シナリオ詳細
<アアルの野>星の乙女が望まれる
オープニング
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――私は敗残者だ。
男は、フェルナン・スアディは砂色のフードを目深にかぶり直した。
壁に背を預け、思い返すのはおおよそ一年半も前の事になる。
当時の聖教国ネメシスは揺れに揺れていた。
国家中枢は枢機卿-執政官のラインと、法王-聖騎士団のラインとで分断され、魔種の親玉である『煉獄篇第五冠強欲』ベアトリーチェ・ラ・レーテ(p3n000109)の顕現により、国家滅亡の危機に瀕していた。
しかし遂に、天義は結局ローレットのイレギュラーズ達の力を借り、ベアトリーチェを討ち滅ぼす。
かくして物語は――大いなる動乱は無事に終結し、人類が成し得なかった偉業を遂げたイレギュラーズは、名実ともに世界の英雄、文字通りの救世主となったのであった。
――私は敗北者だ。
だがフェルナンの認識は、彼の極めて恣意的な主観は、そうした世間的な事実と大いに違っている。
ベアトリーチェに従う魔種であった『枢機卿』アストリア(p3n000111)は、天義聖銃士隊(セイクリッド・マスケティアーズ)――つまりフェルナン等を従える力強いリーダーであり、アストリアの盟友である執政官アブレウと共に腐敗した天義中枢を正すものと信じていた。
実のところ天義における暗部の中心こそアストリアとアブレウの両名であり、アストリアに到っては人類の不倶戴天の敵である魔種であった。しかしポジションが違えば見えるものもまた違うのは道理である。
例えば天義という国は、何もアストリアやアブレウとその一派だけが腐敗していた訳でもない。独善的な正義を振りかざす断罪が横行し、教義は分裂し、聖職者達は己が権勢を縦横に振るっていた。少なくともフェルナンには、かつて天義の断罪により両親を喪った男には、そのように見えていた。
傲岸不遜で粗暴、強欲の塊のようなアストリア枢機卿は、配下の命などものともしない悪逆非道な性格だが、フェルナンにとってはそれもこれも、天義中枢に対抗せんがため『力を欲する事』から生じたと考えることが出来た。毒をもって毒を制すと言えば伝わりやすいだろうか。
理想は、自身が生き抜く場所は、力で勝ち得る他ないというのが、フェルナンの考え方であったのだ。
ともかくフェルナンにとってのアストリアは、強い目的意識があり、信念があり、行動力があり、現実的であり、知恵も力も人望も資金力もある理想的な上司だったという訳だ。
――私は落伍者だ。
魔種は人類不倶戴天の敵とされ、存在するだけで『滅びのアーク』なる世界滅亡のエネルギーを蓄積すると伝えられている。それは事実なのだろう。
では実際のところ、世界はいつ滅ぶのか。
伝承の大魔種ベアトリーチェは、遙か昔に天義と交戦したとされている。
天義はこれを退けたとされるが、ベアトリーチェを滅ぼすには到らなかった。
ベアトリーチェは幾星霜の後に、イレギュラーズとの交戦でようやく滅んだのだ。
そもそもアストリアはベアトリーチェに対して面従腹背であった。
ベアトリーチェを退けた記録はアストリアが握っており、故にフェルナンは、アストリアが冠位魔種を退けると信じていたのだ。フェルナンにとって全てを台無しにしたのは、イレギュラーズなのである。
だから話を戻そう。
一体全体『世界はいつ滅ぶ』のだ。誰がこの疑問に答えられるのか。
これまでの世界も安泰であった。そして世界は今もこうして健在であり続けている。
神託の巫女といえど、答えることが出来ないではないか。
遠い未来など、誰にも見通せはしないというのが、フェルナンの生き方だった。
正体不明の滅亡をみだりに恐れることを『杞憂』と呼ぶのだ。
そも長い目で見れば、人の世など火山や地震、さもなければ戦や病で容易に滅びるだろう。
