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シナリオ詳細

<ヴィーグリーズ会戦>身に余る嫉妬に終焉を

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●四面楚歌
 イレギュラーズが大挙してこの世界に現れたのはたった数年前の出来事だ。
 正直な話、この頃は彼らに対して悪い印象は抱いてはなかった。他の貴族はどうだか知らないが、むしろ私はローレットの統制もあって「律儀な傭兵」と好意的にみていた節すらある。
 善なる仕事も汚い仕事も、すべからく請け負ってくれる。そのような傭兵達ならば、異世界の出身だの異形だの些細な事だ。どうしても気にする奴はいるだろうが、そんな者は商売の蚊帳の外にすればいい。

 段々と話がおかしくなったのは、奴らが『果ての迷宮』に足を踏み入れ始めてからだ。
 伝説が眠るあの地の踏破は、我々の悲願だ。幻想国家が成り立った理由でもあり、存在意義ともいえる。
 祖先の代から育まれた意思を継ぐ事こそが、我ら高貴たる者の責務。その責務を、イレギュラーズが土足で踏み荒らされたと知って私は激怒した。
 あの無能な王や、他の貴族が栄光を手にするのはまだ我慢出来よう。筋は通っている。だが彼らはどうだ。果ての迷宮への入場権どころか、一握りの人間が数十年、あるいは百年以上かけて手に入れる地位や財産や、広大な領地を、『勇者』という称号を、このたった数年で我が物としているのだ!!
 こんな理不尽があってたまるか。長年仕えてきた我らの功労が、あんなポッと出の者達に劣るというのか。
 そう思い立ってから、私は同じような考えを抱いている者を探した。そうして行き着いたのが――。

「だから、いったじゃない。ミーミルンドなんかに関わるからこういう事になるんだって」
「うるさいっ、黙れ、黙れ、黙れッ! 襲撃に失敗してよくもぬけぬけと!!」
 目の前の薄汚い獣種の女は、畏れ多くも私を諫め始めた。正直、子供の頃からコイツの事は好かなかった。同年代で貴族の出自、社交界で一度は面と向き合う事もあろうものだが、此奴は私のダンスの誘いを鼻で笑い……。
 ……いや、そんな事はどうでもいい。今もっとも憂慮すべきは、ミーミルンド派に加担してあれやこれやと手を出したせいで領地が軍隊に取り囲まれているという事だ。
「どうすればいいニーア!! お前だって、両親の仇たるイレギュラーズが幻想国家で幅を利かせるのは嫌だろう?!」
「あぁ、そうね。だから旧知の貴方のところに転がり込んできたんだし。私、魔種になっちゃって頼れる人が貴方くらいしかいないのよ」
 雌犬め。とってつけたように擦り寄るような事を言いやがって。
「何よ。嘘は言っていないわよ。それはともかく、抵抗手段は考えてる? 生き残った暗殺者さんや私が獅子奮迅の活躍したって、大将首の貴方を逃がす程の機会は望めないわよ」
「…………い、潔く降参すればせめて家名までは」
 心底から呆れられたような顔色を浮かべられた。くそが、お前がもっと上手くやっていれば……。
「どうすれば……どうすれば生きていられる……? まだ、私は、死にたくない……」
 ニーアは、その言葉を待っていたとばかりにニヤリと笑ってみせた。
「だったら、今こそ押し込めてた『アレ』使えるんじゃない? 気に入らないヤツの領地にぶっ壊す為に用意しておいた。怪王種(アロンゲノム)を、さ」

●生物厄災
 『狗刃』エディ・ワイルダー(p3n000008)がミーミルンド派貴族の討伐について、続報を持って来たかと思えば難しい顔をしていた。
「大将首や暗殺者達なぞは軍隊に任せて、俺達は魔種を討伐すればいい。そういう話のはずだったろう?」

 事の順序を追って今回の事を説明しよう。
 まずイレギュラーズの領地が襲撃された一件において、その実行犯のいくらかを殺さずに捕らえる事に成功した。
 彼らは意識を取り戻すなり逃走しようとしたり自殺しようとしたり四苦八苦したが、情報を得る手段については手の内にいくらかある。そういう手法を使っている内に、実行犯の一人が折れた。
「……エンヴィー・テネシティ男爵が……」
 そこからは話が早い。的を絞って調べ上げられる。奴隷商売に加担していたのは親交のある貴族達にとっては明白で、「一緒にされては敵わん」とばかりに確定的な情報をこちら側に差し出された。
 そして前の戦いにおいては、イレギュラーズの働きでテネシティの片翼ともいえる密偵頭を削いでいる。あとはイレギュラーズが匿われてる魔種を討伐し、幻想国家の兵士が数の暴力でテネシティ男爵を縛り上げるだけ、と思われたが。

「怪王種か。滅びのアークの影響を受けた魔物。あるいは動物。だったか? 練達の生物学者の受け売りだが」
 それが突如として領地から放出されて、敵味方問わず兵士を踏み潰して戦場を混乱に陥れた。
 モンスターの体長は十数メートルに及ぶ。中くらいの鯨、といえば想像しやすいだろう。もっとも、その巨体が陸にあがって干からびるでもなく巨大な足を持ち上げ叩きつけてくるのだから最悪だ。
「報告からしてそのモンスターの動きは緩慢にして愚鈍だが、マトモに攻撃を受けたら余程でない限り倒れる結果に陥るだろう。攻撃がハズれる事を祈るしかないな。幸いにして近接戦以外に攻撃手段を持たぬようであるが――」
 それと一緒に戦っている魔種ニーア、そして暗殺者達が油断を許さぬ。後者は以前の戦闘で手負いかつ数が少ないが、魔種の方については万全で戦いを挑んでくるに違いない。
 魔種や怪王種が野に放たれたら? 最悪なケースだ。こいつを食い止める為に幻想国家の兵士がどれだけ死ぬか……。
 エディは難しい顔を改めて、覚悟を決めた表情でイレギュラーズの方へ向き直った。
「彼女にどれだけ恨みがあろうが、このまま暗躍され続けて幻想国家を壊されるわけにはいかない……我々が幻想国家の敵でない事を今一度示す時だ。健闘を祈る」

GMコメント

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●成功条件
・ニーア=ド=ラフスを撃破する。
・怪王種『愚鈍の砂鯨』を撃破する。
・エンヴィー・テネシティを捕縛、または殺害する。

