PandoraPartyProject

シナリオ詳細

揺蕩う煙の果てに

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 幻想で奴隷市が開かれ、問題視されている昨今――
 しかしそれは決して奴隷という文化の全てが幻想に移った訳ではない。
 闇はどこにでもあり続けるのだ。

 ――ラサ傭兵商会連合。

 その南部にはテヘラスという街がある。首都ネフェルスト程の活気はないものの、ここもそれなりに商売が盛んな地であり……そしてお国柄というべきか、ここにも『ある』のだ。
 ブラック・マーケットが。
 表に出せぬものを取り扱う、闇の欠片が。
「あそこは……地獄なのよ……!」
 そしてエルス・ティーネ (p3p007325)達は聞いていた――そのテヘラスに拠点を持つ商人の家から逃げてきたという幻想種の話を。
 ――セレスと名乗った彼女は酷く焦燥していた。
 身体の震えが止まらない彼女を宥めるは難しく、しかし。
「落ち着いて。大丈夫だから……もう一度、ゆっくりと話してみて?」
 辛うじて聞き出せた言を纏めるとつまり……テヘラスで奴隷を所有し、虐げている商人がいるという事なのだ。多くの女性をあちこちから取り寄せハーレムの様なモノを築き上げているのだと。
 円満なハーレム、というだけであれば咎める程ではない。
 しかし逃げ出してきた彼女の様子を見るに――『そう』ではない様だ。
 手首には鎖が付けられていたのだろうか痣が見受けられる。詳しい話を聞こうとすれば涙ぐみ――やがて漏れるのは嗚咽のみ。何をされていたのか。どのような扱いを受けていたのか……あえて追及する事はしない、が。
「お願い……友達が、友達がまだ囚われてるの……どうか、あの屋敷に……!」
「……成程。それは急がないといけなさそうですね」
 懇願する彼女の声にヴァイオレット・ホロウウォーカー (p3p007470)は思考を巡らせる。
 流石にセレスが逃げ出した事に気付かない訳はないだろう。彼女を捕らえるべく追手を放っているか、或いは拠点を引き払う準備でもしているか……それは分からないが、いずれの場合でも迅速に行動しなければ商人は逃げ失せ、他の奴隷は連れ去られよう。
 本来であれば綿密な調査を行ってから踏み込みたい所――しかし。
「分かりました。その屋敷までの道をワタクシ達に教えて頂いても?」
「……! 勿論、勿論です……! ありがとうございます……!!」
「ええ。少し、準備だけするから待ってて」
 急ごう。恐怖に怯えながらも脱出を果たしたセレスに応える為にも。
 涙ぐみながら感謝の言葉を述べるセレスをヴァイオレットが宥め、エルスは一旦その場を離れる。武器を手に取り簡易なれど準備を整えて――向かう為に。
 屋敷に即座に踏み込んで全てを救うのだ。
 それが出来るのは、きっと今話を聞く事が出来た――ワタクシ達だけなのだからと。


 夜。三日月の明かりに照らされるテヘラスの街を駆け抜け。
 エルス達は屋敷へと侵入を果たした。
 セレスの道案内によって警戒が甘いとされる場所から内部へと――しかし、周囲に人の気配はしない。奴隷達はおろか警備の兵の姿も見えず……これは、もしかしたら手遅れだったかもしれないと思考しながら、奴隷達が囚われている部屋の扉を開けて踏み込めば。

