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シナリオ詳細

<ヴァーリの裁決>What are little girls made of?

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●聖堂
 かみのけと、にくのやける匂い。
 それは、ともすれば硫黄の匂いに近かった。

 彼らは狂信者の集まりだ。

 そこは、丘の上。
 鎖のうたれた巨人の吐く炎が、灼熱を帯び、すべてを溶かしていく。
 並べられたいくつもの燭台が、ぎらぎらと灼熱の炎を反射している。
 炎の熱気で、燭台はロウソクごとどろりと溶けた。
 怪物の前に差し出された奴隷は絶叫しようとしたが、吸い込んだ煙で、喉はやけている。
 それこそが祝福であると、彼らは理解している。
「さあ、巨人にすべてを捧げなさい! にくを、生命を、……灼熱を謳いましょう!」
 高らかな喇叭が鳴り響いた。
 仮面をかぶった信者が、鎖のうたれた巨人の前に奴隷を押し出す。
 そして、巨人に向かって鞭を打つ。
「さあ、巨人にすべてを捧げなさい! にくを、生命を、……灼熱を謳いましょう!」
 鞭うたれた巨人は怒りの咆哮をあげて、腕を振り上げて目の前のひとりを焼き払う。鎖がぴんと張りつめ、その拳は止まったが。
 それでも、その威力はすさまじく、また、奴隷数人を破壊する。
 薪の様に奴隷がくべられていく。
 それは、作業だ。おぞましく、耐えがたい作業。
「ああ、みなさん、素晴らしいことです! こうしてまた宇宙は平衡を砕く!」
 ”儀式”の生贄のための奴隷は湯水のように必要だった。
 幸いなことに、今は絶好の機会だ。幻想の裏市場で、奴隷はいくらでも手に入るのだから……。

●にくばたけ
 けれども彼らはもっとを欲した。
 そして、――踏み込んだ。踏み込んでしまった。
 もっと甘い、果実が欲しくて手を伸ばした。理解しえない領域の畑に。

『奴隷』の少女には名前がない。ただの奴隷であり、ご主人様の物語のためにいる。
 猿轡をかまされて、じっと立っていた。
 檻の中では人々がガタガタと震えて、おののいている。……もうすぐ、自分の順番が来ると。けれども『奴隷』は実感しない。きょろきょろとあたりを見回している。もっとも、目隠しもされているから、その行為に意味はないのかもしれない。
 檻にもたれかかった見張りが。……いや。一般人『N』が口を利いた。
「檻にいるのは暇だろうね。■■■、物語を読むかい?」
 一般人『N』は『奴隷』に、ページをめくるように促した。『奴隷』の少女は、ぼんやりとした目でそれを追う。見えなくとも、習慣はそうしろと告げている。
 彼らの信念をつづった紙切れの束は燃え上がり、ページはめくれて奴隷の取引書にうつる。
 人の一生と引き換えにするにはあまりに軽い金貨だ。
 人の命とはなんと儚いものか。勘定書きは、なんて無機質なのだろう。
 Nが合図をすると、不可解な幾何学模様がそれを埋め尽くす。
「ああ、いっておくけど、今回の仕業はボクのせいじゃないよ。本当に偶然の産物なんだ。
 ここにいたらオマエは灼かれてしまうよ。もちろん、オマエの務めは分かっているよね?」
 そうだ、帰らなくてはと、奴隷は思う。ベーコンを収穫しなくてはならない。違う。見つめなくては――。
 どこに? どこに。
「あれはたいして、面白くはない」
 一般人『N』は巨人を指さした。もちろん、見えない。そのはずだ。
 ならばどうしてそうしたのだと知覚できる?
「単なる生き物だし、偽物ですらない。ボクはあれに興味がない」
 つまるところは、と一般人『N』は前置く。この事態は自分が引き起こしたことではないのだと。
 『奴隷』は頷いた。
「あれもたいして、面白くない」
 一般人『N』は人々を指さす。
「魅入られたようにふるまっているけれど、法則は虫唾が走るほど簡単に理解できる。簡単で、ちっぽけで安い都合の良い俗物の寄せ集めだ」
 檻の向こうで、一般人は立ち上がった。
「さて、真っ赤な三日月は登るかな? それとも、オマエはずっとずっと、ただの名もなき『奴隷』だろうか。まあ、楽しませてもらえると信じているよ」

