シナリオ詳細
<ヴィーグリーズ会戦>北の決戦 ~魔種領主を討て~
オープニング
●いざ、ヴィークリーズへ
贅を尽くした調度品に飾り立てられた部屋の中で、ロシーニ・クブッケ領主オブト・ロイ・クブッケは受け取った手紙を握りしめながら、わなわなと震えていた。
「ミーミルンド卿を討とうとは、痴れ者共め……! やはり、暗愚は暗愚であったか……!」
オブトが手にしている手紙には、王位簒奪を狙うミーミルンド派を討つべく幻想の騎士団やイレギュラーズ達が進撃しており、ミーミルンド派貴族はヴィークリーズの丘でそれを迎え撃つとの報が記されていた。
オブトは、現幻想国王である『放蕩王』フォルデルマンを暗愚として見下していた。それでも、オブトの悪徳を見過ごす様なタイプの暗君であれば、まだ価値があると言えた。
だが、フォルデルマンの治政の下で、オブトによって面白からざる事件が起こっている。その最たるものは、北の隣領バシータに善人ぶった成り上がり者の小娘、『バシータ領主』ウィルヘルミナ=スマラクト=パラディース(p3n000144)が領主として赴任してきたことだ。
「下賎なる軍人上がりの善人面した小娘」と、「先祖代々からの栄えある貴族」であるオブトとでは、元々反りが合うはずがなかった。その仲を決定的に険悪にしたのは、初夜権を嫌ったある新婚夫婦がバシータへ脱出し、ウィルヘルミナがそれを保護したことだ。この際、オブトはウィルヘルミナを軍事力で恫喝してその新婚夫婦を返還させたが、ウィルヘルミナに依頼されたイレギュラーズの襲撃によってその身柄を奪還されている。
この件に関しては明確な証拠がないために、ウィルヘルミナはオブトの追求をのらりくらりとかわしていた。だが、状況から言えばウィルヘルミナとイレギュラーズが黒としか言いようがない。事実、オブトのその考えは当たっていた。
それ以来、オブトはウィルヘルミナやイレギュラーズを憎悪したが、その矛先はウィルヘルミナをバシータ領主に任じ、イレギュラーズにまで領地を与えるフォルデルマンにも向いていた。
なればこそ、オブトが王位簒奪を狙うミーミルンド派に傾倒するのは、当然の成り行きだったと言えよう。
ともかく、現体制とイレギュラーズ達がミーミルンド派を討とうというのであれば、オブトとしても座しているわけにはいかない。
ミーミルンド派には巨人や古代獣も加わっており、さらには巨人の長フレイスネフィラが『黄昏の秘術』で大戦力を用意すると言う。いくらイレギュラーズ達がいたところで、返り討ちは必定であろう。
だが、それだけにヴィークリーズの丘での決戦に参戦し、ロシーニ・クブッケ領主オブト・ロイ・クブッケここにありと示しておかねばならなかった。そこで武功を挙げて、新時代で重き立場を得るために。
「誰かおるか! 急ぎ、出撃の準備をさせよ!」
張り上げる様なオブトの声に、使用人達はわたわたと慌てながら応じていく。オブトの居館は、騒々しい雰囲気に包まれていった。
●ウィルヘルミナの依頼
「新田、オブトを討ちたいか?」
「ええ、もちろんですよ」
ウィルヘルミナの居館に呼ばれて開口一番にそう問われた新田 寛治(p3p005073)は、きっぱりと即答した。
オブトがウィルヘルミナ殺害を狙いバシータに侵攻しようとした際、寛治は仲間達と共にオブトを討とうとした。オブトは仲間達の領地への襲撃を企てた黒幕であり、あまつさえ魔種なのである。とても、生かしておいてよい存在ではなかった。
