シナリオ詳細
再現性倫敦一九八四:破『偽りは真実』
オープニング
●再現性倫敦・変革
うらぶれた灰色の街。
あちこちに貼られた『彼』のポスター=監視装置。
それは、テーマパークであったはずのディストピア。再現されたこの世の地獄。
イレギュラーズ達の下に、この都市を破壊してほしい、という依頼がもたらされたのはつい先日のことであったが。
イレギュラーズ達は都市に潜入し、様々な工作を行った。表面上はさして変わらぬ日常を演じているはずのこの街に、しかし確かに、確実に、その工作の結果は――変革の種は撒かれていた。
その萌芽が見られたのは、意外にも最下層の労働者(プロレタリアート)たちの間であった。
学もなく、希望もなく、労働にのみに従事し、粗悪な娯楽で絶望をごまかし。ただ無為に日常を浪費して潰えていくだけの彼らに、希望という知恵のリンゴを与えた蛇は、この街における不確定要素(イレギュラーズ)であったか。
プロレタリアートたちが集まる、工業地区の酒場。今日も多くのプロレタリアートたちがささやかな酒とギャンブルで己をごまかす中、しかしここ最近に限っていてば、その話題や会話は明らかに異なっていた。
「結局さ……ちゃんと考えないとギャンブルにすら勝てねぇんだよな」
いつぞやから流行り出した、チンチロという異国のギャンブル。ドンブリに賽を振り投げながら、プロレタリアートの男は言う。
「勉強って奴もさ……したことなかったよ。このギャンブルだって、確率とか、サイコロの振り方とか、ちゃんと確認しなきゃならない。でもそう言うのって、俺らは教えられなかっただろ?」
「馬鹿野郎、余計なこと言うと思想警察に」
「分かってるよ。でもさ……考えちまうんだよなぁ……」
――三人でブドウを分け合おう。
一人が四つ。
残りの二人で三つずつ。
そして一人がこういうのさ。
ブドウは九粒しかなかったってね。
酒場に響くその歌は、流しの歌手が歌っていたモノだっただろうか? もう誰が最初に歌ったのかはわからない。だが、その歌は今や、多くのプロレタリアートたちの間で歌われていた。
「この間、外から来たって奴。俺たちよりもずっといいものもってやがった」
「国外に出ようってのか? だってこの国以外は……」
「それも嘘なんじゃないのか……分からなくなってきた。考えるのはつらい。でも、考えないとダメになっちまうんじゃないのか……」
工業地区の監視は、比較的緩い。これは、『政府』がプロレタリアートたちを軽んじているためであったが、しかしその監視の甘さは、今裏目に出ていると言えただろう。
イレギュラーズ達が蒔いた種。それは確実に、ここに育ちつつあった。
(……工作の結果は充分に出てるみたいっすね)
酒場の隅の席で合成ジンを飲みつつ、リサ・ディーラング(p3p008016)は胸中で呟く。薄く、薬品臭い合成ジンのアルコールの味にももう慣れた。
(プロレタリアートたちは、自立意識に目覚め始めて……こうなると、『省』の人達も忙しいだろうっすね。まぁ、その分、監視の目がおろそかになって、私の『残業』もやりやすくなるっすけど)
ちら、と視線を見せの隅に映せば、そこには静かな顔でご禁制の『小説』を読む散々・未散(p3p008200)の姿もある。前述したとおり、プロレタリアートたちへの監視は緩く、同時にイレギュラーズ達の活動により、監視の目はさらに緩んでいた。未散のように、ご禁制を犯していたとしても、この程度で通報されることもめったになくなっている。
(そろそろ、作戦も次のフェーズに移行するころでしょうね)
胸中で未散は呟いた。様々な人物と接触し、『革命意識のタネ』を植え付けていた未散。その勢力は確実に増加しており、多数の仲間達が未散の下へと集っていた。
(……やがて本物のV・サインを掲げるために。動きはじめましょう)
ぱたん、と小説を閉じた。未散はゆっくりと立ち上がる――。
●政府組織
真実省。再現性倫敦・ニューブリタニア内の『真実』をつかさどるその部署も、今は怒涛の如き忙しさに襲われている。
『反社会勢力』が多すぎ、それに関連する『真実の改ざん』業務が増えすぎているのだ。作業員たる公務員はもちろん、上級公務員も増やし作業に当たっているが、その忙しさが休まる事はない。
「うーん……」
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は真実省の自分のデスクで、大きく伸びをした。積み上げられていく資料の山。苦笑が浮かぶ。
「外では皆、随分と派手にやっている様だ……バックアップする方の身にもなってもらいたいな」
とはいえ、仕事が多いとなれば、それだけ外での活動が活発に、成功裏に終わっているという意味でもある。それに、仕事が多く、多くの人員がそれに気をとられているとなれば、ここも監視の目がおざなりになる事でもあった。例えばここで、何らかの情報流出が起きたとしても、気づかれる可能性は少ないほどに。事実、ゼフィラはいくつかの改ざん前の情報を懐に隠していたが、それに気づいたものは居るのだろうか?
もはや真実と偽りは混ざり合い、混沌とした情報を見せつつある。それは現実としては正常なのかもしれないが、しかしこの都市においてそれは異常であった。
同様に、『親愛省』においても、業務は激化していた。反社会勢力はもちろん、思想犯罪者も急増し、刑務官たちの対応も日に日に増していく。『レクリエーションルーム』と呼ばれる最終教育室も頻繁に稼働しているとみられ、そこに送られる人間も増えてきたという噂は、刑務官たちの間にも広まっていた。
「はい、充分反省したよね? もう『ここに来ちゃだめだよ』?」
セララ(p3p000273)は、説得を施した思想犯罪者を見送り、教育室の扉を閉めた。殺風景な部屋。時に拷問も行われるその部屋で、セララは『説得』だけで思想犯罪者たちの思想を変えていた……という事になっている。
セララだけでなく、親愛省の刑務官たちの業務は増加し、結果軽度思想犯罪者の対応もおざなりになった。簡易な『教育』で追い返された彼らの思想教育が完璧だとはいいがたい。
結果……充分な『教育』の施されぬまま、人は街に解き放たれることとなる。これは、イレギュラーズによる暗躍も手伝ってのことだが、着実に街には不穏思想が蔓延していくこととなった。
誰もいなくなったことを確認して、セララはため息をついた。業務が多い。それだけ、思想犯罪者……つまり、政府の意にそぐわぬ思想を持つ、『健全な者』が増えているという事だ。それはイレギュラーズ達にとって良い事であったが、しかし其れは其れとして、仕事が多いのは疲れる。
(ま、しょうがないんだけどね……ただ、ボクの担当を外れて、奥に行っちゃった人達がどうなるのかは気になるなぁ)
胸中でぼやく。例えば、リュグナー(p3p000614)は自らの意思で親愛省の最奥に向い、連絡は途絶えた。噂によれば、レクリエーション・ルームという最終教育室へと送られると、セララは聞いたが……。
(無事だと良いなぁ……最悪、助けに行く必要があるかもしれない……)
天井の監視カメラを気にしながら、セララはぼやく。仲間の手によって、親愛省の正確な見取り図は完成している。動くなら、今なのかもしれない……。
そして、破壊者集団『反乱者ブライアン一味』による『平穏省』への攻撃。それを嚆矢とした反社会的集団による攻撃は後を絶たず、果たしてその攻撃は偽りなのか、真実なのか、それすらも解らぬまま、街は破壊と対応を続けている。
都市の地下に張り巡らされた地下通路。本来は政府の関係者が移動につ勝つためのその秘密通路も、もはや反乱者ブライアン一味……その首謀者であるブライアン・ブレイズ(p3p009563)とその一味にとっては、もはや庭のようなものだ。
「ここ最近の攻撃は、上手くいってるな」
都市の地図を広げながら、ブライアンはにぃ、と笑う。一味の攻撃は散発的に続き、その都度予定外の攻撃に、慌てふためく公務員たちの姿が見える。
街は真実、敵からの攻撃に怯えている……しかしそれは予定通りの事だと耳をふさぎ、自分たちでコントロールできると傲慢に沈んでいるのが政府たちだ。
「そろそろ派手に花火を打ち上げる時期かもしれねぇな……」
ブライアンがあごに手をやりながら、言った。作戦は次なるフェーズへと移行するだろう。
その時、撃ちあがる花火はどんな色をしてるのだろうか……?
