PandoraPartyProject

シナリオ詳細

四葩の子守唄

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●雨に消ゆ
 男が死んだ。まだうら若い武士だった。
 しかし、男が死んだということ知る者はいない。男は人知れず死に、帰らぬ人となったからだ。
 水無月の、雨がよく降る頃だった。傘を差して早くに家を出た男は「今日は少し遅くなる」と妻に言い置き、その後帰らなかった。何ヶ月も男の帰りを待ち続けた妻子であったが、子を抱えた女が生きにくい時世。双方の親族の勧めにより彼の妻子はその地を離れ、親族の元へと身を寄せることとなる。どれだけ親族が不幸を口にしようとも、いつか男が帰ってきてくれると信じて。

 その日は、雨粒に紫陽花が唄う夜だった。
 満月なはずなのに叢雲が月を覆い、穏やかな月光に守られていない寺脇の紫陽花道。
 男は提灯を手に帰路を急いでいた。急ぎすぎては、跳ねた泥が大いに袴を汚してしまう。けれど手にした土産で、妻は柳眉を釣り上げないでくれるだろうか。立ち歩きが出来るようになった子は、きっと土産を気にして手を伸ばしてくることだろう。男は幸せな想像にふくふくと笑みを浮かべながらも夜道を歩き、そうして――男の視界が、赤に染まった。
 やり残したことは、たくさんあった。
 妻の笑顔が見たかった。
 子の成長が見たかった。
 暗がりに潜んでいた者に突然斬られた男は、薄れゆく意識の中、足掻く。血に濡れた手で腰の刀を抜き放ち、雨に、血に、濡れる手で最後の抵抗を。最期の号哭を。
 ――死にたくない、死にたくない、死にたくない!
 腹の底から怨嗟と嘆きを迸らせても、男の願いは叶わない。
 男は屠られ、身に付けているものを全て剥ぎ取られ、売られ、男が殺された痕跡は全て消された。
 男は死んだ。男がどこで死んだかを知る者は居ない。
 男は死んだ。男が誰に殺されたかを知る者は居ない。
 ただひとつ。彼が最後に握った刀だけが知っている。

 それから数年後。男が人知れず死んだ紫陽花道で、人が死ぬようになる。
 最初は物盗り、次に坊主、住職、浪人……と続き、最初は男だけであったが果ては女子供まで死ぬようになった。それは決まって紫陽花が咲く頃の雨の夜に起き、死因は刀による切り傷だった。
 恐れた人々によって噂が広がるのはあっという間だ。人々は寄り付かなくなり、住職を失った寺は廃寺となった。噂の広がりと同じように、紫陽花たちは勝手に生い茂り、その範囲を広げていった。
 幾年経とうとも、噂はたち消えない。
 紫陽花が咲く季節の雨の日、人が死ぬ。

●ローレット
「今にも降り出しそうなスモーキィ・アクアの空ね」
 正午から流れ込んだ雲が次第に厚さを増して、鈍色に空を覆う。ローレットの窓枠に凭れながら空を見上げた『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)が静かに唇を開き、ゆっくりと美しく笑みを佩いたかんばせをイレギュラーズたちへと向けた。
 開かれる花唇から零れ落ちる美しい声が紡ぐのは、豊穣で毎年死者が出る噂話。
「毎年紫陽花がインディゴに染まる頃、起こるそうね」
 事件が起こるのは、豊穣郷のとある地にある廃寺近くだ。死体が見つかる時は、雨が降った次の日と決まっている。何十年も噂があるものだから人々はあまり近寄らず、被害がない年が何年も続くこともある。けれど数年被害が無ければ若い人々は噂だ迷信だと信じず……そしてまた死体が見つかる。
 何十年も放置してあった寺だが、事件が起きない季節は盗賊や傭兵くずれのたまり場になってしまう。それを良しとしない声は幾度もあがっており、治部省が重い腰を上げてローレットへと依頼を出した。毎年起きる人死にの事件が起きないようにしてほしい、と。
「お願いできるかしら?」
 あなたたちなら、晴れ渡るニゼルのように解決出来ると信じているわ。
 美しく微笑んだプルーは再度窓の向こうへ視線を向けて、隔たれた向こうの雫へと指を添わせる。どうやら雨が降り出したようだ。

