PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Rw Nw Prt M Hrw>砂底で唄う海

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●ずっと一緒に
「これが……海」
 褐色肌の青年シリジはぽつりと感嘆を零す。
 彼が仲間と共に生きてきた砂原とは違う。大海原は晴れ渡り、漣が優しく手招いている気さえした。舟も浜もない、どこまでも続く平たい青。これこそアイツの言っていた海なのだと、沁みるものがある。
 ――日夜を措かず流れゆく水は、やがて海に入る。広くて深い海の一部となった後は、溶けあうだけだ。
 友の言葉を思い出して、シリジは首から下げていた小さな袋を握りしめた。
「シリジ!!」
 友に名を呼ばれ、強く腕を引っ張られる。
 シリジが顔をもたげれば、青褪めた顔色を隠そうともせずハーラが覗き込んできた。
「戻ろうシリジ。この海、変だ」
「なに言ってるんだハーラ。やっと海に来れたのに、どこへ戻るっていうんだ?」
 ガナー隊の皆で海を訪れるのが、当初からの目的だった。
 おかしな発言などシリジは紡いでいないが、ハーラの双眸は不安に揺れている。
「ハーラ、ダヒカとアスアドに歌を頼むよ。僕が骨を撒いて、それから……」
 言いながらシリジは思い出す。一緒に来ていたメンバーの姿がない。居場所を確かめようと八人の名を呼び終える頃になって、きらきらと笑う海から腕が伸び、シリジを揺さぶる。その腕の主は、正に今シリジが探していたメンバーの一人だった。
 海に潜っていたのか、シリジ、と彼は苦しげに呼ぶ。
「あいつらが……突っ走って奥まで向かっちまったあいつらが……」
 彼が指差した海中で、メンバーの内三人が沈んでいた。ぴくりとも動かない。水を掻き分けて近寄ろうとしたシリジへ、耳に馴染みすぎた手拍子が届く。続いて響いてきたのは、懐かしさしか感じないウードの音。
「な、なあ。シリジ、ハーラ、あれ……」
 いつのまにか合流していた仲間たちが、掠れた悲鳴をあげる。
「ダヒカ……アスアド……?」
 求め続けた滄海で再会を果たしたのは、いつか死に別れた友。
 それだけではない。今し方、海底に沈んでいるのを確認した三人の元気そうな姿も、眼前にあった。
 シリジたちは知らない。かれらが土塊の人形であることを。
 シリジたちは知らない。かれらが『名前』を得たことで、色宝の力で死者の姿を模ったことを。
「なんだよ元気そうな顔しやがって!」
 舞い上がって、死したはずの仲間たちへ皆で飛びつく。
「もう置いてかないでくれよ……わかったな?」
「そうだぞ、ずっと一緒だって約束なんだから」
 シリジとハーラが口々に言うも、友は答えない。ただ笑顔で手を叩き、踊り始めようとするばかりで。おかげでシリジたちからも、笑みが零れた。死者を模した人形が、音楽で、手拍子で、踊りで、自分たちを死へ招いているのにも気付かぬまま。

