利用される側にもたらされるのが、利益だけとは限らん」
個々の生き方に口を出す権利などありはしない。けれど、ソレは双方に言える事。
かの妖樹は支配を広げる。望まぬ者にまでも、いずれ。否、もう既に。
アルトを見やるオライオンの視線をなぞり、グリーフも頷く。
「人にとって脅威となる以上、排除するのが今回の依頼ですね。かしこまりました」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が足を止める。
「……幸せな夢、生まれ落ちたその日から、死にゆくその時まで、ずっと見られたらいいのよね。それが約束されるなら、醜悪な怪物になったっていいわ。けど……」
いつしか、一行を大勢の人々が囲んでいた。手には得物代わりの農具や狩猟具を持っている。
けれど、表情には微塵の敵意も悪意も無く。彩るのは、ただただ幸福そうな笑顔。
夢に惚けるその様に、ほんの少しだけ悲しげに。けど、すぐに振り切って。
「そうは、ならなかった。拒む者が、ここに居た」
確かな意志を示す為。
「始めましょう」
その天命を厳かに。
「神がそれを、望まれる」
高く響くは、神の御名か。はたまた妖しの聲か。
●
「おかえり……」
「疲れたろう……? さあ……休もう……」
「ゆっくりと……ゆっくりと……ゆっくりと……」
村人達が、近づいてくる。穏やかに、酷く穏やかに
呼びかけに動揺するアルト。エドワードが下がらせる。触れた身体はさらに冷たく。
「時間がねぇか……。のんびり観光してる場合じゃない、と……」
「随分と面白い植物……。興味があるけど、こうも無秩序じゃ大迷惑か。やっぱり、さっさと刈り取ってしまいましょ」
「村の事情は正直知らねーが。ま、奴隷のレディが魔物に囚われてるってんなら、助けねー理由もねーよな。外の世界くれーは見せてやるのがアニキってもんだ。そうだろ?」
そう言ってウィンクするサンディの横で、ジュリエットが指を開く。微かな音。不可視の糸が、飛んで来た矢を落とす。
「抵抗しないでおくれ」
放った男性が困った声で。絡み取られながら。笑いながら。
「大丈夫、痛いのはちょっとだけ……。動けなくなったなら、すぐに……」
鉈を持った少女が近づく。もう一方の手には、夜色に輝く果実。
「全部溶けるから……。痛みも、苦しみも……」
持ち上げ、カシリと噛む。胸元を濡らす蜜は、月の輝き。
「ほら、ね……?」
晒す果肉の、甘美なる様。眩暈を感じた瞬間、頬に走った鋭痛。振り下ろされる鉈。
「やべっ!」
咄嗟に躱す。
ゾッとした背筋に、かかる叱咤。
「しっかりしなさい! 堕ちるのは勝手だけど、私の邪魔はしないでくれる?」
頬を打った糸を戻しながら、ジュリエットが睨む。
「面目ねぇ……」
畏まるサンディを眺め、少女が笑う。
「綺麗な女(ひと)……でも、怖い……わたしの方が、良いでしょ?」
手招く声。
正直、どっちも怖い。
「足を止めないで! 敵の数のほうが多い! こっちは勢いと火力で勝つ!」
「気をつけて! この人達だって、被害者だから!」
カリブルヌス・改を展開するイーリンに続いて、メルナもイノセント・レイドを放つ。二条の光が駆け、村人達を弾き飛ばす。落ちた彼らは動きを止める。死者はいない。苦痛もない。横たわる顔には、笑みが。
「教会はあそこ……急ごう。全員一纏まりで、離れずに」
取り決めた方針を確認し、メルナはまた光刃を薙ぐ。
駆け抜けたイーリンが振り返る。死体の様に横たわっていた村人が起き上がる。土と血に汚れた顔に、歪な笑みを浮かべたまま。
「……まるで、ゾンビね……」
やはり此れは、違うのだ。
「お役に立つかは分かりませんが」
アルトに酸素ボンベを渡し、聖骸闘衣を付与する。『ありがとう』の声に頷き、エドワードに。
「アルトさんを、お願いします。可能な限り、阻みますので」
行こうとしたグリーフに、アルトが声をかける。
「どうか、気をつけて……」
「心配はありません」
表情を、変える事もなく。
「私は、呼吸の必要がありません。幸香の影響はほぼありません。それ以前に、私は真正の生命体でもありません。ガンダルヴァの対象ではないでしょう」
「でも、それでも……」
気遣う彼を見つめ、コクンと頷く。
「善処します」
聞いた彼は嬉しそうに『ありがとう』と、また言った。
「頑固だな」
「波長の同調が困難です」
物理無効を付与しながら前衛に出るグリーフに、オライオンが話しかける。
