シナリオ詳細
速きイカロス。或いは、“幸運者”の名誉を掴め…。
オープニング
●空を目指して駆ける山羊
ヴィーザル地方のとある寒村。
山と山の間にある平地に、その村はあった。
外界からは隔絶されたその土地の住人たちは、その多くが生涯を村の中で終えると言う。
「とはいえ、流石に時代が時代ですからね。ここ最近、年寄連中は村興しに躍起になってるんですねー」
あはー、とどこか気の抜けた調子で笑う小柄な少女。
後頭部でくくった白い髪がゆらりと揺れた。
タンクトップにカーゴパンツという軽装。靴も履かず素足のままで、彼女は山を越えて来た。
彼女の名は“ペコ”。
先にも述べた寒村に住む歳若い“騎手”である。
「そうなんだね。確かに不便な立地にあるけど、いつまでも外界との関りを断ったままではいられないよね。変化していかなくっちゃいけないと、村の人はそんな風に考えたんだろうね」
くすり、と柔らかな笑みを浮かべてシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は言葉を紡ぐ。
彼女の言葉に応じるように、ペコの隣を歩く山羊……エアライン・アイベックスがめぇと一声嘶いた。
エアライン・アイベックス。
それは、ヴィーザル地方に住む山羊の名だ。
大きく後方に伸びた太い角に、白い体毛。
力強い後肢としなやかなバネにも似た前肢で崖を駆け上がる習性を持つという。
エアライン・アイベックスは総じて気高く、そして荒々しい。
一説によれば、その山羊たちは空を目指し生涯をただ駆けることに費やすそうだ。
「それで、ペコはどうして私を訪ねて来たのかな?」
うん? と小首を傾げてシキは問う。
うん? と小首を傾げてペコは不思議そうな顔。
「あれ? 私を訪ねて来たわけじゃないの?」
それならどうして、私たちは山を登っているのかな?
なんて、疑問がシキの脳裏を過る。
ヴィーザル地方でのんびりとしていたシキのもとを、ペコが訪ねて来たのはつい先日のことだった。
ペコの隣には、以前の依頼で捕獲した小さなエアライン・アイベックスの姿。
懐かしい……というほど、時が流れたわけでもないが、知った顔を見てうれしくなったシキはペコと山羊に誘われるまま山を登っているのであった。
「あ、そうでしたね。お散歩が気持ちよくて危うく本題を忘れるところでした」
「…………」
「実はですね、シキさんやそのお仲間にぜひ村に来てほしいと思ってまして」
「村へ、かい? あぁ、そういえば年に一度のレースがあるのだったっけ?」
「そうですね。そこで、この子……イカロスを応援してほしいんです」
そう言ってペコは、小さな山羊……イカロスの頭を撫でるのだった。
●“幸運者”の名誉を競って
幸運者。
それは、村で行われる年に一度の祭りを制した者にのみ、与えられる名誉の名である。
祭りの内容を要約するなら、レースということになるだろうか。
牛や馬の背に乗って村の周囲……約2キロの距離を1周するというものだ。
そこで1着を取った者にこそ“幸運者”の名誉と報奨が与えられる。
「ペコは山羊……イカロスの背に乗り、そのレースに参加するつもりだったみたいなんだけれどね」
と、そこでシキは困ったような笑みを浮かべる。
曰く、イカロスのモチベーションが上がらないことで、思ったように速さが出ないとのことだった。
エアライン・アイベックスの脚力は、そこらの牛や馬を上回る。
イカロスの体躯は小さいが、それでもそう易々と遅れを取るような足はしていない。
その、はずだったのだが……。
「負けん気の強い性格の子ではあるそうなんだけど、どうやら村の牛や馬を競争相手として認めていないようなんだ」
やる気が出ないので、速度も出ない。
つまりはそういうことである。
本来であれば、騎乗する馬……今回の場合は山羊であるが……のやる気を出させるのも騎手の役目だ。
その点でいうなら、ペコの実力不足ともいえる問題である。
しかし、ペコは初参加の祭りを好成績で終えたいと考えているようだ。
「速さを競った私や、私の仲間たちの応援があればイカロスもやる気を出すんじゃないか、と思ったみたいでね」
この度、シキとその仲間たちは村の祭りに招かれたというわけである。
