シナリオ詳細
<Rw Nw Prt M Hrw>幻想遊戯
オープニング
●クリスタルの迷宮
崩れた天井から差した一筋の光。
熱砂を照らすラサの太陽は眩しく輝き、水晶の壁で幾重にも反射していた。
光源と呼べるような光源はないはずなのに、空間は炎に照らされたように明るい。壁から露出する色宝<ファルグメント>の欠片は、おびただしい量となっていた。
ファルベライズ、最奥のほど近く――。
目のくらむような迷宮は、ただ、誰かの願いを待っている。
「ひゃ、ひゃっひひひひ……」
大鴉盗賊団の男たちが数名、ルウナ・アームストロングへと襲い掛かった。
「こやつ、狂気にあてられたかのう。いや――」
ルウナ・アームストロングが短刀を走らせると、まばゆい雷撃が盗賊を直撃した。狂った笑い声をあげていた盗賊は、その場に崩れ落ちて土塊となる。
盗賊、ではない。盗賊を模した『ホルスの子供達』か。
「障害は叩き伏せる。うむ、どちらでも結果はかわらんのう」
閃光が走り、砕けて消える。もう一体が迫っていた。
「『遅い。』信念なき刃は儂には届かんよ」
ルウナが狙うは最初からただ一つ。
ファルベライズ、願いを叶える宝――。
もっと、強くなりたい。もっと力が欲しい。
強さへの渇望、それだけがルウナを生かしていた。とうに狂っているからこそ、この迷宮の狂気にあてられずに済んでいるのかもしれない。
前へ前へ前へ。少しでも前へ。
はて、と頭の冷静な部分が考えようとする。
――どうして力を望む?
「愛と平和のためにきまっとるじゃろうが」。
壁に映った水晶が、在りし日の思い出を映し出す。
●思い出騙り
「愛と平和だって、団長?」
どっと笑い。食卓はにぎやかさに包まれる。
「何を言うておるか。大真面目じゃぞ、のう、愛無」
「愛と平和とは綺麗事に非ず。覚悟の形ゆえに」
「ほれみろ! 愛無のほうがよっぽど物分かりがいい」
「記憶した」
「意味は分かってねぇんじゃねぇかよ!」
――「幻戯」という名の傭兵団を知っているか?
彼らはみんな訳アリで、
そこが彼らの居場所だった。
争いごとがあると聞けば果敢に向かっていって、
どんなに金を積まれても、いつも『愛と平和』のために戦った。
何、必ずしもヒーローってわけじゃないさ。
連中は愛と平和のためなら何でもやった。
戦って勝ち取り、蹂躙して守った。
ルメスたちは歌ったそうだ。
「悪いことをしてたら「幻戯」がやってくるよ」
「悪いことをしてなくても、黙って、見て見ぬふりをしてご覧。
ほらみなさい、「幻戯」がやってくる!」
――愛と平和を求めたけれど、奴らの首には懸賞金がかかっていた。
そりゃそうさ、子供をさらうあくどい領主を。
水源を独占する商人を。
女子供を痛めつける役人も。彼らは力で黙らせた!
ところだ、だ。
金に目がくらんだ1人の仲間が偽の情報を吐いた。
強力な魔物が潜んでいるのだと。
団長は彼らを守るために一人で魔物を倒しに行った。
それよりももっと強力な兵器が団員を襲うとも知らずに。
……傭兵団は、砂漠に、
●強さ
ルウナの一撃が巨大な水晶を砕き、映像は途切れる。
「まこと、弱いということは罪じゃのう」
霧に包まれたように何度も握りつぶしてきた答え。そうしている間に追いつかれそうになっている。
「ともに来るか、愛無」
返事はきっと分かっていた。
彼らが団長の無念だとしても。
(僕の未練だとしても)
「僕の名前は恋屍・愛無。人でなしの化物だ」
決別を。
もう戻れない日々に別れを告げて、一撃を。
「愛無」
ひらりと、雪が舞っていた。
恐ろしい勢いで、異形が――恋屍・愛無(p3p007296)が飛び込んでくる。
その一撃はかろうじて崩れる瓦礫の一部に割り込み、ルウナの一撃が通路を崩すその前に、彼らは飛び込んだ。
「間に合い、ました」
『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)は白い息を漏らした。
「最期まで見届ける!」
『紹介係』アルヴァ=ラドスラフ (p3p007360)が武器を構える。そして、そこには。
「愛無」
ルウナ・アームストロングの声が愛無を呼んだ。
その声は、ホルスの子供を呼び覚ますことはない。目の前の相手に向けられたものであったからだ。
雷が鳴り響く。刀は今振り下ろされようとしている。
魔種の呼び声。――狂気への誘い。力の渇望を呼び覚ます。
- <Rw Nw Prt M Hrw>幻想遊戯Lv:20以上完了
- GM名布川
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年02月23日 22時13分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●『愛と平和』のために
音が響いている。
絶え間ない魔種の誘いの声が。
力を渇望する呼び声が。
そして、かすかな匂いがあった。
水晶に照らされて、もう戻れないあの日の、渇いた砂の匂い。
「ゆくぞっ!」
ルウナの雷撃が、轟音を奏でた。唸りをあげて、辺り一帯を吹き飛ばす。
そこにひとかけらも手加減はない。
一歩判断を間違えれば、すぐさまに消し炭となるだろう。
(戦うと決めたら戦うだけだ)
