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シナリオ詳細

<ヴィーグリーズ会戦>ノートの裳裾

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●望むは玉座の傍ら
 エイランダ・マーガは幻想の貴族だ。
 成金と呼ばれようと卑しい出自と後ろ指をさされようと、貴族としての地位を間違いなく一代で築き上げた男だ。
 そして――ミーミルンドの即位を望む者でもある。

 幻想の歴史は知っている。あくまで御伽噺として。
 ミーミルンドは苦杯(あるいは毒杯)を舐めたイミルの民の末裔だというが、恐らくエイランダにその血は一滴も流れていない。詳しく家系を調べたことなどないので事実かどうかは知らない。
 しかし、ミーミルンド。彼は特別だ。
 暗愚たる現国王を、玉座から引きずり出さなくてはならないと思うほどに。
 遠目にその姿を見ただけ、たったそれだけでミーミルンドこそ王に相応しいと納得してしまうほどに。

 それほどの存在だった。
 高潔にして高貴であり、奥底に深い憎悪の炎を宿していた。
 エイランダはその時点で魅了されていたのだが、加えて『先の庇護』だ。

 勇者総選挙でマッチポンプを行おうとして失敗し、イレギュラーズの差し金で憲兵による家宅捜索や事実確認が強行されようとしていた。
 それを、ミーミルンドの使者を名乗る者たちが食いとめたのだ。

 間違いない、ミーミルンド――ミーミルンド様はこのエイランダを欲している。
 王権の象徴たる角笛を手にし、巨人の長とさえ渡り合う貴き血族の君が。
 揺るぎなき正義たる君が。
「ならば儂も戦場に立とう。その隣に控えられるように」
 エイランダは口の端を上げて笑い、丘へと馬車を走らせる。
 偉大なる『主君』の邪魔をするであろうイレギュラーズを、鏖殺するために。

●黄昏の丘へ
 あの三人組、今ごろどうしてっかな。
 ふと思い立ったのは暇だったからではなく、むしろこれから大きな戦いが始まる気配を五感で察知したためだった。
 この事件の一部に関わった、どうしようもない三人組。
 悪い貴族とはすっぱり手を切って、縁を持ったイレギュラーズに稽古をつけてもらったりしつつ、今は小さな冒険者ギルドに所属して、街中で猫やら犬やらを探したり、半泣きの及び腰で魔物退治を請け負ったりしている――らしい。
 情報屋が片手間で調べた結果を元に、『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は気負いのない足どりで街を歩く。
 片手に持った紙には、件の冒険者ギルド『ダウンライト』の住所が書かれていた。幻想内、ローレットからそれほど離れていない。
「いい天気だ」
 んー、と伸びをしかけて。
 とまったのは、前方から転びそうな勢いで走ってきた三人組に、異口同音で名前を叫ばれたからだった。
「レイチェルざぁぶへっ」
「おう……」
 転びそうどころか三人同時に顔面から転んだ。
 正しくは弓使いのキュッテが足をもつれさせ、とっさに掴まれた女魔法使いラランが前のめりになり、やはり腕を引かれた剣士フーレドが顔から行った。
 仲良く倒れている三人にレイチェルは近づき、屈む。
「大丈夫か?」
「うぇす……」
「お久しぶりれす……」
「たいたいたいたいたい」
「鯛?」
 青ざめながら鼻を押さえるキュッテが、魚じゃないと首を激しく左右に振る。
「ヴィーグリーズの丘にエイランダがいるんです!」
「巨人と、すごい数の煙みたいな狼を従えて!」
「俺たちもさっき遠目に見てきただけなんですけどぉ!」
 口々に三人組がわめきたてる。元気そうだ。
 そこにはひとまず安堵して、レイチェルは小さく舌を打った。
「しぶとい奴だなァ」
「ど、どうします?」
 緊張で体を強張らせる三人を一瞥して、レイチェルは立ち上がる。
 ちょっと見ない間に顔つきが少し『戦闘を知る者』らしくなった三人組は、レイチェルが手を貸す前に立った。膝は震えているが。
「倒してほしいならローレットに依頼として持っていけ。俺も気が向いたら参加してやるぜ?」
 ニィ、と美貌の吸血鬼が嗤う。
 三人組は強張った顔を見あわせ、同時にごくりと喉を鳴らした。
 その眼に決意をみなぎらせながら。