●皿の上
 巨人の皿の前に、奴隷が補充されるとき。
 灼熱の聖堂に、イレギュラーズたちは侵入を果たすだろう。
 理不尽を覆すような混沌を、一般人『N』はただ期待している。

 またにくがやける。
 けれども今回は何かが違う。甘い、甘いにおいがした。
 まるでホイップクリームのような、匂い。
『オオオオオオオオオオオオオ』
 巨人の鎖が引きはがされる。
 異変を感じて、儀式は一時中断された。
 それよりも、大きな声で。

「Nyahahahahahahahaha!!!」

GMコメント

布川です!
やたら描写が思わせぶりですが、特に深い意味はありません。
やることは「突撃なり、侵入なりを果たし」「モンスター(巨人)、および信者を倒し」「ついでに、奴隷を救出する」といったものになります。
しっちゃかめっちゃかにしてやってください!
よろしくお願いします。

●目標
・巨人『エボン』および信者たち15名の討伐
・半数以上の奴隷たちの救出

●敵
巨人『エボン』……身長10mほどの巨人です。知性はありません。会話も通じないでしょう。鎖を引きちぎって暴れています。
 至近・範囲の物理攻撃と、高いHPを誇ります。回避はしません。

名もなき信者たち×15……巨人をあがめる狂信者です。巨人が暴れて動揺しています。また、巨人は信者を区別せずに攻撃します。
 神秘攻撃が主です。たいして強くありません。

奴隷×20……信者たちにつかまっている奴隷たちです。中には負傷しているものもいるようです。目隠しをされ、猿轡をされています。

●中立NPC
一般人『N』……謎めいた中立NPCです。とくに今回の真なる敵、というようなことはありません。この出来事の行く末を見守っています。

『奴隷』……オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)様の奴隷です。うっかり巻き込まれてしまったようです。

●場所
 丘の上
  時刻は夕方。小高い丘の上で儀式を行っています。見晴らしは良いでしょうが、彼らは儀式に夢中ですし、巨人が暴れだしていることで非常に困惑しています。木や草むらなど、遮蔽物もそこそこあります。
  奴隷は少し離れた小屋の中に閉じ込められており、奴隷に扮してまぎれることもできるでしょう。信者に扮することもまた可能そうです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
※3つ巴かも……といったような乱戦の意味でのBです。

  • <ヴァーリの裁決>What are little girls made of?完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月31日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
一条 夢心地(p3p008344)
殿
ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
節樹 トウカ(p3p008730)
散らぬ桃花
小鳥遊 美凪(p3p009589)
裏表のない素敵な人

リプレイ

●狂気と正気の狭間に踊れ
「……ふ~ん、巨人信仰ねぇ……何が有難いのかボクには理解できないけど……」
『咎人狩り』ラムダ・アイリス(p3p008609)の金色の瞳が、満月のごとくに光り輝く。人と変わりない機巧人形の瞳は、喧騒をうるさそうに見下ろしていた。
「でも、この儀式とやら明らかに失敗してるよね? 狂信者ってみんなあんな感じなの?」
「人の領地で随分と正気な事を為す。成して終えば貴様等も堕ちると言うのに。真逆、私が奴隷(もの)の為に動くとでも一般人は思ったのか」
『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は嗤った。
 こちらは三日月のごとく夜空に浮かぶ。
「――正しい。我等『物語』は我等『物語』で在り、同一奇譚は同一奇譚。実験動物を手放す愚者が何処に在る」
 乾いた拍子木に似た音が、カチリとなった。
 或いは、シーンのワンカットの様に。
 めくるめくして場面は転換する。

