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シナリオ詳細

米1粒に7人の神。或いは、稲を植えねば米は実らじ…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●夏も近づく
 青い空。
 輝く太陽。
 きらりと光るスクエアのレンズ。
 黒い衣に身を包んだ彼……暦が一、睦月は温度を感じさせない怜悧な眼差しを、頭領・黒影 鬼灯 (p3p007949)へと向けていた。
「奥方の為にお金使いすぎです」
「あ、いや、睦月よ。これには理由があってだな……」
「奥方の為に、お金を、使いすぎです!」
「…………」
 睦月の前で腰を低くした鬼灯は必死に思考を加速させる。
 覆面に覆われ一見しては分からぬが、その顔や背には冷や汗が流れ続けていた。

 まさに窮地だ。
 追い詰められているといっても過言ではない。
 強大な妖と相対した時も、奇怪な現象に見舞われた時も、激しい戦闘により重症を負った時も、ここまで焦ることは無かった。
 頼れる仲間と、愛する妻、章姫がいつも彼の側にいた。
 けれど、今は違う。
 章姫は、ふらりと遊びにやって来た散々・未散(p3p008200)とともに、別室で茶の湯を楽しんでいるはずだ。
 本当であれば、自分もその場に同席している予定だった。
『頭領。ご報告が……』
 と、ひどく深刻な顔をした睦月がやって来なければ、そうなるはずに違いなかった。
 睦月の表情から「何事か大事でもあったか」と察し、1人部屋を移動したのが間違いだった。
 思えばこの睦月という男は、ひどく頭が回るのだ。
 暦随一の知者と呼んでも過言では無く、またそれ故に全幅の信頼を置いて会計の任を与えたのは、他ならぬ鬼灯自身である。
 そうして呼び出された先で睦月に突きつけられたそれは『暦』の活動資金についてが事細かに記された帳簿であった。
 
「また、奥方の為にと資金を使い込みましたね? これで一体、何度目でしょう?」
 睦月の問いに、すぐには応えを返せない。
 鬼灯が「章殿のために」と暦の資金を流用するなど日常茶飯事。
 そのため「何度目か」と問われても、多すぎて覚えていないのだ。
「睦月よ。お前は今まで食ったにぎり飯の個数を覚えて……」
「もう怒りました。働かざる者食うべからず、です!!」
「……あ、はい」
 と、このような訳で鬼灯は強制労働を言い渡されるに至ったのである。
 
●八十八夜
『大事だ。末散殿……すまないが、力を貸しては貰えないか?』
 切羽詰まった表情で、そう鬼灯に頼まれたから。
『緊急……のようですね。えぇ、もちろん力になりましょう』
 二つ返事で未散は彼の誘いに乗った。
 2人だけでは戦力として不足やも、と。
 そう考えた末散は、近くに来ていたアーリア・スピリッツ(p3p004400)を急ぎ召集。
 イレギュラーズが3人も揃えば、多少の問題であれば解決できる。
 そうでなくとも、何かしらの情報を持ち帰ることが出来るだろう。
 戦力が足りなければ、1度撤退し、改めて仲間へ助力を請えばいい。
 まずは任務の概要。
 敵性体の規模や特徴を把握することが先決だ。
 大人数で攻め込めば、不要に警戒を抱かれるかもしれない。
 鬼灯もそれを理解しているからこそ、こうして3人で現場へ向かっているのだろう。
「一体どんな危険な敵が……と、そう思っていたのですが」
 けれど、それは末散の思い込みであったらしい。
 末散の眼前には、見渡す限り広大な、水の溜まった田園があった。
「すまぬな。未散殿……騙すような真似をして」
「…………」
 キレそう、と喉元まで出たその一言は、ギリギリのところで飲み込んだ。