GMコメント

 はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 黄昏の内に。

●目標
・『トネリコの子』アスクの討伐
・ハティの討伐

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●シチュエーション
 幻想中部、ヴィーグリーズの丘の南東方面。
 多少の起伏があるだけのだだっ広い草原です。
 時刻は夕方、雲ひとつない快晴です。もう何時間もしないうちに夜がきます。

 後述の三人組と冒険者ギルド『ダウンライト』が先行。戦闘にならない程度の位置に陣取っています。

●敵
・『トネリコの子』アスク
 古廟スラン・ロウから現れた男性型の巨人であり、怪王種。貴族的な衣服を身にまとう。
 頭上には赤く輝く月が浮かんでいる。
 衣服から覗く肌の色は青銅、人というよりも動く銅像といった様相。

 防御技術・体力・EXA・特殊抵抗に優れる一方で、回避は低め。
 メインの攻撃手段は近距離範囲と中距離の通常攻撃だと予想される。

・(P)死を是に:【恍惚】【暗闇】【出血】無効。通常攻撃に【呪い】【猛毒】【呪殺】。
・(P)満ちる赤月:4Rごとに戦場全域に【重圧】。頭上の赤く輝く月が破壊されるとこの能力を失う。
・(P)トネリコの祝福:自身のHPが20%以下になると発動。HPを50%まで回復し、その時点で付与されているBSをすべて解除。
 『満ちる赤月』が発動している場合、自身と現存するハティの全ての能力値を上昇。ハティのHPを大回復。
・(P)やがて夜来たりて:夕日が完全に落ちると自身の全能力を大幅に上昇・その時点で付与されているBSをすべて解除。

・『ハティ』×50(初期状態)
 青い煙のようにその身を揺らめかせる狼の魔物。

 回避・命中・物理攻撃力に優れる。
 牙や爪を用いた近距離攻撃がメイン。【失血】【停滞】【致命】を付与してくる恐れあり。

・(P)月追う狼:戦域に『赤く輝く月』があるとき、2Rに一度、10体のハティが追加される。
 この効果は戦域に一体でもハティがいる場合に発動し、重複しない。

●怪王種(アロンゲノム)とは
 進行した滅びのアークによって世界に蔓延った現象のひとつです。
 生物が突然変異的に高い戦闘力や知能を有し、それを周辺固体へ浸食させていきます。
 いわゆる動物版の反転現象といわれ、ローレット・イレギュラーズの宿敵のひとつとなりました。

●NPC
『エイランダ・マーガ』
 バルツァーレク派の貴族を装っていたが、大本命はミーミルンド。
 イレギュラーズが敗北する瞬間を目にするため、丘まで足を運んだ。アスクの後方で応援役。
 諸々の事情からミーミルンド様に陶酔している。
 一方でミーミルンドはエイランダなど眼中にないし、名前も知らないし、ここで死なれてもなんの痛痒もないが、本人がそれに気づく由もない。

『三人組』
 剣士フーレド、女魔法使いララン、弓使いキュッテ。
 勇者総選挙の際にエイランダ指示のもと、悪事を働こうとするも失敗。
 むしろ死にかけたところをイレギュラーズに助けてもらい、エイランダとは前金と借り受けていた装備をまとめて返したうえで縁を切った。
 今はたまにイレギュラーズに訓練に付き合ってもらいつつ、冒険者ギルド『ダウンライト』に所属。戦闘にも慣れてきた……とはいえ、戦力としては下の下。

