シナリオ詳細
最後に笑う者は
オープニング
●女神のまにまに
「あまぁい、こゆぅい、ちょこれぇとが、ほしいなぁ」
猫撫で声で、女が言う。
艶やかな黒の長髪を指で一房摘まみ、くるくると回しながら、濡った瞳を男達に向けた。
少年や、青年が多い。
両膝を付いた彼等の眼差しは、ひたすらに女へ注がれ、熱に浮かされた様にふわふわとしていた。
恋を、しているのだろう。
女の見た目は貧相だ。着ている物は色の落ちたボロシャツと短いズボンだし、剥き出しの足は汚れているし、腕は触れれば折れそうな程に細い。
それでも、彼等は女を好いている。
耳朶を叩く緩いソプラノは脳を蕩かし、みすぼらしさを纏ってなお際立つ肌の張りは接触の欲を掻き立て、女の香りが鼻腔を擽って引き寄せた。
だが実際、女と男達に過度な触れ合いは無い。
ただ、特別な関係が一つだけあるだけだ。
「ねぇ、ちょこれぇと~、あなたがいいなぁ」
刺されたのは、二十代後半の、普通の男だ。
はやく、はやくと急かされ手を挽かれ、椅子に浅く座って背もたれに体重を掛ける。
その顔は、喜色に満ちていた。
男達はそれを、羨ましそうに見ている。
女は選んだ男の太ももに跨がり、腕を首に回してぎゅうと絞めた。
「ありがとお、あたしのちょこれぇと」
それから、小さな口をいっぱいに広げて、口付けるように肉を食む。
頬を噛み、千切る。筋が裂けるブチブチという音を口内に感じながらの咀嚼。
鼻の頭に歯を添え、骨に沿わせて皮ごと剥ぎ取り咀嚼する。
「ぁ ぁ ぉ゛っ」
囁く様に呻く喉元を裂いて、吹き出る血液で喉を潤わせ、女は男を抱擁した。
「あいしているわ、あなた」
誰もその行為を咎め無いし、止めることはしない。
望み、望まれたから、と言う理由もある。だが何よりも、ここ、監獄島という世界に、それを裁く者など居ないのだ。
女の名前はメーヴェル。
囚人番号、1961。
罪状は殺人及び死体損壊。
ローザミスティカの目を潜り、地獄に生きていく。
●罪を断つのは
「断じて赦してはならない」
男は、刃溢れした剣を掲げている。
汚れ、錆び、本来の機能の大部分を失ったモノだ。
「この刃は俺達なのだ」
それでも剣は、折れる時まで戦い続けるだろう。
罪を負い、地獄へ向かい、泥に塗れようと砕けない心こそが武器なのだ。
男はそう言って、意志を共にする仲間を見回した。
荒くれ達だ。
逞しく太い身体には歴戦を思わせる傷が刻まれ、その誰も彼もが睨み付けるような視線で男を見ている。
ただ、その瞳だけは、輝いていた。
曇り無く、爛々と、語られる言葉へと静聴する。
「皆、それぞれの想いがあるだろう。俺には俺の、お前達にはお前達の、断じて譲ることの出来ない……胸の内の正義があるだろう」
その結果、ここに到った者達は、力強く頷く。
方向性。理念。行動原理。
そこに差はあれど、一本の通った信念だけは同じだ、と、彼らは認識している。
「悪逆を、赦しはしない。不条理を、見過ごしはしない。人の道を外す行いなんて言語道断である」
つまり、正義である。
やってはいけない事を、悪いと知っていながらも実行する、そんな者達を裁く唯一の思想。
「この地獄、俺達が正しく導こう」
声に、賛同の雄叫びが木霊する。
自身の心に正しく、自分達がやらねばならない使命感に打ち震えた声だ。
「行ってくれ、魂の同胞達。外道を崇める者達を、正義の裁きで救ってやろう」
男の名前はディアス。
囚人番号、1853。
罪状は過剰防衛に加え傷害致死。
正義に囚われ、自ら生み出す地獄に立つ者。
●
その依頼は、唐突にローレットヘ届けられた。
文面としてのそれを受け取った『情報屋見習い』シズク(p3n000101)は、その真偽を独自に確かめ、イレギュラーズに託すべきと判断する。
そうして、集められた者達の前で、彼女は溜め息混じりに言葉を作った。
「監獄島において、武力による鎮圧が必要とされている様だ」
と、そう言って、簡易な地図を机に広げる。
