シナリオ詳細
殺されし魔女、生まれし魔種
オープニング
●炎と黒煙は魔女を包む
村の外れにある小屋の周囲には、これでもかと言わんばかりに薪が積まれていた。扉も窓も、中の者が出られないように幾重にも板が打ち付けられている。
「早く火をかけろ! 魔女を焼き殺すぞ!」
小屋を取り囲む人々のリーダーらしき男が叫んだ。その指示に従って、周囲の男衆が幾つもの松明を薪に引火するように置いていく。
松明の火は薪に引火し、やがて小屋にも燃え移った。紅蓮の炎が、夜の闇を明るく照らす。
「早う、くたばれ! 息子夫婦が死んだのも、お前が病を運んだからじゃろうが!」
「そうじゃそうじゃ! お前さえいなくなれば、この流行り病は収まるんじゃ!」
老婆が息子夫婦の敵と言わんばかりに中の『魔女』を罵倒すれば、壮年の男が続けて叫ぶ。集団心理に囚われた人々の、中の『魔女』への敵意に満ちた罵倒は、それから延々と続いた。
炎に包まれ、黒煙が充満する小屋の中では、老婆と少女が抱き合い、恐怖に震えていた。
「おばあちゃん……怖いよう、怖いよう……」
(……可哀想にねえ。この子には何の罪もありはしないのに)
怯える少女の声に、老婆は少女を安心させる言葉を何も告げられず、ただ自分の巻き添えとなって死んでいくであろう少女を強く抱きしめるしか出来なかった。
そもそも、老婆自身にも何の罪もありはしない。小屋を取り巻く人々は『魔女』こと老婆が流行り病を運んだと言ったが、老婆は『魔女』ではあっても病を運んだりなどしていない。全ては、『魔女』への偏見が生んだ濡れ衣だった。
やがて、黒煙は二人の喉を煤で覆い、呼吸困難に陥らせる。耐えがたい息苦しさの中で老婆が意識を喪って倒れ、少女の意識も途絶えようとしていた。
(苦しい! ……死にたくない! もっと生きていたい!)
その縋るような願いは、“呼び声”を招いた。そのままでは死ぬしかなかった少女が、“呼び声”に応じたとして、誰が責められようか。かくして少女は、魔に堕ちるのと引き換えに生き延びた。
「おばあちゃん……おばあちゃん……ううぅ……」
夜通し燃え盛った火が鎮まった頃。小屋は焼け落ちて、人々は『魔女』の死を確信して去っていた。白み始めた空の下、少女は焼け焦げた老婆の遺体を胸に抱きながら大粒の涙をぼろぼろと流していた。
「おばあちゃんを殺す世界なんて、滅びればいいんだ……」
少女の脳裏に、老婆との思い出が過ぎる。孤児だった自分を拾って、優しく育ててくれたおばあちゃん。ずっと一緒にいたい、大好きなおばあちゃん。そんなおばあちゃんが、こんな風に理不尽に惨たらしく殺されていいはずがない。故に少女はおばあちゃんが殺される世界が間違っていると結論づけて、世界を憎んだ。
少女は老婆の遺体を弔うと、まず老婆を焼き殺した人々への復讐に出た。少女が流行らせた病によって、小屋の近くの村では村人達がほぼ死に絶えた。わずか数人の例外が、辛うじて生き存えた。
●情報屋の懊悩
目の前の資料を読みながら、『真昼のランタン』羽田羅 勘蔵(p3n000126)は苛つきを隠そうともせずに頭をガリガリと掻いていた。
(――どう考えても、自業自得だろうが!)