『見据える砂楼』恋屍・愛無(p3p007296)の身体は、よどみなく、正確に動いていた。
希うだけで手に入るモノなど無い。欲しいモノは戦って勝ち取る。
其処に躊躇も容赦もない。
「来い、愛無。これが、おそらくは最期よ」
(神だろうが。運命だろうが。何より貴女だろうが。勝つ)
刹那。
愛無はルウナの飛び込み、直撃を免れていた。後ろに飛びすさり、攻撃を完全にかわすことは可能だっただろう。
けれども愛無は攻撃を選んだ。触手を伸ばし、壁にとりつく。隙間に身をねじ込み、再度の攻撃をかわす。
「ふ。はは、ははははははっ! 来るか! ここで……来るのか! 全力で相手になろうぞ、愛無……!」
呼吸。それは、慈悲によるものではなく。
さらなる攻撃のための予備動作。
間をおいて、苛烈になった攻撃が降り注ぐ。
雷の雨の隙間を縫って、愛無は壁を蹴った。
勝たなければ、……戦わなければ、何も得られない。
「それは貴女が教えてくれた事だ」
色宝に映し出される自分は、かつての光景だ。団員たちと笑いあった、在りし日の愛おしい光景。けれど、それは映像に過ぎなかった。
咆哮を上げれば、その声はびりびりとあたりを揺らした。互いの攻撃で、在りし日の欠片は砕け散っていく。
取り戻せない何もかもを、追いかけている暇はなかった。
幻なぞに臆する事もない。障害は全て喰い殺す。
砕けた水晶ごと、愛無の大きく開けた口が、全てを飲み込んでいった。
「ふんっ!」
閉じたはずの道から、再び光が差し込む。
「ゲストを招待するには、なってない通路だな? まあ、いくらでもこじ開けるけどな!」
重なるがれきを、『煌希の拳』郷田 貴道(p3p000401)の拳が吹き飛ばす。
「とうっ、聖剣騎士団団長、魔法騎士セララ参上!」
きらめく水晶の中。雷撃ではない、ひときわに明るい閃光がまたたいた。
『魔法騎士』セララ(p3p000273)が、軽やかなエフェクトとともに舞い降りる。
「にぎやかになったもんじゃのう。問おう、どうしてここへ来た?」
「勿論、守るためだよ!」
セララの言葉はまっすぐで、ルウナにはどこか懐かしく響いた。そうやって信じていた日々があったのだと、魔種になり果ててもなんとなく知っている。
「ならばどうして強くなる?」
「ボクが強くなったらね、今まで以上に皆を守るよ。
家族、友達、仲間、戦友。知ってる人も知らない人も、手の届く範囲の皆をね!
それがボクの理想。ボクの目指す、愛と平和の魔法少女だから!」
温かいお弁当を作ってくれる人も。
魔法少女セララのファンも。
待ってくれている人たちも。
みんな、みんな……セララは守る。いや、守ってみせると心に誓っていた。
その様子がまぶしくて、ルウナは目を細める。
「心がけは良い。だが、あまり贅沢をすると、取りこぼすぞ?」
「大丈夫! だって、ボクは魔法騎士だからね!」
聖剣ラグナロクをまっすぐに構えるセララの姿に迷いはない。痛みを知らぬゆえか。まだ奪われていないからか。
いや、……違う、とわかる。
ここまで強くなるために、どれほどの悲劇を目の当たりにしてきた?
それでも、この少女は理想を語るのだ。
胸を張って、一生懸命に。
「ならば、みせてもらおうか」
雷撃。そして、砕け散った水晶の破片が、幾多も降り注ぐ。
光景が、在りし日を映し出す。
だが、貴道は動揺しなかった。
「オーケーオーケー、いつも通りさ、やることは変わらねえ」
スローモーション。
「愛と平和のために戦ってるらしいじゃねえか、嫌いじゃないぜ?」
極限において、貴道の世界はゆっくりとなる。避けようもないような光速の攻撃を、とらえてかわす。
「……偶然、ではないな? 見えているのか。強い。ずいぶんと面白い仲間を持ったのう、愛無。ああ、そうだ。不思議じゃのう。こうして殺し合う運命でも、儂も、お前が嫌いではない……ああ! ああ! 強くなるのは、実に楽しい」
貴道は、大気を思い切り蹴りつける。そして、ルウナの前に迫っていた。
「野蛮な武器なんて要らないよな。だから平和的に素手で、愛を以って殴り飛ばしてやるよ」
貴道の武器は傷だらけの拳。
水晶に映し出される光景は、かつての栄光。積み重ねてきた道……。そして、あるかもしれなかった未来。
「どうやら小細工があるらしいが関係ないね、ミーは殴るだけだ」
夢を、栄光を、栄華を。
かつての世界で、チャンピオンとして賞賛される未来を。
水晶は貴道に差し出していく。
そのどれもに、貴道は興味がなかった。
「強くなれば、なんとする?」
「強くなったら……ハッ、何言ってんだ?
どこまでか強くなったからって何が変わるって言うんだい?」
貴道の拳は、ルウナへのけん制の「ついで」に色宝の幻を砕いていった。
「蹂躙なんてのはただのお遊びさ、楽しいだろうが得られるものは何もない。
俺より強い奴に会いにいく……それだけさ、何一つ変わらねえ。
それが俺たち酔狂者の戦闘狂、所謂バトル馬鹿ってやつだぜ」
その幻影は、ノイズにすらなっていない。
「実に、実に面白い!」
「相手が悪かったな、性悪の色宝さんよ? それとも何かい?
この、俺が……偽物の栄光、偽物の強さ、偽物の結末なんかに動じるとでも思ったのかい?
なるほどなるほど……だとしたら、そいつぁ随分と、不愉快じゃねえか、ああ?
