シナリオ詳細
花沈
オープニング
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お救い下さい。お救い下さい。
地へと這い蹲った男は声を震わせた。掩蔽の夜、微風さえ感じぬそんな時に男は涙で濡れた頬を気にすることなく額を地へと擦付けた。
お救い下さい。お救い下さい。
男の息子は八百万に楯突いたと複数人により暴行され大きな怪我を負った。その後、帰ってきては居ない。
お救い下さい。お救い下さい。
傍らの女は泣きながら生まれたばかりの我が子を抱き締めた。丁度この頃に生まれた子供が欲しいのだと無理を言われたからだ。
甚雨さま、どうか、どうか、どうか―――
ソレは柔らかな声音で言った。救いましょう、助けましょう。毎年いくつかの外気を持ち込むのです。
それらで鱈腹腹を膨らませたら私はその穢らわしきものらより舷を守るとしましょう。
彼等は、ソレに縋った。遠い、遠い昔話。それでも、彼等にとってはつい最近のことのようにこびり付いた恐ろしき出来事として。
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――汝。罪、穢れを清め給へ。
豊穣郷は高天京の雑踏は浮世そのものを描いていた。水墨画では表せないほどの色彩の溢れた街――神使と呼ばれた者達による救国は民の心を掬い、天へ昇らせたのだろうか。
天上の心地を味わうように日常を謳歌する彼等の纏う衣より香るのは伽羅。馥郁たるそれに誘われた者達は問うことが多いのだそうだ。それは何処で手に入れたのか、と。
「伽羅?」
そう問うたのはタイム (p3p007854)であった。雅なる香木は質の良い筺の中で目覚めを待っているかのようだ。
「そ。街で噂になってるって」
手にしていたコラバポス 夏子 (p3p000808)はさも興味もないかのようにそれに鼻先を近づけて、すん、と匂い立ったそれを鼻孔へと差し込んだ彼は「確かに街でよく嗅ぐかも?」と呟いた。
「ええ、私も良く。……けれど、それは上等なものなのでしょう。どうしてこの時期に流行っているんでしょうか」
どこで匂ったのだとは誰も問わなかった。夏子に手渡されてまじまじと香木を見詰めるタイムの傍らで小金井・正純 (p3p008000)は悩ましげに首を捻る。
――それの伽羅はある辺境の村から高天御所にこの時期になると献上されているのだという。
「村の名は『舷(ふなばた)』、辺境の山間にぽつりと存在する池の畔にあるのだと聞き及んでいます。
どの様な場所であるかは閉鎖的である故に情報はありませんが、鬼人種……いいえ、敢てこの言い方をしますと獄人のみの村であると」
彼岸会 無量 (p3p007169)がそう言い換えたのは『迫害された獄人達』の村であることを協調したからなのだろう。罪が在るわけではない。額に角を、強靱な肉体を得た隷民達。其れは神使にとって観光地でもあるこの高天京に立ち入ることも許されなかった者達か。
「へえ、けど良い香りじゃない。わざわざ霞帝から借りてきたのよねぇ? 何か問題でも?」
「何でもその香りを直接手に入れたいと舷に向かった者が度々行方知れずになるらしい。其れで、本年もその時期がやってきたと俺達に声が掛かったのだろう」
初夏の淡い風が吹く頃に必ずそうした事が起こるのだとアーマデル・アル・アマル (p3p008599)が告げればコルネリア=フライフォーゲル (p3p009315)は渋い顔をした。「曰く付きなのだわ」と呟いた言葉は風に溶ける。
「その調査を、と云う事ですよね。……どんな村なのでしょう。ボクらは、『部外者』だけれど、受入れて貰えるのでしょうか……」
呟くアイラ・ディアグレイス (p3p006523)の疑念は尤もで。どうでしょう、とルーキス・ファウン (p3p008870)は肩を竦めた。
彼等は迫害され続けた。石を投げられ傷を負えども八百万にそうされた者が悪いとそう言う様に。
「……何事もなければ良いですね」
●
繁る若木の傍らで、一人の娘がしゃがみ込んでいた。若草の傍にある野草を籠に摘んでいるのだろう。
「こんにちは」
穏やかに、微笑んだタイムの事を見た丸い射干玉の瞳が瞬かれる。端切れで継いで仕立てたであろう小袖を纏っていた彼女は「お客様だあ!」と弾んだ声でそう言った。
「おかあ! おかあ! 『遂に』いらっすったよ! 『お客様』だあ!」
慌てて走り行く彼女の背を贈ってから一行は首を捻った。その背を追いかけで辿り着いた小さな村には好奇の瞳が無数に躍っている。
「さぁさ、お客様、こっちへいらっしゃって」
「食事は如何かい? 腹は空いているだろう。ごちそうにするからねえ」