GMコメント

 ごきげんよう、イレギュラーズの皆さん。壱花と申します。
 しとしと雨の中、少し静かなお話を。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●成功条件
 原因の排除

●ロケーション
 廃寺の脇、紫陽花の群生地。
 数十年前から紫陽花の咲く季節の雨の日は人が死ぬ、という噂があります。
 群生する紫陽花に突っ込まない限り、戦うのに充分な広さがあります。
 雨が降っており、月は出ていません。地面は土なので、多少の泥濘みがあることでしょう。
 野犬や盗人も彷徨く、あまり治安の良いところではありません。

●妖刀
 亡くなった武士に愛されていた刀。動ける生命体が触れる事でその相手を乗っ取り、ひとの手を渡り歩いています。意思の疎通はできません。
 乗っ取った体の持ち主の能力を100%以上引き出し操るため、乗っ取られた相手は長く保ちません。一度でも乗っ取られれば、手放してもその後の生活は明るくはないでしょう。
 刀による攻撃を中心に行いますが、乗っ取った体を使って出来ることは何でもします。

●取り憑かれた男性
 30代男性、浪人。妖刀に操られています。落ちていた刀を拾ったばかりに……運がない人。家族はいないため、彼がいなくなっても誰も探していません。
 彼の生死は成功条件に含まれません。

●武士(故人)
 数十年前に死亡。妻子がいましたが、既にこの地を離れています。
 しかしその亡骸は――。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • 四葩の子守唄完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年06月27日 21時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃

リプレイ

●雨の帳
 しとしと、たたた。雨が唄う。
 葉に、花に、傘に、屋根に、雫を跳ねさせ軽やかに。
 空からの恵みたる雨粒が美しく手鞠に花を咲かせる紫陽花を煌めかせ、長い梅雨の陰鬱さを掻き消すような美しい情景。……本来そこにあるものはそう言ったものであるはずなのに、この地はただ陰鬱さのみが広がっていた。
 ――紫陽花が咲く季節の雨の日、人が死ぬ。
 今宵もまた誰かが死ぬのだろうか。死にたくなければ、雨の夜はあの廃寺には近寄らないほうが良い。と、人々は揃って口を開く。
「ぶはははっ、全く嫌なジンクスだねぇ」
 腹を揺らして一笑した『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が、それでどうだったと集ったイレギュラーズたちを見回した。近隣の住民たちに少し聞き込みをしてから廃寺近くへと集合した彼らは、それぞれが聞いた情報を共有する。しかし、どれもローレットで情報屋から聞いた程度の話だった。
 雨の夜、死因は刀のような切り口。それが毎年、何十年も。
「何年もこの時期にだけ起こる事件かぁ」
「それも何十年も続くなんて……人間の仕業とは思えない。もしかして……幽霊、とかだったらちょっと怖……い、いや怖くないけどっ」
「えっ、嘘! 呪いとかおばけとか、そういう話なの!? ううっ……アタシ、幽霊とかゾンビだけは駄目なのよ……!」
