PandoraPartyProject

シナリオ詳細

饗膳アントーニオ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●監獄島
 幻想国における治外法権。そんな言葉が罷り通るのはこの場所位ではなかろうか。
 大罪人――それは『幻想国において』だ――を収容する絶海の孤島。その主たる女は仕立ての良い青いドレスに身を包み「良く来た」とルージュを引いた唇を歪ませた。
 社交界では一躍有名なその女は老婆であったといわれることも幼い少女であったと言われる事もある。それは全てがまやかし、謎をその身に纏う事で魅力を増させるとでもいうのだろうか。
「さ、今日も来てくれたねぇ。待ちわびていたよ」
 ローザミスティカと呼ばれる女の傍らでは仕立ての良いスーツを着用した男が「ベルナデット、彼等が私の相手かい?」と微笑んだ。
「そう呼ぶなと何度教えたんだい?」
「はは、許してくれ。相変わらず君の美貌は針のように尖っている」
 手を振って離れた優男に『ベルナデット』と呼ばれた女は溜息を吐いた。
「……まあ、何度もアンタらの前でそう呼ばれちゃァ仕方が無いね。
 そろそろ、あたしの身の上も教えておいてやろうかね。あたしゃ『貴族殺し』の罪で投獄されたしがない女だよ」
「そう、彼女はかの『モンティセリ伯』のご夫人だ! 知っているかい? 『悲劇のモンティセリ家』!
 名家の令嬢であり、社交界の花と名高いベルナデット嬢を射止めたのはかの黄金双竜とも親交深きモンティセリ伯であった。
 ああ、だが――彼の幸せは長くは続かない! ベルナデットは彼の子を産み落としたは良いが、数日と立たぬうちに子を絞め殺したというのだ。その後、モンティセリ伯を始め家中の支配人全てを殺したベルナデットは――」
「……アントーニオ」
「失礼」

 ――ベルナデット・クロエ・モンティセリ。
 それが『ローザミスティカ』の本来の名である。絶世の美貌を持った社交界の華は婚姻の契りを結んだ夫と自らが産み落とした子を殺し、その儘に邸中の虐殺を行ったとして語られている。
 レイガルテ・フォン・フィッツバルディ公は彼女をよく知っていたようだが……。
「まあ、『貴族』であって『貴族殺し』のあたしは、公にとっちゃァ『話の分かる罪人』って訳だ。
『フィッツバルディ公にとっても』あたしが此処に君臨し続けることが都合が良い……ってのは何度も話しているね?」
 そう、この島は治外法権である。幻想国で最も安全で、そして誰の手も及ばぬ場所。かのアーベントロートの暗殺の手も及ばず、王国に有り乍ら王国から隔離された場所。
 その場所の罪人達を統率する仇華をフィッツバルディ公が制御せんとイレギュラーズを派遣しているのは最早把握された事であろう。
「それで、一つ問題さ。
 此の男……アントーニオはバルツァーレク派の貴族の一人だがね、冤罪で王国より遙々投獄されに来た。
 あたしゃ、こいつが不憫でならなくってねぇ……フィッツバルディ公にも手紙を書いたのさ。
 この手紙とアントーニオを連れてアンタ達は此処から脱獄してみな。なァに、囚人達もちょっと体が鈍ったようでねェ。
 折角の『レクリエーション』だと張り切って牢の鍵を開けておいたのさ。あたしは暫く姿を眩ますから、この島の出入り口で待っているさ」


 ――さて、ローザミスティカの言を纏めよう。
 バルツァーレク派の貴族であるアントーニオ・ デル・ペッツォは『冤罪』で王国より監獄島に投獄された罪人であるそうだ。
 その冤罪も『貴族殺し』だ。自身の領地の周辺を治める貴族へと流行病を装って投薬し続け、何人も死へと追い遣ったとされている。アントーニオは「私がその様なことするわけないだろう!」と宣言し、ローザミスティカもその通りだと頷いた。

