シナリオ詳細
<フィンブルの春> In principio erat verbum.
オープニング
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初めに、ことばがあった。
ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
もしも、わたくしが王妃になったら。貴方達みたいな境遇の人を救う素晴らしい人になるわ。
素晴らしい……って己で言うと可笑しいかしら。けれど、自分で言えちゃうくらいのとびきりのひとになる。
その言葉を思い出してはベルナール・フォン・ミーミルンドは溜息を吐いた。硝子の向こうに煤けた春の雲のような、複雑怪奇な想いを飲み込んだ。
豪奢なシャンデリアも真白のテーブルクロスも、良く磨かれた銀食器も皆、『奴隷』達の努力の賜物だ。
隷属の彼等、彼女らを家族として迎え入れたい。その為に惜しみなく金銭を注ぎ、功績を挙げる事や使用人となる事で賃金を渡す。社会的に良く在る労働の対価を積み重ねて身請けの代金を支払わせて『契約』を終えさせる。
高度な教育、労働の経験、契約を終えた自由。其れ等全てを与えて一人前の『大人』になるために。
その為ならば惜しみなく――そう告げて笑った『善良な妹』は陰謀の中で命を落とした。
――ああ、許して置けはしない。
あの微笑みを曇らせた奴等を。利益ばかりを追求し、幸福に程遠い悪魔を。
私は、根絶やしにしなくてはならないというのに。どうしても、遠い。
目的にはまだ、かみさまの力には届きやしない。
●
高らかな喇叭の音を聞きながら、堂々たる宣言に誰もが拍手し歓喜する。其れは子供染みた遊戯であり、暇潰しに他ならない。
それでも澱み停滞の澱に存在するこの国は『小さな暇潰し』一つにも熱狂することが出来る。
日々を怠惰に過ごし財と贅を尽くした生活を送り続けるだけの貴族達の新しい遊びとして掲げられたのがフォルデルマン王の『思いつき』――『ブレイブメダリオン・ランキング』であった。
勇者総選挙と揶揄されたそれは次世代の勇者を認定すると国王陛下より宣言が下された。建国の父たる伝説的勇者に肖りたいと願うものは数多い。
――勇者になりたいんだ!
――お前が勇者になるために、投資をしてやろう。
村の子供は勇者に憧れ、勇者を志した。貴族達は奴隷を勇者に仕立て上げダンジョンへと投入し続ける。本来はローレットだけで行われていたはずのメダリオンランキングに『勇者候補生』が続々と投入されたのだ。貴族達の擁立にフォルデルマン王は喜んだ。
さあ、これでこの国の『勇者総選挙』は大いに盛り上がることだろう!
「下らないわね、子供のお遊戯の方がましではなくって? 国内貴族のお遊戯に付き合わされるのも面倒な事よね。
……けれど『都合が良い』のは確かだと思うの。そうでしょう、フレイス・ネフィラ。アナタとの『約束(けいやく)』を果たしましょう」
うっとりと微笑んだベルナール・フォン・ミーミルンドはテーブルの上の書類を眺めて居た。
ミーミルンド男爵家の使用人は皆、奴隷の出身だ。高度な教育を施し、貴族の子女の様に育て上げる。里親に出すも良し、自立させるも良い。そのまま男爵家の使用人を続ける者だって居る。そんな彼等の『購入』を希望する者達は無数にいた。
――奴隷ではなく、家族のように扱いなさい。
そんな綺麗事の約束。こんな国で罷り通るわけないと知りながらもベルナールは綺麗事に縋るように彼等を売りに出した。
……端から見れば奴隷の売買をして居る事には違いないのだから、強く出ることも出来ない。それでも、彼等が幸せそうに過ごす姿を見るのが幸福であった。
元はと言えば、妹マルガーレタ・フォン・ミーミルンドが始めた事ではあったが、ベルナールもこれは気に入っていた。
心優しく才に溢れた令嬢、マルガレータ。『不慮の事故』で死んでしまうまでは誰もが王妃になることを疑わなかった――唯一の妹。
「……待っていてね、マルガレータ。アナタの死は決して無駄ではなかったの。アナタを陥れた奴等を私は赦さない。
その為なの。赦して、赦してね、マルガレータ…….彼等は、『幸せになるため』に必要だったのよ。赦して、マルガレータ」
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「ミーミルンド派の勇者候補生?」
問うたのは新道 風牙(p3p005012)にフランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)は頷いた。
ミーミルンド男爵派閥は古くから存在する貴族の集まりだ。建国の時代に『王の相談役』であったミーミルンドの始祖を中心にして出来た派閥なのだという。幻想王国での『一連の事件』に一枚噛んでいるだろうと怪しさを匂わせる派閥であるミーミルンド男爵派から勇者候補生が擁立されたのだという。
勇者候補生――それは『幻想王国』で行われるブレイブメダリオンランキングへ貴族達が参入した結果、作り出された勇者になりたい傭兵や子供達の総称だ。ローレットの英雄には劣るが、彼等も可能性の塊であるとフォルデルマン王は甚く喜んでいるらしい。
「まあ、普通なら『はいはい、そーですか』なんだけど……ちょっと怪しいことが色々とね?」
「怪しい事って、この資料に書いてある『スピリタリス』の街とか?」
指さしたアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)にフランツェルは頷いた。
ミーミルンド男爵領に程近い小さな街『スピリタリス』が壊滅状態に陥っているのだという。その原因は古廟スラン・ロウより出現したモンスターによるものだろうという調査結果だ。
それらは人々を蹂躙し、小さな街を誰にも気付かれぬうちに壊滅させた。この勇者総選挙が行われている最中に、だ。
「どう考えても、誰かが手引きして壊滅させたとしか思えないわ。ここにはまだモンスターが無数いる。そこに――」
「そこに『ミーミルンド派の勇者候補生』が送り込まれているって事ね。オーケー、分かりやすいじゃない。
もしも手引きしたのがミーミルンド派だったなら、理由があって勇者候補生をその街に集めてる。それも、碌にモンスターを倒せないような子供をね」
ゼファー(p3p007625)へとフランツェルは頷いた。何らかの理由があって『碌に戦えない勇者候補生』を壊滅した街に集めている。
モンスターだらけの壊滅したミーミルンド男爵領に程近い街。一先ず、モンスターを撃破してメダルを集め、勇者候補生に何らかの対処を行うべきだろう。
「勇者候補生達については皆にお任せするわ。さっさと帰ることをお勧めしても良いし、保護したって構わないもの」
フランツェルは孤児院なら此方で手配も出来るから、とイレギュラーズ達の選択を促す。
「……ベルナール 妹 トリ戻シタイ 『レアンカルナシオン』 一緒」
フリークライ(p3p008595)の呟きに誰もが顔を見合わせた。
天義における月光人形や、ファルベライズ遺跡で発見された死者を模すホルスの子供達。
それらとも違う第三の蘇生術――それに類似した一件だと、フリークライが言葉にしたように『蘇生紛い』を目指しているなら?