 泥で汚れちゃうわと足元を気にしていた『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が、『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)の後に続いた『不退転』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)の言葉にぶるりと体を震わせる。自分よりも怖がってくれる人がいると少し安堵を覚えるもので、シャルティエはジルーシャの姿に少しだけホッとした。人の得手不得手は千差万別。大人だって、怖いものは怖いのだ。幽霊が怖いのも子供っぽいと思わなくても良いのかもしれない。
「まだ解らないけれど、その可能性もあるわよね」
「も、もし幽霊の仕業なら、はやいとこ成仏して貰いましょ!」
「幽霊だか辻切りだか何者かは知らねえが、人に仇為すってーならほっとけねえ」
「こんなにも綺麗に紫陽花が咲いているのですし、忌み嫌われる場所ではなくなってほしいですね」
 『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)が深く頷く様に「やだ、誰も否定してくれないの!?」と涙目になりかけたジルーシャが拳を握れば、義に篤い『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)も倒すまでだと拳を鳴らし、『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)も頷いて同意を示す。
「幽霊って斬れるのでしょうか?」
「どうでしょう……悪人のたまり場にもなっているそうだし、僕は悪人が原因であって欲しいけれど……」
「ま、まだ幽霊って決まった訳じゃないから……聞ける子はいるかしら。少し試してみるわね」
 率直な疑問を口にした『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)に、一同は首を傾げる。いけない、このままでは原因の存在が現れるまで幽霊談義一色になってしまう! 自身の心の平穏とは真逆の環境で時間経過を待つだなんて、そんなの耐えられない。ジルーシャは話題を変えるように、ポロンと『精霊の竪琴』を爪弾いた。
 美しい音色に誘われるように、ぴょんぴょんっと水の跳ねるような気配がすぐに返ってくる。一般的な下位の水精霊だ。
「ハァイ、こんばんは。ね、少し聞きたいことがあるのだけれど……ここで毎年人が死んでいるって聞いたの。何か、原因を知っていたりしないかしら?」
 植物や精霊への意思疎通は、相手が上位精霊で無い限り会話は難しい。問われても植物や精霊たちは言葉を理解することすら叶わず、ただ漠然とした『怖い』と、感情めいたものがジルーシャへと伝わってくるのみだった。
「何かを怖がっている……みたいね。……やっぱり幽……いえ、もう考えるのはよしましょう」
「怖い……? 事件の原因を恐れているのでしょうか」
「まぁ、なに。奴さんが来れば解る話だ」
 ジルーシャが黄金色の小さな石が付いた首飾りを不安げにギュッと握りしめ、ゴリョウは夜目を得られるゴーグルを装着する。
 ルーキスの腰に揺れる温かな明かりを灯すカンテラを真似、風牙も腰へとカンテラを吊り下げたところで――ひたり。泥を裸足で踏むような音が雨音の中に小さく響いた。
 ひたり、ひたり、ひた、ひた。
 泥対策に滑りにくい靴を選んできたイレギュラーズたちに、裸足の者は居ない。
 しとしと降る雨の暗がりの奥へと光が通るように、シャルティエが手にしたランタンを掲げる。光が伸びて闇を照らし、その中で、キラリと刃物がランタンの光を反射した。