一見すれば、今までと変わらぬ街。
しかし今、街は確実に、崩壊への一歩を踏み出そうとしていた。
●上級公務員・ブライアンの述懐
――ここ一月の街の様子がおかしい。
表面上は平穏を保っているが、しかしそれは、多くの公務員による働きの結果に過ぎない。
不穏分子が紛れ込んでいる。我々の内にも外にも。
喜ばしい/おそろしい事だ。この街の解体/維持に関して。我々は/我々は、この状況を歓迎/打破しなければならない。
私も動かなければならないかもしれない。反逆者たちを見つけ、接触し――受け入れ/排斥するべきだ。
- 再現性倫敦一九八四:破『偽りは真実』完了
- GM名洗井落雲
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年05月17日 22時10分
- 参加人数20/20人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 20 人
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参加者一覧(20人)
リプレイ
●倫敦、再び
灰色の街には、今日も『彼』の視線が降り注ぐ。
あちこちに貼られたポスター。『彼が見ている』。スローガン。変わらぬ灰色の風景。19世紀の街並みを残し、そこに武骨なコンクリートが侵蝕する、再現性倫敦、ニュー・ブリタニアの街。人類に残された三つの生存圏のうちの一つ――と言う事になっているが、もちろん、それは『偽り』であり、『真実』である。
この街では、『真実』は『偽り』であり、『偽り』は『真実』である――そのどちらであろうと、『彼は見ている』。疑うことなかれ、『彼』の言葉こそが真実だ。たとえそれが、昨日と矛盾していようとも。矛盾していることに気づくなかれ。それは犯罪である。
信じよ、偽りを。信じよ、真実を。二つの相反する事実を心から信じ、日常に埋没せよ。それがこの都市で生きる唯一の手段だった。
だが……いつ頃から、その生き方に、ひびが入っていったのは現実だ。
それは、外から来た一団による、干渉から始まったのに違いない。
真実を語るもの達。
思考を促すもの達。
真実を探るもの達。
偽りと弄ぶもの達。
それが――この都市にとっての不確定要素(イレギュラー)であり、特異運命座標(イレギュラーズ)なる想定外(イレギュラー)な者達であった。
彼らの働きはこの街に浸透し、人々の思考に種を植え付ける。
目覚めよ、とそれは言う。
立ち上がれ、とそう謳う。
果たして彼らの介入は『序(はじまり)』を経て、ここに『破(こうどう)』をもたらそうとしていた――。
●萌芽のきっさき
プロレタリアートたちの住まう工場地区。統制されたメイン・ストリートとは異なり、ここはかつてから、まだ『人間の生きる場所』としての熱気は残されていた。
今はどうだろう? そのくすぶっていた熱は、今やうねる熱となって人々の胸を燃やし始めていた。
一度火が付けば、いくらそれが燃えさしとなろうとも、消えることはなく。
いつぞ、風が吹けばその火は再び燃え盛るだろう……。
「よっ、と……」
ふぅ、と息を吐き、額の汗をぬぐう『ザ・ハンマーの弟子』リサ・ディーラング(p3p008016)。リサがいるのは国営の製造工場で、そこでは何らかの部品を日々製造している。リサの調査に寄れば、それは武器や兵器の類の部品であることに間違いはなかった。
その武器は、多くは住民たちに向けられる。つい先ほども、工場地区の一部が『政府の敵による攻撃』と言う事で爆破されていた。今となっては、本当に『政府の敵の攻撃』なのか、或いは『自作自演』なのかはわかりづらくなってきたが、いずれにせよ、その兵器の出どころは間違いなくここであることに違いはない。結局、住民たちは知らずのうちに自分の首を絞めているわけだが、それも、住民たちは知る由もなければ興味もないのだろう。
「もちろん、これまでは、っすけど」
リサは、製造機械のパネルを閉めると、その鉄のふたをぱん、と叩いた。『改造』は順調。苦労して優等生を演じ、残業と『機械の製造効率化のための改造』の許可を得た甲斐がある。
「ディーラング、改造は順調か?」
同僚の作業員が言うのへ、リサは笑ってみせた。
「ええ、これで『仕事も効率的に行く』っすよ」
誰の仕事が、とはいっていない。これはもちろん、我々の仕事である。リサの行った改造は、つまり作成される部品の厚みをほんの僅か、数ミリほど増やすような設定を施すものだ。
精密機器にとって、この僅か数ミリの変動の影響は大きい。きっと、これが銃の部品なら弾詰まりが多発するだろうし、弾丸もあらぬ方向へと飛んでいくだろう。仮に納品時にバレても、工場一つの生産を止められるし、それ以外の工場からの生産品のチェックに手が取られるはずだ。
「熱心だよなぁ、お前。政府や『彼』に認められるも近いんじゃないのか?」
「いやいや、そんな! 私なんてとんでもないっすよ!」
リサが苦笑する。正直冗談ではない。まだまだここでやりたいことは山ほどあるのだ。迂闊に上にあげられるなど。
「……噂だけど、知ってるか? ここで作ってるの、武器とか、銃の類なんだってよ」
(……知ってるっすよ。その噂流したの、私っすからね)
ふむ、と唸る。さりげなく流した噂は、今は労働者たちの間にしっかりと広まっている。知らず、武器を作らされているという事実が、彼らの間に不信感を募らせていった。
リサが答えないのを、機嫌を損ねたせいかと勘違いした作業員は、頭を振ると、
「ああ、すまん。お前は熱心に働いてるのに、水を差すみたいで……忘れてくれ。そう言えば、あの子が今日、最近流行りの賭博に参加するらしいぜ。お前も知ってる子だろ?」
「あの子……ああ、エクスマリアさんっすか?」
リサが思い浮かべるのは、『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の姿だ。エクスマリアは、『ずっと昔から、この国に住んでいた少女』である。『政府の敵によるテロ攻撃により両親を亡くし』『幼いながらも、献身的に工場地区でプロレタリアートとして働いてきた』少女だ。
「大きい声じゃ言えないけどよ、今日の賭博で大金稼いで、この国から逃げるって話だ。応援したい気持ちはあるが……」