 人形は、彼らの望みを果たそうとする。たとえ誰かが「歪んでいる」と称するかたちだとしても。

●情報屋
「おしごと」
 イシコ=ロボウ(p3n000130)の始まりの一言は、本日も淡泊だった。
「ネフェルスト襲撃時の、ガナー隊の盗賊たちについて、だけど……」
 驚きの声が幾つかあがり、イレギュラーズの中から、思わず身を乗り出した人物がいる。
「あの人たちに、何かあった!?」
 逸早く口を開いたのはフラン・ヴィラネル(p3p006816)だ。ひとたび彼らのことを思い起こせば、あのとき戦場で聞いた『悲しいけれど、とても好きな歌』が鮮明に蘇ってくる。
「そのご楽隊さんがなんだって?」
 コラバポス 夏子(p3p000808)がいつもの調子で尋ねると、情報屋のイシコは静かに紡ぐ。
「釈放されて、奉仕活動の意味でも、海に行くとこ、だった」
「だった、ということは、それが叶わない状況に現在置かれているのですか?」
 歌の大切さを、歌によりガナー隊へ伝えたアイシャ(p3p008698)が、イシコの物言いから現況を察する。
 こくんと肯ったイシコは、現在までの流れを簡単に話し出す。
 イレギュラーズからの言葉で現実を再認識した彼らは、自分たちの足で『海』へ向かおうとしていた。
 盗賊行為という罪を償うため、奉仕活動に励む意味合いも含めて。
「ずっと過ごしてきた砂漠、お別れ、告げにいった。そうしたら、遺跡で何か目撃、したみたい」
「何かって?」
「監察員には見えなかった。けどガナー隊の数人、それ追いかけるように、奥へ向かったって」
 あっという間の出来事で、監察員にも呼び戻す時間はなく、追走もできなかった。何故ならその遺跡は。
「そこ、大精霊ファルベリヒトの祠に繋がる、ファルベライズ遺跡群のひとつ」
 此度の作戦において、イレギュラーズ総動員で攻略する予定の遺跡だ。つまり。
「生者の望みを果たそうとする『ホルスの子どもたち』の可能性が……あるのですね」
 アイシャの言に、イシコは躊躇わず頷く。
 彼らの見間違いだった可能性もある。けれど発端は何であれ、遺跡の奥で『ホルスの子どもたち』と相対してしまえば――彼らの末路は、想像に難くない。
「ガナー隊の救出、間に合うかわからない。でもホルスの子どもたち、きちんと眠らせてあげて」
 色宝から生み出されたホルスの子ども達とて、誰かを傷つけたいわけではない。イレギュラーズが危険に陥るぐらいなら、『ホルスの子どもたち』を倒すことに専念してほしいと、イシコは念を押す。
 すると、もどかしさに呻いたフランが双眸をひどく揺らした。
「海、いっしょについてくってあたし言ったんだよ?」
 彼女の胸中を物語るかのように、声も喉も震えた。
 聞き手であったはずのガナー隊の姿は、ここにない。

GMコメント

 棟方ろかです。アフターアクション、ありがとうございました!

●目標
 『ホルスの子供達』の殲滅

●情報精度
 情報精度はBです。情報に嘘はありませんが不明点もあります。

●状況
 色宝の力により海が広がっていますが、場所はファルベライズ内部です。
 浅瀬が多く、成人男性で言うところの膝上~肩ぐらいの深さが主。それより深い所もあります。
 『海だと思い込ませる程の色宝の力』もあって方角や平衡感覚が失われやすく、反応も鈍りがち。
 海ではないので水中でも呼吸はできますし、ずぶ濡れになった気がしても実際は濡れません。

●敵
・ダヒカ(ホルスの子供達)
 ガナー隊の亡き友。演奏担当の男。攻撃技が3種。
 彼の高らかな手拍子が響けば、中範に狂気、致命。
 彼がウードで恋を奏でると、至単に必殺、恍惚。
 彼がウードで凱歌を奏でると、超単に怒り、麻痺。

・アスアド(ホルスの子供達)
 ガナー隊の亡き友。踊りに秀でていた男。攻撃技が3種。
 バット:中貫。不快な羽ばたき音と黒い刃で攻撃。識別。
 マサカ:中域。静かな踊り。足止、ブレイク、識別。
 シター:自域。氷結の嵐で攻撃。氷結、識別。

・ガナー隊メンバー(ホルスの子供達)×3体
 ダヒカやアスアドと同じ演奏や踊りをし、S字型の剣による攻撃も行います。
 戦闘力はダヒカたちより低いですが、そもそもダヒカとアスアドが強敵なので注意。

●NPC
 イレギュラーズの働きによって改心した、ガナー隊と呼ばれていた盗賊一味。
 賊に身をやつす前は、貧しいながらも歌や踊りを生業に、共に生きてきました。
 シナリオ『<Raven Battlecry>亡き友に贈るバハル』に登場した面々。
 オープニングでは完全に呑まれていますが、イレギュラーズの言葉には耳を傾けます。
 状況を理解して貰えれば、後は協力してくれるでしょう。

