シナリオ詳細
クラマ怪譚。或いは、呪術師“右近”のこと…。
オープニング
●夜に歩む
豊穣。
カムイグラのある港町。
名を“ツムギ湊”というその町は、2人の支配者によって統治されている。
表向きの領主の名は、武器狂いの武士“ダンジョウ”。
そして、裏の支配者として狐の獣種“クラマ”。
1度は刃を交えた2人だが、イレギュラーズの介入により一応の協力関係を結ぶことに落ち着いている。
ダンジョウはこれまで通り貿易と町の統治を行い、クラマはダンジョウに知恵を貸す。
その見返りとして、武器の類を融通してもらう、とそういうわけだ。
町の外れの小さな屋敷が、クラマに与えられた住処であった。
その一室で蓮杖 綾姫(p3p008658)は姿勢を正し、一杯の茶を啜っている。
静かな時間がしばらく過ぎた。
綾姫が茶を飲み終わるのを確認し、クラマは煙管の灰を落とす。
クラマは金の髪に狐の耳、豪奢な着物を身に纏った女性である。
それから彼女は、くっくと肩を震わせて綾姫へと視線を注ぐ。
「何か? 用事があるとのことでしたのでこうして足を運びましたが……茶を振舞うため、というわけでもないのでしょう?」
じろり、と胡乱な眼差して綾姫は笑うクラマをじぃと見やった。
クラマはうむと一つ頷き、パンと両手を打ち鳴らす。
その音に反応し、1人の忍が音もたてずに現れた。
その手には1振りの刀が握られている。
「……っ」
咄嗟に刀へ手を指し伸ばした綾姫を、待て、とクラマが制止する。
「此れは我の配下よ。警戒せずとも良い」
「……失礼。突然のことでしたので、つい」
謝罪の言葉を口にしながらも、綾姫の目は忍の持参した刀へと注がれている。
忍の手から刀を受け取り、クラマは言った。
「以前も思ったが、お主は刀が好きなのか?」
「……えぇ、不思議と刀剣の類にはどうにも気を惹かれる性質なもので」
「然様か。であれば、お主にこの刀を預けよう」
ほれ、と。
真意も告げず、クラマは刀を綾姫の眼前へと差し出した。
一瞬、刀へと伸ばし掛けた手を止め綾姫は問う。
「理由をお聞きしても? 見たところ、名のある刀と見受けられますが」
「あぁ、まぁ気になるか? 気になるのであろうな。いや、当然か」
実はな、と。
わざとらしく声を潜め、クラマは言った。
その瞳は、まさしく狐らしく弧を描くように細められている。
「その刀、呪われておるのよ。そして、世にはそれを好んで集める者もおる」
要するに危険ということよ。
呵々と笑って、クラマはそう言い放つ。
●呪術師“右近”
こほん、と小さく咳払いをして綾姫は刀を掲げて見せる。
その刀は、血のように赤い鞘に収まっていた。
「刀にどのような“呪い”がかけられているのかは不明ですが、今のところ私の身に異変は起きておりません」
ですが、と一つ前置きをして綾姫は刀を鞘から抜いて見せた。
ゆらり、と。
ほんの一瞬、刀身が朧に紅く光った。
「ご覧の通り、呪われた刀であることに間違いはありません。そして、クラマさんの話ではそれを狙う者がこのツムギ湊に訪れているとのことです」
刀を狙うその者の名は“右近”。
クラマ曰く、その者は彼女と同じ呪術師であるらしい。
「右近は自身の造り出した木人形を使役する。翁の面を被った木人形は【怒り】を、女面を被った木人形は【恍惚】を付与する能力を備えているとか」
それぞれ5体。
都合10体の木人形を率い、右近は呪具の類を収集してまわっているそうだ。
「右近自身は鬼面を被っているそうですよ。本人は体中に幾つもの呪具を纏っており、それを使って【封印】【魔凶】【廃滅】などの悪影響を与えるのだとか」
右近自身の戦闘能力は高くないが、彼は非常に良い“目”を持っているらしい。
武器や技の間合い、性能を見極め、回避することに長けているとクラマは言った。
「知り合いなのか、妙に詳しいのが気にかかりますね。それに、依頼の内容も……」
綾姫は鞘に刀を納めて、ふぅと小さな吐息を零す。
刀を預かり、依頼を受けはしたものの、その内容は少々奇妙なものだった。
「依頼の内容は翁面、女面、それから右近の“右目”を回収すること。その際、右近の命を奪うことは許さない、と」
つまり、刀自体は単なる囮ということだ。
また、最悪それは右近に奪われても構わないらしい。