「……そんなこと、できるんっすかね? いつもの賭博って言ったって、政府と繋がってる奴っすよ? 確か、ハビーブって奴がひらいてる……」
と、そらとぼけながら、リサは『何でも屋』ハビーブ・アッスルターン(p3p009802)の名をあげて見せた。ハビーブは、『近頃真実省よりやってきた、闇カジノを開く公務員』である。ハビーブの開くカジノは高レートかつ、かつて主流であった思考停止で運に任せていただけの賭博とは違い、例えば最近流行っていたチンチロのような、ある程度実力の反映されるようなものばかりをゲームとして提供している。
高レートカジノは裏で政府と繋がっているという公然の秘密があった。ハビーブが真実省の公務員であることからそれは明白であったが、しかし『政府公認とあれば、犯罪者としてつかまるという事もない』と言う、安心感はある。
「そうなんだよな……心配だが、でも、応援してやりたいよな。見に行かないか? もう仕事は終わりだろ?」
「んー、そうっすね。じゃ、応援にいきましょうか」
にこり、とリサは笑ってみせた。
工場地区のあばら家のような場所に、新設されたばかりの闇カジノはあった。主、ハビーブは多くの公務員を従えてこの闇カジノを運営していた。
ハビーブの運営は見事なものだったと言えるだろう。大敗させず、大勝させず。自分がカモにされていることを気づかせず、しかしどっぷりとのめり込み、希望と言う病を重いそれへと変えていく。とはいえ、近頃はイカサマの存在を疑われつつあった。これは、ハビーブが意図して行っていた、つたないイカサマである。ある程度の不信を民衆に抱かせ、しかし反論させぬための後ろ盾、政府と繋がっているのだという力を以って、民衆を頭から押さえていた。
「さぁ、お立合いだ。今宵大勝負に望むのは、幼き彼女……エクスマリア!」
ハビーブの言葉に、おお、とどよめきが上がる。ポーカーテーブルの前に立つのは、エクスマリアだ。
「よっ、頑張れよ! お嬢さん!」
ブラム・ヴィンセント(p3p009278)が、やじ馬のふりをして声をあげた。
「彼女が果たして大金をつかめるのか。是非注目していただきたい。ああ、どちらが勝つか、等は賭けないでくれたまえよ。賭けるならぜひ、当カジノに」
ハビーブの言葉に、僅かな笑い声が上がる。一方で、エクスマリアはきっ、とハビーブを見つめた。その瞳には、この街の人々が持ち合わせていなかった、希望と言う名の光が輝いている。その瞳は、住民たちにとってひどくきれいに映っただろう。あるいは彼女こそが、住民たちにとってもある種の希望のシンボルとなっていたかもしれない。
「はじめよう」
エクスマリアが言った。観客たちにも緊張が走る。エクスマリアが選んだものは、単純なポーカーである。とはいえ、それもこの街にとっては最も刺激的なゲームに違いはない。カードが配られる。手札を覗き込む。ブタ。最弱の役が、しかし次にエクスマリアが手札を除いた時、そこに輝いていたのはストレート・フラッシュ、強力な役へと変貌を遂げていた。
誰かが息をのむのが聞こえた。イカサマである――だが、それがどうしたというのだ。イカサマを行っているのは、正直、お互い様なのである。それに、あらゆる手段を使って政府と戦い、這い上がろうとするその姿を、誰が咎められようか? むしろ、応援する勢いは、加熱していた。倒してくれ。敵を。敵とは何だ。我々にとっての敵とは――。
ばん、と。
音が響いて、観客たちを現実に引き戻した。見れば、エクスマリアが床に倒れ伏しており、その隣には用心棒が、警棒を振り下ろした格好で固まっていた。
殴られたのだ、と即座に理解した。ハビーブが、冷たい声をあげる。
「このガキはイカサマを行った」
「証拠は……」
「髪だよ」
エクスマリアが呻くのへ、ハビーブは冷たく言った。ハビーブの目くばせに、用心棒はエクスマリアの髪の毛を、強くひき掴んだ。まとめられたその髪の中に、手を突っ込む。すぐに、そこから数枚のカードが取り出されて、エクスマリアは床にたたきつけられた。
「随分と綺麗な髪だったな。その小さな手で随分と器用な真似をするよ、お嬢さん。だが、所詮は子供の浅知恵だったな。大人を馬鹿にする物じゃない。おい」
その言葉に、警棒が振り下ろされる。がっ、と、エクスマリアの顔が殴りつけられた。
「おい、そこまでしなくても……」
「罰は罰だ。受けなければならない」
「大体、アンタらだって!」
「なんだ?」
ハビーブは言った。
「我々が、何だ? 言ってみると良い」
その言葉に、観客たちは沈黙する。ハビーブ達も、イカサマをしている。だが、その場を押さえられたわけではない。反撃は、出来ない。
殴られる。蹴られる。エクスマリアが、弱々しく呻いた。その眼が、観客たちへと、向けられた。
弱々しい瞳に、しかし明確な懇願と、炎が宿っていた。
(ああ、どうか。こんな風に上から押さえつけて、拳を振り下ろしてくるやつらなんて)
その眼が言う。
少女が懇願する。
(全部、燃やしてくれないか――)
ひときわ強く、警棒が振り下ろされて、エクスマリアの顔が床へと叩きつけられた。沈黙。だが、次の瞬間、それは怒号へと変わる。怒り狂う観客たちが、口々に声をあげて、ハビーブを罵倒する声をあげ始めた。
(……ほう。すっかり気が抜けているかと思えば、これはなかなか)
内心でほくそ笑むと、ハビーブは声を張り上げた。
「黙れ。今日はこれでしまいだ。さっさと失せろ、プロレタリアート共が」
「ふざけるなよ! 大体、あんただってこの間はこっち側だった……ああ、役割って奴か?」
ブラムが叫ぶ。
「許せないだろう! お前等、黙ってられるのか! あの子が痛めつけられてるんだ、助けないのか!」
ブラムは煽るように、声をあげた。その声はやがて、観客たちを突き動かした。
やがて叫びは熱気と熱狂を読んで、振り上げたこぶしは落としどころを探り始めた。
飛び交う怒号と、殴り合いの音。その中で、エクスマリアとハビーブの姿は、何処かへと消えていた。
●親愛省
「この世界は狂っている。
貴様は考えなければならない。
それと同時に考えてはならない。
二重思考が可能ならば、容易な事だろう」
※※号室(なぜか番号は認識できない。削れているのか? 消されているのか?)。そこに連れ込まれた囚人は、酷くすっきりとした顔で戻ってくるという。しかし、監視カメラに映るのは、常に一人の囚人だけだ。囚人以外に誰もいない。そこで、何が起きているのかを、当人――『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)以外に知らない。