「あぁ、何も応援だけが仕事じゃないよ。祭りに参加したいのならしても構わないそうだ」
騎乗する生物を自身で用意しても良し。
ペコの家で飼っている馬に乗るも良し。
ちなみに生物であれば何に騎乗しても良いらしい。つまり、牛や馬に限らず、人の背に乗り参加するのもルール上問題はないそうだ。
一応の規則として、飛行する生物への騎乗は禁止されているのだが。
「ペコの家で飼っている馬は1頭だけ。“サイオウ”という名の老馬で、脚は早いけどよく道を間違えるそうだよ」
仲間たちの前に立ち、シキはコースの説明を始めた。
村の正面入り口に、およそ20の選手が並ぶ。
号砲と共に一斉に走り出し、まずは草原地帯を疾走。
その後、森林地帯、湿地帯、荒地帯と続く。
荒地帯を抜けた先には激坂。
斜度にして28%。距離はおよそ300メートルほどである。
坂を上り終えた後には、急斜面のコースを高速で下る必要がある。
その後、400メートルほどの直線を駆け抜ければゴールとなる。
「依頼の成功条件は、ペコとイカロスに1着を取らせること。或いは、私たちの誰かが1着を取ること、だってさ」
- 速きイカロス。或いは、“幸運者”の名誉を掴め…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年02月20日 21時55分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●目指せ幸運者
ヴィーザル地方のとある寒村。
山と山の間にある平地に、その村はあった。
畑と牧場の他には大した見物さえない。そんな寒村ではあるが、年に一度の祭りの季節だけは、大きな街にも負けないほどの活気をみせた。
それはいわば、競争だ。
村の有志が馬や牛に騎乗し、総距離およそ2キロメートルほどになる村の外周を一周走る、とそういう趣旨のレースであった。
その競争で1位を取得した者にこそ与えられる“幸運者”の称号と名誉。
村の少女“ペコ”もまた、その名誉を得るべくレースに参加する者である。
彼女の相棒は、つい最近になって捕獲したばかりの“エアライン・アイベックス”という山羊だ。空を目指し跳ぶ習性を持つその山羊は、気位が高いことで知られていた。
事実、その山羊を乗りこなすことが出来た者は、村の歴史でもペコの祖母ただ1人だけ。
その孫が、矮躯とはいえエアライン・アイベックスを駈りレースに参加するともなれば、村人たちの注目も自然と彼女に集まることは避けようがない。
さらに、今回のレースにはペコ以外にも注目の選手たちがいた。
「ペコ殿、イカロス殿、お久しぶりです! あの時お話されていたレースが始まりますね」
「今日はどうぞよろしく頼むね。イカロスの速さは身をもって知っているけれど、でも、イレギュラーズのみんなもうんと早いよ?」
黒毛の狼『折れぬ意志』日車・迅(p3p007500)と、それに騎乗する『若苗の心』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は、面識があるということもありペコに対し気安く声をかけていた。
ふるる、と鼻息を吐いたエアライン・アイベックス……イカロスは、どこかじっとりとした視線を2人へと向けた。
村へとやって来たイカロスは、競争相手である馬や牛たちの実力に不足を感じたこともあり、ここ最近はすっかりと戦意を喪失しているようなのだ。
そのことを知っているからこそ、シキは敢えて挑発的な態度でもってイカロスを睥睨してみせる。
「ふふ、イカロス。その退屈そうな顔を崩してあげるから、覚悟しておくといいさ」
「然り。ペコさんには申し訳無いですが、優勝を目指します。努々、油断なさらぬよう」
「あぁ、そうとも。私は速さに関しては負けず嫌いでね! レースに出場するからには優勝を目指すよ!」
老馬“サイオウ”に騎乗した『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)。そして紫電を散らす虎に乗った『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)もまた、ペコ&イカロスに発破をかける。