「なんか……はちゃめちゃパーティになっとるのう。
デカいのは暴れとるし、怪しげな儀式しとるし……」
『殿』一条 夢心地(p3p008344)は大げさに額に手を当て、眉をひそめた。
「……あんな巨人より、神威神楽の神様型進行した方がいいと思うんだがな」
『散らぬ桃花』節樹 トウカ(p3p008730)は遥か故郷を思う。鮮やかに咲き誇る桃は、そろそろ見ごろだろうか。
「まあ狂信者は神様も困るだろうし、生贄捧げられても迷惑するだろうし、改心の余地が無さそうな奴らにうちん所の神様を布教するつもりはないがな」
「うん、それがいいよ。きっともったいないね」
 アイリスが言った。
「本当に巨人様が好きなら、自分達だけで肉体を構成してほしいと思わないんだろうか?」
『揺るがぬ炎』ウェール=ナイトボート(p3p000561)の尻尾が、炎に揺れる。
「……まあ気持ちは分かる。俺も息子は、うちの梨尾は可愛すぎて、SNSに動画出せば人気出るんじゃないかと親馬鹿過ぎた事があったな……」
 ウェールが家族を懐かしむ様子に、トウカは、なんとなく兄たちを思い出す。
「今も親馬鹿だし、息子の為なら俺の命ぐらい余裕で捧げるが……、他者の命で代用するのは狂いきれてないと思うな」
 ウェールのまっすぐな瞳は灼熱を映す。懐中時計は、いつだってあたたかい。
「灼熱、赤熱。蕩けるような熱い焔。あの巨人は神か精霊か。だけど知性を持たないあれはまるで獣のよう。きっと何もかもを焼き尽くして壊すのね」
 怒声。
『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)の長くつややかな髪が、音圧で揺れる。フルールの姿は、この場所には似つかわしくもないほどに華奢だ。
「唯一分かっておるのは、生贄なぞ絶対に許されぬという事、じゃな」
 夢心地はぱたんと扇子を閉じ、火花散る戦場へと向ける。
 やるべきことは決まっていた。
 ノーブレスオブリージュ、殿であるがゆえに。見捨てることなど選択肢にはないのだ。

「奴隷ですかー。まあ世界のルールや階級なんかにとやかく言うつもりはないんですがねえ」
 理不尽を横目に、『裏表のない素敵な人』小鳥遊 美凪(p3p009589)は淡々と歩みを進める。悩んで止まるくらいなら行動するのが美凪だ。
「というかですね、元来奴隷と言うのは列記とした所有者の資産でしてね。無下に扱うとタイーホされてしまうようなものなんですが。いつから強制労働のそれと一緒くたにされるようになったんでしょうねえ」
 と、肩をすくめる。全く正しい。
「ボクは、……奴隷というものは好きじゃないけれど、人間の集いの仕組みはよく分からない」
『虎風迅雷』ソア(p3p007025)は仮面をつけた。ふと、夏祭りを思い出す。そのお面とは違う。
 ソアは、人のことが好きだ。人の営みが――文化が。
 けれども、これは。
「それでも、こんな扱いってないよ」
「そうですね。……まいっか、取り合えずむかついたので今から奴隷解放運動を開始したいと思いまーす。邪魔するやつは馬車で幻想引き回しの荊ですよー」
「うむ。続け。皆の者、出陣であるぞ!」

