シナリオ詳細
<ナグルファルの兆し>憎悪の虐殺
オープニング
●暴風到来
「幻想の勇者が選出されたそうだな」
「いやはや、実にめでたい事だ。益々、イレギュラーズの威光も増すというもの」
真夜中、数人の領兵が巡回警備の退屈しのぎに世間話を始めていた。
その一人はヘドウィンという。奴隷商人も大暴れした『ヴァーリの裁決』の件で、ここ『義賊』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)の領地を襲撃した人攫いの山賊であるが、どういうわけだか他の山賊共々助命され、その経緯に感服したのもあってそこからは真面目に下っ端働きに務めていた。
然るに、山賊アガリの彼は幻想国家の政治的な世情に疎い。彼の嬉々とした態度に「たぶん、イレギュラーズにとってそうは喜んでもいられない」と話相手の領兵が首を振った。
「なに、幻想貴族がイレギュラーズが勇者である事に異を唱えている? 出自の別け隔てなく、我らが幻想に尽くしてくれているというのに」
ヘドウィンとて選ばれた勇者達がそれ相応の働きをした事は知っている。その中には悪人仕事と断じる事が出来るものもあっただろうが、清廉潔白な者がそう多くない幻想貴族がそれだけを理由に異を唱えるとも思えぬ。
「まさしくお前さんが言ってる事だよ。一部の幻想貴族にとって、出自不明の人間や他国の……いや純種ならまだしも、異世界の人間が勇者と崇め奉られるのは、この上なく面白くない」
「それに幻想に属してても黒い商売で儲けてるなら厄介極まるってもんだ」
「まぁ、同意はできなくとも理解はできるが」
ヘドウィンは勇者と称される者達にウォーカーが数名混じっているのを思い返した。主のアルヴァとて、出自不明の若き身の上でアーベントロート領を任せられている事から面白くないと思う輩は居ろう。果たしてその感情が権威への嫉妬か、領地の内情にあるのか、それはさておき……。
何かが起こっていると理解し始めたのは、交代の領兵が現れなかった事からだ。
「アイツらめ、またすっぽかしやがったか?」
「いや、なんの連絡も寄越さずにそれはなかろう」
どれだけ不真面目な領兵であっても、大騒ぎにならないように若い奴を一人寄越してサボる旨を伝える。
これはどういう次第であっても確認する必要がある。兵士数人で酒盛りしていて寝入っているのであれば頭を小突くでよし、もしもそうでないならば。
「オイ。交代の時間だ。そろそろ用意を――」
詰め所まで辿り着き、すぐに領兵の一人が扉を開いた。勢いよくバネが弾むような音がする。ヘドウィンは「扉の蝶番がイカれたか?」と一瞬誤解しかけたが、そうではない。
「!!!!」
扉を開いた領兵がぐらりと仰向けに倒れた。その額にはボルト(矢)が突き刺さっている。
「侵入者!!」
事態を認識した領兵の一人が咄嗟に叫んだ。詰め所の中に潜み、顔を隠した何人もの某かが弩や短剣といった小型武器を使いこなし、その援護でリーダー格と思しき人間が次々に領兵へトドメを刺していく。
――なんだ。どこぞの密偵か?!
ヘドウィンは攻撃を捌きながらも先ほどの話を思い出し、相手の正体を見極めようとする。領地が襲撃される理由は考えてみればいくらでもある。イレギュラーズを厄介に思った奴隷商人の復讐、最近黒い噂の絶えないミーミルンド派貴族……。
このヘドウィンという男も、一応はイレギュラーズとタイマンを張った事があるくらいには実力者である。他の領兵がやられていく最中、どうにか槍で致命打を逸らしながら退却する機会を窺っていた。
「頼りないわね。下っ端兵士如きを瞬殺出来ないだなんて」
女の声が聞こえた。そして何かがヘドウィンに向かって飛来し、それを防ごう槍を動かして――その槍を持った腕が切断され、宙を舞った。
「……は?」
わけのわからぬ武器で容易く腕を切断され、声にならない呻きをあげるヘドウィン。激痛を堪えながら、武器を投げつけてきた女の方を睨みつける。
「あら、アナタ。まさか、人攫いの山賊さん? まさか、アルヴィがアナタを雇い入れてるだなんて。思いもしなかったわ」
視線の先には、アルヴァと同じように青髪で、垂れた耳を持った……スタイルの良い獣種の女。彼女は胡乱だ表情で「やっぱり、あの子はとても優しい子だからね。まったく仕方ない子ね」と一人で恍惚としている。
――領地を襲撃するように唆した女!!