「右近の呪術の影響か、最近町では体調を崩す者が多いそうです。おそらく視認した者に【苦鳴】を付与する呪具でしょう。また、ことを起こす際にはダンジョウ配下の武士たちが住人の避難を請け負ってくれるとか」
町は大きく、以下の4区画に分けられている。
まずは、海に面した港付近。
ダンジョウの屋敷がある武家屋敷通り。
町人たちの暮らす平民通り。
そして、クラマの屋敷がある商人通りの4区画だ。
「住人の避難を考えると、戦場として選べるのはどこか1か所ということになるでしょうか」
それぞれの区画には特徴があり、例えば武家屋敷通りなら道幅が狭く見通しが良い。
港付近には海と、滅茶苦茶に建てられた小屋が乱立している。すぐ近くに海や水路が流れているため、足場が整っているとは言いづらいことが難点か。
平民通りは入り組んでおり、道幅は大小様々だ。裏道や路地も多いため、どうしても死角が多くなる。
「最後に商人通りですが、ここは道幅が広く戦いやすそうですね。しかし、クラマさんの話では、避難に応じない商人たちも幾らか存在しているとか」
交易が盛んな港町ということもあり、ダンジョウやクラマも商人相手に強引な真似は出来ないのだろう。
商人の間で悪い噂が広がれば、ツムギ湊はそう遠からず貧しくなってしまうだろうから。
「以上が依頼の内容と、情報の共有となります。さて、ところで……事が済んだらこの刀、どうしましょうかね?」
なんて、小首を傾げた綾姫は、刀をじぃと見つめたままにそう告げた。
- クラマ怪譚。或いは、呪術師“右近”のこと…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年06月13日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●右近の襲来
武家屋敷通りの道幅は狭い。
攻めてくる敵軍が、十全に隊列を組んだり、武器を振るったりできないようにするためだ。
加えて石や土で出来た高い塀が路の左右にそびえている。
そんな道の真ん中を、楚々とした足取りで進む女が1人。
三つ編みにした黒髪が、歩調に合わせた左右へ揺れた。腰に刀を、さらに両手で刀袋を抱いている。見る者が見れば、抱えた刀はどこか不可思議な気配を漂わせているのが分かるだろうか。
「はてさて、何とも奇妙な依頼ですが……請けた以上は十全にこなしてみせないとですね」
薄く開いた両の目を、刀に落として女……『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)は囁くように言葉を零す。
その刀は“呪われている”という。
妖刀。
世に時折生まれる、尋常ならざる謂われや奇跡を宿した刀だ。
今回、綾姫が運んでいるものも、その1つ。刀の名も、それが宿す“呪い”の性質も理解出来てはいないが、現在のところ綾姫の身に特異な現象は振りかかってはいない。
否。
豊穣の港町“ツムギ湊”に住む妖術師から、奇妙な依頼をされたことを特異とするのであるならば、それをもって“呪い”と呼ぶのかもしれない。
カラン、と乾いた音が鳴る。
木と木がぶつかる音である。
夜闇の中に、それは静かに、そして突然そこに姿を現した。
身に纏うボロ布染みた服。
細い体に無数の木札や鈴、数珠などを纏った男だ。
顔には鬼の面を被ったその男の名は“右近”。
豊穣にて暗躍する正体不明の呪術師である。
「その刀、どこへ持っていく? 武器狂いの屋敷か? クラマの使いなのだろうが、悪いことは言わない。大人しく渡せ」
足を止め、綾姫は背後へ視線を向けた。
刀を寄越せと差し伸べられた右近の右手は、まるでミイラか何かのように細く、干からびている。
カラン。
カラン、コロン。
続々と。
綾姫の進退を塞ぐように、通りの斬後から都合10の人影が現れる。白い衣を纏ったそれは人形だ。どこかぎこちないカクカクとした動きで迫るそれらからは、人には到底発し得ない奇妙な妖しさがあった。
翁面と女面を顔に付けたそれらは、不揃いな動きで、けれど全く同じタイミング、同じ歩幅で歩んでいる。
「刀を寄越せ。武器狂いは元より、クラマも持て余しておったのだろう? 貴様らのような者には意味の無い呪具だからな」
「意味については存じませんが、ここで大人しく引くなら手荒な真似はいたしませぬ」
「……何?」