●奴隷奪還作戦
「それにしても大きい、これが巨人!
昔の幻想はこんなのがウロウロしていたってこと?」
 ソアは巨人を見上げた。
 巨人は苦しそうに咆哮をあげる。ざわざわと動物の苦しむようなものに似た音。
(あぁ、あぁ、彼を信奉する者は憐れ哀れ、餌のひとつにしか見られていない。それとも不当な拘束をした憎悪の対象かしらね?)
 フルールは祈るようにして俯いた。鞭を持った信者がやってきて、犠牲者を求めて一同を見渡す。
 フルールはよろけて見せた。
 フルールの様子に勇み、様子をうかがう精霊たちには、待機を願う。一瞬だけの注意を引ければよかったのだ。
「的が大きいのは助かるけど……あの攻撃に巻き込まれるのはゴメンだなぁ」
 暗闇に乗じて、遠くで松明が倒された。……潜むアイリスの仕業だ。信者たちは儀式場を整えることに専心している。
「……」
『奴隷』が、”オラボナを見ている”。
 見えてはいないだろうが、主人の気配を察しているのだ。
「ベーコンを管理するのには必要故な」
 オラボナの三日月がいっとう細くなる。
 暗闇に向かって話しかける。
「貴様、本を『読ませる』のが得意なのだな」
「……」
 影がかしいだ。
「まぎれるには、真皮(神秘)が。皮(革)が必要だ」
「誰のものでもない本がお望みかな?」
「――有象無象(モブ)と俗物に物語を邪魔された、今後、貴様が味方でも敵でも『面白くない』現状だろう」
「しかし『奴隷』の貌はこんなにも【私に似ていたのか】――そうは思わないか? 一般人?」
 返事の代わりに、ぱさりと。そこには本が落ちてきた。
「一般人(やつ)が在るのは嬉しい事よ、借りる事が出来る」
 アイリスとトウカが、到達する。……丘の上へ。
 ウェールが吠えようとしている。
 ソアの風が、吹いている。
「物語に成り給え」

●顕現――イリュージョン
「Nyahahahaha――我々は何処にでも存在し、頁は常に捲られるのだよ。頷ける『上位』ではないか」
「そこまでだよ!」
 ソアが仮面を脱ぎ捨てた。奈落の風が吹き荒れる。
 信者たちは恐れ、ローブの中に隠しているであろう武器に警戒する。けれども、ソアに武器は必要ないのだ。
 魔を宿した爪が、遠く薙いだ虚空に次元の裂け目を刻んだ。混沌が吹き荒れ、均衡を崩していく。吹き荒れる瘴気が場を包み込み、炎を打ち消していく。
 愛しきマルベート・トゥールーズより授けられた召喚術である。
(ボクの役割は敵の打倒! 先ずは奴隷を助ける馬車が入って来る隙を作らなくちゃ)
 裂け目から風が抜け出していく。それは気圧差で渦を巻いた。
 驚き、逃げ惑う信者たちは奴隷を一顧だにしない。
 少しでもためらいを見せたなら……。トウカとて、行動したかもしれない。
「……種族が違っても同じ人なのに、命を散らせた数を覚えてなさそうな奴などに、躊躇いはいらないな」
 ふわりと、桃の香りが散る。
 トウカは大きく息を吸った。
「同胞達よ! これは巨人からの試練である! 命を惜しまず
死ぬ気で巨人へ自身の力と肉体を捧げよ!
さすれば焼かれたとしても我のように巨人の力を得るであろう!」
 煙の中、ドリームシアターがゆっくりと幻想を縁取った。息を吐くたびに炎が揺れる。
 この場限りの威光。それでいい。
 名乗り口上を挙げる。怒り狂った、あるいは感涙にむせんだ信者たちが群がる。
 注目を引いて、攻撃を集められれば良かった。
 さすれば……。