その『何らかの儀式』に彼等が使用されているのだとしたら。
「……厭な話です事」
ゼファーは溜息を漏らした。何にせよ、向かわねば分からない。
その街に吹いた春風は、心地よさとは懸け離れているかのように感じられて。
- <フィンブルの春> In principio erat verbum.完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年04月30日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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スピリタリスは星の街。スピリタリスは一等美しい花が咲く。スピリタリスは――
伽藍堂の街並みに10人のイレギュラーズは立っていた。崩れた煉瓦の中央通りには瓦礫が廃材のように幾重にも積み重なった。
砂埃が霧のように舞い、喧噪からは遠くなったその街は気付けば崩れ立った人々の日常を嘲笑うように無残な姿を晒していた。
「酷いモノだねェ」
囁きと――そして、その街での救助活動を行った『憶え』のある『闇之雲』武器商人(p3p001107)は肩を竦める。裕福な者達も、貧困に喘ぐ者達も誰も彼もが区別なく風に攫われて消えてゆく。砂の城が乱雑に壊されたその『残り』を見るような儚さが胸を過った。
スピリタリスの地図をローレットで入手して居た『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は変わり果てたその様子に息を飲む。嗚呼、何と――何と、『何も残っていない』と言うのか。伽藍堂、その言葉が似合いすぎるこの空間で風牙はぐっと息を飲む。
――……ベルナール 妹 トリ戻シタイ 『レアンカルナシオン』 一緒。
それは『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)が呟いた言葉であった。レアンカルナシオンとは混沌世界各地で活動している集団のことである。それらが輪廻という禁忌に触れるならば、マルガレータ・フォン・ミーミルンドの死を悔むベルナール・フォン・ミーミルンドとて同じだとでも言うのか。
「男爵ってのがこの上なく胡散臭いぜ」
『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は不遜にそう呟いた。空をくるりと円を描いて飛ぶ鳥を『眼』としてジェイクは派遣する。探すのは此の地に先行している勇者候補生と――存在が確認された『魔種』だ。
「ああ。ベルナール・フォン・ミーミルンド。何を考えているかは、未だわからない、が。大抵、ろくでもないものと、相場は決まっている、な」
思惑が絡み合えば、それが導く結論は大体の事が『碌でもない事』になる。それはイレギュラーズとして長らく活動してきた『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の経験論とも言えるだろう。
「今度の巨人の顔も、『また』、誰かさんに似ているのだろう、か」
そう呟いたのはエクスマリアがベルナール・フォン・ミーミルンドと相対したときの話である。奴隷達の売られた闇オークションで暴れ回っていた巨人――その顔は美しくも月の男爵と呼ばれた『誰かさん』にそっくりだったのだ。
「胡散臭い」ともう一度ジェイクはそう言った。
「恐らく勇者候補生を焚き付けて、巨人の餌にするつもりだ。――何せ巨人は死を糧にするって話だぜ。
子供を騙して、自分の都合のいいように命を奪うってのが気に入らねえ……子供は全員助ける」
決意を滲ませて苛立ったようにそう呟いたジェイクに「餌、か」と風牙は小さく呟いた。巨人が死を糧にする――それが『何か』に繋がる気がしてならないのだ。
「滅ぼされた街。無力な勇者候補生。巨人たち。全部繋がってんのか……? フリックは『死者蘇生』も関わってるんじゃないかって言ってたけど……」
謎が多い。多すぎる。だが、ソレばかりに気取られては居られないと風牙は首を振った。
敵を倒す。人々を護る。そして真相を究明し、元を断つ。ソレこそが、背負った使命なのだと、自身に言い聞かせるように。
「困るわよね。『どうにも、胡散臭い』相手が『意味不明で支離滅裂』な行動を繰り返すんですもの。
奴隷を育て上げる領主が彼らを勇者候補生として使い潰す……ね。確かにチグハグだわ。
この一件で終わる気がしないけど、まずは目の前の問題を片付けましょう」
不滅の布をひらりと揺らがせて『血華可憐』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)はそう呟いた。エクスマリアが人々の声を探るその能力を支え強化するように念じる。
「まずは巨人や魔種や勇者候補を探さないとかな?」
準備完了。『鋼のシスター』ンクルス・クー(p3p007660)の傍らで動き始めたのは『AIM-GR』と『AIM-N』。それらを駆使して出来る限り索敵範囲を広めようという考えだ。風牙が得ている地図も駆使してより情報を得られるようにと工夫する。
「あ、そうだ。勇者候補から敵と勘違いされないように分かりやすいマークを付けておこうかな…アンテローゼ大聖堂のマークとか?」
「ローレットのマークでも良いかもしれないよね」
首を小さく傾いだのは『無垢なるプリエール』ロロン・ラプス(p3p007992)。ぷるんぷるんと跳ねるように進むロロンは何処か悩ましげである。