久々に、トサカに来たぜ……ッ!!」
距離は至近、拳を構える。
「ああ、そうか、ただひたすら……ひたすらに、強さを求めるというのはこういうことか? 胸がすくような気分じゃのう……儂ですらひどく疲れる夢を見るというのに」
「HAHAHA、それが……ミーさ! 覚えておきな! 拳とっ、郷田 貴道の名前を!」
ぶつかり合う力と力。
目の前の光景は、破壊に満ちている。
「私は恋屍ちゃんが『何』なのかも、この魔種とどんな関係だったのかも知らない……」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は、目の前の光景を強い瞳で見つめている。冷静な部分が、告げる。今は戦うしかない、と。
「けど、あの人をここで止めなきゃいけない事は判るわ。
守りたいものが沢山あるし……それにまだまだ、恋屍ちゃんともっと仲良くなりたいんだもの!」
愛無の咆哮。
それはびりびりと空間を震わせ、通常の人間であればおそらくは恐ろしさを抱くようなものだったろう。
けれど、アーリアにとっては違った。
生きようという意志。戦い抜こうという強さ――。
絶え間なく鳴り響く声を、はねのける決意だ。
分かってる。銀の指輪が輝いた。
分かっている。一緒に、帰る。そして、美味しいものを食べましょう。
「そうよ! だから呼び声にも、戻れない追憶にも……屈してなんてあげない!」
「さあ、立て! 立つがいい! その足で戦場に立たねば! 愛を語る、その資格すら得られぬのじゃ……!」
「強くなったら、その力で何がしたいか――それは中々に難しい問いですね」
『月下美人』久住・舞花(p3p005056)は刃を翻し、雷撃に応える。
この戦場に立ち続けること、それが強さの証明だ。
銀閃『疾風』の正確な一撃が、雷撃とぶつかった。互いの威力を打ち消し合い、鋭い衝撃が走る。遠当ての剣。舞花はその場から動いていない。
「その剣筋……面白い。誰に習ったものか……並ではないな」
鋭く、舞うように死地をくぐり抜けていく剣がぶつかり合う。
互いに、その奥の感情を読み取る。
……興奮を読み解く。
楽しい。
いつだって、楽しい、強者と相まみえるのは!
「ああ。ああ! 強く強く、研ぎ澄まされていくのは楽しいものじゃのう……!」
(生きてる実感を得たいから戦場に立つために強くなったとも言えるし、今は更なる強者と刃を交える事が楽しいからこそ更に強くなりたいとも思う)
けれども、ルウナの強さは、破滅的な一瞬の享楽を孕んでいる。
強ければ欲しかったものは。
……強くありたいと思った理由は、狂気のはざまに置き忘れたかのようで。
慣れた匂いが、遠ざかっていく。焼け焦げた生物の匂い。
(……やはり、貴女は)
もうあの時の貴女ではないのかと、愛無は思った。
(……ああ。でも、そうね。
強くなりたいと思った最初の動機は違う)
舞花を映し出す水晶の中には、かつての自分の姿。
突然の天災のような、理不尽な悪意に遭遇して全てを失った時。
呼応する。剣と剣が。
(そう、あれは理不尽だった。弱いからこそ、奪われた!)
舞花も、そうだ。その時に何もできなかった無力さが悲しくて虚しくて許せなかった。
(そう、何も出来なかった……何も……)
守れなかった。
……無力だった。
「!」
強くあらねば、という決意。
なにもかも失って、そこから。
舞花の振るう剣と、ルウナの剣が重なり。
片方は力を求め、魔種と変じた。
片方は、そこが出発点として、強くなった。
雷撃。
似たような剣の筋が重なるのは一瞬のこと。そこからの性質は、全く異なるものとなった。
閃雷が。紫を帯びた雷は、押し寄せる濃密な死の気配をひといきに斬り払った。
連続の剣。よく似ている、けれどももう、姿が重なることはない。
(――二度と、同じことは繰り返させない。
『今の私』は、そこから全てが始まった)
●取り残された子供たち
まるで暴風雨。
強くなければ、何も得られない。
この戦場が、なによりも強烈にそれを物語っていた。
ホルスの子供たちが、戦場を渡る彼らに押し寄せようとする。
苛烈な戦場を渡る彼らを引きずり落とすように、手を伸ばそうとする。
「ああ、そうだな。お前の考えは何も間違っちゃいない」
『騎士の忠節』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は、まっすぐにルウナの元に向かう。追いすがる手を振り切るようにして、身をねじ込む。
「なかなか、しつこいのう?」
言葉とは裏腹、ルウナの声は嬉しそうな声だ。
「愛と平和のため、そしてそれを守ることが出来るのは強者だけ。
それはこの世の理で、口先だけの綺麗事だけで成し得るだなんて思わない。
だがな、お前は超えちゃいけねぇ線を越えちまったんだよ」
魔導狙撃銃BH壱式の銃身が、こちらを向いている。ルウナは一瞥すると、舞花の方へ向き合った。……遠当ての剣は、ルウナの身のこなしをもってしても避けようがない。ならば、固めて対処するしかなかった。
「お前が真っ直ぐで、不義を嫌うような奴なのは見りゃわかるさ」
だが、狙撃手は……アルヴァは跳んだ。
「!?」
「驚いたか? 俺は前に出る狙撃手なんだ」
何のために。聞くまでもない。……後方の仲間を守るため、だ。
「そうか、お前も……」
「そうさ。キミが守りたかったものがあるみたいに、俺だって守る仲間がいる。
だから俺は、騎士としての正義の下にお前を止めさせてもらおう」
「儂の前に立ちふさがるからには、”愛と平和”のために……受けてもらうぞ?」
「ホルスの子供たち。生まれた意味は与えられたが、生きる意味を与えられなかった悲しき子らよ」
『泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)の声が、彼らを引き寄せる。息をする必要はない。呼吸も、鼓動も。……。
協奏馬【泥】が、少しばかりポコポコと楽しそうな音を奏で。
協奏馬【沼】が、不気味な息吹を奏でる。
その音を真似る様に、子どもたちは叫んだ。意味をなさない文字列。だが、マッダラーにはなんとなく、わかる。