依頼人がその場にいれば、怒鳴ってぶん殴りたいぐらいだった。
魔種となった少女に家族を殺された生き残り達が、家族や友人をはじめとする村人達の敵を討ってもらおうと、ローレットに依頼を持ち込んだのだ。
だが、生き残り達の話す経緯に不審を感じた勘蔵は依頼の受諾を保留しつつ、『夢見る非モテ』ユメーミル・ヒモーテ(p3n000203)に頼んで元部下に詳細な事情を探らせた。その結果が、今勘蔵の読んでいる資料というわけである。
「憤るのも、悩むのもわかる――だけど、依頼を断るにしても、少女を討たないわけにはいかないだろ?」
ユメーミルの指摘に、勘蔵は苦々しげに顔を歪めた。そうなのだ。仮にこの依頼を断っても、少女が魔種であり、かつ既に周囲の街や村に病をばら撒いているとわかった以上、討伐せねばならない。そうでなければ、罪のない人々がどんどん犠牲になってしまうのだ。
最終的に、勘蔵は生き残り達からの依頼を受けることにした。だが、その表情は憮然としたものだった。
- 殺されし魔女、生まれし魔種Lv:15以上完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年05月02日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●堕ちた少女を前にして
夜の街には闇の帳が降りたとは言え、灯りに照らされた大通りは明るかった。しかし、いくら明るいとは言え少女が一人出歩くのに安全だとは言えない。だが魔種に堕ちたその少女にとってはこの時間こそが、自らの生存を許そうとしなかった世界への復讐のため、病を撒くのに絶好と言えた。
その少女の前に、十人の男女が姿を現した。少女討伐の依頼を受けた、ローレットのイレギュラーズ達だ。少女が魔種に堕ちた経緯を知るイレギュラーズ達の中には、苦い表情をしている者が少なくない。さもあろう。少女は自らを拾い育ててくれた「おばあちゃん」である魔女を、近くの村の村人達によって偏見を元に病を広めたと言う冤罪を被せられ焼き殺されており、自らも本来は焼け死んでいたのを魔種になったことで生き延びたのだから。
(因果応報、自業自得。魔女を、魔女足らしめたのは、依頼人の側)
病を恐れた故とは言え、無実の魔女を焼き殺したために、依頼人達は報いを受けた。魔種となった少女によって、病を撒かれ、依頼人達の住んでいた村の人々はほぼ死に絶えてしまったからだ。まさに、『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の言うように、因果応報であり自業自得でもあった。
(――とはいえ、力を、振るってしまったのなら。殺して、しまったのなら。その報いも、受けることに、なる。……マリアも、いつか、は)
因果は巡るものだ。例え生き延びるため魔に堕ちたとは言え、その力を振るって人を殺めたのであれば、イレギュラーズ達がこうして魔種の討伐に来ているように、巡り巡って自らも殺められることになる。自分とてその因果からは逃れられないのだろう、とエクスマリアは思う。
(まただ……また、間に合わなかった。こんな事になる前に、おばあさんが危ない時に助けられたらどんなに良かったか……!)
