シナリオ詳細
『約束』
オープニング
●『2020.06.25』
イレギュラーズが、『あの時』言ってくれたように。
――もしも、わたしがわたしじゃなくなったら、
この海で『ビスコッティ』として殺して?
もしも、わたしが戻ってこれたら、
この海の外でもう一度『シャルロット』って呼んで。
ビスコッティに綺麗な花を一輪買って、弔いを行った後、
わたしのことを、彼女の許へ送ってほしいの。
約束よ、イレギュラーズ――
それは、いつかの日。
アクエリアで出会った鏡の魔種。
他者を映して変化するという『性質』によりイレギュラーズへと変化した彼女。
フェデリアでイレギュラーズのように戦った『只の一人の魔種』
ビスコッティ・ディ・ダーマと言う妹を殺し、愛されぬ自分を恨むように魔に転じた愚かな娘。
美しい金の髪の陽に愛された妹を妬み嫉んだ魔種は『鏡』の性質を得ていた。
相手を映しこみ、鏡像を作るだけでは飽き足らずその心を変質させる。
イレギュラーズを映しこんだミロワールは『普通の少女の様に振舞った』。
その身は魔種であるのには変わらぬと言うのに。
その身は破滅を齎す存在であると言うのに。
その唇は聞こえの良い言葉を口にする。
まるで、特異運命座標を映しこんで自身も特異運命座標の様に振舞った。
再度、純種へと至る事は幾重もの奇跡を重ねたとて――彼女には不可能だ。
それは決定付けられた運命として存在している。魔種を元に戻すだなんて荒唐無稽な話、ミロワールとて「ありえない」と笑ったのだから。
花々が綺麗に咲いた、しあわせな場所で。
あなたたちに見守られて。
わたしは、――
約束よ。
……おやすみなさい、また、いつか。
●R.O.O
Rapid Origin Online――
それはもう一つの現実。それはもうひとつの混沌。それはもうひとつの世界。
海洋王国に酷似したその場所は『航海(セイラー)』と呼ばれていた。
島嶼部に存在する勢力であり、造船技術と航海技術に優れたこの国は数年前の『大号令』で『提督王女』エリザベスとその配下である『海賊王』ドレイク、『赤髭』バルタザール等が東方『神咒曙光』との航路を確立した事から貿易で莫大な利益を上げていた。
静寂と呼ばれたその海を眺められるその場所は現実世界の海洋王国ではシャルロット・ディ・ダーマと言う少女の墓がある場所である。
だが、足を運べば海を眺める墓石は存在せずに美しい花畑が広がっている。
そこに。
「待って、ビスコ」
「シャル、こっちよ」
流れるような金の髪。光を受けた天使のような少女。
彼女を追いかけて手を伸ばすのは黒髪の少女。同じかんばせ、違うのは髪の色――まるで光と闇のような対照的な。
それでも、彼女たちを見て『理解』した者は居るだろう。
彼女はシャルロット・ディ・ダーマ。ミロワールと呼ばれた魔種の『反転する前の姿』であった。
R.O.Oの中では彼女は反転せず、妹のビスコッティと共に幸せに過ごしているのだろう。
幼い少女が大号令の中の澱に囚われることもなく、幸福な世界で、普通の少女として過ごしている。
花冠を作る二人の少女と、ぱ、と視線が合った。
「こんにちは、冒険者さん? お名前は?」
まず、微笑み問い掛けたのは勝ち気な少女――ビスコッティであった。
己をビスコと名乗った彼女は金色の髪を眩いばかりに揺らがせて、にんまりと微笑む。
「あ、こっちはお姉ちゃん。シャルよ。私達双子なの。可愛いでしょ?」
ふふん、と胸を張った彼女の背後でシャル――シャルロットは何処か不安げな表情を見せた。
彼女にとって『妹』と『家族』と一人だけ違う黒い髪はコンプレックスなのだろう。眩い金の髪、其れがない自分が、どうしても苦しくて。
「……へえ、ローレットのイレギュラーズさんっていうのね。此処にはモンスターの噂を聞いてきたの?」
――モンスター?
「そう! なんだかね、海が騒がしいらしいの。『セイレーン』が現われるって言うんだけれど……。
シャルはね、セイレーンは悪い人じゃない、さみしがり屋なんだよっていうのよ。どうしてか分からないけど、私もそんな気がするの」
「け、けど……セイレーンはとっても強いって聞いたから。イレギュラーズさんは怪我してしまうかもしれないわ?」
「大丈夫よ。ね、ね、もしも倒すときは私達も一緒に居ても良いかし――きゃっ!?」
ざあ、と潮が引く音がした。
丘より見下ろせば、其処に誰かが立っている。白い翼に黒い色彩が混ざり込んだ、男とも女ともとれぬその姿。
恐ろしい美貌のかんばせを愉快に歪ませた『彼女』は唇を揺れ動かして歌歌う。
「……ひどく、さみしい、うたね」
呟いたシャルロットが近付こうとするその手を、あなたは咄嗟に掴んだ。
「……さみしがってるみたいなの。……あのままなんて、かなしいわ。冒険者さんなら、あの人を助けられる……?」
首を傾いだシャルロットにビスコッティは「助けられるわ」と微笑んだ。
「イレギュラーズさん達なら、屹度! だから、お願いね!」
●『シレーネ』
――わたしは、彼女を識ってる気がする。
哀しそうに歌う、あの美しい人。
シャル、と呼んで抱き締めて。哀しいと涙を流せば背を撫でる。
いとしい、あのひと。
けれど……もう、誰なのかは分からない。
『わたしたちは出会っていない』
『わたしたちは識っては居ない』
わたしの、この黒髪を好きだと言ってくれたあのひとの顔は、わからないけれど。
あの歌声が救われることを願っては已まないの。
- 『約束』完了
- GM名夏あかね
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年06月25日 22時05分
- 参加人数20/20人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 20 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(20人)
リプレイ
●
――クエストを受注しました。
――クエスト目的:シャルロット・ディ・ダーマとビスコッティ・ディ・ダーマの安全を確保すること。
色とりどりの花が揺れている。航海の海は海洋と同じ色彩をしている。
「へー、ほんとこの辺海洋にそっくりだよなー。よくできたゲームだぜー」
きょろりと見回してから『ワモン・C・デルモンテのアバター』とっかり仮面(p3x007195)はハッとしたように首を振った。
「っと、関心してねーでクエストしっかりやらねーとな!」
そう、クエストは受注状態に。イレギュラーズにとっては再会した『彼女』を護りきらなくてはならないのだ。クリア報酬トロフィーを考えて事ではない。この場の大半の人間が彼女との『約束』を抱えている。あの絶望の海、荒れ狂う波濤に混じり込んだ竜の息吹。
滅海竜リヴァイアサンの攻撃を瀕死になりながらも跳ね返した鏡。イレギュラーズを映したが故に善性に傾いた鏡の魔種は普通の少女のように最後の時を過ごしていたのだ。