忘れないで、と。生きた証を。
連れて帰ってくれと叫んでいるのだ。
「この戦いが終われば俺が語り継ごう、俺だけは君たちのことを決して忘れない」
なだれるように押し寄せる、無数の人形たち。
「……エルは、逃げません」
『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)の瞳は、全てを見透かすかのようにじっと暗がりを見つめている。目をそらすことはなく、まっすぐにそれを見据えて。
失敗しないように、息を吸って。
ピューピルシールを。阻害の術式はルウナの動きをわずかに止める。
「砂漠の夜の……冬、の、匂いがするのう。お前も儂と戯れようか」
「はい……」
吹雪を塗って、雷撃が降り注ぐ。
愛。
これが、ルウナの言う愛だというのだろうか。
(愛と平和とはなんだろう。僕には愛がわからないけど押し付けるものではないのだろう)
『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)の思考は揺れる。
「平和を好むなら一人寂しく居るべきなのだろう。正しいモノがどれかなんてわからないけどな」
「それもそうかも知れんのう……正しさなど、ないのかもしれぬ」
交わす言葉がゆっくりと一定の旋律を紡ぐ。
「おっと、こんな真理を探り合うためにここに来たのではなかったな」
「そうじゃのう、やろうか」
甘い金平糖をひとつ。一粒。星の砂のような記憶を手繰り寄せて、ランドウェラはホルスの子供たちに向き合った。
誰かであって、誰でもないもの。その揺らぎの合間を、ランドウェラは観測する。きらびやかなライトニングは子どもたちを一斉に貫き、崩れるマッダラーを呼び覚ました。
「……奇妙なことだな。ここには、偽物の生命があふれている」
弱さは、許容できないことだ。
この場が、鮮烈にそれを告げているような気がした。
「弱いことは罪じゃないと思うっすー」
『扇風機』アルヤン 不連続面(p3p009220)の声が、風に乗って響き渡った。ボロボロと崩れる、ホルスの子どもたち”未満”の存在たちにも、アルヤンはそっと面を向けている。
ひとつ。
マッダラーは音を奏でた。
ルウナの攻撃は、容赦なく出来損ないのホルスの子供たちを崩していく。込められているものは、きっと怒りだ。弱いものを一掃して、強いものだけが生き残るような選別。
「……本当に罪なのは、強くなろうとしないことっすからー。
自分は、弱い自分は嫌いっすー。何も出来ないで守られるのが嫌なんすよー。
月並みっすけどねー」
アルヤンはふと思うのだ。揺らぐ風景を見て。ほんとうは、ルウナが欲しかった強さというのは、無数の弱さを切り捨ててかなえられるような苛烈さじゃなくて。
きっと、何もかも守りたかったのではないかと。
水晶に、一瞬だけ、母に似たような人の影が映し出された。けれども、アルヤンは構わずフルフルと首を振る。今向き合うべきなのは、ホルスの子供たちと、ルウナ・アームストロングであった。
「マッダラー先輩とランドウェラ先輩」
「ああ、ここにいる」
「大丈夫。分かってるよ……行こうか」
●そうあれかし
アルヴァは、ルウナの一撃を受け止める。
一撃が、重い。それが二度三度と続くのだ。
だが、この身が痛むのは構わない。騎士として、仲間の盾となり、立ち続けることにためらいはない。
至近距離からの、オ’レンジ・キス。
「!」
ゼロレンジの曲芸魔射が、すさまじい速さで接近してきたルウナの動きを受け止めた。
構わない。この身が灼かれようとも、それで、チャンスが作れるのだから。
「来るぞ!」
「わかった」
すさまじい勢いで、愛無がルウナに迫っていた。もうもうと立ち込める煙は、障害にはならない。愛無の頼みは嗅覚だ。見えている。
愛無の声に従って、アルヴァは一度距離をとった。
「愛無、その”手”は見えて……っ!?」
愛無は、不意に変身をといた。
この距離、だ。
殴打は、ルウナの正面を捕らえた。だが、相手も防御姿勢をとっており、致命傷とはならない。だけれども”通用する”。
それが確認できただけで構わない。一度跳び退る。
「残念だけどおねーさんには全部見えてるの!」
迫るホルスの子供たちの攻撃を、アーリアはかわした。翡翠の瞳は、全てを見透かすようにホルスの子供たちを見据えている。
必要以上の応対はしない。後ろでは仲間たちが、道を作るためにやはり戦ってくれているはずだから。
目標はただ一人、ルウナ・アームストロング。
キッス・イン・ザ・ダーク。紅い花吹雪が舞った。……蕩けるような口づけを。覚めやらぬ酩酊を。与えられた酔いは、まとわりつくようにルウナの動きを留める。
「手数が多かろうと、封じてしまえばいいだけ! そうすれば……」
「ん、準備オッケー!」
もぐもぐとドーナツを頬張ったセララが、しゅたりと目の前に飛び出した。
――冗談みたいだが、速い。
水晶のみせる幻のセララよりも、早い。
カレイドセララアクセラレートが、セララの姿を聖剣騎士団の姿へと変じさせる。
「いくよ……ギガセララブレイク!」
聖剣ラグナロクが、大地を真っ二つに切り裂いた。
(強いのか、守ろうとする意志は。これほどまでに……)
もしも。
もし、あのとき、「守れて」いたならば……。
いや、思考を続ける余裕はルウナにはない。
愛無のリーサルブロークンが、捨て身の一撃をルウナに食らわせていた。みしりと骨が軋む。
(ああ、考えても詮無き事よ)
「つよい、というのは、どういうこと、でしょう」
エルは、自らを捧げた。祈りに応えて、刺に覆われた兎が姿を現す。つららの氷の歯が、ルウナに深く食らいつく。
「エルも、かんがえて、みます」
攻撃か、防御か。……どちらにせよ、ルウナに応えるために、舞花は構える。
やはり、ルウナが選んだのは捨て身の一撃だ。
「なら、それに応えましょう」
水月の位。
流転と無窮。研ぎ澄まされた境地。一瞬はしんと、凍り付いたかのように静かで、閃雷がまたたく。
先の先、先まで踏み込んだ一撃が、ルウナの身をさいなんだ。
(ああ、強い!)