 結果、イレギュラーズへと求めるのは、
『アントーニオ・デル・ペッツォを脱獄させる』事である。
 だが、ただ単に脱獄させるのも面白みがない。監獄島に投獄された大罪人達は様々な事に飢えている。それは殺しや薬、女であるかもしれない――が、その気晴らしとして一時的に牢の鍵を開けておいたのだそうだ。
 囚人達にはアントーニオを殺さずに捕えたならば『薔薇のコイン』を渡そうとローザミスティカは持ち掛けている。島内はローザミスティカの制御が行き届いているが故に、囚人が島を抜け出す可能性はゼロである。
 よくよく見遣れば今日は看守の数も多いようである。
 レクリエーションを兼ね、イレギュラーズは看守長室がある高い塔の上より、塔を下り王国へと繋がる船の元までアントーニオを護衛していかねばならないのだ。

 ……そして、『アントーニオを此処から出したことは極秘』である。
 ローザミスティカは手を打ったとフィッツバルディ公に手紙を書いたようだが――どうやら、彼を手駒の一つとしてフィッツバルディ公の元へと派遣するつもりなのだろう。

「さて、楽しい脱獄ごっこを見せておくれよ。
 上手くやれりゃ、ご褒美は用意してあげるからさ」
 女の掌で薔薇のコインが揺れている。人を動かすのは金であると女はよくよく理解しているのだろう――

GMコメント

 夏あかねです。求められるのはとっても簡単、脱獄レース!

●成功条件 
 アントーニオ・デル・ペッツォを船着き場まで護衛すること

●監獄島
 今回はレクリエーション気分。囚人達にはアントーニオを生け捕りにしたなら報酬が出るとされています。
 塔です。ローザミスティカの居所は最上階。広いフロアから出れば牢獄がずらりと並んでいます。
 非常に複雑な構造をしており、一見すれば迷路を思わします。着実に下に向かって歩いている感覚は屹度感じるでしょう。
 囚人が様々な所から襲い掛かってきます。ひょっとすれば何か違う目的を持っている者も居るかも知れません。
 適当にどつきましょう。ある程度の負傷をすれば彼等は逃走します。殺してしまっても処刑が早まっただけだとされます(殺すのは中々骨が折れます。何せ、極悪人ばかりですから)

●囚人
 無数に存在します。攻撃方法は様々。人食い、殺人鬼、ジャンキー、なんでもござれ。
 ローザミスティカ自身も命を狙われる可能性があるのでさっさと姿を晦ましました。
 皆さんはこの囚人をばっさばっさと切り倒して外の船着き場を目指して下さいね。ポイントは継戦!

●アントーニオ・デル・ペッツォ
 冤罪で投獄されたバルツァーレク派の貴族。島から出す代わりに協力を、とローザミスティカに求められました。
 どうせ、家にも戻れないのででれた場合はフッツバルディ公を頼りに名を変えて過ごすことになるでしょう……。
 彼はローザミスティカ――ベルナデットとは古い知り合いのようです。

●ローザミスティカ
 監獄島の実質的な支配者。ベルナデット・クロエ・モンティセリ。
 貴族殺しで投獄されたモンティセリ夫人。夫と我が子、そして使用人を大量虐殺されたとされています。
 此の事件は王国でも『禁忌』の一つのように扱われ情報は余り残っていません。ですが、ひょっとすればアントーニオなら何か知っているかも知れませんね。ベルナデットの細かなプロフィールなども……。

●薔薇のコイン
 ローザミスティカが満足する依頼遂行でしたらばお礼に『薔薇のコイン』を得ることができます。
 監獄島ではローザミスティカが用意した仮想通貨が存在し、『薔薇のコイン』を使用することで様々な恩恵を得られるそうです。
『薔薇のコイン』を得る事で追加報酬(gold)が増幅します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

  • 饗膳アントーニオ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年02月08日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
スカル=ガイスト(p3p008248)
フォークロア
一条 夢心地(p3p008344)
殿
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