 今回、イレギュラーズと肩を並べて戦うという強い意思の元、死すら厭わぬ覚悟で参戦しています。

『冒険者ギルド『ダウンライト』所属の冒険者×50』
 普段は魔物退治・遺跡の探索・ペットの捜索等々を幻想各地でしています。
 キュッテをローレットに走らせたフーレドとラランの必死の呼びかけに応じ、三人組以上の覚悟で参戦を決意してくれました。
 イレギュラーズには及ばないとはいえ、すさまじく足手まといになるということもありません。
 皆様の指揮に素直に従います。

●他
 この依頼は『<フィンブルの春>フノスの誘掖』のアフターアクションとなります。
 該当のシナリオを知らなくても問題ありません。

 皆様のご参加お待ちしています!

  • <ヴィーグリーズ会戦>ノートの裳裾完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年07月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
片翼の守護者
ルリ・メイフィールド(p3p007928)
特異運命座標
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
星芒 玉兎(p3p009838)
星の巫兎

リプレイ


 集った冒険者たちの表情は険しい。
 中でも特に古参の者、腕の立つ者たちが一か所に集い、まだ遠い敵に厳しい視線を投げながら時折小声でなにかを話しあっていた。
 最近入ったばかりの、最弱の三人は隅っこで立ち尽くしている。皆を集めたが、それが正しかったのか、ここにきて信じられなくなっていた。
「よお」
 そんな、息が詰まるような空気を軽い声が、八人分の足音が、霧散させる。
「気が向いたンできてやったぜ」
「レイチェルさん!」
 三人組が同時に叫び、絶望の隘路で光を見つけたように顔を輝かせた。
 血色がよくなった『依頼主』に『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は片手を振る。
 他の冒険者たちの間にも安堵が広がっていた。
「イレギュラーズ!」
「よろしくっス」
 ざっと各々の顔を見まわして、『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)が浅く頭を下げる。
 待機所の端に立った『紅獣』ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)が、背を伸ばすようにして遠くを見た。
 絨毯のように広がる黒いもや状の狼の群れと、直立する巨人。
「おーおー、聞いてはいたが本当に数が多いなー」
「それにあの風流さの欠片もないお月様」
 佳麗なかんばせに嫌悪をのせ、『神使』星芒 玉兎(p3p009838)は巨人の頭上に輝く赤い月に鋭い視線を投げる。
 月には思うところがあるが、それを別にしてもあれはあってはならないものと一目で分かった。
「キルシェです! こっちは相棒のリチェ。今日はよろしくお願いします!」
 元気な『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)が周囲の緊張をいい感じに解く。冒険者ギルド『ダウンライト』の重鎮たちがそれぞれに名乗った。
「時間がありません、簡単に作戦の確認を行います」
 眠たげでどこか茫洋とした目に冒険者たちを映し、『特異運命座標』ルリ・メイフィールド(p3p007928)が淡々と言う。
「ボクたちが最前列なのです。皆さんのうち、後衛の方を中心に、前衛の方を周囲に配置、円陣形で進軍。後衛の皆さんは前方の狼に火力を集中するのです」
「赤い月を射程に捉えたら一斉砲火よ。あれはマズいものだから。それと、夜がくるまでに戦いは終わらせるわ」
 ルリの説明を『狐です』長月・イナリ(p3p008096)が引き継ぐ。
 冒険者たちは神妙な顔つきで作戦を頭に叩きこんでいた。
「月が堕ちたなら、狼の対処に回ってください。巨人はわたくしたちで斃します」
 瞬きひとつで月への視線を切った玉兎が、凛と締める。冒険者たちが威勢のいい返事をした。
「最後となりますが」
 姿勢を正し、『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は一人一人を記憶に刻むように、見た。
「皆さん、お力添えありがとうございます。どうか……、どうか『一緒に最後まで』戦いましょう」
 冒険者たちがはっと息をのむ。
 その言葉の意味を察せない者はいなかった。
 ここで命を落とすなと。
 全員で生還するのだと――イレギュラーズは声で、眼差しで、そう言ったのだ。
「さァて。狼狩りと行こうじゃないか」
 レイチェルの言葉が開戦の狼煙となり、一同が陣形を整える。

