PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ジュノー妄愛譚。或いは、それが愛でしょう…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●想い、止まらず
 練達。
 首都セフィロトの一角にあるとある屋敷の一室。
 カーテンの閉め切られている暗い部屋。
 天蓋付きのベッドに1人の男が横たわる。
 長身痩躯に青い髪。
 整った顔立ちと、表を歩けば男女問わずに視線を集めるであろうことは間違いないだろう。
 とはいえ、彼が表を歩ける日はしばらく来ないことが予想された。
 何しろ彼の両手足は、ベッドの支柱に括りつけられているのだから。
 とくに両腕を拘束しているそれは鋼の手錠である。
 男……名をユピテルと言う……も当然に拘束を解こうと藻掻くのだが、手錠と縄は手首、足首に食い込むばかり。
 到底、自力でそれを解除できそうにはなかった。
「あぁ、ちょっと。そんなに暴れちゃぁ駄目っすよ。怪我しちゃいますよー」
 コトリ、と。
 ベッドサイドのローテーブルにティーカップを置き、赤い髪の女は告げる。
 背丈はおよそ150センチほど。
 小柄な身体に魔女のような衣装を纏った可憐な少女だ。
 彼女の名はジュノー。
 練達に住む科学者見習いである。
「すぐに薬を塗ってあげるっすからね。あたしの薬なら、その程度の傷あっという間に治るっす。しばらくの間、身体が痺れてしまうけど……」
 関係ないですもんね。
 なんて、言って。
 ジュノーはくすりと微笑んだ。

 ジュノーがユピテルと出会ったのは、今から一週間ほど前のことだった。
 実験用に山と買い込んだ薬品を、抱えて屋敷に戻る途中の出来事である。
 小柄な身体で持ち運ぶには、購入した薬の量は多すぎた。
 前もろくに見えない中、コツン、と地面の段差に爪先をぶつけ、バランスを崩したその瞬間、ユピテルは彼女の前に現れた。
 姿勢を崩し、転びかけたジュノーを彼は颯爽と現れ、抱き止めてくれたのである。
 実際のところは、そのタイミングで偶然にジュノーの目の前を彼が通りかかっただけなのだが……。
 とはいえ、そのような些末事はジュノーにとってどうでもよかった。
 ユピテルが、ジュノーを助けてくれた。
 大量の薬品を運ぶのを手伝ってくれた。
 道中、ジュノーが退屈しないよう話しかけてくれた。
 ジュノーの作った薬品を「すごい」とほめてくれた。
 手伝えることがあるのなら、いつでも頼ってくれていい、と言ってくれた。
 だから、ジュノーはユピテルに眠り薬を飲ませた。
 ジュノーが新しく作った新薬だ。
 その効果は至極単純。
 深く、そして快適な睡眠を齎してくれるというものだ。
 栄養剤と、そう偽って飲ませたことは本当に申し訳ないと思っている。
 けれど、仕方なかったのだ。
 ユピテルを屋敷に幽閉するには、彼の意識と体の自由を奪う他に道がなかったのだから。

 ユピテルが目を覚ますまでの間に、ジュノーは準備を整えた。
 屋敷の各所に施錠を施し、表玄関や裏口、そして庭に廊下、各部屋、屋敷の周囲と至るところに罠を仕掛けた。
 ジュノー以外の者が通れば発動する類の罠だ。
 例えば緑の霧は【致死毒】だ。
 青い液体は【石化】薬。
 黒いスライムは対象に【暗闇】状態を付与するうえ、侵入者を永久に追いかけ続ける。
「あぁ、ユピテル。貴方はとってもかっこよくて、そして優しい人だから。だから、もう二度と、あたし以外の人の前に姿を現しちゃだめっすよ?」
 なんて、傷薬の副作用か虚ろな表情で宙を眺めるユピテルへ向け、ジュノーは静かにそう告げた。