ヘドウィンはその女を目の前に、思い出した。山賊の身であった以前にこの領地を襲撃するきっかけとなる情報を寄越してきた獣種の女性だ。
「お、お主、何処ぞの密偵であったか?! だからあのような真似を……!」
ヘドウィンの言葉に、獣種の女性は首を傾げる。そうして、周囲で共闘している者達を見回して、ようやく理解したように笑みを浮かべ。ヘドウィンの頭髪を掴み上げた。
「悪く思わないでね。元々そうだったわけじゃあないのよ? ……でも、『そうした方が幻想をブチ壊すため』の近道だと思って」
わけがわからぬ。血が頭に回らなくなってきたヘドウィンは、逃げるのを諦めたように彼女の傍らにいる者達が自分にトドメを刺してくれるのを待った。
相手側の一人がそれに応じる為に一歩前へ出たが、獣種の女性は全く意に介さぬように話を続ける。
「そうね。アルヴィを呼ぶにはメッセンジャーが必要だわ」
彼女はヘドウィンの頭から手を離すと、仰々しく腕を広げ、一世一代の大舞台に立った女優のように大きな声で名乗りをあげる。
「我は魔種、ニーア=ド=ラフス。ゆえあって、弟アルヴィが治めるこの領地にて『大虐殺』を行います。どうぞ、それを止めたければイレギュラーズをお呼び下さい。アナタの脚が遅れる度に、民草の誰かが犠牲になりますよ? ふふ、うふふ……」
●暗躍阻止
顔面蒼白のヘドウィンがローレットギルドにやってきたのは、それからすぐの事だ。
「あぁ、あぁ、いや、治療は後でいい……それより、アルヴァはいるか? いや、戦える者ならあれを。頼む、頼む……」
片腕をなくして瀕死の状態であったが、それでも事の内容をその場にいたイレギュラーズに伝える。
「どこぞの密偵と、魔種が共同で攻めてきた?」
それを聞いて驚いた顔をするのは『狗刃』エディ・ワイルダー(p3n000008)。大虐殺と聞いて心穏やかにはいられない。
「何故に、あの女はあのような事を……」
「最近の情勢を考えるに思い当たる事がないわけでもないが……いや、今はゆっくり休め。ありがとう」
ヘドウィンから状況を伝え聞いたエディは彼を救護室の方へ運ばせ、事の内容を整理した。
「イレギュラーズの領地に、魔種が手勢を引き連れて攻め込んできた。地の利は俺達にあると言いたいところだが、兵も市民の避難を優先させればそこまでの優位は期待出来ぬ」
純種にとって魔種はそれほどに脅威だ。ヘドウィンのありさまからも、一般の領兵にむやみな期待をすると被害が増えかねない。エディは戦力的な事以外にも、この事件についての懸念を述べた。
「共闘している密偵。あれは魔種とは別の勢力かもしれぬ。イレギュラーズに一杯食わされた奴隷商人か、何らかの思惑を持つ幻想貴族か、詳しい事はこの場で断定出来ないが……あまりにもやり方が露骨だ」
その前提の元に、エディは苦い顔をしながら話を続けた。
「ニーアという魔種の思惑はそれこそ謎だが……もう片方の勢力にとってこれも計画の内の一つに過ぎないのだろう。もしもこの虐殺が大々的に成功したと世間に知れ渡ったら? ――イレギュラーズに内心で反感を抱く者達が、好機とばかりにイレギュラーズの領地へ直接的に暗躍を仕掛けるきっかけにもなるだろう。『勇者気取りのイレギュラーズなぞ、恐るに足らず』とな」
すなわちこの件へ関わっていない敵対者からも軽く見られ、それが更なる暗躍の呼び水になりかねない。
それを未然に食い止める為にも、イレギュラーズはその領地を救いに行かねばならなかった。