(……なるほど、情報を集めてNPCとする。そこにはかつての死者も含まれると。バグにしては粋な事を、あるいは何者かの意図か)
唇に指先を当て悩ましげに唸った『妖刀付喪』壱狐(p3x008364)の視線に応じるように金の髪を揺らした少女は「どうかしたの」と問い掛けた。
ビスコッティ・ディ・ダーマ。
本来ならば『死んでしまった』彼女。その命を奪ったのは紛れもない肉親にして双子の姉妹シャルロット・ディ・ダーマだったのだから。
「……いいえ。貴方方を護らねば、と思いまして」
「……ごめんね。シャルが、あの人が寂しそうだって言うから……」
肩を竦めたビスコッティに壱狐は頷いた。シャルロットは花々が咲き誇る丘に突如として姿を現したセイレーンを救いたいと願ったのだ。
「悲しい歌と、ビスコッティ様も思われますか?」
コスモ(p3x008396)の問いにビスコッティは頷いた。双子の姉妹はかたわれの思いが痛いほどに解っているというのだろう。
「シャルにとって、大事な人……そんな気がするの」
ビスコッティはどうしてそう思ったかは分からないのだという。それは予感でしか無いのだ。噂でしかなかった魔物(セイレーン)。それと一般人である妹が関わるはずがない。そうは思いながらも、シャルロットの気持ちを汲んでやりたい。
「シャルロット様とビスコッティ様がそう望むなら、そうなさるのが良いのでしょう。きっと、その心は大切にすべきものですから」
「――」
ビスコッティは不思議そうにコスモを見遣った。深い緑色の瞳の中に浮かび上がる幾つもの色彩。真白のロングヘアーを揺らしたコスモのかんばせをまじまじと見詰めるビスコッティは――大凡シャルロットが見せることのない――悪戯っ子の様な笑みを浮かべて「ありがとね」と微笑んだ。
そうして楽しげに会話をするビスコッティを見る機会が来るとは考えても居なかった。そもそも、彼女は現実世界では疾うの昔に鬼籍にその名を刻まれていて。
自身らが出会った『ミロワール』は己の片割れを失った事で鏡という性質得ていたのだ。
彼女が『双子の妹を失わなかった』という運命の分岐点。シャルロットがビスコッティを殺さなければミロワールになる事も無い。
(けど、ああ、そうだ。私達がここに来なかったらシャルロットはセイレーンに連れて行かれて、ビスコッティを殺してたかも知れない。
……そうなりゃ、『ミロワール』の出来上がり。待ち受けてるのは……あのブラックベルベットが咲く日だけじゃないか)
唇を噛んだ『死神の過去』ミーナ・シルバー(p3x005003)の指先が震えた。屹度、彼女はシャルロットを迎えに来たのだ。
あの海でさえそうだった。ミロワールはセイレーン――セイラ・フレーズ・バニーユ――を愛していた。自分に唯一無二の存在だと、慈しみ、失うことを畏れながらも多くの友人のために決意をしていた。
「……迎えに」
ミーナの呟きにアレクシア(p3x004630)は息を飲んだ。ああ、そうだ。屹度『バニーユ夫人』と呼ばれていた彼女なのだ。
「元の世界で辛い出来事を経た人が、皆こちらでは幸せに……というわけではないんだね……」
俯くアレクシアに『聖獣の護り手』フェアレイン=グリュック(p3x001744)はおずおずと頷いた。あの海で永劫の澱で嫉妬を抱いた乙女(おとこ)、アルバニアは此方ではスナックのママとして幸福に暮らしていた。
(シャルロットと約束して、見送ったあの日から一年ぐらいか……知っているけど知らないシャルロット、初めて会うビスコッティ。
このアバターで感情の赴くままに泣きたくないから近づきたくなかったが、セイレーンがいるなら話は別だ)
ぐ、と拳に力を込める。あの時、鏡像世界での戦いが終わったらピクニックはいつにすると聞こうと思っていた。彼女の好きな料理を沢山バスケットに詰めていこうとも考えた。
『魔種だから終わらせなきゃいけない時』が来るとしても、もっと楽しい思い出をいっぱい作る時間があると。そう思っていたのに――
(あの時みたいな思いは二度とご免だ! 今度こそ守ってみせる!)
その決意と共にフェアレインはセイレーンに向き直る。
「もしかしたら、あれはセイレーンの心の一側面を切り取った存在で、人のセイレーン……『セイラ』もどっかにいたりして」
「それなら、いいよね。……彼女だけずっと不幸になるなんて、寂しい」
アレクシアの言葉に、シャルロットは振り返って頷いた。『彼女が不幸になるのは寂しい』と、シャルロットはそう感じていたのだ。そう感じる理由は分からない。どうしてなのかさえ答えは出ない。それでも。
「とても、さみしそうなの……」
彼女は悲しげに、笑うのだ。
『冒険者』イルミナ(p3x001475)はその笑顔にぐ、と息を飲んだ。ああ、そんな顔で笑わないで、と言いたくもなる。
ネクストに生きる彼女たちはただのデータでしかない。そんな事位、痛いほど知っていた。それでも、イルミナはだから何だと笑い飛ばせるだけの理由を持っていた。イルミナ――イルミナ・ガードルーンさえプログラムだったのだ。ただのプログラムで、ロボットで。だというのに、心を持った。こんなにも、胸が痛い。それが、心だというならば、生きているという意味に繋がるのならば。
此処で悲しげに笑うシャルロットも生きているのだ。
「……見ず知らずの皆に、お願いをする事になって申し訳ないと思うの。けど、シャルが『大事なひと』だって思ってることはわたしにも分かるから。
だから、……セイレーンの寂しさを少しでも紛らわせるお手伝いをしてくれる?」
見ず知らず、と言う言葉に『オオカミ少年』じぇい君(p3x001103)は息を飲んだ。ネクストのシャルロットとビスコッティはイレギュラーズを知らない。シャルロットは『約束』も知らなければ『冒険』だって知らないのだ。
(ここに居るシャルロットちゃんは、データでしかないのは知っている。……それでも、僕は嬉しいんだ。
どんな形にせよ、彼女にこうして会う事が出来るなんて――誰も見てなきゃ泣きたいぐらいさ)
魔種は殺さねばならないと。それを信条としてきたじぇい君にとっての転機。救い難い存在に心を砕いた事は忘れてはならないのだ。
(……ミロワール、いや、シャルロット……此処で会えたのは嬉しい誤算だ)
本来なら無かった出会いに。『R.O.O tester?』アイ(p3x000277)は感謝するように「幸福な未来ヲ、目指そうカ」と囁いた。
「さて、本格的な初クエストが『これ』とは、何ともまた因果なものと言いますか……
よくわかりませんが、まぁ悪いようになっていないのは良い事ではあると思います」
『そういうこと』であるならば、護るのだって吝かではない。『ねこ』ムー(p3x000209)は小さく笑みを零してからそう呟いた。
海洋王国に酷似した航海での本格的なクエストの受注。しかも、そのクエストの依頼主が絶望の海で『魔種』でありながら共に戦った『鏡の魔種』なのだというのだ。
(どこかに僕も……?)