●想い、止める
「恋する乙女は怖いのです」
 そう言って『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は虚ろな視線を宙へと向けた。
 ユリーカが得た情報によれば、ジュノーはもう数日もの間、ユピテルを監禁しているという。
 彼女の屋敷は5階建て。
 1階には5部屋。2階には4部屋。3階には3部屋。4階には2部屋。最上階は1室……ジュノーの私室のみがある。
「ジュノーさんのおうちは、上層階へ向かうほどに、部屋数が少なくなるという造りをしているです」
 すべての部屋に鍵がかけられていること。
 そして、上階へと進むエレベーターは各階に1つ……どれか1部屋の中にある。
「屋敷中には大量の罠が仕掛けられているです。また、ジュノーさんの意志で罠は任意発動が可能となっているです」
 つまり、ジュノーは屋敷の内部を何らかの手段で監視しているということだ。
「なので、何らかの手段でジュノーさんの注意を引けば、罠の任意発動を阻害できるかも?」
 とはいえ、注意を引く手段には熟考を重ねる必要があるだろう。
 極度にジュノーを追い詰めてしまえば、彼女がユピテルに何をするか分からない。
 万が一にも心中など選ばれては、依頼は失敗となってしまう。
 ジュノーの注意を引きながらも、決して追い詰め過ぎないようにする必要がある。
「5階には大きい窓が1つだけ。鉄格子が嵌められているので、侵入はなかなか容易ではないです」
 何しろ屋敷中が罠だらけなのだ。
 外壁にも罠がないとは限らない。
「基本的にはどの罠も設置型ですが、スライムだけはそこそこの速度で追いかけてくるです」
 スライムや罠は一見しただけでは、それと分からないよう巧妙に偽装されている。
 罠を発動させたくないのなら、慎重に時間をかけて進むことが肝心だ。
 速度を重視するのなら、多少のダメージは覚悟の上で屋敷を駆け抜けるのも手だろうか。
「まぁ、作戦の細部はメンバー次第ですかね? では、皆さん、トラップハウスを攻略し、囚われのユピテルさんを救出するです!」
 なんて、言って。
 ユリーカは宙へ拳を突き上げ叫ぶのだった。
 

GMコメント

●ミッション
囚われのユピテルを救出する。

●ターゲット
・ユピテル
長身痩躯に青い髪。
整った顔立ち。
人柄も良い好青年。
信条は“人にやさしく”
彼の優しさが、今回の悲劇を引き起こした。

・ジュノー
赤い髪の小柄な少女。
黒いドレスに三角帽子という魔女のような服装をしている。
彼女は薬品の精製を得意とする科学者である。
両親、家族はすでに亡くしており、薬の研究を行いながら日々を生きている。
親切にしてくれたイケメンを監禁。
幽閉している。

・トラップタワー
ジュノーの屋敷。
以下のような罠がしかけられている。
何らかの手段でジュノーは屋敷内の様子を察知しており、任意のタイミングで罠を発動させることが可能。

毒霧:神中範に小ダメージ、致死毒

石化薬:物近単に中ダメージ、石化

暗闇スライム:神至単に大ダメージ、暗闇
※暗闇スライムは獲物を追って移動する。

●フィールド
ジュノーの屋敷。
全5階建て。
屋敷の前には小さな庭。
1階には5部屋。
2階には4部屋。
3階には3部屋。
4階には2部屋。
5階がジュノーの自室となっている。
各フロアに1つだけ、どこかの部屋に上階へ通じるエレベーターが設置されている。
屋敷の中や付近には罠が一杯。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ジュノー妄愛譚。或いは、それが愛でしょう…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月20日 21時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ニーヴ・ニーヴ(p3p008903)
孤独のニーヴ
えくれあ(p3p009062)
ふわふわ
小鳥遊 美凪(p3p009589)
裏表のない素敵な人
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ

●ジュノーの愛
 練達。
 首都セフィロトの一角にあるとある屋敷の一室。
 愛に狂った少女ジュノーは、暴れ疲れ、気を失った美しい青年をじぃっと、瞬きもせぬまま見下ろしていた。
 どこか暗い眼差し。
 限界まで上がった口角。
 笑っているのだ。
 蕩けるような表情で。
 けれど、その直後……。
「だぁれ?」
 ストン、と。
 ジュノーの顔から表情が消えた。
 まるで能面のような無表情。自身の右目を手で押さえ、ジュノーはしばし沈黙する。
「7……8人? 何で、こんなに大勢で? 強盗? いえ、それにしては顔も隠さず、服装もそれらしくないっすね? なんです? こいつら?」
 おやぁ? と首を傾げるジュノー。
 けれどすぐに、彼女は首をもとの位置に戻す。
「まぁ、排除すればいいっすね」
 なんて、言って。
 にぃ、と口角を吊り上げ笑う。
 
 カツン、コツンと床を蹴る音。
「愛……愛ねぇ……古今東西、人が身を亡ぼす理由のトップじゃない?」
 『剣靴のプリマ』ヴィリス(p3p009671)は剣と一体化した特製の義足を鳴らして進む。
 ちら、と視線をあげた先には5階建ての屋敷。
 ジュノーの部屋であろう部分をじぃと見つめ、彼女は口元に笑みをたたえた。
「この屋敷の主人……ジュノーだったかしら? 言いたいこともあるし張り切って昇るわよ!」
 なんて、意気込むヴィリスを
「恋ですねー。恋と変って似てますねー。いや、だからどうって訳じゃありませんよ?」
 ハハハと乾いた笑い声。『裏表のない素敵な人』小鳥遊 美凪(p3p009589)は、別にジュノーを嘲っているのではない。彼女はどんな時であろうと、こうして笑っているのだ。
 そして何しろ彼女は裏表のない素敵な人であるからして「だからどうって訳じゃありませんよ」と、そう言うのなら、きっとそうなのであろう。
 そんな美凪に抱きかかえられた兎の獣種『ふわふわ』えくれあ(p3p009062)は、どこか浮かない顔をしていた。
「ぼく、すきな人にはわらっててほしいな……ジュノーおねーさんはちがうのかなぁ」
 ふわふわの毛並みも、どことなくへしょんと倒れている。
 そんなえくれあの頭を軽くなでながら『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は屋敷の入り口に目を向けた。
「鍵が掛かっているのだわ……それと、毒ガスの罠も」
 彼女は自身の【透視】スキルで、罠の数を暴いて見せた。
 現在、一行が立っている位置は罠の射程の少し外側。この位置にいれば、罠が発動することはないし、万が一ジュノーが意図的に罠を起動させても影響を受けることはない。
「では、まずは私が……“呼吸不要”もありガスやスライムにまとわりつかれても直接の死のリスクはないかと」
 そう言って前に出たのは『白き不撓』グリーフ・ロス(p3p008615)だ。白い肌、白い髪、赤い瞳の女性……正確には女性に似せて造られたレガシーゼロだが……は、扉にその細い腕を当てた。
 瞬間、炭酸ガスの抜けるような音と共に暗い色のガスが扉の周囲を包む。
 視界が霞むほどの濃い毒霧だ。
「わぁ……いやはや、恋する乙女の行動力は凄まじい。これ以上事態が悪化する前に解決しないといけないね」
「といっても罠の解除に関しては会長何にも出来ないけどね!」
 と、言葉を交わすのは『孤独のニーヴ』ニーヴ・ニーヴ(p3p008903)と『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)だ。
 毒霧の中に突っ込むわけにもいかず、かといって扉が開くまで進行することも出来ない。そのため2人は、グリーフが扉を開けるのを待っている状態だ。
 とはいえ、油断はしてない。
 しきりに周囲を警戒し、そしていざ扉が開けば速攻で屋敷へ飛び込む心算であった。
 茄子子など『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の背に乗って、突撃用意は万全なのだ。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し、とは言うが……ここまで豪快に過ぎまくるのも中々だな? 
いやはや、恋ではあるが愛では無し」
 そう言って汰磨羈は、僅かに姿勢を低くする。
 それから数秒……ガチャン、と金属の砕ける音がして、屋敷の扉が開け放たれた。
「開きました」
 と、静かな声でグリーグは告げる。
 直後、汰磨羈は駆け出した。
 薄れる毒霧の中を突っ切り、茄子子を背負ったまま疾走。
 半開きの扉を蹴り飛ばし、彼女は屋敷へ飛び込んだ。
「さて、早急に止めてやろう」
 そう告げる汰磨羈の声は、果たしてジュノーの耳に届いただろうか。
 