「探す巨人……相手はこの前スラン・ロウで襲ってきた巨人と同種のものみたいだね」
古病スラン・ロウ。その地から現われる巨人は皆、怨恨を抱いて居るという。その感情を肌にひしひし感じるようだと肩を竦めるロロンへと「子供達も怯えているかもね」とンクルスは呟いた。
子供達――ミーミルンド家の『奴隷』達はミーミルンド派の貴族達へと一斉に売り払われたのだという。その結果、ミーミルンド家を『勇者』として擁立する為に派閥内の貴族達が奴隷達を勇者候補生としたと言うその一連の流れは何度聞いても『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は理解を示すことが出来なかった。
「ミーミルンド家は、奴隷でも家族のように扱っている……そういう風に聞いていたけれど……。
今わかってることだけでは、とてもそんな風には思えない。少なくとも、今の男爵は――」
「ええ、まさか妹の忘れ形見まで手ににかけるとは、ね。
建前も甘さも捨てて本気になったか、其れとも、建前を守る余裕すら失くしたか」
ベルナール・フォン・ミーミルンドがその何方であろうとも『春疾風』ゼファー(p3p007625)は共通した一言を投げかけることしか出来なかった。
唯の人間だからこそ、迷うこともある。唯の人間だからこそ、弱さも甘さも抱いて居る。ソレを捨て去った時、人は斯くも恐ろしい獣となるのか。
「――どっちにしたってツイてないわね……あの子達」
●
思い出話を一つしよう。
勇者王の『相談役』であった賢者はその誉れから爵位を得た。長らくの刻を経て熟れた果実が腐り落ちるように、この国は『貴族』にとっては一等素晴らしい香りがしていた。悍ましくも己達を特権階級だと思い込んだ貴族達は同じ人間である奴隷を家畜と同様に扱っていたのだ。
「ひどいとは思いませんの?」
長い銀の髪、大輪の薔薇咲くような美しき瞳の娘。質素なドレスに身を包んだ彼女の名前はマルガレータ・フォン・ミーミルンド。
白雪の頬を真っ赤に染めて唇を尖らせた彼女は「わたくしは、赦せませんの」と幾度も首を振る。
「酷いでしょうとも。けれど、余りその様なことを仰いませんように」
「どうして?」
「……お兄様がまた、渋い顔をなさいますよ。昨日もそうした事を仰って他の貴族から酷く言われていたではありませんか。
お兄様が貴女様を庇われる様子を見る度にこのセルウィンは心が痛みます。お労しいベルナール様……」
「もう……けど、許せませんわ。もしも私が王であったなら、貴族制度なんて見直します。悪意ばかりの国であるのが酷く苦しいのです」
「マルガレータ様!」
叱れども彼女は肩を竦めて舌をべえと覗かせるだけだった。愛らしく天真爛漫で、誰からも好かれたミーミルンドの令嬢。
奴隷達を購入し、彼等には番号で名を与えた。大人になったら『好きな名前を得られるように』と配慮したらしい。
家族同様に扱い、教育して彼等が『独立する』までを見守った夢見がちなご令嬢。何人にも優しい慈愛の女神。
才溢れ、個性的で『声高に改革を語る彼女』を皇太子妃へ! 次期王妃へ! ――そう、担ぎ上げる声が上がったのは直ぐのことだった。
思えば――どうしてあの時、彼女に「逃げましょう」と言えなかったのだろうか? どうして、あの時――……
●
街を走るイレギュラーズを先導するように、エクスマリアが探したのは助けを呼ぶ声であった。勇者候補生達と住民を。生存者の保護を出来る限り行いたい。
上空から見下ろす第二の視点を駆使するのはエクスマリアだけではない。悲嘆の声を探し、スピリタリスを歩き回って居るであろう魔種の居場所を探る武器商人はアレクシアに「何処であろうね」と囁いた。
「分からないね……。でも、それ程広い街ではない筈。急ごう……!」
虱潰しに探していれば、いつかは見つけられる。そうは思えども、それは『時間経過で誰かが死ぬ』事と隣り合わせで在る事にアレクシアは肝が冷える思いであった。
ずん、と地を鳴らす。それが何者かが動いた音で在る事に気付きジェイクは顔を上げた。ひしひしと感じる何者かの気配。それが唯ならぬものであることに武器商人は気付いている。アンナが補佐するエクスマリアは勇者候補を以前探し続けていた。
「どうやら、生存者や候補生より、『そちら』が先か」
「その様だな。恐らく巨人とやらも近くに居るようだが――さて、班に分かれるか」
ジェイクは鳥の合図を聞き大型拳銃『狼牙』を構えた。近付く、物音がずん、ずんと音を立てる。ソレよりも先に武器商人が「見つけた」と小さな笑みを浮かべた。
崩れ落ちた廃墟の中で一人の男が立っている。剣を手に俯いた騎士服の青年だ。アレクシアに視線で合図を送ってから武器商人は小さく笑みを浮かべる。
「やァ、お邪魔だったかい?」
「……何者だ」
低く、地を這うような声音であった。憎悪を孕んだそれを真っ正面から受けた武器商人は自身へと金環の権能をその身に纏った。百花たる王者の証――それを打ち砕かんと飛び込んだ男の剣は重い。
「情熱的だねェ」
喉奥で笑う。その言葉の背後でアレクシアは目視で確認できる程度に巨人が近付いてきていることに気付いた。
(巨人がいると言うことはこの辺りに誰かが――……)
思考を遮るようにセルウィンが武器商人へと飛びかかる。対話を望まぬ姿勢は『彼が何らかの信念』を宿してここに居るという証左であろうか。
朽ちかけた草木たちが「危ない」とアレクシアへと語りかける。胡桃色の髪を揺らしたアレクシアは自身の決意へと魔力を宿した。