●ロケーション
 エンヴィー・テネシティの領地。幻想国家の兵士がそれを囲っていましたが、突如として現れた巨大モンスターと魔種に蹂躙され、士気が低下し戦線を崩しつつあります。
 幸いにして敵もそれは同じで、軍隊としての能力が十全には機能していません。
 ただしエネミー側の一部の兵士は、統率の元になんとか戦線を維持しています。こちらも友軍の士気を立て直すか、領地から兵士を連れてくるなどして対抗する必要があるでしょう。
 士気を立て直す事に成功すれば、戦闘において味方兵士NPCの援護や判定に恩恵が得られます。

 魔種ニーア・怪王種の両方を討伐する事が完了すれば、戦力が上回っている味方側の軍隊が相手の軍隊を鎮圧する事が可能になるでしょう。
 相手は逃走経路を作る為に必死で暴れ回っています。イレギュラーズ側が敗北すると、幻想軍は瓦解し、必然的に討伐対象に逃げられる事になるでしょう。

●士気ボーナス
 今回のシナリオでは、味方の士気を上げるプレイングをかけると判定にボーナスがかかります。

●エネミー
『愛憎の』ニーア=ド=ラフス:
 アルヴァ=ラドスラフの姉を名乗る魔種。
 化け物じみた高い身体能力(HPと物理攻撃力とクリティカル)、そして行動阻害のBSを使いこなしてこちらの動きをかき乱してきます。また、相手の防御を掻い潜る奇妙な武器を使ってきます。

怪王種『愚鈍の砂鯨』:
 テネシティの領地に隠されていた十数メートルの巨体を持つアークモンスター。体が膨れ上がるように膨張して、元が何の生物だったのか分からない状態。
 絶食状態にあったのか捕食あるいは挽き潰したりといった近接攻撃を仕掛けてきます。
 戦っていた兵士達の話からよると、幸いにして反応と機動の低さが目立ち、レンジ・《中距離》以上の攻撃がないようです。至~近。
 とてつもない攻撃力を持っている為、油断は大敵です。

暗殺者*4
以前にアルヴァの領地に攻め込んできた暗殺者達。
 状況に応じて小型の武器を器用に使い別けてくる。戦術的な行動が多いのが特徴。
 加えて、一般兵に対する統率能力を持っています。彼らが前線を張り続ける限り、直近にいる兵士達は恐怖を堪えて戦いを続けられるでしょう。

一般兵*20
 魔種、怪王種を活用するように立ち回りながら戦況を維持している一般兵達。
 暗殺者達の指揮のもと、化け物に対する恐怖をギリギリのところで堪えているような状態です。
 攻撃力の低い雑兵と呼べる存在ですが、彼らに連続で攻撃された隙をニーアや砂鯨に狙われると致命的にも成り得ます。

●味方NPC
『狗刃』エディ・ワイルダー
 水準的な性能を持った近距離主体の前衛傭兵。【不殺】を持っている。

  • <ヴィーグリーズ会戦>身に余る嫉妬に終焉をLv:10以上完了
  • GM名稗田 ケロ子
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年07月06日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

レッド(p3p000395)
赤々靴
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
シラス(p3p004421)
超える者
グレン・ロジャース(p3p005709)
理想の求心者
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き

リプレイ

●勝つ為の手段
 エンヴィー・テネシティ。譜代にてその地位を確固たるものとしている貴族である。
 その政治力は優等にして、軍略・戦略の才は並以下。土地を富ませる事に注力しすぎて防備を整える事を疎かにした。
「奴はそういう人間だと噂に聞く。魔種を討ち取ろうと思うな。イレギュラーズがアレさえどうにかしてくれれば、後はオレ達の勝ちだ」
 指揮者にそう諭された兵士達は四方からテネシティの領地を取り囲み、己が責務を果たす事に徹する。
 領地を取り囲む壁のほとんどは木造で、山賊や魔物といったものを防げる程度でしかない。我々なら、容易く打ち破れる。
 そう分析していると城壁が唐突に爆ぜた。城壁の上に立っていた敵の兵士がこぼれ落ちて、断末魔と共にトタン板を叩きつけたような鈍い音が響く。
「……!」
 魔種が出撃してきたのか、何かしらの兵器を投入したか。その両方を頭に入れて、指揮者は前衛に楯を構え直させる。
 粉塵によっておぼろげにしか見えなかった事態は、時間が経つにつれてその姿を判然とさせた。
 ――ボリ、ガリ……。
 硬い何かが金属を削り、小枝のように骨が砕かれる音が聞こえてくる。指揮者はおそるおそる目を凝らした。
「あれは……なんだ? 変な大きな塊が……敵の兵士、くってる……?」

 テネシティの領地から巨大な化け物が出現したという報せは、瞬く間にイレギュラーズの元に伝わった。
「魔種を匿っていた時点で手段選ばずだとは思っていたが」
 伝令から渡された書簡を、他のイレギュラーズと一緒に目を通す『名を与えし者』恋屍・愛無(p3p007296)。
 首尾良く領地を取り囲んでいた兵士達が、一転して士気崩壊の状態。
「圧倒的有利なはずだったのに、たった一体の化け物が暴れただけでこのザマか……!」
「喰われるというのは本能的な恐怖を与える。戦い慣れした兵士であっても、パニックになるのは仕方ないだろう」
 同じ戦区に派兵していた貴族の一人が嘆くと、愛無は妙に説得力のある言葉で宥める。
(――それに、ただの化け物ではないな。滅びのアークの影響を受けたモンスター……一般兵が太刀打ち出来ないのも致し方ない事だろう)
 愛無はそう考えながらも、話相手が卒倒しかねない様子だったので言葉は呑み込んでおいた。

 イレギュラーズが出撃準備を整えている合間にも武装した人間がぞろぞろと集まってきた。どうやら領地から派遣された味方側の援軍のようだ。
「行軍スピードを考えるに全軍あてるとはいかないが」
 先に貴族を宥めていた愛無は、少数の選りすぐりを呼び寄せてくれたようだ。もう一部隊の方は、赤毛の幼い女の子が兵士達を率いているのが目を惹く。
「ツェッペリン家お抱え軍隊! アーデルハイト・フォン・ツェッペリン! ただいま到着したのだわ!」
「ツェッペリン? 鉄帝の?」
 彼女の名乗りを聞いて、兵士の一人が驚いた顔をした。幻想と鉄帝は戦争をするような間柄なのは周知の事実だが……。
「魔種が暴れ回ってるんだ。国が違うから、っていうのは無しだぜ?」
 『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)が、一応の忠告をする。驚き顔だった兵士は「無論。救援感謝致す」とアーデルハイトとグレンに敬礼を向けた。
「ふふん、幻想の為に鉄帝が動くのは政治的に面倒だけど……魔種討伐かつイレギュラーズの助力なら別ね!」
「そうさ。乗り掛かった舟ってな。オレも暗殺者共にも先日の借りがある」
 そうして集まった援軍二部隊の特徴としては、防御・耐久の援護といった方向に長けている事だろうか。反面、兵数の関係もあって攻撃的な作戦など無茶には向きそうにない。
「俺も知り合いに死んでほしくなんかはない。特攻とかはそういうのは厳禁だ!」
「えぇ、敵領主の退路も断ってみせるわ!」
 愛無もそれに頷く。頼り甲斐があるだろう。