狼や虎といった肉食獣に騎乗する者がいるせいか、ペコたちの周辺にはすっかり人が寄り付かない。
遠巻きに一行を眺める村人たちの間を割って、1頭の軍馬が前へ出る。
そこらの馬より一回りほども大きな体躯に太い脚。
数多の戦場を駆け抜けて来た経験からか、その眼光はとても馬とは思えぬほどに鋭いものだ。軍馬の名はムーンリットナイト。主の名は『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)である。
「ペコ殿、イカロス殿。どうか本気を出しなさい。全力を出した者と競い得た勝利こそ、私とムーンリットナイトに相応しいのよ!」
白金の鎧を纏った彼女の瞳は戦意の炎に燃えている。
「おっと、僕のことも忘れないでもらいたいね。このヨモツヒラサカと共に、イカロスに勝って優勝も狙うつもりだから覚悟してほしい」
灰の髪を靡かせながら『貴族騎士』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は告げた。貴族然とした佇まいに、堂々とした名乗り。薄らと浮かべた嫌味のない笑顔と、火の付け所のない美男子である。
心なしか、村の女性たちから熱い視線を集めているような気さえした。
『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)と『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は、観覧者の列に混じってレースの開始を待っていた。
「幸運者か。カッコいいかどうかはさておきいい称号だよなぁ。少なくとも俺のなんかより数千倍はマシだ」
貧乏籤と称されるほどに、世界は運が悪かった。眼鏡の位置を直しつつ、溜め息を1つ零してみれば、幸せが2つも3つも逃げていくのだ。
そんな彼に、どこか歓喜を孕んだ視線を向けながらヴァイオレットはタロットの束を差し出した。1枚引け、とそういう意図だろう。
「ペコ様は愚者の正位置でしたが、はてさて世界様の結果はいかがでございましょうか?」
「……嫌な予感しかしないんだが」
と、そう告げて世界はカードの束から1枚を引き抜いた。
描かれていたのは「ⅩⅥ」のナンバーと、雷の落ちる塔のイラスト。
「ヒッヒッヒッヒ。塔の逆位置。緊迫、突然のアクシデント、必要悪、誤解、不幸、無念、屈辱、天変地異を暗示するカードでございますね」
「そんなこったろうと思ったよ」
はぁ、と大きなため息を1つ零した世界は、ヴァイオレットに背を向けて列後方へと下がっていった。仲間たちの応援及びある目的を遂行するため行動を開始したのだろう。
そんな彼の背中を見つめ、ヴァイオレットは一層笑みを深くした。
「……ヒッヒ、あくまで【占い】の結果。確証はございませんし、正解とも限りませんのに。然して、占いとは鏡のようなもの。出た結果をもとに、自らを見つめ直す切欠となれば、占い師冥利に尽きますが」
ペコにしろ、世界にしろ、占いの結果を覆すに足るスペックは十二分に持っている。
その結末が、彼らにとって幸か不幸かは、また別の話ではあるが。
●疾走開始
号砲と共に、選手たちが駆け出した。
牛が、馬が、羊が、サイが、土煙を上げ疾駆する。
レースの距離は2キロメートル。
序盤の草原は騎馬たちにとって走りやすい地形であるが、ここで飛ばしてしまっては後半になって体力が持たない。
かといって、ここで後れを取ってしまえば後半になって追い上げることも難しい。
そのためか、多くの選手はまずは様子見とばかりに一塊となって疾走することが多いのだが……。
「加速して一気に引き離しましょう! シキ殿、多少揺れますがご了承くださいね!」
「おや、私に気を遣わなくたっていいのに……なんて。ふふ、ありがとうね」
「っと、そうはいかないよ。森林地帯に着くころには、僕たちが一位になっておきたいからね」
「へぇ? 貴方たちも、なかなか速いのね。でもわたし達は強いわよ。優勝はいただくから、どうぞ後ろで見ていなさい!」
セオリーなど知ったことかと、シキ&迅、レイリー、シューヴェルトの3選手が集団を抜け前に飛び出た。
その僅か後方では、1頭の牛が転倒。巻き添えを食って、ほかにも数名の選手が落馬していた。