だが、寛治達は惜しくもわずかに力及ばず、オブトを討つことは出来なかった。その戦いで昏倒し戦闘不能に陥った寛治は、意識を回復すると共にすぐにオブトを追撃せんとしたが、重傷の身で敵の領内に突入して魔種を相手しようと言うのはさすがに無理があり、ウィルヘルミナを含む周囲から制止された。
故に、ウィルヘルミナも自身の問いに寛治がYESと答えることは想定済みである。
「では、私から依頼を出すとしよう。見事、オブトを討ってみせろ」
寛治の返答を確認したウィルヘルミナは、オブトを討つ依頼を出すと告げると、その詳細の説明に入っていく。
幻想の王位簒奪を狙うミーミルンド派と、幻想騎士団やイレギュラーズ達が、ヴィークリーズの丘で激突する。その戦いが、幻想の今後を決定することは疑いない。
ウィルヘルミナはロシーニ・クブッケに忍ばせている密偵から、オブト自らヴィークリーズの丘での決戦に参戦するべく準備を整えていることを知った。
「オブトの軍は、大軍だ。もしそれがヴィークリーズの丘に到着してしまえば、オブト自身が魔種と言うこともあって、戦況は大きくミーミルンド派に傾くだろう」
仮にミーミルンド派に勝たれて王位を簒奪されれば、ウィルヘルミナは領主の地位どころか命さえ危うくなってしまう。ウィルヘルミナに限らず、バシータや周辺地域の平穏はオブトの悪徳によって乱され、無辜の民衆達も苦しむことになるだろう。
「故に、オブトがヴィークリーズの丘での決戦に参戦するのは阻止したい。そのためにも、お前達にはオブトを討ってもらいたいのだ」
もちろん、イレギュラーズ達だけで大軍の中にいるオブトを討てるはずはない。それを可能にするためにウィルヘルミナは、ヴィークリーズの丘に進軍するオブトの軍勢の後背を自身の軍で急襲して斬り裂き、寛治達イレギュラーズをオブトの元まで送り届けると言う。
「だが、この作戦は成功すればよいが、失敗すれば私達はお前達と共に、大軍に圧し潰されて死ぬしかなくなる。
私達の生命、この地域の民の幸福、幻想の運命……それらを背負うと識った上で、なおこの依頼を受ける気はあるか?」
「もちろんです――今度こそ、必ずやオブトを討ってみせましょう」
ウィルヘルミナはスッと目を細め、鋭い視線を投げかけつつ寛治に問うた。依頼を受けることで背負う重責を敢えて口にして、その覚悟を確認しているのだ。
寛治は当然、ウィルヘルミナの問いの意味を理解している。その上で、寛治はしっかりとウィルヘルミナに断言してみせた。
●敵軍、斬り裂いて
「反逆者ミーミルンドに与しようと、ついにロシーニ・クブッケ領主オブトが動いた。
我々はその背後を急襲し、彼らイレギュラーズをオブトの元まで送り届ける!」
居館の庭で、ウィルヘルミナが集まっている兵達を前にして告げる。その数はおよそ五十。その視線が向いているウィルヘルミナの横には、寛治達イレギュラーズ十名がいた。
「オブトがミーミルンドの元に到れば、ヴィークリーズの丘の決戦は奴らの勝利に終わるだろう。
そうなれば、オブトはこのバシータをも飲み込むに違いない。
お前達も、オブトの非道は知っていよう。それが、お前達の家族に、恋人に、友人に降りかかってくるのだ!」
ウィルヘルミナが告げた未来を想像した兵士達は、ゴクリと唾を飲んだ。より強い緊張が場を包むのが、イレギュラーズ達にもわかる。
「この一戦は、それを防ぐ重要な戦いだ。我々は、何としてもイレギュラーズ達を無事にオブトの元まで送らねばならない。
それさえ出来れば、勇者たるイレギュラーズ達が必ずやオブトを討ち果たす!