「スラムの出生で、親は亡いと聞いた。その境遇であの様な人格に育ったのは、ある意味奇跡だ。余程周囲の関係に恵まれたか、それとも……」
教会を。その中にいる筈の『彼女』を見やる。
「それほどに強い、支えがあったか……」
「理解は難しい事象です」
名乗り口上とアルティメットレアの併用。攻撃の多くを引き受けながら、罠対処の技法で道を開いていく。
「その理解定理の術は存在するのでしょうか?」
「分からん。答えは、お前自身にしか出せぬ議題だ。ただ……」
迫る一群に向かって放つ、ディスペアー・ブルー。魅了された村人達が、その刃を互いに向ける。
「取り合えず、彼の願いに配慮する事から始めてはどうだ?」
「承知しました」
頷いたグリーフ、気が逸れた村人達にぽこちゃかパーティ。暴れ回る彼女? と微笑みを浮かべて薙ぎ倒される村人と。何とも珍妙な光景に苦笑して、手の中の灰の魔導書を開く。溢れ出る、神秘の灰。
「仕事はしてもらうぞ灰の獣よ、俺の……そして奪われる事を拒絶した奴等の憎悪を喰らい空を駆けるのだ」
契約者の呼びかけに応じ、顕現するネメルシアス。咆哮する背に飛び乗り、舞い上がる。見下ろした先、彼の姿。
「立つのだ。アルト君」
呼びかける声に、彼が顔を上げる。
「膝をつくのは、全てが終わってからだ。もう一度彼処に戻る為に俺達を雇ったのだろう?道は拓く。お前の大切なものの為に、今は進むのだ」
頷く眼差しに、今だ宿る炎を見定めて視線を戻す。そこにはまた、数多の答えを探す同胞の姿。
「……神は何も救わず、ただ観ているだけ。己の手で、求める腕を引っ張りあげなければならんのだ」
それでも願わくば、せめて己の手がその助力とならん事を。例えソレが、どんなに微力であったとしても。
「何が『幸香』よ」
誘う花に、ジルーシャは訴える。
「香りっていうのは、人の心に寄り添って、ほんの少しだけ、幸せになるためのお手伝いをするためのもの。本当に幸せになれるかは、その人次第……。人の心を操って、奪い去って……それを『幸せ』と押しつけるなんて、香術師として認めるわけにはいかないわ」
己の声が種さえも違う相手に届く道理など、端から期待してはいない。それでも、示したかった。その名の元に、自身が見出した術の形を。その意思を。
囲む様に群がる村人達を、シムーンケイジで止める。付加効力のブレイクは支配を砕くには至らず。それでも、幸福の悪夢からの解放を諦めはしない。
此れは、香術師たる自分と根源たる王。いずれの在り方が正しきかの証明。
「示して」
舞う香気。誘われる様に顕現した『ソレ』が、癒しの恵みを皆に撒く。
「これが本当の……アタシの知る『ガンダルヴァ』の香り……」
それはいつか、古き書物の中で読み知ったかの存在。感じた、優しさの記憶。
満ちる意思が、微かに揺れた。
「教会が近い! 一気に行くぞ!」
統率技能を発揮したサンディが吼える。溢れた空想が、皆に束の間飛行の権能を付与。エドワードの決死の盾の影で、朦朧と眩むアルト。イーリンは己の手首を切り裂き、彼の口に押し付ける
「アルト、あんた覚悟決めたんでしょ!? ビビるな! 私達が守ってる! あんたの歩が、私達の勝ち道よ!」
彼女の魔力と命が満ちる血を飲み込み、アルトは力を振り絞る。
追いすがり、立ち塞がる人群れ。オライオンの神気閃光、メルナのレジストクラッシュが蹴散らす。
「退きなさい!」
扉を守る最後の一人。ジュリエットが衝術で吹っ飛ばす。
「行けー!」
蹴り開ける扉。アルトとエドワードが転がり込む。続いて他のメンバー。殿のサンディが扉を閉め、技能発揮で素早く椅子や転がっていたバケツを積み上げる。侵入を阻まれる、村人達。
「これで、しばらくは……」
ホッと息をつきかけて、咽込む。外よりもより濃密な香気。増す多幸感と重い眠気。
(ヤバイ……)
咄嗟にアルトの方を見やろうとした時、呻き声が響いた。
見やった先、聖堂の中心を天に貫く巨木。肩に短剣を付き立てられ、それでもなおアルトを守るエドワード。そして、冷たく優しい笑みで見下ろす朱髪の少女。
「お帰りなさい……大事な君……。でも、その人はだぁれ?」
嬉しい響きの奥に、覗く嫌悪。これまでの村人達とは違う、感情の揺らぎ。
「駄目だよ……知らない君……。その人は、わたしのなのに……。何で知らない君が、くっついてるの?」
ゆっくりと上がる手には、新たな短剣。切っ先は、エドワードの脳天。
「消えちゃえ」
振り下ろそうとした瞬間。
「止めて! エルナ!」