●トラップ・ハウス
 ぽてぽてと廊下を走るえくれあは、頭上を見上げ地面を蹴った。
 タン、と軽い音が鳴る。
 黄色い毛玉が飛び跳ねる。
 否、えくれあが身体を丸めるようにして背後へ跳び退ったのだ。
 直後、つい一瞬前までえくれあがいた位置に濁った灰色の液体が飛び散った。
 それは天井に仕掛けられていた石化薬の罠である。
「ふぅ、ききいっぱつだったね。ユピテルおにーさんもしんぱいだけど、ぼくたちもケガしないようにしなきゃ!」
 ふんす、と鼻息も荒く拳をにぎるえくれあは、視線を廊下の先へと向けた。
 果たして、えくれあの見つめる先……通路の奥の暗がりから、ずずずと音を立てながら黒いスライムが這って来る。
「きたよ! スライムが8体。汰磨羈おねーさん!」
「心得た!  一気に蹴り飛ばして突破する。確りと捕まっていろよ、茄子子!」
「OK! 会長が居る限りみんなの足が止まることはないからね! 頼ってくれていいよ!」
「はっ、心強いな!」
 なんて、言って。 
 床板を踏み砕きつつ汰磨羈は跳んだ。
 飛ぶように廊下を疾駆した汰磨羈は、身に付けていた飾り紐を手に取る。
 それは、すぐさま刀へと形を変えた。
 刀を構えた汰磨羈は、スライムの群れへと突っ込むが……。
「あっ……そこは罠だよ!」
「っとと!?」
 背に乗る茄子子の忠告に従い、スライムの眼前で急停止。
 しかし、間に合わない。
 汰磨羈の足元から、毒の霧が噴き上がる。
「っつ!?」
 毒は汰磨羈に通用しない。
 とはいえ、ダメージまで無くせることもない。
 毒霧が触れた汰磨羈の腕が、じゅうと音を立てて焼けたのだ。顔を顰め、1歩後退する汰磨羈。その顔面に向け、1匹のスライムが跳びかかる。
 けれど、スライムが汰磨羈の顔面に到達する寸前、その柔らかな身体を鋭い蹴撃が弾き飛ばした。
「ふっ……あれもこれも面倒なお屋敷ね! でもなんだか楽しくなってきたわ!」
 片足を軸に身体はまっすぐ。
 蹴り上げた脚、その爪先は頭の高さに。
 ヴィリスは口元に笑みを讃えそう言った。
 ヴィリスによって壁へ叩きつけられたスライムは、黒いキューブに包まれ崩れる。
 それを合図としたように、残る7体のスライムが行動を開始。
 あるものはヴィリスや汰磨羈の足元へ。
 あるものは2人の顔面へ。
 一斉に襲い掛かるスライムたちを、汰磨羈の刀やヴィリスの蹴りが薙ぎ払う。
「そのまままっすぐ進むのだわ! 一番奥の部屋にエレベーターが!」
「っと、背後からもスライムだ。誰か、罠の位置分からない?  他のトラップに引っかけて足止めはできないか、試してみたいんだけど?」
 華蓮の“透視”で目的地を把握した一行は、そこへ目掛けて疾駆する。
 背後から迫るスライムたちは、グリーフが身体を張って受け止めた。
「小鳥遊さん。私が庇いますので、罠はお任せできますか?」
 白い皮膚を焼かれつつ、グリーフはスライムたちを掴み、ちぎって、投げ捨てる。
 美凪は素早くえくれあを抱え、通路の先へと駆けて行った。
 “罠対処”のスキルを持つ美凪に、設置型の罠は通用しない。彼女の後に続くニーヴも、おかげで無傷のまま通路を先へと進むことが出来ている。
 あっという間に3人は汰磨羈とヴィリス、茄子子の元へ追いついた。
 さらに少し遅れてグリーフと、グリーフに庇われながら華蓮も到着。そして、その後方から、ずずずとスライムが迫っていた。
 スライムの這った後は、どうにも床がきれいになっているようだ。罠兼掃除機といったような役割を担っているのかもしれない。
「あ、ニーヴさん。そこの燭台、折っちゃってください」
「ん? これかい?」
 美凪の指示を受け、ニーヴは壁の燭台をへし折る。
 一見するとしっかりと壁に固定されているように見える燭台だったが、存外にそれはあっさりと壁から外れて落ちた。
 燭台が刺さっていた箇所には、小さな穴が空いている。
「うぇっ⁉」
 ぷしゅ、と気の抜ける音が鳴って穴から灰色の液体が噴き出した。ニーヴは咄嗟に身を伏せてそれを回避。彼の頭上を通り過ぎた石化薬はそのままスライムたちへと降り注ぐ。
「……頭上には気を配っていたが、床や壁も油断ならんな」
 石化したスライムを蹴り飛ばし汰磨羈は言った。
 その間に、美凪とグリーフ、華蓮は先の部屋へと進む。
 罠を解除し、扉を開けたその向こうには家具の1つも存在しない狭い部屋。その最奥には、上階へ繋がるエレベーターが鎮座していた。