「視るがいい、観るがいい、見ろ。観ろ。視続けるが良い――今、貴様が凝視(み)ているのは『同一奇譚(ギフト)』で在る。覗き込んだ魔眼(め)から視線(め)を逸らさず。【答えを言うが良い】」
「あ、ああ、あ」
囚人が、痙攣したように、声をあげた。
「つまり『考えている』事こそがヴェールの裏なのだ。たとえば、ハンバーグにホイップクリームを添えるのは当たり前だろう――そら、顔色に出さず想像(考)えている。バケツの中身を反芻しろ、次の思考に移るが好い」
「あ、あぐ、ぐいいいい」
「落ちた」
がくり、と、囚人がうなだれた。その思考に沈んだ、軛。それを心の中に沈めながら、囚人はどこかすっきりとした顔で立ち上がる。
「去るがいい。二度と貴様『私』に遭うなよ」
囚人が、不思議そうな顔で出ていった。オラボナは、その口を三日月のように釣り上げて、
「次」
言った。
イレギュラーズ達による思想矯正は、政府の思惑とは全く異なる形で展開していく。
「ではあなたは、その少女を救おうと?」
『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)は、親愛省の一室で、新たに収監された思想犯罪者の話を聞いていた。聞けば、今日大量に投獄された犯罪者たちは、昨夜の闇カジノで乱闘の末、逮捕拘禁されたのだという。
「全部消えちまった……ハビーブの野郎も、エクスマリアちゃんも……希望が失われたみたいな気持ちだ……結局、押さえつけられちまうのかって」
(その言葉は思想犯罪ですね。この国にとっては)
ライは内心でそう呟くと、うっすらと微笑んだ。
(そんな言葉が、公務員であるわたくし相手に出てくるとは。ええ、ええ。肥溜めだと思っていたこの街も、少しは面白くなってきた様子ですね)
「そんなことはありませんよ」
にこり、とライは微笑む。今度は、意識して、慈愛の色を乗せて。
「あなたは正しい……ええ、誰かを助けることは、政府も推奨した、人として正しい行為です……ただやり方を間違えましたね。もっと上手くやるべきです」
ライはゆっくりと、思想犯罪者の手を握った。その手に、小さな紙片を残して。
「あとでお話ししましょう……大丈夫……私はあなたの味方たりえる者です。
あなたは正しい心を持ち……かつ有能であると選ばれたのです」
それは、くすぶるものの心をくすぐる、甘い毒であった。ライの言葉は、ひび割れた犯罪者の心に、清水のごとくしみわたっていた。
お前は間違っていない。お前は正しい。お前は世界を変えるにふさわしいものだ。
ライの与える言葉。それは欲しかった言葉。甘い毒。ライはその甘さに吐き気を覚えながら、しかし女神のごとき微笑は崩さない。
「この隠れ家へ行くのがよいでしょう……どうか信じて下さい、後に同じ想いを抱く者達がそこに集まる筈です」
「ありがとうございます、シスター様……」
(シスター、ですか)
ライはにこり、と笑った。その胸中に何がどろどろとした黒いものを抱きながら、しかしライは笑顔で、犯罪者を送り返す。
「……さて」
担当の犯罪者をさばききったライは、ゆっくりと立ち上がった。見張りの公務員に、
「他の独房を見て回ってきますね」
「お疲れ様です、シスター」
その言葉に微笑を返して、ライは歩く。奥へ、親愛省の奥へ。
「おっと、そこから先は上級公務員専用の場所なのだ」
と、後方から声がかかる。そこにいたのは、『魔法騎士』セララ(p3p000273)だった。
「まぁ、セララ上級公務員さま。申し訳ございません、すこしぼおっとしていたようです」
「働き過ぎじゃないかな? 『仕事は順調』?」
「『ええ、とても』。今日も『わたくしたちの思想を理解してくださった方が沢山』」
頬に手を当て、ライは小首をかしげる。セララは頷いた。
「うむうむ、よく働いてくれて、その貢献は『彼』も喜ぶと思うよ! でも、そこから先は『ボクに任せて』。最近、上級公務員たちが不祥事を起こして、降格しててね、ボクも忙しいのだ。キミも、『資料の紛失』には気を付けてね」
にこにこと、セララが笑う。もちろん、資料の紛失とはすなわち、セララが式神を利用して盗んでいるのである。
「ええ。では、わたくしは『こちら側』を。本来の業務外の対応ですが……犯罪者の彼らの部屋を回り、懺悔を聞いてきますね」
「おねがいするよ! いやぁ、ライは勤勉だね! ボクも『たすかる』よ!」
お互いニコリと微笑んで、ライは引き返していった。セララはふむふむ、と唸って、上級公務員用のエリアへと引き換えしていく。
(あの様子じゃ、これから忙しくなりそうだね。重要なのは、引き金かぁ……)
そのと風景を見ようとして、この建物には窓がない事を思い出した。年中、明かりで照らされた建物中は、働いている自分にとっても、めまいがするような場所だった。
●真実省
「ハビーブの関与を修正ですのね?」
『お嬢様』薫・アイラ(p3p008443)が、真実省、自身のデスクでそう呟いた。送られてきた資料には、闇カジノが政府と繋がっている、と記述された粗悪雑誌の情報修正指示の紙片が置かれている。
ハビーブはあの後姿を消した。たいそう儲けた事だろう。まぁ、倫敦の金が外で使えるわけがないのだが。おかげで、プロレタリアートたちへの政府への不満は一層高まったらしい。
(ふふ。随分と大仰に動いたようですが、しかしわたくしにとってもこれは僥倖。真実省(ここ)が機能不全になるほどに作業が増えれば、それだけ動きやすくなると言うものですわ)
かたかたと古臭いタイプライターを走らせながら、記事の修正文をさっさと作り上げて、原稿を送り出す。原文をダストシュートに放り込むふりをして、積んだ資料の山にこっそりと隠した。忙しさから、相互監視の精度も落ちている今なら、このくらいの隠ぺいはあっさりとやってのけられる。
「さて。資料をとってまいりますわ」
アイラはそう宣言すると、ゆっくりと廊下を進む。忙し気に走り去る真実省の職員たちは、休む間もない様子で次々と死霊の改ざんを行っている。忙しさの原因はいくつかあるが、その内の一つが、アイラによる『工作』の結果であることは事実である。
