シナリオ詳細
<アアルの野>ある邪精霊の願い
オープニング
●ラサの酒場にて
「ファルベライズ遺跡で『大鴉盗賊団』が『色宝』を集めるべく、大々的に行動しているのはもう知っているな」
ローレットの情報屋、『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は、集まったイレギュラーズが頷くのを待って先を続けた。
「遺跡に潜っているのは『大鴉盗賊団』だけではない。奇跡を起こすといわれている『色宝』を求め、一般の……というのも変だが、冒険者がパーティーを組んで入り込んでいる」
なんだ。救助依頼か、と誰かが呟いた。
これも立派な依頼には違いないが、迷惑な話である。危険と解っている場所に、どうして入り込むのか。ロマンの一言で片づけられては、助けに行くものとして腹正しい。
「まあ、そんな顔をするな。今回、お前たちに出す救助依頼はちと毛色が違う」
クルール曰く、風の精霊の一種と思われるものが、無謀な冒険者たちをホルスの子らが待ち構えている遺跡の奥に誘い込んで殺しているという。
「なんで解ったかと言うと、命からがら遺跡から逃げ帰ってきた奴がいてな」
男はそれこそ這うようにしてラサのギルドに転がり込み、悪質な精霊ガイドの告発をした。
「ギルドが精霊退治の依頼を出す少し前に、赤い髪をした精霊に連れられて遺跡に入ていく冒険者のパーティーが目撃されている。……てなことで、ついでにそいつらも助けてやってくれってことだ。頼めるよな?」
おう、と声をあげて、依頼詳細書を手にイレギュラーズたちがラサの酒場を出ていく。
一人だけ、カイト・C・ロストレイン(p3p007200)が浮かない顔で残っていた。
「どうした、カイト。何か気になることでも?」
「あ、いや別に……」
クルールは天空の騎士に不審の目を向けた。職業柄、人が隠しごとをしているとすぐわかる。
「いえよ」
「……その精霊、前に戦ったことがあるかもしれない」
クルールはあわてて出ていったイレギュラーズを呼び戻した。
●遺跡の奥にて
ファルベリヒト。光彩の名を持つ大精霊。
かのものとは比べ物にならないほどちっぽけで、穢れ、歪になったわたしごとき精霊がファルベライズに立ち入るべきではない。それでも、こうやってわたしは人間たちを連れ、クリスタルの路地と、クリスタルの階段でできた迷宮をさまよっている。
ホルスの子としてよみがえった友だち――あの子たちを壊してもらうために。
わたしは熱風の精霊。名前はない。もらえるはずだった。
もともとは、人をなぞった姿も持たない、乾いた砂漠を吹き渡る一陣の熱い風だった。この赤い髪も、赤い体も、沙漠の魔物に襲われて死んだあの子たちの血を浴びて成ったもの。吹きだす炎はわたしの怒りが具象化したもの。憎しみで禍々しく心を歪ませて手に入れたこの力で沙漠の魔物を屠り、あの子たちを砂深くに埋葬した。したはずだった。
だれがあの子たちをホルスの子として蘇らせたのか、わたしは知らない。けれど、それが間違ったことであるのは解る。
わたしが愛し、わたしを愛してくれた沙漠の子供たちは死んだのだから。生き返ってはいけない。
「おい、まだか。『色宝』はどこにあるんだ」
すぐ後ろを歩いていた人間の男が、不機嫌さを丸出しにしていう。
わたしは黙って体をずらし、腕を階段の先にむけて伸ばした。
「あん……。なんだ、あのガキんちょたちは。って、おい!?」
「なんかやべえぞ。おい、みんな。剣を抜け!」
侵入者を見つけたホルスの子たちが、両手を広げて駆けくだってくる。かつて、わたしに吹かれながら砂丘を駆けおりたように。
最初に契約した盗賊たちは、街で鳥人たちに襲われ、遺跡に入る前に殺されてしまった。
この人間たちは壊してくれるだろうか。私の代わりにこの子たちを。
- <アアルの野>ある邪精霊の願い完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年02月05日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はかび臭い空気を吸い込み、他のイレギュラーズたちを呼んだ。