瘴気を纏う少女の姿を前に、『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は内心で歯噛みした。魔女の「おばあちゃん」が住処ごと焼き殺される前に、「おばあちゃん」と少女を助け出せたらどんなに良かっただろうか。そうであれば「おばあちゃん」は死なず、少女も魔に堕ちず、少女のもたらす病によって死ぬ人もいなかっただろう。――だが、現実はそうはならなかった。
もっとも、神ならぬ身のサクラに、全ての悲劇を都合良くその場に居合わせて止めるなどと言うことが出来るはずもない。故に、サクラが間に合わなかったと悔いる必要は本来はないのであるが、サクラにとってそれは何の慰めにもならないだろう。
(……死が救いであるとは思いたくはありませんが、こうなった以上は、さらなる罪を増やさぬよう殺してあげるのが一番でしょう。
こうなっては、もう戻る事はできない。たとえ奇跡がおこり元に戻ったとしても、命を奪った罪が消える事はない)
やりきれない、と言った表情で、『協調の白薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)は少女を見据えた。魔種に堕ちるのは不可逆であり、仮に奇跡が起きたとしても、人を殺めた罪はその身に残る。ブルーグリーンの左目で、ラクリマは少女をジッと見据えた。
(同情はするし……彼女の選択は責められない。けど、罪の無い人たちが巻き込まれるのなら、わたしはそれを見過ごすことは出来ない……ね)
『雷刃白狐』微睡 雷華(p3p009303)も、少女の討伐依頼が出された裏の事情を情報屋によって把握している。理不尽に焼き殺されそうになったが故に、生き延びるために魔種に堕ちたことを、雷華は責めることは出来ない。だが一方で、病を撒いて何ら関係のない人々まで殺めるとなれば、捨て置くわけにはいかなかった。
少女がこれ以上人々を巻き込む前に終わらせるべく、雷華は『黒金』の柄に手をかける。
(どんな事情があっても、受けた依頼は果たします。それがイレギュラーズの仕事です。とは言え……腹立たしいですね)
ギリッ、と歯噛みしたのは、『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)だ。無辜の民、特に鉄帝の民が関わる事件には熱心になるオリーブにとって、少女も死んだ「おばあちゃん」も鉄帝の民の一人に違いなく、二人が理不尽な目に遭った事実は業腹なものであった。
一方で、魔種となった少女が生きている限り、多くの命が奪われる。その命もまた無辜の民であり、鉄帝の民である。ならば――。
(ここで討ち、終わらせましょう。あの“少女”に自分が出来る、精一杯です)
そう意を固めながら、オリーブは長剣を抜いた。
(魔女も呪いも、依頼人にとって今此処にある恐怖なのだ。無知だ何だと切って捨てるのは良いが。
これまでに。これからも。何もしていないなら。何もしないなら。彼らと何か違いがあるのかね? とは思うが。
――結局の所、どれだけ憤って見せたところで「他人事」)
他の仲間達と違って、『赤と黒の狭間で』恋屍・愛無(p3p007296)は冷めた視点で事件の経緯を捉えていた。そんな愛無にとっては、少女のことも「奇跡」を願う程でもない「他人事」であり、受けた仕事をこなすだけである。
(我の一つも通せぬ世界など不要という点には共感もあるが、世界が無ければ我も通せぬゆえに)
故に、愛無は「仕事」として少女を討つ。
(くふ、くふふ。自業自得でごぜーますか。ええ、確かにそうやもしれないでありんすなあ?
ただまあ……わっちに言わせればそんなもの、どうでも良いのでごぜーます)
心の中でそう笑うのは、『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)。エマに言わせれば、少女と「おばあちゃん」を近くの村人達が焼き殺そうとしたことも、「おばあちゃん」が魔女であったことも、少女が「おばあちゃん」と共にいたことも、全ては本人達が望んだ事である。
そして、自業自得、因果応報とは言うが、そんなものがあるなら何の罪もない人間が理不尽な理由で死ぬはずはないのだ。
(――だからね? これはわっちらが、そして貴女が望んだ事。だからどうぞ、貴女だけの輝きをわっちに魅せておくんなんし)
期待を込めた眼差しで、エマはジッと少女を見つめた。
「あなた達は、一体……?」
突然目の前に現れたイレギュラーズ達に、これまで殺してきた人々にはなかったものを感じた少女は疑問半分、敵意半分と言った様子で尋ねた。
(村人の焼き討ちが元で、反転ねぇ……魔種に反転していなかったのなら、其の復讐を依頼として受けるのもやぶさかじゃなかったのだけどね?)