・シリジ
 ガナー隊をまとめていた褐色肌の男性。鉄騎種。
 敵のアスアドと同じ技で援護可能ですが、アスアドのものより効果は弱いです。

・ハーラ
 シリジやダヒカらと幼なじみで、蜂蜜色の髪をもつ男性。人間種。
 雷撃を呼ぶ亡友への歌ラエルと、ヌールという亡友への歌で味方を癒します。

・ガナー隊メンバー×5人
 元は8人で来ていましたが、オープニング時点で死者が出たため、この人数。
 人間種1、鉄騎種4の組み合わせで、いずれもシリジたちとは長い付き合い。
 忘れられた塔の歌ブルジュと、泉の歌アインで援護可能。どちらも攻撃技。

 それでは、砂底の海へいってらっしゃいませ。

  • <Rw Nw Prt M Hrw>砂底で唄う海完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年02月22日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アイシャ(p3p008698)
スノウ・ホワイト

リプレイ


 あれはきっと、やさしい夢だったのだろう。

 何かの冗談ではないのかと『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)は駆けながら眉根を寄せた。
(おいおいなんだよ。心機一転出直そうってのに、こんな顛末)
 運命という名の毒を苦々しく噛む。否、運命なんて陳腐な言葉に収まろうものなら尚のこと喉が渇く。
 いま口を開こうものなら、ふざけんな、の五文字しか飛び出さない。
 かくして『スノウ・ホワイト』アイシャ(p3p008698)の双眸に飛び込んできた大海は、美しくも寂しい世界だった。嘆きにも似た溜息が落ちる。
「フランさん、夏子さん」
 思わず口を衝けば、呼ばれた両名が肯う。皆まで言わずとも目的は一緒だ。
 あえかな呟きと堪えた温い雫を眼裏へ押し込んで、『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は顔を上げる。
 ――あたし、決めたの。
 ガナー隊の皆と、大事なお友達を海に連れて行って、そこであの歌聞いて、一緒に唄うんだって。
 へたっぴだけど。きれいに歌えないかもだけど。皆で、はだめだったけど。でも――。
 フランは淡い光を伴う両手でぺちんと頬を叩き、気合いを注入した。
 同じ頃、同じ景色を知って『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)は唇を突き出す。ホルスの子どもたちにファルベリヒトの件、そこへガナー隊の来訪。重なるものが重なり、頭痛を覚えて。
(無事で済むといいんだけど……)
 更に、見慣れた筈の海をよそよそしく感じるのは、ここが本物の海ではないからだろう。色宝の力で広がった滄海は、イリス自身の認識を、違和感が執拗に撫でてくる。なのに四辺から届く水音はイレギュラーズへ囁き、波の粒が砕けるたび生者を手招くのだから、救えない。
「ガナー隊!」
 逸早く到着した『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)の一声に、凪いでいた海風がざわつく。
(きたきたきた! きたぜ俺の時代!!)
 続いて自己肯定感を極限まで高めた『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)が、バイクを吹かす時の調子でノる。
 すかさず『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)も炎の爆弾を投擲した。滾る赤と轟音に驚き、波がうごめく。
「その人達についていっちゃダメ!」
 叫んで貴重な時間を焔が作る間に、夏子たちが近付いていく。
 軽槍で漣を切り裂けば、夏子の元から火花と爆音が散った。炸裂した閃光と大音に驚愕した彼らは、一様に吹き飛ぶ。
「スマンね。我々が来たって事はまぁ、そういう事」
 夏子の物言いは、あらゆる命を抱いた海水のように濁る。ウードが鳴り、朗笑と歌が紡がれる海で。
「……アンタたちか」
 シリジたちは驚きも喜びもしない。
 だからより一層、連れ戻さねばと考える夏子たちの眼前で、シリジたちは頬を上気させてこう告げる。
「あいつ、友だちのダヒカ。あっちはアスアドって言うんだ」
 紹介を始めた彼らへアイシャが声を絞り出す。
「そこにいるのは、本当にあなた達の大切な人ですか?」
「? 何言ってるんだ」
 心地好い夢に眠る彼らは、未だ理解できずに。
「夢は心地好いよね」
 『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は語りを繋げた。
「いつまでも沈んでいたい夢の海かもしれない。でも、目を覚ましてもらわないと」