(真実省は、真実の改ざんを主とする……であるならば、その内部に居れば、真実の改ざんは容易と言う事。普段ならば容易に発覚するであろうこんな行為も、今、非常事態に近いこの状況ならば……)
可能、と言う事だ。事実、アイラは瞬く間に謎の出世を遂げていた。上級公務員とまではいかなかったが、一般公務員の中でも触れられる情報はかなり高位になっていて、『資料庫』と呼ばれる、改ざんすべき資料の集まった部屋にアクセスすることも可能になっていた。
資料庫にはいってみれば、中には先客がいた。それは、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)であった。
「どうも、同志、アイラさん。あなたも資料の検索に?」
寛治がそう言うのへ、アイラは頷いた。
「ええ。今日は『地図』などを」
アイラの目当ては、この街の地理的情報を記した、古い情報である。如何に嘘で嘘を塗り固めようとも、街の地形はそうそう変わるものではない。そこに消しそこなった真実があるのではないかと、アイラは考えていた。
「なるほど。私もそうです。いや、お互い『異例の出世』を遂げた同士。考えることも似ていますね」
にこり、と笑った寛治が、ぺらぺらとした紙を手渡した。それは、ここがまだテーマパークであったころのパンフレットである。
「あら、こんなものが」
「過去の時代の誰かが残したものかもしれませんね。いや、実に『非真実的』です。これは『消却した方がいい』のでは?」
「『そうですわね』。こんな危険なものは、『残しておいてはいけませんわ』!」
微笑んで、アイラがその紙を懐にしまい込む。
「このような情報が流出しては、大変です」
寛治は笑った。
「情報を秘匿し制御しきれなくなれば、人々が接する情報を制限することで成り立っていた管理体制は揺らぎ、大きな穴が開く。これが『攻めの情報戦略』です……おっと、我々が、攻められる側ですよ?」
「もちろん。存じておりますわ」
資料庫にも窓はない。此処から外の風景を除くことはできない。
だが、二人がその努力の果てに情報を仕入れている中、外では大きなうねりが立ち起ころうとしていた。
●怒りの進軍
親愛省、その入り口。
今、そこにはプロレタリアートたちが群衆となって、省庁を包囲していた。
手に手にプラカードなどを持ち、ごうごうと声をあげる。
それは、市民たちによるデモ行進であった。
本来ならば怒り得ぬそれが、何故起きているのか――それを語るに、しばし時間を戻す必要がある。
エクスマリアが工場地区から消えて数日、民衆たちの不満は日に日に高まっていった。見出した希望。それを押さえつけられたストレスは確かに蓄積し、人々は鬱屈した感情を抱いていったのである。
そんな中、彼らを突き動かしたのは、現れた多くの人物であった。
「俺達は小さな歯車だがな。揃えば大きな仕事なせる」
『アサルトサラリーマン』雑賀 才蔵(p3p009175)は、プロレタリアートたちの酒場で、小さなギャンブルを通じて作業員たちとコミュニティを築いていた。
「今回はお前さんの勝ちだな。ほら、外のタバコだよ」
一本と言う少ない数だったが、ここでは味わえない娯楽だ。才蔵と相対していた男は、それを受け取ると、早速タバコを吸い始めた。
「おいおい、種銭にしなくていいのか?」
才蔵が尋ねるのへ、
「あの子が味わえなかった外だ。代わりに味わってやって、供養にしてやりたいのさ」
(別にミス・エクスマリアは死んだわけじゃないんだけどな。姿を消しただけで)
内心で苦笑しつつ、才蔵が粗悪な酒を飲む。まったく、マズい酒だ、と思う。
「だが、これで信じてもらえたかい? 外の世界、って奴さ」
「ああ。あの子が語った時も、夢物語だと思ってた……だが、実在するんだな、希望って奴は。それは俺たちに手は入らないが」
「いや、それは違う」
才蔵は言った。
「信じ、考え、行動に移すんだ。そうすれば、きっと希望はつかめる」
才蔵が取り出したのは、デモの参加へのチラシだった。それは、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が外で配っていたものだ。
……工場地区の街路では、幻がぴっしりとした様子を見せながら、まるで奇術のショーのような雰囲気で、多くの人々にチラシを配っていた。
「貴方の大切な方が親愛省に捕らえられ帰ってこなかったことはありませんか? 貴方達の愛したあの子は、どこへ消えたのでしょう? 貴方達はそれでいいんですか? 許せないんじゃないですか?」
朗々と語るその声は、不思議と人々の心に染み入る、不思議な魅力を持っていた。
「親愛省にデモへ行きませんか? 決して悪いようには致しません。今こそ立ち上がるときです!」
「公務員たちと労働者の間になぜこの様な収入の差が起こるのか? それはこの国が呪われてるいるからだ!
霊と交信が出来る私が言うのだから相違ない。故に公務員達を恨んではいけない。何故なら彼らも悪霊の被害者だからだ」
隣に立つのは、近頃有名となっていた霊能力者である。名を、『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)と言ったこの霊能者は、多くの者の人生を、秘密を的中させ、工業地区に一定の信者を形成していた。
「私の仕事は憑き物落とし。資本家達に取り憑く悪霊を払ってみせよう。しかし、それには皆の力が必要だ!」
「まて! そこで何をしている!」
声をあげたのは、思想警察の一派である。手にした拳銃をゆっくりと構え、二人に迫った。
「これ以上街中で狼藉を振るうのを止めろ! 此方には射撃による無力化も許可されている!」
「恐れることはありません、みなさん!」
幻が声をあげた。
「恐れるに値しないのです! 僕達が団結すれば、この程度の相手などは!」
「撃つといった!」
思想警察が、銃の引き金を引いた。かつん、と音を立てて、引き金が引かれ――それだけだった。
「弾が出ない……? 故障か?」
「視たか! これこそ、諸君らの守護霊の加護だ!」
ジェイクが声を張り上げる。刹那、幻が動いた。その手を振るえば、青い蝶が飛び羽ばたき、次の瞬間、思想警察たちがバタバタと倒れ、意識を失った。
「この通り、僕たちに倒せない相手など居ないのです!
さぁ、皆さん! 今こそ立ち上がるときです! 親愛省へ弔い合戦と参りましょう!