 連携をとりやすい者たちができるだけ近くにいるよう配した円陣形で、一同は進軍する。間もなく狼、ハティが目前に見えてきた。
「フーレド、ララン、キュッテ!」
「はいっ」
 急にレイチェルに名前を呼ばれた三人組が、駆け足を緩めずに肩を跳ねさせる。
「やる気は十分みてぇだなァ?」
 瞳の奥に闘志と覚悟を宿した三人が、それぞれ応じる。レイチェルが短く笑った。
「なら、俺と一緒にこい。俺の近くで戦って見せろ」
 自分たちを守り、庇ってくれた彼女の近くで。
 戦うことを許された三人は、一気に緊張が最高に達した顔を見あわせ、そして。
「よろしくお願いします!」
「よし。ただし忘れるな。……ここから先は戦場、命の取り合いだ。三人とも絶対に死ぬんじゃねぇぞ?」
 続く声音は小さく、吐き捨てるような響きを宿していた。
「勇者と称えられても、死んだら終わりだ。生きててなんぼなンだよ」
 先頭の中央からイナリが飛び出す。

 一足分、飛び出たイナリの姿が掻き消える。
 そうかと思えば前方に酒気を含んだ毒霧とともに出現した。最前列にいたハティがけたたましく咆哮する。
「こっちにきなさい、有象無象!」
 複数のハティがイナリに牙を、爪を立てようとするが、その瞬間イナリの姿は毒霧とともにさらに前方へと移っていた。
 狼の群れが小柄な少女を追いかけて移動する。
「通してもらうっスよ!」
 それでもなお退路を塞ごうとする狼の群れに、葵がコウモリ型のエネルギー弾を複数放った。方々での爆発に大量のハティが巻きこまれ、あるいは回避するために後退する。
「巨人、此方を視認しました。狼たちが散開します。皆さん、決して突出せず、迎撃しつつ前進を続けてください」
 戦場の状況に気を配るリンディスが指揮を下す。冒険者たちの返答には、まだ力がみなぎっていた。
「リチェ、リンディスお姉さんと反対の、できるだけ具合が悪そうな人が多いところに行ってね」
 ふわふわもこもこのジャイアントモルモット、リチェルカーレに乗ったキルシェのお願いに、可愛らしい相棒は行動で応える。
「怖がらないで、怯えないで! ルシェたちがいるから!」
 この戦いは無謀ではないと、巨人を目前にし、異形の狼と対峙する冒険者たちをキルシェは励まして回る。その背には光翼が生えていた。
「何方にも死んでほしくありません。皆、その意思で為すべきことを為せる、立派な方々ですので」
 冒険者を含む仲間たちを強化しつつ、邪魔な狼をできるだけ多く巻きこんで退け、玉兎は一度口を閉ざす。
「故に。輝くほど死の影が近づく月など、砕き堕としてしまいましょう」
「射程! 入るっス!」
「進軍停止。後衛、構え」
 ルリの弓が赤い月を向く。中央に囲われた後衛隊の弓が、銃が、杖先が、同じく月に向けられた。
「集中砲火だ! 秒で壊すっスよ!」
 葵の号令で赤い月に攻撃が殺到する。
「オォォオオオ……!」
 耳を聾する巨人の大音声が空気を、地面を震わせた。