 夢を夢のまま受け入れ、死へ導かれる彼らを見過ごすわけにはいかない。
「フランを……悲しませないでやってほしい」
「フラン……」
 ウィリアムが連ねた言で、シリジやハーラたちが眉をひそめる。
 その間、ヴェルグリーズは銀を揮う。その色は彼のまなこであり、彼の刃であった。
(……頼んだよ)
 顎を引く仕種に想いを込めて、夏子らへ寄せる。膝に纏わり付く水を蹴り上げ、アスアドをめがけ黒き顎で喰らいつく。波間が激しく散るのと同じく、シリジたちガナー隊にも動揺が走った。
 ヴェルグリーズの一撃が潮を裂き、道を切り開くも、平穏を奪われた青年らの表情は困惑一色だ。
 だがヴェルグリーズは惑わない。間に合ってくれ、との願いは叶ったのだから、あとは。
「思い出して。どうやってここに来たのかを」
 平たい海にも似た、穏やかな問い掛けをシリジたちへ届けるだけだった。
(あの人たちがフランちゃんのお友達なんだね。まだ大丈夫、きっと!)
 仲間たちを見届けた焔は、すう、と胸いっぱいに空気を吸い込む。
「炎堂焔ここに推参! だよ! かかっておいでよ!」
 痛快な口上を述べれば、青き海に決して劣らぬ赤き猛りへ誘われたのか、ホルスの子が歩み寄る。
 その間も、会話は途切れない。
「おかしいと思わないかな」
 ヴェルグリーズが言を連ねる。シリジら生者と違って、アスアドたちは動揺も嘆きもしない。ただそこに居て、ただ求めに応じるのみの異様さは、造られた存在であることを強く示す。
「本当に海に辿り着くような経緯だったかい?」
「そうです。彼等は、あなたたちの名を呼んでくれますか?」
 続けたアイシャに、当たり前だと生者は返す。人形は無言を貫いているのに。
「信じられないかもだけど、これは色宝が見せた皆の……欲しい物なんだよ」
 紫雲たなびく双眸で、フランが訴える。
「色宝の……?」
「うん、だから思い出して!」
 縋る勢いで腕を伸ばし、フランはシリジが首から下げていた袋に触れる。それは常に彼が、彼らが大切そうに守り続けていたもので。
 そこで夏子は言う。声が届くなら、聞け。
 こうも続ける。手を握れるなら掴め、と。シリジたちへ気安い同情はかけなかった。
 比べようのない辛さが腹の底まで浸みた彼らだ。伝えられる言葉には限りがある。そう夏子は考えて。
「仲間の死を奪わせるなんて、そんな事は! 絶対に許しちゃなんねぇんだ!!」
「シリジさん、あなたが皆さんを置いていってどうするんですか……!」
「置いていってなんか……ん?」
 不意に歌が透る。ガナー隊が起こしたものではない。
 アイシャが言の葉を紡ぎ、フランも歌声を乗せ出したのだ。在りし日にガナー隊が口にしていた歌を。手を差し伸べる代わりに、歌で示す。
 ここには、死という名の終わりがあるだけ。ガナー隊の望む海への到達は、砂底にはないのだと。
 ホルスの子らがどれだけ曲を奏でようと、アイシャの歌唱は仲間を癒し、聴衆の鼓膜へ温もりを届ける。夢路に知る温かさでは伝えきれない、現実にある温もりを。
 夢の終わりは、そんな時に前触れもなく訪れる。
 二人の歌を耳にして漸く、シリジたちは瞬いだ。明らかに先程までと瞳の色が違う。
「フランちゃんたち、ナイスッ!」
 説得の成功を、焔がぐっと親指を突き立てて祝った。
 近くで槍を投げ放ったウィリアムは、シリジらへ挨拶を寄せる。槍を成す雷が、目映く弾けるまでの間に。
「戻って来てくれてありがとう。それからどうぞよろしく」
 改まった言葉にガナー隊が応じると、返答が波に呑まれていく。
「よぅ! 俺は『悠久ーUQー』の伊達千尋。フランちゃんの兄貴分さ」
 自己紹介がてら近寄ったのは千尋だ。
「あ、兄貴分??」
 思わず千尋とフランとを見比べたガナー隊の面々に、千尋はニィッと笑う。
「一緒に、片ァ付けようぜ」
「! ……ああ」
 千尋は彼らが力強く頷くのを横目に、アスアドの前へ身を乗り出す。
 シリジやハーラたちが我に返ろうとも、求めに応じ、求められた人間のフリをするホルスの子は変わらない。
 何も変わらぬまま、歌って、踊る。
「イリスちゃん! 焔ちゃん! バポセン! 抑えは任せたぜ!」
 突然湧いた千尋の呼びかけに、三者三様の振り向きが返る。そして。
「なぁ知ってるか、リズムってのはこうやって乗ることもできんだぜ?」
 挑発するように千尋がアスアドへお披露目したのは、サンバ特有の調子。海面を叩き、時には掬って放り、すでに戦場を満たしていた音階を乱す。
 矢継ぎ早に、おまじないを目許へ刷いたフランはくるりと振り返って。
「シリジさん、ハーラさん、ガナー隊の皆も協力、お願いするね!」
 直接彼らへ呼びかけると、我に返ったガナー隊が揃ってもちろんと頷く。
 言い終えるやフランが音に換えたのは、彼らが響かせる音色を彩るエール。
「大丈夫! 皆でがんばろ!」
 彼女の声援が仲間の背を押し、千尋が着々と連撃を繋げる後ろで、シリジも負けじと幻を戸惑わせていった。