- <ナグルファルの兆し>憎悪の虐殺Lv:10以上完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年05月31日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●回生
領地には血と火薬の臭いが混じり、奇妙な臭気を醸し出していた。だが市民の誰一人それをとして気にする事はない。
「こ、こっちの通路を使って逃げて、ぐァっ!」
否、気にしている余裕がない。市民の避難を誘導している領兵の首が、いとも簡単にかっ切られた。
それをやったのは密偵頭か、あるいは魔種ニーアか。その二人が暴れ回る形で次々と虐殺を実行していく。
「畜生!!」
捨て身の覚悟で仲間を逃がそうとした領兵の一人が密偵頭に突撃する。
剣の刺突。それが命中する寸前、四方八方の矢弾が降り注ぎ、領兵の一撃を食い止めた。
「…………」
密偵頭は押し黙ったまま、まだ残る領兵の方へ視界を向ける。
彼らは今までの戦闘を目の前にして、ほとんど戦意を喪失している。マトモな領兵でさえ他の者を逃がすのに精一杯で、新兵においては市民を押しのけてでも逃げようとする有り様だ。
率直にいえば、この場で領兵を立て直す指揮能力のある人間がおらぬ。こうなればもはや防衛戦だとか、撤退だとか体を成していない。虐殺であった。
「そこまでだ!」
そんな絶望的な状況を払ったのは、何処かしらから響いた若い男の一喝だろうか。続けて、もっと若々しい子供の声も響いてくる。
「はい注目、イレギュラーズ参上っす! みなさん落ち着いて纏まって行動っす! 屋内へ、役所へ避難するっす」
ファミリアと協力しながら市民にそう呼びかけるはイレギュラーズ、『赤々靴』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)。それを察知した密偵達の行動は早く、即座に逃げ去る市民へ弩で狙いを定めた。
「そこまで、っつっただろう?」
先に一喝した若い男――『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)が、密偵の一人に掌から衝撃波を撃ち放つ。密偵側もそれを受け止めようとするが、グレンの放った衝撃はそのまま相手の意識を刈り取った。
今まで追い詰められるだけだった窮鼠達から歓声があがる。実力を以てして士気を持ち直したというところだろうか。初撃が好打にハマった事もあって気分を良くしたグレンは、敵前にあっても快活に大声を発して領兵達を鼓舞した。
「今ここで! 最も安全な場所は何処だ?! この俺、グレン・ロジャースの、イレギュラーズの元だッ!」
「領兵さんは民を護りながらグレンさんの指示に従って避難の誘導と退避を優先するっす!」
グレンとレッドはそのようにして市民、領兵達の恐慌状態を一旦収めていく。
グレン自身の統率能力もあってか、士気を立て直した領兵の中から弓を手に援護射撃の準備に取りかかる者も現れた。
「そして領兵よ! 女子供を、お前達の家族を護るのは誰だ? 俺か? お前か? 否、俺達だ! 共に護るぞ!」
「……面倒だな」
倒れ伏した部下を横目に密偵頭も声を漏らすように呟いた。
本人自体が戦闘力を持ち合わせている事もあって、グレンという輩は即刻潰さねばならぬ。然らば、ニーアを突貫させて速攻を仕掛けるべきなのであろうが。
「……レッド。レッド。レッドミハリルアストルフォーン……」
そのニーアは特定のイレギュラーズに固執している様子が窺える。
密偵頭は「戦術レベルで頼るつもりは毛頭ない」と言わんばかりに、グレンに向けて部下達を集中的に差し向ける。
「おっと、正々堂々喧嘩売ってくるとは中々大胆不敵だな、ったく……売られた喧嘩、その名に懸けて買ってやろうじゃねえか!!」
