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シナリオ詳細

<Rw Nw Prt M Hrw>星と少女と彼女の心臓

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 美しい地底湖を過ぎ、絢爛にも見える遺跡を駆け、昇り下りを繰り返す階段を抜けて。
 たどり着いたのはクリスタル迷宮の最奥だった。
 中央には祭壇が置かれ、周囲には色宝が空を舞っている。
「ああ……やった、やったぞ! こんなにも宝がある!」
 まさに時の如く宝の山を目の前にした大鴉盗賊団の男は、こみ上げる笑いを抑えきれずに大声で笑った。
 見れば周りの仲間達も、我先にと宝に手を伸ばし始めていた。
 のんびりとしていられない。俺も宝を持って帰って、そして――。
 今、懐かしい姿を見かけた様な。
「……ハーティアリア?」
 名前を口にすると、ぱきりと音を立てて『少女』が振り返った。
「まア、きてくれタの?」
 時が止まった様に変わらないまま、あの日見た笑顔で男を見る。
 彼女と同じ顔で、同じ声で。少女の人形が笑った。
「うれシい」
「ああ、俺もだよ。ハーティのその心臓はお宝なんだろ? じゃあ俺のためにそれをくれねぇかなあ」
「ソウだね、それガイイかも」
 頷いた少女は微笑んだまま、手元に転がっていたナイフの切っ先を自らの胸元へと向ける。
 欲しい、あの子が欲しい。ハーティの心臓(色宝)が欲しい。
 願いを叶えるために、どうしても欲しい。
 なら……どんな手を使っても、手に入れねぇとな。
 

 『願いを叶える秘宝』が眠っていると噂され、学者達が調査を行っていた遺跡群『FarbeReise(ファルベライズ)遺跡群』。
 遺跡に眠る小さな願いを叶える宝『色宝(ファルグメント)』を巡り、イレギュラーズと大鴉盗賊団は衝突しせめぎ合いながら、奥へと進んでいった。
 中核に存在する『扉』を潜り抜けた先にあったのは、クリスタルの迷宮と無数の色宝。そして『ホルスの子供達』と呼ばれる土塊の人形だった。
 『その名前を呼ばれたから、今日から自分は呼ばれた名前の存在なのだ』と認識した人形達は、そのように振る舞うのだった。
 クリスタル迷宮を進み、大分不快場所へと差し掛かった頃だった。
 最奥の様子がおかしい。異変を察知したバシル・ハーフィズが最奥の手前で足を止めた。
 中の様子を窺ってくると言い残し、暫くすると彼は情報を携えて戻ってきた。
「ファルベリヒトが暴走している」
 ファルベリヒト。
 ファルベライズ遺跡群に存在する大精霊の名であり、光彩の精霊と言う呼び名を持つもの。
 守神様であるファルベリヒトの砕けた力が、色宝へと変化し大精霊を祀る祠の周囲を満たしているのだ。
 最奥に存在するファルベリヒトは、ホルスの子供達の制作者である『博士』と精神を同化させ『狂気』状態に陥っていた。
 その所為か、最奥に近い場所に存在したホルスの子供達は狂気状態に近い様である。
「どうやら大鴉盗賊団はファルベリヒトを取り込もうとして、狂気に当てられた奴も多い。
 なんとかして暴走を沈めねぇと、波紋が広がる様にやがてラサ全体に影響が広がりかねないと推測される」
 このまま彼らを暴走させる訳にはいかないし、万が一外に飛び出すなんて事もある。
 何としても食い止め無ければならない。
「目に入った奴の情報を言うぞ。
 ホルスの子供達が5人、大鴉盗賊団が4人の各グループが入り乱れて交戦中だ。色宝を目の前にしてなりふり構わねぇというよりも、『正気』じゃないといった感じだ。
 なりふり構わず、手近な奴を手当たり次第攻撃してる」
 大鴉盗賊団は短剣を持っており、ホルスの子供達は拾った短銃を手に持っている。
「この一団で目立っているのは『ハーティアリア』と呼ばれたホルスの子供達と、大鴉盗賊団の『リドー』という男だ。
 リドーがハーティアリアの『名前を呼んだ』張本人らしい」
 彼を含めて、大鴉盗賊団の処遇はイレギュラーズ達に一任された。
「ぶっ叩いて引きずってくるもいいし、そこで殺しても依頼の成否には関係ねぇとよ。
 大鴉盗賊団に関してはは生死問わず(デッドオアアライブ)が今回のオーダーだ。
 ああ、そういえば――」
 ――伝承に歌わる、昔話をもう一度しようか。
 此の地を護る為にその力を砕けさせた大精霊ファルベリヒト。
 彼か彼女か、イヴによく似た精霊は人を傷付けることを望んでは居ないだろう。
 作り出されたホルスの子供達とて、狂気に駆られ誰かを傷付けることは望んでは居ない。彼等は、『色宝(ファルベリヒトの欠片)』から作られた命である。そんな思いの欠片を体に宿した彼らなら、そう思うだろう。
 人々が為と力を砕けさせる心優しき精霊の想いを護ってあげて欲しい。
 そう『らしくない想像』を語った情報屋は、一度ため息を吐いた。
「気を抜くなよ」
 と言ってバシルはイレギュラーズ達を戦場へと送り出した。