 そこは牢の『内側』であった。

「なッ――」
 背後。入ってきた筈の扉を見れば、そんなモノが『無い』
 あるのは頑強そうな石壁だけだ。触れてみれば幻ではなく、確かに存在する現実。
 これは――一体どういう――
「ほほほほほ! ようやく手に入れる事が出来たほい!」
 瞬間、声がする。それは正面……牢の格子の先から。
 見れば小太りな男がそこにいた。近くには護衛の兵と、そして――
 その男に恍惚な表情を浮かべながら抱きよせられているセレスも、また。
「……これは、嵌められたという事ですかね?」
「ほほ。音に聞こえしイレギュラーズ……特にエルス・ティーネにヴァイオレット・ホロウウォーカー……そなた達がずっと欲しかったのだほい。この部屋はそなたらの為に造り上げた物でな――」
 先程の扉は魔術で造り上げたものだったようだ。
 内部に人が入ると同時に『扉』の概念は消失し『壁』となる。
 その地を牢屋としておけば――この通り、牢に入れられた状態になる訳だ。
 いやそれだけではない……格子や壁をヴァイオレットが眺めればそちらにも何か魔術が張り巡らされている事に気付く。恐らく脱出できないようにするためのモノだろう。周囲に攻撃しても恐らくそう簡単に破壊が出来ないようにされているか。
 ――詰んでいる。
 脱出の目途が無い。少なくとも内側からは……
「ふふっ、ごめんなさい。でもご主人様がどうしてもと仰るから……」
「……貴方は望んでハーレムの内に?」
「ええ。最初は違ったのだけど――長年過ごしてる内に、ね?」
 牢の外。商人の腕に自らの身体を寄せながら言うセレスに――嘘は感じられない。
 主人への忠誠は或いは、長年の歪みによるものかもしれないが……しかし少なくとも分かる事は一つ。
 彼女はエルス達を騙したのだ。
 主人に――捧げる為に。
「こんな事をしても無駄よ。ローレットは気付くわ」
「ほほ。ならその前に引っ越しをするとしようかの――可愛がってやるのはその時でもよい。
 ああその強い目もいいのぅ。ディルクの様な若造に渡すにはやはり惜しいほい」
 エルスの視線を眺めながら商人は呟き――そして指を鳴らす。
 何かの合図であるかのように。程なくして彼女らに漂ってくるのは……
「なに……煙? いや違う、これは――」
 気付いた。これは『香』だ。
 甘ったるい匂いが牢の中に漂っている。どこからは分からない……壁の隙間からの様な気もするし、遠い場所からな気もする。
 分かる事はただ一つ。
 彼女らの嗅覚を擽れば――その脳髄を蕩けさせて。
「……ッ、これは……」
 思わず手で覆う。
 成程、意識を混濁とさせる代物か。牢に閉じ込めたとはいえ、まだ武器は所持している……故に一度意識を刈り取って、その後に拘束。そして商人の言う『引っ越し』とやらを始めるつもりだろう。逃げ場のない牢の中では時間の問題だ。
「これは特注品での……肌からも吸収される香よ。後でたっぷりと愛してやるからの」
 言いつつ、商人達はどこか別の場所へと歩いていく。
 時間が経ってからまた様子を見に来るつもりか。
 香は充満する。牢の中を満たす様に、エルス達の魂を惑わす様に。
 逃げる術を持たない彼女達はやがて無力となるのだ――

「やれやれ……万一を考えていた甲斐があったというもので御座るな」

 しかし。
 それは『牢の外』にもう誰もいない場合の話である。
 この屋敷には急いで来た。セレスの悲痛なる訴えの為に――それは嘘ではない。
 嘘ではないが全てではないのだ。屋敷に、ヴァイオレット達とは違うルートから侵入したのは咲々宮 幻介 (p3p001387)である。屋敷に向かう前、セレスが見ていない『準備』の間にエルス達は偶然居合わせていた幻介にも話を通していたのだ。
 奴隷を救うために力を貸してほしいと。
 しかし敵の警備が不明である為、別ルートを取ったのだ。情報が不明であるからこそ一網打尽にされたりしないように警戒していた訳である――或いは嗚咽を漏らす事が多く、確信的な事を話そうとしないセレスをどこかで怪しむ気持ちがあったかもしれない。
 ともあれこれが幸いした。
 救出の為の人員は商人達の想像以上に――近くにいる訳なのだから。
「さて。どう動いていくべきか……骨が折れる事態になりそうで御座るな」
 刀を携える幻介。
 警備兵は多数。しかし気付いていないのならばやりようはありそうだと。
 思考を巡らせながら――屋敷の中。闇夜の中へと駆け抜けた。

GMコメント

●依頼達成条件
 イレギュラーズが誰一人として連れ去られる事なく帰還する事。

●戦場と状況
 ラサの南部にあるオアシスの街、テヘロスに存在する屋敷です。
 時刻は夜。元々ヴァイオレットさん達を引きよせる為に無人を装ったからか、屋敷の大部分に明かりはなく薄暗いです。外は三日月の月明かり程度なら在るようですが。