集中して飛来する矢弾、一つ、二つ、三つ。卓越した防御で容易く受け止める。しかし四つ目からは騎士盾の側面を突くように撃ち放たれ、グレンの腕を穿った。
「くっ……!」
防御が崩れ、回避する余裕も無し。それを好機として密偵頭が動こうとした。
「アわせて!」
何処からかそんな声が響いた。戦場に矢が飛ぶ細く鋭い音が鳴る。密偵頭は腰の短剣を抜刀ざまに切り上げて、飛来してきた矢を弾き飛ばした。
「悪いネ。本命はこっちだ」
領兵の援護を受けて密偵頭に直接切り込んだのは、『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。
密偵頭は逆袈裟に動いた腕を引き戻そうとするが、その前にイグナートが間合いに踏み込んだ。覇竜穿撃。イグナートはさらけ出された相手の右肩目掛けて、右腕の呪腕を突き出す。
「……ッ!!!!」
密偵頭の肩から嫌な音が鳴る。骨折、いや、脱臼したか。彼の手から力なく短剣がこぼれたが、密偵頭はそれが地面で落ちる前につま先で蹴り上げる。
その隙を見て誰かが行動を起こした、という事はない。彼はただ純粋に恐ろしいまでの速さで宙空にある短剣を左手に握り込み、イグナートの内蔵を抉るように逆手で刺突した。
「ま、まるで曲芸だね」
イグナートは一瞬意識が飛びかけて、歯を食いしばる。これがグレンに当たったらどうなっていたかは考えたくもない。
イグナートは密偵頭の体を蹴り飛ばす。一旦仕切り直し。そうなって初めて彼らは言葉を交わす。
「我らが目的はこの領地にいる人間の死。命惜しくば退くがいい」
「ソレはこっちの台詞。……悪いけれどここで時間をかけてられないんだ! 命が惜しければ退いてね! 手加減は出来ないよ!」
●魂胆
件の魔種に視点を移そう。
「……久しぶりね。レッドちゃん?」
「いつだったか遠くでボクの名を連呼してくれたファンっすね」
魔種ニーアは密偵頭やイグナート達の激戦を差し置いて、市民の避難誘導に注力しているレッドに歩み寄っていた。戦術レベルであれば密偵達と連携するのが合理だが。
「そんなにアルヴァさんをー、誘拐? 殺害? したいっすか」
密偵達同様、イレギュラーズにおいても此奴の魂胆がいまいち分かっていない。レッドはニーアに向けて思い当たる事を発してみた。
「時間稼ぎ?」
ニーアは多少表情を崩しながら、レッドへ向けて手の甲ではたく。
仕草だけ見れば女性らしい攻撃方法だが、それを防御したレッドの腕に流血が滴ったのだから全く油断出来ない。
続けザマにレッドへ体術が仕掛けられた瞬間、『雨は止まない』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が間に割って入った。
「邪魔よ」
構わずシキに組み掛かったニーアは、体術とも呼べぬ力任せの形で地面にシキの体を叩きつける。石畳にぶつけられた背中の骨が悲鳴をあげる。常人ならそれで動けぬはずだ。しかし、血意変換の術で体の悲鳴を噛み殺し、シキはすぐさま立ち上がる。
「……邪魔だって。わたくしニーアは大虐殺を行使しなければいけないんですもの」
「大虐殺なんてそんなの、ぜんぶ笑い飛ばしてあげるよ! 誰も傷つけさせないって決めたんだ、絶対にっ!」
お互いに武器をバッと構える。此奴は仕留めねば面倒だ。
「大虐殺、ねぇ。ちょいとアンタに言いたい事があるんだが」
そんな最中、『騎士の忠節』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が踏み込んだ。