 ほんの暫く、うなされているユピテルの方へ意識を向けているうちに、イレギュラーズはいつの間にやら3階にまで到達していた。
 元よりジュノーの屋敷は、上階へ向かうほどに部屋数が減る造りとなっている。
 罠の数にしたって、1階が最も多い。
「多少のダメージは与えられているみたいっすけど……見分けやすい罠はすぐに解除されるし、毒も石化も効かない奴がいるし、エレベーターのある部屋もすぐに見つけられるし……どうなってんすか、これ?」
 片目を手で押さえ、ジュノーはぶつぶつと言葉を紡ぐ。
 どのような手段を使ってか、ジュノーは館内の様子を視ているのだ。
「……また」
 スライムたちを一斉に襲い掛からせたのだが、それはグリーフが身体を張って止めてみせた。白い肌に焼け跡が残るが、それだけだ。何度攻撃を受けても、グリーフが“暗闇”の状態異常を受けた様子はない。
 床に設置した罠は、美凪が解除してしまう。
 進路を塞ぐべく呼び出したスライムは、汰磨羈とヴィリスに切り裂かれた。
 スライムの突撃を受け、ヴィリスは顔を押さえて止まる。
 そんな彼女に、ニーヴがそっと手を翳した。淡い燐光が飛び散って、ヴィリスの負った傷を癒す。
「でも……3階のエレベータ前の床は全面が罠っす」
 解除するには、エレベーターの開閉スイッチ横にある停止ボタンを押すほかない。
「そこを安全に通過できるのは、任意で罠を操作できるわたしだけっすよ」
 そう言ってジュノーは、くすりと笑んだ。
 口角を吊り上げ、肩を揺らして笑う彼女は、しかし次の瞬間硬直する。
「……は?」
 彼女の見ている目の前で、茄子子が汰磨羈へ指示を出した。
 両腕を大きく振り回しているが、汰磨羈は慣れたものなのか表情を変えず1つ頷く。
 そして、彼女はえくれあをそっと抱き上げて、前方へと投擲した。
「くっ……間に合わない」
 咄嗟に罠を発動させるが、それより先にえくれあはエレベーター前へ到達。ぴょんと高く跳ねあがり、停止ボタンを押したのだった。

