PandoraPartyProject

シナリオ詳細

信仰の棘

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●少女エヴァンジェリンの葛藤
 新しい神様、ファルマコン様が降臨なされてから、私たちの街は変わってしまった。
 いろんな人たちが連れていかれて、みんなが互いを告発しあって、私自身も魔女裁判で見知らぬ人たちを処刑した。処刑場である『疑雲の渓』の谷はとても深くて、落ちたらと思うと恐ろしくって、私は絶対に『魔女』にならないようにしようと心に決めた。
 それは私だけじゃなく、ほかのみんなも同じ思いで。だから魔女にならないために、何人もの魔女を見つけては告発し、褒賞のキシェフのコインとイコルを集めた。

 それは、最初は恐ろしさから始めたものだったけれど……すぐに、嫌なことではなくなっていった。
 キシェフを使えば、美味しい食事や綺麗な服が手に入る。何より、言われた通りのことをしなければ怒られた今までと違って、全く新しいことをしているのに褒められる。それはこれまでにない喜びだった。
 私の回りには同じような思いをしている子ばかりいたものだから、そのうちの誰かがティーチャーたちにお呼ばれすると決まると、それこそ自分のことのように喜んだものだ。ティーチャーに認められたみんなはもう私たちとは違う世界の住民だから、滅多に会えなくなってしまう──実際、まだ誰とも再会したことはない──けれど、だからこそ私たちも向こうに行こうと頑張れるんだ。
 なのに……。

「子供を害する街を正義と言えようか!」
 聖銃士たちを騙してやって来たという男は、何も知らないでそんな言葉を吐いた。姿はまるで王子様のようで、隣には……お嫁さんだろうか? お姫様のような人まで伴っていたというのに、人は見た目によらないんだなと幻滅させられてしまった。これまでたくさん断罪してきた、天義の自称聖職者たちを見たときのように。
 だから、もちろんお姫様だって偽物だ。
「イコルを取り続ければ、お前たちも聖獣となり、人でなくなる」
 そんな変なことを言いだす人が、お姫様のはずがない。
 本当は、私は一瞬その言葉に衝撃を受けたけど、聖銃士たちがすぐさま否定してくれたから魔女にならずに済んだ。それは周りのみんなも同じで、誰もあの偽王子様についていったりはしない……そのうちに彼らは聖銃士たちの猛攻を受けて、屋根の上から落下していった。ほっとした気分だった。きっと今頃は聖銃士たちに死体を見つかって、疑雲の渓に捨てられている頃だろう……。
 ……本当に、それでよかったの?

 私は以前、とある聖獣様と会う機会があった。
 顔のない人のような姿の聖獣様はちょっぴり不気味だったけど、きっと彼女は素晴らしいのだろうと私は考えた。何故ならその名前の『アポロニア』とは、私たちが敬愛する聖女様と同じものだったんだもの。
 アポロニア様は私たちの仲間だったわけじゃないけど、噂によれば育ちは似たようなものだったらしい。私たちはみんな彼女のことを噂して、もしも友達になれたならどれほど仲良くなれるだろうと想像し、彼女が信仰を示して向こう側に行ったと聞いた時なんてレベッカやエマがそうなった時みたいに喜んだっけ。彼女は私たちみんなの目標だ。
 だから、彼女が時折救いを求めるような声を発しているのは、きっと私たちの代わりに神様に懺悔してくれているからだろうと思った。それはとても有り難いことに違いないと信じていた。

 ……今、私の脳裏には、全く別の考えが棘のように突き刺さっている。
 あれは、本当に私たちのために求める救いだったのだろうか?
 彼女の正体は本当にあのアポロニア様で、聖獣に姿を変えられてしまった苦しみを訴えているのではないか?