「こっちだ」
アーマデルは遺跡で命を落とした盗賊たちの魂に呼びかけ、道案内を頼んでいた。遺跡の中はダンジョンのように入り組んでおり、案内なしではいつ目的の場所にたどり着けるかわからないからだ。
「ほんとうにこっちであっているんだろうな? また嘘だったら……」
盗賊は死んだ後も油断ならない。すぐ嘘をついて遺跡の罠にはめようとする。
蒼い影たちが石の壁を滑るように移動していき、角で消えた。つべこべ言わずについて来い、といったところか。
角を曲がると、狭い下り階段になっていた。
『天空の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)は純白の翼をたたみ、おそるおそるアーマデルのあとに続いて遺跡さらに下へと潜っていった。
「そろそろ冒険者たちと出会えるといいけど」
石段を上がったり下がったり、何度角を曲がったことか。急いで見つけてやらないと、助ける前に全滅してしまうだろう。そしてまた彼女、熱風の精霊の罪が重くなる。
「それにしてもこの遺跡はどこまで――」
カイトは不意に、何かに足を取られた。砂? 滑った踵が階段の縁を越えた。体が流れる。
すぐ後ろにいた『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)が、とっさにカイトの腕をとり、階段からの滑落を防いでくれた。
「大丈夫か?」
「助かった」
段上から『『しおから亭』オーナーシェフ』パン・♂・ケーキ(p3p001285)の声が落ちてきた。
「一悟、冒険者たちを遺跡に誘ったのは熱風の精霊だったか。確か炎を操るとか?」
「そうだけど。何、オーナー急に?」
パン・オスは白い手袋をはめた手を、遺跡のあちらこちらにある光る石に近づけた。この狭い階段にも、小さいが光る石が壁にはめ込まれている。
「もうすぐ会えそうだぞ」
そう言って煤で汚れた手のひらを一悟たちに向けた。それからふくよかな体をひねって後ろにいる『暁の剣姫』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)たちにも見せる。
「壁が焦げている……ここでホルスの子たちと冒険者が戦っていた? じゃあ、アタシたちは間に合わなかったってこと?」
「ううん、そうじゃない。違う」
『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が即座に否定する。
「ここの壁が焼けたのはずいぶん前のことよ。壁を触ってみて、冷たいでしょ」
「それもそうね」
叫び声が聞こえてきた。ずっと下の方から、くぐもって響いてくる。叫び声が、とつぜん悲鳴へと変わった。耳をふさぎたくなるような悲鳴だ。だが、やはりずっと遠くから聞こえてくる。
熱風の精霊に騙されて遺跡に入り込んだ冒険者たちか。
オデットはゆるゆると首を振った。
「ホルスの子たちと遭遇して戦いを挑んだものの、返り討ちにあっているってところかしら」
「なんて無茶するのー! 冒険者がそーゆー生き物って知ってるケドさ……絶対に助けに行くよ。ほら、早く降りて!」
ミルヴィは狭い通路をほぼ塞いでいるパン・オスの肩を押した。
階段の果ては長い通路に繋がっていた。幅も広く、天井も高い。薄明りに照らされた地下通路は、ぼんやりと金色に輝いている。
「いたぞ」
通路の果てで、赤い髪を広げた熱風の邪精霊が、イレギュラーズたちに背を向ける格好で浮かんでいた。その向こう、半透明の赤い体を透かして、恐怖に顔を引きつらせている男たちの姿を確認する。
さらにその先は上り階段になっており、ホルスの子たちが砂を床に、いや床に倒れている冒険者たちに叩きつけていた。
状況をざっと把握した『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)がぼやく。