 エルス・ティーネ (p3p007325)さん、ヴァイオレット・ホロウウォーカー (p3p007470)さんに関しては屋敷のどこかにある牢屋に囚われています。
 咲々宮 幻介 (p3p001387)さんに関しては屋敷の中庭にいる状況です。商人勢力にはまだ気付かれていません。

 他の皆さんに関しては『牢屋の中』にいるか『外』にいるか選択出来ます。外にいると、同じく気付かれていない状態からスタートします。
 『牢屋の中』にいると出来る事に大きな制限が掛かります。
 しかし牢屋は屋敷の内部であり、そこから出来る事というのもあるでしょう。

●牢屋
 商人がイレギュラーズを捕らえる為に用意した牢屋です。
 特注品らしく壁や格子、天上床全てに強力な防御の魔術が掛けられています。
 攻撃しても脱出は困難でしょう――扉の鍵も特別な代物の様で正規の鍵以外での解錠はスキルがあっても『難しい』です。

 しかしながら(少なくとも「二人」では)破壊が難しいだけで、隙間から……例えばファミリアーの使役動物などを放つことは十分可能そうです。それによって周辺の様子を伺ったりとする事は出来るでしょう。後述の『香』の出所が掴めるかは、式神などを放てたとしても工夫や人数が必要かもしれませんが……上手く外の仲間と情報交換などが出来ると優位に進めるかもしれません。

 香の匂いがどこからか漂っており、時間がかかるごとに牢屋の中にいるメンバーの意識を混濁とさせます。強い精神(プレイング)や何らかの非戦スキル、ギフトなどでその効果を軽減させる事は可能かもしれません。

●商人
 奴隷売買によるハーレムを築き上げている商人です。
 表向きは世界各地の珍しい『お香』の販売やらで利益を挙げているそうですが……意識を混濁させる香を持っていたりと、恐らく非常に宜しくないお香の販売もしているのかもしれません……

 幻想種、人間種、その他諸々。彼が美しいと感じた者を手元に収め己がモノとしてきました――イレギュラーズという特別な存在もいつか手に入れたいと考えていたようで、今回実行に移したようです。
 彼自身に戦闘能力はありませんが、ハーレムの女性達や警備兵が付いています。

●警備兵×10
 商人に従う傭兵達です。
 全て剣を携えた近接型で、戦闘能力はそれなりにあります。
 しかしシナリオ開始段階では『引っ越し』の準備なのか屋敷の各地に散っています。

●セレス
 幻想種の女性であり、商人に虐げられていた……と称してイレギュラーズ達を引きよせた人物です。主人の事を嫌悪しているかのような言動をエルスさん達にはしていましたが、全ては演技でした。外見上は人間種で言う所の20代前半ぐらいに見えます。
 彼女は過去、商人に奴隷売買で買われた人物です。
 それは随分と前の事らしく……経緯は不明ですが少なくとも今は主人に忠誠と愛を誓っている様です。それが正常か歪かはともかくとして。

 実はある程度戦える力を有しています。
 単体を攻撃する神秘魔術を中心に行使する後衛型です。
 しかし主人の危機が迫っていたとしたら、前へと出てくる事でしょう。

●ハーレム(奴隷)達
 セレスと同じ立場にある者達です。全て主人に恍惚な表情を向けています。
 それなりに人数がいますが、セレスと同様に戦闘能力を保持している人物は少数です。ただ、万が一主人に危険が迫ると身を呈して庇う者もいるでしょう……

  • 揺蕩う煙の果てに完了
  • GM名茶零四
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年03月31日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈
※参加確定済み※
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
※参加確定済み※
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る想いは
※参加確定済み※
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼

リプレイ


「くっ……こんな事になってしまうなんて……ヴァイオレットさん、大丈夫?」
「ええ。ワタクシは特には……しかし、はぁ。やれやれとんだ不覚をとったものです」
 牢はやはりこじ開けられそうにもない――まさか狙い撃ちで騙しに来るとはと『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)は思考を巡らせ『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は吐息を一つ漏らすものだ。
 自身の首に巻いていた布をマスク代わりに。エルスは香の匂いを寄せぬ為にマスク代わりとすれば――さて、このまま手をこまねいている訳にもいかない。『外』にいる者達が異変に気付いて来てくれるとは思う、が。
「ここで大人しく助けを待つのも私達らしくない……何か方法を考えないとね……壊すのは無理でも鍵か、香を止める事が出来れば……」
「まあ拳に訴えるのは最終手段として、その前にやれるだけの事はしてみましょうか。
 どうせ拳を突き立てるならこんな壁ではなく――敵の面に刺したいですからね!」
 ここにいる己らでも足掻いてみようと『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)も思うものだ。
 なぁにここからでもやれる事はある。自由が利かなくなる前に使い魔を召喚し、牢の隙間から抜け出せる個体にて周囲を探るのだ――上手くいけば鍵が。そうでなくても味方と合流出来れば良しとばかりに。
「……しかしなぜ俺も一緒に閉じ込められてるのかね。普通は男女別々でしょうが気が利かないなぁ全く。まぁそこまでの余裕が無かったという事なのかもしれないが……はぁ、まさかそっちの趣味でもあるのか?」
 同時。『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)は嫌な想像に身震いを一瞬。そもそもハーレムなら別嬪さんだけで十分なのに何故……と考えれば結論は一つしか……いや止めておこう。これ以上考えるのは止めておこう! 代わりに。
「おーい、ド変態な商人。聞こえてるかー? せめてもうちょっと広い部屋を用意してくんないかな、空調も効いてないしさー? こーいうのは入る人の事を考えた設計にするべきだと思うんだけどー?」
 広く響き渡る声を用いて意見、要望、苦情その他諸々を奴の耳へとお届けしてやる。
 無論こんな言葉が実際に商人に響くかどうかはどうでもいい。
 最大の目的は――『外』にいる仲間に位置を知らせる事にあり――

「――さて。キナ臭いとは思っていたが、こうも予想通りだと逆に拍子抜けで御座るな?
 或いは想定内で済んだことを良しとすべきで御座ろうか」

 その内の一人『裏咲々宮一刀流 皆伝』咲々宮 幻介(p3p001387)は早速屋敷内を突き進んでいた。優れし機動力で闇夜に紛れて屋根に跳躍。八艘跳びが如き身軽さで各所を巡る。
 元々怪しんではいたのだが、実際その通りになるとは……
 こちらが全く予想していなかったとでも思っているのだろうか。目先の欲に囚われると足許を掬われるという事……
「身を以て実感して貰うと致そうかね」
「エルス君も今頃『はわわわわ』といつも通り慌てていそうだしな。
 まったく、相変わらず馬鹿正直というかなんというか……これが姫属性か」
 私そんな慌て方してませんけど――!? 牢の中で突如嫌な予感がしたので叫んだエルスの感じた直感は『弱さを知った』恋屍・愛無(p3p007296)が発した言からであった。まさかイレギュラーズも奴隷になる時代とは……
 人の欲望というモノは大したものだ。まぁとにかく目指すべきは合流だろう、と。
 戦闘は避け、人目を忍びながら彼女らを捜索し――
「だが……情報提供者からして黒、かつ正誤を確かめる時間すら与えないとは、何というか手慣れている雰囲気を感じるな。それでも依頼を受けるだろうという性質も事前に調べられていたように感じられる」
「まったく難しい事態だね。うっかり見つかれば、私達も牢屋行きかな?」
 そして『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)と『青葉の心』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)も同様に、警備の兵に見つからぬ様に警戒しながら屋敷を進んでいく。
 両者共に優れし五感で周囲に動く気配がないか察知し、ラダも近くに至る警備兵があらば動かずに気配を消失させる――やはり連中はまさか他に侵入者がいるとすら思っていないのか油断している様で、巧妙に隠れる彼女らに気付く様子もなく。
「牢の様子を見に行く者もいる筈だ……ならば後を付ければ牢の場所も分かるかもな」
「後は――鍵も探したい所だね。もしかしたら持ってるかもしれない」
 故に闇夜の中で動き続ける。
 或いは孤立している警備兵。
 それをシキが見据えれば、背後から奇襲する様に跳躍して――瞬時に昏倒させながら。