だが、悲しいかな少女は魔種であり、『咎人狩り』ラムダ・アイリス(p3p008609)はイレギュラーズである。故に、ラムダは少女に告げた。
「咎人に情状酌量の余地なし。慈悲はない」
「そう……あなた達も、私に生きるなというの?」
ラムダが言うと同時に、少女は口調こそ静かなものにしているものの、表情と雰囲気、そして激しく立ち上る瘴気によって、憤怒と憎悪を露わにした。理不尽に「おばあちゃん」を奪った世界は、あまつさえこうして自分自身にも生きるなと言うのか。
「許せとは言わん。恨むがよい。この理不尽な世界を、自らを、大切な人を害した者どもを。そして貴様を今ここで屠らんとする私を。
抗うがよい。貴様にはその権利がある。其の上で──私は貴様を殺そう、愛する者のために」
少女の憤怒と憎悪に、『天罰』アレックス=E=フォルカス(p3p002810)が応える。自身は獣、災厄の獣で構わないとするアレックスは、さあ恨めと言わんばかりに言葉を続けた。
「我が忌み名は天罰……理不尽の権化也」
その言葉に、少女は苛立ったように歯噛みした。
(……悲劇よね。それも、胸糞悪いの。貴女がこうなったのを、私は悪いとは思えないの)
だが、『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)は少女を放置して被害を増やすことは許容出来ない。故に。
「私はヴァイスドラッヘ! 貴女を討ちに来た!」
ここで絶対に悲劇を止める。その意志を強く込めて、レイリーは叫んだ。
●生き延びんと足掻けども
世界に復讐する邪魔はさせない。邪魔するのなら、これまで手にかけてきた者達と同じように殺めるだけだと、少女は風の刃でイレギュラーズ達に斬りつけてきた。
その少女を、レイリーとアレックスが前後に挟み込むことで移動を封じる。そして瘴気のもたらす病毒への対策を施したサクラ、オリーブ、愛無、ラムダ、雷華が少女との距離を詰めて、エマは少女から距離を取って攻撃していった。その威力に応じて少女の纏う瘴気が刃となって傷を負わせてくる上、少女の移動を封じたアレックスが杖で殴られたり水の刃で斬りつけられたりして傷つけられる。だが、瘴気の刃による傷は主にラクリマによって癒やされていった。エクスマリアはそれでも癒やしきれないアレックスの傷を癒やしつつ、ラクリマの気力が尽きないように回復させていく。
少女は元々戦いとは無縁であり、人々を殺めるのにも瘴気による病毒を用いていたため、戦い慣れてはいなかった。イレギュラーズ達の攻撃は容易く決まり、少女を傷だらけにしていく。だが、生命力が尋常ではなく高いのだろう。少女は常人なら死んでいるどころか、並大抵の魔種なら殺せているであろう傷を負っても、なお倒れる気配もなくイレギュラーズ達に抗い続けた。
だが、果てしなく続くのではと思われた戦闘も、生命力が残りわずかとなった少女の動きが鈍くなるにつれ、終わりが見え始めてきていた。
「何をされようともここは退かぬ。今お前の目の前にいるのは、災厄の化身だ」
何とかして生き延びたいと、必死に抗う少女の前を塞ぎつつ、アレックスは不退転の意志を少女に示した。元々少女に集中攻撃されているアレックスは、回復を担当するラクリマやエクスマリアの気力が枯渇してきたこともあり、その傷は深く重い。
「君の恨みは共感はする。でもね、その恨みは立ちきらないと続いちゃう」
大切な「おばあちゃん」を殺された悲しみも恨みも、レイリーには理解出来た。何としても生きたかったことには、共感さえしている。許されるなら、後ろを塞ぐのを止めて逃がしてやりたいとさえ思ってしまう。
(――だけど、貴女が悲劇の犠牲者だからこそ、ここで止める)
そうしなければ、悲劇は連鎖し、少女によって命を落とす者は増え続けるだろう。そんな事態は、絶対に起こすわけにはいかない。
「怨んでいいわ。私は貴女を殺す」
決然と、しかし何処かに痛切なものを交えた声で、レイリーは少女に告げた。少女はレイリーに、恨みがましい視線を返す。
(剣先を、鈍らせるな!)