フェルナンの考えは、天義では不正義と誹られよう。
声高に主張などすれば異端と呼ばれ排斥されよう。
だが今をいかにして生きるのかという事こそが、本当に大切な事ではないのか。
そして上手く生きるために必要なものは何か。
資金と武力と権威であり、それを自陣営に集結させることなのだ。
極めて現実的な視点を持っていたアストリア枢機卿は、それを良く分かっていた。
少なくともフェルナンはそのように『信仰』していた。
――――私は。
フェルナンは、フェルナン達は願った。
神をも恐れぬフェルナンであるが、祈ったと言ったほうが正しかろう。
瞳をひらけば、硬質に輝くクリスタルの遺跡は、いつしか大聖堂のように見えていた。
「して汝はこの妾に、枢機卿の代役とやらを担えと願うのか」
眼前の『それ』へ向けて、土塊だったものへ向けて、フェルナンは頭を地にこすりつけた。
彼を見下ろしているのは、赤い大きな帽子をかぶった少女である。少なくとも少女に見える何かである。
ネメシスにおける枢機卿の装束を纏い、星のきらめきを宿す錫杖を握っている。
小首を傾げ、不思議そうに尋ねている。
在りし日の姿のままに――
「代役では、ございませぬ」
「ほう、ならばなんとする。答えてみよ」
「あなた様は、アストリア枢機卿その人でありましょう」
そのままの姿勢で答える。望むように、願うように、目を閉じたまま言葉を連ねる。
「そも妾はアストリアでありながら、アストリアをしらん、なればどうする」
「失礼ながらお言葉を返すようですが、猊下。その物言い、思考、全てが猊下その人にあらせられまする」
「……ほう」
「まさに現し身、再誕、それは聖なる奇跡に相違ございませぬ」
「汝は妾が甦ったか、さもなくば生まれ変わったとでも申すのか」
「……は!」
「この恥知らずの大罪人めが。今すぐ聖典を開け、今一度教義をたたき込んでやろうぞ!」
「猊下! 感無量にございます!」
天義での争乱にアストリアの配下(セイクリッド・マスケティア)として参戦したフェルナンは、かの国において不正義を断罪される立場にあった。
従っていた者が必ずしも全てそうなった訳ではないが、小隊長を務め、不正な蓄財の恩恵を受けていた身としては、言い逃れすることなど出来はしない。
敗戦の直前に逃亡したフェルナン一行は、西の果て――ラサの砂漠に身を潜め盗賊と成り果てた。
後に肥大化する大鴉盗賊団に吸収されるまで、そう長くはかからなかった。
大鴉盗賊団はファルベライズと呼ばれる遺跡群で、色宝(ファルグメント)なる宝を蒐集している。
これは願いを叶えるとされる魔法の宝であり、盗賊団とそれに対抗するイレギュラーズは、色宝争奪レースの中で、ついにファルベライズ中枢へと足を踏み入れた。
そこに眠っていたものは、仮初の命『ホルスの子供達』であったのだ。
望んだ姿を映し出し、死者を甦らせることが出来る。
眼前のアストリア枢機卿のように――
「この土塊に宿った仮初の命は、正しき生命にあらず。汝等が教義に背く者である。
それでも汝等は、この偽物の妾を枢機卿アストリアとして、世界へ弓を引かせるのじゃな」
「仰る通り、私共はそのように望み、こうしてお頼み申したのです」
「神が正義を望もうが、妾に不義を望めと申すのじゃな」
それはアストリアであって、アストリアではなかった。
逃亡生活の中でフェルナン等に培われた、空想であり理想であった。
「この背教者共めが。しかし、なればよかろう」
しかしそんなことはどちらでも良かったのだ。
彼等には、失敗者達には、そんな夢が必要だったのである。
――私はもう、二度としくじらない。
「汝、正義なり! 者共、進撃せよ!
汝等が望むまま、神も魔も、全てを討ち滅ぼしてくれん」
「星の乙女が望まれる!」
――星の乙女が望まれる!