「村長の屋敷に布団を用意するから泊まってお行き。疲れたろう?」
「『外』から客が来るなんて久しいから……」
異様としか言えない。其処に存在したのは異様な歓待。神使達を出迎える村人は笑みを溢れさせ、親切そのものである。
その異様な親切に甘えることがなかったのは彼等が『神使』だからだろう。何か、裏がある。餌(かおり)で釣られて来た旅人を捕える罠が。
(――取り敢えず食事は止めておこうか。来るか分からない客人に直ぐに食事を用意するなんて『妙』だ)
アーマデルの小さな合図に無量が思い浮かべたのは『黄泉戸喫』――黄泉の食物を口にしては戻れぬと言う逸話であった。
「さあ、こっちにいらっしゃって」
それでも、情報を探るために、一先ずは滞在を選ばねばならないか……。夜更けは『奉り』があるらしい其処へ、共に出てみよう。
- 花沈完了
- GM名日下部あやめ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年05月13日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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艶やかな新芽が風にざわざわと揺れている。奥まったその場所に通ずる道に繁る葉が擦れる度に潮騒を思わせる。随分と遠いところへ来たものだと感じたのは都より離れた位置にあるからであろうか。閉塞的な空気、そして其れを覆うような伽羅のかほりに『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は眉を顰める。
「……此処、ですか」
本来なら馥郁とした香に心安らぐはずだが妙な気配を感じてならない。その地が『迫害されてきた人々の住まう地』で有ることを思えばその重苦しい空気も致し方ないか――『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)は此の地へ訪れる前に聞いた情報を唇に遊ばせた。
「――差別迫害、かあ」
それは何も豊穣特有の問題ではない。国が変われど地方が変われど人種が変われど、多かれ少なかれ存在して居る問題だ。其れが世の常だと夏子は言い切れる。故に、彼は其れを無くすことも己が目的の内なのだと認識していた。
「うーん途方も無い、不甲斐無い、力不足を痛感させられる――まあ、そうは簡単に変わることなく」
幾ら青年が憂おうとも世の中の流れは変わることなく『何時だって不公平』だと文字列を容易に並べ立てられる。言葉だけならば容易な平等は簡単に崩れ去る事をこの国で生を受けた『竜胆に揺れる』ルーキス・ファウン(p3p008870)は識っていた。思う所がないわけではないが、それ自体は豊穣という国では大して珍しくはない。
「悪と、謗られたのでしょうか――或いは、存在すらも忌まれたのでしょうか」
獄人と呼ばれ支配階級とされた八百万に隷属していた彼等。其れが産まれからによるものだと思えば、自身では儘ならぬ問題であるのだと感じて『護るための刃』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)はそのかんばせに憂いを乗せた。気持ちは痛いほど解る。
解る、けれど――『噂話』が真実ならば――誰かを害する理由に、己の身の上を上げてはいけない事も解っていた。
踏み締めた枝がぱきり、と音を立てた。『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は馨しく漂う伽羅がどうしても故郷の厄除けの香木を思わせる。火葬の際に用いる香木には当然良い感情を抱いているわけではなかったが、どうにも惹きつけられる。非日常が其処にあるとでも云う様に。
もう一歩、と歩を進める前に「おっかあ!」と幼い声が響いた。村の大人を呼びに行く子供に続き、慌てたように「さぁさ、お客様、こっちへいらっしゃって」と声掛ける村人達は『想像よりも気易く』異邦人へと声を掛ける。
迫害され続けた者達の閉鎖的な村。そう聞かされていた『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)にとって、その歓待は想像と掛け離れていた。誰もが瞳を輝かせ、高天京よりやって来た神使(よそもの)を歓迎している。
戸惑いを飲み込んで浮かべた愛想笑いは淡い。だが、その笑顔の意味にさえ気付かぬように村人達は「こちらへこちらへ」と呼び寄せる。幼い子供がタイムの手をぐいぐいと引き、質素な装いの母親が「これ!」と叱る有り触れた風景。