 広大な田園。
 その近くには水路と、そして小さな茶屋が建っていた。
 茶屋の軒先で椅子に座って、ゆるりと微笑む美女の名は“団子女郎”。
 この田園の持ち主であり、そして茶屋の主でもある。
 菊の花の模様が描かれた朱の着物。
 結い上げた黒く艶やかな髪。
 3色団子を模した簪。
 睦月と何事か言葉を交わすと、団子女郎はふわりと一層笑みを濃くした。
「まぁまぁ、貴方方が田植えを手伝ってくださるの? 良かった。いつもは私1人で植えているのだけれど、今年は少し、難しくって……」
 と、そういって団子女郎は自身の脚へと視線を落とす。
 本来であれば着物の裾から覗いているはずの足首が、どういうわけか見当たらない。
「つい先だって、お腹を空かした旅のお方が生き倒れていたの。そこで私の脚やお腹を食べていただいて……おかげでしばらく、満足に動けないです」
 彼女の本性はおそらくであるが“妖”だ。
 一見すれば妙齢の美女のようではあるが、その身はすべて“団子”で形成されている。
 ゆえに、彼女は“食える”のだ。
 そして、食わせて失った体は、新たな団子で補充できる。
 とはいえ、団子を補充し、体の一部になじませるにはそれなりの時間がかかるのだろう。
 それまでの間、彼女は十全に動けない。
「貴方たちが代わりに田植えをしてくれるのなら、私、とっても助かるわ」
 ぱん、と顔の前で手を打ち合わせ、団子女郎はそう言った。
 余談ではあるが、手を打ち合わせた拍子に小麦粉らしき物がぱっと飛び散っている。

 団子屋の軒に座った睦月が、じぃと鬼灯を凝視していた。
 その膝のうえには、ちょこんと章姫が座っている。
「偉いのだわ! 困っている団子女郎さんを手伝ってあげるだなんて!」
 睦月の情けか、章姫にはそのように説明しているらしい。
「まぁ、依頼は依頼だから手伝うけどぉ……正直、3人で手に負える広さではないわよねぇ?」
 顎に指をそっと当て、アーリアはそう呟いた。
 用意されている稲は“うるち米”“もち米”“玄米”の3種類。
 田は全部で9枚となっている。

「それでぇ、ただ稲を植えればいいだけなのぉ?」
 広がる田園を呆と眺めて、アーリアはそう呟いた。
 田は広大だが、ただ稲を植えるだけなら大事ない。
 だが、例えばそこに魔物の襲撃や天災などが加わって来ると話は変わる。
 依頼終了の期間までに田植えが終わらない可能性もあるのだ。
 そう考えたアーリアは、視線を団子女郎へ向けた。
「ん~……そうねぇ。例年、田植えの時期になるとイナゴが襲って来るわねぇ。それと、私の子供たちが遊びにやって来るかも」
「団子女郎の子供と言うと……」
「えぇ、団子ねぇ」
 そう。
 動いてしゃべる団子たちが、遊びにやって来るという。
「田んぼに落っこちちゃうと大変だから、気を付けてくれると助かるわぁ」
 なんて、朗らかに告げる団子女郎に、アーリアは胡乱な視線を向けた。
 子供の相手をしたことはあれど、動いてしゃべる団子をあやした経験はない。
「それと、この辺りの田には“泥田坊”という妖が住み着いているわ。休閑中は泥田坊も休眠状態にあるのだけれど、最近水を入れたから、目を覚ましているかもしれないわ」
 ちなみに件の泥田坊だが【紅焔】【泥沼】を付与する泥を射出するらしい。
 きっと、ものすごく熱いのだろう。
「イナゴに団子の子供、それに泥田坊……なんとも難儀な話だな」
 と、ぼやくように告げた鬼灯の後頭部に、じっとりとした睦月の視線が突き刺さる。