 二人が呼び寄せた兵士については概ね予定通りだったが、『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は、集まった自分の兵士を見て怪訝な顔をした。兵数が足りないだとかそんな事ではない。
「ヘドウィン」
 山賊アガりの新兵達が、以前の襲撃から重傷の癒えぬまま参戦しにきたからだ。傷口が化膿して安静にすべき者もいる。他の兵士以上に、死ににいくようなものだ。
「……足手まといにはならぬようにする」
「相手が相手だ。確実に死ぬぞ」
「以前の事の罪滅ぼしになろう……」
「…………」
 テネシティの企てた襲撃で、山賊アガりの新兵やそうでない者も多く死んだ。アルヴァとてそれは腹立たしい。
 そういった風に苦い顔をしていると、ヘドウィンはアルヴァの義手にそっと拳を当てて悪い笑みを浮かべた。
「アルヴィ――いや、アルヴァ殿。こうやって山賊アガりを呼んでくれたという事は、あちらの正規軍じゃなくて、“山賊向き”の仕事があるって事だろう?」
 変に聡いところがあるのは相変わらずか。アルヴァは諦めたように溜息をついて、自分の兵士達に考えを伝えた。
「……任せたい事がある」

「ハハハ、素晴らしい! 実に素晴らしいぞ!!」
 アークモンスター――愚鈍の砂鯨が板金鎧を噛み砕き、熟れたザクロのように人間を食い殺すサマを城壁のタレット(張り出し櫓)から眺めて、エンヴィーは舞い上がっていた。
「味方の撤退が済んでから使うべきだったのでは……」
 傍を護衛していた密偵の一人が思わず声を漏らす。テネシティは不愉快そうに舌打ちする。
「なんだって? いいじゃないか。勝ってるんだ!! このままなら逃げ果せる事も……いや、アレを引き連れて他の戦場を蹂躙してやるのもいいな――アッハッハ――」
 おいたわしや。窮地の余り、自分の部下が喰われている事も分からぬようになってしまったか。
 密偵達は悲しげな表情を浮かべてから、顔を伏せる。しばらくしてタレットから飛び降りていった。自軍の兵士達と共に戦闘を行うらしい。
「ん、どうした? おい。何故、櫓を降りる。オレを護らないか」
 密偵達は主であるテネシティの言葉に応じる様子はない。
「見捨てられちゃったわねぇ」
 テネシティはそんな声がした方に慌てて振り返る。そこにはニーア=ド=ラフスが柱に背を預けていた。
「いつから見ていた」
「最初から最後まで。……味方ごと巻き込むのは仕方ないとしても、心痛むフリくらいしなさいよ」
 ニーアからそう諭されて、テネシティは不気味に笑う。
「僕は助かりそうだから喜んでるんだ。君だって、幻想の人が憎いって言ってたじゃないか。幻想の人が死んでるから、喜ぶべきだろう?」
 ニーアは適当に頷きながら、タレットの中で敵の増援到着を視界に捉えた。邂逅の時きたれり。そう言わんばかりに、ニーアもタレットから飛び降りようとする。
「いかにも冷静を装っているが、僕は全部知っているんだぞ! お前が考えている事も、“弟にやらかした事”も――」
 ――テネシティがそれを口にした瞬間、頬に手のひらが飛んできた。
 衝撃と痛みで床を転げ回るテネシティ。それを激情がともった目で見下すニーア。
「……最低」
 ニーアは拒絶するように吐き捨てると、そのままタレットから飛び出し戦場に舞い降りていった。

●縦横無尽
「ま、魔種はイレギュラーズがどうにかしてくれるったって、こんな化け物たって、か、かてるわけ……!」
「ひぃぃ!!」
 十数メートルはあろうかという怪物の出現に、その場にいた兵士達は敵味方問わず恐慌状態に陥っていた。
「た、隊列を崩すな!! 魔種を取り逃してしまえばそれこそ――あぁァーっっ?!!!」
 比較的勇敢な指揮官など、恐怖に抗おうとする者はいた。されど無策で踏み留まろうとする彼らこそが怪物に舌で舐め取る形で呑み込まれ、周囲にいた兵士達の恐怖をなおさら掻き立てた。
 砂鯨は素魚を嚥下したような動作を取って、また舌をだらりと出す。
 そうして、腰を抜かして動けなくなった一人の兵士を舐め取ろうとした。
「なんつーもん飼ってんだよ。ここの糞領主は」
 舌で大地が薙ぎ払われる直前、黒獅子がその兵士を抱きかかえ、寸前のところで助け出す。『月夜に吠える』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)だ。
「あ、ありがとうございます……」
「いいって事よ。にしても、こいつは奴隷市みてぇにラサあたりから流れてきたか……? だとしたら笑えねぇ話だが……」
 ルナは化け物を観察して、その周囲の状況に少し驚いた。自分と同じく兵士を助け出したり、攻撃を躱して軍隊の立て直しを図ろうとする猛者が敵軍にいたからだ。
「あいつら、アルヴァの領地を襲った奴だ!!」
「あれが、へぇ……」
 グレンがそう大声で叫ぶと、イレギュラーズはそれらが事前情報にあった密偵達である事を認識する。リーダー格は打ち倒したと聞いていたが、油断出来そうにもない。
 なにはともあれ、まずは幻想の兵士達を立て直すべきだ。一部のイレギュラーズはそう考え、行動に移した。
「よく持ち堪えてくれた、ここは任せて一旦退いてくれ」
 真っ先に危惧すべきは、一般兵が無策で砂鯨に戦いを挑んで無駄死にが出る事だ。
 アルヴァはそれを避ける為に、兵士達に一旦退く事を強く勧めた。
「し、しかし退いたとて我々でアレを倒せようか……」
 兵士の一人が率直な恐怖を述べる。十数メートルの人食い怪物。一般兵にとっては、ヒトの見た目をしている魔種よりも分かりやすい恐怖の象徴として戦場に君臨する。
「そうか、象徴か」
 愛無は納得したように頷いてから、一人のイレギュラーズを見つめた。『竜剣』シラス(p3p004421)だ。
「……何かオレの顔についてる?」
 愛無はヒソヒソと短く相談してから、あらんかぎりの大声をあげる。
「聞け、兵士達! ここに――そう、『竜剣』のシラスが参戦したぞ!」
 それを聞いて、兵士は敵味方共にバッと顔をあげてそちらの方を見る。新世代勇者――士気高揚の象徴として相応しい事この上ない。
「我々の目的は逆賊と魔種の討伐! 魔種と怪物は勇者と我々に任せよ! 弓や銃、それらを手に持って取り囲め!」
 愛無の演説によって、兵士達は慌てて武器を持ち帰る。意図を察した他のイレギュラーズも、立て続けに指示を出した。
「魔種やら怪物やら、怖ぇのは分かるぜ。それが当たり前さ。だが今抱くその恐怖を、女子供、大切な誰かへ味わわせない為に。化物相手は俺達ローレットの英雄サマに任せな!」
「ハッハー! そんだけの好条件で逃げちゃあ、末代までの恥ってもんさ!!」
 グレンの口上に続けて、挑発的に扇動する『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)。
 そこまで言いつけると、シラスの眼前まで凄まじい勢いで密偵の一人が飛び込んできた。
「おぉっと……!」
 突き出された小刀を、シラスは手刀で弾き落とす。武器を失った密偵は、後ろから飛んできた援護を楯に武器を切り替える。そうやって再びイレギュラーズ達と対峙した。
 ブライアンは少し慌てたようにエディの尻を蹴って指示する。
「hey! エディ! アンタの出番だぞ!」
「ッ!! ……あぁ、だが相手はシラスを殺す気満々だぞ」
 彼らの得意とする集中攻撃戦法を思い返して、苦い顔をするグレンとアルヴァ。
 相手は、勇気の象徴となったシラスを倒す事で活路を見出そうとしていた。