 三人組の覚悟は、早くも崩れかけていた。
 巨人という御伽噺と、大量の狼に似た魔物と接近して。
 キルシェの声に少しは励まされたものの、それでもこの中で最も実戦経験が浅く、集団戦の経験がない三人組は、明らかに震えていた。
「ひっ」
 襲ってくる狼にフーレドが引きつった声を上げる。後ろに控えるキュッテの矢先はぶれにぶれていて、ラランは足をもつれさせながらなんとか前進できている状況だ。
「しっかりしろ」
 おおよそ予想はできていて――だからこそここにいるレイチェルの、仕方ないなという声。
 フーレドの右側で激しい風が起こった。飛びかかろうとしていた狼が後ろに倒され、近くにいた敵も次々に引き裂かれ噛み千切られる。
 黒いもやの間を、銀の狼が華麗に踊っていた。
「ほら、ぼんやりしない。今なら倒せそうだろう? それとも本当に、その程度の想いで、この死線に立っているのか?」
 穏やかな声に促され、我に返った三人が弱った狼に攻撃を開始する。フーレドの剣がふらついていたハティを突き刺して霧散させ、キュッテの矢は額を貫いた。
 銀狼から人の姿に戻り、帰還したレイチェルが瞬く。
「父上」
「俺も手伝うよ」
 勇者に全く興味がないルナールではあるが、可愛い娘が噛んでいるとなれば話は別だった。
「というわけで三人組。手助けはしてやるから、死なずに頑張れよ?」
「とりあえず俺か父上が攻撃した敵を狙え。これならあたるって分かっただろ?」
「はいっ!」
 三人組の震えは収まっている。レイチェルが小さく笑った。
「もうすぐ月の撃破に入る。キュッテ、準備はいいな?」
「はいっ」
「フーレドは父上と周辺警戒! ラランは援護!」
「はいっ!」
「……父上」
「任せておけ。たまには父親らしく、娘にいいとこ見せないとな?」
 白銃を携えたルナールが、にぃっと口の端を上げる。
「頼んだ。……無理言っちまって本当にわりぃけど、心強い」
 娘も、よく似た笑みを浮かべる。

 接近した巨人が拳を振り下ろす。
 直撃した土砂が噴き上がり、重力に引かれて瀑布となり落ちてきた。それでも攻撃の手は止まらない。
「前衛の皆さんは巨人の攻撃が届かない位置に展開してください」
「どれだけ頑丈でも、あれは直撃を避けるべきものです」
 魔導書と羽筆を握り、絶えず援護を続けるリンディスが口早に指示を出す。玉兎の効果をいくつか上乗せした結界術が、赤い月に絡みついていた。
「なかなかにしぶとい。ですが」
 む、と眉を顰めていたルリの目は、新円の月に刻まれたわずかな亀裂を確かに見た。
 数多の攻撃を受け、それは徐々に広がっていく。
「さっさと砕けろ!」
 やがて、葵が祈りとも怒りともつかない声音で叫び。
 夕焼けの丘で、夜を待っていた月が砕けた。
「オ、オォォ」
 きらきらと夕日を浴びながら、赤い月だったものが雨のように降ってくる。
「オォォオ……!」
 巨人が激高し、次のフェーズに入ることをリンディスが告げて。
 ハティを引き連れて戦場を飛び回るイナリが、笑った。

「やるじゃない。思ったより早いわ!」
 くるくるとイナリは次々襲いくる爪と牙をかわす。
 これから巨人攻略が始まる。見るからに硬そうで一撃が重いことも見てとれたが、勝てるとイナリは踏んでいた。
「誰も死なせない。誰も失わない。まとめて経験値の足しにしてあげるわ!」
 次の場所に移ろうとしたイナリの細い腕に、ついに狼が噛みつく。
 魔力障壁がダメージを通さないが、牙の跡は確かに残った。
 苦い顔でそれを押さえ、イナリは次の場所に毒霧を発生、瞬間的に移動する。
「ちぃ、攻撃は耐えられても、出血までは防げないか」
 痛みは薄く、体力は持って行かれる感覚。ふん、とイナリは強気に顔を上げた。
「……いいわ! この我慢比べ、最後まで付き合ってあげるわ! かかってきなさい!」
 巨人討伐の邪魔をさせないために。できるだけ冒険者たちの負担を減らすために。
 稲荷神の新人眷属狐は戦場を走り回ると、改めて決めた。

