PandoraPartyProject

シナリオ詳細

零れ火と残影

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 温かさをより感じられるようになった春の陽光が、林道を照らしている。
 山麓を割るようにして作られた石段を登り、二重の屋根を構えた南大門を抜け、ゆったりとした足取りで中門へ。
 赤の羽織のその下に黒い装束を纏う少年は、手にした杖を使うことなく片手で握って歩いていた。
 その明らかな健脚と見た目から想像しうる年のころを踏まえれば、杖など必要もあるまいが。
「ねえ、そこのキミ、ここの人だよね?」
 少年はそう言って僧衣に身を包んだ少年に声をかけた。
「は、はい……なんでしょう?」
「住職はどこかな? ボク、旅をしてる者なんだけど、お寺の歴史について興味があるんだ。
 だから、ここのこと、詳しく教えてもらいたいんだよね」
 茶色の混じった赤い瞳が、少年を射抜くように見据えた。
「はぁ……なるほど。ええ、構いませんよ。
 ちょうど、住職も仕事に空きが入る頃合いでしょう。
 少々お待ちください」
「うん、早くしてもらえると嬉しいな……」
 黒衣の少年は笑う。
 その笑みがどことなく不敵に見えて、僧衣の少年は小首をかしげていた。


 高天京にあるローレットの支部に訪れた鬼桜 雪之丞 (p3p002312)は、情報屋――アナイスに話しかけられていた。
「黒田 政貞の名前を憶えてらっしゃいますか?」
「ええ、カムイグラの動乱にて姿の確認された純正肉腫にございましょう。
 たしか、彼は既にイレギュラーズの手で討たれたはず」
 情報屋の言葉に頷いて答えれば、相手は少しだけかしこまった様子を見せた。
「その通りです。そして、鬼桜さんからは彼の足取りを追うべきとの話をいただいておりました。
 もちろん、彼自体はイレギュラーズの皆さんに討ち取られたのです。間違いありません」
 そこまで言うと、アナイスは雪之丞に一枚のパンフレットと資料を差し出した。
「彼は純正肉腫です。昨年の夏に皆さんと会敵しましたが、それ以前に何処がしかには存在していたはず。
 ありていに言うと、彼自身が死んだとして、その『拠点だった場所』ならば探る価値があるのではないか、と考えました」
 話を聞き半分、雪之丞はちらりとパンフレットを流し見る。
 どうやら、山麓にあるとある寺院のもののようだ。
「純正肉腫は複製肉腫を増やす特性を持ちます。
 その上、黒田自身には対象に傷を負わせればその対象を感染させる特殊能力もあった」
「なるほど、滞在していた場所に、奴が斬り伏せ感染させた肉腫が残っている可能性があるということでございますか」
「えぇ。ですので、探索に向かわれてはいかがかと思いまして。
 もちろん、問題無さそうであれば寺院への参拝という事にして帰ってくればよろしいかと。
 念のため、他にもイレギュラーズの方々を募集してます」
「ありがとうございます」
 雪之丞がお礼を言うと、アナイスは微笑んで返し、そのまま別の仕事でもあるのか歩いて去っていった。


 麗らかな春の光が講堂を差している。
 足を崩して座る少年が、ちらりと老人を見る。
 僧侶としての格を示すのか、衣装が他の者と異なる彼が住職であろうことは見れば分かる。
「ねぇ、住職? ボクさ、回りくどい事が嫌いなんだよね」
「ははぁ……そうでございますか」
「そうなんだよね。だからさ、ぶっちゃけるんだけど、ここってさ、狂人がいるんじゃない?」
 ぴくりと動き、そのまま強張った老人に対して、少年は口元に笑みを刻んだ。
 不遜、不敵を絵に描いたようなその笑みに、住職はやや震える声でとぼけた答えを返す。
「だからさぁ、ボク、回りくどい事が嫌いなんだって。
 とぼけるのはいいからさ。案内してよ、その狂人がいるところ」
 笑みを浮かべる少年の手元、杖から微かに白刃が見えて、住職が固唾をのむ。
「……内密にお願いしますぞ」
「大丈夫だって、そんなに警戒しないでよ。
 別に命を取る気なんてないんだよ?」
 からりと笑い、少年が杖を持って立ち上がった。