そんな風に考えてからムーは首を振る。気にはなる。けれど、その答えは未だ――
●
――私はビスコッティ。ビスコッティ・ディ・ダーマ。それからシャルはシャルロット・ディ・ダーマというの。
そんな自己紹介を聞くことになるとは『不可視の狩人』シャドウウォーカー(p3x000366)は思っては居なかった。現実世界でも彼女とは接点を有していなかったシャドウウォーカーは複数の視線がシャルロットを懐かしむように注がれていることに気付く。
(ゲームの中だけでも平和に暮らせて良かった……って、言っていいのかな。うーん……理由はいろいろあるけど正直、フクザツ)
何も言えやしない。其れ其れが思う言葉があるのは確かなことなのだ。
現実での彼女たちに『僕』は直接会ったことはない。情報として報告書を確認した事で『星の魔法少年☆ナハトスター』ナハトスター・ウィッシュ・ねこ(p3x000916)にとっては『一部』を知っているだけなのだ。
それでも――
(ROOの彼女達は、現実とは違うけど……ここで生きてる)
ここで生きて、会話をして、そして望みがある。セイレーンの最期を見届けたい。その寂しさを拭い去ってあげたい。
「星の魔法少年☆ナハトスター……願いを叶える為、頑張るよ☆」
「ええ。私も感じるわ。哀しい歌……切なく、独りぼっちの…誰かに見つけてほしい、そんな歌。
……残念だけれど私たち、そちらには行けないの。それでも……なるべく、あなたの想いを受け止めてあげたいわ。
あなたの寂しさ。悲しさ。どうか、教えて頂戴――ね?」
柔らかな微笑みと共に『霞草』花糸撫子(p3x000645)はビスコッティとシャルロットに「下がっていて頂戴ね」と囁いた。
「それだと貴女が」
「いいえ。こう見えてそう弱くないのよ、だから後ろにいて頂戴な」
揶揄うように微笑んだ花糸撫子にビスコッティは「ほんと?」と問うた。心配性で心優しい。そんな風に感じられてぴん、と指先を張る。
「本当よ」
丘の上に立っていたセイレーンは悲しげな歌声を止めてイレギュラーズの姿を見ている。その眸は胡桃の色、何処か悲しげな色彩を讃えて細められる。
――♪
あの歌を聴いたことがある。『星纏う幻想種』リアム・アステール(p3x001243)は思い返す。
護ると決めた『かつて見送った少女』の協力と共に打ち倒した魔種。嘆きのセイレーン。愛する人を失った事で、身を永劫の澱へと費やした男爵夫人。
そんな彼女からシャルロットを護りきる。あの日、あの時、彼女の身体を蝕んだ嘆きと苦しみを退けられるテイク・ツー。
――これは、この平穏で幸福な光景は、夢ではないか。こうであったなら良かったにと、思ってしまうほどの。
リアムが幾度そう思えど、現実は違っている。現実では全てが済んだ話、時を戻すことは出来ないのだ。
あの縁(やくそく)が軌跡として紡がれたのならば。現実も夢も等しく儚く、そして大切な物なのだと、そう決意を決めて。
(幸せそうにしてるドレイクさん達を見た時から、こういう可能性はあるんじゃないかって思っていたんだ。
それに、ここにいるのはヤーヤーだし、この世界は夢のようなもの……でも、出来ることはあるよね)
『そらとぶ烏』ヤーヤー(p3x007913)は俯いて唇を引き結んだ。エリザベス姫殿下と呼ばれたその人は、健康優良児であり大海賊ドレイクと共に『大号令』を果たしたというのだ。彼等が幸福そうな姿はイレギュラーズの中でも度々話題にもなっていた――それと同じような、幸福。
喩え夢であろうとも。彼女が生きていてくれるだけで幸せなのだ。
「そうか。失う前に気付かせるチャンスを、この夢みたいな世界はくれたわけだ。
……掛け替えのない片割れ同士が、一つの器の形を成して幸せを満たしてる内にな」
小さく呟いた『ブッ壊し屋』レニー(p3x005709)のその一言に、『夜桜華舞』桜陽炎(p3x007979)は息を飲んだ。
『有り得る』とは思って居た。けれど――それが有り得てしまったのだ。
自身らを心配そうに見詰めるシャルロット。その眸に映るのは何処か不思議な心地であった。己の姿を違えたとて向けてくれる眸は何時だって同じなのだ。
事前に此方の世界の自身の足取りを追った。彼女ならば書架でセイレーンの物語の情報提供を行ってくれるはずだ。双子のためだ、と口に仕掛けたが『此方』のリンディス=クァドラータが聞けば「危険すぎます」と叱られてしまうだろう。それもそうだ、双子には戦う力も無く、セイレーン等という魔性と相対していられるわけもない――そもそも自分たちは何処の馬の骨かすら彼女は分からないのだから。
(『セイレーンの物語を聞きたいだなんて。ええ、構いませんよ。丁度、友人に絵本を持って行くついでに調べてきたんです』)
自分の声音で、自分とは違った快活さを滲ませた『Rapid Origin Online』の自分自身。
そんな自分の姿を思い出す桜陽炎は「この世界の彼女を護らなくてはなりませんね」と呟いた。
『この世界の彼女』――それは魔種ではない、ただの一人の少女なのだ。幸せに生きていて、もう一人の父など居なくとも本当の父親の愛に包まれている。『剛力剛腕』アンドレイ(p3x001619)が感じたのは一抹の寂しさだ。
――おとうさん。
――くすぐったいわ、おとうさん。
ぎゅっと抱き締めれば、可笑しそうに身を捩った小さな彼女。あのぬくもりは、忘れたことはない。
彼女に本来の父親が居ようとも、『僕』が出会った『彼女』でなくとも、『彼女』が『僕』を識らなくたっても良かった。
もう一人の父であることは変わりない。今度は、アンドレイとして彼女の新しい友人にでもなってやれば良い。屹度、喜んでくれるはずだ。
「……不思議だねぇ。わたしも、セイレーンは悪い人じゃないって思うんだ。その悲しさを、少しでも晴らしてあげなきゃねぇ」
『ホワイトカインド』ホワイティ(p3x008115)は優しく微笑んだ。誰も、シャルロットを否定しない。誰も、セイレーンの悲しみを腫らしてやりたいという思いを否定しない。
――♪
音をなぞっただけの歌声にホワイティは垂れた眦に決意を載せた。
「……シャルロット。俺はあの約束、忘れてないぞ。これが現実だったら、って思わずには居られねぇよ」
ぼそりと呟いた『ノスフェラトゥ』ヨハンナ(p3x000394)はその言葉を彼女に告げることは出来なかった。溢れる感情を堪え、くしゃりと顔を歪める。
焔のように燃え上がる赤い髪に白磁の肌。澄んだ空の色の瞳には筆舌尽くしがたき感情が滲んでいる。
そうだ、何方だってそうだ。有り得たかも知れない未来を歩んでいるのは『ヨハンナ(じぶんじしん)』と同じなのだから。
「……分かってるさ、これはゲームだ。現実じゃないからこそ、此方では幸せな物語にしよう」
決意は抱いた。彼女のその心に刺激を受けたようにリアムは顔を上げ大きく頷く。
「今度こそ護ってみせる。そうだろ、皆――!」
リアムの言葉にヨハンナは唇と吊り上げて「ああ」と小さく笑った。
今度こそ。
じぇい君はその言葉を飲み込んだ。自身の『プレイヤー』は彼女との再会を願っていた。その姿を探していたのだ。
それでも、彼女に引き金を引いた事を間違いだとは思って居ない。それ以降は贖罪の日々を過ごしてきたのだ。
今度こそは彼女たちを死なせない。話したい事もいっぱいある。だから、シャルロット――
●
「……さ、セイレーンとやらの退治だな! へへ、任せとけって。アタシはイルミナ、怖い物知らずの冒険者さ!
――初めまして、お嬢ちゃんたち。今度はきっと、護ってみせる。これが終わったら、たくさん……そう、たくさん話をしよう」
イルミナはにんまりと微笑んだ。彼女の言う『今度』という言葉に双子は不思議そうな視線を送るが、答えは返らない。
「ねぇ。その悲しさを、寂しさを晴らしてあげる為に、私たちには何ができるかなぁ」
ホワイティは柔らかに問い掛ける。戦いを仕掛ける前に聞いておきたかったのだ。
「どうしたんだいセイレーン。悲しい事や嘆いた理由が分かるなら教えて欲しいナ。もシ、彼女自身が知ってるなら……聞きたイ」
アイは『混沌を司る者』とその名を持つ書を手にまじまじとセイレーンを眺めて居た。美しい城と黒の混ざり合った翼のような髪。涙を流し続けた窪んだ眼窩には生者の気配は存在しない。
「あなたはどうしてそんなに悲しんでいるの。……とても綺麗な歌声なのに、聞いてるととても寂しい気持ちになるから。
よければ話を聞かせて欲しい。俺に出来るのは話と歌を聞くことだけど……それでも、思いの丈を教えて欲しい」
ヤーヤーは出来る限りセイレーンの悲しみを紛らわせたいと願った。戦う事で傷付け合っては何も得ることが出来ないと、そうとさえ考える。
「貴女はどうして、そんなに悲しんでいるのですか……何かを、喪いましたか?