リプレイ


 監獄島。幻想王国の治外法権とされる場所だ。大罪人が送られる地であるが、幻想ではある意味で最も安全で、誰の手にも及ばぬ場所である此の地の実質的な統治者であるローザミスティカがゲームとして提案したのは『冤罪』で投獄されたアントーニオ・デル・ペッツォの脱獄であった。
「ふむ、冤罪による投獄でごぜーますか。珍しくもなんともない、よくある話でありんすなあ?
 それにここの主人には偉く気に入られているようで。……彼女との間に何があったので?」
 問い掛ける『Enigma』ウィートラント・エマ(p3p005065)にアントーニオは「昔の馴染みさ」とフランクに返す。今、冤罪で投獄されているとは思えない男の態度にウィートラントは「ふうむ」と呟いた。
「冤罪で投獄された貴族の人を脱獄させて送り届ける……マトモだっ!?」
 そうは言えども『はなまるぱんち』笹木 花丸(p3p008689)が今から手伝うのは『国家の下した判断』への叛逆である。つまり、悪事であることには変わりない。
「行きはよいよい帰りはこわいって言うのはこういう事かな? いや、普通に来る分には行きも怖いとこだけどもっ!
 ……兎も角っ! ローザミスティカ…ベルナデットさんの話を聞ける事は滅多にない事だろうし、この機会にアントーニオさんからお話を聞いておきたいかな」
「ああ、勿論さ。ベルナデットもそれ位は許してくれるだろう」
 頷いたアントーニオの余裕綽々な様子は妙に気になるが彼が口にするローザミスティカの本来の名は『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)にとっても聞き慣れぬ者であった。『ベルナデット・クロエ・モンティセリ』――現在は家督を継ぐ者が居らず取り潰しになって仕舞ったモンティセリ元夫人であることを顕わすその名。クロエというのは彼女の母方の姓であるらしい。
「初めて聞いた気がするのです……」
「謎多き存在であるのは確かなのでしょうね。それにしても、『レクリエーション』ですか……」
 囚人達の運動機会の一環として脱獄を定義する事を思えば『折れぬ意志』日車・迅(p3p007500)は刺激は確かに大事なのだろうと頷いた。
「お偉いさんの考えることはよく分からないな」
 その内容が脱獄と言うだけで底に生じる意味は大きく違う気がすると『フォークロア』スカル=ガイスト(p3p008248)はぼやくが『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)は『福利厚生』なのだろうと好意的な反応を示す。
「囚人向けの福利厚生! 一種のゲームとして気持ちよく体を動かすと言うことですね。
 そこまで考えているとは流石は監獄島の主というところでしょうか! こういうものは真面目にやらないと白けますし、頑張りましょうか」
「うむうむ。脱出するのじゃ!」
 扇をばさりと開いた『殿』一条 夢心地(p3p008344)はいざ往かんと言うようにアントーニオに向き直る。彼を護衛し、彼を無事に脱出手段である『船』まで連れて行くまでがイレギュラーズの仕事だ。
「いやはやしかし、貴族殺しですか。確かに大罪です」
 どうして、『彼女が家族を殺したのか』というのはルル家も気になるのだろう。『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の呟きに耳を欹てる。
「それだけの大罪を犯しながら、監獄島で治外法権を与えられている……ローザミスティカ、いえベルナデット・クロエ・モンティセリは、相当に権力に”近い”女性という事ですね」
「と、言うと?」
 試すような様子で問い掛けるアントーニオに寛治は眼鏡の位置を正して「そうですね」とある意味では『確信に近い言葉をあえて推測の様に見せかけて』言った。
「そう、例えばフィッツバルディ公の……娘、という線は無さそうですね。姪といったところですか?」
 フィッツバルディ公の依頼から始まった事である。そもそも、モンティセリ家自体がフィッツバルディ派でも重鎮であり其れなりの座に着いていた事を考えれば縁族である可能性は捨てられないか。アントーニオは「ベルナデットの前でそれを言うなよ?」と寛治に揶揄うように言った。
「と、言うと?」と今度はそう問い返すのは寛治の側だ。
「彼女は、家柄の話をされるのが一番嫌いなのさ。元・貴族の癖にあの態度だろう? 貴族で合ったことを知られたくないんだろうよ」
 ――隠しきれる訳なんて、ないのに。アントーニオの呟きに、ウィートラントは何とも言えない顔をした。監獄島も色々と事情が混合っているようだ。