ルウナは攻撃を選んだ。強さに溺れて、もっとと心が叫んでいる。
瞬天三段。振り上げられた太刀筋は正確に、容赦なく急所を狙ってくる。身体はとうに思ったようには動かない。それを無理やりに動かしているのは、力への渇望。魔種へと変じた己の身。
かつて感じたことのない高揚感を感じていた。
雪が、氷が。音を奪う。熱を奪う。
ファントムチェイサーが、どこまでも追ってくる。
「避けるのが随分得意みたいだけど、私と勝負しましょうか? なぁんて」
「ああ、面白いのう! 最期立ち続けてみせよう。元、幻戯団長。この名に懸けて」
●まがいもの
「潰しあってくれれば楽だがそうなるほど甘くないよなぁ」
ランドウェラはホルスの子供たちを見据える。
「あちらの邪魔をされては困るからな。立ちふさがってみせようか」
「然り、だな」
マッダラーは奏でる。崩れ落ち、幾度となく再生を繰り返しながら、その身体は奇妙に浮かび上がる。
協奏馬【雷】がスモークをあげる。
シルエットは不定。
だけれども毎度、一人の、マッダラーという存在をを構成していた。
どの構成要素がマッダラーをマッダラーたらしめるのか、試行を続けても答えは見つからない。しかしマッダラーはマッダラーだった。
幾度となく殴られても、崩されても。マッダラーは何度でも這い上がる。
ホルスの子供たちに、マッダラーを沈めることはできない。
「泥人形の意地の見せどころというやつだ」
「ははははまだ倒れるな」
ランドウェラのライフアクセラレーションが、マッダラーを再び起き上がらせる。
「ああ、……眩しいな」
アルヤンのダークムーンが昇っていた。ふらふらと、子どもたちの目線はゆらゆらと空を追う。それを、マッダラーのH・ブランディッシュが切り裂いた。
「……こっちっすよー」
アルヤンの羽はぶんぶんと回り、暴風を引き起こす。
ショウ・ザ・インパクトが、子どもたちを一カ所に集める。
「いけるか?」
再度のH・ブランディッシュが、子どもたちを斬り裂いた。
マッダラーは焦らない。自分が倒す必要はない。
『倒れなければ、必然的にチャンスは訪れるのであるから』。
土に戻り、再生を繰り返す。
マッダラーが奏でる音楽はどこか間が抜けていて、それでいて同情的でもある。錯覚だろうか。つくりものの子どもたちは、本能的にそれを追うがどこか嬉しそうに見えることすらある。
(きっと、救いっすねー)
完璧じゃなくても、ということは。
ランドウェラの鬼哭啾々が、子どもたちを貫いた。手加減をする必要はない。
●かつての憧憬
愛無は思考しない。ただ、身体を動かす。
それでも、水晶は後悔を映し出す。
団が無くなってから、過去を取り戻す事が全てだった。
人間にも世界にも馴染めなかった。違和感だけは増えていった。
それでも、と。
それでも守りたいモノがあった。守りたいモノもできた。
すべてなくなったわけではないのだ。
『団長!』
『おかえり、愛無……』
ありえない再会の光景は水晶に閉じ込められたまま。二人は不器用に抱き合って、人でなしの塊は小さな人の姿をとる。
『強くなったのう、愛無』
『これからは、』
現実に、抱擁と、頭を撫でるような優しい動きはない。
かつての団長はいない。
水晶は、攻撃の余波で呆気なく砕け散った。
でも、自信をもって言える。
何もかも失くしたわけじゃないと。
守りたいもの、「その中には団長もいるのだ」。
「今なら少しだけ解る。「愛」というモノが」
「愛、無……」
団長は、少し驚いたような表情になった。その芽生えに。そして、その瞬間だけは。
魔種はほんとうに、嬉しそうに笑った。
「ふふ、ふははは……ははははははははっ!」
けれども、それは一瞬のことだった。その笑みは狂気に包まれていって、またしてもルウナは力に溺れる。
分かっている。これでためらうようならば、生き残れないのだと。
(だから勝つ。強くなければ守るモノも守れない。証明する。もう守られるだけでは無いのだと。独りにはさせぬぬと。共にある為に。共に生きる為に)
「皆で帰ろう」
●残ったものに、花束を
力を。
呼び声は絶え間なく響き渡っており、イレギュラーズたちに誘いをかける。
もっと、力が欲しくはないか?
守りたいものはないか?
それがあれば、全てが叶うと思ったことはないか?