「セルウィンさん……で良いですか? 私達は、貴方を邪魔しに来た訳じゃありません」
「ならば、どうしてこの様に滅んだ街へと来る。誰かの差し金か、それとも――」
苛立ったように、そして『イレギュラーズに帰還して欲しい』とでも言うかのような、その思いを感じてアレクシアは違和感を感じた。悪戯に此方の命を差し出せと言うわけではないのか――何処か、身を案じるような、そんな違和感が身を包む。
「皆を、助けに来たんです! だから、だから……手を止めて! これ以上、命を奪わないで!」
アレクシアへと男の視線が向いた。それが好奇だとエクスマリアは『救い』の声へ向けて駆け出した。魔種のことは武器商人とアレクシアへと一度任せることとなる。
アンナは「負担を掛けるわね」と擦れ違いざまに囁いた。嗚呼、それでも構わない。武器商人は唇で三日月を描いてゆったりと微笑むだけである。
「あっちね?」
「ああ。マリアは、あちらから感じる。だが――」
エクスマリアの視線の先には巨人が存在して居た。古廟スラン・ロウの巨人達。片翼の女神を思わせる容貌の彼女たちは首を傾いで笑みを浮かべているか。
「行くぜ」
地を蹴った。風となる様に。真っ直ぐに。
体に巻き付けた布帯がはらはらと揺れた。手にした槍は彗星の軌跡を穂先で空というキャンバスへと描いてゆく。
高める『気』は決意の証だった。翡翠の瞳は信念を確かに宿し、そして――新道 風牙と言う存在を示すように気が爆散してゆく。
跳ね上がるように、至近に迫れば巨躯の女のかたわれが「何だ」と低く囁いた。
「小さきモノが現われたが」
「ふむ、遊び相手には丁度良いでしょう? プラタ・ヤリヤ」
「ああ、ローリンソン。相手にしようか」
視線が注がれたことに気付く。だが怯むことはない。二対の巨人の周囲で踊り狂ったローズ・スピリットをその双眸へと移し込んでからンクルスは声を張った。
命を宿した人形(にくたい)の両手は優れた武器となる。打撃に優れ、刺突に優れ、絞めも祈りも思いのままに。
その両脚とて、何処へだって行けた。ンクルスを妨げるものは何もない。前へ、前へ、前へ――跳ね上がる。
「さあ、こっちだよ!」
防御力には自身がある。自己再生だってお手の物。耐え続けるのもお任せあれとンクルスは戦場に飛び込み笑みを浮かべる。
ロロンはやっぱりかと巨人達を見上げた。殺意や怒りがひしひしと感じられる。過去――そうは言えども遠い昔だ。この国が建国される直前だろう――に何が有ったのかは知る由も無い。問うた所で巨人達は「話す義理もない」とそっぽを向くことだろう。
「まあ、勇者に住み処を追われたとかだとシンプルでわかりやすい話なのだけれどね。さて――『候補生』はまかせたよ」
「フリック 皆 マカセル。フリック 支エル」
フリークライはヒーラーに専念していた。巨人とローズ・スピリットを惹きつける仲間達を支え癒すが為に自身は立っていると決意するように日記を抱き締めて。
「ゼファー」
ジェイクは静かにゼファーを呼んだ。走り出す、その刹那に鳥渡したジョークは心を軽くするだろう。
構えた。ローリンソンを狙い、放たれたのは漆黒の魔性。黒き大顎。食らい付くのはシューターの弾丸。
「俺の様なおっさんより、優しいお姉さんの方がいいだろ?」
「まあ?」
揶揄い合うジョークは弾丸の如く乙女の体を走らせた。ツイてない一日にちょっとした明るいことがあったって良い。人間は生きていればどうにだってなるのだから、のらりくらりと言葉を交すようにゼファーは廃屋の中へと滑り込んで。
「居るかしら」
たった一言。それだけで、物音と人の気配が幾つも感じられた。複数の気配はいくつかのグループで固まっているのだろう。此処に存在するのは2組か。怯えを感じ取りながらゼファーは静かな声音で語りかける。
「大丈夫よ。私達はスニージーにドク、グランビーとドーピーそれにハッピー……あの子達のお友達よ」
その言葉に、最初に反応したのはゼファーを真っ直ぐに見詰めていた少年であった。背筋をピンと伸ばしていた彼は「マルガレータ様の『七人のお友達』の?」と囁く。
「ええ。特別なお友達のお友達なの。あの子達にちょっとした手助けをした……だから安心してくれるかしら。其の儘で良いから話を聞いて頂戴な。
……見たでしょう? ここにいる化物を。あれの相手は真っ当な兵士にだって容易くはないわよ」
外から物音がする。ロロンがンクルスの元へと集まった妖精達を相手取り、巨人を惹きつける風牙、エクスマリア、ジェイク、アンナが戦い続ける音がする。地を揺らがすような、そんな音に小さな叫声が上がった。
「……恐ろしいでしょう。貴方達にも事情があるでしょうけど、先ずは命あっての物種よ。此処は大人しく退いて頂戴な?」
静かに、ゼファーはそう告げた。その背後で、小さく頷いた『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)は「任せて」と指定位置へ――安全地帯だと、そう認識された街の入り口まで走ることを求めて。
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その魔種はミーミルンド家と懇意にしてきた存在であったらしい。騎士、凜とした風貌には崩れ、狂ってしまった痕跡がありありと刻まれている。その胸元には何者かに切りつけられた痕が――まるで『誰かに殺されかけた』かのような姿をしていて。