無数の瞳に肌を刺されるような、物々しい歓迎は声音は弾むが笑顔は張り付けたかのようで。『天地凍星』小金井・正純(p3p008000)は物々しいとさえ感じていた。
「随分な歓待だねえ。……何かのお祭りでも?」
周囲を見回してから柔らかな声音で問い掛けた『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は宵の色を滲ませた瞳で村人の姿を確りと捉える。タイムも「アチラのお社は?」と然り気無く柔らかな声で問い掛けた。
「ええ、詳しくは村長の邸で説明しますけれどねえ。今日はお祭りなんですよ。
あのお社に祀られているこの村の神様ーー『甚雨さま』の一年に一回のお祭り! そんな時に皆さんが来て下さった。是非、いいえ、『絶対に参加して下さいね』」
念押しをするその声音には鬼気迫る気配が感じられて。コルネリアは「考えておくよ」と濁すように目を伏せた。
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村の中で一等大きなその屋敷の広々とした客間に通されたイレギュラーズは早速だと慌ただしく食事を用意する村人達を眺めて居た。
「お腹は空いていらっしゃる?」
「いいえ。食事は先程とったばかりなので、また後程。お心遣いに感謝致します」
申し訳ないと頭を下げるルーキスに続きアーマデルも「朝以外は主治医が処方したものを、と指示されている」と肩を竦める。
食事に何か物騒な物が入っている可能性もある。来客を伝えていた訳でもない。だと云うのに『誰かが来た時の為』に準備された御馳走は妙な違和感が拭えなかったのだ。
「病を患っていまして。此処まで来たのは都の喧噪から離れて少し休養をと思ってのことだったのですよ。
丁度、都でも流行っている伽羅の産地だと聞いて……偶然立ち寄ってみたのですが、祭りだったのですね」
誰でもない誰かに。そうして『存在』を隠した正純は気分が悪いと肩を竦め、アーマデルに介抱される病人のように俯いた。彼女に「それはお辛いでしょう」と哀しげに囁く女衆も本心から告げているのだろうと言うことは解る。
「こっちはちょっと事情が違ってね。宗教上の理由ってのがあるんだよ」
「そう。食事風景は見せられないけど、歓待は嬉しいス。有難うね」
コルネリアが困ったように肩を竦めれば部屋でゆっくりと食事を取らして欲しいと夏子は申し訳なさそうに頭を下げる。食事風景を見せられない宗教というのもはったりだが『神様を信じる村の人々』にとっては「しきたりならば致し方ない」とさらりと受入れられた。
「休養のため、ですので患者を眠らせても良いですか? ……布団もお借りできれば嬉しいのですが」
無量がアイラを気遣うように背を撫でれば、村人は直ぐに布団を一式用意した。アイラは『体調が悪くて食欲がない』と誤魔化して布団へと潜り込む。布団の中から卓越した聴力で人々の声を聞く作戦だ。
「お祭りの準備、忙しいのかしら……。ごめんなさい、余所者じゃ余りお役に立てないから。
食事が終わったら、またお声かけしますね。どうか、お祭りの準備頑張って」
微笑んだタイムに礼を言って村人達は忙しなく歩き回る。『祭りがある』のではなく、自身らがやって来たからこそ祭りを行うのだと気付いているタイムは何とも言えない複雑そうな表情をして見せた。
しん、と鎮まった室内で夏子は調理された食事をサンプルとして数点手に取った。出来れば食事から『甚雨』さまの洗脳を解く鍵があれば良いのだが――
「もし、何処かへ往かれるのですか」
祭りの準備を行っていた女衆に問われて正純は「外の空気が吸いたくなったのです」と微笑んだ。上空に第二の目を持つような、広々とした視界で確認すれども、櫓を組み祭りを行う平凡な光景が見て取れるだけである。
「そうですか……気をつけてくださいね」
微笑んだ村人にルーキスが「この村には質の良い伽羅があると伺っております。宜しければ是非、加工場を見学させて頂きたいのですが」と申し出た。
勿論、村人達はそれを拒絶することは出来ない。彼等を誘い込む餌(かおり)なのだ。第一の目的である伽羅を見せないと拒絶すれば客人が還ってしまう可能性もある。
「あ、伽羅普通に興味ある。是非見学させて欲しい。香って女性に喜ばれるし……こないだ助けてくれた 鬼人種の娘に贈りたくてね~」
にこりと微笑んだ夏子に鬼人種の女は驚いたような顔を見せた。わざわざ『獄人に贈物を』と云う感情が見て取れる。
「およよ知らんの? 最近の豊穣は種族問わずで皆で賑やか和やかにやってるよ。こーんな素敵な香木知ったら 皆きっと喜ぶよ」