抱えた刀を腰紐へ差し、綾姫は自身の刀へと手を伸ばす。
綾姫の間合いから離れるべく、右近は1歩後ろへ下がる。瞬間、その背が何かに当たった。背後を振り返った右近の視界には、巨大な人影。猪にも似た顔に鎧を纏ったその巨漢は口角を吊り上げ、挑発するような笑みを浮かべた。
「おぉっと、ここから先は通行止めだ」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)。鉄壁の防御を誇るイレギュラーズの戦士である。
「……クラマの元から刀が離れたと思えば。なるほど、どこかへ運ぶためではなく、俺をおびき出すためか」
「えぇ、ちょうど良い位置で声をかけてくれました。ほかの方たちが場を離れた隙を狙って声をかけてくるとは……つけていましたね?」
つまり右近はイレギュラーズの策に嵌ったのだ。そのことに気づいた時には、既に手遅れ。ゴリョウ同様、左右に並ぶ武家屋敷の中から次々と通りへ人影が跳び出して来た。
その中には、つい一刻ほど前まで綾姫とともにいた者たちの姿もある。
「呪物を扱い呪物を欲す。一先ずとは言え和を取り戻したこの国で、何故その様な物を求めるのか」
踏み込みからの、低い位置へ放つ斬撃。
女面を被った人形の脚を『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は手にした大太刀で斬り落とす。
姿勢を崩した女面の首元を狙い『魔導機巧人形』ラムダ・アイリス(p3p008609)が刀を振るった。瞬間、辺りの気温が僅かに下がった。刀身に付着した霜が散って、篝火の明かりをきらきらと反射させた。
「人形遣いに呪いって、そのキーワードだけでボクのメモリーを消去した上に封印してくれてた創造主を思い出しそう。なんていうか謂れのないないイラっとした感情が湧くんだけど……」
などと文句を言いつつ振るった刀を人形が腕を掲げて阻む。
無量やラムダを追い越して、翁面の人形が右近の元へと駆け付ける。
その進路上に立ちはだかった『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)は左右に掲げた両の腕で、人形2体の頭部を掴む。
「刀を寄越せだと? クソ喰らえだ! 俺は戦いに来たんだぜ!」
腕力にものを言わせ、人形の頭同士を打ち付ける。ばきゃ、と乾いた音がして辺りには木っ端が飛び散った。
「あ、やべ」
「できるだけ面には当たらないように気を付けるッスよ!」
塀を飛び越え着地した『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)が、刀を振るってそう言った。ブライアンが押さえた2体の脚へ斬撃を見舞うが、その動きは止まらない。
一閃。
二閃。
続けざまに振るわれた刀が、木人形の下半身を斬り落とす。
ゴリョウに群がる人形は3体。
そちらをちらと一瞥すると、右近は綾姫との距離を縮める。
「刀を渡せ」
渇いた腕を指し伸ばす。
直後、右近は何かに怯えるように慌てて手を引き戻した。
「さあ、Step on it!! お前の相手はこっちだ!」
綾姫と右近の間を遮る銀の輝き。
巨大な食事用ナイフにも似たそれは『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)の得物であった。
「さぁ! 私が倒れるか貴方が倒れるか……正々堂々と勝負しましょう」
さらにもう1人。
2メートルも半ばを超える巨躯の少女が大太刀を構えウィズィに並ぶ。『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)の登場に、右近は思わず舌打ちを零した。
●妖刀忌憚
圧倒的な大質量。
巨体が1歩踏み出す度に地面が揺れた。
翁面の人形が、その腕を仕込まれた刃でもってゴリョウの腹部を深く抉った。
女面の人形が、その体より無数に飛び出す刃でもってゴリョウの手の平を引き裂いた。
零れた血が、乾いた地面に赤い染みを作る。
「ぶはははッ! かかってきやがれ木偶ども!」
その身を血で染めながらも、ゴリョウは盾を振るう。
盾に弾かれ、翁面の人形が大きく仰け反り数歩ほど後ろへと下がった。
「ただしヌルい芸で俺が揺れると思うなよ!」
「おぉ、まずは1体。派手な火花を上げようぜ!」