GMコメント

こちらのシナリオはリクエストシナリオです。

●ミッション
田植えの完了
※田は広いので、相談は田植えをしながら行ってください。
 
●ターゲット
・団子女郎×1
田園の所有者。
団子の妖。
一見すると、紅の着物を纏った美女のようである。
現在は脚や腹部などが欠けた状態。
腹を空かせた旅人に、身体を食わせたためらしい。
睦月や章姫とともに、田園傍の茶屋で待機しているため田植えには不参加。


・団子の子供達×多数
団子女郎の子供たち。
喋って動く、生きた団子。
好奇心旺盛であり、人に寄っていく習性を持つ。
団子たちにとって、人は恐怖の対象ではないのだろう。
なぜなら彼らは「人に食べてもらうため」にこの世に生を受けたのだから。

・泥田坊×10体前後
田園に住み着いている泥の妖。
田園の休閑期間は泥田坊も休眠しているが、最近水を引いたことで目を覚ましたらしい。
長く眠っていたため、寝ぼけている状態のようだ。

熱く滾る泥:物中単に中ダメージ、紅焔、泥沼

・イナゴ
稲を狙って時々大量に飛来する。
 

●フィールド
団子女郎の所有する田園。
“うるち米”“もち米”“玄米”の3種類の稲を植えることになる。
田は9枚。
田の傍には、小さな茶屋が建っている。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 米1粒に7人の神。或いは、稲を植えねば米は実らじ…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年05月01日 22時30分
  • 参加人数7/7人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
※参加確定済み※
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
※参加確定済み※
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
※参加確定済み※
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
想光を紡ぐ

リプレイ

●あれに見えるは
 青い空。
 輝く太陽。
 遠くの空には黒い雲が浮かんでいるが、とはいえ絶好の田植え日和に違いない。
「ぶはははッ! 田植えと聞いちゃあ黙ってらんねぇな! 勉強になるしむしろ喜んでやらせてもらうぜ!」
 腰に下げた苗かご。
 首にてぬぐい。
 農作業ファッションに身を包んだ『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は、その巨体をリズミカルに揺らしながら田園を進む。
 腰を低く下げ、泥の中へ稲を植えつけるその姿。まさしく“慣れている”者の所作である。

「田植えに励むであります!」
「田植えですか。懐かしい響きですね」
「照り付ける太陽は夏の先触れ。爽やかな風。草の匂い……大変良う御座いますねえ」
 田靴を履いて、てぬぐいを被り、ダボっとした農作業義に身を包んだ3人。結った髪が風に揺れ、流れる汗が陽に光る。
『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)、『永久の新婚されど母』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)、『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)。
 以上3名、TGC(田植えガールズコレクション)を称する女子チームである。ともすると野暮ったさを感じる農作業義を身に纏いつつも、素材の良さは微塵も損なわれてはいない。
 末散の持参した日焼け止めクリームのおかげで、紫外線対策もバッチリだ。

「こんな日に外でのんびりお米のお酒が飲めたら幸せよね」
 額に滲む汗を拭って『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は微笑んだ。
 昨夜接種したアルコールも、汗と一緒に抜けていく。
「幸せよねぇ、鬼 灯 く ん ?」
 その笑顔は、そこはかとなく暗かった。
「あ、あぁ……終わった後は俺もお酒飲む!」
「そうじゃないのよ! ご利用は計画的に!出納帳はつける! リピートアフターミー!」  
 絶好の昼酒日和は『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)のやらかしによって損なわれた。アーリア、怒りの咆哮に鬼灯は覆面から覗く目元を引き攣らせていた。
「この報酬は高いわよぉ、後で鬼灯くんの報酬で慰労会ね、はい決定!」
「え、俺の報酬で飲むの……? 俺の分残しておいてくれよアーリア殿」
 愛妻、章姫のためにと私財は元より組織の資金さえ使い込んだ今の鬼灯に果たしてどれほど懐の余裕があるというのか。ましてや相手は、ローレットでも有数の“呑兵衛”で知られるアーリアだ。
「自業自得です」
「頑張るのだわ!! 鬼灯くん!」
 冷めた視線を送る睦月と、朗らかに笑う章姫は田園の脇に建っている小さな茶屋の軒先に居た。2の傍に立っている赤い着物を着た女性……団子女郎は口元に手を添え、ふふと品よく微笑んでいる。
「うむ。今日も俺の章殿可愛いな?」
「おい、鬼灯! 余所見をしてるんじゃねぇ、仕事だ!」
 泥まみれの手で章姫へ手を振る鬼灯へ『団子の救世主(メシア)』伏見 行人(p3p000858)の注意が跳んだ。
 日頃は旅の剣士といった格好で、あちこちを歩き回っている彼ではあるが、なかなかどうして田植えが様になっている。
 これにはゴリョウもにっこりだ。