見るに堪えないほどに傷だらけとなり、なお生きようともがく少女の姿に、ともすればサクラの剣先は鈍りそうになる。その度に、サクラは自らを叱咤した。
(悲しみは消えず、悔恨は深く、忸怩たる思いがこの身を蝕んだとしても! もはやこの子を止める事だけが私に出来る唯一なんだ。
止める事が出来なければ、いくら後悔してもし足りない状況を招いてしまう!)
サクラにはそれが十分わかっていたが、それでも、それでも。
「ごめんなさい……」
言うべきではない言葉が、サクラの口を突いて出た。何を言っても少女は救えず、サクラ自身を慰めるだけの言葉に過ぎない。そうとわかってはいても。
「間に合わなくてごめん……貴女と、おばあちゃんを助けてあげられなくて、ごめんなさい……」
涙を流しこそしないものの、悲痛と悔恨の入り交じった表情で、サクラは神速の居合で『聖刀【禍斬・華】』を鞘から抜き、横薙ぎに斬りつけた。
「……なん、で。謝るぐらいなら、如何しておばあちゃんを助けてくれなかったの……?」
腹部を深く斬られながらも、少女はサクラを見上げ、問うた。その問いに応える言葉を、サクラは持っていなかった。
(如何にも、やりづらい戦いですね……)
剣先が鈍りそうなのは、サクラだけではなかった。少女に出来る精一杯として少女を討つと決めていながらも、ここに至った経緯と今なお必死に生きて逃れようと抗う無数の傷を負った少女の姿が、オリーブの剣をも鈍らせようとしていた。
だが、剣を鈍らせるのは自らの為せる精一杯を怠ることだとオリーブは思い直し、ロングソードで袈裟に斬りつけた。肩口から深く斬られたダメージが脚に来たのか、少女はふらふらふら、とよろけた。
その少女はどうにか体勢を立て直すと、前を塞ぐアレックスに水の刃で斬りつける。生き延びるべく渾身の力を込めて放ったその一撃は、アレックスの脇腹をズパッと深く斬り裂いた。アレックスはぐらり、とその場に崩れ落ちかけたが、瞬時、水晶の槍を創り出して杖とすることで、倒れるのを堪えた。
「……如何して、そんなになってまで」
一瞬倒れかけたアレックスの姿に、少女はこの場から逃れられるかと希望を見出すも、すぐに水晶の槍を創り出して立ち塞がり続ける姿に絶望し、そこまでして自分を殺したいのかと言わんばかりに問うた。
(――助ける術が無い以上、疾く老婆の元へ送ってやるのが慈悲であり「責任」だ)
愛無は両腕の擬態を解除し、黒い膜に覆われた悪魔のような手で少女を殴り、その身体を、同化吸収せんとする。少女のことはあくまで「他人事」であり他の仲間ほどに悲痛なものは感じていないものの、憐憫を感じないわけではない。だが、ここで決着を付けねばならないとなれば、一刻も早く終わらせてやるのが少女にとって最良と言えた。
愛無の拳を受けた少女の肉体は、徐々に同化され、吸収されていく。幾度となく受けた攻撃であったが、今回は同化吸収される量が増えていることに、少女は目を剥いて怯えた。
(もう、終わらせるよ……!)