●長雨に打たれて
 しとしと、死と死。死の気配。
 ひたひたと『誰か』が歩んでくる。まるで生気を感じられず、ランタンの明かりの中にただ抜身の刀だけが禍々しい気配を放っていた。
「来なすったようだぜ」
 ゴリョウが背負い篭を揺らし、ジルーシャは悲鳴を必死に飲み込んだ。ひたひたと歩む者は、ランタンの明かりにも、集う人々にも、何ら反応らしきものも見せず、ただ歩けと命じられたから歩いているだけかのように歩んでくる。
 シャルティエが掲げたランタンの明かりの下、それは成人男性だと解った。
「こんばんは、お一人ですか?」
「夜遅くにこんなところへ……どうされたのですか?」
 声を掛けてはみるが、抜身の刀を握った浪人風の男は言葉を返さない。
 男が『正常な状態』かは別として、噂の原因である可能性が高まった。
 イレギュラーズたちは顔を見合わせ、浅く頷き合う。刀の間合いに入らぬよう注意しながら、シャルティエは手を明けるためにランタンを紫陽花の根本へと置き、腰にカンテラを下げた風牙とルーキスも仲間の視界を確保するために静かに移動した。
 隙き無く槍を構えた風牙の、ギフトを宿した新緑が闇に光る。
(このオーラ……剣から出てる?)
 対象が表に出している感情をオーラで感じ取れる風牙の瞳は、浪人風の男からは何も感じ取れなかった。しかし、直人(ただびと)から見ればただの刀からは、禍々しいオーラを放たれているように見えた。赤と黒が混ざり合った炎のように、ゆらゆらと形を変えながら刀を包んでいる。
(――強く怒っているのか)
 それに、深く悲しんでいるようにも思えた。
「みんな! 原因はあの剣だ! 何かに対して強く怒っている!」
「操られている……と思って良さそうですね」
「よかった、動く死体でも幽霊でもないのね」
 イレギュラーズの意識が浪人から刀へと移動する。
 足を止めた浪人は『何の前動作もなくイレギュラーズたちを斬った』。
「――っと」
「奴さん、やる気満々じゃねぇか」
「衝撃波の類でしょうか。刀の間合い以上に注意が必要ですね」
「手当はお任せください」
 無造作にブンと振られた刀に合わせて放たれた斬撃に、気付けて後方へ飛び避けれた者、避けれたが足を泥で滑らせ体勢を崩した者、浅く、深く傷つけられた者――それぞれの被害は違うが、傷の深い者にはクラリーチェが福音を唱えて《大天使の祝福》を与え、金色に瞳を輝かせたリアが青白く光るヴァイオリンで《神託のコンフェシオン》を奏で全員の傷を癒やした。
 頼もしいふたりを尻目に、ゴリョウが距離を詰める。金眸が瞬き、刀――妖刀を睨みつける。『目を持たない』刀も、『見られている』違和感と不快感を感じ取ったのだろう。浪人の手の中でチキリと音を立てた。
 妖刀の怒りは、何に向けられているものなのだろうか。探ろうとする『声』は届かず、妖刀のことはひとつも知れない。事前に行った聞き込みでも、ローレットで聞いた情報と然程変わらない情報しか得られなかった。
 しかし。
(刀……)
 クラリーチェの思考の奥底で、カチリと何かのピースが嵌ったような音がした。

