PandoraPartyProject

シナリオ詳細

惑乱の親心

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●変化
 ――情が移った。きっとそれが最も相応しい言葉だ。

 ティーチャー・ベンはもどかしさに喉を痞えたまま、集会所を訪れた。
 厚手のローブで恰幅の良さも腹の色も隠したファザー・ギエルが、静寂を打ち破ったベンへ情のない眼差しを向ける。
 そんなファザー・ギエルの傍には、四人の少年少女が佇んでいた。
 ベンが担当している区画で子どもたちのリーダー格になっている、赤ら顔の少年マークス。
 マークスに良くお節介を焼いている少女エリカ。すばしっこくて快活な少年セネルと、そして――。
「先生(ティーチャー)、おそいよ!」
 青白い手をぶんぶん振る少年アヒムだ。彼に急かされたベンは、苦みを噛み締めつつ歩を進める。
 すると役者が揃ったとばかりに、ファザー・ギエルが間を置かず口を開く。
「食料の減りが著しいです。ティーチャー・ベンの引率の元、後日このメンバーで課外授業に出てください」
 与えられた『お役目』に、セネルたちは授業だ授業だと頬を上げて喜んだ。表情ひとつ変えないマークスを除いて。
「安心してよファザー。俺がなんとかする」
 自信に満ちているとも取れるマークスの発言は、頼もしいですね、とギエルの頬を上げさせた。
「しっかり準備してから向かうのですよ。お話は以上です。わかりましたか?」
「「はーい!!」」
 朗らかな返事を最後に、マークス以外の子どもたちは集会所から飛び出す。
 無邪気とも取れる背中を見送ったベンが、ところで、とギエルへ言葉を繋いだ。
「フォルトゥーナへ送る人選を、変えた方が良いのではないかと」
 渋る提言に、ギエルが目つきで続きを促した。
「アヒムには此方での務めがまだ残ってますし……セネルかエリカが適していると考えます」
「決定は変わりません。それに幸福の街へ入れることを、アヒムも喜んでいたでしょう?」
「確かにそうですが……」
 事実を突きつけられてベンの声色が鈍る。幸福の街フォルトゥーナと呼ばれる区域へ行ける――そう報せを受けたアヒムが、周りの子どもたちと揉みくちゃになって喜んでいる光景を、ベンも目の当たりにしていた。だからこそ、ベンの胸が軋む。
 彼の心を察したのか否か、そこでギエルは眦を和らげる。
「当日まではこちらで確と務めを果たすよう、アヒムに言い聞かせてくださいね」
 話を断たれたベンは一礼したのち、黙って集会所を出て行く。決定が覆らない今、彼の焦りは足取りに乗っていた。
 足早に立ち去った背を見届けて、ファザー・ギエルは囁く。
「……君からの報告通り、彼はアヒムに入れ込んでるようですね。あれはいけません」
「うん。アヒムが来てから人が変わっちゃって、残念だな」
 全く残念そうには思えない声色でマークスが返すと、ギエルは喉だけで笑う。
「君にとっては、騎士になれる良い機会です。……ティーチャー・ベンを粛正なさい」
 世話をしてくれた大人を粛正しろと指示されても、マークスは驚かず、頷くことに躊躇いもなかった。