 爪を噛み、肩を震わせジュノーは怒る。
 彼女たちの目的は不明だが、気に食わないということだけは確かだ。
「もう4階まで……次の罠は」
 と、そこでジュノーは気が付いた。
 華蓮がじぃと、ジュノーの方を……正しくは、屋敷の各所に設置している監視魔道具を見ているのだ。
「な、なに?」
 その薄い唇が動き、言葉を紡いでいるようだ。
『貴女はユピテルさんの何が欲しいのだわ……? 体かしら……心かしら?』
「何が? 何もかもっすよ!! ユピテルは優しくて、素敵な人だから。わたしが守ってあげないと、きっとすぐに誰かに騙されてしまうんです!! でも、わたしはそんなことしない。わたしだけは、ユピテルの味方。ユピテルはずっとわたしと一緒にいた方が幸せなんだ!」
 ジュノーの声は、華蓮の耳に届かない。
 けれど、ジュノーは想いを叫んだ。
 今の彼女には、華蓮の様子しか見えていないのだ。ほかの者が、スライムを排除し、罠を解除しエレベーターへと向かっていることにも気づていないのだ。
『心が欲しいなら……きっとこれは違うのだわ。ユピテルさんの表情を見て、姿を見て……それは、貴女にとって愛する人になって欲しい姿なのだわ?』
「ユピテルの……姿?」
 ベッドに拘束され、意識を失い、うなされている。
 その姿は苦し気だ。
 辛そうだ。
 しかし、それは今だけだ。いずれ彼も気づくはずだ。
 彼は外に出ることなく、ずっと自分と共にいるのが幸せなのだと。幸いなことにジュノーは発明品を売ることで、多くの資金を有している。ジュノーと共にいれば、ユピテルが生活に困ることはないし、あくせく働く必要もない。
『でも分かるのだわ……少しだけ分かってしまうのだわ。誰にも取られたくないものね……自分の物にしたいものね。ずっと一緒に居たいものね』
「そうだ……そうっすよ。わたしは、ユピテルと……」
『でも違う。違うのだわ。貴方の行動は許されない』
 視線を下げ、華蓮は告げた。
 そして、小さく首を振る。
「な、何を、勝手な……!!」
 なんて。
 思わずといった様子でジュノーが怒鳴った、その瞬間……。
「へいお待ち! たまきちタクシーの到着だよ!!」
 扉を蹴破り、汰磨羈と茄子子がジュノーの部屋に飛び込んできた。