「勇者候補ならびにイレギュラーズが加勢に来たっす!」
 『赤々靴』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)。イレギュラーズが敵を引き付けている合間にその誘導の元、兵士はなんとか退いて陣形を立て直そうとした。
 兵士達に傷がいくらか見受けられる。それらを癒やす為、レッドは天使の歌を奏で歌った。
「回復術とは、助かる……」
「♪――♪――……野郎ども、治療が終わったら気張っていくっすよ! ここから反撃開始っす!!」
 兵士達の回復具合から考えると、一般兵同士の流れ矢で一撃死といった事態は防げるだろう。
 援助としては限りなく上々。他の者達のおかげもあって、士気に問題はなかろう。あとはアーデルハイトや愛無の兵士達と合流させれば……。
「に、してもイレギュラーズは若い子供も普通にいるとは聞いていたが。アンタみたい小さい子がこの戦場に出るとはね」
「へへー。ちょっと許せない事があってっすね。厄介者をけしかけた人も、厄介者も、あの女も……」
「あ」
 ……?
 一人の兵士が間の抜けた声を出した。兵士やレッドは何事かと振り返る。
「どうしたっす?」
 反応が無い。
 その場の一人が不安に駆られて、その兵士の肩を掴んで揺らす。
 揺らした拍子に、そうであるのが当然かの如く――彼の頭部がごとりと地面に落ちた。
「っ!!!!」
 その場にいる兵士全員の視線がその生首に注がれる。刹那、何者かがそれと逆方向から姿勢を低くして前のめりに走り込んできた。
「ぁ、げぇ……!?」
 また一人の兵士が斬り殺される。それを経て兵士達はようやく敵を視界に捉え、慌てて武器を構え牽制する。
 レッドは目の前に現れた敵を睨み付け、怒りでわなわなと震えながら言った。
「……ニーアさん。今度こそ逃がさないっすよ!!」
「レッドちゃん、今度こそ貴方は殺してみせる」

●暴風再到来
 ニーアが後方に斬り込んできたというのは、他のイレギュラーズの元へすぐ伝わった。
「相変わらず魔種は味方同士で連携する気はないか」
 放置されていた楯を遮蔽に、敵兵士からの矢玉から逃れるエディ。
 敵兵士の少数は、破れかぶれに近い状態ながらも遠距離武器でこちらの動きを阻害してくる。
「退け! その位置は潰されるぞ!!」
 密偵が大声をあげた。兵士の一人が危うく砂鯨の巨体に潰されかけたが、なんとか避けきる。
「Oops! 相手もやるねェ」
「……それぞれ違う方向性で厄介が過ぎる」
 密偵側は兵士達を指揮。その兵士達は制圧射撃。そうして釘付けにされた兵士を砂鯨という化け物が丸呑みにしていく。
 だが、しかし、イレギュラーズの領地から派遣された精鋭達はそれに怯む事なく、意気揚々。援護射撃を構えた。
「腰抜け幻想人どもに鉄帝人の気骨を魅せるチャンスよ!」
「良い気概だ。撃ってくれ」
 シラスはアーデルハイト達の援護を背に、密偵へ指を構えて閃光の遠術を撃ち放つ。
「……!」
 対象とされた密偵はシラスに弩を撃ち返した。ボルトがシラスの肩に突き刺さるが、彼は怯む事なく指先から閃光を連射する。
「ひとつ──」
 密偵が一人沈む。戦果に大はしゃぎするアーデルハイト。だが休む暇もなく、砂鯨が歩行するついでに楯を潰していった。
「――もっと大きい遮蔽物を用意しなさい!!」
 アーデルハイトは隊に組み込んでいた幻想兵が恐怖しているのを感じ取って、一喝。このやり取りに『救海の灯火』プラック・クラケーン(p3p006804)は「やれやれ」と頭を掻いて、砂鯨の方に進み始めた。
「き、危険です! 後ろの部隊が全員来るまで――」
 兵士の一人に制止されるプラック。プラックは即座に振り返るや否や
「俺達を信じろ!!」
 そういう言葉で怯える兵士を黙らせた。ルナも面倒臭そうにしながらも、幻想の兵士達を諭すように言った。
「まぁ、誰かがやんなきゃなんねーんだ。あいにく後方には誰かさんの姉ちゃんが斬り込んでて、軍全体の立て直しは遅延してる」
「アーデルハイト。俺も砂鯨の抑えに向かう。そっちは幻想の、特にひよっこ共を守ってやってもらえるか」
「構いませんわ。それに、グレンは大丈夫よ。なんたってわたくしが鍛えたんですもの!!」
 どやどやとした誇らしげなアーデルハイトの態度を見て、プラックとルナとグレンの三人はすぐさま砂鯨の方に向かった。