●
ローレットに集ったイレギュラーズは、いずれもどこか険しい表情をしていた。
ラサで発見された遺跡群『ファルベライズ』では、願いを叶えるという宝が発見されている。
宝を保護すべくラサの傭兵や商人達は合議を行い、これをネフェルストで管理することと定めた。
だがラサに巣くう大鴉盗賊団も、この宝を狙っていたのである。
ラサはイレギュラーズに協力を仰ぎ、盗賊達と争奪レースを繰り広げていた。
ファルベライズ中核へと進撃する中で、イレギュラーズは『イヴ』と名乗る少女と邂逅する。
彼女はこの地の守護者であると説明し、自身を『人ではない』と語った。
土塊で固めた人形であり、それを『ホルスの子供達』と呼ぶのだとも。
イヴ達はファルベライズに住まう大精霊『ファルベリヒト』の力の欠片である色宝によって『死者蘇生の研究』に利用されているらしい。
この地に現れた『博士』と呼ばれる錬金術師が、土塊の人形に『名を呼ばれた事を発動条件にし、願った相手の外見を転写する』事で、擬似的な死者蘇生を実現したのだ。
ファルグメント中枢に歩みを進めるには、これら『ホルスの子供達』との戦闘は避けられない。
だが問題はそれだけではなかったのである。
「これを見てほしい」
情報屋 『黒猫の』ショウ(p3n000005)が、卓上に依頼書を滑らせた。
「セイクリッドマスケティアの残党が、アストリアを甦らせた?」
クロバ・フユツキ(p3p000145)の呻くような声音は、まるで苦虫を噛みしめたかのようだった。
アストリアというのは、かつての天義における枢機卿であり、正体を隠して天義中枢を思うがままに牛耳っていた強欲の魔種である。
腕を組んだクロバは、過ぎ去った日々を思い返していた。
戦後、アストリアが根城としていたサン・サヴァラン大聖堂にて、クロバは書物等でアストリアの過去をいくらか知る事が出来た。彼女がかつてただの老修道女であったこと、濡れ衣を着せられ、嘆きの谷に突き落とされたこと、まるで人生を『やりなおす』ように魔種へと反転し、少女の姿で天義の頂点へ上り詰めた事。
何より死の間際にクロバ達イレギュラーズへ、『罪の根源を討ち滅ぼすこと』を託して消滅した事――
ホルスの子供達は、あくまで偽物である。
だが竜や亜竜さえある程度を再現してみせた以上、強力な魔種の模倣は大きな問題だ。
「――破壊すべきでしょうね」
身を屈めて仲間達と目線を合わせたコレット・ロンバルド(p3p001192)が呟く。
彼女はかつて、枢機卿アストリアが放った大部隊『天義聖銃士隊(セイクリッド・マスケティアーズ)』に致命的な打撃を与え、後の決戦における圧倒的優勢の礎を見事に築き上げた。
天義では破壊神、聖なる巨人として、さながら聖女や英雄の如く慕われている。
敵には天義聖銃士隊の残党も含まれており、そういった面でもコレットの活躍は大いに期待されていた。
そんなコレットと、アストリアと縁の深いクロバに真っ先に声がかかったのも、無理ない話であろう。
「それじゃあ、どうか頼んだよ」
激励するショウに背を向け、イレギュラーズはファルベライズへと向かうのだった。
- <アアルの野>星の乙女が望まれる完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年02月03日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
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煌めく回廊を抜け、扉を開く。
ここまで罠はなく――だが視界に飛び込んできた光景は異様であった。
天井はどこまでも高く、最奥の煌びやかなステンドグラスが、祭壇へと光を投げかけている。広間の左右からゆったりと続く曲線の階段の上には、両腕に抱かれるように巨大な石版が鎮座していた。そこはあたかも大聖堂のように見える。それも聖教国ネメシスが首都フォン・ルーベルグにそびえるサン・サヴァラン大聖堂と酷似している。否、それそのものとしか思えない。
「――ここは、そうか」
眉をひそめた『貪狼斬り』クロバ・フユツキ(p3p000145)は、その場所を誰よりも良く知っていた。
司教座で頬杖をついているのは、忘れもしない。『星の乙女』アストリア枢機卿の姿である。
彼女はかつて、冠位強欲と共に天義を蹂躙した魔種――即ち人類が不倶戴天とする敵であった。
「天義聖銃士隊……聖獣事件だったか。それを思い出すわ」
ぽつりと零したコレット・ロンバルド(p3p001192)の言葉通り、傍らに控えた男の数名は、天義聖銃士の装束を纏っていた。他に数名の司祭がおり、それから大鴉盗賊団の構成員と思われる者達と――