ここに至ったからには早く終わらせてやるのが情けだとばかりに、雷華は少女の横合いから『黒金』による斬撃と体術による殴打を組み合わせた連撃を繰り出した。少女はぐらりと体勢を崩し、反対側へと転倒しそうになる。
(情状酌量の余地なし慈悲はない、とは言ったけどね……)
そう少女に告げたとしても、ラムダも事件の経緯や少女の有様に、忸怩たるものを感じないわけではない。ただ、もうこうなったからには、雷華と同様に、早く終わらせるのが情けだと感じていた。この機で決めようと、ラムダは転げそうになった少女を虚無の剣で突いた。
それでも、少女は見るからに満身創痍になりながらも、なお生き延びんと立ち続けた。
「俺も親友を殺された。大切な人を奪われ、復讐したい気持ちはとてもわかります。
しかし、どんな理由があろうとも罪のない人を巻き込むことは許されない。それは貴方が被害者であっても、許される行為ではない」
柄に白薔薇を誂え、赤と黒の魔力で編まれた鞭を振るいながら、ラクリマは少女に語りかける。鞭は少女に苦痛を与え、その苦痛を吸い上げると、ラクリマの気力を回復させた。
「貴方が苦しみ悲しんだように、多くの無関係の人が貴方の復讐により同じ感情を背負ってしまう。だからこれ以上、命を奪う事はやめるのです!」
「……殺すのを止めたら、あなたはわたしを見逃してくれるの?」
「――っ!」
「無理、だ。もう、見逃せない、ほどに、殺しすぎて、いる」
続けて放たれたラクリマの言葉に、少女が涙をつう、と頬に流しながら尋ねた。だが、殺すのを止めたとしても、ローレットの依頼を受けている以上見逃すわけにはいかない。仮にラクリマ自身が見逃そうとしても、仲間達がそうはさせないだろう。
答えに窮したラクリマを救うかのように、エクスマリアが『娃染暁神狩銀』を大上段に構えて斬りかかる。その声に反射的に振り向いた少女は、上から下へと振るわれた一閃に、両断こそされなかったものの縦に大きく斬り裂かれていった。
「くふふ。綺麗な輝きを、見せてもらいんした」
少女が傷だらけ、血まみれになりながらも必死に生き延びんとする様を、エマは美しい輝きと思い堪能していた。しかし、それももう終わりだ。右手に善を、左手に悪を宿したエマは、左手で少女の鳩尾めがけて無慈悲の一撃を少女の腹部に叩き付けた。身体をくの字に曲げた少女は、ゆっくりとスローモーションのように、その場に崩れ落ちていく。
「……おばあちゃん? ……迎えに、来てくれたんだね…………?」
虫の息となった少女の目には、「おばあちゃん」の姿が見えていたようだ。そのまま、苦痛も憎悪も忘れたような純真な子供の顔で、息絶える。「おばあちゃん」に迎えられて、多少なりとも幸せな最期を迎えた。少女の亡骸を見下ろすイレギュラーズ達は、そうだと信じたかった。
●弔い、そして
サクラ、レイリー、アレックス、愛無、雷華、エクスマリアは、少女によって作られた「おばあちゃん」の墓の横に、少女の墓を作って弔うことにした。
「もう誰にも、貴方達が傷つけられないように……」
「ゆっくり休んでね。ここには誰も悪ささせないから」
サクラとレイリーが、墓に眠る少女に語りかけながら、冥福を祈る。それに合わせるようにして、アレックス、愛無、雷華、エクスマリア、そして積極的に剣を向けた者が手を貸すのも変だと墓を作るのは見届けるだけだったオリーブが、頭を垂れて瞑目し、二人の安らかな眠りを祈った。
(……次があるのなら、今度こそ平穏で幸せな生を。周りに死と病ではなく、幸福や笑顔を運べるように……)
去り際に雷華は、二人の墓の方を振り返る。そして、来世があるのなら幸せなものであらんことを願った。
「ところで、この子を焼き討ちしたって連中まだ生き残っているのかな?
咎人に情状酌量の余地なし、慈悲はないってボク言っちゃったんだけど……ん~まいったね……どう思う?」
「その生き残りが今回の依頼人だと聞いています。ですが、手出しは止めた方がいいでしょう」
ラムダとしては「おばあちゃん」や少女を焼き殺そうとした連中も咎人と言う判断になるようで、その連中を如何したものかと困ったようにラクリマに尋ねた。ラクリマも依頼人達に対して思うところはあったが、さすがに断罪はまずいと止めた。
依頼を受けた状況での必要な殺人はともかく、そうでない殺人については基本的にローレットは庇わない、あるいは庇えない。ましてや、いくら依頼が完了したからと言ってその直後に依頼人を殺傷など、ローレットとしても許してはおけないだろう。
ラクリマの答えに、ラムダはそれなら仕方ないか、と漏らした。
それでも、断罪とまではいかずとも依頼人達に言いたいことはある者はいた。
「我が忌み名は天罰。この威容は貴様らには恐ろしく映るか? ならばそれこそが貴様らの罪の証と知れ!