 視点は後方へ退いた部隊の方に移る。武器を構え、牽制しているレッド達に対してニーアが斬り込もうとしたところだ。
 その中間地点に、神風一陣。空中から何かが叩きつけるように降下して、ニーアの突撃を食い止めた。
「よっす! 鳥種勇者のカイトっていうんだ。よろしくなっ!」
 ――『鳥種勇者』カイト・シャルラハ(p3p000684)。
「……海洋の有名人さんね。噂は聞いた事あるわ」
「おぉっ、そうか?! そりゃ光栄だ。お前さんの弟さんにはよくお世話になってるぜ?」
 そういう言葉を交わしている内に、『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)を筆頭に魔種到来の報せを聞きつけたイレギュラーズが次々と参戦した。
「……私、海洋から恨まれる事をした覚えはないのだけれど」
 以前の大号令に名を連ねる者が集い、ニーアは面々を茶化すように言う。
「アンタとは直接の因縁は無いが、知り合いの腕を切り飛ばされた借りがある」
「そうともさ。アイツ航空猟兵なんて立ち上げてるんだけどよ。片腕じゃあ、不便な事が多いって――」
 会話の最中、突然ニーアが逆袈裟に腕をふるう。カイトはすぐさまゼフィラの目の前を切り払うかのように三つ叉槍を動かした。すると鎖状の武器が地面に叩き落とされる。
「……へぇ、反応いいのねアナタ」
「悪いな。どういう攻撃かはアルヴァやレッドから聞いてるんだ」
 まるで意思を持ったように袖へ引き戻されていく鎖剣。全く知らねば反応のしようがないが、知っていれば反応出来なくはない。
「二人ともアルヴィと親しいのね。今はお姉さんに反抗するくらい勇ましくなってくれたけど、小さい頃はもっと可愛かったのよ」
「フッ……彼を守るなんて言えるほど強くはないが、傷を癒やすことは出来る。私の目があるところで、彼を害するなら邪魔させてもらうよ」
「そうさ、アイツ最初の頃はるぅるぅ鳴いてたんだ。それが今ではすっかりと立派に前を向いて立ち向かってる。立派な勇者だよ、アイツは」(――その姉の攻撃は防ぎづらいったらありゃしねぇぜ、ったく)
 だが特殊な機動を描くだけに防ぐのは容易くない。いつの間にか手の甲に怪我を負ったカイトは、思わず冷や汗掻いた。
「怪我人は私の後ろへ。ただし、あの魔種には近づかないでくれ給えよ。さすがに守り切る自身はないからね。治療なら任せ給え。死なせはしないさ」
「は、はい……」
 兵士やレッドを後ろに隠すようにして、陣形を組むゼフィラ。制圧射撃が効を成す機会を窺わせる。
 そうしてカイトとニーアが第二合に入ろうかといったところで、ニーアに向かってコールタール状の粘膜塊が飛んできた。
 ニーアはそれを腕で防ぐ。すると、どうか。防いだ部分の衣服が溶けた挙げ句、肌がじゅくじゅくと焼け爛れたように炎症を起こした。
「いかにも自信ありげだが。無敵ではないらしいな」
「姉さん!!」
「…………」
 愛無、アルヴァがついに辿り着いた。これでイレギュラーズは五人。ニーアは参戦したイレギュラーズの半数近くが魔種の討伐に宛てられた事に気が付き、バツが悪そうに舌打ちをした。
「おおかた砂鯨か密偵が暴れている間に、『アルヴァ君自身』か――『アルヴァ君と親しい者』を討ち取ろうとしたのだろうが。どちらかにマークしてしまえば対処は容易かったよ」
「……ご明察」
 愛無が冷静に指摘すると、さすがのニーアもそれには苦笑した。弟自身に思考を読まれたならまだしも。
 ここでイレギュラーズが二人程度なら強引に撤退する手段を想定していたが。五人ともなれば撤退は容易くない。弾込めを終えた一般兵達がニーア目掛けて斉射し、それらを回避する機動を先読みしてカイトやアルヴァが挑発めいた一撃を見舞う。
「さて、おしゃべりもこのぐらいに。一曲(一局)踊ってくれませんか?」
「姉さん、これ以上好きにはさせないよ」
「……くく、くくくっ……」
 ニーアは胸が痛くてたまらない。物理的にも、精神的にも。
 兵士達の銃口が狙いをつける。撤退を許さぬ形でカイト、アルヴァ、愛無が陣形を組む。怪我をした者をゼフィラが癒やす。レッドは作戦通りに他のイレギュラーズの支援に向かう――四面楚歌。
「降参してくれ。姉さん」
 アルヴァが、そうニーアに呼びかける。その返答代わりに攻撃が飛んだ。投げつけられた刃を防いだ義手がギャリギャリと甲高い音を立てる。
「腕、治らなかったのね」
「……うん」
 ニーアは一瞬だけ複雑な表情を見せたが、すぐにまた狂気じみた笑顔を浮かべた。
「あは、はっはっは――そうね。じゃあ、そう、お友達諸共、両腕、両足もぎ取っちゃえば、逆らわないようになってくれるかしら?」
 ――ニーアはそう宣って、カイトとアルヴァの両名に狙いを定めた。

●『詰み』
「見事だ。だが……!」
「っっ、二つ!」
 二人目の密偵に拳を叩き入れる。ここにおいてはシラスに対して矢玉が集中。矢が刺さる痛みに怯んでいる間、他の密偵に背中から斬り付けられた。
「ぐぅっ……!」
 一旦、膝をつき意識を失いかける。パンドラの力で、なんとか意識を引き上げた。
 回復役のゼフィラ、レッドが後方へ磔にされているのが何よりも辛い。
 そちらに近づく事も考えたが、敵兵がニーアを支援する形となる事をイレギュラーズの達はもっとも危惧していた。
「勇者として、退くわけにはいかないね……」
 シラスは力なく笑う。人数差もあってこの戦況はあまりよろしくない。
 再び、密偵達の集中攻撃が展開される。密偵からの攻撃を片方、エディが庇った。
「エディ!」
「なぁに、壁くらいにはなる……」
「間に合ったっすか!!」
 ここにおいて、レッドがいくらかの兵士を引き連れて到着する。即座にシラスを回復し、兵士には牽制にあたらせた。
「統率と士気が乱れた今が好機っすよ!」
「やるねぇ! さて――Hey! 臆病者ども! でっかいパパが居なくちゃ戦えないのかい? なんつってな! ハッハー!」
 仕切り直しに間合いを測る密偵達に対して、ブライアンが高笑いしながら挑発を述べた。
「乗るな。我らの責務を果たすぞ」
 密偵達にとっては、シラスを殺せるかどうかで相手の士気をかなり左右出来る。だから彼が最優先の討伐対象だ。
「魔種に尻尾を振った挙げ句、幻想人同士で殺し会うのが責務だって? ハッ、ご立派な暗殺者精神だな!」
「…………」
 ブライアンがそう罵ると、ついに片方の密偵がその挑発に応じる形で斬りかかった。
「とち狂ったか!」
「両方倒せばよい。その上で同胞達を逃がす」
 斬りかかってきた密偵の態度は、清々しかった。
 ブライアンは思わずニヤリと笑いながら、イモータリティを発動して切り傷を塞いでいく。
「二の太刀を使わせてもらうぞ」
「オーケイ! 3でも4でも付き合ってやる!」
 密偵の拳からソニックエッジが飛んだ。スピード技の有力打。ブライアン相手に全力で仕掛けてきた。
 顎にソレが突き刺さり、脳が揺れる。意識が揺らぐ。――体が凍り付く
「やったか!?」
 ――ブライアンはギッと相手を睨み付け、相手の顔面に頭突きを返した。アイアース。凍り付いた体をムリヤリ動かして、攻勢に転じた。
「ハッハ……ラフファイトなら負けない、さ……」
 シラスやエディの剣撃、以前の戦いの負傷の積み重ねで、死に体寸前になってしまう。
 形勢が決まったとみて「ぜぇぜぇ」と息をつく三人。異常な数の集中攻撃に対して、一人も倒れずよくやれた方だろう。
「…………竜剣、敬意を表して、真っ向勝負で仕留めたかったが」
 シラス達は再び身構えるが、二人の密偵は掛かるよりも何故かその場からの移動を優先した。逃げる? いや――。
「砂鯨を遣う!!」
 密偵達はそう叫び声をあげる。大きく距離を取っていた砂鯨に対し、陣形を組もうというのだ。