アルトの声に、止まる動き。
その隙にジュリエットが衝術を叩き込む。あっけなく吹き飛ばされるエルナ。転がりながら短剣を投げるが、例え幸香で鈍っていても。
「アンタが、『雌花の巫女』……ね?」
短剣を弾き、駆け寄って抑え込む。横目で確認するのは、エドワードの様子。
「毒、か……。致死性ではない様だけど……」
呟いて、『行ける?』と尋ねる。『当たり前だ』と返し、立ち上がるエドワード。アルトを促し、進み始める。そびえるガンダルヴァ。そして、『彼女』の元へ。
「さて、さっさと終わらせましょうか。所詮幻想は幻想よ。遠慮なく、焼き払うわ」
「何故、奪うの?」
ジュリエットの言葉に、エルナが訊く。『ようやく手に入れたのに。失くす事も、傷付けられる事もない居場所。なのに、どうして?』と。
「……きっと、コレは違うからだよ。エルナ……」
立ち止まった、アルトが言う。エドワードと互いに、支え合いながら。
「ただ甘い夢だけを享受して、朽ちるのを待つだけなら……それは、命として余りにも空っぽだ……。獣も……植物も、頑張って生きてる……。そう……」
向ける視線は、かの御姿。
「ガンダルヴァだって……」
「……わたしの隣り、でも……駄目……?」
零れる声が、悲しさを。支配を受けた者が、まだ感情を。
「ゴメンね……でも、僕は……」
伸ばした手が、エドワードの傷に。流れる血潮に触れる。
「空虚な夢よりも、この苦い真実を信じたい……」
エルナは、もう何も返さない。『良いのか?』と問うエドワードに頷いて、また歩き出す。
「なあ、こんなのは違うだろ?」
進み出た、サンディ。彼の周囲の空気が揺れる。
「誰かの力を頼って、縛って、手に入れるなんて」
風。その中に立つのは。
「自分の足で、足掻いて、頑張って、追いついて」
ほんの少し、けれど確かに。香りの壁を。
「だからこそ、大事なモノは本当の宝物になるんだ」
道が開く。彼らの先に。そして、いつか『彼女』の先に。
「……アタシは、アンタたちが悪いだなんて思わないわ」
追っていく、ジルーシャ。
「誰も悪くない。皆救われたかっただけ。……だから、こんなにも辛いのよ」
許す事は。だけど、せめて。
「雄花と雌花。結ばれるべき存在」
グリーフが、見下ろして。
「……いいですね。そうやって貴女は種を残す事ができる。たとえその前提に愛がなかったとしても」
エルナが見上げる。微かに、驚き。
「私には何もない。愛をくれるはずだった彼(クリエイター)も、愛を捧げる誰かも、自身の愛という感情への自信も、そして、種を残す術も……」
揺れる想い。互いに。
「……あぁ、これは、嫉妬ですか。……なんて醜いんでしょうね、私は」
俯く姿に。
「ああ……そうか……」
ポツリと。
「わたしは、妬んでもらえる、命を……」
それは歪な。けれど、確かな生の意味。
「迎えに、来たよ……。エルナ……」
巨木の幹に磔になった少女に。擦れる声で。
「帰ろう……一緒に……人の、皆の、世界へ……」
囲む皆が、攻撃の体勢を。エドワードが、アルトの頭を抱える。視界を、耳を塞ぐ。
解放は、苦痛と共に。それはとても、辛いから。
最後の、一瞬。その時。
「大丈夫」
声が聞こえた。
穏やかな、少女の声。
「ガンダルヴァが、分かってくれたよ」
瞬間。まるで、解き放たれる様に。
落ちて来た彼女の身体を、オライオンが受け止める。
響き始める地響き。皆に向かって、苗床だった彼女は告げる。
「ガンダルヴァが、眠りにつく。大丈夫、委ねて」
降り始める、星の落葉。視界を覆い。五感を覆い。
そして。
遠い狭間で、メルナは思う。
(何処かで、種子を取り除く方法が分かればなぁって……)
(諦め、悪いなぁ……私も……)
(……でも、だって。二人の願いはきっと、本当は……)
ガンダルヴァが眠れば、眷属達もまた。それは、あの兄妹も同じ筈で。
香に頼らなくても、兄妹で幸せに。
(……どうして、それっぽっちの事すら叶わないのかなぁ……)
――其を汝らに託したい――。
答えたのは、苗床の声。けれど、それは。
――我は終末装置の断片。一つの種が限界に隣した際。其の種を庇護し、最期の安息を代価に生命を継ぐ理を創生より定められた。されど――。
声に、揺れはなく。
――人は外れた。生命の基本理より。我の理解より――。
けれど。
――我は自然理の化身。人の得るべき安息は分からぬ。与えられぬ。汝らが。雄花が。証左した――。
寂しげで。