●理想と現実
「な、何なんっすか、貴女たち! あ、さてはユピテルに惚れているんでしょう」
「「いや、興味ないが(ないよ)」」
「それで、わたしからユピテルを奪いに来たのね!!」
「「それはそうだな(そうだよ!)」」
 聞く耳持たずとはジュノーのことか。
 話は噛み合っていないが、とはいえ汰磨羈や茄子子の目的は理解できているようだ。
 ぎり、と歯を食いしばり鬼の形相を浮かべるジュノー。
 彼女はポケットに手を入れ、何かを操作した。
 瞬間、扉の左右から毒霧が噴き出す。口を押えた汰磨羈は、茄子子を庇うように腕を広げた。毒こそ効かないがダメージまでは避けられない。
 2人が怯んだその隙に、体制を立て直そうという心算だろうか。
 けれど、毒霧の中を突っ切って姿勢を低くし駆ける者がいた。
「好きな男を監禁するなんて下の下ね。独り占めするなら方法が間違ってるわ」
 キキ、と響く甲高い音はヴィリスの爪先が床を引っ掻いた音だ。
 床に弧を描く傷を刻みながら、放たれた蹴撃。ジュノーの手にした操作スイッチを蹴り砕く。
「監禁なんてしなくもあなたはあなたらしく彼に想いを伝えればよかったのよ。いいえ、今からでも遅くはないわ。伝えなさい。ダメだったその時にどうするかはあなた次第」
「何を……わかったようなことを‼」
 蹴られた手を押さえ、数歩後退するジュノー。その背後にはユピテルの寝ているベッドがあった。ジュノーの手がユピテルの元へ伸びる。
 ユピテルに危害を加えさせるわけにはいかない。さらに1歩、ヴィリスが前へ踏み込んだ拍子、その足音が僅かに沈んだ。
「罠っ⁉」
 足元から溢れだしたスライムがヴァリスを飲み込む。
「これで……」
「あ、ダメ人間発見」
「は?」
「そうやって人を拘束して自由奪って自分だけの物にしたつもりでいて、相手の意思を確認した事あります?」
「いまだよっ!  ユピテルおにーさんをたすけて!」
 部屋に飛び込んできた美凪の言葉にジュノーが反応。その隙に、とえくれあが救出の指示を出した。
「急いで。彼女のやり方だといつかユピテルは壊れてしまう」
 部屋の入口に立ったニーヴは、背後へ視線を向けながらそう告げた。
 背後から響く戦闘音。グリーフと華蓮が、追って来るスライムを阻んでいるのだ。
 まっすぐに駆け出す汰磨羈と茄子子、えくれあの前に腕を広げたジュノーが立った。
 その腕や脚は震えている。
 けれど、彼女は決してそこを立ち退かない。その身を挺してでもユピテルを守り抜くつもりなのだろう。
 やり方に問題はあったかもしれないが、ジュノーの想いは本物だ。
「ジュノーさん……」
 えくれあが、僅かに表情を曇らせる。
「でも、こんなのまちがってると思うよ!」
 きり、と眼差しを鋭くしたえくれあは体当たりでジュノーの腕を後方へ弾いた。姿勢が崩れたその鳩尾へ向け、汰磨羈が姿勢を低くしタックル。“当身”と呼ばれる技術だ。
「人の話は聞いておけ。後学の為にな」
 内臓が震え、呼吸が上手くできないジュノー。その脇を、茄子子は急ぎ足で駆け抜ける。
「大丈夫? 身体痛いよね? とりあえず一旦横になってようか」
 茄子子の声に反応し、ユピテルは僅かに目を開いた。

 きらきらと降り注ぐ燐光の中に、首を傾げる茄子子の姿。
 身体が暖かい。傷が少しずつ癒えていく。
「寝てたらいいよ。あっちはみんなが何とかしてくれるっぽいから」
 のんびりとしたその声を聞き、ユピテルは再び眠りに付いた。
 
「あなたの気持ちも分かるのだわ……好きなのだものね」
 ユピテルは既にニーヴに背負われ部屋を去った。
 意識を失い倒れたジュノーへ、華蓮はそっと言葉をかける。
 彼女の手は、そっとジュノーの頬に触れ流れる涙を優しく拭った。
 そんな2人の様子を視ながら、グリーフは胸に拳をあてて思案する。
「れが、恋……ニアに……私に向けられた感情……私が抱くよう定められた感情」
 胸の内に生じた僅かな痛み。
 その正体に思い当たる節は無く、答えを返す者もいない。

成否

成功

MVP

小鳥遊 美凪(p3p009589)
裏表のない素敵な人

状態異常

ヴィリス(p3p009671)[重傷]
黒靴のバレリーヌ

あとがき

お疲れ様です。
無事にユピテルは救出完了。
依頼は成功となります。

この度はご参加ありがとうございました。
ユピテルの今後がどうなるかは、未のところ不明です。
いつかどこかで会うこともあるかもしれませんね。

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