それは違う、とランドウェラが告げた。
決別を。互いを隔てる障壁を。自我の外殻は、誰かを守るための壁になるはずだった。
「追憶したそれ(人形)のようになってはいけない、彼女のようになる者がいてはいけない。
狂気に陥るのも魔種になるのもダメ。これはエゴだ。どうしようもなく個人を確立させてしまった結果。
ならない、というだけではダメなんだ。呼び声なんかを聞いてはいけない。手を止めてはいけないんだよ」
「ああ。力なんてものは必要ない。必要なのは心の強さだ」
マッダラーもまた、はっきりとそれを拒否する。
「人足り得ない泥人形が、あの日青い鳥が鬼殺しを救ったような人の輝きに憧れたのだ、心こそが俺の願う強さだ。
仮初のエゴを象ってまで、俺の望みを汚すな!」
マッダラーの核があるとするならば、それなのだろう。
囁いていた色宝は砕け散った。
「自分はー……」
きらきらと映し出される自分自身の可能性の姿。ふいと、顔をそむけたくなるような光景でもある。
水晶の中のアルヤン……かもしれない姿は、平和に微笑んでいる。「ちょっとうらやましい」という気持ちを抱きながら、その姿を否定も肯定もしない。
「自分は弱い自分が嫌いっすー。
でも、人を脱したような、そんな扇風機になりたい訳じゃないっすー」
強い自分にすぐなれるわけではないけれど。今こうして戦っているのは、アルヤンにとっての最善だ。
「自分は、自分は人でなしになりたくないっすー……強くなっても、人として、人を守って行くっすー。
誰がなんと言おうが、自分は人間なんすよー!」
幻は笑う。
アルヤンもきっと笑った。
この光景を美しいと感じることができるなら。今は、それだけで十分だ。
それがきっと、人間ということだ。
「愛も平和も、それを感じ取って笑う事ができる感覚は人間にしか備わってないんすからー」
泥に戻り、幾度となく繰り返していたマッダラーの演奏が止まった。
それは合図だ。
マッダラーは自らを確かに名乗りながら、ゆっくりと奏で、戦場に足を踏み入れていく。
無数のホルスの子供たちが、マッダラーを貪ろうとする。
「今だ! 俺ごと撃て!!」
「了解っすー。行くっすよー!」
アルヤンの破式魔砲が、ランドウェラのライトニングが、思い切り。マッダラーごとホルスの子供たちを吹き飛ばす。
辺りはしんとして、泥のごぽごぽという音が響き渡っている。
雷撃。
小さな雷が走り、マッダラーは立ち上がる。
「ああ、そうか」
何かが抜け落ちて、何かを理解して。やはり、マッダラーは奏でる。
「魔種を、倒すんだな」
「そうっす、倒すっすよー」
「うん。行こう……一緒に。立てるかい?」
「ああ」
●七色の幻
色宝がきらめいた。
「……っ」
映し出された光景に、アーリアは息をのむ。
それは、かつてのアーリアの姿だった。
天義から逃げたアーリアたちを追ってきた、真っ白な聖騎士。それを、力でねじ伏せているアーリアの姿。
「違う、違うわ、こんなの違う!
彼等聖騎士達が許せないのは嘘じゃない、でも!」
欲しいのは、その力じゃない。
「私がこうして戦って、強くなりたいのは『守る為』
笑ってお酒を飲む日常を、沢山の友人を、そして今も家で帰りを待ってくれている彼を、守りたいんだもの!!」
思い描いた姿を、色宝の欠片は知らない。……知らなかった。だから、幻のアーリアは泣いている。何もかも投げ出したいと自暴自棄になっていて。
粉雪が舞い落ちる。鋭い音が、辺りを切り裂いた。
「エルは、皆さんが、そうではない事を、知っています。
そんなエルの事を、どうか、思い出して下さい」
「わかってる、ありがとう……!」
色宝が映し出すのはほんのひとかけら。人の、全てではない部分。
そのアーリアに、その場凌ぎの嘘で、慰めてくれる彼はいないから。
だから。それは、幻でいい。
「守ろうと思うの……! お願い、立ち続けて!」
アーリアの大天使の祝福が、仲間を奮い立たせる。
「そろそろか。いい加減、沈めっ!」
「それはダメっすー!」
流シ地鏡の風に乗り、ふわふわとやってきたアルヤンがルウナを突き飛ばす。
「待たせたっすー、加勢するっすよー」
「ああ。待たせた」
マッダラーとランドウェラは、アルヴァと共にルウナの前に立ちふさがる。
「強くなったら、か。個人を確立させた上で誰かのために動く。それが、したいこと、かな……」
だから、敵は倒さなくてはならない。
水の中のように、波紋が揺れる。
母に抱擁されるランドウェラの姿が映し出される。
水晶の光景に、ランドウェラは振り返ることはない。
「僕が本物のように強かったら母に落胆されなかっただろう。愛されているのだろう。だがそれは僕(ランドウェラ)じゃない。それはコピーだ。それは人形だ。
今をバカにしてくれるなよ色宝め」
「……あきらめないというのか?」
「うん! そうだよ!」
セララははっきりと答える。
「全てを? 仲間を? ……守りたい人を? 自分の身を? どれ一つとしてあきらめず、欲しいものは”全て”か?」
「そう。ぜんぶ! ボクは結構欲張りなんだからねっ!」
ギガセララブレイクが、ルウナを思い切り押し込んだ。
「っと、稲妻なら、ここにもあるけどな?」
異相【雷帝】。
郷田貴道は雷光と化す。まっすぐなパンチは音速を超え、そして何もかもを置き去りにする。
そして、ダメージという結果だけを叩きつける。
「HAHAHA、ミーもだ! 勝利は、全部貰っていくとしよう!」
「だから、ここをどく気はないよ!」
団長、と幻影がルウナを呼んだ。それだけで、強くなれる気がした。
強くなりたい。たとえ、もう失った何かのためでも。
強くあれかしと、武器を握る。
「ボクも団長だから分かるよ。仲間が、友達が、戦友がいなくなったら、死んじゃったら……とても悲しいよね」
「……ああ、そうだ、悲しかった。苦しかったのじゃ……そうだったのう、だから、儂はこうやって、強く」
セララは思った。ルウナはありえた未来の姿なのかもしれない。
「でも、でもね。
もしひとりぼっちになっちゃったとしても……折れちゃダメだよ。諦めちゃダメなんだ。
いつも心に情熱を。理想に向かって突き進む!