「アルヴィ……」
「大虐殺を見逃すわけにはいかないんでね。来てやったぜ?」
ニーアは彼へ会話を向けながら、蹴戦を仕掛けていく。対するアルヴァも持ち前の回避能力で被害を致命傷以下に留める。
「悲しいわ、姉弟が争わないといけないだなんて」
「兄弟なら、できればこんな形で相見えたくなかったよ」
相手の猛攻が一旦止んだのを境に、アルヴァは手を前に突き出して相手を制止する。
「話すべき事を話してからでも遅くないと思うんだ」
「両親を殺したローレットと話す事なんてないわ」
聞く耳持たず。ニーアが大きくアルヴァの身中を蹴り抜き、壁際まで彼を吹き飛ばす。
「偶には頼もしい年上おにー……おねーさんなボクに守らせろっす」
レッドの回復術でどうにかアルヴァは致命傷にならずに済んだが、少人数な事もあって状況は芳しくはない。
「……姉さんが魔種になったのはきっと俺にも原因があるのだろう。堕ちていなければ、また一緒に笑い合えたかもしれないのに。それができれば、何か変わっていたかもしれないのに」
アルヴァがそうやって後悔めいた言葉を口にすると、レッドに狙いを定めていた魔種の攻撃がピタリと止んだ。
「……まずい予感がする」
息継ぎの出来る状況に反して、異様なほどの悪寒。シキはそういう『並ならぬ悪い事』を感じ取っていた。今すぐに役回りを入れ替わるべきか。
しかし、アルヴァとニーアを話す機会をサポートする事も彼女の頭にあった。
……――君は私に”死ぬつもりない”と言ったから、私もそれを信じよう。
「姉さん、俺さ……色んな体験をしたよ。イレギュラーズになって、大切な人だって出来たんだ」
「えぇ、知ってる。それらをブチ壊す為にも来たんだもの」
「俺はもう、何も失いたくない。そしてそれは姉さんだって例外じゃない」
アルヴァに目配せされて、エディが説明の為に前へ歩み出ようとする。だが間髪入れずにニーアが言葉を漏らした。
「そう、何も失いたくないのね。やっぱり。優しいね。アルヴィは」
そうやって体術の構えを解いて、両腕を大袈裟に広げる。
「おめでとう。アルヴィ、勇者の一人になったって聞いたわ」
そう祝辞を向ける彼女の口から、驚くべき言葉が弾き出された。
「……ねぇ、アルヴィ。実をいうと、姉さんは、私は『イレギュラーズ側の味方についてもいい』と思っている」
嫌な悪寒がぞくりとシキ以外の仲間にも伝わってきた。事態が好転しそうである事への悦びなどではなく――仲間が魔種への誘い、原罪の呼び声を持ちかけられている事への危機感だ。
「元からそういう魂胆だったか!」
「待って。……姉さん、続けて」
前に出ていたエディがすぐにやり取りを中断させようと短剣を構えるが、アルヴァは魔種に話を促してそれを制止する。
「その獣人の言う事がデマカセなのか真実なのか。私にとってはもはやどうでもいい」
そういってもう一歩前に歩み寄る魔種ニーア。
「アルヴィ、こちら――魔種側に来なさい」
ニーアはこの戦闘において全力の支援をイレギュラーズ達に保証する。無論、周囲の人間にも今後一切手を出さない事も約束する。そういった事を並べ立てながらアルヴァに迫った。
アルヴァはそれに動揺する様子もなく、ゆっくりと周囲に目をやった。幻想から拝領したこの土地、そこに住む市民達、話の行く末を心配するようにイレギュラーズの仲間。そしてレッド……。
「少し前の俺なら、迷わずその道を選んでたかもしれない。正直姉さんが俺のことを気にかけて、そう言ってくれるのは嬉しいよ」
アルヴァは魔種ニーアの誘いに対して、静かに首を振った。