 あの人たちの言葉は妄言だ、そんなことはありえないとは解っているはずなのに、どうしても不安が頭から離れない。
 解っているの。これは、ファルマコン様への疑いなんだって。でもこれは、彼女たちの中の誰かに会えれば、すぐに強固な信頼に戻るに違いないんだから。
 なのに、どうして? 何故私を誰にも会わせてくれないの? そんなに私を魔女に仕立て上げたいの?
 お願いです……私をアポロニア様に会わせてください! 一目見るだけでいいんです……レベッカでも、エマでもかまわないんです!
 違うの! 私は疑ってるんじゃない。私は誰も疑いたくないの! だからお願い、私をあの恐ろしい谷に連れていかないで!
 あんなところに行かずに済むのなら、何でもします、どんなことでもしますから──……。

GMコメント

 R.R.(p3p000021)とエクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の調査によれば、先日リゲル=アークライト(p3p000442)ポテト=アークライト(p3p000294) 夫妻が独立都市アドラステイアの人々に対して投げかけた言葉が、一部の人々に動揺を生んでいるようでした。
 都市の監視役である聖銃士の少年少女たちは、服用者に幻覚と多幸感を与えるイコルと呼ばれる薬物を駆使し、動揺の影響を最小限に抑えようとしています。しかし、それだけでは疑念を奪いきれないと判断した者たちに関しては、魔女として処刑する道を選びました。
 真実の幸福を求めたが故に奪われる命を、ひとつでも多く助けてあげてください。地道な行動ではありますが、真実を知ってしまった者たちを保護することは、今後きっと皆様の力になるでしょう。

●成功条件
 聖銃士全10名の捕縛または殺害、及び、聖獣『エマ』の撃破。それと同程度以上だと考えられる成果でも可。
 彼らが処刑する予定の“魔女”15名の生死は問いません。

●状況
 処刑場である崖の上には“魔女”たちが一列に並べられています。
 皆様が特に様子見などを選ばなければ、聖銃士たちが最初の“魔女”を崖下に投げ入れようとするのを妨げるタイミングで到着できるでしょう。その時点では聖銃士たち・聖獣・“魔女”たちの全員が、崖のすぐ傍の半径10メートル以内に集まっています。

●敵:聖銃士×10名
 ファルマコンへの忠誠心とイコルの効果により恐怖を忘れた少年少女です。いずれもアークライト夫妻の宣言を耳にしていますが、それらは全くのデマだと信じて疑いません(というか、疑いを抱いた彼らの仲間は今まさに“魔女”の列にいます)。
 前衛の5名は堅牢な鎧と魔法の長剣を支給されており、至近~近距離の剣技を主体に戦います。また、【飛】を受けても崖の直前で障害物に衝突したかのように留まることができます。
 後衛の5名は魔法のドレスやローブに身を包み、中~遠距離の魔法を主体とします。高威力の攻撃魔法や行動阻害系のバッドステータス魔法が多めです。

●敵:聖獣エマ
 白い饅頭型を基本とする、不定形の大型聖獣です。その正体は……?
 手足や頭のように見える触手を伸ばして攻撃するほか、自身の体で包み込みことで味方への回復も行ないます。また、衝撃をほとんど吸収してしまうため、【飛】無効。

●“魔女”×15名
 拷問を伴う魔女裁判により衰弱していますが、助かるための希望は捨てていません。
 もっともそれは、必ずしも皆様の指示に従ってくれることを意味しません。ここで命懸けでファルマコンへの忠誠を示せば処刑を免れられると考えて、捨て身で聖銃士たちを守ろうとしないとも限りません。

  • 信仰の棘完了
  • GM名るう
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年02月03日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

R.R.(p3p000021)
破滅を滅ぼす者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
微睡 雷華(p3p009303)
雷刃白狐