だから――お前達の愛するこのバシータと、ここに住む大切な者達を守るために、どうか命を貸してくれ!」
ウィルヘルミナの檄に、うおおおおっ! と兵士達は意気高く気勢を上げた。
――バシータを起ったウィルヘルミナとその兵士、イレギュラーズ達は六十騎の騎兵となって、ロシーニ・クブッケの街道を突き進んでいった。
「逆賊オブトの軍が見えたぞ! いいな! 己の武勲よりも、敵を斬り裂いて勇者達を逆賊オブトの元に届けることだけを考えろ! ――突撃!」
やがてオブトの軍勢が見えると、ウィルヘルミナは兵士達に命令を下してから、先頭を切ってその中に突撃する。兵士達も、ウィルヘルミナに続くべく突撃した。
オブトの軍は大軍とは言え、街道を長蛇の列となって行軍中ということもあり、突然の背後からの急襲には対応出来なかった。ウィルヘルミナと兵士達は電光石火の如くオブト軍の兵士達を蹴散らし、オブト目掛けて軍勢を斬り裂きながら突き進んでいく。
しかし、どれ程の敵を蹴散らした頃だろうか。オブトの軍の指揮官達が急襲に対応しつつあることもあり、ウィルヘルミナ達の突撃は前進するペースを落としていった。
ついには、ウィルヘルミナ達は立ちはだかる敵兵を突破出来なくなってしまう。だが、漆黒の全身鎧に身を包むオブトまでは残り百メートル強にまで到っていた。
「往け、イレギュラーズ! 我々の命運は、お前達に託した! 必ず、オブトを討つのだ!」
ウィルヘルミナの叫びを背に受けながら、イレギュラーズ達は残りの距離を詰めるべく邪魔する兵士達を蹴散らしていくのだった。
- <ヴィーグリーズ会戦>北の決戦 ~魔種領主を討て~Lv:30以上完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年07月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●出撃の前
幻想北方、バシータ領領主の居館。その中に、九人のイレギュラーズがいた。ヴィークリーズの丘での決戦に参戦せんとするロシーニ・クブッケ領主オブト・ロイ・クブッケを討てという、『バシータ領主』ウィルヘルミナ=スマラクト=パラディース(p3n000144)の依頼を受けた『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)と、寛治が集めた仲間達である。
「濾紙がどうのこうの……ええ、もちろん聞き覚えはありますよ。例の暗殺者からあの名が出た時は驚いたものですが」
オブトを討伐すると聞いた『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)は、努めて冷静な様子で言った。利香はオブトが関与して利を得ている奴隷オークションを潰したことがあり、さらにその報復として仲間に送られた暗殺者と対峙したこともあった。
「まあ、首跳ねてやるつもりの腐れ貴族の名を正確に覚えてやる義理はないのよね。
だって悪徳なだけでも死に値するってんのに、反転までしてるんですもの、ねえ?」
「悪徳領主で魔種とか救いようがないな。
さて、悪徳領主だから呼び声に応じたのか。それとも呼び声によって魔種になったから悪徳領主になったのかは気になるところだが……死体に聞く訳にも行かないしな」
夢魔として魂を食らうことさえ忌々しいとばかりに利香が吐き捨てれば、『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)もオブトの在り様に呆れた様子を見せる。
腕組みをしながら卵が先か鶏が先かと言うような思案をする錬だが、すぐにそれを打ち切った。どちらにしろ死体にすることには変わらず、そうなれば尋ねようもないのだ。
「魔種の悪徳領主が罷り通る社会……幻想の抱える問題も、随分なモノだね」
はぁ、と嘆息したのは、『猫神様の気まぐれ』バスティス・ナイア(p3p008666)だ。もっとも、バスティスとしては腐った根は取り除く手伝いをするのもやぶさかではない。人の変革に協力するのも、神であるバスティスの役目なのだ。
「――高ぶりは滅びに先立ち、傲慢は倒れに先立つ。それが世を乱す為政者であるなら、殺人刀にて滅するのは必定」
悪徳貴族にして魔種が相手とあれば、刀を執る理由に不足はないと、『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)は仕込み刀である白杖の持ち手を強く握りしめる。
「年貢の納め時、二度あることは三度ある……いや、この場合三度目の正直というやつ? 俺は二度目だけど」
『死の痛みを知る者』クロバ・フユツキ(p3p000145)は寛治と同様、以前偽勇者による魔物退治を名目にバシータに侵攻しようとしたオブトと直接相見えたことがある。その時には、オブトを討伐することは出来なかった。口から出た言葉は今一つ決まっていなかったが、今度こそ確実にオブトを討ち果たさんとする意気は十分である。
(一度仕損じた仕事です。ここでリカバリーしなければ信用問題ですね)
この場にいる仲間達を眼鏡の奥から眺めながら、寛治はそう考える。実際には、前回オブトと相見えた時の依頼内容はあくまでオブトの撃退であり、それ自体には成功しているため、寛治達は仕事を仕損じたわけではない。だが、その際に目標としていたオブト討伐にまで至れなかったことは、寛治の心に忸怩たるものを残していた。
ましてや、今度の依頼内容はオブト討伐だ。ここで再度オブトを討ち損ねれば、寛治を信じて依頼を出したウィルヘルミナからの、またその話を聞いた者からの信頼は地に墜ちるだろう。そんな事態には陥らせまいと、寛治は静かに闘志を全身に漲らせた。
「不埒な悪行三昧貴族なんて、討たれる為に存在してるようなもんですよね!