 香の効果はイレギュラーズであろうとも次第にその力を奪っていくものだ。
 痺れ薬か睡眠薬の類か……しかし愛無はそのような代物、大量に用意できるとは思えず。
「時間には今暫く猶予がある筈だ。おかしな臭いか……
 もしくは向こうも使い魔を放つなりしているかもしれない。
 それらのアクションを掴むことが出来れば良いのだが」
 それか解毒剤――の類があればそれを手に入れても良いなと。
 罠がないか警戒しながら進む。万一、自らも閉じ込められては元も子もない故に。
「にしても、ハーレム……大奥みたいなもので御座ったか? 男として憧れが無いとは言わぬで御座るが……本人の意思を無視したそれは、流石に見過ごせぬで御座るな。ましてや騙し討ちに誘拐。監禁拘束に危険な香など」
 呆れ果てる者だと幻介も思うものだ。
 自らの欲望に忠実な者……全く以ってこれだからラサの商人は油断ならぬ。
「――と、幻介か。そっちはどうだ、何か見つかったか?」
「いやまだ何も。なにやら世界殿の声が聞こえる気はするので御座るが、さてどちらの道に進んだものかと……」
 瞬間。幻介が合流したのはラダだ。
 非常に広い範囲に届く世界の声が聞こえて来れば近くだとは思うのだが、道が入り組んでいて分かり辛い。大胆に動けば辿り着けるかもしれないが……しかしそうすれば警備の兵に見つかる事にもなろう。
 ひとまずここまでに得た警備の情報などを共有しつつ、隠密を再開――しようとしたら。
「おや……この可愛いネズミさんは、どこからやってきたのかな?」
 その時、シキが気付いた。
 己らが足元に何やら手振り身振りのアピールをしているネズミがいる、と。
 もしかしたらこれは……

「うっ――成程。この香、流石にそんじょそこらのモノじゃないみたいですね……」

 一方で牢の方では迅の思考が鈍り始めていた。
 鍵は見つからない。商人が直に持っているのだろうか……もしこのまま時間が過ぎ去れば危険な事になりそうだと直感しつつ、万が一の時は駄目元でも牢の破壊を試みるべきかと。激しい動きは呼吸を荒くしてしまうが、縮こまっていても遅かれ早かれだ。
「さて。こんな甘い香りなんかに負ける訳にもいかないんだけどね――
 こちとら年中甘い物に囲まれてるから慣れてるんだよ」
 こん畜生。と、紡ぐのは世界だ。
 召喚した風の精霊の力で流れを生み出し、香の効果を外に出して抵抗する――が、精霊の力は弱く、時間稼ぎが精々か。だがまだだ。この程度で終わろうはずもない。
 己が思考を並列に展開し、香により鈍る部分を切り離す。
 正常なる部分を常に残し続け――思考を止めないのだ。
「精霊達がまだもう暫く外を探索している……上手くいけば爆弾で香の出所を防げれば」
 彼らより寄せられる情報を元に戦略を立て続ける。世界は諦めず、抵抗を続けて――
「魔法やお香……どれもそう簡単に対策を取れないようにしている……とっても厄介な手段だし、徹底してるわね。特異運命座標への対策にしては手の込み方が違う……と言ったところかしら」
 それはエルスも同様であった。格子に掛けられた魔法などをもう一度見てみるが、やはりとても破壊出来そうにない。これ程までの設備を備えるには相当の手間も資金もかかっている筈だが……そうまでして手に入れたかったのか。そうまでして触れたかったのか――私達を。
「……ふふ。入念な準備の末に罠に嵌め、後は獲物が弱るまで待つ、ですか……
 策を弄すのはワタクシの方だと思っていましたが――鈍りましたかね」
 混沌の世に来て友人に恵まれている内に。
 ヴァイオレットは紡ぐ。もしも、もしも己が『かつて』であったのならばこのような策は看破していた所だろう。もしくは予測した上で対抗策の手段をもって此処に来ていたかもしれない。
 それをしなかったのは――己が鈍ったからかと。
 しかし。
「終われませんね」
 彼女の心中には策に嵌った絶望など無く、むしろ湧き出る『ナニカ』がある。
 過去――誘拐で全てを狂わされた。
 拉致され、監禁され、あらゆる尊厳は無意味となったワタクシにとってかような行いは尤も忌み嫌う『悪』である。魂を嘗めんとする下劣なる商人――あのしたり顔を許してはおけない。絶対に地獄に叩き込んでやると、香に蕩けさせられる事もなく。
 彼女の意志は鋼の如く。或いは燃え盛る炎の如く、意思をもっている。
 己が心を支配し、賦活の意志を与えるが如く――
 その時。