国是に正義を掲げる天義の関係者とは思えない布陣に、天義の騎士『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が唇を硬く引き結ぶ。到底、許しておける光景ではない。
無論だが、ここは天義の大聖堂ではなく――
「あるいはあれも、望まれて生まれたモノではある、か?」
小首を傾げ、『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は、一行へ俄に気色ばんだ視線を向ける男達へと、油断なく構えた。
――ラサのファルベライズと呼ばれる遺跡群の奥には、水晶の都が広がっていた。
そこでは『博士』と呼ばれる存在が、死者蘇生の実験を行っていたらしい。
「ホルスの子供というのが、生命と呼べるかは、わからない、が」
「つまり、あれが。いやあれらのうちのいくらかが『偶像』って奴か」
エクスマリアや『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)達の知る通り、蘇生された死者『ホルスの子供』は厳密には『蘇生していない』。この世界で死者がよみがえった例はなく、色宝と呼ばれる願いを叶える宝物を使い、生者の記憶を媒介して土塊に似姿をとらせたに過ぎないのだ。
この光景自体も、色彩の奇跡が垣間見せた幻想に違いない。
「けどよ、自分の上司を自分の都合の良い状況に持ち込むって相当なことしやがって……」
カイトは述べる。司教座に腰掛ける偽物のアストリアを産み出した者が居るということだ。
それは『天義』と『偽りの死者蘇生』とを結びつける月光人形事件を彷彿とさせていた。
「こんなことは許されない。あまりに不毛、命への冒涜でもある」
「あるいは彼等自身の主観としては、そのつもりはないのだろうが」
拳を握ったリゲルに答え、『砂の幻』恋屍・愛無(p3p007296)は、「ただ彼女に死んでほしくなかっただけなのかもしれない」と呟く。ならばその想いは『彼等自身のモノ』とも言えるのだ。
いずれにせよ、どちらの見解も正しいものに違いない。無論、やるべき事にも相違ない。
リゲルは公と正義を表し、愛無は私と仕事を示した訳である。
一方でもう一人の『死神』である『蒼穹の戦神』天之空・ミーナ(p3p005003)には、独自の見識もある。
彼女自身は故アストリアに思う所こそないが、魔種だとしても死の眠りを邪魔するような者達は見過ごすことが出来ないという訳だ。
「――ならば、ここで打ち砕く!」
その意思は誰もが同じもの。
高らかな音と共に銀の剣を抜き放ったリゲルの宣言と共に、彼我の一同もまた得物を抜き放った。
「クソ、ローレットのイレギュラーズが来やがったか」
盗賊達が吐き捨てる中、驚愕に目を見開いているのは元天義聖銃士達であった。
酸欠した鯉のように大口を開閉する彼等の視線は、コレットに釘付けとなっている。
それもそのはず、かつてアストリアが率いる銃士隊に文字通りの壊滅的打撃を与えた恐るべき個人こそ、コレットその人なのであった。手配書を何度も睨み、あるいは市街を探し回り、実戦ではコテンパンのボロぞうきんのように打のめされた記憶は、忘れたくとも忘れられるものではなかろう。
ひょっとしたらコレット自身も、その顔を記憶しているかもしれないが。コレットが交戦したのは、なにしろあの数(千)だ。仮に覚えていなかったとしても無理はない話だと言える。
「な、なに、馬鹿な!? コレット・ロンバルドだと!?」
「あの、あの忌々しい巨人が、奴さえ……奴さえ居なければ!」
見間違える訳がない。近頃天義では彼女を『聖なる巨人』などと呼びはするが、広くイメージされる魔物の一種(ジャイアント)などとは、まるで違う。
彼女は麗しき破壊神であり、その姿はおよそ三メートルの美しい少女なのである。
そもそもローレットや法王、聖騎士団等に敵対したのはアストリアと彼等天義聖銃士隊だ。天義中枢を牛耳り、思うがままに権勢を振るい、不正な蓄財や贅沢をしていた連中である。それを誅したコレットを初めとするイレギュラーズに対して、悪感情を抱くこと自体が逆恨みも甚だしい。
「在りし日を悼み、在りし栄光を想う。
まあ人間としちゃある意味当然なんですけど」
飄々と聞こえる『never miss you』ゼファー(p3p007625)の声音だが、続く舌鋒は鋭利だった。
「未練がましいったらありゃしないわね。
チープな懐古に浸ってばかりじゃ、何時まで経っても前に進めやしないわよ」
「何だ貴様は。貴様ごときに我等の何が分かる!」
「分かりやすい自己紹介をどうもってなもんよね」
応じた元銃士フェルナンの台詞は月並みに過ぎよう。結局、彼等のやろうとしていることは、己が罪の清算を力尽くで否定しようという、身勝手な試みに過ぎないのだ。
「わたしは召喚されてから後、学問で知ったことを経験によって裏付けてきました」