●情報屋
「おしごと。まず、これ見て」
 そう言って情報屋のイシコ=ロボウ(p3n000130)が机上へ広げたのは、くたびれた一枚の手紙だ。
「アドラステイア、ティーチャー・ベンから、お手紙」
 集まったイレギュラーズが覗き込むと、急いたような文字の羅列が目に飛び込んで来る。詳しい自己紹介や季節の挨拶はなく、「イレギュラーズへ知らせたいことと頼みたいことがある」というシンプルな前置きのみで、あっという間に本題へ突入した。
 アドラステイアの子どもたちと聖獣を連れて、差出人のベンはある村へ向かうという。
 村を訪れる目的は課外授業――という名目で、食料を入手するためであるらしい。
 そこで頼みがある、と記されていて。
「子どもたちの中にいる『アヒム』という白い髪の少年を保護してほしい……?」
 読み上げたイレギュラーズが怪訝そうな顔をする。
「手紙自体が罠の可能性は?」
「ある。イレギュラーズをおびき出して、襲うのが目的……かもしれない」
 一人の疑問にイシコが答え、すぐにもう一言付け足した。
「けど、罠じゃないかもしれない」
 今までの例から言って、アドラステイアの民による訪問は、平穏と呼べるものではないはずだ。食料入手もいわば強奪で、村人へ危害が及ぶ可能性も高い。村へ向かうという差出人の話が本当なら、イレギュラーズの助け無くして村は救えない。
 そこで急ぎ村へ向かい、やってくるアドラステイアの一行を撃退するのが今回の仕事だ。倒すなり、追い返すなり、撃退方法や対処に関してはイレギュラーズに一任される。一任される点は、もう一つ。
「アヒムって子、保護するかどうかも、任せる」
 イシコは静かに話し、手紙へ視線を落とす。アヒムの保護を願う一文の後に、震えた筆跡でこう記されていた。

 ――情が移った。きっとそれが最も相応しい言葉だ。
 ――何故ならアヒムは、死んだ息子にあまりにも似過ぎている。

GMコメント

●成功条件
 村への被害を最小限にし、アドラステイアの民を撃退する
※ティーチャー・ベンが望む『アヒムの保護』は、成否には関わりません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●状況
 イレギュラーズと襲撃者たちの村への到着は、ほぼ同時。
 村人たちは、アドラステイアの一行が来ることを知りません。
 襲撃者たちの元へ急ぐ道中、そんな村人たちへ声かけぐらいはできます。
 ただ、村人たちのざわつきや避難などの動きによって、襲撃者たちが異変を早めに察知する可能性も出てきます。

●敵
マークス
 オレンジ色の髪に赤ら顔の少年。シナリオ『ロージーフェイス』に出てきた少年です。
 格闘術を混ぜた槍捌きで、近接単体を貫く技は、弱点、致命、出血あり。
 槍を振り回して、砂埃の旋風を自範に起こす技は、停滞、呪縛あり。

アヒム
 青白い肌と白い髪で、病弱そうな見た目の小柄な少年。13歳ぐらい。
 白い魔力の塊をたくさん投げつけて攻撃します。
 他、不気味な呪文を中範に広げ、思考を掻き乱す攻撃も。不運、混乱あり。

セネル
 アヒムと仲の良い黒髪の少年。13歳ぐらい。
 細身の剣による必殺ありの一撃や、体勢を崩す連続突きが得意。

エリカ
 マークスと昔馴染みな金髪の少女。16歳。
 竪琴での遠範攻撃は、苦鳴とブレイクあり。竪琴の音色で回復もできます。

聖獣
 鹿を思わせる四本足で、上半身が天使の石膏像のような見た目。
 疾駆して、直線上にいる対象を吹き飛ばしていきます。
 また、羽ばたいた音と波動で自域に攻撃もします。致命、識別あり。

ティーチャー・ベン
 神父風の男性で、手紙の差出人。短剣を持っています。
 亡き息子に似たアヒムを大切に思っていますが、村にとってはただの襲撃者。

●独立都市アドラステイアについて
 特設ページ(https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia)をご覧ください。

 それでは、いってらっしゃいませ。

  • 惑乱の親心完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年02月16日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
氷室 沙月(p3p006113)
鳴巫神楽
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
雑賀 才蔵(p3p009175)
アサルトサラリーマン