「ううん、変な状況ねぇ……無謀な冒険者さんたちに、不出来な土人形。それに、何を感じているかもわからない炎熱の精霊」
ヴァイスはゆるりと首を振った。どんな状況だろうと、自分にやれることを、一つ一つ片づけていくしかない。
『ヴァンガード』グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)は静かに刃を滑らせて、鞘から抜いた。
ゆっくりと振り返った邪精霊の後ろにある大階段へ目を凝らす。
「ふむ、あれが擬似的な死者蘇生とやらをなす『色宝』の落し子、か。あの子らが元はどんな者たちだったかは知らんが、なんとも胸糞の悪い話よな。ともあれ、あの階段の手前にいる者たち、まだ息があるようだぞ」
オデットが妖精の羽をはばたかせ、高みから探りを入れる。
「あ、本当だ」
●
イレギュラーズたちが駆けだしてすぐ、熱風の邪精霊はすっと体を天井近くまで浮かした。助けを求めて走り出した冒険者たちに手出しもせず、ただ見送る。まるでもう用済みと言わんばかりだ。
決死の形相でしがみついた男に、グリゼルダは悲鳴をあげて押し倒された。その横をもう一人の男が腕を振り回しながら駆け抜けていく。
「落ち着け!!」
カイトが一喝するが、男たちのパニックは収まらない。
全身から甘い香りを漂わせたパン・オスが、グリゼルダから男を剥がしにかかった。店に来る迷惑なクレーマー客に対応するときと同じように声を低くし、ゆっくりと話しかける。
「大丈夫だ。落ちつけ、遺跡の外へ連れて行ってやる。にしても、実力もわきまえず突撃するとは、無謀極まりないな。まあ、オレも人のことは言えんが……」
もう一人の男はミルヴィとヴァイスが追いかけて、捕まえた。錯乱したまま遺跡の中をさまよえば、本気で遭難しかねない。
「アンタとアンタの仲間達は必ず助けるから、生き延びたければ大人しくしとくんだよ!」
「もう……しょうがないわね。少しそこで大人しくしていなさいな、攻撃を来ないようにしてあげるから」
とりあえず、ホルスの子たちの前に倒れている冒険者たちを後方へ下げるのが先決だ。そのために人手が欲しい。
アーマデルは、もがく二人に手を貸してくれと頼んだ。が、聞いちゃいない。しかたなく泣きわめく冒険者のうち、ローブの上からやせ男の尻を蹴った。
「もう一度だけいうぞ。動けるヤツは動けないヤツに手を貸して、一旦下がってくれ――って、頼むだけ無駄か」
あまりの情けなさに、もういちど尻を蹴飛ばす気も失せた。
「パン殿、彼らのおもりを頼めるか?」
「もともとそのつもりだ。ちなみに、パン・オスと呼んでくれ。オレの世界では……と、今どうでもいいか。こんな話は」
パン・オスは冒険者たちを両脇にがっしりと抱くと、ヴァイスとともに後ろへ下がった。
地上への搬送回数をなるべく少なくしたい。オデットが倒れている者たちを回復させたら、みんなまとめて戦線から離脱しよう。邪精霊が邪魔をしなければだが。
目線をあげる。
カイトとオデットが邪精霊のもとへ飛んでいくのが見えた。
「熱風ちゃーん、久しぶりー! オレのこと、覚えてる? ちょっと待っててくれよ、先にホルスの子たちを倒すからさ」
一悟は天井の邪妖精に向かって手を振りながら、アーマデルとともに大階段へ向かった。床に倒れている冒険者たちを踏みつけないよう飛び越えて、ホルスの子たちの前に出る。とたん、中段にいるホルスの子たちから容赦なく砂を叩きつけられた。砂というよりも砂礫と言ったほうがいいかもしれない。たちどころに顔の肌がささくれ立ち、みしみしと痛む。
一悟は食いしばった歯の間から呻き声を押し出しつつ攻撃に耐える。
アーマデルは蛇腹剣を振るい、二段目に立つホルスの子に闇の一撃を入れた。
殺人的な土砂降りを、ミルヴィは吹き荒れる剣と嵐の幻影で切り開く。グリゼルダが床から立ちあがると、冒険者たちの盾となるべくともに大階段に向かって走った。
グリゼルダが挑発するように名乗りを上げて、敵意を集める。
「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