 星空を掴む様に、細い手を空へと伸ばす。
 じっと目を凝らして、息を殺して『その時』が来るのを待ち構えていた。
 飽きて「もう帰ろう」と愚図る俺を「きっと来るはずだから」と宥め賺して、彼女が信じるならと肌寒い夜の中で待った。
 奇跡を願い、祈りが天に通じると僅かな期待を寄せて。
「あっ」
 突然少女が静寂を破って歓喜の声を上げた。
 きらりと星では無い何かが瞬き、銀の針の様にさっと軌跡を残して消えてしまう。
 そっと空気を閉じ込める様にして、華奢な指が蕾の様に閉じられる。
「ほら見て! きっと今、私は星を掴まえられたんだわ!」
 頬を染め、深緑の目に星を宿して輝かせる少女が眩しくて、「そうかよ」と素っ気ない返事をした。確か。
「何を願ったんだよ。どうせハーティの事だから、お外で遊べます様にっていうつまんない奴だろ」
「今回は違うわよ! ――いつか、リドーと一緒に色んな街へ行けます様に」
 幸せに満ちた横顔を見て後悔した。
 いつか星が見たいと言っていた。徐々に視力を失いつつある彼女は、もうすぐ星を見ることが出来なくなるだろう。
 体が弱く、歩くのも精一杯のハーティアリア。可哀想な女の子。
 放っておけなかったリドーが気まぐれに声をかけて、二人は友達になった。
 友達になったのも突然なら、別れもまた突然で。
 ある日突然、患っていた病が悪化し、その日のうちに死んでしまった。

 いま好いている女も、同じ病を得て伏せっている。
 ――なあ、病に呪われているのは俺の方なのか?

GMコメント

 水平彼方です。恋と欲望は難しいですね。

●目標
・ホルスの子供達の撃破
・大鴉盗賊団の討伐、または捕縛
 盗賊団は不殺スキルを使用することにより、狂気状態から救うことが出来ます。

●ロケーション
 クリスタル遺跡最奥付近での戦闘になります。
 クリスタル迷宮の最奥に当たる部分です。中央に祭壇が存在し、周囲には色宝が舞っています。
 周辺の景色は色宝の影響を受けるためか変化が大きく、時間の経過を受けることでころころと姿を変えていきます。
 ハーティアリアの影響もあってか、彼女の周囲ではよく星空の風景が映し出されます。
 また、この周囲には狂気に触れたモンスターなどが多く存在し、足場も不安定な部分が多いようです。