●田植えじゃないか
 北の空が黒に染まった。
 空気を震わす耳障りな音がする。
 現れたのは膨大な量のイナゴであった。
「来やがったな」
 ふわり、と行人の身体が浮いた。風の精霊“カイ=レラ”の力を借りた飛翔である。
「行人殿、こちらを!」
 イナゴの接近を察知した睦月が、行人へ向け刀を投げ渡す。
 農作業ファッションには些か不似合いではあるが、行人は構わず刀を腰紐へと刺した。
「ぶはははッ、ほらデカい団子がここに居るぜぇ!」
 田から上がったゴリョウは既にイナゴを引き付けるべく、畦の方へと駆けている。
「皆、田から上がったな!? イナゴの侵攻は俺が防ぐので、思いっきりやってくれ!」
 不本意ながら任務は任務。
 鬼灯とて田を護ることに否やはなかった。しゅるり、と風を裂く音がして、朱の気糸が四方へ展開。
 イナゴの進路を阻むべく、張り巡らされた糸の結界をイナゴ風情が突破するのは容易ではないだろう。

 黒い球体。
 否、それはイナゴに群がられているゴリョウである。
「……うわぁ」
 それ以外、言葉が出て来なかった。
 顔を歪めるアーリアは、取り出した黒い手袋を嵌める。
 掲げた腕を中心に、渦を巻くのは魔力の奔流。
 ほのかに香る甘い香織。
 菫色の燐光が散った。
「ま、まぁゴリョウさんなら群がられても平気でしょ」
「あぁ、纏めて薙ぎ払うのが良いだろう」
 元よりゴリョウはタフネスに長けた戦士である。加えて、自身の身体に【ミリアドハーモニクス】を付与していることもあり、多少のダメージであれば耐えきるだろうことは容易に予想出来た。

 鬼灯、ゴリョウ、アーリアがイナゴの撃滅へと向かう中、行人は田んぼの畔でぴたりと足を止めていた。
「こんな時に……」
 舌打ちを零し、背後を見やる。
 TGCの居る田の傍に、泥田坊が出現したのだ。
「睦月よ! 俺ぁどうしたらいい?」
「泥田坊の相手を!」
「っし、任せとけ!  俺が攻撃を引き受けるから、その間に頼むぜ?」
 姿勢を低くし行人は駆けた。
 TGCを追い越して、まだ田植えの終わっていない田園の中へと飛び込んでいく。
 どろり、と行人の眼前で泥が人型に盛り上がった。
 瞬間、行人の居合がその胸部を鋭く斬り裂く。
 どしゃり、と泥田坊の上体が崩れ田に落ちるが、そうはいっても元々泥の集合体だ。粘性生物のように蠢きながら、じくりじくりと再生を始める。
「中々の重労働であります。多少鍛えているとはいえ、これはあとで足腰に来そうでありますな」
 そうしている間にも、さらに数体の泥田坊が田の中に姿を現し始めていた。都合8体ほどはいるだろうか。希紗良も戦線に加わるが、いかんせん数が多すぎる。
 流れるような動作で一閃。
 ざくり、と泥田坊の首を落とした希紗良の足首を、田から伸びた腕が掴む。
 足を引かれ、転倒する希紗良。
 咄嗟に刀を横薙ぎに振るい、足首を掴む泥田坊の腕を切断するが、間に合わない。
 どちゃり、と泥の飛沫が盛大に上がり、希紗良の身体が泥中に沈む。
「うっ……うぁ!?」
 這い寄る泥田坊の腕が、希紗良の腕や肩を掴む。
 もがく希紗良へ手を伸ばすのはマグダレーナだ。
「希紗良さん、お手を!」
 倒れた希紗良の細い腕をしかと掴んで、その小さな体を引き起こす。
 