その身に業火を纏いつつ、ブライアンは声も高らかにそう告げた。
大上段より叩きつけるように斬り下ろされた太刀により、仰向けになった人形の肩から腹部にかけてを切り裂いた。
焦げた木っ端が辺りに散らばり、木人形は力を失い地面に倒れる。
カラン、とその顔に取り付けられていた面が零れ転がり落ちる。ピシ、と面に罅の走る音がした。
「ゴリョウさん、次っス! 連撃を叩き込むッスよ!」
「よし来た! 頼むぜ鹿ノ子!」
籠手に覆われた拳で、ゴリョウは女面の人形を殴り飛ばした。
背後へよろけた人形へ鹿ノ子は斬撃を叩き込む。
その様はまるで暴風のようだ。
絶えず放たれる斬撃のラッシュに巻き込まれまいと、ブライアンは塀の際まで後退していた。
「……面、壊れるぞ」
なんてブライアンの呟きは、鹿ノ子の耳に届いただろうか。
壁に身体をこすりつけ、もつれあうように数体の人形が右近の元へと駆けていく。
大太刀を掲げた無量とラムダがそれを必死に食い止めるが、いかんせん数の差を覆すのは容易ではない。
痛みも疲労も感じない木人形たちは、斬られ、蹴られながらもただただ前へと進み続けるのだ。その身に仕込まれた刃が2人の身体を切り裂き、その度に血の雫が散った。
白い頬を朱に濡らし、無量はきつく歯を食いしばる。
「このようなものを……個人的にはクラマさんが何故そこまでしてこの面を欲するのか、の方が気になりますね」
鋭い刺突で人形の胸を貫くと、刺さった刃をそのままに無量は腰をグイと捻った。胸部から右腕にかけての斬り上げ。人形の腕が切断され、カランと地面に転がった。
がら空きになった無量の胸部へ、片腕を失った人形は体当たりを慣行。翁面がにやりと笑ったように見えた。
頭部より突き出した刃が無量の胸を深く抉るが、直後、その首はラムダの刀に斬り落とされて地面に転がる。
「自由意思のない操り人形風情が、魔導科学の結晶たる魔導機巧人形のボクに向かってくるとか100年ぐらい早い」
1体の人形が倒れたことで、人形たちの突進にほんの僅かの隙が生まれた。
ラムダはすぅと空気を吸い込み、静かな歌を唇に乗せる。
「マスターがいるとか何それ羨ましい……じゃなくて、無辜の民を呪いで脅かすもの塵に帰れ?」
「ラムダさん……今一締まりませんね」
「……はい」
絶望の海を歌う。
呪詛を孕んだその歌声は、人形たちの動きを乱させる。
同士討ちさえ始めた人形たちを見て、無量はひとつ息を吐いた。
「ひとまず依頼を熟しましょう。例え納得できる理由だったとて、向けた刃を下せる訳でもない」
深く息を吸い込んでからの一閃。
無駄のないその太刀筋は、まるで紙でも裂くかのように木人形を切り裂いた。
鬼面の下で、右近の右目が朱に光る。
それを受けた朝顔は苦悶に顔を歪めて呻く。
よろけた朝顔の肩を綾姫はそっと受け止めた。そちらを一瞥し、ウィズィはしかし右近へ向けて斬り込んでいく。
「──関係、ないねッ!」
通常攻撃を攻めの手とするウィズィにとってAPなどあっても無くても同じこと。
「ちっ……面倒な」
傍らに辿り着いた翁面の人形を、右近は盾として前に出した。
ウィズィの攻撃を木人形が受け止めた隙に、右近は手にした五寸釘を自身の胸へと突き刺した。
否、それは胸に仕込んだ藁人形を刺したのだ。
ドクン、とウィズィの心臓が跳ねた。内臓に走る痛みに顔を歪めながらも、ウィズィは決して止まらない。
「カッコ悪いとこ見せらんないんだよ、あの人の前では……!」
その青い瞳に映るのは、血に濡れながら人形たちを食い止める無量の姿に他ならない。
「何故、この刀を欲するのですか!」
手にした機剣が駆動する。
魔力によって形成された斬撃を放ちつつ、綾姫は問うた。
ごうと暴風が吹き荒れ、地面を削る。
その斬撃は、正しく右近の左腕を切り裂いた。
ミシ、と骨の軋む音。けれど右近の腕から血が噴くことは無かった。
「血が出ない?」
「当然だ。この身は既に死体も同然なのだからな」
淡々と。
言葉を紡ぐ右近の眼差しは、綾姫の持つ妖刀へと注がれていた。
「綾姫さん、朝顔さん! 今のうちに右近を!」
人形と斬り合いながらウィズィは叫んだ。
はっと表情を引き締めなおし、綾姫は刀を上段に構える。綾姫が技を放つまでの間、右近の攻撃を受け止めるべく朝顔は前へ。
「……正々堂々と勝負しましょう!」