●敵
 ホルスの子供達『ハーティアリア』、他の子供達×4
 大鴉盗賊団『リドー』、他の盗賊団員×3
 全員が狂気状態に陥っていますが、足を踏み入れるとイレギュラーズへと襲いかかります。
 ホルスの子供達は全員、心臓部に色宝を持っています。

・『ハーティアリア』
 上等なドレスを身に纏った少女です。肌は青白く、体つきは華奢というより痩せこけています。
 少年時代のリドーの友人であり、恋に満たない淡い思いを寄せられたひと。
 リドーを好いていたものの、病の前に手放した少女を模した土塊の人形です。
 任意の地点から扇状に流星の様な魔法の矢を降らせたり、単体へと小爆発を起こし吹き飛ばします。

・ホルスの子供達×4
 ヒトの形をしているハーティアリアと違い、彼らは崩れかけた輪郭をした不完全な姿をしています。
 生者を見かけると遺跡に取り込もうと襲いかかってきます。
 倒れた盗賊団から奪った短銃を所持しています。

・『リドー』
 大鴉盗賊団の一員で、「ハーティアリア」の名前を呼んだその人。
 愛した女の病を癒やすために色宝を求め盗賊となった男です。
 かつて友人だった少女の心臓をえぐり出してでも願いを叶えなければと考えています。
 短刀で斬り、毒を塗ったナイフ投擲します。

・大鴉盗賊団×3
 短剣を所持し、素早い身のこなしで戦います。
 怯えるもの、宝を前に昂揚するもの、独占しようとするもの。三者三様の感情を振り翳しています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <Rw Nw Prt M Hrw>星と少女と彼女の心臓完了
  • GM名水平彼方
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年02月21日 22時40分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

紫月・灰人(p3p001126)
お嬢様に会いに
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
カナメ(p3p007960)
毒亜竜脅し
胡桃・ツァンフオ(p3p008299)
ファイアフォックス
テルル・ウェイレット(p3p008374)
料理人
玄緯・玄丁(p3p008717)
蔵人
月錆 牧(p3p008765)
Dramaturgy
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼

リプレイ


 輝く星空など、狂気に濁った戦場の中では誰も見向きもしていなかった。
「これは……星空ですか」
 戦況をうかがっていた本来ならば頭上には水晶で出来た天井があるはずだが、『Dramaturgy』月錆 牧(p3p008765)の目に映るのは動かぬ星空。思い出すのは亡夫とすごした土地で見上げた冬の夜空だった。『落ちてきそうな』という言葉どおりの、たいそう素晴らしいものだった。
 思い出をかき乱すようにして、静かな風景の中で狂騒が大きく響いた。
「皆さま構えてくださいませー。一致団結で来るようですわー」
 こちらに気付いたホルスの子供達と盗賊団の一群が踏み出すのを見て『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)が注意を促す。
 平穏な風景とは不釣り合いな銃声と剣劇が錯綜する中、ふりまかれた狂気に触れて正常な判断を失った大鴉盗賊団とホルスの子供達。
 彼らは得物を抜き、あるいは拾い上げてイレギュラーズ達へと向かって走る。
「みんな狂ってる感じだけど、カナたちには来るんだね! もしかしてカナたちお邪魔だったりー?」
 『二律背反』カナメ(p3p007960)はシアンとマゼンタの瞳をゆがめ楽しそうに笑った。百華【大水青】と緋桜【紅雀】それぞれ抜き、振り向いたハーティアリアめがけて戦場を突っ切る。
 駆ける勢いのまま放ったのは冥の型「紅時雨」。
「あはっ♪ だとしても、依頼で来てるし下がる気はないけどね」
「あナた、邪魔をするのね」
 ハーティアリアは残念そうにつぶやくと、白く細い指先をカナメへと向けた。
「じゃあ、砕けちゃって」
 わき腹を抉られる様な痛みと共に、後方へと押し戻されるカナメ。
 向けられた害意に、自然と唇の端が吊り上がる。堪らない! とばかりに唇をなめた。
「鴉の面子にも情報ぐらいは行ってそうなんだけど。紛い物と解っていてもこうも精神をやられるものかね?」
 まあ、概ね可笑しくなった精霊あたりの影響か、と『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は冷静に分析する。アストルム・アークを自身の周囲に展開すると、ふわりと宙に浮かび上がった。
「名前のせいで引っ張られて湧いたホルスも、下手に暴れられても困るし。手早く片付けるとしようか」
 ルーキスが呼び起こした熱砂の嵐が吹き荒れ、うねりながら敵を捕えていく。
「果たして、彼らは何が目的だったのか、狂気の所為で忘れてしまっているのでしょうか」
 青い炎を身に纏った『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)がこやんぱんちに包まれた手で狐の顔を形作る。
 コャーとひと鳴き、胡桃はさんだ~ふぉ~るでホルスの子供達を包み込む。
「何を見て、何を願い、何の為に戦うのか。それさえも忘れてしまうのが本当の不幸だと、わたしは思ったのでした」
「あー、今はその男がどう思ってるかは知らねぇけど。かつて確かに有ったモノなら思い出させてやらんとだぁな」
 ぐっとこぶしを握り締めた『お嬢様に会いに』紫月・灰人(p3p001126)は輪郭の崩れたホルスの子供達へと一気に詰め寄った。鋼花闘装アサルトブーケに暗闇を纏わせ、無明の内へと閉じ込める。
 盗賊団の様子を見ていた『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は、彼らの様子を見て「なんと言いましょうかー」と違和感の答えを探した。
「宝の山に中てられて狂喜乱舞…というには、狂気の向きが異なりますわねー」
 メリルナートはディアノイマン、インフィニティバーンを重ねて、戦いに向け自身を調律していく。
「さて、可能であればあの盗賊の方々もお救い出来れば、ですが」
 『料理人』テルル・ウェイレット(p3p008374)は厚めのウェイトレス服の裾を靡かせて、生命力を削り神子饗宴で味方へと力を与えていった。
「あくまでそれは努力目標として、今はまず必要不可欠な目標をクリアしないと、ですね」
『仕方ないか……悪人とはいえ、目の前で死なれちゃ後味悪いもんな』
 だが。
「お前らは揃いも揃って半端な演技しか出来ないようだな。少女と言うより機械のようだ。全く観るに耐えない! さっさと舞台から降りてくれ」
 『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)——虚の心がぽつりと呟いた。続いて漏れ出たのは稔の苛立たしげな声。狙うはホルスの子供達、盗賊団を巻き込みながら神気閃光が爆ぜた。
 理性をなくした盗賊団を見て、『蔵人』玄緯・玄丁(p3p008717)は得物で肉を切りたい衝動に体が疼いた。
 不殺でせっかく生きて正気に戻ったのに取り込まれた……なんて結末は盗賊だって嫌だろう。
 何より、面白そうな相手はうっかり殺しちゃったら怒られそうだし。
「ま、とりあえず殺していい方を先に殺すよぉ」
 その方がやりやすいし、気負わなくてもいい。手加減なしに相手とし合えるのは気持ちがいい。
 目標をホルスの子供達に定めた玄丁は、彼らを相手取りながら命がけの戦闘の中へ――血の沸き立つような瞬間へと身を投じた。
「邪魔だ!」
 苛立たしげに玄丁へと視線を向けたリドーは毒を塗った短刀を投げようと腕を振りかぶった。しかし彼の前に、牧が静かに立ちはだかる。
「何にも叶えられない哀れな男。色宝なんて物に頼っても何しても無駄でしょう」
「うるせぇ!」
 逆上したリドーは牧へと狙いを変えた。平坦なナイフの柄を握りしめ、女のどこを刺そうかと値踏みするように睨めつけた。
「わたしに毒など効きはしません。試してみればいいでしょう」
 静かな目が、宝を求める男を射た。牧の挑発に乗ったリドーはひゅんと風を切り細い銀色が矢のように飛ぶ。
 肩口に突き刺さったナイフを抜いて、傷口を押さえながらもリドーから視線を外すことはない。
 それが彼の神経を逆なでする。牧にとってもそれが狙いであるからか、動じることはない。
 その様子を視界の端に捉えて、『恋に駆ける狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)はハーティアリア達の攻撃に巻き込まれない位置どりを見つけて待機していた。
 ウルズのとっておきは回数制限がある。なら最善のタイミングで敵にぶつけるほうがいい。
 まとった水無月のスカーフで浮遊すると、じっと戦況を見定めた。
 まだだ。
 戦況をつぶさに見つめ機を逃さぬように、遊撃手はじっとそのときを待った。