集団での疾走となれば、往々にしてそのようなアクシデントも起きるもの。予想していた者たちほど、集団の外へと馬を移動させることでそれを回避しているようだ。
一方、集団の中央に取り残されたペコはというと、頬に一筋汗を浮かべてイカロスの角を掴んで、顔を上へと上げさせた。
タン、とイカロスが地面を蹴って宙へ跳ぶ。
転倒した選手を避けて迂回していては遠回りになる。ならば、跳び越え最短距離で駆け抜けることを彼女たちは選択したのだ。
一方そのころ、観客席。
周囲の誰もが自身を見ていないことを確認し、世界はするりと宙に文字を描きこんだ。
どうやらそれは召喚陣のようである。
呼び出された風の精霊が、ふわりと舞ってイカロスの足元へと迫る。
「あーあ、いきなりアクシデントだ。まぁ、おかげで誰も俺の方を見ちゃいないが……序盤だし、手助けするなら地味なのがいいかもな」
瞬間、吹き荒れた突風によりイカロスは通常よりも僅かに高く、そして前へと押し出された。転倒した牛や馬を軽々と跳び越え、先行集団との距離を僅かに詰める。
精霊による補助や妨害が効果的だと、その結果をもって世界は正しく理解した。
くるり、と踵を返した彼は次のステージへと駆けていく。
続く森林地帯。
誰よりも速くに駆けていくのはマリアと、彼女の騎乗する愛虎エクレアだった。
紫電の軌跡を描きながら、エクレアは木々の間を右へ左へ、速度を落とさず駆け抜けていく。最序盤こそ他の馬たちを風よけとするためペースを落としていたのだが、ここに来て立場が逆転していた。
森林地帯という障害物の多い地形では、馬や牛では十全に速度を出し切れないのだ。
先頭を駆け抜けるマリアとエクレア。
その後ろ姿を追いかけるのはシキ&迅の2人であった。木の幹を蹴り加速した迅は、背に乗るシキへと声をかける。
「シキ殿が教えてくれるルートを通って走っていますが、これならもっと速度を出せそうですよ?」
「いや、この位置をキープしよう。森林帯や湿地帯では通りやすいルートを選ぶつもりではいるけど、体力の消耗は避けがたいからね」
そういってシキは背後を見やる。
そこには小さな体躯を活かし、木々の間をすり抜けるイカロスとペコの姿があった。
続く湿地帯に一番乗りしたマリアはしかし、驚愕に目を見開いた。
後方に居たはずのオリーブ&サイオウが、湿地帯手前に佇んでいたのだ。
「あれ? どうして……」
「自分はサイオウを信じて、サイオウも自分を信じてくれた結果でしょうか。サイオウは良く道を間違える、と聞いていたけど、実際は少し違ったみたいですよ」
【動物疎通】のスキルを使ってオリーブはレース前から今に至るまで、サイオウとコミュニケーションを取り続けていた。
その中で分かったことなのだが、サイオウが良く道を間違えるのは「そっちの方が歩きやすい」「そっちの方がツイている気がする」という勘に従った結果だという。
事実、サイオウの選んだルートに木々はほとんど茂っておらず、こうして労なくマリアたちに先行したというわけだ。
「まぁ、湿地はどうしようもないし、ゆっくりいきますよ」
「そうかい? それならお先に行かせてもらうね!」
オリーブをその場に残し、マリアが湿地帯へと飛び込んでいく。
その直後、森林を抜け2頭の馬が跳び出した。
ムーンリットナイト、そしてヨモツヒラサカだ。
森林地帯で減速していたはずのレイリーとシューヴェルトであったが、存外に追いつくのが速い。
「さぁ、いくよリット! それにしても、あなた無茶苦茶な真似をするわね」
「少し木を斬り倒しただけじゃないか。それに、本物の幸運者なら多少のアクシデントは持ち前の運やらで乗り越えられるものだと僕は思うよ」
どうやら森の木々を斬り倒しながら、2人は前に出てきたようだ。
倒れた木々に足止めされたせいで、後続の牛や馬の姿は見えない。
ちなみに、参加者たちが知ることは無いが、一部には世界の仕掛けた罠に嵌った者もいる。
奇妙な怪物に襲われたという目撃情報も、おそらく世界の手によるものだろう。
「まぁ、こんなもんだろ」
なんて、独り言ちた彼の言葉を聞くものはいない。
マリア、レイリー、シューヴェルトの3人が一塊となって湿地帯を駆けていく。
その後に続くはペコとイカロス、そしてシキ&迅のペアである。