「不孝行な弟で本当にごめんなさい。俺は姉さんのことも絶対諦めないから。優しく笑いかけてくれたあの頃に戻ってくれることを。また姉さんと一緒に、元の生活に戻ってくれることを」
アルヴァはそう願って、それを掴みたくて、ニーアに向かってその手を伸ばした。
「アルヴィ……」
その握手にニーアが応じてくれるように見えたのは……アルヴァだけだったかもしれぬ。
――アルヴァの伸ばした腕が、異常な量の出血を伴いながら大きく吹き飛ばされた。
まるで時間が止まったようにして、アルヴァやレッドの顔が凍る。ニーアは、そんな彼に対して冷淡な事を吐き捨てた。
「……だったら。お望み通り幻想の飼い犬として惨めに死になさいな」
●善戦
レッド達がいる方から悲鳴が響いた。
密偵の対応をしている『《Seven of Cups》』ノワール・G・白鷺(p3p009316)は状況を把握して冷や汗を掻きながらも、冷静に敵の短剣を捌いている。
「申し訳ないのですがー……尺の都合上、全編お巫山戯無しの巻きで参りますよ?」
そう言うと、徹底して密偵頭をマークする。敵はイグナートのおかげでマトモに防御が出来る状態であらぬ。白い波動を浴びせ、足を潰す。目を潰す。ここまでやられると治療の為に一旦退く動きを見せるが、その前に何者かが密偵頭の腕を引っ掴んだ。
「オーケイ、完璧じゃねーか」
腕を掴んだのは『幻想の勇者』ヲルト・アドバライト(p3p008506)。密偵頭の至近に踏み込んだ彼は、四方から矢弾の暴風に曝される事となる。
「いってぇッ。カシラ守る為にこいつらも必死かよ……いいさ、少し遊んでやる」
集中砲火はヲルトの苦手なタイプだ。が、今は敵を叩き落とす絶好の機会。
間合いを生み出す為に密偵頭も体術によってヲルトを吹き飛ばそうとするが、先よりも俊敏となっているヲルトは大きくジャンプして軽々と相手の攻撃を避けてみせた。
「お前がどれだけ早かろうが、もう当たらない」
ヲルトは飛びザマに自分の腕に突き刺さった矢を乱暴に引き抜いて、密偵頭の顔面にその流血を浴びせる。
「……精神魔術か」
「ご名答。賞品の幻想勇者サマは目の前にいるぜ。討ち取ってみな」
密偵頭は顔についた血を拭い、ヲルトをギッと睨み付ける。ダメージを受けた様子はないが、目の前の相手に固執して退く事はなく、攻撃を続けている。
周囲の密偵達もイレギュラーズの攻撃を受ける内に一人、二人と瀕死の状態になっていくが、この状況においてエネミー側の好手となるのは真っ先にヲルトを討ち取る事だ。
――――臨界点。ヲルトは大きく退いてレッドの回復を頼るべきか? だがニーアという不安要素がそこにいる以上、むしろ危険地帯に足を踏み入れるようなものだ。
「……しゃーねーか」
ならば、確実に相手の大きなコマを削ぐ。
飛来した矢を切り払い、また、その反射神経をもって矢の軌道を見切る。だがやはりそれにも限界はある。ヲルトの背に矢が一本突き刺さり、ついに彼はその場で倒れ伏した。死亡確認の一撃を加える暇もなく、状況は動く。
「次弾、撃てます!」
「オーケイ。絶招、雷吼拳!!」
イグナートがヲルトと入れ替わるようにして領兵の援護と共に密偵頭に拳を叩き込み、退く為の足を止めさせた。そこを好機として、『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が、密偵頭に狙いを定める。
密偵頭も迎撃する形で、イグナートに見舞った技をアーマデルに放った。恐ろしい速さのあまり、刃に霜が纏わり付くような斬撃――
「他の者達が広げきってくれたその傷口。見過ごすわけにはいかない」