悲しみで謳っているのでしょうか。聞かせてください、貴女の悲しみを」
桜陽炎は息を飲む。『私』はあの日、彼女に手を伸ばすことは出来なかった。敵ではなく識ることが今なら出来ると、そう感じられて。
――願わくば、救えれば。
それはシャルロットの望みだけではない。桜陽炎自身の望みとして。
「ア――アア―――ア―――♪」
魔物が、言葉を話すわけも無いとでも言うような、調子外れの歌声。それが『彼女の言葉』である事に気付いてホワイティは息を飲んだ。
アレクシアは「シャルロット君」と柔らかな声で呼び掛ける。シャルロットはびくりと肩を揺らしてアレクシアをまじまじと見詰めた。
「何か、わかることはある? ……ううん、それから、もし何か分かったら、君に教えるから。君は、優しいんだね」
「ううん、わたしは……」
「だって、危険な目にあいながらも、あの人を助けて欲しいって思ったんでしょう? その心は、きっと君の力になってくれる」
頑張るから、とアレクシアは地を蹴った。
「とはいえ……ふふ、殴り合って友情を確かめる系の助け方になりますけどね。さぁ、貴方の想いを歌に乗せてください!」
壱狐はビスコッティを護る様に立ち回りながらくすくすと小さく笑った。仁王立ちをしたまま、神刀『壱狐』を握りしめる。
「あんたにとってもこの子が大切なのはわかってんだよ。知ってるんだよ私達は。
――けれども、私達は、私は! 今度は必ず助ける、護るって約束したんだ!」
彼女に渡すわけには行かないとミーナは叫んだ。青褪めた月のミセリコルデとその名を有する慈悲の刃を煌めかせる。
「やれやれ、だな。夢のような世界とて帳尻合わせに歪みは付き物らしい。
この世界はあるいはオレ達の『こうあればいい』という祈りと願いを叶えたものなのかもな……その歪みが出逢うはずの運命をなかったことにしたわけか」
レニーは肩を竦めDX超合金剣ノルンを構えた。セイレーンにも色々と考えることがあるだろう。
「詫びって訳じゃねえが、代わりに聴かせて貰うぜ。届けたい人に届かぬ歌を、伝えたい人に伝わらぬ想いを、このオレがしかとな!」
堂々たる宣言と共に、彼女は走り出す。セイレーンへと届く様にと。
ホワイティのアイコンタクトでシャドウウォーカーは飛び出した。隠密行動に長けた己自身。
「……何て言っているのかしら」
問うたシャルロットにヨハンナは「分からない」と肩を竦める。せめて、彼女がその意味を知る事ができるまでは護ってやろうと、決意して。
(……俺は後悔してるんだ、シャルロットが傷付いても何もしてやれなかった事を)
花糸撫子はにこりと微笑んだ。紡ぐ歌はヴェールの様に揺らめいた。神秘の加護が花精霊のその身を包む。
マチネ・ソワレは響き渡った。セイレーンの歌をも『お静かに』と囁くように魔力を帯びた歌声を伸び伸びと響かせて。
「まあ、まあ、あなたの歌もやめさせてしまえるくらいに魅力的? そうだったら嬉しいわ」
くすりと笑った花糸撫子は「私の使命は何としても彼女達を守ること」とそう謳った。
「現実では話に聞かなかった彼女達だけれど、だからこそ私が知ることのできる『今の彼女達』を守ってあげたいの。だから1ミリだって傷つけさせないわ!」
彼女たちと、共にある己達。花糸撫子の言葉に頷いて、前線へと躍る様に飛び出したのはナハトスター・ウィッシュ・ねこ。
キラッと星を煌めかせ『ウィッシュスター・ねこ』は揺るぎない決意と共にスティッキを振って見せる。
「星猫魔法その2……降ってこい流れ星ー☆」
精度の高い、鍛えられた星々の煌めき。流れ星だって召喚したいと願った彼の思いに応えるように複数の星が落ちてくる。
「貴女の悲しみは僕が引きける!」
じぇい君はセイレーンを助けてやりたかった。シャルロットがそう問うたからだ。だからこそ、気を引けるだけ気を引いて出来るだけの救いを与えたかったのだ。
「どうしてそんなに悲しいの? 僕達に何か出来ることはないかな? 貴女の悲しみを僕に聞かせてほしい。
貴女の悲しみを癒やしたい。何より僕は貴女と一緒に笑いたい。出来る限り協力をするから、だから、お願い――」
じぇい君はシャルロットと笑いたかった。悲しむ姿なんて、視たくなかった。彼女と皆と、そこにセイレーンが加われば。そう願って敢て『殺しきらぬ可能性』を探っていた。
フェアレインはぐ、と息を飲む。言いたい事は山ほど合ったからだ。思いっきり攻撃をぶつけてやらねば我慢も聞かない。
「これこれ、Swは不意打ちはやってこそだよ」
唇を吊り上げた。インビジブル、気配を極限まで小さくするシャドウウォーカーのアクセスファンタズムは万能ではない。だが、セイレーンは何かに気をとられたままだ。
――いける!
そう確信すると共に高圧電流を纏ったダガーを投げ入れる。上級者向けの『シャドウウォーカー』専用武器がセイレーンの身体を縫い付ける。
後方へ下がる。距離をとりセミオートハンドガンで後退する間にも相手から目を逸らさぬ技術を鍛え上げた。
ミーナが叩き込んだのは猛毒の付与された苦無。シンプルではあるが、それが高度な技である事は確かである。
リアムは直ぐさまに至近距離へと飛び込んだ。セイレーンの歌声を弾いたのは頑丈な盾である。
がちり、と音を立て、その影より叩き込んだのは聖剣カサンドラ。セイレーンのその身体を深く抉り行く。
その剣に乗せられたのは星の煌めき、そして刻み込んだのは刻印。鋭く、華やかに、苛烈に。
「刻め、星の軌跡!」
その姿形は女性であった。だが、リアムは『そんなロール』を些末な事だとでも言うように、己を剥き出しにしていた。
ムーは地を蹴りセイレーンへと接敵した。小細工など、身に付けてはいない。宝剣アクストラクロスの切っ先に乗せられたのは幾度となく襲い来る苦痛。
この世界でのムーはねこなのだ。お魚を咥えて逃げる方である。一度近寄り叩き付けた斬撃。
続き、その体を一度後退させる。
「うーん、これがいわゆるクソモンスって奴ですか」
そう呟いたのは感動の『再会』への乱入者を指してのことであった。ムーの言葉に小さく笑ったアイは「違いないネ」と大きく頷く。
死にたくもない。だが、自身が生き残れる保証もない。それがR.O.Oで有ることをムーは知っていた。
「シャル、ビスコ。後ろでよーく見とけよ、アタシのカッコいい姿をな!