『何十年も前から起きているようだから俺ぁ詳しいことは知らねぇんだ。俺もまだ小僧だったしよ。けどなぁ……自警団をしていた俺の親父がな、武士が帰らねぇって気にしていたのを覚えているなぁ。親父と仲が良く、家族と刀を何よりも愛していた気の好いお人だったそうだ。なのに雨の日にフラッといなくなっちまったみてぇでさ、探したんだが何も出てこなかったもんで、自主的にいなくなったって話になっちまったんだ。……親父は「あの男は妻子を置いていなくなるような男ではない」と一人でずっと探していてさ。まあそれも人死が出るようになる前の話だ。関係ないだろうし、忘れてくれてもいい。親父? 何年も前に……ああ、ありがとな』

 手短に仲間に伝えたクラリーチェの言葉に、妖刀の攻撃を滑らせるようにダメージを最小限のものとしながら、ゴリョウは小さく「ああ」と吐息にも似た声を零した。
「それでオメェさん、ずっと怒っているのか」
 リアが《クオリア》で妖刀の旋律を聴く。
(なんて悲しい旋律――)
 主を殺した者たちに、主を失わせた世界に、主に気付いてくれない人々に、怒って。
 主を守れなかった自分に、主が誰にも気付かれないことに、いつまでも仇が打てぬ事に、悲しんで。
 妖刀は、最初は敵討ちがしたかったのだろう。敵を討ち、そうして主が見つけられたら満足だったはずだ。しかし、いつまで経っても主は誰にも見つけられず、弔われず、己が斬った相手が主の敵かどうかすらわからない。妖刀の想いは歪んでしまった。妖刀は長い年月を経て、人と見れば斬るようになった。
「この人も被害者だよね? これ以上犠牲者を出さないために来たんだもん、この人も助け出さないと!」
 刀を落とそうと一撃を入れようとした風牙とシャルティエと入れ替わった焔もまた、刀を狙う。
 面積が少ない刀を狙うのは難しい。浪人が振り回すせいで刀には中々当たらない。
 対して浪人の体の方は、妖刀が彼の身を気にしていないせいか隙きが多い。
 浪人を狙ったほうが決着は早く着くことは解っている。しかし、イレギュラーズたちが攻撃をすればその生命は失われる。止めまでは刺さずとも、彼は何年も生きることが叶わないだろう。
 イレギュラーズたちは、浪人も救いたいと考えていた。
 時間が掛かってもいい。手数をどれだけ必要としてもいい。少しずつ妖刀の力を削って、浪人も救えるようにとそれぞれの行える最善を尽くしていく。
「刀とは人を傷付けるだけの存在にあらず。その刃で人を救うことも出来るのだと、今ここで教えて差し上げましょう」
「これは痺れますよ」
 山茶花の首を落とすように振るわれた邪剣を、雷撃を纏ったシャルティエが繋ぐ。
「人の世に仇為す『魔』を討ち、平穏な世を拓く! それが俺の使命だ!」
 風牙が《一迫彗勢》を撃ち込むのに合わせてリアも《スター・ドロップ》を撃ち込むが、それでも妖刀は折れることも闘志が薄れることもなかった。
 妖刀が無事でも、妖刀を振るう浪人の体力には限界がある。本人の能力以上に引き出されていた振りは精細さを欠き、切り口も鈍くなってきている。一人でも多く殺さねばと、思ったのだろう。妖刀はゴリョウに必殺の突きを繰り出し、彼の体に刀を突き立てた。
「ボクに任せて!」
 ゴリョウの脇をするりと抜けた焔が抑え込み、すぐさまクラリーチェがゴリョウを癒やす。
「さあ皆、今のうち……うわっ!?」
 その体にまだそれ程までの力があったのかと驚くような力強さで浪人が抗う。焔も離すまじと抑え込む。
 ――キィィィィィィン。
「! 複数の『何か』、来ます!」
 妖刀が奇音を鳴らすと同時に、ルーキスの耳が複数の軽い足音と息遣いを捕えた。
「中型……たぶん、犬!」
「任せろ!」
 抑え込んだ浪人の肩がごきゃんと嫌な音を立てて、浪人の手から刀が落ちる。
 妖刀が呼んだのだろう、飛び出してきた野犬の前にゴリョウが移動する。
 しかし、『一匹ではない』! 四方八方の紫陽花の茂みから飛び出して来た野犬たちが、転がった妖刀へと真っ直ぐに向かってくる。浪人が違う手で刀を握らぬようにと抑え続けている焔以外のイレギュラーズたちも、刀へと近づかせないようにと壁になる。
「駄目よ。あなたたちじゃ、役不足」
 ――ふぅ。
 溢れたのは、乙女のため息。――否、妖精の女王の吐息にも似た、芳しい香り。
 冷たく澄んだ香りは鼻の良い犬たちへの効果は絶大だったのか、キャインと情けない声を上げて尻尾を巻いて逃げていった。