 イレギュラーズ達がまず狙いを定めたのは、輪郭の崩れたホルスの子供達だった。
 子供達を引きつける玄丁を中心に、怒濤の如く襲いかかった。
 フォロウ・ザ・ホロウによる裏切りの一撃から、黒塗『三羽烏』へとつないでいく。
「あれ、もう終わりなの?」
 言葉にならない悲鳴を上げてぐずりと崩れ倒れる子供達を見下ろして、玄丁はつまらなさそうに呟いた。
 それを見たウルズはさっと移動すると、砕けた人形の核たる色宝を握りしめ牧の元に走る。
「月錆さん、ご注文の色宝っす!」
 戦線離脱する道すがら、ウルズは牧へと人形の心臓を渡した。
 それを見たリドーの目の色が、ぎらついた欲望に染まる。
「それじゃ! あたしはまた待機するっす!」
 離脱するついでにウルズはブースターに火を入れた。蒼い彗星となった狼は一条の光となって、ホルスの子供達を巻き込みながら戦場を駆け抜けた。
「まぁ向かって来る奴を片っ端からぶん殴るしかねぇよな! 良いぜ、纏めてかかって来いよ! 向かって来るならこっちとしても有難いだけなんだよなんせ手が届かねぇからな!」
 灰人はこちらへと銃口を向ける個体に狙いを定め剣魔双撃を叩き込む。不意打ちに回避もままならず、一撃をその身で受けた。
「ちょっと強く殴って正気に返ったりしない?」
 よろめき立ち上がったそれをみて、ルーキスはほんの少しの期待を込めてみたがなかなかうまくいかないようだった。
 なら倒すしかないか、と『旧き蛇』の林檎のページを捲る。
「下手に近付くと痺れるよ? さて、忠告は……聞こえてないと」
 周囲に雷が蛇のようにうねり、のたうち回り。子供達へと絡みついた。
「大丈夫か?」
「まあ、痛みはしますが概ねは」
 リドーのナイフを受けた牧の傷を大天使の祝福で癒やした。傷が塞がったのを見て、牧は一つ深く呼吸をして詰めていた息を整えた。
「これで存分に動けます」
 至近距離へと詰め寄り、開いた胸元をじっと見た。狙いを定めて破秀滅吉を振り袈裟斬りにする。
「ぐうっ!」
 痛みに表情をゆがめ、眼前の女を恨めしげに見るリドー。見下ろす牧の目には、ただ静かな隔意があった。
「そんなに気になるのかな」
 カナメはリドーを横目に見たハーティアリアを揶揄った。
「二人がどんな仲かは気になるけど、ほっておくとラサが大変なことになっちゃうみたいだから……みんなここで死んでもらうね☆」
 赤黒い血のような一閃が白すぎる少女の肌を赤く染めた。同時に星空を望んだ瞳が、ふつふつと煮えたぎる激情に染まっていく。
「ふーん? やっぱりただの泥人形かーカナの攻撃にすら当たっちゃうなんて全然大したことないねー♪ こんな星空広げたって泥人形には無価値だよ、む・か・ち☆」
「知ってル」
 底冷えする声でハーティアリアは流星の矢を降らせた。
「っせええい! ちょっと通るっすよ!」
 体勢を崩すカナメを見て、ウルズのS.S.Sが蒼い火を噴いた。二条の蒼い彗星が地上を駆け、ハーティアリアの体を強かに貫いた。
「結構効いたと思うっす!」
 よろめき立ち上がるハーティアリアに不敵に笑って見せ、再び距離をとる。
「おいたは止めてくださいねー。もうそろそろ眠ってくださいなー」
 メリルナートは血を媒介に氷の槍を精製すると、残ったホルスの子供達へと投擲した。
 短い悲鳴を上げた後、腹を突き抜けた槍を見下ろしてそのまま事切れ土塊へと還る。