リプレイ

●破滅都市の唄
 哀歌の如き不協和音が、『破滅を滅ぼす者』R.R.(p3p000021)の脳裏に鳴り響く。
 どれほどの魔女を崖下に放り込んだなら、これほどの破滅の予兆が生まれ得るのか。無数の犠牲。底知れぬ悪意。アドラステイアを覆い尽くす負の感情は、ここでは街の中とはまた違った音色でルインを苛んでいる。
 けれども……その音圧が微かに和らいだ様子を彼は聞き取った。今まさに地獄の入口へと“魔女”を投げ込まんとする鎧の聖銃士の少年へと向けて、風のように接近を果たす白銀の影。
「そこまでだ! この子たちは――俺たちが守る!」
 聖銃士たちも“魔女”たちも、幾らかはその声に聞き覚えがあったことだろう……『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)の腕は恐怖に怯える“魔女”の少女の手を引いて、見る間に憎しみの表情へと変わっていった聖銃士から彼女をもぎ取ってゆく!
「魔女の仲間どもだ! 断罪せよ!」
 そう吠えたのは聖銃士たち。だが、その声を掻き消すかのようにマルク・シリング(p3p001309)の言葉。
「助けに来た! 崖から落とされる前に、こちらへ!」
 彼の瞳は“魔女”とされた子供たち――僅かなりともこれまでの彼らの活動が結実した成果、あるいは、希望の種火たちのほうしか見てはいない。彼が子供たちを指先で示したならば、聖なる神光が彼らを覆う。傷つくのは――不正義たるはずの“魔女”たちでなく、正義たるはずの聖銃士たちばかりのことだ。
 同時に、聖光の余波を浴びてますます金色に輝く『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の髪が、リゲルの腕の中で震える少女を優しく包み込んでいった。
「お前たちは、マリアたちが、攫っていく」
 そして、必ずや彼らから不幸を奪い去ってゆく。そんな“魔女の悪辣な決意”を挫くべく、ドレスの聖銃士の少女の魔術矢がマリアに狙いを定める……が、マリアはその瞳を正面から睨め返す。“魔女”たちは決して返さぬぞ、取り返したければマリアの命を奪ってみせよ、と。
 彼女の決意に気圧されたのか、それとも突如響き渡り始めた福音の旋律に気を取られたか。次の瞬間放たれた魔術矢は、遥か彼方の方角へと飛び去っていった。
 旋律の中央から歩み出ていったのは、『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)だった。聖銃士たちも“魔女”たちも、誰もがその姿に魅入られる中で、『折れた忠剣』微睡 雷華(p3p009303)が戦場を駆ける。やることは単純。聖銃士の子供たちと聖獣を倒す。ここは雷華が本気を出して暴れ回るには少々手狭な場所だが、“魔女”の子供たちさえこの場から離れてくれればその制約も不要に変わるはず。はずなのに……。

 ファルマコンに疑問を持ってしまったことで多くの暴力に晒されてきた彼らの中に、戦いの傍らで自ら動ける者は多くなかった。誰もが、助けてほしいと懇願の表情を浮かべているようには見える……だというのに助けるために差し伸べられた手を、自ら取ることが叶わない。そんなことをすれば彼らの救世主より先に、彼ら自身が聖銃士たちの怒りを買ってしまうかもしれないと怯えたままだ。
 事実、ひとりの縄で後ろ手に縛られた少年が、処刑の恐怖から逃れるために脇目も振らずこちらに駆けてきた時。聖銃士は傍らの白い塊に、こんな呼び掛けをしてみせた。
「エマ! 決して魔女に逃げることを許すな!」
 白い塊は一度だけぶるりと震えた後に、ゆっくりと体の一部を触手のように伸ばす。それは少年の頭上で鞭のようにしなり……勢いよく少年を薙ぎ払わんとする!
 そのことに、直前まで少年は気付けなかった。振り向いた時にはみるみる大きさを増す触手を前に、彼は呆然と立ち竦むばかり。彼の脳裏によぎっていた思いは、「もっと早く走れれば」だっただろうか。それとも「大人しく聖銃士たちに従っていれば」か――しかし。
 彼が思わず目を瞑った直後に鳴った触手が激しく肉を叩いた音は、どんな痛みにも繋がらなかった。代わりに彼が感じたものは、何か、全身を包み込むような暖かな温度。
「はぁい、お邪魔するわねぇ」
 彼の耳元から聖銃士たちへと向けて、ふんわりとした女性の声が投げかけられた。驚いて少年が目を開けたなら……そこには彼を庇って抱きしめる、姉のような『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の姿。
 聖獣に打たれた背の痛みを悟られまいと、脂汗を浮かべて笑みを作る。それから来た方向の先でじっとこちらを伺う、どこか剣呑な雰囲気の男のほうを指す。
 男――かつての天義の断罪人シメイ・シュフォールがアドラステイアの憎む“少し前までの天義”の象徴のような人物であったことも、自身を庇う女性がどのような気持ちで両親の仇であるシメイに助力を請うたのかも少年は知る由もない。
 けれども、少年の脚には再び力が篭もる。あたかも新生する天義という国とともに刃を向けるべき相手を変えると誓った、この贖罪者を求めるかのように。罪には、必ずや贖う道があると信じるかのように!