 囚人と遭遇しないルートを選択して、塔を降りていこうと提案する花丸にアントーニオは「皆に任せますよ」と微笑んだ。
 突破を主眼に置いて必要以上の戦闘を行わない。それ故にルル家が注力したのは害意を持ってくるであろう敵勢存在(おにごっこのおに)の位置確認だ。目で見るだけではなく、耳や鼻を使用した感覚器官での情報も重要だ。花丸は自身の直感を生かして身を隠す場所を探す。
「囚人も結構色んな場所に散ってるみたいですねえ……」
「うーん、まあ、そうだよね。此処はどちらかと言えばあの人達の領域って感じだし……」
 囚人を避けたいけれど、と考えながら花丸は悩ましげに呟いた。気付かれないように奇襲を掛け、早期に畳み掛けることで負担を少なくしていきたい。花丸はちら、と背後のアントーニオに視線を送った。
「アントーニオさんは怖くない?」
「まあ、大丈夫だろうね」
 妙な自信があるものだと夢心地は首を傾いだ。はて、と傾いだのもそのはず、監獄島のこの監獄は塔を模しており複雑な構造をしている。それは嘗ては此の地が本来的な意味で使用されていた名残なのだろう。だが、夢心地にとってはそれも屁ではない。
「ちょーーっと複雑そうな構造じゃが、まだまじゃな。麿はこう見えて幼少期、ノートに自作の迷路を書いたりしておったからな。
 そなたたちもやったじゃろう。自作の迷路作り! えっ? やらなかったの?
 とまれそこで培ったこの方向感覚さえあれば、位置の把握は余裕のよっちゃんじゃ。大船に乗ったつもりでついて参れ。なーーーっはっはっは!!」
「静かに」
 いさめるようなスカルに「そうじゃったな!」と夢心地は口をぱ、と押さえて見せた。聞き耳を立てるスカルは囚人達の足音を索敵し、超方向感覚で確認した『方位磁石』としての感覚生かして最短経路を目指す。夢心地は完璧な経路選択は無理でも、大凡の位置を俯瞰できれば上々だと自身の感覚を信じてじわじわと進むことを選んだ。
「ところでベルナデット殿は何故家族達を殺害したのでしょうか?」
「ああ、それは聞いてみたい。ローザミスティカが何故虐殺事件を起こしたのか――本人では無いとはいえ、何か思い当たる節があるんじゃないか?」
 話好きであるアントーニオへは沈黙よりも対話がサービスになるだろうとスカルは踏んでいた。
「まあ、どうしてだろうね。俺も詳しくは知らないが……どちらかと言えば、ベルナデットが殺したなんて俺には信じられなかったけれどね!」
 どういう意味だというようにスカルはアントーニオを見遣った。白紙の小切手と薔薇のコインを交換し、ローザミスティカに『看守』について問うていた寛治はそれ以上は語らぬアントーニオをちら、と見遣る。
「ベルナデットは利口な女だよ。そちらの御仁が『コイン』を有効活用するようにね、彼女は人を動かす方法をよく知っている。
 そんな彼女が一時の衝動で夫を殺すと思うかい? 俺はそうは思わないけれどね、彼女に『本当は冤罪だろう』なんて言えば俺の首が繋がっていないさ!」
「彼女は自ら望んで罪人になったとでも言いたげですね? ……さて、ペッツォ殿。そろそろ、進むとしましょうか」
 塔構造の情報収集を行った寛治は迅に偵察を頼んでいた。ネズミが走り抜けた道は看守達は裏道だと言って居たが、知られている場所であるからか、囚人達の姿は疎らに見られる。出来る限り人の居ない道をその都度選択していこうかと息を潜めて全員は静かにその歩を進め始めた。
 精霊達が警戒する中で、ウィートラントは「やけに静かでありんすなあ」と呟く。仲間達の索敵情報を聞きながらクーアは「うーん」と小さく唸る。
「塔にひしめく囚人ひとやま、その皆が皆、死を恐れず襲い掛かってくる狂戦士揃いだったのなら非常に困るのですが……それはなさそうですね?」
「そうですね。ベルナデット殿の『福利厚生』は案外上手く機能してるみたいです」
 ルル家にクーアは小さく頷いた。少数の影が見える道を進まなくてはならないが、それらは死を怖れないわけではない。スカルは理解できないと言ったがこのレクリエーションは『牢の外を自由に徘徊』できる他に『上手くいけばローザミスティカに気に入られるかも知れない』という打算的な考えを囚人達に植え付けることに成功していたのだろう。
「見て下さい、どうやら『倒さないといけない』相手みたいなのですよ」