セイレーン、だっけか。見覚えがあるってヤツもチラホラいるけど、アタシは初めて会うな……ま、哀しいだけの歌は止めなくちゃな」
そう呟いたイルミナは悪戯に微笑んだ。どうせ謳うのならば、もっと楽しい歌が言い。
ザンバー・ブレードを手にセイレーンのその楚辺と飛び込んで、全力で叩き込む。闘志を込めた一撃にセイレーンの歌声が僅かに『ブレ』た。
「『視る』ヨ」
アイに「サポートしましょう」とムーは頷いた。叡智の魔眼(偽)と名付けられたアイの第三眼は情報入手に長けている。
だが、その入手頻度は決して高くないのだ。セイレーンが教えてくれないならば、最期まで見てやるまでだと何度だって目を凝らす。
探求の心得、そして趣味人としての高い造詣。それら全てを駆使してでもセイレーンの悲しみを感じ取ってやれば良い。
「だってそうだろウ? どうせなら完膚なきまでの幸せ名結末が望ましイ。
教えておくレヨ、セイレーン。――君の嘆きヲ、そして君にとっての幸せヲ、サ」
●
「貫け、流星!」
叫ぶリアムの剣が浮かび上がったセイレーンを追いかける。「退かないさ。護ってみせる。必ず!」と告げた言葉使いは『素』であれど気付くことはない。
続くイルミナは「セイレーン!」とその名を呼んだ。美しい歌声に悲哀が讃えられる。ああ、悲しいだけでは終われない。
アンドレイの『瞬刻ナブラ』はエネルギーを放った。強き男としての決意。シャルロットとビスコッティを護る為に立っているアンドレイにビスコッティは囁いた。
「ねえ、アンドレイさん?」
「何だ?」
「……どうして、みんな、わたし達をたすけてくれるの?」
ビスコッティの言葉にぱちりと瞬いてからアンドレイはぐしゃぐしゃと頭を撫でた。その答えは『今』は教えられないからだ。
仲間から距離をとっていたアレクシアは煌めく天を穿つが如く、弓を放つ。重ねる攻撃と共にセイレーンの全てを見逃さぬように。
「セイレーン、コッチだ!」
レニーは適当な小石を蹴り飛ばす。ばちり、と音を立てて神性を宿す雷が小石を包み込んでセイレーンの下へと飛び込んだ。
――――♪
「ああ、聞くって言っただろ? オレが聞いてやるよ!」
笑う声は、彼女の歌声で踊るかのように軽やかに。レニーの攻撃は止ることはない。これが理想の姿なのだ。夢の中で位、都合が良くったってバチは当たらない。
「これだけ聴衆がいるんです。真っ直ぐに全てを出し切ってください!」
壱狐は月光の如き堅牢さでセイレーンの前に立っていた。最大の攻撃は星を越え神様にも届く様に。
彼女は、あれだけのイレギュラーズが苦戦したのだから我儘な戦い方をしても良いだろうと深紅の攻装としての力を発揮していた。
綺麗な歌声だ、と感じていた。心も躍ってしまいそうな程に、美しい声。ソレでも悲しいままなのだ。
「嘆きを晴らしたいんだ」
ヤーヤーはそう、懇願した。少しでも、彼女にも笑って欲しい。シャルロットが助けたいと願ったその言葉の通りに。
躍る様に切りつける桜陽炎は幻想の花弁の如く舞踊る。
彼女を識りたかった。セイラ・フレーズ・バニーユ。高潔なる『嘆きのセイレーン』
その悲しみ全てを抱き締めてあげたいと願えども、あの歌声からは全てを感じ取ることは出来なくて。
何度だってアイはセイレーンの嘆きの意味を読み取るために努力を重ねていた。彼女の悲しみを分かち合いたいシャルロットはアイの努力に協力したいと歩み寄り――風が吹いた。煽られた射干玉の髪を慌てて抑えてシャルロットは「ごめんなさい」と呟く。
ごめんなさい。ビスコの髪だったら金色で綺麗だったのに。
「君の黒髪は本当に綺麗だネ。思わず見惚れてしまうヨ。
……実の所、僕は黒髪が結構好きでネ、だから僕の髪も黒髪が入ってるのサ」
ぱちり、と瞬くシャルロットにアイは背を向けて思い出したように『何時もの通り』の言葉を重ねた。
「……っとそうだ。君は今、幸せかな? もしそうなら嬉しいな」
「どう、して?」
「どうしてカ。僕ハ……幸せな光景を見るのが好きだからネ」
揶揄うように笑って、前線へと飛び出した。ムーがセイレーンの攻撃を弾き、受け止める。
「シャルロットの黒髪? うん、とっても似合うと思うよ。
姉妹で違うけどそれは君しか持ってないから、自信持っては言わないけど、価値を下げるのはもったいないよ?」
シャドウウォーカーは擦れ違いざま小さく笑った。
――アーマーブレイク!
シャドウウォーカーの衣服がスクール水着に変化したが彼女は気にする素振りはない。ムーは「支援は必要ですか」と問うがシャドウウォーカーは「死なば諸共だよ」と囁く。
一瞬でターゲットへと攻込む一撃。そしてそれはシャドウウォーカーの固有奥義『リーパーズフィンガー』
必殺の一撃を届かすために前へ、前へと飛び込んでゆく。
「絶対逃がさないからね、後ろから喉元を真っ二つに裂いてあげるよ」
歌声が風となり大地を揺るがせた。シャドウウォーカーの髪が揺れる。風斬りの一撃がスクール水着を傷付けようとも構いやしない。
「回復するよー☆猫ー……って言ってる場合じゃない!」
――星猫魔法その4……猫よ猫よ皆癒してー☆
そんな言葉を紡ぐ時間も無いかと支えるナハトスター・ウィッシュ・ねこにシャドウウォーカーは頷き礼を一つ。
「向こうの彼女は、嘆くなりに、堕ちたなりに変わることのできる……それなりに、見るところがあった人ではあると思いますから。
こっちの彼女にはあまり過保護にしなくとも大丈夫だと思っています。それ程傷つくことはないでしょう」
さらりとそう告げたムーの評価は揺らぎない。性質を反転させても『性質を変化させる』能力を持っていた鏡の彼女はイレギュラーズのように価値ある一生を終えたと感じている。
「もう一度、視て下さい。賭けます」
「アア、あれ以上何も言わないのかナ?」
揶揄うように笑ったアイにムーは「必要ないでしょう」とさらりと返す。
「……あなたも誰かの不幸を願っているの? それとも、ただ、寂しいだけなの? 誰かわかりあえる人が欲しいだけなの?」
アレクシアの声はただ、悲痛に響いていた。
死神の瞳を用いたミーナはセイレーンはもう長くは持たないだろうと気付く。風の声を聞き、ほんの少し先の未来に手を伸ばすように。
彼女を二度と奪われないという意思を込めて、ミーナはセイレーンへと攻撃を届け続けた。とっかり仮面は「協力するぜー!」と叫ぶ。
「セイレーンの話くらいは聞いてやりたいんだ! シャルはあげられないけどよ!