 そして――

 2人が動き出すのとほとんど同じころ。
 雪之丞たち8人のイレギュラーズが南大門へと到着していた。

GMコメント

 さてそんなわけでこんばんは、お久しぶりです。
 春野紅葉です。こちら、鬼桜 雪之丞 (p3p002312)さんのアフターアクションでもあります。

●オーダー
【1】寺社内部にいるであろう複製肉腫の捜索、ならびに鎮圧。
【2】参拝する。

【1】を絶対目標。【2】は努力目標として楽しんでください。


●フィールド
 境内の東西に隔離された堂をもち、
 回廊と中門、講堂に囲まれた内側に塔と金堂を有するお寺です。
 まつられているのは無病息災の神様の類だとか。

●登場NPCデータ
・住職
 赤羽織の少年を連れて西堂に向かって移動中です。
 ただの人間です。イレギュラーズに対しても敵対しないでしょう。

・僧×20~30人程度
 普通の僧侶であり、普通の人間です。
 イレギュラーズへも敵対しません。
 情報を聞く相手は住職かこの子達になるでしょう。


・複製肉腫×10
 西の御堂に隔離中の複製肉腫です。
 発狂した狂人のようになっています。
 不殺攻撃で倒せば生き延びることができます。
 数的不利こそありますが、元が一般人なので対して敵になりません。
 ぶんなぐりましょう。

・僧兵×6
 西の御堂で隔離された複製肉腫に対処すべく御堂の外に集められている僧兵です。
 同意なく御堂へ踏み込もうとすれば敵対してきます。

 腕も悪くなく、薙刀や槍による中距離戦闘を行ないます。
 命中、EXA、CTがやや高めの手数で押すタイプです。
【連】【追撃】【スプラッシュ2~3】などによる連続攻撃を主体とします。
 全ての攻撃が【不殺】属性です。


・赤羽織の少年
 オープニング中に出てきた赤い羽織の下に黒い衣装を身に纏った少年です。
 武器は恐らくは仕込み杖でしょう。
 正体は現在のところ不明、目的も不明ですが、どうやら複製肉腫のいる御堂に用事があるようです。

 ただし、皆さんは対峙した際に本能的、直感的に『魔種並みの強敵』であることを察して構いません。
 実力が未知数かつ、いざとなれば住職や複製肉腫らが人質となりえます。
 対応にはご注意を。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はB-です。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、一部情報が非常に不鮮明で不測の事態への警戒が必要です。

  • 零れ火と残影完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年04月16日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
セリカ=O=ブランフォール(p3p001548)
一番の宝物は「日常」
鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
彼岸会 空観(p3p007169)
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
ルーチェ=B=アッロガーンス(p3p008156)
異世界転移魔王
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司