それがきっと、皆の信じる団長だからね」
「ははははは、もう、遅い……! 遅い、何もかもがっ!」
それを聞いて止まれるほどの狂気ではない。
けれども水晶は、水晶の中のルウナは……。
そうだな、と笑って。
救われたように、肩の荷が下りたように笑う。
ありがとう、と。
捨ててきた物が告げるのだ。
「団の仲間が大切なら、その思いを裏切らないで。皆の分まで背負ってあげて。
もし忘れちゃったなら思い出させてあげる。
これが本当の! 愛と平和を守る姿だよ!」
●何度でも踊り、立ち上がる
振り返れば、ホルスの子供たちはいない。
「隊を率いた者の覚悟か。俺にはお前たち二人の関係など露ほども知らない。だが、だからこそ伝わる。これがどれほど悲しい戦いなのか。
詠わせてくれ、出来るなら悲劇の詩ではなく、当人たちが納得した終わりの詩を。それが、泥人形たる俺がこの場に居合わせた役目というモノだ」
マッダラーは雷撃を浴びる。そして、なおも立ち上がる。
「雷では俺の身体は朽ちることはない!」
笑う、笑う。泥人形は笑う。
アラートを響かせて協奏馬が震える。愛無の咆哮が響き渡る。
なのに、ルウナにとっては静かだ。人が一人、また一人と減って。
……静かだ。
「もう、二人っきりか、愛無」
ルウナの動きは死地において苛烈さを増していた。けれども、その動きは次第に目で追えるようになっていく。
凍てついて。焼き付いて。看破されていく。
刀での一撃が、マッダラーの首を落とした。けれども、まだ立ち上がる。
「伊達や酔狂で限界突破してるわけじゃあない。俺を仕留めるのに生半可な【必殺】で事足りると思ってくれるなよ」
「きっと誰も悪くないのだろう」
ランドウェラは呟いた。
ライトニングが、雷が。舞台を覆いつくしていく。
(この者の討伐が目的である以上少しばかり向き合わねば、ならない)
水晶の御殿が、名前を呼ぶ。
アルヴァ、アルヴァ。――ううん、そんな名前だっただろうか。
アルヴァの過去は、空白。映し出されるのは、情けない自分の姿。
「ああ、本当に悲しいものだな。
力がない内は、護るために必死に努力をしていたのに、力を得た途端」
「――違う、俺がなりたいのはこんなんじゃない
正義を想う心の強さに限界は無い、俺は”正善の騎士”に!」
アルヴァは幻を振り切って、自分の信念のために刃を振るう。
冬のおとぎ話を、物語ろう。
(ああ)
閉ざされるような冬。誰にも、誰にでも覆いつくしていくような猛吹雪。ぱちりとまたたけば、それが幻だって分かるもの。全てを塗りつぶす白。何も芽吹かない冬。
気が付けば、ぐいぐいとつららが手を引いていた。
エルは、ふるふると首を振る。
(それは、絶対に、駄目です。
冬は、楽しくて、素敵な季節、です。
雪は、白くて、ふんわりで、包み込んでくれます)
「だからエルは、皆さんに、楽しく、冬を知ってもらいたい、です」
めっ、と、一喝すると、色宝の偽光景ははピシリとひび割れていった。
「……っ!」
ルウナは体勢を崩した。
一度、距離をとろうとするルウナに、貴道の八岐蛇槍が襲い掛かる。
「逃がさねえよ、さあやろうぜ!
バチバチに殴り合うのが楽しいんだ、なあオイ?
どこまでも付き合ってもらうぜ、どちらかが倒れるまでな!」
●雷撃のラストコール
アクアヴィタエが、アルヴァの傷を癒した。まだ。まだ、傷ついてもアルヴァはまだ立てる。
いや、意志の力で立つのだ。
斬神空波が、ルウナを追い立てた。
「くっ……」
何度交わしても。何度追い払っても、アルヴァは正面から、何度でも挑みかかってくる。
「力は、目に見えるものだけじゃない。
心、意思、信念、その全てを強く持ってこそだろ。l
純粋な力の欲しさに全てを手放してしまったお前に、”俺達”の愛と正義は負けない」
愛無の粘膜塊が、べったりと腕を覆いつくしている。強い酸性に、ルウナの腕が焼ける。
セララは飛び上がり、放たれる雷を、ラグナロクでまっすぐに受け止めた。
「これはね、雷返し! ゲームで見た技だよ!」
「!」
相手の力を利用して、反撃する。その発想は理解できる。
(だが、本当に試みようとする奴がおるか?)
面白かった。戦うたび、刃を振るうたびに可能性が増えていく。
ばちばちと唸る雷光は、セララの腕をびりびりと震わせる。けれども。それよりも強く、聖剣を握りしめたのだった。
舞花の閃雷が飛んだ。紫の雷は、セララの剣の上でバチバチとまじりあった。
(ルウナさんの愛と平和。歪んでしまった想いを、まっすぐにして倍返しだよ!)
避けなくては。
だが、そのとき。愛無の触手が伸びてきた。がっしりとつかむ。もろとも、砕け散ってもいいと言わんばかりの強さで。
こんな剣は。
こんな思いは。
(かつての儂は、本当に)
こんなことを考えていただろうか?
(ボクの信じる想い、愛と平和を守る気持ちを刃に込めて!)