 少年が希望に向かって駆ける姿が、『不退転』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)には嬉しかった。
(ようやく、僕たちの言葉が僅かでも届く子供たちがいた)
 彼らには、どんな言葉も行動も届かないのではないかと落胆したこともある。でも、決して届かないことはない! その喜びを剣に乗せ、真っ直ぐに次の魔術矢を唱える聖銃士の胸を突く……まだ一人前の騎士には程遠い自分にも、きっとできることがあるのだと信じ!
「ファルマコン様! 彼らに神罰を!!」
 その時聖銃士の少女が双眸に浮かべた、万物を憎悪するかのような強烈な感情。その感情が誰かを傷つけることを……『不義を射貫く者』小金井・正純(p3p008000)は否定しようとまでは思わなかった。
 否定はしない。が、彼女は彼女なりの行動をする。それは、偽りの信仰を植えつけ疑念を持てば断罪し排除する者たちに向けて、天星の矢を放つこと。怒りで敵を滅ぼす代わりに、敵をしばし星の世界へと誘い込み、“魔女”たちが救われるための時間を稼ぐこと。
 ああ、よかった。これで僅かなりとも時間を稼げたと、『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)は安堵した。
 お蔭で、残る者たちの縄を断ち切ることができた。どうにか間に合うことが許された。もしもそうでなかったのならば、彼女と夫は彼らに対し、赦されざる裏切りを働いたことになってしまっただろう。
(皆が信仰に疑いを持ったのは私たちの言葉が届いた結果なのだから、それが原因で命を奪われるのを止めるのは当然のことだ)

 その“当然”が形になる瞬間は、少しずつ、近付いてきているようにルインには聞こえた。
 崖下からの哀歌は今も変わらず嘆き続ける……しかし目の前の光景が生むノイズに限るなら、次第にその音量を下げている。
 ルインらが彼らから抑圧的ながらも平穏な日々を奪ってしまったと言うのなら、同じ手で必ずや辻褄を合わせてみせよう。
 決意とともに、朽ち果てた銃口が火を帯びる。
 子供たちの逃亡の機を作るため、破滅が悪意を呑まんとす。
 それを妨げるべき前衛の聖銃士たちの目は立ちはだかるリゲルに釘付けになり、後衛へと飛ぶ銃弾を妨げられぬ……が、聖銃士たちは破滅に呑まれじと悪意を膨らませ、子供たちの信仰を弄ぶではないか。
「尽くせ! お前たちの働き次第では、裁判の結果も覆るだろう!」