「な、なんだ貴様ら――ぐあああ!」

 近く。牢の外の方からなにやら悲鳴が聞こえてきた。
 商人――ではないが男の声だった。もしや牢の警備の者だろうか――?
 となればそれを齎したものなど。
「やぁ、お待たせしたね。すまない……存外この屋敷、広くてね――怪我はないかい?」
「白馬の王子でも赤犬殿でもない浪人で申し訳ないで御座るが……助けに来たで御座るよ」 
 当然外からの救援の者に他ならない。
 牢の外にいたのはシキと幻介だ。その肩にはここから放っていた使い魔であるネズミがいて。ここまでの道案内を務めたのだ。
「皆ッ――! でも、この牢屋は堅くて鍵がないと……」
「安心しろ、鍵はある。どうやらこの牢を守護する兵が持っていたようでな」
「ただ罠が無いか調べてから開けるので――もう暫くだけ待ってもらおうか、お姫様」
 誰がお姫さまですか>< と言うエルスに紡いだのは愛無で、鍵を持っているのはラダだった。されどここまで徹底してエルスらを罠に嵌めたのだ……脱出の際に作動する罠が無いかと愛無が格子と鍵穴の確認を。
 香の影響は平常を保つ心にて防ぎ――そして――


「んっ、なんだ……何か騒がしくないか?」
 屋敷内の自室。勝利を確信して酒とセレスを楽しんでいた商人が――気付く。
 何やら屋敷内が騒がしい事に。
 やれやれ警備の者らめ、引っ越し作業にしてももう少し静かにと……
「イレギュラーズ達が逃げ出しているぞ! 武器を持て、迎撃を……ぐあ!」
 だが違っていた。その騒ぎは――まさか――!
「さぁ。よくも散々好き勝手にしてくれたものです……
 ここからは報いを受けて頂くとしましょうか!!」
 迅は拳を振るう。己らを再度捕らえんとする警備兵を相手に。
 もはや容赦はいるまいと――己が安全装置を外して超速の彼方へ。
 五指を握りしめ、その顔面へと紡ぐのは突きの一閃だ。昔、一族の始祖が出稼ぎの傭兵であった頃に生み出されたその一撃は、鍛え抜かれた腕より放たれれば至高に到達する。あらゆる加護を突破して――意識を刈り取るのだ。
「こんな所に長居は無用……だが、ある程度の戦闘は避けられなさそうだな。
 まぁ罠に嵌めた商人を殴りたい心情も理解は出来る――やるだけやってみるか」
 同時。ただ、万一の場合は撤退するぞとラダは念押しして。
 射撃するは音響の弾。着弾地点で炸裂する様に――爆風と共に奇妙な音を届かせる。
 それは体の動きを縛る音の波。一瞬硬直すれ、ば。
「さぁさ、欲望塗れの男が紡いだ物語の終わり方など『関の山』というやつで御座ろう……
 抵抗するならば結構。しからば、こちらも斬るのみで御座る」
「甘い香の香はまだあるのかな――? 匂いだけなら悪くなかったからね、あれば欲しいな」
 幻介の神速たる抜刀が敵を斬り捨て。
 世界は香を無害化したい所だと思考を巡らせながら――周囲の援護を行う。
 彼が齎す加護が周囲に活力を齎すのだ。香で疲弊した体にも沁み渡る様に……一方で商人側はほとんど慌てふためくばかりだ。引っ越し作業の為に各所に散っていた事も含めて、その戦力は未だバラバラである。
 このような状態で全員が揃ったイレギュラーズを迎撃出来るものか。
 商人が様子を見るべく部屋の外に出た時には――もうすぐそこにまで迫っていて。
「おや。ようやくこんな近くでお会いできましたね」
「き、貴様……一体どうやって外へ! 仲間がいたのか!?」
 商人の姿を一早く目にしたのはヴァイオレットだ。
 ああ捕らえた時のあの余裕顔は一体どこへ消えたのか。今や報復を恐れる恐怖に染まっていて……
「……ありがとうございます。貴方には感謝しているのですよ?
 久しく忘れていた感覚を……人の悪意を味わわせて頂いて」
 お礼を、たっぷりとさせて頂かないとといけませんね――
 口端がつり上がる。笑みでありながら笑みではない、ヴァイオレットの魂の輝き。
 邪魔をする警備の兵を影が呑み込む。それは彼女の――『本来の姿』とも言うべき一端。生き物のように食らいつき、飲み込み、そして二度と影から出る事はない。その瞳が。その意思が――商人の方を向いて――
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
「ご主人様――お逃げを!」
 さすれば尻餅をつきながら商人が後ずさる。その前に出てきたのは、セレスだ。
「セレスさん――どきなさい。用があるのはそこの、私達を騙した商人だけ」
「そうはいかないわ……ご主人様の恩寵を拒むだなんて、愚かな女……!」
 同時。更に護衛の兵を己が鎌で刻んで跳躍してきたエルスは言葉を。
 ――ああ、彼女はきっと正気ではないのだ。
 目が虚ろで、魂が焼け焦げている。もしも、もしも己が……あのまま外に出る事が出来ず、あの商人の毒牙に掛っていたら。全身を毒に染め上げられてしまったら――己もああなってしまっていたのかもしれない。
 そしてセレスの後ろにいる、ハーレムの者達らしき女たちも、また……
「あなたはきっと……お香にやられてしまったのかしら? そのお香の効果が途切れても尚彼を愛するのなら止めはしない。でも……もしも将来、今この時を。過ごした全てを――酷く後悔するのなら、私の領地へ来るといいわ……」
「なにを……なにを! わた、私は、私はご主人様をッ――!!」
 憐れむような言葉と共に向かってくるセレスの意識を――鎌の柄で顎を打ち、刈り取る。
 彼女は私達を騙した、それは間違いない。
 けれど……あの時の助けを求める言葉がどうしても嘘に思えなくて……それはもしかしたら思い込みなのかもしれないけれど、もしも彼女が完全な犠牲者であるのなら……
「……救われる道があってもいいじゃないの」
 これも、この国では甘い考えだって笑われるだろうか――?
 赤き髪を携えしあの人なら――何と言っただろうか――