 青々とした世界で、イリスがそびえ立つ壁となりダヒカを阻む。
「通さないけど、押し通してみる?」
 反応はない。かれら人形が顔に貼り付けたのは、友へ向ける笑顔なのに――喜びが一切伝わってこないのが不気味だ。
 真っ向から睨み合い、ホルスの子の挙動は、人だが人らしくないとイリスは考えた。誰かの願いに沿って演じるだけならまだしも、亡友の顔を餌に、かれらは生者を死の海で溺れさせようとしている。
 色宝や子らに苛まれる程の過ぎ去った願いなど、未知を求める自分にはないけれど。イリスは唇をきゅっと引き結ぶ。
(想像以上に性格悪いトラップになってるわね)
 聖なる躯を降ろしながら、彼女は沈思した。
 そこで白波を掻いた夏子が、ホルスの子をじいと見据える。
「やりきれないよなぁ、こんなんじゃあ。こっちも同じなんだわ」
 彼は堂々と立ちはだかり、名乗りをあげる。ひりつく緊張が空気を伝い、ホルスの子どもたちを掻き立てた。
 直後、焔めがけて悲しき人形が踊る。闘士たる彼女の機敏な動きに呼応するかのようだ。互いに一歩も譲らぬ中で、焔は闘気を燃え上がる火焔へ変じさせていく。海上だろうと燈りは消えない。波に打たれて溶けもしない。
 最大限の笑みで人形を迎え入れた焔は、烈火でかの者を燃やす。
「お友だちを哀しませるのは、よくないよ!」
 そう焔が叫ぶのと同じタイミングで、アスアドの懐へ飛び込んだヴェルグリーズは、彼が海色の濃い方へ後ずさる前に一太刀を贈る。アスアドの舞いに手足が凍てついても、躊躇しなかった。水中でもないのに足が冷え、ふと眼を細める。
(踊り……こういうのを綺麗だと言うのかな)
 けれど切断するべき運命には違いない。だからヴェルグリーズはアスアドを追い詰めていく。
 砂の底で光が、跳ねた。
「なんで、あんな姿を……よりにもよって」
 青白い顔でシリジが独りごちるのを、ウィリアムは掬う。
(亡き友から姿を借りるなんて、不思議な力だね)
 いっそ名も姿も借り、相手の思うがまま演じる日々を送ったら――最終的に本人になってしまうのだろうか。
 一度は過ぎった思考も、かぶりを振ってウィリアムが退ける。そしてシリジへ声はかけず、仲間が引き付けているうちに、槍を雨のごとく放つ。
 止まない彼の矢槍は繰り返し宙を翔け、しぶとかったアスアドを青へ還す。幻の水底へ。波の花が咲く方へ。
 アスアド、とシリジが呻いたのを千尋は聞く。瞬時に、抑えていたダヒカを見やるも当人はけろりとした顔のままだ。もちろん千尋自身、逆波に歩調を崩されても片頬をもたげて。
(しっかしマジで望みに応えて動くってか。ヤベェ代物だな)
 肝心の望みとやらを抱いているのが、シリジたちであるから報われない。
 そのシリジたちを救うべく心を痛めているのが、自分の妹分なら尚更だ。
 彼の妹分たるフランが、森の激励で帯びる光を強めていく。彼女たちが治癒を連ねる時間も、敵の曲やダンスは微塵も衰えない。保てずにアイシャが揺らぐも崩れはせず、彼女は大丈夫と笑ってみせた。
「私は、お姉ちゃんだから」
 波紋はシリジたちの渚を打つ。折れたりしないと答えた、かつての日と同じ色でアイシャが言うものだから、彼は渦中で立ち尽くす。どうしても、友とかぶる。
「っ、無茶しないでくれ」
 絞り出したシリジに、アイシャはゆっくり頷く。そこへフランも朗々とした発声を寄せる。
「がんばろうね!」
「はい、フランさん」
 フランからの激励で寒さを凌ぎ、アイシャは肯う。仲間と繋がっているからこそ、痛感した。
 やはりこの海は――ひどく、冷たい。