●虚構と真実
 ああ――その欺瞞の何と恐ろしいことか。
 リゲルは自身の目の前で、ひとりの“魔女”とされた少女が、自らを聖銃士たちの盾にするのを目の当たりにした。
「どうか、命を粗末にしないでくれ――君たちがそんなことをする必要はないんだ」
 懇願するように説くリゲル。けれども少女は銃創から血を溢れさせながら、満足げな微笑みを浮かべるばかり。命じた聖銃士は彼女のほうなんて一瞥もくれず、感謝するどころかさも当然だという表情を崩さぬままだというのに。
「ポテト、どうにか彼女を救ってあげてくれ。それからトマス……これ以上彼らが自分たちを傷つけずに済むように守ってほしい。でも無理は――いや、無謀はしないよう」
 リゲルが妻と友たるトマス・フィデントゥスに向けた言葉には、本当は自分だって無謀同然の無茶をしたいところを、どうにか堪えている震えが見て取れた。聖銃士たちは“魔女”たちの疑念を奪いきれていなかったかもしれないが、リゲルらも彼女らの信仰を奪いきれてはいない。その背反が少女を死へと――いや決して彼女とて、それで自分が死ぬと思ってそうしたわけではないのだ――駆り立てたのだとすれば、どうしてそれが悔しくないことがあるだろう? そんな中で聖銃士たちは声を張り上げて、彼女に続けと強い続ける。
 だからトマスは友と仲間たちが自分を守ってくれると信じ、何も言わずに戦場に飛び込んでいった。ポテトは皆のために紡いでいた歌声をしばし中断し、信ずるべきものを求めて足掻いた少女のため祈る。
「大丈夫……私ならこの子を死なせずに済む!」
 少女を診て、ポテトは力強く断言してみせた。少女とてわざと急所を曝け出すような庇い方をしたわけではないから、ポテトの豊穣の力があれば命を奪われることはない。
 ただ……彼女の力が少女に集中する間だけ、皆を広く支えていた癒やしの力は失われることになる。その一瞬を好機と見たに違いない、聖銃士たちは勢いづいた。憎むべき彼らの断罪者――リゲルを葬り去らんがために!

 が――再び、福音の旋律が鳴った。
「そういう卑怯なやり方はよくないな」
 スティアは怒ったような困ったような表情を浮かべ、聖銃士たちを見渡してみせる。薬物で他者を都合よく動かそうとした挙げ句、従わなくなったら切り捨てるという卑劣。しかも切り捨てたはずの相手でさえ役に立ちそうだと思ったら手のひらを返して捨て駒として利用するなど、決して認めるわけにはゆかない所業だった。
 だからその意志を露わにしてやった。するとリゲルを目の敵にしていた聖銃士たちの幾らかが、彼女も排除対象とせんとした。斬りつけられたスティアから魔力の華が散る。それらは宙を舞う間に花弁の形を作り、ポテトに代わって癒やしを撒き散らす。
 そして、その花弁に後押しされながら、雷華が聖銃士たちにナイフを振るう。“魔女”のひとりが誰かの名を叫ぶ――それは自身もかつては聖銃士であった“魔女”が、昔の友に警告を発していたものだったのだろう。しかし聖銃士がその声に反応して構えた盾を掻い潜り、今度は雷華の踵が彼の顎を打つ。
 あっと悲鳴を上げた“魔女”に対して、雷華はこんな呼び掛けをしてみせた。
「大丈夫……この子たちも、決して死なせはしないから。終わったら、またみんなと一緒に暮らせるようにするから安心してみんなだけでも逃げて」
 雷華がナイフを牽制にしか使っていなかったと気付いた“魔女”数人が、安堵したように戦場を振り切って逃げた。これでいい……憎悪を向けてくる敵を殺さずに無力化するのは容易いことではないが、聖銃士たちも“魔女”たちも変わらずアドラステイアの犠牲者にすぎないのだから。
 だから、“魔女”たちに言葉が届いたというのなら、聖銃士たちに届かないなんてことシャルティエだって信じない。
「君だって友達が“間違った考え”を忘れてくれたらどんなにいいかと思っただろうに。友達だってそれをできずに、どうか見逃してほしいと思っていたと知っていただろうに」
 でも、聖銃士たちがそうでありながら友を断罪することになったのは、決して彼らに言葉が届かなかったからではないと思うのだ。友が考えを改めてくれぬから、力で正さねばならないと考えただけ。あるいはもっと単純に、許せば次は自分が“魔女”とされる番だから、認めるわけにはゆかなかっただけ。
 もしもそうであるのなら、ここは敗れ、“魔女”ともども捕らえられたことにしてほしいと願って剣を振り上げたシャルティエを。聖銃士は、ローブの下からを憎悪の瞳で睨みつけ……そこにふと希望の光を灯す。聖銃士に当たる直前で剣はひるがえる。そして、腹を向けたまま聖銃士へと叩きつけられる!