このプリティシニャコに乗って、誰よりも疾く天誅をお届けします☆」
ウィルヘルミナの館の外では『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)がやる気満々の様子で、愛馬『プリティシニャコ』にたくさんの飼葉を食べさせていた。『プリティシニャコ』は気性が荒く、しばしば主人さえも振り落とすが、大食らいが満足するほどに餌を食わせると少しだけ大人しくなる性質を持っている。
「今日はお願いしますよ! たらふく食わせたんですから、大人しく言う事聞いてくださいね!」
黒鹿毛の愛馬の首を撫でながら、そう懇願するしにゃこであった。
●オブトの元へ!
イレギュラーズ達とウィルヘルミナ、そしてウィルヘルミナ麾下の兵達五十名は、馬を駆って街道を南へと突き進んだ。やがてオブトの軍に追いつくと、その後背から突撃を敢行する。
行軍中に背後から奇襲を受ける形となったオブトの軍は、大軍ではあったが容易く突き破られていった。だが、次第にオブト軍の兵士達に対応されて、その勢いも止まりはじめる。
「さてぇ、戦いはさらに激しくなりますね。きっと、生きては帰れない人もいるでしょう。
でも大丈夫。死になさい。二人で一人を、三人で二人を仕留めなさい」
体力は十分に温存したとばかりに、既に馬から降りた鏡(p3p008705)は、ウィルヘルミナ麾下の兵達にそう告げた。死を意識させる言葉に、兵達はゴクリと唾を飲む。
「私達は、私はぁ、アナタ達よりも、強い。アナタ達が死んでも私達がその何倍も敵を倒してあげます。あの親玉は、確実に私達が殺します。
――アナタ達の命は、無駄にはならない」
兵士達は、バシータにいる大切な人達を護るために死地とも言えるこの状況に飛び込んでいる。全ては、イレギュラーズ達をオブトの元へ送り届け、オブトを討たせるために。そうでなければ、バシータは戦後オブトに領有され、彼らも周囲の者達もオブトの悪政に苦しむことになるだろう。
それだけに、自信を持って告げる鏡の言葉と姿は、兵士達を奮い立たせた。自分達が命を失ったとしても、必ずやイレギュラーズ達がオブトの魔の手からバシータの人々を護ってくれるはずだ、と。
ついに、オブト軍の兵士達によってウィルヘルミナと麾下の兵達の進撃は止まった。だが、漆黒の全身鎧に身を包んだオブトまではもうすぐの所にまで到っている。
「騎士の剣は何の為に振るわれるべきか――護るべきを護る為に、他ならず!
バシータ兵の皆さん! 此度は貴方達に、我が剣を捧げます!」
『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)はオブトの元へ至る前に、『輝剣リーヴァテイン』を天に掲げて高らかに叫んだ。
「皆さんも、皆さんが護るべき者の為に、その剣を存分に振るって下さい! 必ず全員で! この戦、勝って帰りましょう!!」
「オブトを討つまでの抑えは任せたよ! 気を付けて!」
「ここに居るのは百戦錬磨の英雄達です……総員、死ぬ気で私たちを信じて生き残りなさい!」
「勝利の報せには五分と掛からないでしょう……それまでの間、よろしくお願いします」
さらにリディアがウィルヘルミナと麾下の兵達に向けて呼びかければ、『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)、利香、寛治も続く。
オブト軍の兵士達と戦いながら、意気高くおおっ! と返す声を背に、イレギュラーズ達はオブトへと向かっていった。
●交戦、開始
(下卑たお楽しみを邪魔してあげた事もあった。私を殺そうと刺客を送ってきた来た事もありましたねぇ。
所謂因縁浅からぬ、という奴ですね。決して深くはないですけどね……)
雷光の如くオブトへと突き進む刹那、鏡はオブトとの因縁を思い出していた。始まりは、初夜権から逃れるべくバシータへと逃れた新婚夫婦をウィルヘルミナがやむなく返還した際に、そのウィルヘルミナに依頼されて新婚夫婦を奪還したことだ。
その報復として、利香が関わった件とは別に、刺客を送られたこともある。
「あぁ……アナタ、そんな顔してたんですかぁ。会うのは初めて、でいいですよねオブト君。
西郷くんは殺しました、次はアナタの――」
護衛の騎士達を縫うように突き進んだ鏡は、最後の二十メートルを瞬時に詰めつつ、目に見えぬ早業で抜刀しオブトに斬りかかる。常人ならば、上下に両断されていてもおかしくはない一閃。だが、鏡の刀はオブトの鎧の下の肉を斬るまではしたものの、仕留めるには至らなかった。
「……あれ? やっぱり斬れてないです? でもいいんですか? 私に見惚れてて?