鉄の棒でも何でも構いません。手に武器をもつのです! 憎むべき親愛省を僕達の手で破壊しようではありませんか!」
「あの少女も願っている! 戦うべきだと! すべてを押しつぶす時だと!」
おお、おお、おお! どよめきは歓声へと変わる。やがて人々の熱気が渦巻き、それは強烈な熱へと変換されていく――。
「で、この騒ぎですか。素敵ですね」
『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)が、静かに呟く。その傍らにたたずむ、『決死防盾』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)。二人はデモ隊を眺めながら、静かにタバコをふかしていた。配給された、粗悪なそれである。タバコの香りなどのない、ただ草を燃やした煙を吸っているだけのような、最悪な気分になる代物だ。
『チル様が導かれた者たちも、中に混じっています。時がたてば、一斉に呼応する予定です』
ヴィクトールから差し出された紙片に、その言葉は書かれている。それを未散はちらりと確認し、煙草の先端を押し付けた。チリチリと紙片が焼けて、すぐに消えていく。
「なんと、こうも味わいもへったくれも無い此れでも火種位にはなりますね」
未散はくすり、と笑うと、
「一本、どうです。涙が出そうになる程には不味いですから」
そう言って、配給品のタバコをヴィクトールへと差し出す。
「……こちらのタバコは、たしかに香りがよろしくない。ただの燃えた草の匂いがしますね」
ヴィクトールは頭を振ると、懐からひと箱、外のタバコを取り出した。
「いつものタバコなら私が持ち歩いていますから、吸いたかったらどうぞ」
「ああ、有難うございます」
未散は一本、外のタバコを受け取ると、口にくわえて、ゆっくりとマッチの火を近づけた。ぼう、と火がともって、紫煙がくゆる。すぅ、とタバコの煙を堪能して、名残惜しむようにゆっくりと煙を吐き出した。
「此れが恋しくて、正直別の意味で気が狂いそうでしたよ」
にこり、と微笑む。心底から、落ち着いたような様子で。
「おそらく、間もなく爆発するでしょう」
ヴィクトールが言った。
「何かありましたら、ハンドサインか何かでお知らせください。少々危ないくらいのことならボクを伴ってくれれば守りますから安心くださいね」
「ええ、まあ。では此れは”齧り付け”の合図です」
指で、かじりつく獣のあごのような形をとって、未散は笑った。刹那、轟音が大地を揺るがした。空を見てみれば、はるか遠方、平穏省の方、そして無人となった工場から、煙と焔が立ち上っているのが分かった。
「では。始めましょう。
よわむしさんたち、今こそ吠えたてる時です。
ぼくと同じ、よわむしさんたち。
虐げられ、追い立てられ、それでも声をあげることのできぬ、かわいそうな友達。
そんな時は終わりました。
そんなよわきは、今爆発して消えうせました。
はじめましょう、はじめましょう?
今こそ吠えたてる時。
かじりつくとき――がおがお」
と、未散が手を、かじりつく獣のような形をして見せた。
「これは絶好の時です! 動きなさい! 今こそ! 今こそ!」
ヴィクトールが叫んだ。扇動の言葉は、デモ隊に紛れ込んだ未散の信徒たちに響き渡り、一斉に暴発する! その言葉に背をおされた者たちが、一斉に駆け出した。それに釣られるほかの者達も、手にした武器の落としどころを求めて、親愛省へと一気に駆けだしていった。
●崩壊する親愛
平穏省では、『シャウト&クラッシュ』わんこ(p3p008288)が爆炎を背に、平穏省のただなかを突っ走っていた。
「ブライアン一味のわんこだ!! 早く逃げねぇと全員お陀仏だぞ!!」
「くそ、本物だ! 撃て、撃て!」
警告無用で撃ち放たれる銃撃を、わんこはぴょんぴょんと飛び跳ねて避けて見せた。ぎりぎりを飛んでいく銃弾。キャヒヒ、とわんこは笑う。
「とっ捕まえて思想洗脳する余裕もなさそうデスね! いいデスよいいデスよ! その余裕のなさそうな感じとってもいい! キャヒヒヒヒ♪」
わんこは銃弾の雨を駆けながら、平穏省の警備員を殴りつけた。そのままくるりと回転して、隣にいた警備員を蹴り倒す。
「野郎ども! 続け続け! 強奪担当はカバンに武器弾薬の類を詰め込む! パンパンになったら外に一旦ポイして後で回収、行ける所までパクれ! あ、ロットは確認してね! 不良品が混ざってるらしいから!」
わんこの言葉に、後から続くはブライアン一味の破壊工作員たち。手にしたカバンに平穏省の武器を詰め込んで、次々と回収していく。
「とるだけ取ったらずらかるぜ! あ、再起不能なまでにぼかんぼかんに爆破していくデスよ! きたねぇ花火だ!」
一方で、無人となった工場区では、シィナ・マシーナが燃え盛る工場を見つめながら、ため息をついた。
「これで私もお尋ね者ね……覚悟はしていたけれど」
しかしそれでも、仮にも練達でお尋ね者とは、まったく、あまりいい気はしないものだ。シィナはむぅ、と唸って、
「これで、プロレタリアートたちの職もなくなる……退路は断たれた。いやがおうにも、革命の渦の中に身を投じるしかない。わんこ、ここからが正念場よ」
シィナが呟く。工場が燃え盛り、崩壊していった。
「始まったね」
『雷刃白狐』微睡 雷華(p3p009303)が声をあげる。階下から響く怒号。なだれ込む、デモ隊たち。行動を起こすタイミングは、今しかない。
「このタイミングで、親愛省内の犯罪者たちを一斉に開放するよ……最終目標は、リュグナーさんと、ウィリアムさん」
レクリエーションルームと言う、最終矯正室に送られたという二人、『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)、そして再現性倫敦の設立者のうち一人である、ウィリアム。この二人の救出が、目下のところのイレギュラーズ達の目標の一つだ。
「はじめましょう、時間が惜しいです」
『血風妃』クシュリオーネ・メーベルナッハ(p3p008256)の言葉に、雷華は頷く。二人は一気に駆けだすと、囚人たちが閉じ込められている部屋を片っ端から解放しだした。
「皆さん、助けに来ました! 今の騒ぎの隙に便乗して、脱出してください!」
「場所がわからないなら、地図を置いていくよ。表は大変なことになってるから、裏から脱出して」
雷華から地図を受け取り、囚人たちが脱出していく。一方、騒ぎを聞きつけた看守たちが、慌てて駆け付けてくる。
「二人とも、一体何を……!?」
「ごめんなさい、こういう事です」
クシュリオーネが、ゆっくりと構えた。
「加減はするけど、邪魔はさせないよ」
雷華は構え、二人は一斉に、看守へと飛び掛かった――。
視線。視線。視線視線視線視線視線。
他者から向けられる目。
奇異の目。
裏切り者の目。
それらは、リュグナーを捨てた。
リュグナーを裏切った。
敵意を向けた。
あざ笑い、
暴力を振るい、
ごみを捨て去る様に、
リュグナーの命を奪おうとした。
人の目。
「やめろ! やめろ! その目で――我を見るな!」
リュグナーが叫んだ。レクリエーションルーム、椅子に縛り付けられたリュグナーは、およそ自身の最も厭う光景を見せつけられ続けていた。
心を折るための部屋である。
「続く」
隣に立つ男、ブライアンが言った。
「君が心からの改心をしなければ、これは永遠に続くのだよ」
「改心、だと」
リュグナーが、喘ぐように言った。
「……どう、すれば良い……?」
「それを私達が提示することはない」
ブライアンが言う。
「それでは、私達が強制したことになってしまうだろう? 私達が望むのは、君の心からの改心であり、恭順だ。故に、自分で考えたまえ」
絶望が、リュグナーの精神を蝕み始めた。心からの改心……つまり、自分でそうだと望むこと。
どうすれば、いいのか。どうすれば、この苦痛を終わらせられるのか。
おしつけてやればいい、と誰かが言った。
他の誰かに、押し付けてやればいいのだ、と、内なる声が言う。それは、リュグナーの心の片隅にあった、何か人間としての、弱さのようなものだった。
お前の大切なものを捨てろ。
信頼そんなものを捨てろ。
人はお前を裏切った。
次にお前が人を裏切っても、何の問題がある?