 よかった。やはり聖銃士たちの中にさえ、言葉が届く者が見つかった――シャルティエの口許が自ず綻んだ。それが仲間たちに多くを任せての成果であったとしても、間違いなく自分が意志を通したからこそ手に入れた結果だ。
 もっとも一方で、言葉が届いたはずの“魔女”たちの中にさえ、いまだそれを信じるべきかどうかを悩む者たちの姿があった。聖銃士たちがこれからも、そのことを存分に利用せんとするだろうことは想像に難くない。
 だからマリアは髪を広げて、羽ばたくように術式を紡ぐ。髪の間に光の翼が生まれ、舞い散った羽根の一枚一枚が彼らを傷つける……これ以上彼らの悪意ある口から、真実を知った者をそそのかす言葉を紡がせないために。
 そして、そうなる時は少しずつ迫りかけている。
「エマ! 何をしてる! こっちもちゃんと援護しろ!」
 見た目ばかりは立派だった鎧のあちこちを傷つけられた聖銃士が、焦りから聖獣に向けて悪態を吐いた。
 だが……援護などできようはずもない。何故なら糖蜜のように甘いアーリアの眼差しが、囁きが、エマに絡みついているからだ。
 エマは嫌がってアーリアを打ち倒そうとする。けれども伸びてくる触手を優しく抱え、囁いたのはこんな言葉。
「ごめんね。すぐに楽にするわ」
 きっとこの子もイコルを摂取した子だったから。だけどもう、助けてあげることなんてできなかった。ただひとつアーリアにできるのは、母の腕の中に収まるかのように丸く形を変えたエマが、自壊のプロセスを開始するのを見守ることくらい。
 でも、イコルの与える全能感に酔いしれる聖銃士たちは、彼女の最期の安寧すら許しはしなかった。畏怖と敬愛の対象であるはずの聖獣に対して酷い言葉を投げかける彼らは、最後まで揺れていた“魔女”たちにとっても敬意を向ける対象かどうか疑わしい存在に成り下がっている。
 だから最後のひと押しを、マルクは彼らにしてやった。
「その違和感は、きっと正しい。彼らは、聖獣さえも道具にしか思っていないんだ……中には本当に立派な聖銃士だっているのかもしれないが、少なくとも彼らは決してそうじゃない」
 あんな奴らの呪縛に囚われて、真実を知りたいという自分の心を裏切ってはいけないのだと説いた。真実を知ってなお信仰を選ぶというのなら、マルクとてそれを否定はしない……単に依頼を妨害するなら排除せねばならぬというだけで。
 ただ、マルクは彼らに報せねばならない……アドラステイアは聖獣のことを――人間のことも、道具としか思っていないのだという真実を。
「僕はイコルを服用しつづけた子供が、聖獣化した瞬間をこの目で見たよ」
 そう。その場所とは唾棄すべきフォルトゥーナ区画。聖獣になったのは――。

「……エヴァ=フォレノワという少年だった」
 穏やかな笑みの中に深い悲しげな瞳を湛えたマルクの言葉に、ひとりの“魔女”の少女が絶句した。
「じゃ、じゃあ、やっぱり私たちのエマも――」