今のアナタ、隙だらけですよ」
思ったよりも斬撃が通じていない様子に、鏡は首を傾げる。だが、その威力、特に強烈な衝撃までは鎧では殺し切れていない。突然の一撃に「ぐっ!」とオブトが呻いた隙に、やはり護衛の騎士達を突破しながらクロバと小夜が左右から迫っていた。
「名乗ったかどうか忘れたが。死神クロバ・フユツキ……六銭の代わりにこの名前を刻んでいけ!」
「お初にお目に掛かります、私めは盲の身ながら旅芸人をさせていただいております。ひとさし、舞など如何?」
「ぬうっ!?」
鬼神が繰り出すが如き焔を纏ったクロバの剣戟が、儚く散りゆく春の花を思わせる小夜の剣舞が、同時にオブトを襲う。鏡の一閃によって隙をさらしていることに加え、左右から同時に仕掛けられていることもあり、オブトは何らの対応も出来ないまま、次々と繰り出される二人からの剣閃に鎧を斬り裂かれ、その隙間から血を垂れ流していった。
「我こそはリディア・T・レオンハート――異界の騎士なり!
クブッケの騎士達よ、貴公らの武勇をこの私に示して見せなさい!
ふふっ、それとも――小娘一人、相手取る余裕もありませんか?」
リディアはオブトの周囲にいる護衛の騎士達を引き剥がすべく、馬上から『輝剣リーヴァテイン』の剣先を天に向けて掲げて名乗りを上げ、さらに護衛の騎士達を侮るように挑発を重ねた。ざわり、とした空気が護衛の騎士達を包むと、騎士達は一斉に敵意の篭もった視線をリディアに向ける。
「やっと会えましたね……さて、精々楽しく遊んでくださいますよね?
まさかまさか、魔種ともあろうものが――イレギュラーズとタイマン張れないなんてこと、ありませんよねえ?」
オブトの前に進み出た利香は、魅了の魔眼を発動させつつにこりとした笑みを浮かべて、オブトに問いかける。オブトの意識を、自身へと釘付けにするためだ。『傲慢』であるが故に、オブトは利香の言葉を捨て置くことは出来ず、利香をギロリと睨め付けた。
「そんな悪徳領主を護るのが、アンタの騎士道なのか? だとしたら、アンタの騎士道とやらは随分と安っぽいモノだな?」
護衛の騎士の一人に向けて、錬は嘲るような言葉を投げかける。同時に、符から数多の樹の槍を創り出し、護衛の騎士を穿つ。己の騎士道を嘲られた上に幾つもの樹の槍で攻撃された護衛の騎士は、殺意の篭もった目で錬を見据えた。
「ええい! 小娘の掌で踊る、痴れ者どもが!