「うむ、わいのわいのと賑わっておるのう。いざ、奴隷ちゃんたちの様子をみてやるとするかえ」
 どおん、と、ものすごい勢いで何かが突っ込んできた。
 殿様装束をまとった夢心地が、華麗に馬を操っている。興奮した馬は制御不能になる……どころか、勢いを増して小屋に突っ込んでいく。
「麿の役割はズバリ、奴隷ちゃんたちを救出することである」
「扱いを間違えれば、処分されてしまうかも。なーんて心配は、今回はいらないわけですね」
「うむ、麿とて、何も無策というわけではない」
 重要なのは、『信者は儀式の贄とする為、奴隷を確保している』という点だ。
「奴隷を奪われそうになったとしても、無茶な抵抗をすることは少ないと見ておる。下々のものの安全、之、心得でおるのじゃ」
「なんだかヒーローみたいですね」
 たどり着いた馬車は小屋を中央からぶっ壊し、中程まで進む。……派手に登場したため、被害はないようだ。
「ま、そのためにわざわざ正面からでしたし」
 殿の振る舞いにますますと切れ味を増した東村山が、目隠しと猿轡を断ち切った。
「はいはーい、貴方達の救いの女神ですよー。今から貴方達を盗みますので、大人しく盗まれて下さいね」
「うむ、苦しゅうない。お前達を助けに来た者である」
「貴様ら、何者だ……!」
「とああああーーっ!」
 追いすがる信者に、夢心地が刀を剥いた。
 奇妙なかけ声に、よもや外したか、と思わせる剣筋。だが、それは狙い通りである。
 外三光、東村山が奇妙な音を立てた。
「ほれ、そこの。とっとと肩を貸してやるがよいぞ」
 元気そうな奴隷に、夢心地はびしりと言いつける。奴隷は驚いた顔をしたが、命じられればそう従うのが染みついている。
「問題ありませんからね」
 何よりも、美凪の言葉を聞くと「そうしたく」なるのだ。
 大号令は必要なところに響き渡り、あっという間に人を動かしていた。
「馬車の中には水と食料、簡単な着替えも用意してあります。ササッと乗り込んだ後は好きに使ってください」
 立て板に水だ。
「いいですかー、押さない走らない喋らない、「おはし」が避難の鉄則です。何か質問があれば馬車に乗った後でどうぞ」
「ふむ」
 ぱちん、とオラボナは指を鳴らした。
「この場は、だ」逃がしてやろうと。
「真っ直ぐに進めよ。心のままに、そうだ、ベーコンに埋もれるのは如何だ?」
 不自然な暗闇も、にくも、いくらでもある。

「見えたよ」
 対群精神感応攻撃術式「狂月」。人々が熱狂しているのはもはや月ではない。アイリスの魅せる夢。
「常闇は来たれり」オラボナはなぞる。領地のどこかから奇妙な笛の音が混じる。音もなく潜んだアイリスが、敵陣を攪乱する。
 戦場のさなか、人影が立ち上がる。いや、それは――。
Nyahahahaha!!!
 哄笑が響き渡る。仮面を脱ぐ。そのしたには貌が。まだ、そしてそのしたに……。
「私は漸く人に立したのだ」
 オラボナは一般人から借りた本をめくる。巨人に向かって相対する。
「ォオ…ォォ……」
 巨人の咆哮はどこか、宇宙の彼方まで吸い込まれて小さなモノとなる。矮小だった。身体の大きさの問題ではなく、混沌を前に。
「正しい」
 生物として正しい。巨大な身体を支える骨も、肉も、何もかもが正しい。すなわち理にかなっているということであり、逆手に取れば分かりやすいということである。
 だからこそ、このリーガルブレイドは効く。
「ああまったく、理に叶っている!」
 助けてくれと、誰かが言った。
 フルールはそれを見下ろしていた。
「助けてあげたいけど、今回助けるのは奴隷だけ。信者の皆さんはどうぞ償ってくださいな。煉獄で焼かれて、神炎を理解し、輪廻転生を果たしたならきっと救われていることでしょう」
 熱い。
 巨人の炎のせいではない、と信者は気がついた。
「もう一人の……巨人……?」
 紅蓮の大精霊【ジャバウォック】がフルールの元に侍る。声を、信託をと祈り、縋る人々の声などは聞こえない。紅蓮爪戯が巨人を切り裂く。大木を一緒に薙いだ。
 比べてしまえば、あれは生き物だ、と驚愕する。
 いやだ。捧げなくては。神聖を引きずり下ろそうと、信者は奴隷たちの方へとむかう。
「そうはさせないぞ!」
 ウェールが立ち塞がっていた。狂染焔舞。
 これも、燃えている。狂気が燃えている。燃えさかる。ほんの少しの無意味な狂気を感染させる。奪ったのはコレだ、と、錯覚させる。
 ウェールは吠えた。守るために使う。……守るために。