リプレイ


 来客として村に招かれただけなら、どれほど良かったか。滲みる鈍痛を胸に覚えながらも『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は年下特有の愛らしさを前面に押し出して、村人たちと話をしていた。内緒の話だけどね、なんて遠慮がちに囁かれたら周りも意識を逸らせない。
「ここは危なくなるんだ。でもね、けがしないように……」
「? 危ないってどういう……」
 事情を聞こうと屈んだ村人たちの後ろから、別の声が響いた。
「ローレットのイレギュラーズだ! ここは襲われるからてめぇら避難しろ!」
 時間の許す限り、できることがある限り、ひたむきに駆け続ける。それこそが『太陽の勇者』アラン・アークライト(p3p000365)を織り成す光だった。だから彼は立ち止まらぬまま呼びかけていく。日常に明け暮れていた村人たちへ、彼らの日常を守るために。
「お、襲われる!?」
「ここが!? どうして……」
 ざわつく人々へと、『アサルトサラリーマン』雑賀 才蔵(p3p009175)が笑顔と言葉をそっと寄せていく。
「なに、落ち着いて行動すれば大丈夫だ」
「そうだ、押し合わなくていい! 必ず俺たちが叩き返す!」
 アランも付け加えていると、統率力によって大人たちへ声をかけていた『天空の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)の元へ、事態に気付き村長が駆け寄る。
「一体何事ですかな、騎士殿」
「仔細を話す時間が惜しいんだ。襲撃を目論む一団が来ているから、この場から離脱を」
 端的なカイトの説明へ、近くにいた『地上の流れ星』小金井・正純(p3p008000)も連ねた。
「招かれざる客はアドラステイアの民。……あなた方も聞いたことがあるはずです」
「あ、アドラステイアだと!? 何故こんな所に」
 動揺を露わにした者も少なくなかったが、イレギュラーズの的確な言葉運びに村長がすぐ肯う。
「他ならぬ騎士殿たちのご忠告です。皆、ゆくぞ」
 率先して動き出した村人たちへ会釈し、カイトたちは先ゆく仲間を追った。
 道中、あのねとリュコスに呼びかけられて『騎士の忠節』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)がちらと振り向く。
「アヒムって子、助けようとしても……うん、って言ってくれるかな?」
「分からない。もしかしたら……」
 アルヴァが皆まで言わずともリュコスは頷く。そうだよね、と寂しげに片目を揺らして。
 避難を勧めている時から、かれらの予感はずっと拭えないままだった。

 一声かけるだけに留めて『オールレンジ委員長』氷室 沙月(p3p006113)と『肉壁バトラー』彼者誰(p3p004449)は、逸早く襲撃者の元へ急いだ。そして誰より早く辿り着いた場では、アドラステイアの子らが既に戦闘準備を済ませ、待ち構えていた。
 手紙の差出人ティーチャー・ベンと、彼が保護を頼んだ白い髪の少年アヒムも勿論いたが、沙月は彼らへ目線を流さない。沙月のまなこが捉えるのはただ一人。赤ら顔の少年マークスのみ。
「随分と判断が早いのですね」
 怜悧さを秘めた面差しのまま、沙月が少年を射抜く。
「遠くても騒いでたら分かるよ」
 マークスはしたり顔もせず素気なく言い捨てた。それを彼者誰は訝しがる。
(私たちが訪れるのを察していたなら、逃亡なり阻むなり可能でしょうに……)
 目的があるのか、はたまた考えなしなのか。
 拗ね顔のマークスから判断できず彼者誰が目を細める間にも、氷気纏いし刀を握り沙月が紡ぐ。
「頭が高いですこと。いえ、ボサボサ頭では低頭できぬのも仕方ありませんね」
 彼女はマークスを煽りに煽る。見目から滲む卑しさを指摘され、当人の眼の色に苛立ちが生じた。
「外の奴って、皆キレイなものが好きなんだね」
「御託も能書きも聞く気はない」
 戯れに語らうつもりなど沙月には無かった。
「そのチンケな棒切れ使って、とっととかかってこい」
 悪を蔑む沙月の言にマークスの頬がぴくりと動き、さすがにお喋りを続けようとはせず槍の穂先を彼女へ向ける。
「いいよ。コレが棒切れかどうか、アンタで証明してあげる」