武器商人はセルウィンの行く手を遮っていた。巨人や候補生達と幾分かの距離がある。ならば、死守すべきはアレクシアだ。回復役である彼女のもとへと行かさぬように時を配り自身を『犠牲』にする――犠牲と言っても、武器商人はある程度の攻撃は受け流せるのだが。
「やァ、黒魔術ごっこの進捗はどうだぃ? 生贄は上々? 魔法陣もばっちり? そりゃあいい、興味深いな。ぜひ聞かせておくれよ」
「黒魔術、だと――ああ、そうか。そう称されても致し方ないか!」
男の声音に武器商人は先ずは掴みは上々かと感じていた。勿論のことだが此の街全てが『儀式陣』だとするならば、出てくるモノがあの巨人達だというのは随分とコストに合っていない。まだ儀式の最中だと考えた方が良いだろうか。
「俺がソレを望んでいるわけではない。命が惜しいのだろう? 殺さないでと言っていた。
ならば、ならば去れ! 少女を庇い立てるばかり、何れは己の命さえ潰えるぞ。御仁は挑発的な言葉で優美に笑うが此方を図りかねているであろう?」
「さて、どうかな」
はぐらかすように笑ったのは武器商人の側であった。アレクシアは唇を噛む。彼の思惑が掴めない。彼の――『去れ』という意図が分からない。
「ここにはミーミルンド家の元『奴隷』もいる。大事な家族同然の人の命を奪うことが、マルガレータさんへの追悼になるの!?」
ぴたり、と男の動きが止ったことにアレクシアは気付く。直ぐさまに武器商人は彼女とセルウィンの間にその体を滑り込ませた。
マルガレータの言葉に確かに反応を示した。彼が、正気ではなくとも――彼が、何らかの『目的』に一直線であろうとも。
「マルガレータさんはソレを喜ぶの!?」
「お嬢様は――マルガレータお嬢様……! ……ああ、『当家』のモノが多いならばそれがいい。彼女の為ならば皆、命を賭してでも!」
アレクシアは息を飲んだ。何が言いたいのだと、その男をまじまじと見遣って。
武器商人の腹へ目掛けて剣が突き立てられる。淡き金の光が鈍い音を立てた。花が散るように、その身を纏う加護に罅が入る。
「……過激だねェ」
二つの加護。金と銀が描いた淡き輪郭。武器商人は一方が砕け散った事に気付いてゆったりと微笑みを浮かべるだけだ。
アレクシアはセルウィンを真っ直ぐに見詰め、簡易的な封印を施した。能力阻害を行い、その男を縫い止める。
「武器商人君」
「あァ、耐えようか。アバークロンビーの方。『耐久なら得意』だろう?」
頷いて、アレクシアは大気中に漂う魔素を多量に取り込みながら真っ直ぐに男を睨め付けた。梅と桃の花弁が周囲を舞踊る。自然を彩る色彩の中で、空色の瞳で真っ直ぐに見据えた男が浮かべた表情は――
「穢らわしい」
その声は、苛立ちを孕んで居た。真っ向からその声を受け止めた風牙が唇を噛み締める。
「ッ、くそ――!」
「この身に触れるなど、穢らわしい」
振り払う腕が、風牙の体を宙へと飛ばした。だが、一筋縄ではいかぬと槍を地へと突き立てるように受け身を取って、その勢いの儘、ローリンソンへと叩き込んだのは無形の術。
体に走った鈍い痛みを癒すのはフリークライ。ハイペリオンの羽根を握りしめ、ヒントを得たいと願うように仲間を統率し、活気づける。
「フリック 墓守。ソノ魂ニ 安ラギヲ。精霊ダケ 違ウ。
巨人 イミルノ民 聞イタ。怨嗟カラ ヒトトシテ 死ネナカッタ者達ニ――人トシテノ 眠リヲ」
「安寧など、我らにあるものか! この身にあるのは恨みだけ、なあ、ローリンソン!」
「ええ、ええ。プラタ・ヤリヤ」
ローリンソンを狙う攻撃ばかりに苛立ったかプラタ・ヤリヤが叫んだ。フリークライの言葉を遮るように、腕を払う。
だが、その腕を自由にさせまいと布がぐるりと巻き付いた。時間に干渉する、微かな予知。その動きさえも知っていたとでも言うようになれた長布の扱いでプラタ・ヤリヤの行動を害したのはアンナ。
「余所見なんて酷いじゃない。たっぷりとお相手してあげましょう」
布を引き、バランスを崩した女のその懐へと飛び込んだのは鋭い踏み込み。そして、放たれた突きは焔を纏った剣による一打。
膨張した紅色の焔は薔薇のように可憐に咲き誇る。その美しさをまじまじと見詰めていたローリンソンへと飛び込んだのはジェイクによる鋭い弾丸であった。
決して逃すことはない。ジ・エンドまでに描いた銃弾の軌跡を追い縋るエクスマリアの澄んだ蒼き瞳が複合的な魔術を宿した。
友から教わったそれは波濤の名の付いた静寂と絶望の蒼い色。魅入られたモノは『波』へ飲み込まれ漂うことしか出来ぬかのように。
「あああ――――――!」
叫声を上げた女が頭を抱えて蹲る。ローリンソンと名を呼ぼうとしたプラタ・ヤリヤの視線はアンナへと釘付けとなった。
縦横無尽に暴れ回るプラタ・ヤリヤを一手に引受けるアンナの支援と、そして集中攻撃を受けながらも確かにイレギュラーズにも打撃を与えるローリンソン。その二人の『弱点』は――フリークライは何かに気付いたように「聴イテ」とそう言った。
眼だ。二人の瞳は鮮やかなる宝石のように色を変える。ジェイクは一つ返事で了承し、そして――狙う。弾丸を、その眼球目掛けて。
「――外さないぜ」
静かな囁きと友に。ローリンソンの眼球を抉った黒き気配。音だ。それは声とも言えない、歪な音だ。
頭を抱えて、地団駄を踏み暴れ回る。蹴り飛ばされたのはエクスマリア。藍宝の瞳が細められ、金の髪がもう一度と言わんばかりに光を放った。
「どの敵も、決して脆い相手ではない、だろう。強靭な肉体、優れた技能、逸脱した精神。どれも極めて強力、だ。だが、まるで敵わない敵でも、ない。マリアの強みは揺るがない」
その戦力差を見極める。弱所を見抜き、最適なタイミング――それが此処だ!