上段にいるホルスの子たちも一緒になって、イレギュラーズを攻撃し始めた。その間にミルヴィが冒険者の腕をとり、後ろへ引きずって行く。
「オデット、話はあとで。降りてきて」
「しかたないわね。でもこれだけは聞かせて。自分であの子たちを眠らせたいのなら、少なくともあなたにそうする権利があると思ってるわ。そのこと、仲間に伝えてもいい。教えて?」
同意、それとも……。
わずかに体を揺らした邪精霊を気にしつつ、オデットは冒険者たちの治療を始めた。話したいことはたくさんあるが、とりあえず冒険者たちを助けるのが先だ。
オデットの体から溢れ出した温かなオーラを反射して、白木の指輪にはまった小さなエメラルドがキラリと光る。
春の日差しのような柔らかな光が、大階段の前に降り注いだ。
翼を広げたカイトが、意識を取り戻した冒険者たちに語りかける。
「落ち着いてパン・オス君たちの指示に従ってくれ、共にここから無事に出よう」
なんとか歩ける程度に回復した冒険者たちをヴァイスが先導し、パン・オスとともに地上へ向かった。
翼のうしろで熱風の精霊が動く気配があった。カイトは微笑みながら振りかえった。
「僕達は君に危害を加えることはしないよ。優しい君と戦えない。それとも、一緒に戦うかい?」
熱風の精霊は、赤い髪をユラユラと揺らした。
「……そう。じゃあ、僕が戻るまでそこで待っててくれるかい?」
熱風の精霊はしっかりとカイトを見つめて頷いた。
●
「加勢する」
刻印の魔剣を手に翼を揺らし、躍るような身のこなしで降りてくるカイトは、心を奪われるほどに美しかった。
僅かな光を刃に受けてきらめかせ、一悟の前に立つホルスの子の首を飛ばす。
一悟が『色宝』の欠片が埋め込まれた胸を、炎を纏ったトンファーで突いて倒した。
「――あ」
魔力の抜けた体は、たちまち砂となって崩れ落ちた。
「よっしゃ、一体倒した。ミルヴィ、グリゼルダ、ここを頼んだぜ」
一悟とアーマデルが飛んだ。カイトと合流し、背を向けて階段を駆けあがって行くホルスの子たちを追う。
中段と下段にいたホルスの子たちが、二人が抜けた穴を突破しようとした。
「待って」
ミルヴィの覚めるような剣あしらい。アクロバチクな剣舞で、ホルスの子たちを文字どおりキリキリ舞いさせる。
「もっとアタシと激しく踊りましょう?」
「私も熱砂の精とともに参加するわ」
ここにはおあつらえ向きに大量の砂がある。それに熱風の精霊も。オデットは羽をはばたかせた。
床の砂が大きく渦を巻いて立ちあがり、くねりながらホルスの子たちを巻きあげていく。
熱砂の竜巻が消えると同時に、ホルスの子たちはどしゃどしゃと床に落ちた。
「私も入れて!」
ヴァイスが戻ってきた。合わせた手から暴風を生み出し、いま降りて来た階段から
ホルスの子たちを遠ざける。
「パン・オスは?」と、オデット。
「私、先に戻らせてもらったの。この子たちと少しお話がしたかったから」
グリゼルダが怪力を発揮してカルネアデスの板を近くにいたホルスの子に振るう。革袋が割けるような鈍い音がして、ホルスの子の体が崩れ、ざっと下に落ちた。
下段にいたホルスの子たちはあらかた片付いた。逃げた上段の三体はカイトたちが追いかけている。あとは中段にいた三体と床に叩きつけられてほぼ動けなくなっている一体だけだ。
頭に熱風の精霊の視線を感じながら、ホルスの子たちにヴァイスが微笑みかける。
「お話をしましょう? 大丈夫、きっと分かり合えるわ」
「そうじゃな」とグリセルダが続きを受けとる。
「まず名前を教えてくれぬか。知った上で私はおまえ達を枷から解き放ってやりたい」
だが、ホルスの子たちはすくすくと笑うばかりで何も答えない。
「なにがそんなに可笑しいの?」
亜麻色の髪をおさげに結った女の子が、ちらりと天井をみあげてから、前に進み出てきた。
「知らない。わたしたち、この子たちに似せて作られただけ。博士に。だから約束も覚えていない」
「約束? 何のことじゃ」
「あの精霊が欲しがっていた名前……」
そんなの、しーらない!!