「お断りだ。汚い手を使ってでも、その刀を手に入れたいのでな」
朝顔の顔面へ向け、右近は何かを放り投げた。
片手に握れるほどの小さな人形。憤怒に歪んだ顔に、頭部から伸びる湾曲した角。牛鬼を模したであろう木人形は、瞬間、周囲に視認できるほどに淀んだ呪詛を撒き散らす。
「っ……!?」
内臓に走る強い痛みに顔を歪め、朝顔は吐血した。
吐血しながら、しかし彼女は脚を止めない。
「……私が倒れるか貴方が倒れるか」
鼻から、口から、瞳の端から血を流しながら朝顔は大きく1歩を踏み込んだ。
大上段に構えた大太刀。
力任せに振り下ろす。
解き放たれた青き魔力の奔流が、右近の左半身を飲み込んだ。
●呪詛に塗れて
妖刀“呪詛斬り”。
右近の求める刀の名だ。
その刀にかかった呪いは謂わば“共食い”とも呼べるものだった。
呪詛斬りは“呪い”を斬り裂き、喰らう刀だ。
あらゆる“呪い”を斬り裂き、その“呪い”によってもたらされた“事”を喰らう。そして、その度に斬れ味を増すというものだ。
その刀を手に入れれることが出来れば、数多の呪詛に侵された自身の身体を治療できる。
そう考えて、右近は長い年月の間、それを探して旅を続けた。
旅の中で、その身を侵す呪詛は増したが、既に死体と化した身体では苦痛こそ感じても、死ぬことはない。
右近は死にたかった。
その身を侵す呪いを断ち切り、人としての“死”を迎えたかった。
だが、しかし……。
「目を取り出すってなんか、ヤですね……」
半身を斬られ、倒れた右近へウィズィがその手を伸ばした。
盾としていた人形は既にいない。
胸に仕込んでいた藁人形も、いくつか携帯していた牛鬼人形も既に失った。
抵抗しようにも、身体は既に動かない。
「……女狐め」
かつて出逢った女呪術師の顔が脳裏を過る。
この街にクラマが滞在していると聞いた時から、嫌な予感はしていたのだ。
「呪物と化した俺の右目が……あの女の狙いか」
「さぁ、知りませんよ。そんなこと」
そう告げたウィズィの手が、右近の鬼面にかけられた。
武家屋敷通りの中央に立ち、ブライアンは左右へと視線を巡らせた。
「敵にも伏兵の可能性は大いにある、と俺は見てる」
「お? もう一戦ぐらいならやれるぜ? ウィズィ程じゃあねぇが俺もしぶといからな」
呵々と笑うゴリョウを一瞥し、ブライアンは顔を顰めた。
しぶとい、というのは本当だろう。何しろゴリョウは敵の攻撃を受け止め続けた結果として、その身には無数の裂傷を負っていた。中には内臓にまで達しているほどの深い傷もあるのだが、ゴリョウはまだ戦えるという。
「それより右近に逃げられないようにするのが優先だと思うっスけどね?」
通りの真ん中に積み上げられた人形の残骸を漁り鹿ノ子は言う。
その手には、翁面と女面が1枚ずつ握られている。
右腕には既に力が入らない。
ラムダはどこか疲れた顔で、足元に転がる翁面を拾い上げた。
肘と手首の球体関節がいかれているのだ。皮膚にも無数の切傷が刻まれており、まさに満身創痍といった有様である。
機能を停止するまで、痛みさえ恐れず襲い掛かって来る木人形を食い止めるのは、いあささか骨が折れたらしい。
「これ、絶対良くない奴だって……ただの物好きコレクターってのなら良いけど嫌な予感しかしないなぁ」
「呪いとは即ち想いの強さ。それほどに良くない気配がするというのなら、想いの強さもそれなりでしょう」
人形は既に全て停止している。
右近も朝顔に倒された。
「ならば、砕けたままでは哀れに御座いましょう」
これ以上、戦闘は発生しない。
そう判断し、無量は人形へ手を伸ばす。
完全でなくとも、せめて形が分かる程度には修復したい。幸いにして【職人魂】と【修理】のスキルを無量は有していた。
紫煙の香りが鼻腔を擽る。
背後を振り返ったウィズィは、そこに立っていたクラマをきつく睨みつける。
ウィズィの手には右近の右目を包んだハンカチ。それを見て、クラマはくっくと笑った。
「ご苦労」
それだけ告げて、クラマは右手を差し出した。ウィズィはその手に無言のまま右近の右目を乗せる。
「この人がクラマさん……私は右近さんが悪人かは判断できませんでした。街を救うために、必要な戦いだったのでしょうか?」
朝顔の問いに、クラマはにぃと口角を上げて笑ってみせた。