リプレイ


(黒田の拠点であった、無病息災を願う寺院……)
 境内に視線を巡らせ、『玲瓏の壁』鬼桜 雪之丞(p3p002312)は少しばかり思う。
「得心行きました。治らぬ病は、祈りを呪いに。苦しみを恨みに。
 彼奴は無病息災の祈り。その残穢。病そのもの。故に、感染。だったのでしょうか」
 言葉に漏らす。それを確かめるすべなど最早ありはしないが――
「黒田 政貞……忘れもしません」
 脳裏に浮かんだ、あの男の邪を絵に描いたような笑み。『優愛の吸血種』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)は静かに言葉にする。
 斬り伏せられ、捕虜になって送り込まれた自凝島。
 結果として、あそこでは麒麟との縁を結べたが、それはまさしく結果論だ。
 斬り伏せられ、捕虜にされる、などという経験はそうはない。
「あの時の戦いの残滓がまだ残っているのであれば、しっかり調査しなくてはなりません」
 その目には強い意思が籠められている。
 それに頷いたのは、美しき桜色の髪をした女性である。
「この豊穣を護る為にも、微力ではございますが私も助太刀致しましょう」
 光焔 桜である。ユーリエと同じように黒田に捕虜となり、紆余曲折を経て開放された今は兵部省に戻っていたはずの彼女も、情報を聞きつけて参加しにきたのである。
「はい! よろしくお願いします!」
 ユーリエが頷いて答えれば、桜も小さく頷いて返す。
「黒田政貞の遺したものね。
 もしも、まだ助けられるなら助けたいわ。
 特に、彼ら? が助けてほしいと思っているなら尚更よ!」
 人助けセンサーを張り巡らせながら『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)が語る。
 広大な境内ということもあって、今はまだセンサーに引っかかるような感情は感じ取れない。
「複製肉腫……苦しんでる人がいるんだね……
 前に起きた戦いでみんなが戦った相手の拠点だったとはいえ、助けれる人がいるなら……!」
 やろう、そう気力を振るうようにして『一番の宝物は「日常」』セリカ=O=ブランフォール(p3p001548)は手を握り締める。
「なるほどきな臭いな」
 話を改めて振り返った『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)も感想を述べた。
 肉腫というのは未だに底知れぬものがある。
 とはいえ、近くにいる僧侶に声をかける際はぴしりと背筋を伸ばす。
 信仰の対象も、何もかもがおおよそ異なるものではあるとはいえ、『宗教に関係する』者という一点において同じ。
 クレマァダの所作に僧侶が少しばかり畏まった様子を見せた。
「うむ、まずはどこにいるのか教えてもらうところからであろうな」
 と、『異世界転移魔王』ルーチェ=B=アッロガーンス(p3p008156)が頷くのとほとんど同時、イレギュラーズ達は僧侶に話しかけていた。
(複製肉腫、ですか)
 人間体に変化している『人外誘う香り』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)は少しばかり考えていた。
 思うところは、ある。
(……いえ、軟弱と笑うことも可能でしょうが、力なき人がその道に落ちてしまうことも多いということは最近理解できるようになってきましたからね)
 肉腫化は感染源(純正肉腫)が存在している場合に広がる一種の病のようなもの。
 だからきっと、彼らは被害者なのだ。ゆえにこそ――
(出来る限りは助けないと、ですね)
 そう考えるベークの横、『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)は独り言をつぶやく。
「あー、ザントマン倒しても肉腫って片付かねーのか。
 めんどーなもん残してくれたもんだ」
 ザントマンはイレギュラーズが最初に出会った肉腫であり、今までの肉腫の中で最もインパクトの大きかった敵の一人(?)だ。
 とはいえ、彼?は『イレギュラーズにとっての代表例』であっても、『肉腫の根源』ではない。
 残念ながら、どこからでも出てくる可能性がある敵の一種なのだ。
(とりあえず、僧侶に話すのは仲間に任せて、その間は周囲を警戒しとくか……)
 視線の先、すでに一番近くにいた僧侶に話しかけた仲間を見ながら、視線を配る。
「豊穣にはまだまだ複製肉腫が残ってるんッスね……」
 純正肉腫が生まれ、その影響を受けて感染すれば複製肉腫は増えていく。
 純正の影がある限り、潰えぬ連鎖の一端、それを感じながら『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)はその実、それ自体はあまり関係がない。
「豊穣のため――ひいては遮那さんのため、放っておくわけにはいかないッス!」
 一途な恋心を胸の内に秘め――秘めきらぬものを溢れさせながらも、その意思は強い。
「未だ先の戦の残り火が各地で燻っていますね……
 死者になお罪なき生者が翻弄される事など、あってはなりません
 救いましょう、手遅れとなる前に」
 そういう『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は、少しばかり額の眼は閉ざしている。

「もし、少しよろしいでしょうか」
 雪之丞は境内を歩いていた2人組の僧侶に問いかけた。
 まだ若い僧侶だ。
「どうしました? 経路でしたらまず中門を潜っていただければと思いますが」
 参拝客と思われたのか、片方が視線を奥にある門へ向ける。
「拙らはイレギュラー……此処では神使と呼ばれる者でございます」
「なんと……神使の方々ですか。そのような方々がこのような田舎の寺院に御用でしょうか?」
 もう片方が驚いた様子を見せて首をかしげる。
「我らはお主らを害しようというのではない。肉腫という存在を追っているのじゃ」
「肉……腫?」
 聞き慣れない単語なのか首をかしげる僧侶に、小さく頷いて。
「それがこの寺院に居るやもしれぬのだ」
「ははぁ……聞き慣れぬ言葉ですが……」
「であれば、黒田……いえ、人型で極少の炎を散らせる化生は」
 雪之丞の言葉に、今度こそ僧侶たちが明確な反応を見せる。
「あ奴は拙らが討ち取りました。そして奴が先に申し上げた肉腫――その一人であったのです」
「そ、そうなのですか……」
 一瞬ほっとした様子を見せ、ハッとして頭を振る。
「奴が遺した者がおりませんか?」
 雪之丞の問いに2人が視線を巡らせ、頷きあう。
 僧侶の様子を訝しんだクレマァダは彼らの宗旨に不殺生が含まれることがあるのを思い出して納得する。
 殺されたことを安堵することも宗教観に照らせばあまりよろしくないのかもしれない。
「治す方法を我らは知っておるのじゃ。合わせてはくれぬか?
 多少騒がしくしてしまうやもしれぬが、殺生は禁じ、慈悲の心を以って当たると誓おう」
「ずっと苦しんでる人がいるって、聞いてきたんです……
 お願いです、どうか私達にその人たちを助ける為に会わせていただけないでしょうか?」
 セリカは真っすぐに彼らを見据えて真摯に告げる。
「分かりました。それでは、こちらへどうぞ」
 2人の僧侶が歩き出す。それにイレギュラーズ達は続いていく。