 リドーと対峙する牧は、色宝をちらつかせながら注意を引き続けていた。
 テルルや虚の回復を受けながら、下駄をカランと鳴らし地面を踏みつけた。
 家の都合で嫁入りした牧が夫に恋をしたのは、結婚の後だった。
 あの夜、指で指し示した先に広がる星空の美しさを語った人はもういない。
 ――運命は、この心次第で決まる。
 悲しみと怒りと遣る瀬なさと。たとえ感情の澱をぐちゃぐちゃに混ぜた復讐心の原点が、恋だったとしても。復讐の本懐を遂げた『月錆 牧』という鬼人種が迎える結末は、牧の心次第なのだろう。
 だからこそ、牧はギドーという男の気持ちが理解できない。
 思い出されるのは、禿鼠と呼ばれた男だった。
 恋に満たない淡いこころ。それすら目先の欲に命ごと踏みにじれるのがリドーという男なら。
「ただ、いくら本物ではないからといって、かつての想い人に刃を簡単に向けられる男なら、もし彼女が生き続けていたとしても無残な結末になったと思いますけどね」
 心臓(いのち)をもののように扱う男に愛された女も、どのような結末を迎えるのだろうか。
「はあああああっ!」
 冷徹に切り捨てた牧に対して、灰人は戦いの中で会話を試みようとしていた。
 自身のギフト『ハートブレイカー』の効果で、直接話しかければ正気に戻せるかもしれない。
 何もしないで手を拱いているより、可能性があることを試したい。しかし攻撃の手を緩めるわけにもいかず、半ば拳で語らうような状況となっていた。
「リドー! お前はなぜ忘れた!」
 幼い頃の、ハーティアリアを慕った思いがあれば盗賊にならなかったのだろうか。
 あの頃のままであれば『奪う』事しか考えないリドーには、ならなかったのだろうか。
 殴られた衝撃でも構わない。目が覚めるか、はたまた拳闘で沈めるか。どちらにせよ、考え込むより試してみる方が灰人の性に合っている。
「何で、誰の為に、何をしに来たのかを思い出させてやる。伝われよ、俺の怒りと哀しみ。テメェ等は悪党だが俺がそれをどうこうするのもお門違いだ。だからお節介としてその狂気ごと殴り飛ばす。根性見せろよ馬鹿野郎共!!」
 頬を拳で殴り飛ばした反動で、骨が軋み痺れるような痛みが腕を伝って肩まで響く。
「歯ァ食いしばりやがれ!」
 痛みに構わず、灰人はすぐさま顎を狙ったアッパーカットで撃ち抜いた。
 骨と骨がぶつかり合う鈍い音があたりに響く。
「その……色宝、を……」
 心臓に手を伸ばしながらも、頭蓋を揺らす衝撃にとうとうリドーの意識は暗転する。
 そうして意識を刈り取られた強欲な男の体が弛緩するのを見届けて、何事もなかったように裾を払って乱れを整えた。