監獄島のとある部分、その拡大図だ。
そこは、発展した街の影響で廃棄された残骸や、処理されなかったゴミ、元からあった倒壊物等が集まる、謂わば掃き溜め。
「そこに、二つの派閥が小競り合いを繰り返している。依頼人の要望は、シンプルにその戦いを潰すってこと」
一つは、ある女性を神聖化し、その為にと活動を続ける、通称『女神派』グループ。
一つは、ある男性の強い理念の基に作られた、自称『警邏軍』グループ。
どちらも周りの事などお構い無しに暴れ、激突するものだから、ローザミスティカによる支配をそれなりに無視する。
正面切って対抗しない辺り、恐れはあるのだろうが。
「その手が何時、何処に向かうか解らない派閥ではあるね。芽は速い内にと言うし、まあ、そう言う意味合いもあるんだろうけど」
もう一つ。
「双方のボスは、ある種、人を惹き付けるカリスマがある。良し悪しは置いておいてね。今回、手下を同時に処す事で、取り込もうとしているのかもしれない。ま、あくまで可能性だけどね」
島内の内情は誰にも解らない。
とにかく今は、衝突する両グループの人間を潰し、一旦の終息を迎えさせなければ。
「争いは毎回、五人ずつ程度の殺し合いになってる。乱入して、同時に潰し、島で好き勝手出来はしないと、教えてやってくれ」
- 最後に笑う者は完了
- GM名ユズキ
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年03月10日 22時02分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
汚臭のする場所だった。
目には見えない、色にするなら黄色と橙色を混ぜ込んでぶちまけたモノが、辺り一面に拡がっているような、そんな場所だ。
最早、それが刺激臭なのか腐乱臭なのかも判然としない。いや、恐らくはそういった悪臭全てがここにあるのだろうと、そう思える。
「ここか、ローゼミスティカ様に逆らうバカ共がいるってとこは」
ただ、『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)が浮かべるしかめっ面の原因は、そこに無い。あるのは、標的へと募る不満だけだ。
……早めに潰さねェとなぁ。
ゴミの山を見下ろしてそう思う。
ここは監獄島。国の法から外れ、支配者によるハリボテの治まりがある、犯罪者の地獄であり、楽園の世界。
そんな場所で支配者に逆らい、あまつさえ正義を振りかざす者までいるとなると。
「野暮なモン持ち込みやがって」
なんて面倒な奴等だろうか。
「他人を神格化するのも、御大層な信念を掲げるのも結構だがな」
マスクの位置を直しながら、溜め息混じりに『ジョン』レベリオ(p3p009385)は会話するように続けた。
「周りを見ることを忘れてしまったか。ここはこんなにも、不似合いな場所だと言うのに」
「まあ、知らねえ奴らの知らねえ事情なんて、特になんも思う事は無ェ……つったら薄情かもしんねーけどよ」
A・ベンジョマン(p3p009663)は言う。
「こういう手合い、いちいちまともな人間だと思ってたらキリねぇからなぁ」
よっこいせと築く簡易なバリケード、その補強へ雑多に散らばる角材を突っ張りにする。あまり時間も無い為、これから起こる事態への備えだが、無いよりはマシだろう、位の気持ちで。
「でも人だ」
香るモノを払う様に鼻を拭ったのは『鳶指』シラス(p3p004421)だ。ベンジョマンの台詞へ反論する言葉を選びつつも、それは否定ではない。ただ純然な事実と、現状の確認としての声だ。
「感情と思想があって、それが二組に分かれて対立してる状態……上手く削り合わせたくなるのも、道理というか自然な考えだよな」
しかし、それは許されない。近くで時たま起きる銃声や金属音、そして怒声が活発な内に、介入しなければならないのだ。
「連中の事情も都合もお構い無し。派手に殲滅して思い知らせろってオーダーだから、なぁ?」