さらに、幾らか遅れた位置には森林地帯を無事に突破した馬や牛たちがいた。
次々と他の選手に追い抜かれながらも、サイオウはペースを維持し続けていた。
「あぁ、地面が踏み固められていて、これはとても走りやすいですね。やはりサイオウのポテンシャルは高いです。余計な事をしてそれを削ぐ訳にはいきません」
そのようにして、徐々にレイリー&サイオウは前方集団との距離を詰めていく。
荒れた地面が脚に与えるダメージは、存外大きなものとなる。
しかし、レイリーの愛馬、ムーンリットナイトやシューヴェルトのヨモツヒラサカのような軍馬のように体力、脚力ともに優れた馬ならば、大きな消耗もなく駆け抜けることも可能であろうか。
「私、レイリーとリットを止められる者はいる!?」
わざとペースを落としたらしいシューヴェルトを置き去りにして、レイリーはぐんぐんと加速していく。
空気抵抗を極限まで減らす前傾姿勢を維持したまま、彼女はチラと背後を見やった。
刹那、視界の隅に白い影が一瞬映る。
「なっ⁉」
空気を切り裂き、高く跳んだその影はペコとそしてイカロスだ。
イカロスは元より荒れた渓谷に住んでいた山羊だ。多少、硬い地面の方が走りやすいということか。
或いは、いつまでたってもトップを取れない現状や、華麗に駆けるイレギュラーズの選手たちに対して対抗意識を燃やしたのかもしれない。
素早く駆けるイカロスに、対抗意識を燃やしたのだろう。ムーンリットナイトは鼻息を荒くし、速度をあげた。また、後方ではマリアの愛虎エクレールが咆哮をあげる。
「エクレール、焦ってはいけないよ? 私達の勝負所は荒れ地を抜けた先にある上り坂、そして最後の直線だ!」
なんて、マリアが愛虎を制止する声が響きわたった。
『ペコ様とイカロスとは、まだまだ出会って日が浅いと聞きます。ゆえにこそ、アナタ方に必要なのは、鍛錬や訓練ではなく…対話でございましょう』
スタートの直前、ヴァイオレットに言われた言葉が脳裏を過る。
あの渓谷でイカロスと出会い、ともに崖を駆けのぼった。
村に戻ってからも、四六時中ともに過ごし、友誼を深めた。
その背に乗って、長い距離を駆け抜けた。
『アナタはひたむきな思いを持つお方。お若い故に経験に乏しいものの、このレースに勝ちたいと願う思いは本物なのでしょう』
その想いに間違いはない。
事実、ゴール前の激坂こそ、自身の祖母がもっとも得意としていたコース。誰よりも速く、エアライン・アイベックスを駈り、坂を駆け上がっていった雄姿は今も記憶に残っている。
『しかし……動物というのは、意外と人間の感情に敏感なのです。アナタの中にある、まっすぐすぎる気持ちは視野を狭める。そしてその焦りは、イカロスとの関係も一足飛びにしようとしている……心当たりは、ございませんか?』
酷薄な笑みと共に、ヴァイオレットはそう告げた。
まるで、自身の心の内を覗き込まれたかのような想いだった。
「私がこの子に相棒を求めるように、この子もまた私に何かを求めている……か。イカロス、あなた、どうしたい?」
そう問うたペコに対する答えは、青空高くに響き渡る嘶きであった。
「うん。わかった。わかったよ、イカロス。跳ぼう、高く、空高くへ!」
目指すは前ではなく、空だ。
空にまで駆け抜けていけるほど、速く。
そうしてペコとイカロスは、誰よりも速く坂を駆け上がったのだった。
●幸運者は誰の手に
「迅くん、私に気を遣わなくていいよ。本気で走っておくれ。イカロスとペコに、君の走りを焼き付けてやろう! 鮮烈に、強烈に。生涯忘れられない好敵手になるくらいにさ!」
シキの声が響き渡った。
迅は咆哮をあげ【ギア・ゼロ】を発動。リミッターを解除した彼の加速は、ほんの一瞬、音さえも置き去りにした。
「全ての力と根性を出し尽くして走り切ります!」
風圧に耐えるシキの頬が苦痛に歪む。
迅の体力も限界に近い。
けれど、坂を下り降りる頃には先行したペコたちに迫っていた。そんな2人を一瞥し、ペコとイカロスは笑みを浮かべる。
「負けないんだから!」
ラストスパート。
激坂を制したペコたちを先頭に、シキ&迅、そしてレイリーとムーンリットナイトが続く。
「勝負よ! リット。鍛錬の成果見せるわよ!」
「こっちこそ、イカロスの足を甘く見るなぁっ!」