次は貴様らにこの天罰が下ると心得よ!!!」
アレックスはギフトで異形の姿を取りつつ、大声で咆えて依頼人達を脅しつけた。レイリーはアレックスに乗じて、「おばあちゃん」と少女の墓に悪さをしたら許さないと告げる。
オリーブも依頼人達には言いたいことはあったが、二人が、特にアレックスが厳しく言ってくれたので、怯え恐怖してこくこくと頷く依頼人達の姿を眺めつつ、自分の分は飲み込むことにした。
少女の輝きを目の当たりにしたエマは、一人、愉悦に浸っていた。
(くっふふ、この少女は復讐を果たしんした。それは不毛だとか間違っているとか申す方々がおりんすが、そんなもの、わっちに言わせれば綺麗事でごぜーますよ)
何故ならば、それは復讐に身を焦がした事がないからこそ言える戯れ言だからだ。
(少女の復讐という輝きはきっと、綺麗であったんでありんしょうねえ?)
それを生で見られなかったことを、エマは残念がるのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
シナリオへのご参加、ありがとうございました。リプレイ返却が遅れまして、大変申し訳ございません。
苦いものを残しながらも、少女がこれ以上病を撒いて人々を殺めていくのは、阻止されました。
それでは、お疲れ様でした!
GMコメント
こんにちは、緑城雄山です。今回は、焼き殺されそうになったことを切っ掛けに魔種となり、自ら病を拡げて回っている少女の討伐をお願いします。
●成功条件
魔種の少女の討伐
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ロケーション
鉄帝のある街の大通りです。道幅はかなり広く、左右には建物があります。時間は夜、天候は晴天。
夜間ですが、街灯などによって明るいため、暗視が無くても戦闘へのペナルティーは発生しないものとします。
●初期配置
少女は大通りの真ん中にいます。
少女から一方向に、最低40メートル以上離れていれば、配置は自由です。
●魔種の少女
孤児の自分を拾い育ての親となってくれたおばあちゃんと暮らしていた小屋を、近くの村人達に焼かれた時に「死にたくない」と言う思いから呼び声に応じ反転しました。そしておばあちゃんとの死別によって世界を憎み、近くの村人達を手始めとして命ある者に死病を振りまいています。
能力傾向として、命中、回避、防御技術はさほど高くありません。攻撃力もそれほどではありませんが、元が鉄騎種であったことに加え、「死にたくない」と言う思いが強かった故か、生命力がべらぼうに高くなっています。特殊抵抗もかなり高いです。
また、【火炎】系列BSの付いた攻撃、あるいはフレーバーから火属性と判断される攻撃は少女にダメージを与えることが出来ず、クリーンヒット扱いでダメージを返されます(防御技術判定は有効です)。
さらに、【窒息】系列BSは付与自体がされません。
・攻撃手段など
クォータースタッフ 物至単
ウォーターカッター 神遠単 【流血】【失血】
エアカッター 神超範 【出血】【流血】
病の瘴気 神特特レ
【無】【自分を中心にレンジ2以内の敵にのみ影響】
【邪道】【災厄】【鬼道】【毒】【猛毒】【致死毒】
少女の周囲に漂う死病をもたらす瘴気です。パッシブ扱いで、少女の行動の最後に行動を消費せずに判定が行われます。
【棘】
それでは、皆さんのご参加をお待ちしております。
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