 ハティの群れに襲われないよう気をつけつつ、葵は巨人アスクの側面から攻撃を仕掛ける。
 葵の狙撃はアスクの硬い皮膚装甲を破るとはいえ、その頑丈さに辟易していたころ――なにかが見えた。
「あ? なんスかあれ? 人?」
「人。恐らくエイランダ」
「あー。オレたちの無様な姿を見ようって?」
 空中を飛び回り、被害が多いところに回復をかけているルリの推測に葵は納得する。
 戦場から離れたところで、頬を引きつらせながらこちらを窺っている例の悪徳貴族。
 絶対逃げるだろうな、あとでとっ捕まえよう、と葵は胸に誓った。ルリは素早く羽ばたいていく。
「人の形をしている、というところから着想を得たのですが」
 ふと、暴れ回る巨人を見ながら玉兎は呟く。
「構造的な弱点も人間と同様なのでしょうか?」
 乱戦の音の中、その声を拾った葵が「ん?」と首を傾け、横目で玉兎を見る。
 巨人の踏みつけに巻きこまれ瀕死になった冒険者を、即座位に癒して戦線に復帰させたリンディスも聞いている。
「ええ、例えば」
 すっと玉兎の手が動く。
 破壊力を上げた結界術が、アスクの股間に絡みついた。
「オォオオオ!」
「効くようですね」
「おぉぅ……」
 思わず内股になりかけた葵はどうにか自制する。
 大半が男性の冒険者たちは目の前のことに必死で巨人に気を配る余裕などなく、逆にそれが幸いしたのかもしれないと、リンディスはちょっと遠い目で思った。
「……いえ、別に自分で触れるわけではありませんし。ここが効くなら脛なども有効かと」
「そっスね……」
 どうにか葵は頷く。
 巨人が怒りに満ちた目で玉兎を見た。

「イナリ! 三歩右に行って伏せろ!」
 突然言われ、イナリは返答するよりも先に動いていた。
 頭上を銀色の彗星が奔ったのが一瞬だけ見える。すぐにそれが美麗な銀狼と分かった。続いて矢が飛び、銃弾が撃ちこまれる。
「イナリお姉ちゃん!」
 体を重くしていた異常がまとめて消える感覚があった。燐光が視界の隅に移り、ようやくイナリは伏せていた体を起こす。
 相変わらずハティはすぐ側に何体もいたが、レイチェルとルナールの攻撃に、キルシェの光翼の余波を受けたためか、すぐに食いついてくることはなかった。
 さらには頭上から治癒の光が降ってくる。
「助かるわ」
「……ボクを崇めてみますか?」
「それはちょっと。怒られると思うし」
 いや分からないけど。崇めようとしてできるのかも分からないけど。
 口の中で続けたイナリに、そうですかとだけ返して、ルリはまた次のところに向かう。キルシェも応援の言葉をかけて、リチェルカーレを走らせた。
「私も、次行くわ」
「おう」
 回復したイナリも前方に移動する。ハティを引き連れて、できるだけ戦場の外縁へ。時間を稼ぐために動く。
「ぜんっぜん、痛くなんてないのよ」
 どこか誇らしげに。

「やれやれ、月が堕ちた以上、もう増えはしないだろうが。それにしても敵が多いし、味方も多いときた」
 範囲攻撃を打つのも一苦労だと、ルナールはひとりごちる。レイチェルはイナリに群がる狼を引き裂いている最中だった。
 無造作に引き金を引く。
 狼に転ばされ、噛みつかれかけていたフーレドの上で魔物は霧散した。
「た、助かりました」
「君は眼前の敵に捕らわれすぎだ。もっと周りに意識を向ける癖をつけた方がいいぞ。隙だらけだ」
「はいっ」
「それと、仲間の動きも気に掛けるといい。自分個人だけが『やらなくてはならない』のではなく、最終的に『全員で勝ち残る』ために動くんだ」
 力強く頷き、フーレドはしっかりと立つ。
 三人とも疲労の色は濃かった。だが、弱音は決して吐かない。
 精神的にも技術的にも、レイチェルとルナールの教えの甲斐あって三人は急速に成長していた。
「習うより慣れろ、とはよく言ったものだ」
 すぅとルナールは目を細める。