 ほら、と指さしたクーアは地を蹴った。魔術士の携える惚れ薬をその手に夢魔の恍惚の笑みを浮かべて霊薬を辺りへと振り撒いた。悪意の霧を放つウィートラントの傍で寛治がとん、と傘で地を叩く。紳士の武器より放たれた鋼の驟雨が囚人達へと襲い行く。
「おお、君たちの戦闘を間近で見れると花あ」
「喜んでいただけるのは僥倖ですがアントーニオ殿は顔は余り出されませんように!」
 迅は静かにそう言って、前線へと飛び出した花丸が囚人を惹きつける其の隙を突いて鍛え抜かれた一突きを放つ。あらゆる加護を突破した其れが囚人の意識を刈り取れば、アントーニオを護るスカルが「進むぞ」と囁く。
「それにしても、ベルナデットが君たちの側に居れば安全だと言った理由がよく分かるよ。君たちはどうにも、こういうことのプロフェッショナルなのだね」
「悪事の専門家などではないけどのう! なーっはっはっは!」
 ちょっぴり控えめな笑いを見せた夢心地ははったりにも怯まず進もうとずんずんと進み「臆さぬ事がポイントじゃよ」と振り返った。
「こんなところに閉じ込められている以上、どのようなおぞましい欲望を秘めているか分からぬ。麿のこの瑞々しい肉体を狙っているとも限らんのじゃ!」
「そんな、夢心地さんが酷い目に合っちゃう!」
「そうなのじゃ! 護ってね」
 花丸の驚愕に夢心地はにんまりと笑う。勿論、敵を引き付けて盾の役を熟す花丸は夢心地の瑞々しい肉体を護る役を今現在担っているわけだが――
(……花丸ちゃんより殿が狙われるのかな……?)
 疑問は尽きなかった。スカルは仲間達の指示に従いずんずんと進むが、アントーニオが誰かに恨まれている可能性があるかどうかを問い掛ける。
「そりゃあ、貴族だからね」
「私怨を持つ者はレクリエーションも何も関係なく追ってくる可能性がある。気をつけるように」
 アントーニオに忠告を一つ、随分と歩いたものだと感じたスカルへと迅は「外が近いようです」と静かに呟く。
 外が近づくほどに、ここまで相手にしなかった囚人達が悔しげに追いかけてくるものだ。夢心地は「麿を護って!」と叫び、クーアの焔が楽しげに囚人達へと放たれる。
「我々を捕らえるという目的を遂げても、そのあと他の囚人にリンチにされて手柄諸共命を持っていかれたら元も子もないでしょう?
 下手に動いて命の保証を失うよりは、動かずして享楽を得る方が賢い選択なのですよ?」
 クーアは肩を竦める。彼等が徒党を組めば自身らを捕えることくらい容易なはずだ。だが、彼等は目先の利益だけを優先して各個人における選択を優先しているのだ。そうした状況を此の場面に当てはめれば、社会的なジレンマを感じさせる様で――
「……こういうの、囚人のジレンマって言うんでしたっけ?」
 ふと、そう呟けばクーアの言葉に体を硬くした者も幾人か居る。囚人同士に協力を仰ぐことは不利にもなるが、彼等はそれを是とすることはないだろう。そも、ローザミスティカは『一人が捕えたら褒美を』とは言ったがその褒美が山分けできるかを提示していないのだから。
 其れ其れが個別行動をしているからこそ打開の道がある。走る一行の中で船着き場が見えたと告げるルル家の声に反応したように寛治が足を止めくるりと方向を転換する。
「身体を張るのは専門外ですが、短時間なら何とかしましょう」
 入り口に残った寛治へと迅は小さく頷いた。アントーニオをさっさと船に逃れさせなくてはならない。アントーニオを連れる迅と、花丸はくるりと振り返る。
「さぁ、『悪夢』を見て下さい!」
 にい、と小さく笑ったルル家は空洞に無理くり蓋をした鴉天狗の『目』による力を持って囚人達の行く手を阻む。葦が縺れたように倒れたそれを双眸に移し込んだウィートラントの握りしめた杖は神秘を渇望するように淡い光を湛え、悪意の霧を放った。
 燻るその気配の中でクーアは「全く持って社会的ジレンマとは度し難いのです」と肩を竦め霊薬より焔と雷の奔流を巻き起こした。
「全く以て、しつこい男達じゃな。そんなのは嫌われてしまうぞ? ――主に、麿に!」
 夢心地が扇でぱたぱたと仰げば東村山と名を持った妖刀から黒き大顎の魔力が放たれる。まるで噛み砕くように囚人を捕えた其れに続き、スカルは間合いをとったかのように力任せに武器を叩き付けた。負荷さえ気にせずに放たれたそれに囚人の体が地へと叩き付けられた。