 うゎ、とイリスは意識せず呻く。抑えていたダヒカは、当然ながら情に駆られない。ただただ楽しげにウードを奏で続ける。充分な対策を持って臨んだイリスは、痛みに躍らされても凌げるものが多い。防げぬ時も、栄光を掴むべく手を伸ばせば未知は開けた。
 だから彼女は平静なまま、シリジたちを一瞥する。
(きっとこれが、あの人たちの望みなのね)
 いつも通りに笑う友。常と変わらぬ元気さで、音楽に浸る友。
(大事な友だちを次々亡くしたら……ああなりがち、なのかな)
 砂塵で埋もれた心を探すように、少女は想いを馳せた。
 隙を突き飛び出したダヒカの行く手には、青い海とハーラがある。だから急ぎ焔が身を呈して。
「近づかせないよ!」
 距離を縮め損ねたダヒカが、手拍子を鳴らす。異様な反響が四方八方から音を響かせて、狂気を巻き起こす。
「ダヒカ、なんて手拍子をするんだ」
「何か違うのかな??」
 呟いたハーラへ焔が尋ねると、彼は迷わず首肯して。
「同じだけど違う。なんか、むなしい」
 突如、砂底に薄桃色の唇で奏でた生命賛歌が響く。命の息吹で力強く仲間から痛みを、重さを拭い去ってゆくアイシャの歌は、常にエランヴィタールと共にあった。
 一方ウィリアムは、シリジたちを瞥見していた。そこから流れに流れ、ダヒカと他の人形も捉える。
 そして射出した魔術で、人形のいる海を振動させる。ウィリアムが徐に撃ったものだ。しかし徐ながらも狙いは外さない。
 想い出を持たぬダヒカが、求められたままに演じる悲劇を――彼はここで終わらせた。
「今のうちに、仕上げを」
 ウィリアムが掛け声を放つ頃、くねった刃が夏子を襲い、四囲で響く数々の歌曲と舞いのリズムが心身を震わす。興奮とは異なるが、己の感情が高ぶっているのを夏子はひしひしと感じていた。しかし潮にも流されず、防御による攻勢も交えて彼は踏ん張る。
 耐え抜く夏子に隊員たちも能力を揮う。だから夏子は彼らの胸を叩き、発破をかける。人形へ切り返しながら。
「忘れんな。誰が何と言おうと、我々はガナー隊の味方だ!」
「「おお!!」」
 幾つもの歓声が結ばれ、砂底を揺する。
 幻は健在だが、戦の風波で荒れた海はイリスにとって日常だ。ゆえに三叉と盾で幻を裂き、ホルスの子を崩させるのも同様で。
 そこへ。
「ボクからは火炎弾をお見舞いするね!」
 威勢の良い掛け声と一緒に、焔が盛る火で敵を焼く。青碧に踊る紅は、見るものすべての視線を吸い上げる。
 観衆が心奪われていると、ふらついていた千尋へフランから快活さたっぷりの玉音がプレゼントされた。
「これが悠久-UQ-式、気合入れじゃー! 元気ですかー!!」
「元気です!!! あざぁぁっす!!」
 反射的に礼まで述べた千尋は、弧を描くように身を捻って波飛沫を蹴り、人形へ突撃する。
「もう起き上がってくんじゃねえぞ! 休んどけ!」
 宣告と共に千尋が贈ったのは、この世に繋ぐ鎖から人形を解き放つ――締めの一撃。
 ふと、チク、タク、と時を刻む音がした。
 持ち主だけでなく、近くを通りすぎたハーラたちも耳にする。まもなく持ち主たるヴェルグリーズは、懐中時計の刻みに合わせてホルスの子へ迫撃する。隊員を模した一体が力なく落ちた後、一部始終を目撃したハーラが近寄って。
「今の音は、君が?」
「ああ、うん。耳がいいね。いま生きている時間を教えてくれる、珠玉の逸品だよ」
 ヴェルグリーズが銀時計を手にして見せると、生きている実感を漸く得たのか、ハーラは自らの胸へ手を当てる。時計よりも早く、よく知る鼓動に安堵して。
「珍しい物を持ってるね。やっぱり変わった奴が多いな、イレギュラーズって」
 返すハーラの声は、泣き出しそうなぐらい震えていた。