「そ、そう……ですか」
外には疎いので、と肩を竦めた女が伽羅の加工について説明する男へと役割を交代したのを確認してからコルネリアは「かみさまについて聞いてもいいかい?」と問うた。
驚いた顔をした女には自身も信仰者であると告げる。神を信仰するという点では同じだ。甚雨さまがどの様な存在であるのかを出来る限り知っておきたいと、そう告げれば女は「素晴らしいお方なのですよ」とうっとりと悦に浸るように微笑んだ。
――女が甚雨さま、と名を呼んだときに周囲がざわめいたのは気のせいではない。アーマデルは霊魂が怯えているのだと気付いた。魂を喰らうわけではない、神霊というわけでもない。ここに居るのが唯の『化生』で在る事を知らしめるように嘗ての祭りの参加者であろう草木の鳴らすひそひそとした気配のように辺りを包み込んでいた。
「私は生まれは人でしたが……この村の方々と同じ鬼の身で御座います」
アイラの『介抱』役として屋敷に残っていた無量はぽつりぽつりと語り出す。
生まれは人、過ちを犯して鬼となった無量。生まれついて黒曜の角を持った獄人達。己の因果で鬼になった己とは股違う存在であると知っていると哀しげに花瞼を降ろす。
「思う事も悩む事も、辛く苦しい事もあったでしょう。
……此処に来る前にこの村の伽羅の香を頂きました。あれは大変に好い香りでした」
そう微笑めば「其れは良かった」と村人は頷いた。『鬼人』であるという無量には好意的なのだろう。
(――それが正しき方法によって作られたのか、誤ったやり方によって作られたのかは分かりません。
ただ私は、あの香りの様にこの村には美しくあって欲しい。そう願うだけです)
その言葉は云わずに、微笑んだ無量の傍らで「私は全く別の種です。異邦人、と云えば良いでしょうか」とタイムは口を開いた。己と、無量に向けられる感情の違いが痛いほど解る。
(異邦人だらけだった)(獄人だけの村になんともまあ――)(どうせ、伽羅に誘われてきただけの餌でしょうから我慢しましょう……)
ひそひそと囁く声をアイラは聞き続ける。自身らが『表の顔』を取り去れば歓迎されていないことは善く善く解っていた。
「けど、豊穣が変わりつつあるの。……その為に尽力する人達がいるの、海の向こうにも沢山、沢山の人が過ごしているの。
私達がこうして豊穣を歩き回れるのは、そのお陰。世界は全く違う表情を見せてくれているから。
だから、外を畏れすぎないで。生きる為の代償は必要ない。これだけは信じて――」
ぞうと肌の上を何かが這いずり回るような気味の悪い気配を感じた。興味があると瞳を輝かせていた村人の表情が突如として一転する。
(何――?)
好奇心も、微笑みもない。洞のような瞳。葉が擦れ、噂話でもするような細やかな喧噪。アイラが「どうかしましたか」と問うた言葉にはっとしたように女は「いいえ」と応えた。
「お祭りの用意が出来たようですよ」
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――贄が居なければ、動かない。
故に、食事を手に『食べないふり』をしていたアイラはその匂いから「前へ」と真っ先に進められた。
甚雨さまの元へと誘わんとする彼等にアイラは応じて、ゆっくりと歩き出し――見上げる。
さぁさ、『船出の儀』の始まりだ。手を合わせて祈り続けるそれはアイラの姿を眼に映してからゆっくりと笑った。
背筋に走った悍ましさ。其れ等を睨め付けてからコルネリアは大型の重火器を構え放つ、挑発めいた『信仰』に反する狙撃。
「なにををををを」
錯乱したように、声を上げて頭を抱えた女がコルネリアへと飛びかかった。屋敷では神使の世話をしてくれていた笑顔の似合う獄人だ。
「ッ――ああ、盲信結構、お上の連中にとっては良いカモだな。さぉて仕事の時間だ」
直立した菩薩像が僅かに傾ぐ。揺らぐその体に合わせて甚雨さまへの叛逆だと罵る声が響いた。愚か者とずんずんと歩を進めてくる村人達を受け止める様に『レディ』を守る夏子が天蓋高く輝く騎士盾を構え――全力で、丁寧に、薙ぎ払った。
「ヤラれて嫌だった事をする。ソレが君等の本懐か?」
「『村人を護る為』! 邪魔を、邪魔をするなァッ!」
伽羅について笑顔で応じ、教えてくれた職人だったか。手をぐん、と伸ばして夏子へ掴みかかる指先へ光を踊らす蝶々がそっと口づけた。悪しきを拒み、影にひかりを――いのちを奪いたくはない。
(殺さずにいるのが、いいと皆が言った――汚染されているのなら。穢されているなら、此処はもう黄泉だ。
蘇ることもない。だから、切り捨てたって構わなかった。其れでも、皆が諦めないなら、ボクだけが諦めていい理由には、ならない!)