「これがボクの!愛と平和の!ギガセララブレイクッ!!」
セララは、迷い無く剣をまっすぐ振り切る。
●可能性を食らう
「愛と正義は勝つ、だっけ? ふっ、ラブ&ピースだ」
アルヴァは、武器を納める。
(誰も無しえなかったなどと「過去」など関係ない。興味もない。
欲しい物は奪う。
それだけだ)
可能性を駆けて。全てを駆けて。
貴女が救えるというのなら、喰らう。
食らいついて見せる。
咆哮を、可能性を、全て捧げてでも。
「愛無」
(だが……アーリア君達に僕の我儘で必要以上のリスクを負わせられぬ。
「最悪」決着は僕がつける。他の誰でもなく。僕の手で)
守るべきを違えれば、団長は許してくれまい。それも彼女が教えてくれた事だ。
「らぶあんどぴーす」とは覚悟の形ゆえに。
「愛無」
ルウナは、手を伸ばす。その腕は口内に差し伸べられる。
思わず、愛無は硬直する。
「ほんとうに、強く、なったのう……」
それは、とっておけ?
そう言うように、団長はそっと人差し指を愛無の口に当てる。
いや、それも……色宝の見せた幻だったのかもしれない。
魔種がそんなことをするはずが……。
そして、ルウナ・アームストロングは動かなくなった。
「疲れただろう。もう、休んで良いんだ」
アルヴァがそっと告げる。
愛無の咆哮が鳴り響いた。
どうしようもない咆哮が。
「やるせないっすねー……でも、いや……」
アルヤンはゆっくりと羽を止めて、言葉を選ぼうとしたが、何も言わないほうを選んだ。
あれが幻だったのか。それとも本当だったのか。
……どちらにせよ、ルウナの映し出した願望であるはずなのだ。
「ボクも、わかるよ。誰かを守りたいって気持ち。強くなりたいって気持ち」
「覚えておこう、この戦いを。俺が語り継ごう。この物語を」
「そうだね……」
ランドウェラは頷いた。
(戦士が弱いという事は、確かに罪であるというのは間違っても居ない。
戦場であれ別であれ、戦う術を知っていても生き延びるだけの力が無ければただ死ぬだけ)
舞花は、ゆっくりとその跡に歩み寄った。
「それが許せなくて、貴女はそうなったのね」
(現実には誰もがそこまで強くなる事は出来ない
ならば、誰かがそれでも全てを守れるほどに強くなればいい……と、出した結論はそんな所かしら)
その気持ちは理解できる。
……あまりに果て無い理想だけれど。
「……ルウナさんも、守りたかったんだね」
セララが告げた。
「残念ね、『そうなる前』にであれば会いたいと思う人だった」
「お前の志は寛大、”だった”と言うべきか。
勿論、裏切った奴が悪いって俺も思うさ。
だが過去を捻じ曲げることはできない。
何があっても前を向いて生きるしかないんだよ」
アルヴァは、絞り出すように言った。
「ルウナさんは、大好きな恋屍さんと、戦う為に、力が欲しがったのではないと、エルは信じています」
一歩ずつ確かめて雪を踏みしめる様に、エルは言葉を選ぶ。
(きっと、大好きになった皆を、守るために、力が欲しかったのだと、エルは考えました。
だから、背負い過ぎちゃって、魔種になっちゃったって、エルは思いました。
ルウナさんが、砕いてきた水晶の分だけ、本当のルウナさんは、苦しんでいます)
手を止めて、その遺骸を撫でる。もう大丈夫だと、そう告げるために。
「強敵だったぜ」
貴道がつぶやいた言葉は、賞賛だった。
咆哮をあげながら、愛無は喰らう。……全てを食らう。
記憶するように、細胞に刻み付ける様に。
すべてを、自らの血肉とするかのように。
敵を。戦いの跡を。全てを。全てを。だが、足りない。まだ、足りない。飢えている。いくら食べても、食べても。満たされない……。
欠片も残さないように。思い出を忘れないように。
そして、全てを食らいつくした後、呆然と空を見つめている。
「ねえ、恋屍ちゃん」
「……」
「…お腹空かない?」
アーリアが言うと、愛無はもぞりと動いた。弱々しく答えた。
「そうだな、腹が、減った……」
「うん、たくさん食べよう」
どこか危なげな彼女を、見守りたいとそう思った。きっと、今は支えが必要なはずだから。
ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でる。
もう戻れない日々に、決別を。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
この先も、強さが。この経験や、戦いが、皆さまの生き延びる糧となりますように。
お疲れ様でした!
GMコメント
●目標
ルウナ・アームストロングの討伐
●場所
ファルベライズ遺跡最奥付近。
開けた場所です。
いくつか障害物になりそうな鍾乳石や石筍(地面から生えているつららみたいなもの)があります。
●敵
ルウナ・アームストロング
高EXA・回避型の剣士です。雷を纏っています。
・『愛のために』単体への連続剣(物理)
・『平和のために』神秘・範囲・雷
その他、苛烈な攻撃を仕掛けてきます。
ホルスの子供たち(狂化)×20
その場に現れるホルスの子供たちです。
傭兵や、盗賊団の姿をとっているようです。特に誰ということはありませんが、一般兵士・戦死者のイメージです。
敵味方見境なく攻撃します。
●追憶の色宝
壁に露出している色宝は、願いに応じて「在りし日の光景」や「強くなった自分」、などが映し出されています。しかし、力に憑りつかれて冷たい人間になっていたり、必ずしも自分の思う通りの姿ではありません。例えば、その力で一般人を傷つけていたり、大切な人によそよそしくされたり……といったような幻です。
必ずしも自分の思う通りの姿ではありません。
「強くなったら、その力で何がしたいか」を強く思い描くことで脱することができるでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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