ホルスの子たちは声を揃えてそういうと、笑い声をあげて殴りかかってきた。
オデットは切なく体を揺らす熱風の精霊を見た。
「全部壊してもいいわね?」
階段の下から、土砂が激しく流れるような音が聞こえて来た。
「下は片付いたみたいだな。……そうか、名前か」
アーマデルは逃げる子たちの背に、死を溶かした柘榴色の香を吹きかけた。
死神の香を吸い込んだホルスの子たちの足が鈍る。
蛇腹剣を振るって体を切った。
「こっちもさっさと片づけて戻ろうぜ」と一悟。トンファーを振るってホルスの子の背を砕く。
「ああ、そうしよう」
カイトは力強く翼をはばたかせた。空に稲妻が走り魔剣に絡みつく。
全身を黄金色に光らせた終焉の天使が、剣を振るった。
●
「終わったな」
まだ熱風の精霊が居残っていたが、グリゼルダは早々に闘気を沈めた。瞳の色が、激しい赤から穏やかな青へと変化していく。
「とりあえず、破片は持ち帰ろう。ここに捨て置いて、悪意ある者にまた使われては困るからな」
崩れて砂になったホルスの子たちの体から、『色宝』の欠片を探し出しては拾い上げる。
それを見た熱風の精霊が、赤い髪を波打たせて、高みから降りて来た。
どうやらグリゼルダの行動を勘違いしているようだ。
カイトが急いで飛んできて、邪精霊が熱風を吹く前に、間に割り込んだ。
「違う。グリゼルダは『色宝』が二度と悪用されないように、安全な場所へ届けに行こうとしているんだよ」
「これに関しては、俺たちを信じてくれ、としか言いようがないけど」
アーマデルが腕をあげてフードを降ろす。邪精霊の迷い火を沈めるかのように、永久氷樹の腕輪がカラカラと澄んだ音をたてた。
邪妖精もイレギュラーズに敵意がないことは解っているようだ。すっと身を引いた。
「よかった。わかってくれて」
ミルヴィは困った時の道具袋を開き、破片を入れる革の小袋を取りだした。グリゼルダと一緒に破片を拾い集めて行く。
「事情が事情出し、アンタとはできれば戦いたくないからね」
カイトは視線をゆっくりと大階段へ向けた。
「……僕もね、自分の妹がああ言うふうにホルスの粘土で生き返ったことがあってね。殺すの、辛かった。でも、大切な人の死を冒涜されて黙ってることができなかったんだ」
あたたかな風が吹き、純白の羽をいたわるようにそろりと撫でた。
「キミもそうだったんだね?」
邪精霊は、カイトと目を合わせて、悲しそうに微笑んだ。
名前をくれると約束してくれたあの子たちはもうこの世にいない。自分はそう遠くない未来、精霊としての自我を失い、人をただ焼く災い風になり果てるだろう。
そうなる前に、この優しい鳥人の青年とその友だちをまた傷つけてしまう前に、去ろう。
さようなら。次に会う時は、わたしはわたしではない。だから――。
「南風からとって、ミナミってどう? ミナミちゃん」
一悟は、熱風の精霊が何を言わんとしているのかが分った。言わせてはならない。このまま彼女を立ち去らせてしまえば、いつか戦わなくてはならなくなる。子供たちとかわした約束を知り、邪精霊となった経緯を知った今、もう彼女とは戦えなかった。
しんと場が静まり返る中、うっすらと開かれた邪妖精の口から戸惑いの風が流れてきた。
「名前だよ、名前。子供たちの代わりにプレゼントするぜ」
一番早く呆けから立ち直ったパン・オスが、疲れたため息をついた。
「一悟、いくら何でもそれは安直すぎるだろう。熱風ちゃんよりマシではあるが」
「……彼女、困っているみたい」とオデット。
精霊と妖精、いやそこは女同士、なんとなく察するものがあったのだろう。
「え、イヤなの?」
一悟がなんで、なんで、と騒ぎ出した。ぷぅと頬まで膨らませれば、完全に駄々っ子だ。
オデットは、イヤじゃないみたいけど、といってちらりと目を邪妖精の方へやった。
「もう少し、重みと言うか……」
「名前ってのは、すっごく大切なものなんだよ。一生、ついてまわるの!」
革袋の口を締めながらミルヴィが言う。
ヴァイスは下からカイトの顔を覗き込んだ。
「ねえ、あなたも考えている『名前』があるんじゃないの? なにか気にしているみたいだけど、思い切って言ってみてはどうかしら?」
「あ、うん……」
カイトは目蓋を伏せた。浮かびあがるのは、在りし日の妹の笑顔――。
「ジャンヌ」
――ジャンヌ。
「強くて優しくて、でも消えてしまった……僕の妹の名前だ」
そんな大切な人の名前をわたしに?