「うぉっっっと!!!?」
 砂鯨の周囲にて、ルナ、グレン、プラックの三人が目の前の怪物を引き付けていた。
 ルナは砂鯨の攻撃を上手くそれを避けてみせたが、マトモに当たれば彼が危惧する通り一発KOなんて非常事態になりかねない。
 砂鯨は捕らえ難いエモノに飽き飽きしたのか、他の場所へ向かおうとする。しかしグレンやアーデルハイト達が刃物を前に突き出して移動を牽制する。
 そんな勇気ある混合軍の中でも、こんな怪物相手ではやはり被害は出てしまう。一つ動いただけで数人の一般兵が血飛沫と化した。
「うっ……」
 幻想兵の顔が怯む。よく見知った者達が、数人死んだのだ。それも一瞬で。
「気持ちは分かるぜ……こんなの、そう何度も防ぎ切れるもんじゃねえってのは分かってる。一撃防ぐのも命懸けだ」
 グレンの腕がガタガタと震える。一発、二発、完全に防御しきっているというのに筋肉が悲鳴をあげた。意識が飛びかけた。精神的にも「いつ殺されるか」という恐怖がジワジワわき上がってくる。
 だがしかし、全員この場を逃げるわけにはいかない。ルナもグレンも、再び砂鯨の注意を引いた。
「……死線を楽しむ趣味はねぇ。だが危機にこそ笑ってやる。俺を挫こうとする全てに抗ってやる。『やれるもんならやってみな』ってな!」
「ったく、ワリに合わねぇ仕事だぜ……」

 プラックは攻撃範囲を見極めるように空中を飛んでいたが、それゆえに戦場の状況に気付いた。
「……まずい」
 密偵達が砂鯨の方へ陣形を組むように動いた。シラス達がそれを追いかけ、死にかけだった一人の密偵を仕留める。残り一人――それが声を大きくあげ、一般兵達の指揮を執る。
 プラックは砂鯨に全力で足止め、あるいは状態異常を付与して味方を支援していた。しかし、制圧射撃が相手から来ると話が変わる。
 最悪だ。十全に機能させ続けると絶対に……イレギュラーズの誰か死ぬ。
 プラックは自分の気力を鑑みた。――まだまだ行ける。例の技は、まだ放てる。

 密偵と兵士達はひた走る。竜剣が撃ち放った閃光で、また一人やられた。
 まだだ。イレギュラーズの一人、二人を殺せば、そこから盤面は引っくり返る。そうでなくとも、主の逃げる隙くらいは出来るかもしれない。
 そう考えていた密偵の足元が揺らいだ。ぬかるみにはまったような感触がした――いや、違う? 浅い湖? こんな平原のド真ん中に?
 密偵含め、兵士達が足元の変化に困惑の色を浮かべる。――この手の魔術を使える敵は誰だ。竜剣のシラスは違う。あの犬や、金髪の闘士も違う。上にいるのは、赤髪の海洋種……。
 ――――!!
「そこから逃げろ!!」
 密偵は何が起きているのか理解して、迅速に対応した。しかし遅かった。
 陣形を組んでいた敵一般兵の多くを呑み込む形で、地面から湧き出した大量の水が攫った。
 兵士達は数メートル押し戻された辺りで、ようやく体勢を立て直す。
「や、やろぉ!」
 彼らはプラックを見上げたまま怒り狂い、銃弾の多くを浴びせに掛かる。
 空中で防御姿勢に手間取ったプラックは、それらをマトモに受けてしまう。しかし彼の表情には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
「……おわった……なにかも……」
 この瞬間、密偵達の目的である『領主を逃がす』という現実味のある“戦術的勝利”は潰えた。一般兵達のいくらかが理性を欠いた上に、引き戻された真後ろに、シラスやブライアン達が迫っている。
 せめてもの悪あがき。密偵は上空にいるプラックへ弩を撃ち放つ。それはプラックを地面へと墜落させる。
「よっつ」
 それを最後まで見届けるまもなく、密偵の首は刈られるのであった……。

●悪あがき
 ニーアという獣種は、不幸な女だった。
 汚い仕事を家業とする親の元に生まれ、その両親には当然の如く天誅がくだった。
 幼い彼女を哀れに思う人間もいた事だろう。子供に罪はない。
 ……僕は優しいからね。そんな彼女へ御飯や金を恵みに行ったさ。その時に、何を目撃したかって? ……口にするのは、とても悍ましい。幼い弟に対してむごすぎる“つたない拷問”さ……。
「僕がその事をありのまま弟クンへ伝えたら。キミはどう軽蔑されるんだろうねぇ? ふふ、あっはっは……」
 タレットから優雅に戦況を眺めるテネシティは、密偵らが全滅したのを見届けて諦観混じりに笑っていた。

「ねえ、姉さんはあの時どうして俺の記憶を消したの?」
「……」
 アルヴァがそう詰め寄ると、ニーアの顔が酷く歪んだ。その隙を突くようにして、カイトが斬り込む。
「長く長く、どこまでも踊ろうぜ? ……なーに、戦場に赤い華が咲いてキレイだろ?」
 すれ違いザマに、両者の手腕から血しぶきがあがる。カイトの意識が飛びかける。回復を考慮してもダメージレースにおいてはカイトの方が不利か。

 ――浅い!!