●希望の先に
 揺れ動く少女の瞳の先には、自らを傷つけながらも聖銃士たちの命令に従おうとする、聖獣エマの姿があった。
「エマは、友達だった、のか?」
 問うたマリアに少女は答え、ひょうきんで明るい子だったの、と返す。
 けれども聖銃士たちは少女の“罪”を――聖獣が人から作られたものだなんて妄言を信じることを許さない。怒りに任せた術式が、少女に狙いを定めんとする。
 対して、少女は逃げる……けれども困憊した彼女の足では、それを振り切ることは叶わない……ならば。
「させません」
 少女と魔術の間へと、正純は迷わず自らの体を投げ出してみせた。
「私たちは、彼女たちを生かすためにここに来たのです……後のことを考えるための時間は、全てが終わった後に幾らでも差し上げましょう。ですが、その時間を奪おうとするならば……私は、それを見過ごすことはできません」
 いかに正純が後衛の弓使いだからとて、傷ついた少女を葬るための魔術ごときで斃れはしない。返す矢は――違わず、卑劣な聖銃士たちへと報いをもたらしてゆき。
 そんな戦いに非情さを持ち込みきれない彼女を、聖銃士たちはせせら嗤った。特異運命座標らの情が、“魔女”たちばかりか自分たちにも注がれているとも知らず。
 ゆえに彼らは、迷わず自分たちの希望をも打ち砕くことになる。彼らの魔術がスティアの守りを打ち砕いたその瞬間、どうして自分の勝利に対する高揚の中に、漠然とした不安が鎌首をもたげ始めたのかさえ解らぬままに。
 もちろん、それは助け出された“魔女”たちにとっても同じであった。スティアのギフトの力が失われ、気付かず不安を抑え込んでいた希望が萎える。
 それでも彼らはもう二度と、そのせいで絶望に囚わることはない。スティアのギフトに頼らなくてもいいだけの希望は、既に皆から与えられている……ならばその希望が確かに真実であったのだと知らしめることが、特異運命座標たちの為すべきことだろう!

 人質たる“魔女”たちがいなくなった今、雷華の戦闘術の本領を妨げるものはなくなっていた。
 聖銃士たちの中央に飛び込み目を引いて、スティアに代わり後衛からの攻撃を一身に受けている彼女。かつては折れし忠剣も、本当に誰かを守るためなら折れることはない。
「誰かを守るためならば、俺たちは無限の強さを発揮できる!」
 リゲルは、自分たちのため祈ってくれるよう助けた子供たちに呼び掛けた。
 彼らは、確かに倒れるかもしれない。先日のリゲルだってそうだった。
 けれどもどれだけ倒れたとしても、絶対に負けることはない。誰かが、それを信じて祈ってくれるなら。
 いいや。子供たちが願う勝利そのものは、もう手に入れているに違いなかった。この先に手に入れたいものは、そのさらに先にある光景だ。
 その光景を手に入れること――助けることのできた子供たちの友でもあった聖銃士の子供たちを殺さず無力化し、彼らの笑顔さえ取り戻すことは、ここまでの道のりより遥かに困難なことは解りきっていた。
 だからシャルティエが聖銃士の気絶を狙い、結果として仕留めきれずに夫が傷ついた時も、それは誇るべき結果なのだとポテトは信じる。それで傷ついたのが自分たちで済んだなら、その分、ポテトが癒やしてやればいい。彼女の無尽蔵の癒やしの力でさえ間に合わなかったのならば、次の仲間に託してやればいい。ただ――。

「エマは――」
 苦しみ続ける聖獣の名をポテトは口にした。アーリアの憂鬱な目を見れば、彼女を救ってやろうと思えば、そんな自分たちでも奇跡に頼るしかないのだと判る。
 触手をこちらに向ける彼女は、まるで楽にしてほしいと懇願しているようにも見える。
「解った。マリアも、手伝って、やる」
 それが聖獣がこちらを見ている証であるのなら、旧き瞳の力を使ってやれる。瑠璃色の瞳が見開いたなら、神話殺しの魔力が聖獣との間で膨れ上がってゆく。
 聖獣が仰け反り悲鳴を上げた。マリアは――こちらも自身の放った呪いに蝕まれ、意識を遥か彼方へと飛ばされそうになる。けれども……耐える。かつては人であった少女の最期を、せめて自らの目で看取るため。
(人としての記憶が残っているかも、わからない、が。聖獣としてではなく、人として最期を向かえさせると、しよう)