 集ったイレギュラーズへと降り注いだのは、アヒムからの呪文めいた魔法だ。奇怪な言葉の羅列に思考を掻き乱され、イレギュラーズが呻いていると、アヒムは弱々しい外見から想像しがたい明瞭な口調で、ティーチャー・ベンへ呼びかける。
「先生は食べもの守ってて! ぼくたちでやっつけるから」
 彼の言う食糧とやらを、混ざりうねる意識の中でリュコスがどうにか一瞥した。ベンが握る古びた巾着袋は、満杯とは言えない。収集の途中でイレギュラーズの来訪に感づいたのだろう。辺りの木に成っていた果実をもいだ程度で、充分な量ではなさそうだ。
(あれだけなのに、守りたいんだ……?)
 相当逼迫した食糧事情なのだろうかと、リュコスは震える。
 そして、表向きの姿は存外大事なものだと知るアルヴァが、銃口を手紙の差出人へ向ける。ティーチャーなる立場にありながら、男は安全地帯へ退避しない。子どもを犠牲にすることも厭わぬアドラステイアの大人がだ。だからアルヴァは両目を細めて狙った。男の足元を。
 魔導の銃により砂埃が跳ね、ベンが怯む。今まで子らに任せきりだったのか、マークスたちほど戦いに慣れた様子はなく――アルヴァの肌身に嫌な予感が突き刺さる。真にアヒムを救いたいのなら、懇願主の協力が必要不可欠だとアルヴァは知っている。勿論、自分たちの連携も繋いだ上で。
(……頼むから合わせてくれよ?)
 声を出さぬまま念を銃弾に、器に篭めていく。すると。
「アヒム! あんま前に出んなよ!」
 叫んだのは黒髪の少年セネルだ。細剣でアランを押し返そうとする姿はか細く、子どもそのもの。だが英霊の闘志を鎧としたアランを打ち破るには足りず、ギリギリと得物が軋む。
「気概だけは大人顔負けだがな、こっから先は一歩も通さねぇ」
「邪魔すんなオッサン!」
「オッサン!? 口も達者かよ。でもよ、詰めが甘ぇな」
 アランは不敵さを醸し出しつつも油断を持たず、セネルの連続突きをいなして立ちはだかる。容易く折れないアランを眼前に、セネルは悔しさを包み隠さなかった。バカにすんな、と言葉も剣技も荒々しく向け続ける。
 その間にもマークスは沙月へ仕掛けていた。躊躇なき足運びで、凛とゆく沙月を追う。
「痴れ者め、恥を其の身に刻み付けるといい」
 追われる側は耐えず挑発を試みながら、他から距離を置こうと動く。そんな彼女を槍で狙えば、地へ伸びた影が踊った――ようにマークスには見えた。影の主は矜持を背負う彼者誰だ。彼が身を呈し、沙月の代わりに穂先を引き受ける。
「なかなかに筋がよろしいようで」
 彼者誰が藤燈る瞳をそうっと流して笑むと、少年の眉根が寄った。
「それがかえって残念ですよ、マークス」
「何いってんの」