よかろう! 決戦の前の肩慣らしだ! 貴様らなど、軽く蹴散らしてくれる!」
オブトはブン! ブン! と両手剣を左右に振り回し、至近距離にいる利香、クロバ、小夜、鏡を薙ぎ払う。その一撃は重く、四人に浅からぬ傷を負わせた。
護衛の騎士達は、錬の樹の槍に穿たれた一人を除き、リディアへと殺到する。集中攻撃を受けて瞬く間に傷を負っていくリディアだったが、勝算ありと言わんばかりに余裕の笑みを浮かべていた。残る一人は錬を攻撃するが、錬は符から氷の薙刀を生成して騎士の刃を受け流す。
「新田君、お願いするよ! 期待してるからね!」
「ええ、任せて下さい。――さて、お久しぶりです、オブトさん。
葬儀の準備が整いました。黄泉路へのお見送りサービスもお付けしますよ」
護衛の騎士達が動いて射線が通ったところで、バスティスと寛治が動いた。バスティスは寛治を激励しつつ、最適な戦闘行動を可能にする支援を施す。寛治は馬上で仕込み銃である黒いステッキ傘を構え、タン、タンと立て続けに二発の銃弾を放った。
弾丸は二発とも、鎧の破損箇所を通過してオブトの身体に突き刺さり、新たに鮮血を噴き出させていく。
「しにゃこ騎馬鉄砲隊、行きますよー! 面の皮が分厚い貴方の為に拵えた弾です! たくさん受け取ってくださいね♪」
そこにしにゃこが乗じて、可愛く飾り立てたライフルでオブトを狙撃した。寛治が撃ち込んだのと同様に、弾丸はやはり鎧の破損箇所を通過してオブトに命中し、さらに血を噴き出させた。
「おのれ、どやつもこやつも――」
「これが私の全力だ! その気力、尽く焼き尽そう!
蒼雷式電磁投射砲! 雷吠絶華ぁ!」
度重なるイレギュラーズの攻撃に苛ついたオブトの背後に回り込んだマリアは、自身の異能で生み出した紅い雷を凝縮した鎧を纏うと、さらに放電の出力を上げて蒼い雷を身体の周囲に纏う。
そのエネルギーを以て自分自身を射出することで、マリアは雷を超える速度の飛び蹴りを放った。蒼く輝きながら低い軌道で突き進むマリアの脚が、オブトの膝裏に直撃する。
「があっ! くそ、一体何だ――!」
ガクリ、と体勢を崩しかけながらも辛うじて持ち堪えたオブトは、気力を奪われる感覚に困惑した。
●魔種領主の死
短期決戦を方針とするイレギュラーズ達の猛攻は、オブトを深く傷つけていった。正面から鏡、左右からクロバと小夜が斬りつけ、マリアがオブトの後方を中心として縦横無尽に移動して撹乱しつつ、電磁加速しての蹴撃で膝を執拗に狙う。さらに遠距離からは、寛治としにゃこが次々と銃弾を撃ちかけていた。
だが、魔種であるオブトの生命力は尋常ではなく強靱だった。常人なら何度となく死んでいるであろう攻撃を叩き込まれ、見るからに致命傷と言った攻撃を受けつつも、両手剣をブンブンと振り回して利香を、そして接近戦を挑んでいるイレギュラーズ達を薙ぎ払っていく。バスティスは必死に回復に努めたが、それでもオブトの攻撃を受けている者達の傷は次第に深くなっていった。
オブトを護るべき騎士達は増援として現れた者達も含め、リディアの口上によって敵意を煽られた上、その攻撃を展開された魔力障壁によって遮られ、最初以降は何の成果も成果も出せないままにリディアや錬の範囲攻撃によって次々と撃破されていった。
「……く、儂が、栄えあるロイ・クブッケ家の主が、こんなところで死ぬわけには……」
「何処に行こうというの? ここまで来て、逃がしたりはしないよ」
前回よりもさらにこっぴどく鎧をボロボロにされ、さらにマリアによって膝を壊されたオブトは、勝ち目が無いと腕を脚代わりにしながら逃亡を図ろうとする。だが、バスティスがその前に立ちはだかった。オブトの表情に、絶望が浮かぶ。
「――非道を成す者が勝ち、正道を歩む者が踏みつけにされる目を背けたくなるような現実が、非道が、悪徳が、この国では行われてきた。
この一戦で、この国の明日はきっと変わる。だから、あたしは、あたし達は幾らでも力を貸すよ。
より良い明日を掴むために、最後まで、共に戦い抜こう!」
「そのとおりだ。安心しろ、無茶はさせない。あんたらが大切な人の元に戻るまでが、重要なんだからな」