けど、シャルと話せば良い。友達にだってなれるし寂しくだって無くなるぜ?」
にんまりと笑ったとっかり仮面にシャルロットは「おはなし」と瞳を輝かせた。
「俺様自身はあいつと直接関わらなかったからな。あいつを助けるのは俺様じゃねえ、だから任せたぜ、俺様に出来るのは手助けだけさ」
アンドレイの言葉にヨハンナは目を見開いた。セイラを救うのは誰の役目か。それは――シャルロットなのかも知れない。
それでも、シャルロットに背負わすだけではダメだ。故に、自身が飛び込んだ。
「……なぁ、この世界にお前を愛してくれたパニエも旦那様も居なかったのか? せめて、その歌声は俺が覚えていようか……聞かせてくれ」
ヨハンナのその言葉に、セイレーンは動揺した。
「パ、ニ――あ、ああ―――――♪」
彼女は、幸福そうに笑いそして、複数の攻撃を『吐き出した』
歌が刃となり襲い来る。桜陽炎は『事前のデータ』で把握していた。セイラ・フレーズ・バニーユの愛した女性(ひと)はこの世界では幸福に暮らしている。彼女は、女性を愛し、愛した女性は彼女の亭主を愛していた。歪な関係であれどもそれで続いていくと願ったセイラのくだらない純情。
「……パニエさんは、旦那様と幸せに暮らして居る、そうでしょう?」
「……よかったな、セイレーン。パニエを幸せにしたかったんだろう」
セイラはパニエを幸せにしたかった。そこに己の座席がなくとも、彼女が笑ってくれる世界を望んだ、その結果ならば。
それでも、『寂しかった』のかもしれない。
「セイレーン。……あの子は、ここで生きているよ。大丈夫だよ。……呼ばなくていいんだ」
ナハトスター・ウィッシュ・ねこは息を飲む。セイレーンが会いたいのは猫じゃない。セイレーンが欲しいのは。
そこまで感じてからナハトスター・ウィッシュ・ねこは笑う。「もう『呼ばなくて』良いんだよ」と。この世界に反転なんて恐ろしい事、必要ないのだと。夢の中に微笑むように。
じぇい君は「君も、一緒に笑っていようよ。寂しがらないで、もう――」
そう、手を伸ばした。『彼女』が笑ってくれるならば。それだけで幸せになれるはずだ。
ねえ、みんな笑って。
意識を引き続けるホワイティはセイレーンの苦しみを全て受け止めていた。必ず、守り通す為にこの力を手に入れた。
シャルロット達を守るための力を使わずしてどうするのかと、強く決意をし続ける。
「もうアンコールの体力もないですか? 口から出る歌が嘆きだけなんて勿体ないですからね」
壱狐のその言葉にコスモは小さく頷いた。嘆くだけしかなくとも、勿体ない。ああ、けれど――
「シャルロット様、泣かないで下さい。時には、戦うことしか対話する手段が存在しないこともあります。
それでも、初めから手を取って笑い合うことを夢想してしまうことは、どうしようも、ないのです」
素敵な事ですよ、と囁いた。コスモは柔らかな声で、癒しを続けてゆく。仲間を支え、出来るだけ『シャルロット』を支えるために。
コスモは柔らかに微笑んだ。
「シャルロット様、痛いですか?」
「……ええ、痛い。胸がきゅうってなるの」
「そう、ですか」
その痛みは、嘗ての己が識ったものだった。
――……ですから、私は伝えます。貴女が今、こうして私の前に居ることが嬉しく、貴女が居なくなることが……何故でしょう。
どうしようもなく、痛いのです。
どうしても、痛かった。痛かったけれど、その先にあった幸福を確かめるようにコスモは手を伸ばす。
フェアレインは走る。走って、走って、そして声を張り上げる。放ったのは荷電粒子砲。
「それになセイレーン。ここにいるあの子はミロワールじゃないし! 鏡でもない!
きっと月の浮かぶ夜空みたいな髪色の姉妹だと周りに温かく見守られながら生きていくんだ!!
もう二度とあんな思いをしない為に、シャルロットとビスコッティを守る為に――セイレーンを終わらせる!」
叫ぶ、その声に目映い光が包み込む。安らぎを与えるために、広がるそれはセイレーンの歌声を、揺らがせて。
ヨハンナは甘んじて攻撃を受け止めたって良かった。
この世界でだって死ぬ事には慣れたくは無かった。不死ノ王などと謳われた過去など置いてきたのだから。
それよりも、喩えデータであろうとも『シャルロット』が死ぬ瞬間をもう一度その目に焼き付けたくはない。
――……言っただろ? シャルロット。俺、約束は守る主義でな。俺がお前を……妹の元へ送り届けよう。
あんな言葉、もう、二度と。
――ねえ、ヨハンナ。聞いて。わたしね、うれしいの。
……もしも、もしも、生まれ変わることがあれば、わたしの為に『泣いてくれるあなた』の側にもう一度行きたいわ。
幾らだって、泣いて遣ってもよかった。本来の名を呼び掛けて愛おしそうに笑ってくれるシャルロットの傍から飛び出した。
他が為の英雄譚はバッドエンドなんて認めなかった。些末な失敗を捻じ曲げる程度、だが、それさえも常人の身には重たい。
「ッ――シャルロッ」
手を広げ、セイレーンの歌声を真っ正面から受け止めた。彼女が標的になった瞬間を『見極めた』だけ。ただの予感としてしか使えなかった。
「ど、どうし……」
「はは。この身が何度擦り切れようが関係ねぇ。言ったろ? 俺、約束は護る主義でな……!」
そんな約束、いつしたのだろうか、とはシャルロットは言わなかった。彼女との間にとても大事な約束があった気がしてならないのだ。
ヨハンナ、と呼ぶ声が掠れる。彼女のその泣き顔に、ヨハンナは可笑しそうに笑った。
「……俺は大丈夫さ。シャルロットが無事なら。きっと、また逢える」
「ほ、本当……?」
「ああ、だから、その時は伝えさせてくれよ」
――ブラック・ベルベット。彼女が生まれ持った色彩と同じ、射干玉の花。ヨハンナにとって大切な色。
その髪の色はとても美しいのだと。次に出会った時には髪を梳いてやろう。美しいと囁いて。
「死ぬまで退く気はない――否、死ぬつもりも無い。話したい事があるんだ。だから――!」
だから、止ってくれ、とリアムは叫んだ。セイレーンの歌声が止む。
アレクシアは「助けたいの」と手を伸ばした。唇が動いた。アレクシアを見詰めて、何かの言葉が紡がれる。
どうか、
アレクシアは目を見開く。
――どうか、彼女を、幸せに。
唇を噛み、モンスターを救うことが叶わぬかとアレクシアは苦しげに息を飲む。
セイレーンとリアムと、視線が交錯し合う。
笑った、と。息を飲んだ刹那、その身体は海の奥深くへと、落ちて往く。
「……ごめんね。けれど、あなたが愛した"あの子"は、わたしが守るから。せめて、安らかにねぇ……」
ホワイティは願う。海の中に落ちて往く恐ろしさは、自分とて識っている。
だから、またね、と囁きたくなったのだ。この場所で、美しい花と共に、あなたと出会える再度(もういちど)があるかもしれない。
●
「みんなで美味しいものでも食べようよ。僕おなかすいちゃった」
はあーと溜息を吐いたじぇい君にビスコッティは「わたしも!」とにんまりと微笑んだ。
「くぁー、疲れた! へへ、どうよ二人とも! かっこよかったろ、アタシ。ほらほら二人ともこっち来いよ、頑張ったアタシを褒めろー!」
イルミナが手を伸ばせばビスコッティは「きゃあ」と笑い始める。人懐っこくて、天真爛漫。明るくて『シャルロットにはない沢山のものを持っていた』彼女。