相手が魔種だろうが、巨人だろうが、遣るべき事は変わることない。
「単なる運否天賦でなく、この手で勝機を引き寄せてこそ、特異運命座標、だ」
故に、エクスマリアは挫けることは無かった。己を包み込んだ福音が高らかな喇叭を鳴らすように、神へと再度立ち上がる許しを乞うように。
「ええ。私達は特異運命座標。何もせずに戦える人間なんていないわ。勇者だってそう。
けれど、私達を勇者だと認めさせるだけの実力が、此処にはある。そうでしょう?」
躍る。跪いたローリンソンへと向かわせぬようにワルツを踊るように優美な仕草でプラタ・ヤリヤを惹きつけて。
「ッ――ああ!」
立ち上がる。風牙はふとゼファーと別れる前を思い出した。彼女は無事に候補生達を逃してくれただろうか。
街の生き残りを探すジェイクのファミリアーとフランツェルは無事に無数の人々を救ってくれただろうか。そうならば、此処で命を張る結果が出る。
『ゼファーさん、これ』
風牙は手紙と、自身の手持ちのメダリオンを小袋に詰めて保護へと向かうゼファーへと差し出していた。
候補生達は一度、受け取って逃げた。『必要なら持ってけ。お前らの能力は戦場以外の場所で輝くもんだ』と。生存者のケアを求めて。
その心意気に子供達は小さく泣いていたという。メダルは戦って、勇気を持ったモノの証で、自身らは『何の勇気も無くて泣いていただけ』なのに、と。
●
戦いが得意では無い。普通の子供達だった。奴隷として、何処かから買われてきて、ミーミルンド家で教育を受けた。そんな、不幸から幸福に少しだけ階段を上った子供達が突き落とされるように不幸へと落ちていった。
命令だと、彼等がそう言われれば断れない。無理矢理戦場に出されたそれらをンクルスは許すことは出来ない。それは大罪だ。命を無為に使う、圧倒的な理不尽だ。
「それにしても……何でこんな事したんだろう?」
二対の巨人は死を糧にする。この場所は無数の死で溢れている。死者の蘇生? 儀式? そんな『分からない』モノは碌でもないと知っているから。
ローズスピリッツの数は減り続ける。悪いことを暴き、罰するのは『シスター』の役目だと願うようにその両手が放ったのはゴッドクロー。
「皆に創造神様の加護がありますように……」
物理的な加護を神技だと叫んで放ったンクルスはToD(テネシティオブディヴァイン)であると胸を張る。即ち、シスターは創造主の言葉を伝えるために立っているのだ。
「巨人……倒したら少しくらい齧っても構わないかな?」
「美味しくないと思うよ?」
「そうかなあ……」
ぷるるんと揺らいで居たロロンは首を傾ぐ。使い込んだ結果、ロロンへと溶け込んでしまった霊刀は流体戦闘に適していた。
横一線に生み出された氷槍が精霊達を穿ち続ける。勇者候補生達を構うことはなく、ロロンは只管に精霊達をなぎ倒し、そして素早くローリンソンの下へと飛び込んだ。
本番はこれからだと。きずだらけであれども自身の身に満ちあふれた力が、ロロンを前へ前へと進ませる。ぷるりと体を揺らしてローリンソンへと飛び込んで――一気に破裂する!