「女郎殿、連中、毎年現れるのですか?」
 章姫を護るべく、得物を手にした睦月が問うた。
 団子女郎は章姫を膝に抱え、なんとも微妙な表情を浮かべている。
「えぇ、どうにもうちの田を住処としているみたいで。田植えの時期になると起きて来るのよぉ。寝ぼけているのか、毎度毎度襲って来るし……」
「倒してしまっても?」
「問題無いわ。時間が経てば、また復活するもの。起きてしばらく経てば、意識もしっかりするのか、大人しくなるのだけれど」
 要するに、安眠を妨害されて怒っているような状態らしい。
「田植えだけでも重労働だというのに…………はあ、キレそう」
 不可視の刃を展開しながら、未散はチラと鬼灯を見やった。
 ゴリョウ、アーリアと共にイナゴに群がられている姿を見て、思わず同情してしまう。
「頭領のことならお構いなく。身から出た錆ですので」
「あ、はい」
 そちらをちらとも一瞥せぬまま、睦月は言った。
 彼ら『暦』の頭領である鬼灯に、絶対の信頼を置いているのだ。きっと。たぶん。

 未散の放った不可視の刃が、泥田坊の胸部を裂いた。
 崩れ落ちる泥田坊。
 立ち上がりかけたその頭部を、行人の蹴りが打ち砕く。
「くっ、踏み荒らし過ぎた。均さないと、稲が植えられないぞ」
「でしたら、泥田坊さんたちで補填してしまえば良いのでは」
 ばしゃん、と水音を鳴らし田の真ん中へマグダレーナが降り立った。
 掲げた腕に灯る魔光の腕は蒼銀。
 次第に赤く染まっていく。
 白から朱へ。
 不吉な月の色にも似たそれが、視界を染めた。
 攻撃の気配を察してか、マグダレーナへ向け1体の泥田坊が灼熱の泥を吐きつける。
 けれど、それは回り込んだ希紗良が止めた。
「あ、っつぅ!?」
 じゅう、と泥の降りかかった希紗良の肌が焼け焦げる。
 直後、不吉な魔光が田園を朱に染め上げた。

 青い空にゴリョウの怒声が轟いた。
「俺ごとやれ!!」
「すまん」
「行くわよ、どかんと!」
 鬼灯の操る無数の気糸が、アーリアの放つ菫色の魔力光が、ゴリョウとそして彼に群がる膨大なイナゴを覆いつくした。
 空気が唸り、地面が抉れ、イナゴの羽音と歯ぎしりが響く。
 数瞬の後、訪れた静寂。
 地に落ちた膨大なイナゴの群れの真ん中で、ゴリョウはゆっくり巨体を起こした。
 イナゴに食い破られたのか、その皮膚には血が滲んでいる。
 しかし、彼は生きていた。
「こりゃ……少し休憩だな」
 山と積まれたイナゴの死骸に、すごすごと立ち去っていく泥田坊たち。
 大きな怪我もないまま戦闘は終了したが、快晴の下、慣れない足場での戦闘はイレギュラーズから体力を奪い去っていた。
 疲弊した身体で田植えをしても効率が悪いと判断したのか、ゴリョウは休憩を提案し、そしてそれに異を唱える者はいなかった。