「ほら、シャル。おいで。
……お前達のお陰なんだぜ? アタシが頑張れるのは。だからさ、二人でずーっと仲良く、元気に暮らせよな」
おずおずとその腕の中で照れくさそうに笑ったシャルロットにイルミナは息を飲む。
――イルミナも、迷いはありません。約束通り、花を1輪。そしてシャルロット、貴女を殺します。
……シャルロット。貴女のおかげで……イルミナは、本当の意味で戦う意味を見出したのかもしれません
あの日、ああやって告げた自分に教えてやりたい。戦う意味を得られたんだ。彼女の笑顔はこんなにも、幸せなのだ! と。
「あー、なんだ。その……もし二人が良かったら。ちょくちょく遊びに来てもいいかな、ここに」
「勿論。ね、シャル?」
「うん、また、来てね……?」
シャルロット、とフェアレインは緊張したように彼女の名前を呼んだ。
「初めて会うのにこんなこと言うのは変だが、生きててくれてありがとう。
後……一回だけぎゅーっと抱きしめてもいいか? もう夏でもふもふは暑いから駄目だろうか?」
「え、あ、ど、どうぞ……?」
おずおずと抱き締めるその小さな掌に重なったのはもう一つ。ビスコッティは「わたしもモフモフするわよ?」と揶揄うように小さく笑う。
「無事だったか?……ああ、あいつは、『助けた』よ。こうする事が救いなんだ。墓でも作ってやるか?」
「……ううん、きっと、海に帰った、から」
これ以上は良いの、とミーナにシャルロットは微笑んだ。
「いいのか?」ととっかり仮面は問う。寂しくないように作ってやれば、と提案したがシャルロットは「ここで待っていれば彼女が来てくれる気がするの」と照れくさそうに笑うだけだ。
「わたしも!」
「ビスコも、そう言うから」
「このお花畑に来た時には、セイレーンのことを思い出してあげて。あの人が、寂しくないようにねぇ」
ホワイティに大きく頷く二人の様子は可愛らしい。だが、明るく天真爛漫なビスコッティと引っ込み事案のシャルロットは本当に正反対だ。
「改めて見ると……まるで真昼と真夜中、対照的な姉妹だな」
リアムの言葉にシャルロットはばつが悪そうに俯き、ビスコッティは「どう思う?」と囁いた。
金色の髪は家族と同じ。シャルロットだけ、遠い縁のある誰かの黒髪を引いてしまったのだろう。
「いや、悪い事じゃない。二人揃って一日の巡りが出来上がる。お互いが欠かせず、お互いが支え合う関係だ。
……シャルロット。もし、その黒髪を気にしてるなら大丈夫だ。その……その色は――好きなんだ。優しい夜の色だから」
照れくさそうに、リアムは微笑んだ。髪を触っても良いかと問うたリアムへとシャルロットはおずおずと頷く。
「ほら、陽に透かして見てみよう。そうすれば、煌めく髪の光が星のようだろう?
夜の星は希望の道標。二人の願いを、祈りを。きっと叶えてくれるさ……二人とも、これからも幸福に生きてくれよ」
――ええ……。私が魔種じゃなかったら恋をしていたかもね。
ロマンチストな彼女は、そうやって揶揄ってくれたのだ。その笑顔を思い出してしんみりとしたリアムにビスコッティは「おねえさんって、なんかカッコイイのね」と首を傾げ――
「……えっ、あ、口調? え、えーっと、気にしないでくれると嬉しい、わ!」
慌てて『女の子』を粧うのだった。
「ね、シャルロットちゃん。キミのその黒い髪、とっても綺麗だねぇ」
ホワイティの言葉に、シャルロットは不安げな顔を見せた。だから、勇気の灯火を灯そう。
彼女なら、きっと受け止めてくれる。ホワイティはそっとその手を取った。
「周りと違うって、寂しいよねぇ。けれど、ありのままのキミを愛してくれる人はいるよぉ」
『キミ』が背中を押してくれる気がする。そっと、『君』を抱き締めたい。
――泣いてないよぉ。
――うそ、ないてるわ。
揶揄うような、シャルロットのその言葉を思い出す。抱き締めてくれる、その腕の力はあの時と同じ。
君を映した。君がいなくなっても良いように――君と、分け合えば、怖くはなかったから。
「だから、笑っていて。キミを好きでいてくれる人の為にも」
約束だよ、『シャルロット』ちゃん。
「その髪が嫌いか? ほら、私も一緒の黒いさ。それに、お前の家族は、妹は、嫌いだなんて言ったか?
家族は何があったって味方だよ。そして、私達も、な。忘れないでくれよ? 私達はずっと、友達だって、な……今度、冒険にでも行くか?」
「冒険だなんて、狡い!」
そうやって笑ったビスコッティは「わたしはシャルがすき」と堂々とそう告げる。家族と違う黒髪を気にするだけ無駄だったかのような明るい太陽のような彼女の言葉を聞き、ミーナはくすくすと笑った。
「お父さんから一つアドバイスだ。自分の子供ってもんはどんな見た目でも可愛いもんさ。一人だけ黒髪だろうが自分の子供に違いはねぇんだ」
アンドレイのその言葉にシャルロットは「ねえ」と声を震わせゆっくりと近付いた。
「あなたは、おとうさんなの?」
「そうだ。俺様は、おとうさんなんだ」
揶揄うように笑ったアンドレイにシャルロットは「あなたの子供は、きっと幸せね」と呟いた。
「いいや、シャルロットのおとうさんだってそうだ。いや、違うな。……血が繋がってようが繋がらなかろうが大切に思う気持ちは一緒さ」
がしがしと乱雑に頭を撫でてやる。『別の場所で出会った君のおとうさんだよ』なんて、言う事はできないけれど。
シャルロット、と読んだその音に込めた愛情は本当の『父親』にも負けないほどの愛情が滲んでいた。
「はじめまして、俺はヤーヤー。見ての通り真っ黒なカラスだよ」
「鴉さんなのね。ふふ、とっても綺麗なくろい色なのね」
シャルロットの前で丁寧なお辞儀をしたヤーヤーは彼女の言葉は何時だって自分を勇気付けてくれる気がしていた。
「聞いてくれる? ……聞き流しても大丈夫だから」
「聞くわ。聞かせてくれる? 鴉さん」
シャルロットの声は『あの時と同じ』で心地よい。あの日、丁度一年前に秘密を共有したその瞬間を思い出して。
「俺は自分の身体とか瞳とか、コンプレックスが強くて、でもある女の子にね、自分の瞳を見せたことがあるんだ。
その子は『きれいなひとみをしているのね』って言ってくれた……それですごく救われたんだよ」
影で隠された素顔を見せてくれた彼女。
今は影すら纏わぬただの彼女でも、心に抱いた不安はあの時と同じだ。
「……だから俺にも言わせて欲しい。俺はシャルロットの黒い髪が、とても綺麗だと思うんだ」
――ねえ、ドゥー。あなたは、きれいなひとみをしているのね。
君の、綺麗な笑顔が。重なった気がする。何処か不安げに揺らいで、そして嬉しそうに涙を湛えた綺麗な笑顔だ。
「そう、でしょう? わたし、鴉さんと同じとっても素敵なくろい色なの」
●
「髪や瞳の色は、考える以上に気になるよな。オレも大切な家族と揃いでな。他の家族に羨まれた事もある。だから少しだけわかるぜ」
「羨まれ?」
レニーは苦々しく肩を竦めた。血の繋がりはなくとも、偶然にも髪と眸の色彩が似た母代わりのシスター。他の孤児からは羨望と嫉妬がぶつけられた。
幼いが故に、想いの大きさを感じ取り、気付いたのだ。もしも、違う色彩だったら? 自分は大切な存在ではなくなる?