●零落
「それじゃあ、カカッととんずらしますね。後は宜しくお願いします」
 美凪がゆるりと手を振った。するすると御簾が降りていく。
「よいよい、とんずらじゃ。麿の仲間はそうそう崩せぬ」
 殿は火の粉を払い、先頭で馬にまたがり敵の奇襲を退ける。
 巨人を見、残された仲間に心残りがないわけではないが……。
「乱戦状態の最中、どんな流れ弾が飛んでくるかは分からぬし、奴隷ちゃんを守り切るのは至難」
「はい、割り切っていきましょう」
 美凪もまた、馬車の後ろについている。
 多少の犠牲は仕方なし、と割り切るには麿はあまりにもお殿様だった。
 よよよ、と扇子の下で悲しげな表情を見せる。
「何の罪もない者達は、全部まとめて救いたいものよ」

「あちちっ!」
 ソアはふるふると頭を振った。
「いったかな?」
「ああ!」
 火の粉を受け止め、トウカの横顔が照らされた。
「なら、ようやく巨人退治に集中だね」
 ソアの舞うような鋭さは衰えることはない。影が勇猛な虎の形を描いた。もっと強く、力強く。巨人はたしかに巨体だが……。
「ああ、正しい。重心がある」
 オラボナが指さした。
「あの大きな脚の片方をまず砕いてやるんだから!」
 せえの、とソアが足を踏み込むと、バーストストリームが巨人の向こう脛に食い込んだ。
 巨人は大きく姿勢を崩す。
「どうだ、痛がれ!」
「おおおおおっつ」
 ウェールは下がり、迫る信者たちをトウカに任せる。
 背中合わせに吠える。
 自身の命を燃やす。その炎は、巨人のモノとはちがっている。
「灼熱の謳い方とやらを、信者さん達を燃やしてお手本を見せてもらわなきゃな」
 前門虎狼。狼と黒い虎、二匹の焔が大きく信者を焼き払っていった。
(巨人に知性はなく、獣のように暴れるというなら)
 巨人の視線の先には、フルールがいる。
 気を引けると思った。飛ぶ姿に、必死に地面にたたき落とそうと腕を振り上げる。真紅の大精霊【フィニクス】が怒りの炎を上げた。紅蓮爪戯が、再び空間を切り裂いた。
 やはり、違うのだ。その炎は違う。赤銅の精霊【キャスパリーグ】は嫌そうに離れた。わかりあえない。わかりあえないのだと巨人のふるまいは告げている。フルールの込めたどのような意図にもただケモノのように答えるだけ。
 断絶の炎が吹き荒れる。
 この状況を打開するには、そうだ、奴隷だ、と信者は沸き立った。自分の代わりに犠牲となってくれる者が必要だ、と。
「ここから先は通行止め……押し通るというのなら覚悟は決めてね?」
 死角からのアイリスのスーサイド・ブラックが、それを許さない。
 悲鳴を上げて、信者たちは下がる。
「もっとも依頼内容は君らの討伐だから通る気がなくてもやることは変わらないけどね~」
 宵闇とのダンス。
 アイリスの姿は影のように消え、もう追うことは出来ない。
「こんなの……おかしい……! おかしいっ!」
 信者が叫んだ。どうして、一撃を与えたはずのオラボナは平然としている。
「負傷した生物は、動きが鈍ると? あるいは窮鼠は猫を噛むか? ふむ、まっとうである」
 無窮にして無敵。理由など。理解など遠く及ばない。ひび割れたモノが埋め合わされていくだけだ。生命力を犠牲に捧げ、強くなる、欠けることで三日月は完全になる、自家撞着。
 理解が及ばなかった。
 ウェールはたとえば、自分の後ろに梨尾がいたとするなら、そうする。
(梨尾……っ!)
 命がけで立ち塞がって、なんとしても守る。
 ウェールもまた退く気配はない。狂染焔舞があたりを覆った。ちび天つ狐が、のだのだ、と、小さく応援する。ウェールは頷いた。
 ぴくりと、信者が動く。まだ生きている。
 アイリスの大蛇咬(サーペントバイト)。四方八方から襲い掛かる大蛇の牙が、息の根を止めた。
「よっし、やるな!」
「ふぅ……」
 アイリスは巨人を見上げた。まともにやり合う気は無い。絡め手でもなんでも。宵闇の外套が、一瞬だけ輪郭を残して、また闇に消える。
「次は、コッチの相手だな!」
 ウェールが吠える。
「どうして立っていられるかって?」
 トウカの瞳が燃える。なおも、トウカは名乗りを上げる。巨人の御前に立ち、流された血を生命力が補う。
 業火に、まるで悪夢のようだ、と息をついた。
 呼吸を整える。目覚めるかのごとく、目を見開いた。
 桜の木刀が手にある。
 ウェールの炎は燃える。自身の体力を薪にして。燃料にして。誰かのために立ち上がる。
 だから、その炎の質は根本からいって異なるものだ。
 信者たちの祭壇を、ウェールの狼と黒い虎が駆け上った。みるみるうちに丘は燃える。
「ずっと近くにいると火傷しそうだしな」
 トウカが距離を取り、巨人へ斬神空波を放った。
「ありがとっ!」
 ウェールの虎と併走するように、ソアが駆け上った。