「ここで終わるには惜しいのです。もっと適した使い道があったでしょうに、と」
「……わけわかんない」
 バトラーたる丁寧さで彼者誰が返すも、腑に落ちない少年は顔をしかめたままだ。
「マークス大丈夫!? がんばろ!」
 宣言と同時、少女エリカの竪琴が響き、彼者誰に立ち向かうマークスを支える。
 琴の音色が奏でられる中、風吹く野で林が鳴るように、正純が地上の星に導かれていく。そして、アドラステイアに住まう大人の思惑で暮れんとする子らの未来を、昏き星で照らした。凍てつく闇に、子どもたちの顔色が一変する。
「やめてっ、寒い……寒いのも暗いのもヤダって!」
 露骨な反応をまざまざと見せつけられ、正純の後頭部から熱が昇っていく。
(嫌だ、ってアドラステイアでのこと……? それとも違う場所で?)
 思惟に染まりかけるも、かぶりを振って気持ちを改める。心が淀もうとも、星の瞬きは変わらない。
 ただそれでも、正純は文の内容を苦々しく念う――なんて都合のいいことを言うのかと。
「何とも都合の良い話ではあるな」
 傍を通る際に、才蔵が正純にしか聞こえぬよう呟きを置いた。同じ心情を有する正純は、首肯してみせて。
「ですねえ。ですが、こちらに頼らざるを得ないぐらい思い詰めているなら、却って好機ですよ」
「全く、その通りだな」
 ふ、と吐息で笑った才蔵は、サングラスを押し上げ標的を捉える。目下の敵マークスを中心に、蠢く闇すべてを突き破る驟雨を喚んだ。雨は針のごとく一帯を痛みで浸す。子どもたちからあがる悲鳴に、ベンが顔色を変えるかと思いきや――才蔵は息を呑んで見守る男の『今』を知る。
 男の視線は、何も知らぬアヒムだけを追っていた。
(どうやら想像以上に、息子の件で頭が一杯らしいな)
 だからこそ才蔵は顎を引き、意を決する。文面だけでは伝わらぬものを、得るために。
 才蔵だけでなく、牽制射撃を続けるアルヴァもベンの表情を見ていた。こちらの意図を理解しているのか否か、判断がつかない。しかし、戸惑いがベンの眼から輝きを奪っていたことだけは確かだ。
 前方では、カイトが聖獣の懐へ飛び込んでいた。罪を戴くロスト・ホロウの力を揮って。瞬き程の時間で成された一太刀は、天使を模った獣の額へひびを入れる。刃を引いてカイトが着地した途端に聖獣は嘶き、羽ばたく。獣の起こした波動の向こう、戦う少年少女の姿がカイトの視界に入った。
(また、子どもが武器を持つのか。子どもたちが、誰かを傷つけるのか)
 かの閉ざされし街を拠り所とする子らの状況は、天義の騎士たるカイトにとって歯痒い。
 けれど、やるせなさから胸が締まるよりも、冷たい拳へ点る熱の方が濃かった。