 今の一合、ニーアの方が優位に立ったというのに彼女は焦った。
 腕が異様に痺れる。カイトという傭兵自体が素早いせいもあるが、愛無とかいうウォーカーから与えられた傷に不快感が纏わり付く。マトモに攻撃が入らない。
 カイトが瀕死のダメージを負って、ゼフィラの元に一旦引き下がる。ニーアが追撃しようとすると、入れ替わりで愛無が立ち塞がった。
「化け物殺しの手段としては定石だろう」
「化け物なんて、レディに失礼な子ね。貴方の方がよっぽど化け物じゃない?」
 斬る、叩き伏せる、薙ぎ払う。ニーアは他の攻撃を華麗に躱しながら、腕に仕込んだ暗器と格闘術を使い別け、愛無を攻撃する――その一撃が真芯を捉えた!
 愛無は口から「べっ」と黒い液体を吐き出す。黒い返り血にまみれたニーアの腕が、先ほどと同じように焼け爛れていた。
「貴方、厄介ね。そんだけ受けて倒れないなんて。ホントにモンスターか何かじゃない?」
「……」
 愛無は意識が朦朧とする。かなり、効いた。それだけに反撃の企ても上手くいった。カイトが回復する時間を稼げたし、戦果としては十二分だ。
「命乞いしてみる? そうしたら見逃してあげるかも」
 愛無に武器を突き付けて他のイレギュラーズを牽制し、ニーアは勝ち誇ったようにくすくすと笑った。常人ならウソでも命乞いするかもしれない。――だが愛無は歴戦のイレギュラーズだ。この程度で怯えなかった。
「……命乞い代わりに……弟か、その親しい者を討ち取ると思い至った理由を教えてやろうか……」
「えぇ、是非教えてくださる?」
「――嫉妬だ」
「?」
 首を傾げるニーアに対して、愛無はまっすぐ指を突き付けた。
「最愛の弟を奪い取りたいと宣って――結局のところは、彼が羨ましいんだろう。自分に持ってないものを持っている。友人も、栄誉も……『自分はこんな酷い目に遭っているのに』……だから、奪い取る事だけに躍起になってるんだろう? そんなものは愛憎といった高尚なものではない。ただの嫉妬――いや、漫然たる『憤怒』だ!」
 この期に及んで愛無は、彼女の内命を罵るように挑発した。
 それが当たったか当たっていないかは判然としないが――ニーアはその物言いに笑みを酷く歪め、激怒した。愛無の胸元に暗機を突き刺す。
 ――結論からいえば、ニーアは防御姿勢を取るべきだった。
「このタイミングを逃すな!」
 ゼフィラが兵士達に向かって大声をあげた。幻想兵が慌ててニーアを射撃し、ニーアが弾を弾き飛ばす瞬間に、愛無配下が予測していたように主の体を引き下げる。
「終曲(局)といこうぜ!」
 復帰したカイトから多重残像の一撃。最悪の形で当たり、ニーアは足の骨を砕かれるが、恐ろしい執念で彼の肉体をカウンター気味に切り刻む。
「ぐっ……アルヴァァーー!!!」
 気絶する直前、カイトが大きく叫ぶ。ニーアはハッとした表情でそちらを振り向いた。
「……終わりにしよう姉さん。もう、休んで良いんだ」
「アルヴィ、違う……私はっ……!!!!!」
 ニーアは愛無からの指摘を今更になって弁明しようとしていた。その悲痛な顔を見て、アルヴァは泣き出しそうになる。しかしここで迷うわけにはいかなかった。
 思えば、彼女がずっと幻想を憎み続けたこと、ずっと苦しみ続けたこと。その事を考えれば、平穏に暮らせていた自分を憎く感じても不思議ではなかった。
 彼女が正気に戻って、ちゃんと話し合う時間さえあれば――奇跡が起これば――
「違う、違うッッ!!!!!!」
 彼女はそう叫びながら、アルヴァの義手でない方の腕をそぎ落とそうとチェーンエッジをふるう。
「…………さようなら、姉さん」
 アルヴァの構えた魔導狙撃銃から、銃弾が数発放たれた。

●化け物殺し
「プラック、おい、死ぬな!」
「頭が血で真っ赤になってるっすー!!」
「バカッ!! こいつは元々だ! いや、確かに血は出てるが……」
 ルナと怒号と、レッドの天使の歌の詠唱が聞こえる。プラックはその騒がしさで起こされる事になり、意識を取り戻した。
「ん、あ、あぁ……」
 肩の骨が折れた感覚がする。落ちたところをルナに助け出されたか? 痛む体に鞭を打って、周囲の状況見やる。
 ――お、おい密偵の人達はどうした……?
 ――討ち取られた? そ、そんな……。
 指揮能力がある者が討ち取られ、敵の一般兵は士気の低下が甚だしい。
 いや、勇敢にも踏みとどまろうとするものはいるにはいた。しかし――
「ぎゃぁぁぁあ!!!」
 そんな勇士でさえ、砂鯨との間合いを見誤り呆気なく体を挽き潰された。
「……命が惜しけりゃとっとと逃げな! てめぇら捨て駒にして逃げ算段立ててる連中の為に命懸ける必要はねえだろ?!!」
 グレンの声が響く。あまりの一方的な事態に、敵にすら逃げる事を呼びかけていた。
「……むごい」
 そう声が漏れると同時に、緊急事態に対してプラックは十全にやってのけた事を自覚した。思わず笑みがこぼれる。
「おいおい、何ニヤけてんだ? 目の前に化け物がいんだぞ!」
「そうっすよー! グレンさんがー、グレンさんがぁー!!」
 見る方向を変えれば立ちはだかるのは砂鯨の巨体。その眼前にはグレンとアーデルハイトの一隊が踏み留まっている。
 部隊ともども叩き潰そうとする化け物の腕を、グレンは聖盾ルキウスで殴りつけるようにはじき返す。
「……回避し切れずとも、最小限に抑えて防いで見せるのがアーデルハイト直伝の、Z式防戦術の真髄ってな!」
 頼もしく仲間を庇い続けている。しかしもはや一隊ともども死に体だ。これ以上任せると、彼は死ぬだろう。
「こっちもこっちでかなりまずいな、どうにかしなければ……」
 半死半生の自分が入れ替わるかどうかプラックが考え込んでいると、自分達の頭上をまたがるかの如く火矢の嵐が飛来してきた。――幻想の軍隊だ!
 砂鯨は火の飛来に、苦しむように身もだえをする。その隙に、イレギュラーズや兵士は陣形を組み直した。
「Yes! 間に合ったな。こっちの仕事は上手くやったぜ。――なんか平原真ん中で津波が起こったが」
「あぁ、そりゃ……俺だ」
「なに!? ハッハーやるじゃないかプラック!」
 ブライアンは賞賛のつもりか、プラックの背中をバシバシ叩く。折れた骨がスゴクイタイ。ゼフィラはそのやり取りに苦い笑いを浮かべながら、イレギュラーズのそれぞれの生存を確認した。
「よしよし、君達はいずれも死んでないね……続けていけるかい? 兵士諸君」
「はい!」
 牽制射撃の準備は万全だ。ルナはこの状態を待ちわびていたように、両の拳を打ち鳴らす。
「遅ぇんだよ! 待ちくたびれたぜ!!」
 盤面が整うとルナは砂鯨に対して飛び込んでいく。勢いそのままに、砂鯨の粘膜部に爪を立てた。
 ――怯んだ!
「でけぇの頼むぜ、グレン!!」
 ルナに呼びかけられ、グレンはすぐさま動いた。連鎖行動――
「今まで散々いたぶってくれたな……これは仕返しだ!!」
 防御に使っていた聖盾ルキウスが、意思の力を纏い光った。その光は大型の刃の如く射出され、衝撃は砂鯨を突き貫いて身体部位を切断する。
「――――!!」
 マトモに攻撃が通った。切断された腕が地面に落ちて、砂鯨は痛みにもがきながらグレンを叩き殺そうとする。
「――もういっぱぁァーっつ!!!!」
 グレンは意思は、したたかに遂行された。気力の消費が大きいにもかかわらず、連打となる形でフォースオブウィルを発動する。
 幻想兵達の援護射撃を伴いながら、一閃の光が砂鯨の腕を通った。
「――!! ……――……」
 砂鯨は、身体を支えていた両腕を失う。体を支える事が出来なくなり、やがて怪物は息絶えた……。