それと同時に、ばん、と音がした。
ソレが何であるかに気付き、アンナが背を向ける。残るのはプラタ・ヤリヤ。イレギュラーズで畳み掛け、そして『魔種』を討伐せねばならない。
走るアンナを癒して、フリークライは「モウ少シ」と呟いた。ジェイク、エクスマリア、風牙、そしてンクルスとロロンは一気呵成にプラタ・ヤリヤへと攻撃を仕掛けた。
●
男は立っていた。武器商人を見下ろし溜息を吐く。アレクシアは振りかざされた剣を弾いた。
「……『黒魔術』って言葉が、気に入らなかった?」
睨め付ける。じりじりと後退する。この場所は魔種が立っていただけあってモンスターの影はない。此の儘一人で受け持てば直ぐに畳み掛けられる。アンナとの合流を目指さねばならないか。
「ああ……いや、この御仁は粘り強かったさ。二種の障壁に、幾度となく立ち上がるその不屈。
私とて『その精神があれば、こうはならなかった』のだろうか――ああ、ああ、マルガレータ様!」
乞う男の声にアレクシアは、逡巡する。
武器商人は長時間を耐えていた。それも、勇者候補生達がある程度の避難を行い、フランツェルが擦れ違えども『目を離させない』程度に。
ゼファーが戦線に復帰し、ローリンソンが倒されるまで。耐え続けたのだ。アレクシアを狙わんとした攻撃から全てを受け止めて、アレクシアの支援を受けながら耐えた。
一度目は何食わぬ顔で運命を手繰り寄せた。毅然とした態度で、その命が潰えぬ事を示すように。
二度目は男が上手であった。武器商人が立っている理由に気付いたように剣が振り下ろされる。だが、可能性は淡い光を帯びた。
其処から耐久戦だった。命を無為に奪いたくないと言った男は狂ったように剣を振り下ろした。
それがマルガレータ・フォン・ミーミルンドの為になると信じて。
「マルガレータさんは、こんな事、望まないよ」
「黙れ」
「マルガレータさんは、優しい人だったんでしょう?」
「黙れ!」
男の剣が迫る。アレクシアは唇を噛んだ。震える、魔種との真っ向勝負なんて、経験してきたじゃないか。
剣が迫ったその刹那、アンナがその体を滑り込ませた。
「間に合ったわね」
布がひらりと泳いだ。
その身を翻し、続けざまに攻撃を放ったアンナにセルウィンが小さく呻く。
どれ位の時間が経っただろうか。其れは分からない。だが――アレクシアは確かな安心を憶えたのだ。
遠巻きに、飛び込んできた影に。
聞き慣れたその声に。
「――好きにはさせないぜ!」
「あら、良いところを取られたわね。ええ、『巨人』はもうお眠りになったみたいだけれど、どうする?」
ひとふり。余りの暴力性で叩き込まれたそれにセルウィンの体が飛んだ。
ゼファーが慣れたように槍をぐるりと持ち替えた。
息を切らし、只管にプラタ・ヤリヤとやり合ったロロンの余力を支えるようにフリークライは味方全体を立て直した。
「マルガレータ セルウィン 行イ ドウ思ウ フリック 分カラナイ。
ダカラ セルウィン 主ノ為 否定シナイ。デモ。フリック 主ノ為モ 否定サセナイ。
亡キノ為 出来ルノガ 蘇ラセルコトダケダト 思ウナ。我 墓守――主ノ 死ヲ 護ル者也!」
フリークライは苛立った様にそう言った。鮮やかな花咲き誇るように。その体を揺らがせたフリークライがずんずんと進む。
「そう、望み、望まれているんだ! マルガレータ様がもう一度……もう一度、我らに笑いかけて下さることを……。
ベルナール様のあのお辛そうな顔を、もう、見て居られない……」
膝を突いた青年のその言葉にロロンは本当にミーミルンド家は『愛されていた』のだと感じていた。
小さな派閥、無数の奴隷。アレクシアが言った『奴隷でも家族のように扱っている』――それは本当のことだったのだろう。
もしも――マルガレータ・フォン・ミーミルンドが不運な事故で亡くなっていなかったら?
そう、そう考えずには居られないのだ。アンナは傷だらけの体で跪いた男の前に立った。
「マルガレータ様は誰に殺されたの? ……聞かせて」
「分かりません」
「分から、ない?」
「馬車に細工がされていました。王家主催の舞踏会の帰りです。ベルナール様が『王太子妃候補になった以上、危険があるだろう』と私を護衛に付け――」
―――――
―――
「もう、お兄様は過保護よね。ねえ? セルウィン」
「いいえ、マルガレータ様。王太子妃候補というのはソレだけの立場だという事ですよ」
「……そう、ね。ねえ、セルウィン。早く帰りましょう。
王宮での舞踏会だったのよ。早く皆に聞かせて上げたいわ。舞踏会に憧れている子も居るでしょう? 皆に教えて上げなくちゃ」
ダンスのレッスンも良いかもしれないわ、と豪奢なドレスを揺らしてマルガレータは微笑んだ。
その背中を追いかけてセルウィンは御者のぎこちない笑顔に僅かに首を捻る。さて、この違和感は何だろうか。
そして――そして、馬車の車輪が外れた。投げ出された御者の叫び声と逃げ出してゆく馬の嘶きだけが遠く、残っている。
ミーミルンド領までは未だ遠い森の中だ。セルウィンは立ち上がり、マルガレータの名を呼んだ。呼んで、その姿を見つけて手を伸ばした――筈だった。
己の背を何者かが切り裂いた。その傷みに藻掻き、倒れ伏せば、蹴り飛ばされる。ごろりと転がり胸へともう一太刀。
「マル、ガ」
それ以上話すことが出来ずにセルウィンは藻掻いた。地を這いずり先程見えた銀の髪先へ触れた――触れたが、もう、彼女は動いては居なかった。
顔は見ていない。
誰の仕業かは分からない。
ただ、分ったのは――マルガレータ・フォン・ミーミルンドは『不幸な事故で亡くなった』と公表されることだった。
「あんな事で死んで良いお方では無かった! 王太子妃候補になどなったから!
彼女は、マルガレータ様は奴隷にも優しく、ベルナール様と次代の幻想を担うべき存在だった! あの女が、フレイス・ネフィラが言ったんだ!