激しい乱戦、混線になる事は予測に難くない。加えて、廃棄場というフィールドはイレギュラーズにとってのアウェーでもある。
だが、完全な不利になってしまうということは無い、という計算もあった。
「反目しあう双方の根底にあるイデオロギー。例え一時的であろうと、手を組んで外的排除を行う姿はイマイチ、想像がつかない相手なのです」
三つ巴の形が最も安全。『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)の読みは、恐らく正しい。相容れない存在だからこそ抗争状態は長く続き、ローゼミスティカからの依頼でイレギュラーズが呼ばれたのだ。
「しかしここは相手のホーム。勝手知ったる地の利というあどばんを覆すならば、やはり、ここはですね」
と、全員からの視線が生暖かい事にクーアは気付いた。
言いたいことは解っている、と、そう言いたげな雰囲気に彼女はコクリと頷いて両手を前へ。
「ええ、単に、私が焼きたいだけですので、ええ――じゃあ焼きます」
赤黄色の炎が、戦場にばら蒔かれた。
●
「ん、なんだ?」
異変に気付いた女神派の男は、側に控えた仲間へ制止の合図を送った。警邏軍の攻撃を凌ぎ、補給出来るポイントへ向かう途中の事だ。
「臭いな。オンズ、解るか?」
「ああ……ここら辺燃えてるぜ、どうするよヴァン」
オンズは頷き、フンフンと鼻を鳴らしながら神妙な顔で言う。答えを聞いたリーダー――ヴァンは唸りつつ、熱で吹き出た汗を拭いながら進行先を後ろへ定めた。
「この火、奴等では無いだろう。第三者の介入と見て間違いないが……」
先を見つめ、迅速に行く。
「皆、使えそうな武器を拾いつつ建物の影まで行くぞ。運が良ければ"巻き込まれない"だろうさ」
「ほう」
燃え盛りを直に見たのは、警邏軍だった。ごうごうと拡がる炎と黒煙を瞳に映し、仲間を召集する。
「装備は」
「一通り、不足無く」
「そうか」
短く状況を確認し、悩む様に顎を一撫で。
「奴等は焼けた者を好まんし、そもそもここで"火を使う"のがどう言うことかわからんバカではないだろう」
「つまり、遂にお上を引きずり出したって訳か?」
「そこまではわからんが、まあ、とりあえず」
男は薄ら笑いで手を前へ。防護の術式陣を多重に広げる。
「この炎の拡がりは、地獄に知れ渡るだろう。ああ。望む望まないに関わらず、な」
●
「う、ん……?」
なにかがおかしい。クーアがバンバン燃やす姿をバリケード裏で見る『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はそう感じていた。
髪で鼻と口をグルンと三巻きしてマスク代わりにし、発生した黒煙から身を守りつつの彼女は、顔をひょこっと覗き出して辺りを見る。
今、自分達は廃棄場の出入口付近のごみ山に上っていて、広く全体を見渡せる位置を陣取っていた。背から流れていく風に煽られて、火の侵攻は前に扇形で行く。
「うん……?」
違和感は臭いだと思う。ずっとある嫌な臭いは、ここの普通だ。異質なのは人の香りと、武器特有の匂い。
充満していて大雑把な方向しかわからないが、燃やした方が良いだろう、と。
「なん、だ」
思い、放火の照準をそちらへ誘導する。焼けて崩れる山の雪崩を見ながら、鼻の奥へツンと来る感覚に、エクスマリアは一瞬遅れて気付いた。
それは。
「火薬の、誘爆、か……!」
言葉の通りに起きる。あちこちから聞こえる爆発音は、隠された武器に使用される火薬やオイル、そのままの爆弾を軒並み炸裂させたのだ。
「……!」
爆風と轟音が産廃の撒き散らしと共に訪れる。
咄嗟に身を屈めるイレギュラーズの中、それは唐突に来た。
「その首、獲ったぞ」
「女神の御心のままに!」
左右からの挟撃だ。
斧を振り抜く動きと、中距離から撃つ貫通式の魔力砲撃。二つが、示し合わせの様に放たれる。
「なるほど、完璧なタイミングだ」
応対は、同じく二つ起きる。