そうか、と、リュグナーは悟った。
これは、大切なモノを差し出すまで続くのだ。
自らが、最も由とするものを、自らの意思で差し出すまで続く地獄なのだ。
そしてそれが、『彼』を、心から愛するという事なのだ。
理解する。壊れていく。ぶれていく。かすんでいく。
1+1が3にも4にもなっていく。
真の理解。
真に二つの事を、異なる現実を心から信じられる精神状態。
それになるまで、あと一歩。
あと一歩――心から、彼を、愛すれば。
終わる。
「わ、我、は」
リュグナーが、声をあげた。
「我は情報屋リュグナー……対価も無しに、我から何一つとて奪えぬと知れッ!!」
「うわっ!?」
リュグナーがそう吠えた瞬間、辺りから視線が消え、強烈なライトが自分を照らしていたことに気づいた。あたりを感知してみれば、そこには雷華が居て、自分の拘束を取り外していることに気づいた。
「な、我は……?」
「気絶していたようです……相当な拷問を受けてたみたいですね……」
クシュリオーネが声をあげる。気絶していた? そんな。時間の感覚はほとんどない。まるで、僅かな時間の出来事のようで、長い時間の出来事のようにも感じられる。それほどに、精神の疲弊が酷かったのか……ぞくり、とする思いを抱きながら、リュグナーは言った。
「何が起きている? 外が騒がしいが……」
「プロレタリアートたちの暴動が始まったんだ。直にここにも来ると思う」
「では、貴様らはその隙に囚人たちの解放を?」
「そうです」
クシュリオーネが言った。
「リュグナーさん、情報によれば、ウィリアムさんと接触していたようですが……ウィリアムさんはどちらに?」
「ああ、近くの部屋に拘束されている……まだレクリエーションルームには送られていないはずだ。貴様らの行動が速くて助かった。この拷問は、常人には耐えられまい……」
リュグナーはゆっくりと立ち上がり、僅かによろめいた。
「大丈夫?」
雷華が抱き留める。リュグナーは礼を言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫だ……其れより、ウィリアムを見つけて離脱するぞ」
「そうですね。外の勢いを見る限り、この様子では、親愛省は崩壊することになると思います……」
クシュリオーネの言葉に、二人は頷いた。
崩れていく。
平穏が崩れていく。
あるべき今日が崩れていく。
「――ああ」
『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)は、工場地区の路上で、静かに暴動の巻き起こる親愛省を見つめていた。
「ああ、ああ、ああ! なんてきたねぇ花火だ! 最高だ!」
ブライアンは笑う。その隣には、配下の男たちが、『彼』のポスターに大きなバツ印を描いて回っていた。
「フィッシュアンドチップスでラグビー観戦してる気分だぜ! お前等、フィッシュアンドチップスは食ったことあるか!? この国のクセェ養殖魚じゃねぇ、本場イギリスの脂っこいあれだ!」
「無いですね!」
「だろうな! これからは食い放題だ! 外の国で作ったもっとましなフィッシュアンドチップスも食える! お前等。気合入れろよ! 俺はお前らの人間性は一切信用してないが、数の力は信じてる!」
ブライアンは笑う。
「これから忙しくなるぜ! まずは演説だ! 仕事失った奴らをたきつける! もう奴らに逃げ場はねぇ! 押せばついてくる! そうなれば、次は行動だ!」
「おう!」
「楽しいか、お前等!」
「おう!」
「なら行くぞ! 反逆者・ブライアン一味! これより本格始動だ!」
「おう、おう、おう!」
男たちが声を上がる。
男たちが笑う。
反逆者たちは行く。
これより、『彼』の顔に。
この歪な国に、巨大な罰を描くために。
●破滅へと続く
「やぁ、おかえり、ブライアン」
『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が、手にしていた本をパタン、と閉じた。
「何故私の執務室に、君が?」
ブライアン――反逆者ではなく、この都市の設立者の人である男だ――が言う。
「ここは真実省の一部屋で、私は上級公務員だ。この部屋に立ち入る権利くらいあるだろう? それより、そちらのキミは?」
「ボクは親愛省の上級公務員だよ! 今あっちは大変でね、ブライアンを連れて逃げてきたんだよね」
白々しく尋ねるゼフィラへ、セララは肩をすくめてみせた。
「なるほど。まぁ、騒ぎはここまで聞き及んでいるよ。親愛省はもう駄目だろうね。でも、真実省が残っていれば――キミが残っていれば、この都市は立て直しが聞く。そうだろう?」
ゼフィラは笑った。その手にした本のタイトルは、『ニュー・ブリタニアについての諸説』。とある世界に存在する、サイエンス・フィクションノベルであった。
「何を、どこまで知っている?」
「あらかた。だが、勘違いしないでほしい」
ゼフィラはゆっくりと、その手を差し出した。
「私はキミの味方だ、ブライアン」
――私が真実にたどり着くまではね。
内心でそう付け加えて、ゼフィラはそう言った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
そして、革命へと。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
おかえりなさい、再現性倫敦へ。
現在状況はフェーズ2へ移行
革命の萌芽の時です。
●最終目標
再現性倫敦1984の解体。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
再現性倫敦と呼ばれる、再現性都市を解体する。
依頼を受けた皆さんは再現性倫敦へと侵入し、前回、革命のタネをまき終えました。
その結果、労働者たちは己の地位に疑問を抱き、反政府主義者たちは活性化し、公務員たちは疲労の極みにあります。
ルートで表現するならば、メインプロレタリアート・サブ破壊工作員ルートと言った感じでしょうか。
今回は、前回に引き続き、再現性倫敦解体のための活動を行っていただきます。
前回よりも皆さんの活動は前進し、実力行使や武力衝突も増えていくことになるでしょう。都市の秘密に迫る事も可能になってきています。
皆さんは、前回よりも活動しやすくなりましたが、同時に政府たちの警戒も増していることに注意してください。
●再現性倫敦1984の施設
再現性倫敦1984には幾つかの施設があり、千数百人程度の住民がいます。前回に比べ、アプローチできる箇所が増えています。