ペコとレイリーの視線が一瞬交差する。
勝負を決めるのは、騎馬と騎手の一体感と根性だ。
「思いっきり行って下さい、サイオウ」
「ラストスパートこそがヨモツヒラサカの真骨頂! ここで最後の決戦と行こう! 優勝して、幸運者の称号は僕が頂くぞ!」
後方より追い上げをかけるはオリーブとシュヴァリエ。
ゴールまでまだまだ距離もある。
先行する騎馬たちの体力次第では優勝の可能性も十二分に残っていた。
ゴールの手前に2人並んだヴァイオレットと世界はくすりと笑う。
「ペコ様とイカロスは良きパートナーとなれたようですね」
「追い風を吹かせるなんて地味な手助けは必要ないか?」
そういって世界は、髪に付いた汚れを払う。
あくせく駆け回ったわりに、ラストスパートを競っているのはペコと仲間たちばかり。予定調和といえばそれまで。まさに貧乏くじである。
轟音。
そして紫電が爆ぜた。
「いけーーーーーー!!!!」
それはまるで地を駆ける稲妻。
マリアと、そしてエクレールだ。
後方から追い上げをかけるマリア、そしてオリーブ。
先頭を争うレイリー&シュヴァリエ。
やはり直線では馬が有利か。
否、そこでシキと迅が加速した。限界を超えた疾走は、迅の身体に大きな負担を与えた。酸欠のためか意識も朦朧としているが、しかし彼は決して走る速度を緩めることはなかった。
「跳べぇ! 跳べ、跳べ!! 誰より高く!!」
ゴールの手前でイカロスが跳んだ。
前に、高く。
『ゴール!! 優勝は……』
なだれ込むようにゴールラインを割る騎馬と選手たち。
「経験の差ね!! 幸福者の称号は私とリットがいただいたわ!!」
胸を張り、堂々とオーバーランを決めるレイリー。
その後ろ姿へ、ペコは憧憬と悔しさの混じった視線を向けるのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
無事にレースは終了しました。
ペコ&イカロスは奮戦しましたが、経験の差により敗北。
この敗北は、彼女たちをさらに奮起させるでしょう。
この度はご参加ありがとうございました。
また、ベルの依頼でお会いしましょう。
GMコメント
こちらの依頼は「エアライン・アイベックス。或いは、その山羊、遥か空を目指して…。」のアフター・アクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5009
●ミッション
ペコ&イカロスに1着を取らせること。
イレギュラーズの誰かが1着を取ること。
●ターゲット?
・ペコ
ヴィーザル地方、とある山岳地帯の村に住む少女。
タンクトップにカーゴパンツ、素足といった動きやすそうな服装を好む。
エアライン・アイベックスのイカロスと共に、村で行われる祭りへの参加、そして優勝を狙っている。
騎手としての腕はいいところ二流。
まだまだ若いのだ。経験不足は否めない。
名騎手であった祖母の血か、潜在的な才能はなかなかのようだが……。
・イカロス
小柄なエアライン・アイベックス
後方へ弧を描くように長く伸びた黒い角。
雪のように白い体毛。
発達した後肢に、しなやかなバネにも似た前肢。
気高く、荒々しく、そして速い山羊。
空を目指して谷を駆け上がる習性を持つ。
村の牛や馬を競争相手とみなしておらず、祭りへの参加は乗り気ではない。
・サイオウ
ペコの家で飼われている老馬。
脚は速いが、生来方向音痴でありよく道を間違える。
祭りに参加したい&騎乗する生物がいない場合に貸してもらえる。
・村の住人達×20
馬や牛に騎乗した祭りの参加者たち。
幸運者の名誉を欲しており志気が高い。
●フィールド
村の正面入り口がスタート。
草原地帯、森林地帯、湿地帯、荒地帯と続く。
荒地帯を抜けた先には激坂。斜度にして28%。距離はおよそ300メートルほどである。
坂を超えた先には400メートルほどの直線。
その後、ゴール(村の正面入り口に戻る)となる。
距離にしておよそ2キロほど。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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