一つは、減衰による回避猶予の獲得。『夜に這う』ルブラット・メルクライン(p3p009557)が撃ち込む実体化しない魔力の奔撃で、魔砲を正面から迎えた物だ。
「ったく、俺は滑り止めみてーなサブプランだってのに……!」
もう一つ、『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)の、斧に対する迎撃がある。
自分を狙った訳ではない。恐らく無差別な振り抜きは、それ故に危険だった。だから彼は、片腕に障壁を張り付けて肩ごとぶつかりに行く。
「のやろ……!」
たわんで、刃が肉に食い込む。両足の踏ん張りで無理矢理威力を弱らせ、逆手に持った剣を下から上へと振り抜いて斧を叩き、軌道を吹き飛ばした。
「どっちがどっちだコイツら!? いや関係ねェ、ここで潰す!」
良く見なくとも、二人の襲撃者は格好が違う。ボロい上下の質素な男と、制服を思わせる着こなしを正した男だ。話に聞く女神派と警邏軍の人間なのだろうと予測出来る。
「まさか手を組んだとでも……?」
襲撃を終え、ゴミ山を盾に逃げていく男をことほぎ、ベンジョマンが攻撃で遮ろうとするが、煙と障害物に紛れる狙いは定まらなかった。
「いや、多分タイミングは偶然だろうな」
クーアの予測と違い、二派の連携攻撃を受けた。様に見える現状を、シラスはそう断じた。
「あいつら、俺達で漁夫の利を得ようとしやがったな」
乱入者を仕留め、あわよくば向かい側の敵もついでに殺れたら幸運、程度の思惑だったのだろう。
敵の敵は敵、と、そういう考えだ。
「初手は出し抜かれてしまった、といったところか」
火を放てば起こる出来事を、奴等は知っていた。且つ、火を扱うのに一番安全な場所も。秘蔵の武器が使えなくなると理解した段階で、こちらを襲うべきだと即座に判断し、実行したのだ。
「……想定より、周りが見えている」
敵の情報を上方に想定しなおしたレベリオの呟きは火炎の音に飲み込まれる。
「接近に気付くのが遅れたのも、今ならば分かる」
服に着いた煤を払い、ルブラットは得心の息を吐く。
「音、匂いは場の状況に紛れ、日頃気配を絶ちながら戦う者を捉えるには、用意が甘かったという訳だ」
だからこれは、自分達の落ち度なのだと、そう理解して。
「しかしもう、想定外は起こらないのです。燃えましたので」
現状の把握は完了した。敵の掴み所も、自分達がどう動くのが最善かも、改めて確認も出来ている。
「ここは、檻。囚われの中で、縄張り争い、などと、身の程を知らなさすぎる」
炎の猛りは衰えない。視界いっぱいの真っ赤な色へと、歩みを進めていく。
「けれど、いい。叩いて、潰す。そこに、変わりは、ない」
●
彼等にとってのそれは、特段、おかしな事ではなかった。
気配を消し、音を殺し、匂いを溶け込ませる。
対立を繰り返す内に身に付けた、このゴミだらけの戦場でだけ活かせる、技術と呼ぶべき力。
「行くぞ」
自分達こそが、この戦場を一番に理解し、活用出来るという自負がある。
「我等でこの地獄を塗り替える」
「その覚悟は、あらゆる者を凌駕する」
「魂を睹してでも」
乱入者が火を放とうと、灰塵に帰す前に仕留めることが可能だろう。
と。
そう考えていた。
「いよう」
一纏まりは危険だ。三人と二人で別れ、索敵、強襲を繰り返し、徐々に詰めていこう。
「邪魔するぜ」
慎重にも臆病にも思えるそんな作戦で動いた警邏軍の三人は、上からの言葉に視線を上げ、落ちてきた男に視線を誘導される。
それは、
「斬らせてもらおう」
ナイフを真横へ一閃させるレベリオの姿だ。
慌てた回避は、三人揃って後方への跳躍。広いと言えないゴミの通路は容易く壁となって逃げ道を塞いでしまう。
「あんまり逃げんな、面倒が増えるだろ」
そこへ、ベンジョマンの放つミサイルが二つ、挟み込む位置を狙って落とされた。退路を断ち、更に寄せるしか無くなった密集空間は、最早ただの処刑場になる。
「おう、派手に行こうじゃねェか、なぁ!」