黄泉の国の住民は『一度は死んだ』者達だ。だが、それでも再度があるならば。アイラは仲間達の言葉を信じたかった。
「甚雨さまは正しいのだ!」
「ええ、貴方方にとってはそうでしょうとも」
信仰とは、何人にも踏み入れられぬ自己の不可侵領域である。何を祀り、何を敬うのか。それは自身の思想そのものであり、相手が外道の神や化生紛いであったとしても信ずる者にとっては『神様』であり『信仰』そのものなのである。
この村の人々は神使を見て、心より歓迎していた。無量はその信仰全てを否定することは出来ないと感じていた。
甚雨さまと賞されたそれが寄る辺であったのは間違いではない。迫害され、生きる場所さえ覚束なかった村の祖達は外界の神仏や黄泉津の大神(おおきみ)、天子とさえ称される帝よりも自身らを守ってくれる存在だと其れを認識したのだろう。
「私は、貴方方の信仰を否定しません。
しかし、そうであったとて。自らの平穏を得る為に餌を撒き、贄を外より誘うやり方は許されますまい」
無量は目を伏せる。
正純はゆっくりと弓を番えてから憂いた。
「……なるほど、なるほど。これが彼らの言う神様ですか。弱者に漬け込み、操り、喰らう。醜悪極まりない」
獄人は迫害されている。故に、誰かに縋らずには居られなかった。村人達の足を縫い止める正純は彼等も被害者で在る事を知っている。
外の幸福を告げたときに自身へ向けられた瞳の冷たさが『彼等の信仰に反した』事をタイムは身を以て感じていた。
「……間違えたのはこの人達のせいじゃない。ずっと苦しめてるのはあのかみさまなのに、どうしてこんな――」
一体、誰が苦しめてたのか。タイムは悔しげに唇を噛んだ。外の幸福を伝えようとも『彼等の神様は其れを許さない』
贄を――定期的な食事を与えて貰うためには此の地に縫い止められ、自身らの幸福を追求するために他者を蹴落とす存在が必要だったからだ。
「……村の方々に同情はしましょう。
幸福になれず、害され、ここに落ちてきてしまった。それは仕方のなかったこと。
迫害の結果がこれならば、それはこの国の負うべき咎……ですが、だからといって我々とて黙って餌になる訳にはいかないのです」
餌になるわけには行かない。眼前で微動だに為ずに村人を盾と、剣と、使い捨てる其れ等の何処が『素晴らしい存在』なのかとルーキスは唇を噛んだ。
「人を使い捨て、己の身を守るなど外道の極み。その妄執、ここで断ち斬る!」
「甚雨さまを! 愚弄するなァッ!」
叩き付けられた腕よりも先に、ルーキスは甚雨さまの前へと滑り込んだ。ぎょろりと目玉が動く。自身を見詰めた其れが唇を動かしたことに気付いた。背後の村人が統率されたようにルーキスを狙う。
「成程、信仰(せんのう)とは素晴らしいな。此処で誰かを喰わさねば自身らが餌になる。その恐怖心が統率に拍車を掛けるか」
アーマデルは彼等の身の上を憂い、怨嗟の音を狂気めいて剣に乗せる。ぱちり、と音を立ててぶつかった蛇腹の剣先に思い気配が乗る。
「ありがてぇカミサマだぁ、こんな所まで降りてタスけてくれるんだもんなぁ? ホントにありがてぇ反吐が出る神だ。
神は何も救わねぇ。ただ見ているだけ。テメェらを救えるのは、テメェらだけだ。
さぁカミサマとやら――アンタはコイツらに何を与えることができた?」
平穏だろうか。それとも、仮初めの日常か。そんな物は下らないとコルネリアは一蹴する。
神様に縋りたいと願った人々の気持ちを踏みにじった其れを逃しやしないとアイラはまじまじと甚雨を狙った。
無量の切っ先に乗せられたのは己達の間にある隔りの気配。先を見据える者と停滞の澱みに存在するそれらは――屹度交わることもなく。
ごろん。音を立てた菩薩像の首に誰ぞの叫声が木霊した。
縋るべき寄る辺。自身らの行いを正当化するための一つのよすが。其れ等を喪って、村人達はぱたりと倒れ伏せる。