「しかし、複製肉腫を隠してるとか怖すぎますね。それ以外が隠れててもそれはそれで怖いですけど」
 ベークの言葉に、僧侶たちが申し訳なさそうに項垂れた。
「そうするしか、少なくとも我々にはありませんでした。
 殺してくれと望む者も、襲い掛かってくるものもおりましたが……それでも、我々と同じ仏門に入った者。
 そのようなことなどできません」
 対処の仕方があるのだからその通りにすればいい――というのは、知っているからこそ言えること。
 知らない以上は『殺すか生かすか』しかない。外に逃がして他の人々に危害を加えさせるわけにもいかぬ。
 その結果が『隔離』という最終手段だったのであろう。
「そういうもの……なのでしょうね」
 思うことはあれど、ベークは独り呟いた。

「最近、変わったことはありませんか?」
 僧侶に続くユーリエは2人へ声をかける。
「変わったこと……その、先程おっしゃっていた黒田がいなくなったことぐらい、でしょうか」
 片方が少し首をかしげて言った。
「あとは……そういえば」
「何かありましたか?」
「えぇ、数刻前に、この寺院の事を知りたいという人が来られました。
 なんでも、寺院の歴史に興味があるとかで……珍しいこともあるもんだと思いましたが、住職のもとに案内しました」
「寺の歴史に興味を……?」
 無量は思わず言葉を挟む。
「え、ええ……若いのに歴史に興味があるなんて、珍しいなと……」
「……ふむ、それは詰まる所、肉腫が生まれた経緯や黒田の事を指しているのではないでしょうか」
「そんなまさか……古きを楽しむ少年でしょう……」
 そう言いつつも、思うところがあるのか、僧侶の口は重い。
「急ぎましょう。万が一そうだとすれば、その少年はなんともきな臭い」
「は、はい」
 頷いて歩幅を速めた僧侶たちに続くように、イレギュラーズは歩き出した。
 やがて、レイリーは脳裏に直接聞こえてきたかのような言葉に反応を示す。
 苦しみ救いを望むか細い声――それは確かに見えてきた西堂から感じ取れた。
「行こう――あそこから助けを求める声がする」
 指さした場所へと、イレギュラーズは走り出す。
 周囲を僧兵に囲まれたそこは物々しい雰囲気を見せていた。
「拙らはそちらの同門の士を救うお手伝いをさせていただきたいのです」
 雪之丞の言葉に、困惑している様子の僧兵たちは、譲ろうとしない。
「事情は他の僧にお聞きしました。
 肉腫になった者達を助けるお手伝いをさせて頂きたい」
 続くように告げた無量に対しても反応は同じ。
 鹿ノ子も言葉を尽くしているが、あまり上手くいきそうにない。
 何も妨害をしているわけではない。
 ここに隔離している者達が出入りしないようにするのは、この僧兵たちの仕事だ。
 許可もなしに入れるわけにはいかない、というのはある意味でお役所仕事的ではあるが真理でもある。
(となると……住職に御堂へ入る許可を貰いたいところッスね)
 考える鹿ノ子の耳に、僧兵の声がした。
 視線を上げれば、回廊より姿を見せた人の姿が2つ。


「……ねえ、住職」
「な、なんですかな」
「何考えてるんだい? 誰かを待ってるとか?」
 赤羽織の少年は明らかに遅延行為をしながら進む住職に怒りを滲ませる。
 やがて、見えてきた西堂へ行くために回廊を降りて土に足を着ける。
「住職――こちらの方々がご用事があるとのことです!
 西堂への入場を求めております!」
 少年は顔を上げ、視線を声の方へ向ける。
 そこには、人の姿が13。