そんな正反対な悩みを小さな彼女が抱えているならば、力になりたかった。シスターに聞くことは出来なかった――『もし、髪と眸の色が違ったら?』
その疑問を抱えたまま大人になって欲しくはない。
「そう。『もし同じ色なら、もっと素敵な自分だったかもしれない』なんてな。
自分の悩みは自分にしか解けない。だからさ、聞いてみるといいぜ? 『私の髪、どう思う?』ってさ。シャルロットの心に響く言葉をくれる、一番大切な人にさ」
わたしを好きだと言ってくれた彼女に髪の毛のことを聞く。それがどれ程恐ろしい事か、と不安を揺らがせるシャルロットのかたわらでビスコッティは笑う。
「ねえ、レニーさん」
「なんだ?」
「わたしったらあなたにいわれて気付いちゃったの。素直というより、強引じゃないとシャルには伝わらないって!」
そうやって笑うビスコッティにシャルロットは不思議そうな顔をする。
「ああ、そうだな。思い当たらないなら、オレにしてくれていいぜ?」
ジョークを交えたレニーからシャルロットを隠すようにビスコッティは「わたしを通してくれなくっちゃ」と揶揄うように笑う。
「芸がないかもしれないけれど、やっぱり二人を見てると送りたくなってしまいましてね。
例え鏡に写った姿でも、良いものを見ると感動できるものですよ。ここも、貴方たちも」
どうぞ、と壱狐が差し出したのは万華鏡。シャルロットとビスコッティは「綺麗」と瞳をきらりと輝かせる
「シャルロット様、今は『いたくない』ですか?」
コスモの問い掛けに、シャルロットはどこか、不思議そうな顔をしてから――笑った。
「ボク、黒い髪好きだよ。綺麗な、夜空に近い色だから」
「あなたは、ビスコッティと同じ色、なのね」
金色の、きらきらとおほしさまとおつきさまをとかしたような。
そう告げるシャルロットに「そうだね、ビスコさんとおそろいなんだ」と猫を抱え上げて肉球でぷに、とその頬を突いた。
「ナハトさん、ビスコにも猫を貸して頂戴な! 黒い猫が良いわ、シャルロットみたいな、かわいいこ!」
「……だって」
どう思う、と問うた少年にシャルロットは「ビスコに貸してあげて?」と何処か照れくさそうに微笑んだ。
「また遊びに来るよ。その時は綺麗な髪に似合う飾りでもお土産に。
だから、自分に自信を持って、誰かと比べるまでもなく、君は──とっても素敵な子なんだから!」
ね、と手を握りしめたアレクシアに「あのね」とシャルロットは小さな耳打ちとおねだりを一つ。
よければ、ビスコとあなたと、お揃いを。
そんなおねだりにアレクシアは「探さなくっちゃ」とにんまりと微笑んだ。
「シャルロット様のお髪は、私の瞳を惹きつけます、ね。ビスコッティ様は、シャルロット様と仲がよろしいのですね」
コスモにビスコッティは「そうでしょう?」と自慢げにシャルロットを引っ張った。
何時か果たすべき約束はここにはなくとも何処に居たって『シャルロット』は『シャルロット』だから。二人がどの様な日々を送っているかが識りたかった。
ビスコッティは沢山の思い出を語る。小さなカニを水槽で飼ったことも。ジュースを勝手に飲んでシャルロットに怒られたことも。
そんな、何気ない日々が、何よりも愛おしくて――
「私からは次のお誘いをしたいの。あなたの黒髪も、私の髪も、優しい夜の色みたい。そうでしょう?
よろしかったら、次は月の光の下を散策なんてどうかしら。彼女(セイレーン)の穏やかな眠りを祈って、一緒に歌でも歌ってみない?」
「月のような、わたしのかたわれも連れて行っても良いかしら?」
花糸撫子はぱちりと瞬いてから「勿論よ」と微笑んだ。
「だって、月がない夜は暗いだけでつまらない。あなたがひかりを連れてきてくれるなら、あなたがひかりを輝かせてあげられるなら。
私はとてもうれしいわ。それじゃあ、約束よ。何時の日か、夜のかたわらでうたいましょう?」
指切りをおずおずと交したシャルロットは約束、と呟いた。
沢山の約束が、誰かを縛り付けると思っていた。けれど、そうじゃない――ああ、『わたしってとってもしあわせ』だったんだ!
「お嬢さんはとても優しいのですね。その綺麗な黒い髪のように、全てを包み込んであげる優しさ。それは、尊いものだと思います。
あなたはあなた。とても綺麗な『あなた』を、大切にしてくださいね」
桜陽炎にシャルロットは「みんなが褒めてくれるから、どこかはずかしい」と照れくさそうに微笑んだ。
「シャル、ビスコ!」
駆け寄ってくるその声に桜陽炎は振り向いた。見慣れたその姿は『自分自身』だ。
現実世界とは大きく粧いが異なったリンディス=クァドラータは息を切らして駆け寄って肩を竦める。
「もう、心配しましたよ。新しい絵本が手に入ったから届けに行くと言ったではないですか。……何を、してたんですか?」
ビスコッティとシャルロットはリンディスを見詰めてから「ふふ」と二人で笑い合う。
「「とっても素敵な冒険をしたの! わたし達って、とってもしあわせだったな、って!」」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
一年越しのおはよう。
――それから、またね。
GMコメント
夏あかねです。『隣り合わせ』のままで。
●成功条件
シャルロット・ディ・ダーマとビスコッティ・ディ・ダーマを護る事。(モンスターの撃破)
●シチュエーション
拙作『ブラック・ベルベットの花葬』(イベントシナリオ)と同じ場所。
小高い丘には花が生えていますがお墓は一つもありません。見晴らしの良い美しい花畑です。
この近くにダーマ姉妹は住んでいるようです。
セイレーンを確認して双子の姉妹は、皆さんと共に彼女の最期を見ていたいと、そう言いました。
●モンスター『セイレーン』
皆さんの中には何処かで見た事があるかも、と思うかもしれませんね。白い髪は毛先に向かうにつれて黒く。茶色の瞳。
アホウドリのような翼の――まるで、どこかのだれか。『嘆きのセイレーン』と呼ばれる哀しげな歌を歌うモンスターです。
酷く淀んだ歌を歌う彼女をシャルロットはとても哀しげで、可哀想だと言っています。
歌と魔法を攻撃手段に有します。
●シャルロット・ディ・ダーマ
魔種『水没少女<シレーナ>ミロワール』『鏡の魔種ミロワール』と呼ばれた少女。
黒い髪、黒い瞳の少女。『鏡』の性質を持った魔種でしたが、シルキィ(p3p008115)さんのPPPで影が打ち払われました。
R.O.Oでは魔主にもなっていない普通の少女です。勿論、家族と幸せに過ごしていますし、双子のビスコッティと共に居ます。
幸福そうな――それでも、胸に翳りを抱いた、少女。
彼女はあくまでも、R.O.Oのデータです。現実には何ら影響を及ぼしません。彼女は皆さんを識りません。
けれど、此れは淡い夢のようです。ありえたらよかった。ありえなかった、世界。
彼女は黒髪にコンプレックスを抱いて居ますので、出来れば、そのコンプレックスを無くすように話しかけてあげてください。
屹度、それが彼女が生きてゆくための勇気になるでしょう。
●ビスコッティ・ディ・ダーマ
光のような髪に、黒い瞳。シャルロットの双子の姉妹。とても勝ち気で、元気。
何時だってシャルロットを引っ張っていく、そんな素敵な女の子です。
現実世界ではシャルロットによって殺され(ミロワールが反転した理由です)故人となっていますがR.O.Oでは幸福そうに過ごしています。
●ROOとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline
※重要な備考
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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