 マリアが子供たちに、エマという子を知る者がいたなら悼んでくれと呼び掛けた時。
 不意に生まれた新たな破滅の音色は、ルインには不思議にも心地よいものに聞こえた。彼女は、きっと死という形で救われたのだ――決して認めるわけにはゆかない彼女の最大幸福の形を、彼女は手に入れたのだと理解する。
 破滅よ、汝こそ滅びを知れ。
 その遣る瀬ない喜びを銃に込め、ルインも自らの最善を尽くそうと心に決めた。
 もちろん、その誓いはシャルティエも変わらない。先程自身の手で勝ち取った奇跡をもう一度手に入れるため、君たちも助けてみせるから信じてほしいと、思いの丈をぶつけてみせる。

 二度めの奇跡を勝ち取る力は、まだ備わってはいなかった。
 けれども奇跡を諦めずにいられるほどには、彼は仲間に恵まれていた。
 生きたい――誰もの当たり前の願いを打ち砕かんとする悪意に向けて、正純の矢が慈悲深く降り注いでゆく。その様子を彼女の背の後ろに隠れて伺う子供たちは、微動だにせずに見守っている……もう、自身に向けられる悪意のために身を尽くすことはなかった。その慈悲は同時に苛烈でもあって、彼らが再び聖銃士たちに従わねばならない日は来ないと物語ってくれたから。
 これで……準備は整った。最後まで抵抗を諦めなかった聖銃士たちをマルクが裁きの光で打ち倒し、これで終わったと振り向いて――。

●アドラステイアを後に
 ――アドラステイアの街の方角に、騒ぎを嗅ぎつけたのか、新たな聖銃士たちと聖獣の集団の影が蠢いていた。
 彼らの姿はまだ遠く、けれども風に乗り聞こえてくるのは、脚代わりの触手にて地を這う聖獣の放つ、悲しげな響き。

「ユルシテ、ファルマコン……」

 救われたばかりの少女が悲鳴を上げた。
「あの聖獣は……アポロニア様! やっぱりあれも本当は聖女アポロニア様なの……?」
 マルクには解る。きっと、彼女の言うとおりであるのだと。顔なき貌は苦痛に歪み、人の声に似た鳴き声は救いなき自身の境遇を嘆いているのだと。

 だが“魔女”たちを救うばかりか聖銃士たちの命も奪わぬよう尽力した特異運命座標たちには、彼らを守りながら新たな聖銃士たちと戦い彼女を苦痛から解放する余力など残ってはいなかった。そんなことより衰弱した子供たちと倒れた仲間を連れて、この場から足早に立ち去らねばならないのだから。
 ただ……。

 救われた25名の身元を引き受けてくれる者の心当たりが多かったことだけは、何よりの幸いだった。
 まず名乗りを上げたのは、スティアの叔母である騎士エミリア・ヴァークライトを筆頭とした、天義の騎士や聖職者たち(ただしその裏でスティアが何度も叔母に頭を下げて“背教者”たちへの寛大な措置を乞うていたことは、あまり知られてはいない)。
 さらに、アドラステイアから離れてもやはり天義を信用できないという子供たちの受け入れ先としては、正純の養父で親ラサ派の不良神父として知られるキーン・エルドラドに、他国に借りを作る必要はないが天義らしくもない受け入れ先として白羽の矢が立ったという……彼の許まで子供たちを送り届けるのが、正純の今回の依頼における最後の仕事になるだろう。

 子供たちがアドラステイアの呪縛から解き放たれるのが何時のことになるのかは、今はまだ誰にも判りはしない。
 が……それでも特異運命座標たちは勝ち取ったのだ。

 彼らがきっと救われるという確信を。それから今回救えなかった者たちにも、いつか救える機会がやってくるに違いないという希望を。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

リゲル=アークライト(p3p000442)[重傷]
白獅子剛剣

あとがき

 成功条件に加えて“魔女”たち全員の生存だけでも難易度が上がるのに、さらに聖銃士の全員生存まで目指すとなると、難易度はかなり高めになったのではないかと思われます。しかし幸いにも皆様は、それを成し遂げるだけの幸運と力に恵まれました。
 次の機会にも同じ幸運が訪れてくれるかは判りませんが、今はただ、そうあるように願うとしましょう……。

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