 相棒に乗ってキルシェは走る。
 ハティに襲われながら。巨人の攻撃の余波を時に浴びながら。夜が近づくことよりも、行く先々に負傷者がいることの方がキルシェを焦らせた。
 それでも必死に、冷静に、光翼を展開して、血を流したり移動できなくなったり、回復を受けつけなくなったりしている人々を癒し、ついでにちょっとだけハティを傷つけていく。
「頑張ってくれるのはいいけど、あんまり無茶したらめっ! なのよ!」
 たまに、瀕死になってなお果敢に仲間を庇おうとする冒険者を叱って。
 そしてそのたびに、天から光が降る。
「ルリお姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。ボクの信者になりますか?」
「んー?」
 ちょっとよく分からなかった。
「まぁいいのです。何人かボクを崇めそうな人も見つかっていますので。それより」
 つい、とルリが巨人に目を向けた。
「終わりは近いようです」
 空の端が、じわじわと夜に浸食されている。

 巨人の股間と左胸、頭の一部は大きく欠けていた。
 それでも古の怪王種は立ち続ける。攻撃し続ける。一度は瀕死に陥りながら、咆哮ひとつで致命傷を塞ぎ、憎悪に満ちた目を向けてくる。
「いい加減にしろっての!」
 肩で息をする葵も無傷ではなく、無言の玉兎も多くの傷を負いながら、それでも戦いを諦めてなどいなかった。
「ここは、結末の定められていない、数多の物語が交差する場所」
 今まさに、そうである伝承の丘。
 リンディスは物語を励起し続けながら、言を紡ぐ。
「ですが、この戦いは勝利という終わりを迎えるでしょう」
 葵が、玉兎が、最後の力を振り絞って巨人を打破しようとする。
 一方で桁外れの巨躯が動き、邪魔な人間を排そうとしていた。――しかし。
「直に夜がやってくる。貴方はもうお休みなさいませ」
 玉兎の結界術が脛を砕いた。たまらず巨人が膝を突く。
 なにかを求めるように伸ばされた手は、葵によって半ばから砕かれて。
 唇を引き結んだ玉兎が攻撃を重ね――ついに。
 どう、と凄まじい音を立てて巨人が倒れた。
 静寂。
 人々もハティも、思わず動きをとめる。
「月は必ず沈み、夜明けに至るのです」
 ぽつりとリンディスが言った。
 跳ねる呼吸を極力抑え、玉兎が宣言する。
「わたくしたちの勝利です。残党狩りを始めましょう」
「イナリ!」
「待ちかねたわよ!」
 葵に呼ばれたイナリの元気な返事が皮切りとなり、冒険者たちの間から歓声が上がった。


 信じられなかった。
 巨人が倒れ、狼の群れが次々と霧散させられた。ミーミルンドから与えられた至高の武器が、イレギュラーズと冒険者の前に敗れた。
 ミーミルンド様に報告しなくてはならない。助けてもらわなくては。
 ひっ、ひっ、と引きつった呼吸を繰り返しながら、エイランダは撤退を始め、
「どーこ行く気っスか?」
「こんばんは!」
 さり気なく接近した葵と、皆にギフトで作ったお水を配ってきたキルシェに挟まれた。
「よお、初めましてだよな?」
「いい夜じゃないか。なぁ?」
 さらにレイチェルとルナール、無言の三人組の姿をみとめ、ついにエイランダから力が抜けた。
「は、は……」
 乾いた笑いが洩れる。
 ミーミルンドに陶酔した男の、紛うことなき敗北だった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。

冒険者たちに死者はなく、エイランダも無事に捕獲されました。
三人組もこの戦いを経て大きく成長を遂げたようです。

ご参加ありがとうございました!

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