 消えゆく潮流に揉まれ倒れかけたガナー隊員は、前触れなく腕を掴まれた。
「どうせ後から逝くんだしさ。土産を沢山持ってこうぜ?」
 生きようともがく男の腕を引き上げたのは、夏子だ。
「そう、だな。アイツらに呆れられるぐらい、土産用意しとくよ」
 まだまだ生きる気力を捨てていないメンバーの返事に、夏子は眦を和らげる。
 すると彼らのすぐ後ろから、シリジの声がかかった。
「俺たち、海へ向かうよ。ホントの海に」
 シリジの宣言に、フランが頬を持ち上げて頷く。
「ほんとの海はもっときれいだよ。今度こそ行こうね」
「天気のいい日だといいよね!」
 焔がきらきらした声音で付け足すものだから、誰もが小さく笑う。
 祈りを捧げ終えたウィリアムも、こくんと頷いて。
「残った皆には、彼らの分まで美しい海を見て来てほしいな」
「ええ。それにバハルはゴールではなく、新たな始まりになると、そう思います」
 ウィリアムに連ねたアイシャの話へ耳を傾けながら、イリスは向こう側へ見送るはめにならなくて良かったと胸を撫で下ろす。
 そして何気なく辺りを見回すと、ひとり黙祷を捧げていた千尋が、元気になった妹分の様相にふっと吐息だけで笑っていて。
 終いにアイシャが口ずさんだのは、砂原を往く子守唄。いつしかフランも気恥ずかしそうに歌い出す。帰り道の暗さを跳ね返すように。まもなく歌声は伝染し、シリジたちも遥か地上を、海を夢見つつ合わせていく。
 砂底は後にこう思う。
 あのとき若者たちが見せてくれた生き様は、きっとやさしい夢だったのだと。

成否

成功

MVP

ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。無事、シリジたちの救出も叶いました。
 ご参加いただき、誠にありがとうございました。

 皆様も、どうぞ良い夢を。

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