●一匹の犬、二匹の犬
「はぁっ、はぁっ……!!」
 タレットから飛び出したテネシティは、領地から逃げだそうと城壁内を駆けていた。
 もちろん、逃げられるわけがない。士気を取り戻した幻想軍が周囲を取り囲んでいる。
 だが当初の思惑通り――どうだろう? ここで自ら投降してしまえば、世間からは「潔い」として評価されるかもしれない。名声は守られるのだ。いや、そんな事は……どうでもいい。あの、にくったらしいニーアに一矢報いてやる事が出来れば……。

 そう走っていると、何者かに足を引っかけられた。
「いだぁっ!!」
 テネシティは地面に転んだ。鼻の頭がこすれて血が流れる。
「エンヴィー・テネシティだな?」
 ドーベルマンの傭兵――エディ。彼は愛無の兵士と共に、『万が一にもテネシティが逃げないように』とイレギュラーズから頼まれていた。
「はは、にげ、逃げようなんてしてない。降参だ。投降しようとしていた! 軍人なら良識ある対応を」
「俺は軍人じゃない」
「傭兵か? なら、金を出す! だから命は――いや、君達に情報がある。魔種ニーアについて、アルヴァくんという子に伝えたいんだ。それを話したら、この身はどうなっても――」
 エディは少し驚いた表情をした後に、テネシティを哀れむように目を細めた。この貴族にとって最悪の不幸だったのは、その場に居たのがエディだけでなく『愛無の』配下だった事だ。
 エディはここに来るまでの間、ニーアに対しての推察を愛無から聞き及んでいた。
『――本当に弟を見ているのか疑問はあるのだが。結局の所、嫉妬というモノは他者ではなく己の内面に向かうモノでもあるのだろう』
 ニーアの感情を考えるに、この男が伝えようとしている事は絶対に碌な事ではない。生かして捕縛するとしても、絶対にアルヴァへ会わせていけない。
「ま、まて。話を――いいのか!? アルヴァに……アルヴィに二度と、二度と彼女の真相を伝えられないんだぞ!!!!」
「……それが話すべき事なら、彼女本人から聞くだろうさ」
 それを聞いて呆気に取られるテネシティ。エディはその首筋に手刀を入れて意識を刈り取った。






「……姉さん。最期くらい弟らしい事をさせてよ」
「………………」
 アルヴァは、ニーアの手に自分の右手を重ねていた。
 あの後に起こった事をありのまま書き記せば、数発の弾丸が彼女の臓器捉え、その衝撃でチェーンエッジの機動が狂った。
 彼女は、アルヴァと同じく片腕を失った挙げ句、多くの臓器を弾丸で貫かれ不能にされた。
 特筆すべき事は――ニーアがそれでも息があった事だ。しかし魔種といえど、生存は不可能。マトモに動けず、もって数分。散々苦しみ抜いた挙げ句、死ぬ。

 …………これを奇跡と記述するのは――あまりにも残酷ではあるまいか――……

 レッドは回復の詠唱を手向けるべきか一瞬だけ考えたが、ニーア自身から「……そんな事したら今度こそ殺してやる」という言葉が返ってきた。まだ口答えする元気がある事に二人は驚く。
「……本気で殺そうとしてたっすか?」
「さぁね……おどかしてからかってただけかもしれない……」
 ニーアは力なく、からからと笑った。曖昧な受け答えだが、たぶん――殺す事が目的ではなく、アルヴァを自分の手元に取り戻そうとしたのが真実だと思う。アルヴァがどう考えているか分からないが、レッドは彼女の表情からそう感じた。
「姉さん、俺……昔の記憶の事――」
 そう言いかけてから、ニーアの瞳に真正面から見つめられた。意味ありげなその視線に、アルヴァは何もいえなくなる。
「……いい子ね。『姉さんの言いつけを守って。全部、忘れてしまいましょう?』」
 アルヴァは、ぐっと唇を噛む。何も、聞いちゃいけない。問いただしてしまえば、姉を今以上貶めてしまう気がした。
「父さん、母さん……生きてるって?」
「うん……仲間の人からそう聞いた」
「……私の代わりに、探してくれる?」
「……うん……」
 それを聞いてから、ニーアは満足そうにニコリと笑う。
「……散々迷惑かけてごめんなさい。レッドちゃん、赤い靴さん? これからも、アルヴァと――」
「…………」
 レッドは、ニーアの返事を伝える機会はなかった。
 ニーア=ド=ラフスは、伝えたい事を伝える前に力つきて……死んだ。

成否

成功

MVP

恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣

状態異常

グレン・ロジャース(p3p005709)[重傷]
理想の求心者
プラック・クラケーン(p3p006804)[重傷]
昔日の青年
恋屍・愛無(p3p007296)[重傷]
終焉の獣
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)[重傷]
航空指揮

あとがき

 

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