人形の操り絲が切れたように。
神様を喪った。村人達に突きつけられたのは断った其れだけの言葉で表される現実だ。
「もっとあの人達の痛み苦しみに耳を傾けたかった……でも出来る事はやった」
そうよね、とタイムは苦しげに呟く。気を失い倒れた村人の向こう側に首の落ちた菩薩像が転がっている。祭りの喧噪など掻き消え、残ったのは闇のとばりだけ。
彼等は停滞の淵にいる。広く、誰かを受入れるようになったこの国に――それでも、『獄人を迫害した歴史』を無かったことにはさせまいと、八百万を恨み続けて。
「……悪い夢から覚めたなら、希望を以て外に目を向けられますように。いつかまたあの伽羅の香りに出会えますように」
「良い匂いだったね」
笑いかけた夏子は「一緒に、彼等も、豊穣も変わってしまえば良いのにさ」と小さな声音で呟いた。
もしも、目覚めた明日に沈むこと無き未来が存在して居たならば――彼等は笑ってくれるだろうか。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度はリクエスト有難う御座いました。
花が池へとぽつりと落ちたまま、沈んでいく様が頂いた閉鎖的な村のようだなあと感じてタイトルを付けさせていただきました。
また、皆様とお会いできますことをお祈りしております。
ありがとうございました。
GMコメント
リクエスト有難うございます。日下部あやめです。
●目的
・『かみさま』の討伐
・全員が生きて帰ること
●ロケーション
豊穣の辺境に存在する『甚雨の社』
甚雨の社を有する小さな辺境の村の名は『舷(ふなばた)』と呼ばれていました。
山間の、ぽつりと存在する池の畔にある小さな村です。閉鎖的で、外と隔絶されたその場所は奇妙な噂がありました。
●『船出の儀』
舷のかみさま、『甚雨(ひさめ)さま』は舷を護る為に毎年決まった供物を求めています。
生きる為には贄が必要だ。舷の平穏を護る為には、外の穢らわしいものどもを舷に染め、食わねばならない。
――つまり、舷村の外より遣ってくる者達を人身御供にしておりました。
●甚雨さま
刷り込みと洗脳で、村人はそれをかみさまと認識しています。都に移ることが出来なかった芸のない迫害された獄人の村。彼等にとっての心の拠り所が『それ』だったのでしょう。
その外見は菩薩像です。永きを過ごしたでしょうに、それは傷む所も無く静かに社に佇んでいます。
贄を喰らうが為に自立し動き出し、村人達を洗脳し武器とします。『それ』は肉腫の一種でしょう。
それはその力を及ぼした『食物』を摂取した村人達を洗脳する得意な能力を持っていると思われます。それがどの様に戦うかは、未知数です。けれど、村人達が盾となり、武器となるのは確かなのです。
●村人達
迫害された過去に、外を恨んで身を寄せ合った舷の民。甚雨さまに希い、平穏を何よりも望んでいます。
その平穏のためならば、罪なき『外つ人』を殺す事など躊躇いも無く。その信仰心と狂った洗脳というただのひとつが彼等を動かします。
その数は無数。どこにいたのだと、そう思うほどに数は多く、老若男女問いません。ただの、子供だっています。
甚雨さまの効果を受けて、幾許かは戦えます。一撃で気を失うわけではなく、数度の攻撃が必要です。とても、痛がり藻掻きます。
●外つ人
舷の外の人々。皆さんのことです。彼等にとっては自身らを迫害した恐ろしき歴史の具現化に見えています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
その村はずっと、ずっと、閉鎖的。外など、恐ろしい事ばかり。
どうぞ、宜しくお願い致します。
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