さらにバスティスは、オブト軍の兵士達に圧し潰されそうになりつつあるウィルヘルミナ麾下の兵達を鼓舞するべく、そう呼びかける。錬はバスティスに同調しながら馬を駆り、円陣を崩されないように駆け回るウィルヘルミナの手が追いつかない場所を支えようと氷の薙刀を振るい、オブト軍の兵士達を薙ぎ払う。
「――すまない、助かった」
バスティスの鼓舞と錬の援護によって、ウィルヘルミナ麾下の兵達はいくらか持ち直す。ウィルヘルミナは荒い呼吸をしながらも、絞り出すような声で礼を述べた。
「どうしました? クブッケの騎士の武勇はそんなものですか? 小娘一人、しっかりと倒してみせなさい」
幾度めかの挑発によって、リディアは護衛の騎士達の敵意をさらに煽り立てていく。オブト討伐が目前に見えているこのタイミングで、護衛の騎士に盾となって割って入られるのは何としても防がねばならなかった。
護衛の騎士達の中には、通じない攻撃をリディアに続けるよりもオブトを救援しようと考え始めるものもいたが、今回もリディアの言葉によってその意識は霧散させられた。
「最初の威勢も何処へやら、ですね。ようやく、貴方を狩れそうです」
「ぐあああっ!」
『魔剣グラム』に桃色の雷を纏わせた利香が、流れるような剣舞をオブトの背に浴びせる。鎧は最早用をなさないほどに原型を留めなくなり、オブトの背は鎧の黒よりも流れ出る血の紅によって覆い尽くされていく。
「貫けっ!!」
「ぶごっ!」
既にオブトの気力を尽く削りきったマリアが、蒼い輝きを纏いながらオブトの顔面目掛けて雷を凌駕する飛び蹴りを放つ。その蹴撃を受けたオブトは、顔面をぐちゃぐちゃに潰され、無様な悲鳴をあげながら仰け反った。
「――さっきの続きです。次は、アナタの番です」
「がっ、あ……!」
鏡が、渾身の一閃を繰り出そうと居合いの構えを取る。次の瞬間には、オブトの背が逆袈裟に斬り上げられ、ザックリと深く大きな傷が開いた。鏡は不可視の域の速度で、抜刀してから斬って、納刀したのだ。
「か弱い女と青臭いガキと侮ったか? お生憎、と言うやつだ――人の感情や意志を、甘く見ていたな!
その命で償えとは言わない。良き来世をとも言わない。お前を待ち受ける判決は滅と知れ――!」
「私めの舞、ご堪能いただけたかしら? では、左様なら」
「こ、の……っ」
さらに左右から、オブトの生存を許すまじとしてクロバと小夜がこれでもかと幾多もの斬撃を繰り出していく。鬼神を思わせるクロバの剣戟を「剛」とするなら、舞うような小夜の剣舞は「柔」となるが、いずれもオブトの腕を使い物にならなくなるほどにズタズタにし、脇腹から腰にかけてを幾度も斬り裂き、オブトのわずかに残る生命力すらも容赦なく削っていった。
「ここで、しにゃの手柄になって貰います☆」
「三途の川の渡し賃です。六発あれば足りますね」
最早生きているのみとなったオブトにとどめを刺そうと、しにゃこはライフルから必殺の魔弾を放ち、寛治は四五口径の拳銃を素早く抜いて連射する。タン、タンタンタンタンタンタン、と都合七発の銃弾が、オブトの頭部を撃ち貫き、蜂の巣のような穴を開けた。
最後に何かを言い残すことも出来ずにオブトは死に、その遺体はぐらり、と倒れて地に伏せる。
将を、あるいは主を討たれたオブト軍の兵士達や護衛の騎士は愕然とし、混乱の渦中に落ちた。
「お前たちが無為に命を捨てるつもりがないのなら、降伏しろ。しないのであれば――主の後を追わせてやるだけだがな」
そこに、クロバが降伏勧告を突きつける。まず、魔種であるオブトとイレギュラーズの凄絶な戦闘を目の当たりにしていた者達が、勝てるはずが無いと武器を地面に放り投げて両手を上げ、降伏の意を示す。その動きは次々とオブト軍全体へと広がっていき、ついには一人残らず降伏した。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
シナリオへのご参加、ありがとうございました。ウィルヘルミナの隣で長きにわたって悪事を働いてきたオブトは皆さんによって討たれ、これ以上の悪事を働くことは出来なくなりました。
MVPは、オブトの盾となるはずだった護衛騎士達を引っ剥がしたリディアさんにお送りします。
それでは、お疲れ様でした!