 垂れた耳をぴくりと揺らし、アルヴァは乾いた射撃音を鏤めた。そして戦地に響くアンガーコール――空砲と勘違いしそうな一丁前の音に惑わされ、アヒムがアルヴァへ近づいていく。ベンへの牽制で演技を続けた彼は、アヒムとベンの距離がもう少し狭まればと考えた。保護をするのにも、マークスの魔の手から庇うのにも必要だからだ。
 アルヴァが改めてベンを見据えるも、やはり男は前にも後ろにも動けない。アヒムを助けてやってくれと口にできない。アルヴァたちイレギュラーズへ投げる眼差しは、しかと男の心境を表しているのに。
(助けるから。失望だけはさせてくれるな)
 願うアルヴァが眼で男を射抜くも、ベンは唇を震わせたままで。
 一方、流れる蹴撃から連なったマークスの槍術に、彼者誰から星屑が散る。ぱらぱらと砕けた輝きたちは、まるで宝石の欠片のようだ。
「彼者誰さん!」
 思わず一声かけた沙月に、彼者誰はすっと片手を揺らし、返事の代わりとした。応答を受けた沙月が眼力でマークスを射抜く。
 だが彼はしげしげと、行く手を阻む者たちを眺め回すだけだ。これまでマークスの挙動に、イレギュラーズの殆どが目を光らせてきた。隙なく警戒網を敷かれては、ベンを粛正したくても手も足も出ないだろう。衆目を浴び続けたマークスが唸る。
 そんな彼を、アランが地平線より出づる光にも似た金色で捉えた。
「俺の目の前では誰も傷つけさせねぇ! ガキはぶっ倒れてろ!」
 言に違わぬ力強さで踏み込み、呼吸に合わせて突きを繰り出す。咄嗟にマークスが守りの姿勢に入るも、風をも凌ぐ神速の連撃は、防ぐ暇を与えない。圧されて後ずさるも、マークスは悔しさや不機嫌さはおくびにも出さない。だが光が彼の双眸で震えるのを、アランは見逃さなかった。
「ふうん、ガキは地べたが似合うって?」
「は、曲解してんじゃねぇ。そういうとこがガキなんだ」
 息切れしつつも返したアランの耳に、竪琴を止まず演奏していたエリカの悲痛な訴えが響いた。彼女はマークスへ駆け寄ろうとする。すかさず才蔵が凍てつく鋼の雨で景色を灰色へと染めるも、少女はお構いなしだ。
 そこへ、天翔ける双つ星が落ちていく。正純の星はマークスやエリカを青々と灼き、凍てつき焦がす。天狼星はとうとうマークスから立ち上がるすべを奪い、彼を守ろうとしたエリカをも鈍らせる。
「エリカ、マークス! 待ってて、今助けるから!」
 友の窮地に、アヒムが呪文で苦痛を漂わせる。歌っていると思わせる少年の姿に、カイトは胸がざわつくのを覚えた。
(やはり、他の子よりも一層目立つ子だ。……気になってしまう)
 あらゆる意味で、悪い大人のターゲットにされやすそうだと感じる。
 感じながらも聖獣へ音速の一撃をもたらす間、ふわりとリュコスが舞った。戦況を見渡していたリュコスは、保護する機を逸さない。たっぷりのキラキラで彩られた軌跡がアヒムの視界に広がり――リュコスは少年へ夢を贈る。
「おやすみなさい」
 リュコスの慈悲で崩れたアヒムの名を、セネルが呼ぶ。駆け寄る彼の必死な様相を横目に、アルヴァがアヒムを抑えた。もはや戦う力はないが、アヒムはアヒムで逃れようと暴れてしまう。そんな光景を眺め、マークスがエリカに支えられたままイレギュラーズを仰ぎ見る。
「……ひとつ聞くけど」
「いかがしました?」
 声を絞り出すマークスに答えたのは、彼者誰だ。