「……なるほど、それでその、肉腫というものがあの子達を苦しめている元凶ですか」
 イレギュラーズが住職に経緯を伝えると、彼は直ぐに頷いて答えた。
「僕らは複製肉腫と戦った経験があるッス。
 彼らは気絶させて肉腫を取り除けば元に戻すことができるッス。
 どうか、任せてほしいッス!」
 鹿ノ子は住職を説得すべく言葉を尽くす。
「分かりました。どうぞ……あの子達をお願いします」
 長い黙考の後、住職が重々しく頷いた。
「それじゃあ、危ないから住職は離れていてくれ」
「そうか、じゃあありがとう、住職」
 サンディの言葉に頷いたのは、住職の隣にいた赤羽織の少年。
「ああいや、危険な場所に客人は案内できないだろ? な、住職」
「ええ、そうですな……」
「それに、狂人が治れば万々歳じゃないか」
 サンディの続ける言葉に、少年もまた、止まることなく言葉を紡ぐ。
「本当に、治せるのかな? そもそも、その治し方っていうのはどういうのなんだろうね。
 ねえ、住職。本当に危険だからかな? ――見せられないから隠そうとしてるだけじゃない?
 別に危険なぐらいだったら彼らや僧兵の後ろにいればいいだけでしょ?
 殺さないなら、見せてもいいはずだよね?」
 不敵な笑みを崩さず、少年が住職に告げる。
「いいや、そもそも彼らが神使っていうのが本当かどうかの証拠もない。
 本当は、殺すだけかもよ」
 ぺらぺらと舌が良く回る。
 その気配は、濃密な悪意に満ちている。
 否が応にでもわかる。これは『敵』だ。
「確かに、手荒い真似にはなるかもしれぬ。
 じゃが、そうせねば彼らは救えぬのじゃ」
 クレマァダの言葉に、住職が少しだけ目を閉じた。
「……皆様にお任せします」
「ちぇ……そうかい。まぁ、いいや。でも、ボクもついていくよ。
 気にしなくていい。身を護る術はある」
 そういうと、少年が先に動き出す。
 イレギュラーズはそれを押しとどめるようにして、御堂の中へ入っていった。


「ぐぅぅ」
 そこにいたのは、僧衣を纏いつつも、髪と髭が生えた者達。
 1、2人ほど女性もいるが、殆どは男性だ。
 ベークは魔術を行使する。
 破魔を描く術式が起動し、ベークを中心に陣が広がっていく。
 魔性を感じさせる術式が光を放つ。それは仲間達の気力を持続させる支援術式である。
「私はヴァイスドラッヘ! 悪の被害者達……貴方達を救いに来たわ!」
 踏み込み、御堂のやや奥まで進み出たレイリーは声を上げた。
 それは名乗り口上。
 堂々とその身を晒して言葉にしたら、周囲にいた複製肉腫たちが起き上がりはじめ、のろのろとレイリーの方へ歩き出す。
 自らとセリカに光の加護を降ろしたユーリエは外へと向かって動き出す複製肉腫たちに向けて剣を構えた。
 充足した魔力は暖かな光を放ち、光風霽月の剣身を包み込み、あふれ出した光は線に、矢に変じていく。
 桜花の花矢が複製肉腫へと桜吹雪となって舞い散るのを見届けてから、ユーリエは姿を見せた矢を静かに放つ。
 真っすぐに駆け抜けた矢は、花矢と同じように炸裂し、鮮烈の光となって舞い散っていく。
(手間じゃな。……手間じゃが、万一があっては困るからの)
 深呼吸して、構え――クレマァダは眼前でふらつき近づく複製肉腫に向かう。
 倒れこむような肉腫の動きに合わせるように、手刀に変えた手で、肉腫の点穴を真っすぐに撃ち抜いた。
 強かな、真っすぐな一撃に動きを止めた肉腫が、そのまま崩れ落ちていく。
「これできっと、肉腫から開放されて助かるはず……!」
 集中するセリカは魔力の充実した雪月花を振り抜いた。
 真っすぐに駆け抜けた冷気の刃は戦場で爆ぜ、キラキラと結晶を生みながら舞い散る。
 結晶に反射し瞬く輝きは、動きの鈍くなり始めた複製肉腫のうち2体を眠りに誘った。
(痛みは少なく、じわりじわりと……確実に!)
 鹿ノ子も動きの鈍った複製肉腫へ駆け抜けた。
 跳ぶように、軽やかに打ち据えるそれは嵐のように苛烈に。
 ――或いは華のように、蝶のように華やかにうち振るう連撃の斬撃。
 猛連撃を受けた複製肉腫はそのまま眠るように倒れていった。
「よく諦めずにいてくれました。今、助けます」
 踏み込むと同時、無量は剣を閃かせる。
 普段であればその変幻が狙うは敵の首――けれど、今は違う。
 魔性の切っ先は複製肉腫の動きを鈍らせていく。
 軌跡は収束に向かい――もう一度。
 振り下ろした太刀筋は慈悲を帯び、肉腫の身体を休息に、眠りへと誘っていく。
 ルーチェは動きの鈍い複製肉腫を見るや、意識的にその顎辺りを蹴り飛ばした。
 脳髄を揺らしたその個体が、昏倒して地面に倒れていった。
 雪之丞は最も複製肉腫の多い場所へ飛び込んだ。
 双刀を逆手に。
「多少、荒療治ですが……」
 踏み込みと同時、複製肉腫の鳩尾へ柄部分を撃ち込んでいく。
 周囲を全て巻き込むようにして、周囲の全てを打ち据える高速の打ち込みはさながら漆黒の暴風の如く。
 落ち着くころには2人の複製肉腫が地面へ倒れていた。
 サンディは一方的とさえいえる攻撃の一瞬を見据えていた。
「大したことない奴らの束なら、ちゃーんと急所は外しつつサクッと鎮圧しちまおうか」
 構えるはショットガン。
 通常のそれよりも遥かに銃身の短いソレは、切り詰めたが故。
 引き金を弾き、放たれた散弾が、複製肉腫たちの急所ならざる部分へと炸裂していく。
 強烈な反動など無視して、構えなおす。
 銃口の先、複製肉腫たちは崩れ落ちる者がほとんどだった。
 あと1人――偶然の射程外にいたそいつ目掛け、イレギュラーズが攻めかかっていく。