「わ、私を守れ! 守るのだ! 出口はすぐそこだ、馬で逃げれば……!」
「まだ尚逃げられるつもりでいるとは、おめでたいな」

 その時。セレスらが稼いだ時間で逃げようとする商人――だが、そこに愛無が立ちはだかった。口腔から大音量で放たれる咆哮が衝撃波となりて全てを襲う。盾程度にしかならぬハーレムの女たちは倒れ、パニック状態の商人は状況も読めておらず……
「警備の者達も間に合わん。もう観念する事だな」
「ヴァイオレットが怒っているんだ。それだけの報いは受けてもらわなくちゃ、ね」
 同時。訪れるシキが商人の下へと投げたのは一つの書類。
 それは――正規の手段を通して購入していない販売の記録であった。鍵を探すついでに見つけた『宜しくない香を販売していた証拠』だ。連なっている名前は何やら犯罪組織とのつながりも示唆していて……
「いや、まぁ、本音を言うならば……私も少しだけ、怒っているのかもしれないね」
「ヒッ! ま、待て! 金なら幾らでも!!」
「私は処刑人なんだ。私は、私の役目を果たすだけだよ」
 名誉も殺す。命も見逃さない。
 それよりなにより――ヴァイオレットとは約束していたのだ。『私の物語』を見届けると。
 こんな輩に連れていかれたら溜まったものじゃないから。
「さぁ、聞かせてくださいますか?」
 そして遂に訪れるヴァイオレット。
 逃がさない。絶対にニガサナイ。捕まえた影が手足を拘束し――貪る。
 鳴り響くは絶叫だ。それでも止めぬ。咀嚼し、泣いて許しを請うまで痛めつけ。
 数ミリずつ胴体の方へと這わせる。
 ゆっくりとゆっくりと時間を掛けて――そして。
「言ったでしょう? ワタクシは――感謝していると」
 灼き尽くす。
 その魂を、滅びの目にて。
 他者を食い物にしようとした輩に――相応しい結末を。
「やれやれ。強欲の果てがこれとは……やはり悪事はするものではない御座るなぁ」
「全く同感ですね――自業自得ではありますが」
 戦いは終わった。
 幻介は空を眺め、迅はもう他に敵がいないか周囲を確認し――吐息を一つ。
 さぁ、帰ろう。

 最早誰の魂も体も――拘束される事はないのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ!

 神に選ばれた存在であるイレギュラーズの身を狙う者も……きっといるのでしょう。
 特別な存在を手中に収めたいとする欲望――ですがそれは阻止されたようです。

 ありがとうございました!

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