●雨に唄う七変化
 しとしと、たたん。花が唄う。
「ほい、回収っと」
 ルーキスと焔が浪人を介抱するのを尻目に、ゴリョウが火ばさみで妖刀を摘み上げる。直接触れなければ大丈夫であることを確認してから、背負い篭へとカランと放り込んだ。
 そうして刀を拾ってから、肩から下ろした籠を皆で囲み、さてどうしたものかねぇと話し合うのは妖刀のこと。
「どう、しようか……」
 折るか、そのまま供養するかで、イレギュラーズたちの意見が割れる。
 刀の希望や主の話を聞くためにも疎通は出来ぬかとイレギュラーズたちは様々な試みを行うが、この場には応えてくれるような死者の魂も上位精霊もいない。武士の魂も既にこの地を離れているのだろう。ただ、紫陽花たちから深い悲しみが伝わってくるのみであった。
 刀の処遇は話し合いの末、折った状態での供養という形になった。そのまま供養に出し、事故が起きてはいけない。折れた状態の刀身でも触れればまた誰かが操られる可能性もあるが……何となくではあるが、刀の主を見つけてやればその心配もいらないような気がした。
「もう大丈夫だからな。安心して休んでくれ」
 刀に怒りよりも強い悲しみの色を見た風牙は、ゴリョウが火ばさみで固定してくれている妖刀を見下ろす。よくよく見れば、刀は既にボロボロで、簡単に折れてしまえそうだった。
 武器として終わらせてやろうと、風牙は『烙地彗天』を打ち付けた。ガキンと鈍い音とともに一番星の煌めきを残して鉄塊と果てた刀の欠片は、ゴリョウに頼んで全て風牙の脱いだ上着の上に集め、お疲れ様と労って包んでやった。治部省に頼めば正しい手順で供養をしてくれることだろうし、乗っ取られていた浪人の方も任せてしまって大丈夫そうだ。
「刀の元の持ち主は、やっぱり……」
 この何処かに埋められているのだろうか。シャルティエの視線が紫陽花群へと向かう。放置されて好きに枝葉を伸ばし続けてきた紫陽花たちが所狭しと手鞠花を咲かせている。ここの全てを掘り起こすのは、かなり大変そうだ。
(それでも僕にもやれることがあるのなら、せめて自分が納得できるまで頑張りたいんだ)
 ひとりでもやりきるつもりで決意を篭めた金の瞳を紫陽花群へと向ければ、仲間たちも骨が折れそうだな等とぼやきながらもともに掘り起こしてくれるようで。
「そういえば……紫陽花は土の養分によって色が変わると聞いた事があります。群生の中で一部だけ色が違う花は無いでしょうか? もしかしたら何か埋まっているかも……」
 思いつきを口にしたルーキスに、視線が集まる。
 情報屋のプルーは、『毎年紫陽花がインディゴに染まる頃、起こるそうね』と告げていた。ここの紫陽花は全て藍色のはずだ。
 紫陽花は酸性の土壌では藍となり、アルカリ性の土壌では赤くなる。死体が埋められた場所は土壌がアルカリ性へと変化し、咲く花は赤くなるはずだ。しかし、死体を埋めてもすぐに紫陽花が赤くなる訳ではない。赤くなるには死体に含まれるリン酸が必要で、そのリン酸は人の骨に多く含まれる。
 雨の日に殺された武士の体は長い年月をかけて白骨化し、そして――。
「ありました! 赤い紫陽花です!」
「……ひょっとしたら、紫陽花たちは、ずっと教えてくれていたのかもしれないわね」
「ぶははっ、掘るのは得意だぜ!」
 赤く花を咲かせている株をごめんねと断りをいれてからいくつか引っこ抜いて、イレギュラーズたちは手分けをして掘っていく。数十年誰の手も触れなかった土は固いが、力任せに掘り起こしては遺骨に傷がつくやもしれぬと気をつけて。
 而して見えてきた白骨を全て丁寧に掘り起こしたなら、刀と一緒に風牙の上着に包んでやる。
「揃って供養してもらおうな」
 包みきる直前に見えた刀の破片からは、もう悲しげな色は見えなかった。
「貴方の生き様はあたしが見届けたわ」
 銀の長剣を手に、リアが舞う。
 亡骸からは既に魂の気配は感じられないけれど、ここでは沢山の命が失われているから――鎮魂の剣舞を。
 美しく舞う黒に、炎が如き赤と、月光めいた銀が混ざる。同じなのは年齢だけの、持つ色も流派も、得物でさえも違う三人。舞の形だって違うのに――それなのに何故だろう。一枚の絵のように美しいと思えるのは。
 鬱々とした何かを溜め込んで澱むだけだったこの地の空気が澄んでいくかのような心地を覚える。紫陽花たちが、雨が、煌めいて。まるで、喜んでいるかのようだった。
「この場に残る魂を、あるべき場所へ」
 これ以上留まらぬように、迷わないように。
 あるべき場所へといけるように、安らぎと安寧への道を開きましょう。
 白檀の優しい香りが、霊魂を導くように天へと昇っていく。
 したした、たたん。
 雨に艷やかに濡れた紫陽花たちが、眠れる魂たちへ優しい子守唄を歌う。
 いつまでも、いついつまでも、穏やかに。
 雨の帳があがるまで――。

成否

成功

MVP

ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃

状態異常

なし

あとがき

シナリオへのご参加、ありがとうございました。

色情報を出すためにプルーさんに案内をお願いしました。
色についてプレイングで触れた方にMVPを。
たくさんの優しさに溢れるプレイングをありがとうございました。
おつかれさまでした、イレギュラーズ。

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