「アントーニオさん! ゴールだよ!」
「ああ、全く――最後の最後に大盤振る舞いだ!」
 花丸がほら、と指さしたその場所には船が繋がれている。アントーニオがその地へと辿り着くために走った距離は短いが、其れでも戦闘が突如として乱戦状態になったことには違いない。
「さ、着きましたよアントーニオ殿!」
「ああ、怖かったなあ。でも、君たちは聞いていた以上に愉快であったさ。有難う!」
 脱獄劇を終えた後でも変わらない彼の反応にルル家は彼が『脱獄する』事を選んだローザミスティカは他に何か考えが合ったのではないかとさえ考えてしまう。
「しかし本当にアントーニオの貴族殺しは冤罪じゃったのか?
 やっとるじゃろ? なあ……おぬしやっとるじゃろ? やっとる顔しとるもん」
 つん、つんと突いた夢心地に花丸が「顔?」とアントーニオをまじまじと見遣った。余裕を溢れさせた男は冤罪で投獄されたにしてはやけに楽しげだ。妙に肝が据わっていると称するべきか、それとも――
「まあ、其処は秘密だなあ」
「秘密ですか」
 寛治は詮索はしないものの男が『ビジネスの相手』に適するかを定めるようにアントーニオを見遣った。そも、ローザミスティカと呼ばれた女を利用するためにフィッツバルディ公がイレギュラーズに声を掛けた所から始まっている。自身の一族に連なるか、其れに類する彼女を汚点と考えての隠蔽目的ならばイレギュラーズを此の地に踏み入れることをフィッツバルディ公は是としなかっただろう。
(監獄島の存在意義……囚人から使える裏の手駒を選別する、と言うならばアントーニオは『合格だった』と言うことか……)
 口を開き掛けたとき――「案外、利口な立ち回りだったねぇ」と女の声が聞こえた。ふ、と顔を上げたウィートラントは「ローザミスティカ様」とその名を呼ぶ。
「もう少し慌てふためいてくれるかと思ったけれどねぇ……?」
「十分慌てておいたつもりなのですよ。でも、囚人達の方が楽しそうにダンスして居たように思えたのですよ」
 クーアの言葉にローザミスティカはそうさね、と小さく笑った。アントーニオを乗せた船がゆっくりと進む様子を眺める女は「褒美は後でね」とイレギュラーズへと囁く。
(ローザミスティカ様……なるほど、噂通りお美しい方でありんした。
 個人的におちかづきになりたいところではごぜーますが……それはなに、監獄島からの依頼を受け続ければ良いだけの話)
 彼女の意志がどのような物か――それを見極めておきたいとウィートラントは看守室へと戻る彼女の背をまじまじと眺めて居た。

 ――翌日、『外』に出たアントーニオから礼として『薔薇のコイン』を換金したものが届いたのは、ローレットには知らされていない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加有難う御座いました!
 ローザミスティカ、謎多き女性です。彼女にも色々と『事情』があるのでしょう。

 此の閉じた監獄島にて。またのお越しをお待ちしております。

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