 ホルスの子供達やイレギュラーズと敵対する優先はしないが、近くにいると厄介な存在。
 大鴉盗賊団はハーティアリアの矢に貫かれ、銃弾を受け、あるいはイレギュラーズの攻撃に巻き込まれながら色宝を欲して手を伸ばそうとしていた。
 イレギュラーズ達の決断は殺さず『生け捕る』ことだった。
 それは相手の体力と自身の攻撃手段とを見極めて、ハーティアリアの無差別な攻撃を掻い潜り、最善の行動をとらねばならないということでもあった。
「宝だ……宝が目の前にあるぞ! 横取りなんかさせるもんか!」
 宝の輝きに眩んだ男は、ぎらついた欲望に目を輝かせ短刀を振りかざしてメリルナートへと襲いかかる。
「わたくしに出来るのは、弱らせることくらいでしょうかー。それでもやらねばなりませんがー」
 浅く肌を裂かれながらも、メリルナートは重詠恋華の凍てつく槍が命を奪わぬように注意をしながら、狙いを定めて放った。
 間合いに滑り込んだ牧が、烟波縹渺で追い打ちをかける。
「ほらほら寝てなさい」
 くすくす、と揶揄うような半魔の笑い声が水晶に反響する。ルーキスは天駆する軍勢を呼び出した。
 無二の戦友たる悪魔から継いだ26騎の有翼の悪魔軍、その一角を顕現させ襲撃させる。空中を駆り縦横無尽に戦場を舞う悪魔達の鋭い爪が容赦なく盗賊を襲った。
「邪魔をするな!」
「変に起きようもんならもう一回爪の餌食だぞー」
 敵意を向けられたルーキスは、気にする風もなく笑ってそう返した。
 ちゃんと加減もするんだぞ、と言い聞かせルーキスは、牽制するように態と鉤爪を見せつけた。
『気絶した人間は重いって聞いてたけど、きっつ……』
 ぐったりとしたリドーの体を戦場から話した虚は、なんとか動かし終えると天使の歌で軽く傷を塞いでおいた。
 盗賊団を捕縛するために、とどめを刺せる人間は限られている。
 虚もそのうちの一人であり、癒し手でもある。
 同じ癒し手でありとどめを刺すことが出来るテルルの方を見ると、彼女はカナメの傷を癒やしているところだった。
「戦況を読むことは客に気を配ることは似ていますね」
 ウェイトレス兼仮マスターとして勤しむテルルは喫茶店兼酒場のことを思い出しながら治療を終えた。
「伝播した狂気程度で忘れるなんざ、中途半端なマネしてんじゃねー!」
 ハーティアリアの攻撃の射程に注意しながら、灰人と対峙する盗賊へと拳を繰り出した。
「彼らは正気じゃないし、もしかしたら止むに止まれぬ事情があったのかもしれないし……」
 情状酌量が認められてもいいのではないか。死なずとも償う道があってもいいのではないか。
「ここはわたしが頑張らないといけないと思うの」
 その可能性へとつながる道を拓くために、胡桃がここでやらなければならないことは彼らを生かしたまま捕らえることだ。
 キッ、と敵を見据えた胡桃は、こやんぱんちにこやんふぁいあ~の蒼炎を纏わせて盗賊めがけて放つ。
「死者の似姿、歪んだ願い。全て燃やしてしまう事しかわたしにはできないけれど――それでも、願ってしまう事は罪ではないと、そう思うの」
「まだ体力ありそうっすね、ちょっとお邪魔するっす!」
 余力のある盗賊を見たウルズが乱戦の中を起用に駆け抜ける。膝をついた男の体力は他と同様に残り少ない。
「今がチャンスっす!」
 テルルと虚の方へとウルズが叫ぶと、テルルはリトル・リトル・サンを握りしめた。
 激しく瞬く神聖なる光が、男達を白く焼いていく。
「どうか――」
 この閃光が彼らの記憶の扉をこじ開けますように。
 狂気に落ちた現実と掴みたかった夢想の記憶をリンクさせるように重ねられればと願うテルル。色宝の輝きすらかき消す真っ白な光の中に、己が姿の輪郭を取り戻してほしい。
『ここで死ぬんじゃなく、罪に似合う罰がまってるさ』
 虚の神気閃光が上塗りするようにして、光はより強さを増していく。
 目を覆う光が穏やかに収束し消え去った後、その場に倒れた男達を見て二人はすぐさま駆け寄った。
 彼らを裁くのは神の光ではなく人の法だ。どのような罪を科すか、その判断は然るべき人物に委ねることになる。
 そのために、今はただ生かすのだ。つないだ命が無駄にはならないと信じて。