密偵頭の斬撃がアーマデルの胴体を一閃に切り裂く――アーマデルの体力を大きく削るも、その一撃で討ち取れない。
戦闘続行可能なアーマデルは呪殺の力を持った蛇銃剣アルファルドを構え、カウンター気味に相手に突き出す。本来なら相手も対処しきれたかもしれぬが、手足が不自由な状態においてマトモな受動行動が望めぬ。
「……撤退する者は、状況を同志に伝えよ!!」
密偵頭は観念したのか討ち取られる寸前、他の密偵にそう言い残す。
(――領民の安全が第一だから無理にとは言わないが、密偵を死なせず確保出来ると裏を探れるかもしれないな)
相手の撤退命令を目の前にしながらそう考え込み、アーマデルは密偵頭を討ち取る時に致命傷を外しながら相手の意識を刈り取った。――そうするまでの余裕があったのは、ひとえに仲間達の実力あってかもしれぬ。
●蝙蝠
密偵頭を討ち取られ、密偵達は各々撤退する者と殿を務める者に別れた。
「……あら、討ち取られちゃったの? やっぱり、だめね」
密偵達が撤退、あるいは時間稼ぎに討ち取られいくのを、失望の眼差しで眺めている魔種ニーア。その目の前には腕を抱えるようにして呻き、泣き声を押し殺しているアルヴァ。傷だらけで血意変換を詠唱するシキ。
「チェーンエッジ。例の、ヘドウィンの腕を切断した暗器ってヤツだろうねぇ」
シキは周囲のイレギュラーズに隠し武器の存在を警告する。その指摘通りにニーアの袖の内を見ると鎖に繋げられた刃物が見えたが……成る程、何の情報も無しにアレを見切る事は容易くない。
「分かってれば避けるのは容易い、なんて思ってたりする?」
見せびらかすようにその鎖の刃物を大きく振り回し、市民の避難誘導を手伝っていたイシュミルというアーマデルの仲間へ攻撃を仕掛ける。
「危ないっ」
その攻撃を真っ向から庇うアーマデル。マトモに突き刺さったその一撃は密偵達の攻撃と比べものにならず、ついにアーマデルの膝をつかせた。
「痛そうだね。次は代わりに私が受けようか?」
「……いや、無茶はしないでくれ。医者が怪我してちゃ誰が手当てするんだ」
イシュミルの回復術を背に、仲間に市民の撤退を急がせる。
だが暗い状況ばかりではない。イレギュラーズの多くが市民保護に務めた事もあって、戦闘区域から非戦闘員の撤退がほとんど完了していた。残る問題は魔種一体と密偵が数人。瀕死のイレギュラーズが幾人。
「不沈要塞グレン! 傷ついた仲間にゃ指一本触れさせねぇ!」
「狗刃エディ、右に同じく貴様らに勇者を討ち取らせはしない」
戦闘不能の人員はこの二人がひとまず保護している事もあって、それを取り巻く状況はいくらかの余裕がある。
ノワールはそんな戦況を分析しながら、アルヴァとニーアの容姿を見比べた。
「あー……これは因縁が無い、と言う方が可笑しい話ですね?」
「えぇ、愛しの弟ですもの」
ノワールの余裕を保った笑みが少し歪む。アルヴァは様態から即刻病院に運び込まねばならぬ状況にある。
この状況を打開すべくノワールは相手を威圧するように白き波動を放ち、魔種ニーアを牽制した。
「何が目的か存じ上げませんが、掌の上で転がされることは私、正直好きではないのですよ。――今回の主演は彼なのです。そろそろ御退場願えます?」
「…………」
魔種ニーアは波動の眩しさに目を細めながらも、ノワールの言葉を受けて周囲を見回した。
領兵はグレンの統率によって士気を取り戻し、市民も避難が完了している。大虐殺だのはもはや望めぬ。その目的を防ぐ事に関してはイレギュラーズの作戦勝ちだ。
だが魔種ニーアはほとんど無傷。何名かの戦闘不能に加え、イグナート、シキ、グレン、レッド……それらの負傷は大きく、ニーアが玉砕覚悟で継戦という選択を取るならばイレギュラーズの誰かが討ち死にする事は必至。