こうすればいい。こうすれば、マルガレータ様が帰ってくる! ベルナール様と私は、私は――アア、アアアアア!」
狂ったように男がアンナへと飛び付いた。勢いの儘にアンナの体が地へと引き倒される。意識が混濁する。
フリークライの癒しさえ届かない。咄嗟に構えたンクルスが息を飲む。もう少しだ、余力と言えるモノは残っていない。それでも。
「……神はお許し下さいます。シスターに任せてよ!」
祈るように、その拳を突き立てた。ありったけ。ンクルスは腕へ走った痛みを堪えるように唇を噛んだ。
ンクルスへと向かったセルウィンを受け止めて、アレクシアが「止って」と叫ぶ。
引き攣るその声音を支えるように風牙は走った。走って、走ってから。
「その気持ち、分かるわよ。そうよね、居なくなってしまうなんて、誰も思ってないわ。
ええ、最初から。当たり前にその存在があったなら……『何時までも一緒』だと思うでしょうよ」
銀の風が吹いた。避難誘導に当たっていた事で、仲間よりも余力はあった。ゼファーはくるりと振り返る。
頷いたのはエクスマリアとジェイクであった。『後少し』その余力が残っていたのはフリークライが支え続けた事、そしてアレクシアと武器商人が時間を稼いだからだ。
振り下ろされたセルウィンの剣を受け止めたゼファーが小さく唸る。唸り、其の儘押し返す。
「それでも、死は何もなくなると言うことよ。戻ってくるだとか、眠っているだとか、そんな綺麗な言葉では顕わすことが出来ない。
前を向きなさいな。マルガレータ・フォン・ミーミルンドの『忘れ形見』まで余計なことに使うって言うの?」
不運だ。
ツイてない子供達。街の外へと連れ出して怯えて竦んだ彼等。
そんな彼等は未来があるからツイてないと言えた。死んでしまったら、幸も不幸も存在しない。
「マルガレータ様!」
過去に囚われるならば――
「――これで終わりにしてやるよ」
ジェイクの弾丸が、走った。真っ直ぐに――貫くように。
●
「ベルナール様、スピリタリスについてご報告がございます」
「あら……何かしら」
振り向いた男は、語られた言葉に眉を寄せてから困ったように「そうなの」と笑った。
ツイてない日だ。
もう、マルガレータの為の時間は少ししか残っていないというのに――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。波乱の勇者総選挙ですね。
MVPは支え続けた方へ。とてもバランスの良いパーティーでした。
GMコメント
夏です。宜しくお願いします。AA盛りだくさん。
当シナリオは『<フィンブルの春>手折る君は遠くに至り』と同様の場所を舞台にしておりますが直接的な関与はありません。
●成功条件
・『魔種』騎士セルウィン
・古廟スラン・ロウのモンスターの撃破
・ミーミルンド派勇者候補生の無力化(撃破・保護)
●現場状況
ミーミルンド男爵領から程近い位置に存在する『スピリタリス』の街。小さな街です。
古廟スラン・ロウのモンスターが跋扈しています。街は伽藍堂、生存者は幾許かしか存在しないようです……。
生存者は街の何処かに隠れています。余裕があれば探索し救助してあげましょう。
ただし、魔種とモンスターが徘徊していますので注意して下さい。
崩れた街並みの中で『勇者候補生』が相手にするモンスターを倒してブレイブメダリオンをゲットしましょう!
●『魔種』騎士セルウィン
ミーミルンド派の騎士。ミーミルンド男爵家とは縁のある男性でした。
マルガレータ嬢の『死亡事故』の際に護衛として同行して居ましたが、マルガレータの死後に解雇されています。
彼がドウシテスピリタリスに居るのかは分かりませんが……反転しています。意思の疎通は可能、ですが、狂っていますので中敷いて下さい。
非常に強力なダメージディーラーです。『心優しく美しいマルガレータ様』の死を悼み、マルガレータ様のためだと信じて剣を振るいます。
生存者を見つけると迷うことなく剣を振り上げます。
●古廟スラン・ロウのモンスター
・『研ぎ澄まされた』プラタ・ヤリヤ
・『落ち着き払った』ローリンソン
どちらも古廟スラン・ロウより現われたモンスターです。巨人です。
片翼の女神を思わせます。怒りに溢れたプラタ・ヤリヤに落ち着きながらも的確な殺意を抱いたローリンソン。
彼女たちは人語を有しますが、真っ当なコミュニケーションはあまり期待出来そうにありませんが、幻想王国へ何らかの恨みを抱いているようです。
Hard相応の強さです。プラタ・ヤリヤが高い前衛能力を、ローリンソンが後方支援能力を有します。
彼女たちは『死』を糧にするようだと情報屋からデータが記載されています。
どちらも常時低空飛行状態。濃い死の気配を纏いEXFが高いものと想定されます。
・ローズスピリット ×10
プラタ・ヤリヤやローリンソンに付き従う小型のアンデッド。精霊のなれのはて。
倒すことでその魂を鎮めてやることが出来そうです。
●ミーミルンド派勇者候補生 20名
ミーミルンド派の貴族が擁立した勇者候補生です。複数パーティーが街へとやってきているようです。
彼等はスラン・ロウのモンスターに見つからないように息を潜めているようです。
元はミーミルンド男爵家で教育を受けていた奴隷です。彼等は教育は受けていますが戦闘に関しては全くの素人です。
彼等の死が街及びモンスターに影響を与える可能性がありますので注意して下さい。
彼等の保護を行った際は孤児院の手配などはフランツェルに任せることも可能です。
●同行NPC フランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)
深緑・アンテローゼ大聖堂の司教。ヘクセンハウスと呼ばれる魔女の座を継いだ人間種。元・幻想貴族。
魔法使いです。神秘攻撃での支援が可能。指示があれば従います。指示のない場合は保護対象と待機します。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●ブレイブメダリオン
このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
このメダルはPC間で譲渡可能です。
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