「ああ、でも、静かに、ただ冷たい底へと、落ちるといいな」
詠われるのは絶望。望みも願いも、全てを飲み込み消し去ってしまう終生の道。
上から見下ろしの姿勢で伝えられたその二重唱は、歪な高低音で男達の精神をズタズタにした。
「おお……我等、想いは折れぬ!」
「ああああああっ! 潰えぬ、途絶え、させぬ!」
それでも折れない心は、何を支えに強固を得たのだろうか。
震える身体で手にした刃は、抗いを成し遂げる、挫けない意志を示すのかもしれない。
「知るかよ」
がむしゃらに振られたそれを、ブライアンは打った。障壁を拳に展開し、剣の腹をフックでぶん殴って体勢を大きく崩させる。それから、倒れていく方向から、迎える様に捩じ込む一撃で顔面をぶち抜いた。
「正義を掲げるテメーらも、人間貪るイカれた女も、俺ぁ願い下げだからよ」
吹き飛ぶ身体が、巻き込む男達と絡まってゴミ山に埋まった。燃え盛り、焼け落ちた瓦礫に降られた彼等の断末魔には背を向ける。
「同情と容赦もしねーってこった」
警邏軍の三人処した。危なげ無く、段取り通りに事を運んだイレギュラーズの中に緊張の緩みがほんの一瞬。
「女神の邪魔はさせない……!」
山に立つシラスの背後、凶刃が二つ。
完璧なタイミングと気配の遮断で迫ったそれらは、無防備な背中へと薄汚れた剣を突き出した。
「神への信仰と、そういうことかね」
だが、届かない。
構え、飛び掛かる姿勢で、時を止められた様に固まる二人を観察するのはルブラットだ。
「思想。信念。何よりも真っ直ぐで、ある種純粋なものを抱えていようと……ああ、等しく、そして突然に与えられる」
極細よりも緻密な目視出来ない糸の巣。隙を突いたのではなく誘われたのだと、気付く時には既に遅い。
「死とは素晴らしい。だから私は、死が好きなのだ」
「ふざけるな……この肉、血、命! 与えるのはこの世界でただ一人だ!」
もがきに糸は食い込み、肉を裂いて骨を断つ。
だが、どれだけそうしたところで逃れる術は無く。
「そいつは残念な事だ」
振り返って見る、憤怒に染まった二人の姿に、シラスは溜め息を一つ吐いて瞬きを打つ。
「その肉、血、命。何者にも与えられずにここで終いになる」
刹那に弾ける紅の光がそれを包み込む。
立ち上ぼり、曇天を貫く柱となるの炎熱だった。ぱち、ぱち、と瞬く度に信仰は焼かれていく。
「――!!」
叫びは、焼かれた喉では起こり得ない。
「まだ足りないってよ、クーア」
「おお! では焔色の美しい末路、お二人様をご案内なのですね!」
伝えたい、遺したい言葉も発せられないままに、女神の信徒は赤黒い炎に焼失した。
●
正義にとっての死は、栄誉だった。
信仰の果ての死は、寵愛の証だった。
「正義の執行は、義務である」
「女神の願いは、絶対の掟だ」
睨み合う両軍は、相容れない。深い溝が、歩み寄りを不可能にしている。
「だが」
だがこのままでは、それぞれの本懐を果たせぬままに死ぬだろう。
ならば、今この一時、わだかまりを忘れて手を組むべきだ。
「なあ、そうだろう、警邏軍」
女神の信徒は手を伸ばす。
「確かにこのままでは死だ」
迎える手は、それを掴もうとして、通りすぎる。
相手の手首を掴み、引き寄せて、
「ぇ」
首へナイフを突き立てた。
「だからといって貴様達と同じではない。我等の死は、必ず、彼が意義を与えてくれるからだ」
引き抜いた穴から吹き出る鮮血を穢らわしいと吐き捨て、信徒だったものを蹴り飛ばして汚れを拭う。
「急いで合流せねばならん。裁きを下さねば――」
と、男は歩み出した足を止める。
気配に振り返ると、そこには焼けて崩れた山が見えた。
「……」
じぃ、と、見詰める。それから徐に向き直り、ナイフを構えて前進。
一歩、二歩……三歩。
「っ!」
瞬間、視界の端に影が過った。斜め下の方向、視認が最もしにくいそちらを追おうと身体ごと向けて、刹那。
「ガッ!?」
後頭部への鈍痛が来る。前のめりに行く身体はしかし、支える様に添えられた手のひらで受けられた。