「私が舞台に居座ったら、喜ぶのは誰かしら」
「…………」
ノワールはアルヴァを庇うように前に立ちはだかった。
ニーアが玉砕を望まなかったのは、ひとえに共闘相手に思うところがあったからだろうか。
「そうよね。人間、死んだらおしまいだもの。肉親が魔種になってくれるっていう奇跡も望めなくなっちゃう。その為に、四肢も、友人も、もっと、もっと失って。絶望させなくちゃ。ふふ、ふふふ……」
芝居がかった台詞を述べている。まるで弟に言い聞かせるような優しい声色だ。
「日陰者にはキッツイ明かりで照らすっすよ!」
「ぐぅっ……!!」
ノワール達の後ろで目映い光が放たれ、直後に断末魔が響いた。レッドが範囲攻撃で密偵の一人を無力化したようだ。
潮時。魔種ニーアは踵を返し、戦場から立ち去り始める。
「逃げるのですか」
ノワールは去り際の彼女へ言葉を向けたが、ニーアは一線引いた態度で言葉を返す。
「えぇ、幻想貴族の犬など、命を捨ててまで尽くすに値しませんもの……」
彼らが連携を取らない理由がここに見えた気がする。
……密偵を無力化したノワール達は、一早くも瀕死の者やアルヴァの腕を治療するべく魔種ニーアが退却するのを今は善しとするしかなかった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした
GMコメント
稗田ケロ子です。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●成功条件
・ニーア=ド=ラフスを退却させる、もしくは撃破する。
・暗殺者達を退却させる、もしくは撃破する。
●ロケーション
アルヴァ=ラドスラフの領地。
市民、領兵が逃げ惑う市街地に介入するところからリプレイは始まります。
オープニングの通り、領兵はほとんど市民の保護に務めていますが、それに対していくらかの手伝いや、あるいは他の知恵があればイレギュラーズへ援護射撃(エネミーに回避ペナルティ相当)くらいは加われるかもしれません。
余裕があれば非戦スキルやギフトを中心にプレイングを考えてみるのもよいでしょう。
●エネミー
『愛憎の』ニーア=ド=ラフス:
アルヴァ=ラドスラフの姉を名乗る魔種。
化け物じみた高い身体能力(HPと物理攻撃力とクリティカル)、そして行動阻害のBSを使いこなして此方の動きをかき乱してきます。また、相手の防御を掻い潜る奇妙な武器を使ってきます。
彼女はイレギュラーズの領地にて『大虐殺』を行使する事を目的にしているようです。しかしそれ以外にも何か企んでいる節が窺えるが――
密偵頭:
イレギュラーズに敵愾心を抱く派閥から遣わされたであろう暗殺者のリーダー格。詳しい素性は半人半獣である事以外不明。
気をつけるべき事は反応の能力、それを活かした攻撃力が恐ろしく高い事。ただし、それを連続的に撃ち出せない様子が窺える。
密偵*10:
アルヴァの領地に送り込まれた者達。状況に応じて小型の武器を器用に使い別けてくる。援護的な手段が多いのが特徴的。
リーダー格含め、連携した戦術は極めて脅威的。しかし魔種ニーアと連携的な行動を取る気配がない。
●味方NPC
『狗刃』エディ・ワイルダー
水準的な性能を持った近距離主体の前衛傭兵。【不殺】を持っている。
●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
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