「俺、そんなに何かしそうだった? ティーチャーに」

 不意の質問は、聞き届けた若者たちへ寒気を走らせる。
「聖獣!」
 今まで一度も発しなかったマークスの大声。それにひび入った天使が反応し、ベンめがけて走り出す。けれどイレギュラーズは瞬時に地を蹴った。常より警戒していた彼らに抜かりはない。事態を把握できず戸惑う子らをよそに、真っ先に盾と化したのはアランとリュコスだ。
 聖獣に吹き飛ばされたリュコスは、建物へ激突しないよう身を捻る。
「ご無事ですか?」
 彼者誰に尋ねられ、砂塵が舞う中でリュコスは立ち上がった。
「けほっ……へい、き……」
 どうにか答えて、リュコスが蒼き彗星をもたらす。よろめこうとも、脚が震えようとも眼に映る世界から意識を逸らしはしない。リュコスの招いた彗星も同じように、迷わず聖獣を叩く。
「ってぇえ!」
 聖獣の猛攻にアランが声をあげる。しかし彼らに守られたベンは、困惑を顔面に塗りたくるばかりで。
「な、なぜ私を助け……?」
 アヒムの身柄だけを頼んだ男は、まさか自分が庇われるなど想像だにしていなかった。
 彼は知らなかったのだ。
 イレギュラーズと呼ばれる者に、どのような人物がいるのか。イレギュラーズと呼ばれる彼らが、どういう存在なのか。
 一部始終を目撃した子どもたちのうち、マークスは驚きもせず話し出す。
「なんか変だと思った。ねえティーチャー、こいつらと繋がってたでしょ」
「ち、がう。私は……」
「違うのか違わねぇのかハッキリしろ! 中途半端な気持ちでやるんじゃねぇ!」
 アランが一声響かせる。ベンから直に心境を聞いていない以上、イレギュラーズとしても『罠である可能性』は拭えない。
「嘘でしょティーチャー……どうして……どうして神様を裏切ったの?」
 よりにもよってアヒムから落胆の声が転がり、ベンは頭を抱えた。
(やっぱり、そうなんだ……)
 リュコスは、自分の予想が当たってしまった現実を酷く悲しんだ。
 ティーチャーと呼ばれる立場のベンが、数多の子をアドラステイアの信奉の元に教育してきたであろう彼が、「情が移った」という理由でアヒムを助けたがっている。それはアドラステイアにとって『裏切り』に他ならない。鈍い青緑が瞳でちらつき、リュコスの胸中を物語る。
 突然、ベンへ飛び掛かろうとしたセネルの腕が、鋭い銃声と共に貫かれた。
 グリード・ラプター越しに知る世界は、才蔵にとって非日常でもあり日常でもあった。
「なん、でだよ……ティーチャー、なんで!」
 セネルが吐き捨てたのは、世話をしてくれていた大人への感情。
 穏やかな面差しのまま、才蔵はしかし喉の渇きを覚える。子を見捨てては気分が濁る。けれど無碍にせず事に当たれば、アドラステイアで染められた彼らとの価値観の差が、あまりに痛ましい。
 当のベンは胸が痞えたままだ。どうして、と問うた子たちの眼が、軽蔑と絶望そのものだったから。
 ――それでも。
「頼むイレギュラーズ、その子をッ」
 ベンが声音を震わせれば、それが回答となる。
「纏まりましたね」
 沙月が漸く息を吐き、アヒムの奪還を試みたセネルを止めた。焦った少年の足元を掬うぐらい、沙月にとって朝飯前だ。
「頼むだと? お前のやるべきことは何だ?」
 才蔵が口火を切ると、びくりとベンが戦いた。
「『息子』を守りたいなら……失いたくないなら俺達と来い!」
 煩悶するベンと才蔵の応酬を遠目に、マークスがアルヴァへ目線を放る。
「アンタがティーチャーにも攻撃してたっぽいから、気付くのが遅れたよ。悔しいな」
「それはどうも」
 大して悔しくも無さそうな物言いをしたマークスへ、アルヴァも淡々と返事する。
 すると疾駆を繰り返していた聖獣が、エリカとマークスを守ろうと割って入った――二人の離脱を手伝うために。敢闘を讃える風潮も、仲間を助けるつもりも、彼らには無いらしい。
 捨て身で残った獣へ、カイトが終焉を与えたのち、去った二つの人影を見送る。
(こんなにも近くて、遠く感じるなんて。手を、差し伸べられたら……)
 もどかしさが渦巻く胸裡から決して顔を背けず、カイトは現実と向き合った。
 ――彼らの前で、才蔵がベンへ向けて銃爪を引く。パァン、と乾いた空砲がけたたましく村の外れを震動させる。
「アドラステイアのベンは此処で死んだ。精々、先生でも何でもない父親として生きるんだな」
「き、君たちはどうして……」
 そこまでするのかと、問おうとしたのだろう。けれどベンは言葉にならぬ想いで、喉を詰まらせたままだ。
「あなたの罪は、許されざるものです」
 言葉を繋げた正純の声色は、明瞭ながらも掠れる程に柔い。
「救いたい子がいるのでしょう。ならば何があろうと貴方が救いなさい。私たちではなく、貴方の手で」
 正純がそう告げた直後、ベンは情けないぐらいにみっともなく俯せて泣いた。
 ただ、泣くことしかできなかった。

成否

成功

MVP

アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。ベンとアヒム、そしてセネルの身柄は、然るべき所へ移送されるでしょう。
 ご参加いただき、誠にありがとうございました。 
 またご縁がございましたら、よろしくお願いいたします。

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