 ぽてん、ころん。
 ぽてん、ころん。
 茶屋の奥から聞こえた微かな物音は、次第にその数を増し大きくなった。
「あら、遊びに来たのねぇ」
 団子女郎の優しい声。
 現れたのは、一口サイズの団子たちである。
『タベテー』
「ぬ……来たか。以前にも逢ったことはあるが、そのときの子かどうかは俺に見分けはつかないな」
「その節はお世話になったわね。あの子たちなら独り立ちして、立派に務めを果たしたわ」
「……それは」
 団子の務めとは何だろう。
『メシアー』
『タベテー』
 脳裏を過ったその疑問を頭を振って追い払い、それっきり行人は考えることを放棄した。
 
 きゃっきゃと響く黄色い声が、TGCの輪からあがった。
 ゴリョウの用意した“きんつば”や“みたらしプリン”といった甘味を前に、女子力が加速しているのだ。
「ぶはははは! たぁんと喰ってくれよ、こっちの皿には餡やみたらしがあるから、足りなきゃ好きに追加してくれ!」
 TGCの前に餡やみたらしの満ちた深皿を差し出しながらゴリョウは言った。
 直後、ぽてんころんしゅおんと転がり、跳んだ団子の子らが皿の中にダイブ・イン。
 餡団子、みたらし団子へと姿を変えると、空の皿へと次々に移動していくではないか。
『タベテー』
「ふふ、ゴリョウさんの料理は素敵ですね」
「マグダレーナ殿、そちらはゴリョウ殿のお料理ではなく……いや、餡やみたらしはゴリョウ殿の拵えたものでありますが」
 団子の子を摘むマグダレーナを、慌てて希紗良が呼び止めた。
『タベテー』
「救世主……行人さま」
「俺を呼ぶんじゃない」
 助けを求める未散から、行人はそっと視線を逸らした。
「鬼灯……おい、鬼灯!?」
 助けは来ない。
 彼なら章姫にプリンを食べさせるのに忙しくしている。

 休憩も終わり、田植えに戻る。
 作業に慣れたことに加え、田植えのプロも同行しているおかげか、ここに来て田植えの速度も大幅に上昇しているようだ。
「そぉっと爪先から入れて、踵を上げて出る……ふふ」
 はじめは歩くだけでも大変そうにしていた彼女、アーリアも、随分田植えに慣れてきたように思われる。
 曰く、田中を歩くのは、飲み倒した後お会計を他の子に任せて抜け出す時に感覚が似ているらしい。なるほど、順応も早いはずである。
『イッチ、ニ! イッチ、ニ!』
 団子の子供たちも、応援のためか声を合わせて拍子をとってくれていた。
 疲れた体には、きっと甘味が染み渡る。
 美味しく人にいただかれるその瞬間を夢見て、団子の子らはアーリアに声援を送るのだ。
 
●心のどかに植えつつ歌う
「“一粒のお米には七人の神様が宿る”。キサの住まう里でも教えられたでありますよ。稲作には沢山の手間がかかっております故、それを粗末にしないようにという教えと共に」
「えぇ、それはとても良い教えですね」
 希紗良、そしてマグダレーナは団子の声に拍子を合わせ、リズミカルに稲を植えていく。
 目の見えぬマグダレーナではあるが、田植えにもすっかり慣れたようだ。足取りに淀みはなく、植えた稲の感覚も一定となっている。
「まさに先人の知恵ですね。ゴリョウさまが居てくれて助かりまし……きゃっ!?」
 ここまで順調に作業していた未散だが、泥に足を取られて後方へと転倒した。
 だが、しかし……。
「え?」
 腰から泥へと落ちる寸前、誰かが後ろから未散の身体を支えてくれた。
 背後を振り返れば、そこにはぎょろりとした単眼。
 泥で出来た身体を持つ妖……泥田坊であった。
 どこか申し訳なさそうな顔をしている……ように見える。どうやら、先ほど寝ぼけて襲い掛かったことを、泥田坊なりに申し訳なく思っているようだ。
「あ、ありがとうございます……でも、ちべたい」
 とはいえ、泥で出来た妖。
 当然のように、未散の背中は泥に塗れた。