「みんナ、ミンな、居なくナッちゃっタ」
 名前を呼んでくれた人も、今は昏々と眠りについている。白い痩身もまた満身創痍だ。
「へぇ、人形がそんなこと考えるなんて、何かのバグ? それとも演技?」
 よそ見をするハーティアリアに、カナメは心底可笑しそうに笑い飛ばした。返答や反応もなく、代わりにもう何度目かの矢が降ってきた。
「恋人? 尊厳? そんなの知ーらない♪ 本気の殺意を向けられるついでに痛め付けられる……あーもう最っ高、うぇへへ……」
 体中に走る痛みも、貧血でふらつく頭も。錆びた味しかしない口の中も。もっと頂戴といわんばかりに、陶酔した笑みで笑う。
「結局何もかも叶わぬ夢想。さっさと終わらせましょう」
「あなたなら遠慮なく攻撃してもよろしいですねー」
 メリルナートが歌う哀切のソネットに魅入られたわずかな隙に、ハーティアリアの背後をとった牧が、破秀滅吉を音もなく振るい袈裟懸けに斬る。
「でもあんまり暴れられて、せっかく拾った盗賊団の命が無駄になるのも勘弁っすよ! というわけで、正真正銘これが最後の一撃っす!」
 エネルギーを振り絞り、ブースターを最大火力で吹かす。
「流星は地上に墜ちる前に燃え尽きるっす……。アンタの星もここで墜ちて終わりっす!」
 夜空を裂くまぶしすぎる彗星が一直線に駆ける。
 つかの間過去の再現した少女は、最後に星空を見上げて手を伸ばす。
「星を、つかマエた」
 そして最期は焼かれ、塵となって水晶の間に消えていった。


「……えーっと、色宝って壊していいの? 泥人形なんかにさ、そんなお宝勿体無いと思うんだよねぇ?」
 満身創痍のカナメはハーティアリアの心臓だったものを拾い上げ、刀の先で突いた。
「ところで、この色宝はどうするの? 持って帰る? 僕は使わないけど、わざわざ悪党に使わせるのもね?」
「生きている鴉はさっさと捕縛。色宝は回収できたら回収しておこう。変に残しておくと、緋狐に怒られそうだしね」
 玄丁の問いに答えたのはルーキスだ。彼ならば悪用はしないという信頼もあるし、それが筋というものだろう。 
「お陰様で全員捕縛となりましたし」
『大怪我してるけどな』
 テルルが盗賊団を一カ所に集めるのをほかの面々も手伝うと、虚は傷の深い盗賊達をまとめて癒していく。
「……何か、お宝で叶えたい事があるなら、聞くだけは聞きましてよー。叶えられる、とまでは大言できませんが。これでも貴族の端くれですもの、力になれるかもですわー」
 メリルナートはまだ意識の失ったままの盗賊達を見下ろした。
「できるだけ助けたい、とは思いますがー。盗賊団の一員である以上、然るべきところに引き渡せば死罪の可能性は高いですわねー」
 それでもやれるだけやってみますわー。と朗らかに笑うメリルナートは、大きく開いた入り口を見た。
 もう星空は無い。
 水晶の天井を見上げていると、誰とも無く「帰ろうか」と口にしたのを皮切りに、照りつける太陽の下へと帰っていった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

カナメ(p3p007960)[重傷]
毒亜竜脅し

あとがき

おめでとうございます!
皆様のおかげでホルスの子供達は破壊、盗賊団は全員捕縛されました。
冒険お疲れ様でした。

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