・工場地区
工業製品や農産物を生産する工場が並んでいます。プロレタリアートと呼ばれる労働者たちが働かされています。
時折発生する“政府の敵”による破壊工作と、その恐怖を紛らわすために与えられる酒やギャンブルといった娯楽のために、彼らは自分たちが政府に守られていると錯覚して現状に満足しています。いえ、居ました。
今は、イレギュラーズ達の工作により、自身の立場に不満を抱き始めています。また、同時にイレギュラーズ達が主導する破壊工作活動に参加しようとする者も増えました。
彼らは目覚めの段階に居ますが、しかし政府に殉じるものもいます。彼らを上手く見極め、利用してください。彼らはこの国の最大勢力であり、その数を味方につけたならば、事は有利に働くはずです。
・真実省
全ての真実を改竄し、都合の悪いことを全て隠蔽するための組織です。再現性倫敦1984がニュー・ブリタニアはないという証拠(練達の一部であることはもちろん、この場所が『再現性倫敦1984』という名であることも)を発見して消去したり、過去の統計や史料を改竄してこの街の何もかもが順調で右肩上がりであることを“証明”したりします。
現在、増加する思想犯罪や攻撃により、ひっきりなしに『真実の証明』業務に取り組むことになり、最も忙しい部署となっています。
そう言った理由からセキュリティや監視が若干甘くなり、活動はしやすくなっているはずです。
政府中枢に最も近い省であり、この国が変質した真実にたどり着くには、ここを探る必要があるかもしれません。
・親愛省
人々に政府への愛を“教育”するための組織です。街中から公務員の自宅まで至るところを監視し、思想犯罪者を『処理』し(その人物が存在したという痕跡そのものが改ざんされ、最初から存在しなかったかのように隠蔽されます)、拷問により改心を迫ります。省の建物内には多くの“思想犯罪者”たちが囚われているでしょう。再現性倫敦1984の設立者の一人とされているウィリアムも囚われています。
ウィリアムの友人にして、再現性倫敦1984設立の立役者であるブライアンもまた、親愛省に所属しているようですが……。
此方も、思想犯罪者の増加による『教育』業務に追われており、非常に忙しくなっています。重度思想犯罪者たちも囚われており、彼らを開放するタイミングが取れるかもしれません。また、前回のイレギュラーズ達の活動により、省内の詳細な地図も手に入れることができるようになっています。
なお、最終教育室である『レクリエーション・ルーム』には、近頃捕らわれたイレギュラーズが送られる、という噂もあります。
・飽食省
主に物資配給をつかさどる省です。ニュー・ブリタニア内で生産されたすべての物資はここに送られ、『平等・かつ適切に』国民に配布されます。ニュー・ブリタニアは『常に豊富な物資で満ちており』『餓えるものも不平不満も存在しない』という事になっています。実体は、上級公務員に高級な物資を豊富に配り、それ以外には粗雑な物資をギリギリで配布しているようなところです。
公務員として業務に取り組み、物資の配布の実情を探り、真実を公表する……というような動きができるかもしれません。
また、破壊工作の目標としても一考できます。とはいえ、ここはこの国の生命線であるため、破壊した場合どのような影響が発生するかは推して知るべし、です。
・平穏省
武器の生産と保管・或いは戦争を象徴する省です。前回、イレギュラーズ達の破壊工作により一部が爆破され、機能が低下しています。
現在、急ピッチで修繕と、損失した武器の再生産がおこなわれているようです。
ここの公務員として、生産した武器を破壊組織に横流ししてみるのも手です。
或いは再びここを破壊工作の目標とし、都市の防衛力を丸裸にしてみてもいいでしょう。
●本シナリオでできること
本シナリオは、全3話を予定しているシリーズの第2話に当たります。本シリーズでは、以下の『役割』を演じ、様々な活動を行い、政府と戦う事になります。
・公務員ルート
各省で公務員として働きながら、再現性倫敦の真実を探り、外で戦う仲間達のサポートをする役割です。
公務員たちは激変する都市の状況に対応するため激務に追われており、必然、皆さんもその労務に従事することになります。
しかし、これはチャンスでもあります。激務故に、監視や密告の頻度や精度は低下しているため、前回よりも自由に動くことが可能です。
慎重かつ、大胆に。協力してくれる公務員たちの力を借り、革命の下地を作りましょう。
・プロレタリアートルート
人口の大半を占めるプロレタリアートたち。多くはその日を暮らすことだけを考えていましたが、今や彼らは『未来』を考えることに目覚めました。
彼らの内多くは日々を暮らしながら、しかし現状をひっくり返す希望を抱き始めています。
皆さんは、そんな彼らと親交を深め、或いは焚き付け、革命のための戦力とすることを目指せます。また、工業地区を調査し、活動のために有利となるものを見つけることも可能でしょう。
基本的に、プロレタリアートたちは味方よりですが、それでも政府に忠誠を誓うものは居ます。忘れないでください、彼らは『同時に矛盾することを信じることができる』
という、独特な精神状態の下にいるのですから、
・破壊工作員ルート
政府が喧伝するような他国や反逆者の破壊工作員は実際には存在せず、全ては政府による自作自演です……が、前回、それは真実となりました。
イレギュラーズ達による破壊工作により、国内は平穏を装いながらも静かに混乱しています。
この混乱に乗じ、さらなる破壊のタネをまき散らすのです!
イレギュラーズ達でチームを組み、破壊工作を行うのもいいでしょう。反政府主義者の破壊主義者も数を増しています。彼らと接触し、大規模な攻撃を行う事も可能です。
●参考
前回シナリオのリプレイはこちらになります。読まなくても問題はありませんが、読むとシナリオがもっと楽しくなるはずです。
再現性倫敦一九八四:序『彼は見ている』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5259
●最後に
ここはとても危険な都市です。
くれぐれも、皆様自身が、この都市の理念に囚われないようにご注意ください。
以上となります。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております。
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