GMコメント
こんにちは、緑城雄山です。今回は新田さんのアフターアクションをアレンジして、<ヴィーグリーズ会戦>のうちの1本をお送りします。
ウィルヘルミナの敵役としていろいろと悪事を働いてきたオブトですが、これがそのオブトを討つラストチャンスです(ヴィーグリーズ会戦でどちらが勝つにしても、もうオブトが表に出てくることはないでしょう)。
しかしながらオブトは魔種であり、しかもOP本文をご覧頂いたとおり、討伐を狙ったイレギュラーズとの戦いをわずかの差とは言え生き延びています。
今度こそオブトを討って決着を付けられるように、頑張って下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●成功条件
ロシーニ・クブッケ領主オブト・ロイ・クブッケの討伐
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ロケーション
ロシーニ・クブッケ領内の街道筋。時間は昼間、天候は晴天。
環境による戦闘へのペナルティーはありません。
●初期配置
オブトを中心とする半径20メートル以内に、護衛の騎士が20人います。
イレギュラーズ達は基本的に一丸となっており、オブトから50メートル、護衛の騎士の一番近い者から30メートル離れているものとします。
●オブト・ロイ・クブッケ
ウィルヘルミナの隣領、ロシーニ・クブッケの領主です。ミーミルンド派の悪徳貴族にして魔種で、属性は傲慢です。
前回の戦闘から、攻撃力と生命力が特に高いことがわかっています。鎧も新調されているので、おそらく防御技術も高いと見るべきでしょう。
武器は両手剣ですが、周囲を薙ぎ払って範囲攻撃したり、剣から衝撃波を飛ばして遠距離攻撃したりすることが確認されています。
搦め手はあまり使わずに、力で押し切るタイプで、攻撃に付随するのは【邪道】や【出血】系統BSが主です。
●護衛騎士 ✕20(12ターン経過ごとに2D4人追加)
オブトを護衛する騎士です。能力傾向としてはオブトを人間なりに弱くした感じの、攻撃力、生命力、防御技術に長けたパワー型です。
騎士であるため当然白兵戦に長けており、遠距離攻撃、範囲攻撃も武技として使ってきます。また、オブトほど強力ではないですが攻撃には【邪道】や【出血】系統BSが乗っています。
それから、護衛騎士であるだけに、オブトを庇ってくる可能性は十二分にあり得ます。
また、12ターンが経過するごとにランダムな人数の救援が参戦してきます。
●ウィルヘルミナと麾下の兵士達
皆さんと共にオブトの軍勢に突入した、ウィルヘルミナと50人の兵士達です。
皆さんがオブトと戦っている間は、円陣を組んでオブトの軍勢からの攻撃に耐えようとします。
ウィルヘルミナが軍人上がりで、指揮能力と個人的な戦闘能力をいずれもオブト軍よりも高いレベルで有していること、兵士達はバシータの兵士の中では選りすぐりの精鋭であること、オブトの非道から家族や友人などの大切な人を守りたいと願っており士気が高いことなどから、20ターンくらいまでは十分持ち堪えられます。
ただ、それも25~30ターン以上となると、さすがに堪えるのも限界となり危なくなってきます。
もし皆さんがオブトを討てなかった場合は、全滅かそうでなくてもそれに近い壊滅状態となるでしょう。
●特殊ルール
今回、イレギュラーズは用意された馬(軍馬)にそのまま乗って騎乗戦闘をすることが可能です。言わば、本来の装備品とは別に軍馬を装備している状態となります。
ただし馬が攻撃された場合、落馬したり騎乗戦闘が出来なくなる(軍馬が装備解除される)リスクがあることは予めご承知おき下さい。
自前の馬に乗っている場合は、前述のリスクは適用されません。
●士気ボーナス
今回のシナリオでは、味方の士気を上げるプレイングをかけると判定にボーナスがかかります。
●オブト関連シナリオ(経緯を詳しく知りたい方向けです。基本的に読む必要はありません)
『新婚夫婦を強奪せよ』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4478
『<リーグルの唄>演目は奴隷オークション』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5265
『<ヴァーリの裁決>馬に蹴られようとも、止めねばならぬ』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5424
『<ヴァーリの裁決>人斬りは鮮血と殺戮を嗜む』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5425
『<フィンブルの春>イレギュラーズVS魔種領主、勇者候補生VS偽勇者』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5606
それでは、皆さんのご参加をお待ちしております。
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