「生きていれば、キミとは友だちになれたと思う。妹の名前を受け継いでくれないか」
やり取りを見守っていたヴァイスの口元がほころぶ。
「精霊も気に入ったみたい。ほら」
熱風の精霊の体が光放つ。真っ白に世界を塗り潰す太陽のような光は、それでいて優しく輝き、誰の目もすがめさせる事無く遺跡の中を、いや彼女自身の心を照らして影を放逐した。
戦うことなく邪精霊は討伐され、再び風の精霊として蘇ったのだ。
「戻れたんだね、沙漠の風に」
暖かく甘い風がイレギュラーズたちを取りまいたあと、遺跡をさらりと吹き抜けていった。
カイトはジャンヌが吹き抜けて行った先へむけて手を上げ、微笑んだ。
「僕は君のことを忘れないから。君もいつか、思い出して欲しい」
そして、また会おう。サラの沙漠で。
成否
大成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
みなさんのおかげで、熱風の精霊に素敵な名前がつきました。
呪いもとけて、沙漠を吹き渡る熱い風の精霊に戻っています。
MVPは妹の名を精霊に送った天空の騎士に。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
●成功条件
・ホルスの子らの撃破
・熱風の精霊の撃破
・冒険者たちを助ける
●ホルスの子供達……12体
博士と呼ばれる錬金術師の作品です。
粘土で固めた人形に色宝を埋め込んだ依り代。
人形に『名前』を与えると死者の魂と結びつき、あたかも死者が蘇生したかのように動きだします。しかし、心は無く、想い出も持ちません。
色宝は胸に埋め込まれています。
沙漠の砂を固くつめこんだ袋を振り回して攻撃してきます。
砂を撒き散らして目を潰してきたりもします。
イレギュラーズたちが攻撃しようとすると、虫の息になっている冒険者を盾代わりにします。
●熱風の精霊……1体
炎と風の2つの性質をもつ邪精霊。
赤く燃える髪をたなびかせる女性の姿。半透明です。
炎をくぐると体力が回復します。
【精霊疎通】があれば会話ができるかもしれません。
攻撃して倒すほかにも、消滅させる手はあります。
【飛行】
【熱風】遠列・神秘/火炎
【火炎渦】遠単・神秘/炎獄
●冒険者たち……8人
無謀にも『色宝』ほしさに、『大鴉盗賊団』や魔物、ホルスの子達たちがうろうろしている遺跡に潜ったおバカさんたちです。
ヒーラーを含めて6人が重傷、立てません。
残り二人(アーチャーと魔術師)も腰が引けています。
逃げようにも熱風の精霊が後ろを塞いでいるので逃げられない状況です。
イレギュラーズが来ると、助けて、とまとわりついてきます。
●場所
四人が並んで楽々剣が降れる幅の通路。先は大階段。
天井は非常に高くなっています。
階段手前に重なるようにして6人の冒険者が倒れています。
通路まで降りてきているホルスの子は6体。
3段目に3体、6段目に3体立っています。
6段目にいる子たちは上から砂を投げて、目を潰してきます。
通路にいる6体が倒されると、階段にいる子達は上に向かって逃げ出します。
明かりはついているので、とくに照明は必要ありません。
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