 複製肉腫を鎮めたイレギュラーズは、警戒を解かぬままに少年の方を見る。
「こんにちは。私達は彼らを助けに来たけれど、貴方はここにどのような用で?」
 眼前、赤羽織の少年へ、レイリーは声をかける。
 不気味に何かを観察しているかのようだったこの少年の本性が、レイリーには未だ分からない。
「そうッス、いったい何が目的なんッスか?」
 黒蝶を構えたまま続けた鹿ノ子は問う。
 なにせ、サンディの答えにすらすらとまぁ言葉を並べて切り返し、ここまでイレギュラーズに着いてきたのだ。
 目的がここにあることは明らかだった。
「此処の方……ではないですよね」
 ベークもまた、問うた。それは直感を用いなくともわかる。
 その装いはカムイグラ的ではない。
 ボロボロではあるが、どちらかというと練達にいた方がしっくりくる洋装だ。
「拙らは、彼らを元に戻す手伝いをしにまいりました。
 ですが……貴方は複製肉腫で、何をするつもりでしたか?」
 確信をもって告げる雪之丞の問いかけにも、はぐらかすばかり。
「小僧。お主、名は何と言うのじゃ?」
 クレマァダの問い。それは前提のものでもある。
 この少年がだれか分かれば、もう少し自体は進む。
「そうですね……腕は立つように見受けられますが」
 無量も続けて感想を述べた。
 一挙手一投足、全てに隙が見えない。
 今にも首を狙われるかのような、肌がチリチリするような感覚もあった。
 少年は不敵な笑みを吊り上げた。
「ボクは――首狩、首狩正宗」
 その名に反応を示したのは、雪之丞だ。
「なるほど、そうでしたか。
 ええ、であればその怨念も血の臭いも。
 得心いくというもの――」
「おおっと、どなたか知らないけど、殺気を隠した方がいいんじゃない?
 ここは仮にも神社だよ。殺生は駄目だよね」
 けろりとした表情で、少年――首狩正宗が答え、殺気を放ち双刀を構えた雪之丞を見る。
「――拙に見覚えがないと? ――これでもですか」
 その瞬間、その黒髪が白く、瞳が黒く。
 人肌の色も抜け落ちたように純白に変じていく。
「怖い怖い。やっぱり見覚えはないや……でもその様子だと、そっちはボクを知ってるんだね」
「拙の名は雪之丞。この身は貴方を振るいし鬼」
「――へぇ、そうなんだ。じゃあ、ボクのこと、色々知ってるんだろうね」
 本気で驚いた様子を見せたかと思えば、その驚きを隠して笑みを刻む。
「わたしたちは、日の当たらないところでずっと苦しんでる人たちを助けたくて、ここに来たんだよ?
 あなたは、いったい何のために来たの!」
 セリカの問いに、少年は不敵な笑みを隠さず。
「実際のところ、ボクは本当に殺すつもりはないんだよ。
 ここに来たのは、そう。ただの確認のため。
 駄目だね、複製肉腫っていうのは……あんなもんか」
 イレギュラーズの不殺により、鎮められ眠りについている複製肉腫たちに目もくれない。
「――だから、もう一つだけ実験だよ。複製肉腫っていうのは、皆ああなのかな?
 ――それとも、あれは、『一般人だったから』あんなに弱かったのかな?
 皆がああなのだとしたら、拍子抜けだよ。屍山血河を築くにはお話にならないんだよね」
 そういうや否や、首狩はここにいるイレギュラーズの誰よりも早く、僧兵たちのもとへと走り抜けた。
 その全身からあふれ出すは濃密なる瘴気――或いは怨讐。
「ぐぅぅ」
 それを吸い込んだ僧兵が苦しみ藻掻くのを見ながら、首狩が笑っている。
「さぁ。複製肉腫は殺さず倒せば元に戻るんだっけ。
 もうちょっとだけ教えてよ」
「やめなさい!」
 ブロックを試みたレイリーの動きを首狩は後方へ跳躍して躱してしまう。
「怖い怖い。もうやらないよ」
 そう言って躱し、追わんとするレイリーに告げたのは、僧兵たちの苦しみ。
「優先しないと、だよね?」
 笑みを浮かべる、少年体の邪悪。
 レイリーの心は、確かに僧兵たちの苦しむ声を感じ取っていた。
「このっ――!」
 向かおうとした敵を改め、息を吐く。
 互いに槍を、薙刀を振るう僧兵たち。
「落ち着きなさい! 私が相手になるわ!」
 名乗り口上――宣誓に応じるように、僧兵の視線が、刃がレイリーを向いた。
「どうしてこんなことをするの?」
 ほとんど同じ、もう一度セリカは問う。
「そりゃあ――そうボクは望まれたから」
 要領を得ぬ答えに、セリカはある種の恐怖を覚えた。
 自分とは根本的に違う――敵の悪意。
 セリカは魔力を高めていく。外套に組み込まれた術式が励起され、結界が構築されていく。
 取り出した試験管に入るは特殊ポーションだ。
 セリカはそれをレイリー目掛けて投擲した。
 術式と反応し、地面へと炸裂したポーションから光が放たれ、帳のように落ちていく。
 鮮やかな光の帳に導かれるように、彼女が奮い立つのを見る。
「ぉぉぉぉ」
 レイリーの近くにいた3人の僧兵のうち、2人が声を上げた。
 握りしめた薙刀を振り上げ、近くにいた僧兵へ襲い掛かる。
「あははは! いいねいいね! 面白い!」
 愉しそうに首狩が笑う。
 ベークがその身に宿る甘い香りを振りまいた。
 僧兵たちにはあまり効果がない。
 苦しみ藻掻く彼らは未だ複製肉腫に至らぬ故か、はたまた、僧兵としての意思によるものか。
「小僧! 貴様、最初からこれが狙いか!」
 クレマァダは肉腫化した僧兵に掌底を叩き込みながら、首狩へ詰める。
 僧兵だけあり、暴走気味とはいえ体捌きが先程までの一般人よりもいい。
「さぁ、どうだろうね」
 騒ぎに気付いた僧兵が近づいてくるのが見える。
 イレギュラーズと僧兵の交戦に気づいた彼らは僧兵に味方しようとして――住職に止められた。
 銀色の髪を靡かせ、ユーリエは魔力を剣に込める。
 雨上がりの空の月を思わせる美しき刀身へ、渦巻いた魔力を矢に変えて、2人の僧兵めがけて射出する。
 放たれた矢が空へ舞い、2人を巻き込み瞬いた。
 鮮やかな輝きが降り注ぎ、僧兵へ救いの色をもたらしていく。
 鹿ノ子は僧兵のうち、弱っている片方へ踏み込んだ。
 振り抜く愛刀、黒を以って塗りつぶすような剣閃は連続し、そのうちに潜む狂気を僧兵へと食い込ませる。
 呻いた僧兵が後退し、薙刀を杖代わりに握り、こちらを見た。
「もう少しだけ、耐えてほしいッス。必ず、助けるッスから」
「痛みはあるでしょう。ですが……少しだけ、耐えてください」
 踏み込みと同時、剣閃は苦しみながら立つその僧兵を的確に追い詰めていく。
 変幻の斬撃は美しき軌跡を描きながらその身を突き崩していく。
 一瞬、峰打ちへ切り替え、横に薙ぐように叩きつければ、僧兵は静かに地面へ倒れていった。
 視線は首狩りから外さず、もう一人の肉腫に貶められた僧兵の方へ。
 救いを為すべくその太刀筋には迷いがない。
 ルーチェは手に浮かべた黒き球体より、その一部の如き漆黒を射出して僧兵に叩きつけた。
「逃しません。引導はここで渡しましょう」
 雪之丞は双刀を振り抜いた。
 純黒の刀身が軌跡を描き、走るは不可視の斬撃。
 呪い、縫い付け奈落へ追い落とす剣閃。
 確かにその攻撃は首狩の身体を斬り裂いた。
「ちょっと痛いかもしれねえが、我慢してくれよ」
 サンディはショットガンを未だ暴れる様子を見せる僧兵へ向けて撃ち抜いた。
 貫通力の高められた弾幕は僧兵の身体に後遺症を残さず体力だけ削り落としていく。
 弾幕を全て受けた僧兵は、憑き物でも取れたような顔で微笑み、ふらりと倒れていった。
「ったぁ――ふふ」
 ほんの一瞬、首狩の視線が雪之丞を射抜き、けれど直ぐに別のものに向いた。
「なるほど、これが神使。じゃあ――舞台は考えておかないと。
 得るものもあったからね。またいつか会おう。きっと――楽しみにしてるよ」
 軽やかな足取りのまま、こちらを向いたまま跳躍してどこかへ消えていく。