「あ!? 見よ行人殿! 章殿が睦月にほっぺもちもちされてはしゃいでおられる……? 髪も撫でてもらってお菓子ももらってご機嫌……!」
 茶屋の方を見て大騒ぎする鬼灯を、行人は慌てて制止する。
 暑くなったのか、上着は腰に結び付けていた。鍛えられた上体で、汗がきらりと光っている。
「集中しろよ、鬼灯。じゃないと……」
 いかにバランス感覚に慣れた鬼灯であろうと、泥に足を取られてしまえば普段の俊敏さも発揮できない。
 片足が深みに嵌ったようで、ぐらりとその体が揺れた。
「あ、こら! 言わんこっちゃ……」
 盛大に姿勢を崩し、頭から田へ転倒しかける鬼灯へ行人は咄嗟に腕を伸ばした。
「くっ、何のっ!!」
 伸ばされた腕を掴んだ鬼灯は、行人の身体を支点に身体を宙へと躍らせる。
 泥を撒き散らしつつ、ひらりと跳んだ鬼灯は転倒を回避。
「うぉっ!? て、てめぇ……!!」
「あ、いや、ごめん」
 転倒を免れた鬼灯に代わり、行人は頭から田へと突っ込んでいた。

 田植えが終わる。
 最後の稲を泥に植え、アーリアは額に滲んだ汗を拭った。
「こうやって作る側に立つと、お米だってお酒だって“いただきます”の重みが変わるわよねぇ」
 西の空に日が沈む。
 赤く染まる広い空をぼうと眺め、どこか満足そうにアーリアは言った。
 髪も顔も泥だらけ。
 作業着の背には汗で染みが出来ていた。
「おう。ご苦労さん! 皆はしばらく休んでな!」
「あらぁ? ゴリョウさんは?」
「全部終わればもう一仕事! 団子女郎と一緒に皆にご飯とつまみ作らねぇとな!」
 空になった苗かごを回収し、ゴリョウは水を浴びに行く。
 もう一仕事、夕餉の準備に向かったのだ。
「いやぁ良い仕事だなぁ今回!」
 ぶははは!
 と、野太いゴリョウの笑い声が茜色に染まった空に響き渡った。

 白い月を眺めつつ、アーリアは酒を口へと運ぶ。
 米を原料に造られた酒だ。
 疲れた体に染み渡る。
 ましてや、人の金で飲む酒だ。
 これが美味くないはずが無い。
『タベテー』
「…………」
『タベテー』
 かわいらしく、美味しそうな団子の子らがアーリアの周囲に群がっていた。

「……こうして労働すると金を稼ぐのも楽ではないと思い知らされるな。今度からは控えめにするか」
 酒の満ちた盃を手に、鬼灯はそう呟いた。
 覆面で口を覆ったままだが、それで酒が飲めるのだろうか……。
「そうしていただけると、私も怒らずに済みます」
 音も無く背後に寄った睦月が告げる。
「……善処する」
「えぇ、お願いしますよ、本当に」
 鬼灯の出した赤字は回収できたのだろう。
 睦月の怒りも幾分落ち着いて見える。
 それっきり、黙り込んだまま……。
 鬼灯と睦月は、TGCや行人、団子の子どもらと騒ぐ章姫の姿をいつまでも眺め続けていた。

成否

成功

MVP

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
この度はシナリオのリクエストおよびご参加、ありがとうございました。
皆さまの尽力により、無事に田植えは終わりました。
秋になれば、豊かに実ることでしょう。
黄金の原を見に来るのもいいかもしれませんね。

それでは、縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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