「否。右近は確かに呪詛を辺りへ撒き散らす。呪いに蝕まれた身体故、致し方の無いことだ」
けれど、右近がツムギ湊へやって来たのは、そこにクラマが……クラマが仕入れた妖刀があると知ったからだ。
「なかなか居場所のつかめぬ男でな。けれど、その右目は我も欲していた」
「請けた以上は十全にこなしてみせました。結果として、これで右近を追い払えば、街が救われるのも事実」
剣に手を添えたまま、綾姫は言う。
クラマに対して、懐疑の念を抱いているのだろうか。けれどクラマは悠々とした足取りで、綾姫の眼前へと至る。
「右近を生かせとのことでしたが、この後、彼はどうするのです?」
「さぁて、あちこちで迷惑を起こされても事だし、我の城にでも捕えておこうか。死体のような男だが、腕は確かであるからな」
我は“力”を求めておるのよ。
そう言って笑うクラマの脳裏には、既に右近の使い道が幾つも浮かんでいるのだろう。
「なるほど。ところで、この刀もいただけないものでしょうか?」
そう言って綾姫が取り出したのは、右近を誘き寄せるのに使った妖刀であった。それを見下ろし、クラマは一つ思案する。
「いや、返してもらおう。そうじゃな、右近には我の命令に従うようなら、いずれそれをくれてやるとでも伝えておくさ」
なんて、言って。
綾姫の手から刀を受け取り、クラマはパチンと指を弾いた。
刹那、音も無く辺りに現れたのは黒衣の忍たちである。彼らは素早く右近や仮面を回収すると、あっという間に何処かへと姿をくらませた。
「ふむ、では綾姫よ。我はこれで失礼する。これでも忙しい身でな」
街の発展に知恵を出さねばならんのよ。
そう言って、来た道を引き返していくクラマの背をイレギュラーズはただ黙って見送った。
「用事があれば我の屋敷へ来るといい。茶でも酒でも、何なら我の元で働きたいという話でも構わんよ」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
右近の右目、翁面、女面の回収完了しました。
依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
クラマが今後、どのような動きを見せるのか。
ご興味があれば、その時にまたご参加ください。
GMコメント
※こちらのシナリオは「クラマ怪譚。或いは、武器狂いのお武家様…。」のアフターアクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5601
●ミッション
翁面、女面、右近の右目の3つを回収すること
●ターゲット
・呪術師“右近”×1
正体不明の呪術師。鬼の面を被っているようだが、素顔は不明。
呪われた道具を探しており、今回はクラマの所有する刀を求めてカムイグラの港町へと現れた。
右近を視認した者に【苦鳴】を付与する呪具を所有している。
封印の藁人形:神超遠単に小ダメージ、封印
流行り病の牛鬼人形:神中範に中ダメージ、廃滅、魔凶
・“翁面”の木人形×5
翁面を被った木人形。
対象を襲い大きなダメージとともに【怒り】を付与する。
硬い木で造られているようだ。
・“女面”の木人形×5
対象を襲い中程度のダメージとともに【恍惚】を付与する。
軽い木で造られているようだ。
・クラマ
カムイグラの港町に拠点を置く女呪術師。
金の髪に狐の耳、豪奢な着物を身に纏った胡散臭い女。
今回、綾姫へ“呪われた刀”を預け、仕事を依頼した張本人。
目的は不明だが右近の右目や、右近の造った面を欲している模様。
現在は自身の屋敷にて待機中。
●フィールド
カムイグラのとある港町“ツムギ湊”
以下4区画のうちいずれかを戦場とすることになるだろうか。
①武家屋敷通。道幅が狭く見通しが良い。
②港付近。海と滅茶苦茶に建てられた小屋が乱立している。すぐ近くに海や水路が流れているため、転落の可能性がある。
③平民通り。道は入り組んでおり、道幅は大小様々。裏道や路地も多いため死角が多くなる。
④商人通。道幅が広く死角が少ない。しかし、避難に応じない商人たちも幾らか存在している。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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