 複製肉腫と化した最後の僧兵を眠らせた後、イレギュラーズは最後に参拝を行っている。
 本尊――ご神体ともいうべき物のあるという金堂へと案内されたイレギュラーズは、此度のお礼という事で住職から祈祷もうけている。
「……明日も生き残れますように」
 ベークは何やら住職が紡いでいる言葉を受け流しながら、ぽつり、願いを言葉にした。
 ささやかな、けれど大切な願いである。
(豊穣がよりよくなりますように……遮那さんのためにも)
 鹿ノ子は健気に努力するあの愛しき人の事を思いながら、願いを黙して捧げている。
「この豊穣が明るい未来になりますように」
 普段の姿に戻ったユーリエも同じように願いを紡ぐ。
 その隣では桜が静かに黙祷をささげている。
 この国で生まれ育ったこともあって、その所作は慣れを感じさせた。
「苦しんでる人達が少しでも早くまた笑顔で穏やかに過ごせますように」
 セリカは疎らに起き出していた複製肉腫だった人々の事を思いだしながら、それ以外の人々の事も思い祈っている。
 それは雪之丞とて同じだ。
(無病息災……親しき方々が健やかでありますよう)
 既に人の姿に変じた雪之丞はただ静かに黙してそう願うばかり。
 それから、祈祷を終えたイレギュラーズは、そのまま甘酒と善哉などをふるまわれ、一息をついて疲れを癒した後、寺院を後にするのだった。
 頭の隅で邂逅した悪鬼の事を思いながら、ほんのりとオレンジがかる夕焼けの空の下、戻るべき場所へ。