――故に。汝らに託す。我が子らが。庇護の子らが。相応しき形にて終える、その時代の創生を――。
ソレは届ける。
――子らは、我が庇護する。汝らが至る、その時まで。結実した時。我の血脈は今度こそ役目を終える。子らの。回帰と共に――。
せめての、約束。
遠く近く。彼らが見える。村人達。エルナ。そして、手を繋ぐ二人。
――ちょっとだけ、我儘を――。
申し訳なさそうに、彼が。
――出来ればちょっとだけ、急いで――。
でも、譲る気はなくて。
――また、貴方達と。一緒に――。
ささやかな願い。
必ずと答える。
エドワードが。
皆が。
笑顔が、遠ざかる。
最後に。
「貴方達の事、忘れないよ。人として生きた貴方達の事……絶対、覚えているから」
それは、結び。
誓いの縁。
「……おやすみなさい」
届けたのは、安らぎの口づけ。
●
目覚めたのは、朝焼けに染まる草原。
優しい香りが、微かに流れた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
参加した皆様、ありがとうございました。
素晴しい物語の断片を届けてくださり、心からの感謝を。
GMコメント
こんばんは。土斑猫です。
今回はちょっとダークなお話。
お気が向いたなら、どうぞよしなに。
●目標
『妖樹ガンダルヴァ』から『苗床の少女 エルナ・ペルム』を解放する。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●ロケーション
時間帯は夜。
舞台は村の入り口から。
村の内部故、多くの建物があり死角・遮蔽物が多い。登る等の立体行動も可能。
フィールド全体がガンダルヴァの『幸香』で満たされ、1R毎に体力が3減っていく。村最深部の教会内部にあるガンダルヴァに到着する前に体力が尽きれば脱落となる。
敵は農具や猟器で武装した村人。
教会内部は荒れ果て、廃墟状態。壊れた椅子やテーブル等、地味に邪魔な障害物が転がっている。
到達すると、村人に加えて巫女『ティナ・アプサラス』が攻撃に加わる。
最深部にあるガンダルヴァに辿り着き、10回攻撃を加える事で苗床である『エルナ・ペルム』を救出可能。
救出が成功した時点で村人及び巫女は行動を停止。成功判定となる。
●敵
『村人』×30
農機具や狩猟の道具で武装。
あくまで普通の人間なので、強くはない。ただ、ガンダルヴァの支配によって思考が統一されているため、連携が強力。PCをそれぞれ分断、1人ずつ包囲する形で行動する。
死亡させると体内のガンダルヴァの種子が芽吹き、幸香を放ち始める。
苗が一本増える度、1Rに減る体力が2づつ増えていく。
体力を3分の1まで減らす事で気絶(行動停止)にする事が可能。その場合、5Rで復活。再び攻撃に参加してくる。
※復活を前提とするのなら、その旨をプレイにて表記。該当PCの攻撃による撃破を全て気絶として扱います。
※内訳
①鍬・鋤・鎌で武装×20
戦闘方法は以下。
・切り付け・殴り付け:物至単にダメージ・出血
②弓で武装×10
戦闘方法は以下。
・射撃:物至単にダメージ・出血
『雌花の巫女 ティナ・アプサラス』×1
ガンダルヴァの雌花。
毒を塗った短剣で武装。
基本は村人と同じ。より体力が低い。
死亡させた場合、村人と同様に発芽する。
会話等のコンタクト可能。
戦闘方法は以下。
・切り付け:物至単にダメージ・出血&毒
・投擲:物遠単にダメージ・出血&毒
『妖樹ガンダルヴァ』×1
攻撃はしてこない。
座している教会内部に侵入するとより濃密な幸香のため、R毎の体力低下が6になる。
●NPC
『雄花の神子 アルト・ペルム』
16歳の少年。エルナの兄。
ガンダルヴァの『雄花』として村への侵入の鍵となる。
常に追従してくるがPCと同様、幸香の影響を受ける(苗が無い場合、20Rで脱落する)
彼が脱落すると村の外へ弾き出され、失敗判定となる。
『苗床の少女 エルナ・ペルム』
13歳の少女。アルトの妹。ガンダルヴァの苗床。
意識がガンダルヴァと混在しており、コンタクトを取るとどちらかが応答する。
アルトの意識に干渉し、抵抗の意思を引き出せればガンダルヴァからの分離の難度を下げる(必要攻撃回数を減らす)事が出来る。
※色々なアクション・アイディア、歓迎します。可能な限り拾い上げますので、皆様の可能性、見せてくださいませ。
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