五指を内側へ曲げたその手は、ぐぐっと力を込められ、突き放す動きで肉へ食い込んだ。
「ぎぃやああああ!!」
蹴りを入れられ、無理矢理引き剥がされた肉は皮をぶちぶちと千切って落ちる。思わず上げた苦悶の絶叫は、潜伏していた男を呼び寄せた。
「なにをしているのだ、貴様達はァ!?」
振りかぶった斧が、襲撃者の一団を目掛けた。その中でも狙いは、幼子へと向けられている。
手ぶらで軽装、触れれば折るのは容易いだろうそこへ。
「なに?」
自分は行くはずだったのに、と、彼は思う。反転した視界に、自分の下半身が見えた。腰から下だけの、臓物を散らばらせている。
それから、狙った相手が見えた。黒に黒金の絹糸と青の双眸。背に光の羽を生やした――
「ひぃ……ッ」
女神を信じる男達二人は、その惨状に恐怖する。
何度もぶつかり合った敵の、聞いたことが無い絶望の叫びと、為す術もなく死に追いやられる圧倒的な差に。
「た、たす、許して」
希う言葉は光を飲み込んだ。
蒼紫の球状だったそれは、男の意志を無視して嚥下される。スゥ、と溶け込む感触が広がり、沸き上がる不快感を彼は吐き出した。
「だずげ、で」
吐血だ。全身の血流が口から出ているのではないかと思えるほどの量を、自分は棄てている。
「ひいぃぃ!?」
凄惨な絶命に、男は独りで逃げ出した。
正義も愛も要らないから、とにかく生きていたいとそう願って。
躓き、倒れても這いずって、この地獄から帰りたいと。
「ひとの逝くべき末路は、等しく焔」
優しげな声に、面を上げる。差し出される両手に頬を撫でられ、彼は不思議と安堵した。
「生きるべき時に生き、死すべき時は焔に包まれて在れ」
周りの焼ける音と熱に満たされ、紅蓮に染められていくのを、確りと感じている。
「あなた方の命脈はここに、残念ながら尽きたのです」
だから。
「だから最期は、我が全力の焔を以て、餞と致しましょう」
●
監獄島の一区画が閉鎖されたという報せは、一般的に事故となっている。
対立する二つの勢力が小火を起こし、持ち込んだ火器に引火、爆発して大火事になったのだと。
「違う」
現場を見つけた囚人は言う。あの日、火が消し止められた後、焼け焦げた死体が尖った瓦礫に突き刺さっていたのだ。
人為的でしか有り得ない。
そして、熱で焼き付いた、『薔薇は静寂を好む』という文字。
これは、きっと。
「なあ、ローザミスティカ様。この島にあんな武器を流通させるなんて、恐れ多い事だと思うんだが」
なァ?
「煽ったりした? ……なぁんてな! いやいや、疑ってなんかいやしないさ、ああ」
表向きは、不運として伝播する。
しかし真意は、確実に全体へ伝わった。
この島はそう、彼女の思惑から決して、外れはしないのだ、と。
強い警告となって。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ユズキです。
監獄島は怖いところですね、と、そんな雰囲気で。
ご参加いただき、ありがとうございました。
GMコメント
ユズキです。
どんな理由だろうと悪は悪なんですよねって感じで。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
敵の戦闘データに関する部分が不明です。
●依頼達成条件
衝突する二グループの人間を処する。
●現場
監獄島における廃棄場。
見通しの悪い倒壊物やゴミ山などが多く、隠れての奇襲なんかが日常茶飯事でされている場所。
●出現敵
【女神派と警邏軍】
五人と五人の計十人。
どこから調達したのか、豊富な武器を所持、またはフィールドに隠して様々な攻防を繰り返している。
中には魔術の素養があるものも。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
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