 雪之丞はローレットを訪れていた。
 それは今回の依頼における自分の分の報告書を提出するためであり――もう一つ、重要なことがあった。
「……なるほど。たしかに、そう名乗ったのですね」
 情報屋のアナイスへ教えたのは、彼の者――首狩正宗の情報である。
 禍々しき悪意に満ちた彼の妖刀は、今後、確実にイレギュラーズの――いや、それ以前にこの混沌世界にとっての敵の一つになる。
 その情報を、少なくとも雪之丞の知る限りの情報を提示しておくべきだ。
「首狩正宗……鬼桜様の世界、そこで振るわれた妖刀……ですか」
「奴の妖刀としての禍々しさは変わっておりません――いえ、より濃くさえなっておりました」
「たしかに、何を為そうとしているにしろ、善行ではないでしょう。
 分かりました。それでは、調査を進めてまいりましょう。
 ……とはいえ、歯がゆいですが次に敵が動き始めるまでは我々も手がかりがありません。
 ひとまずはお休みください」
 雪之丞が語った話を書き留めた後、アナイスはそれを纏めて綴じる。
 それを見てから、雪之丞はその場を後にした。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ルーチェ=B=アッロガーンス(p3p008156)[重傷]
異世界転移魔王

あとがき

妖刀『首狩正宗』
雪之丞さんと同郷という妖刀の目論むものとは。
色々と考えることなどもありそうです。

僧兵を複製肉腫化――あるいは狂化させての第ニ波も皆様の警戒により最小限で済んだ様子です。
なにはともあれ、ひとまずはこれにて。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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