(いくら大きくても人間の形をしてるもの)
 ついた膝を足場にして、ソアは駆けていく。立ち上がろうとする巨人の、もう片方の足にジャンプする。飛び上がり、仲間の追い風を受けて――。桃の花が舞った。
(だから、狙うのは!)
 顎だ。人と、急所は同じだ。
 いきものなんだから。
 虎が誰よりも高くジャンプした。
「がおっ!」
 着地と同時に巨人の眉間に渾身の一撃を打ち込む。骨が砕ける音がした。

●正しいこと
 全ては、燃え尽きている。
 巨人は首だけで、ぱくぱくと息を吸っている。
(未だ魔種も人も殺したことのないこの手。できることならばずっとそうであって欲しいと願うけれど)
 精霊たちが、無数に巨人を取り囲んでいる。
 このままでも問題は無いだろう。けれど……。
(迷える巨人を、可哀想だけれど眠らせてあげないと)
 眠らせてくれと、そういった気がした。
 フルールの一撃が、巨人を砕いた。
(ここにいるなら、その覚悟もしなければ。この不条理な世界で、汚れないことはとても難しいのかもしれない)
 でも、ここにいるのだから。手を下さなければならない。
 せめて、信者が何を求めたのか。どうしたら、この世界は救われるのか。
 考えずにはいられなかった。
「人も、魔種も、その他の生き物も。すべてが幸福に満ち溢れれば良いのに」
 フルールが言った。

「ふむ」
 奴隷は、オラボナを正しく見つめている。
「名前(タイトル)が要るな。記載の際、ややこしい」

成否

成功

MVP

ソア(p3p007025)
愛しき雷陣

状態異常

なし

あとがき

理不尽を塗りつぶすような物語を――!
お疲れ様でした!お見事です。
気が向いたらまた一緒にお話でもいたしましょう。

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