海洋王国で医術を学ぶ『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は、その努力により学ぶ領域の深さを下支えするために幅広い見識も得ている。
「だからハッキリと言えます。
人の世界を滅ぼすのは、天災でも疫病でもなく、不和であると」
遠く。細剣を構えてにじり寄るフェルナンを、けれどココロは真正面から見据えた。
ココロは思う、天義は今も荒れていると。アドラステイアに纏わる問題は、解決の糸口さえ見えない。
このままでは無理解を土壌とした不和により、真っ二つに裂かれてしまうかもしれないと懸念していた。
人は病や事故により傷つくものであり、戦はただでさえ足りない医療リソースを根こそぎに奪い去る。
「だからどうしたと言うのだね、小娘。我等がアストリア枢機卿の元に、天義が古くから持つ力を可動させ、冠位強欲を退ければ、全ては丸く収まったのだよ。貴様等の余計な介入が、全てを台無しにしたのだ」
フェルナンには、学びと実践に裏打ちされたココロの言葉を、否定出来る論を構築できようはずがない。
ココロが言い返しもしなかったのは、単にフェルナンの弁が虚妄に過ぎたからである。
「さすがに、聞き捨てならないな」
だが破綻した論であっても、言葉自体に別種の問題がある。リゲルは鋭い視線でフェルナンを射抜いた。
「なんだ貴様、ああ、さてはシリウス・アークライトの小せがれだな。
英雄気取りが、だが丁度いい、父子共々、不正義の汚名を被せなおしてやる」
「出来るものなら、やってみればいい。だが剣に誓って、させるものか!」
ステンドグラスから注ぐ光が、リゲルの剣礼を照らし上げる。
そうは応じたリゲルだが、しかし沸騰する程の想いを胸の奥に封じて、冷静さを崩さずに居た。
あの時の戦いを、そこから続く世界中を股にかけた激闘をくぐり抜け続けたリゲルにとって、この程度の言葉に感情が揺らぐほど、安易な心持ちはないのである。
「安い挑発ね」
コレットもまた、フェルナンの言葉を一刀に切り捨てる。
「貴様もだ、異界の巨人が。貴様が不遜にも打ち込んだ楔が、ケチのつき始めではないか」
そんなフェルナンの演説だが、これほど中身のない言葉も珍しかろう。
誰よりも高い視点から大聖堂を冷然と見渡すコレットは、表情一つ変えることはない。槍の柄で自身の肩をとんと軽く打ったゼファーに到っては、些かの可笑しさすらも感じていた。
ココロにとっては、フェルナン達の本質が悪辣であっても善良であっても関係ない。
「フェルナン。あなた方には、最初の不和を巻き起こした責任を取ってもらわないといけない」
ただ、反省の色など微塵にも見えぬ態度に、あの土人形(アストリア)をけしかけようとする態度に、小さな恨みを感じるのみだ。
「それでは猊下、なにとぞお力添えを」
結局フェルナンは額に青筋を浮かべながら、ココロから視線を逸らした。
「なるほど、あの者達が汝等の敵だという訳か。
イレギュラーズよ、お初にお目にかかる。妾はアストリア枢機卿なる存在の贋物(まがいもの)じゃ」
「猊下! その言いようは、あまりにも!」
「黙れ不敬者。妾は土塊の木偶人形じゃぞ。
貴様がアストリアを願えばアストリアを演じ、贋物を願えば贋物を演じるだけの存在よ」
「――猊下」
ホルスの子――アストリアは一喝してのけた。
狼狽したフェルナンは声を絞り出すのに精一杯といった案配らしい。
「ククっ、超ウケるのう。あの小僧の目を見たか。貴様、ずいぶんと憎まれておるな」
「半分は当たりだよ。半分だけな」
二振りのガンブレードを交差させたクロバが肩をすくめる。
己を偽物だと嗤う贋物のアストリアの、妙な『らしさ』に、少々毒気を抜かれたのは確かだ。
だからといって、それはクロバの決意を微塵にも揺るがせるものではなかった。
あの日の悔しさを忘れない。
あの日の怒りを忘れない。
そして――あの日、託された願いもまた、決して忘れはしない。
「だからこそ、俺はお前を否定しなければならない。
あの死をこれ以上冒涜されないがために”二度目の貪狼斬り”を始めよう」
「……貪狼、斬り。貴様、まさか」
「我はクロバ・フユツキ、かの枢機卿アストリアを葬った”死神”だ!」
「クロバ、だと――ならば貴様が下手人かァ!!」
フェルナンが突如激昂する。
決戦の日に、アストリアを断罪した死神の姿に。
「司祭ども、さっさと奴等を殺せ! 皆殺しにしろ!」
「さしずめ他の木偶人形は、そのあたりの奴等ってとこか――虫唾が走んぜ」
ミーナが蒼穹を描く切っ先を向けたのは、四名ほどの司祭であった。これもホルスの子に違いない。
拳を握って腰を落とした『はなまるぱんち』笹木 花丸(p3p008689)が敵陣に視線を走らせる。
ホルスの子供達は、あの司祭達と魔種の模造品であると分かった。敵がそれを制御出来るかは兎も角――
(こういった嘗ての巨大な敵に偽りの生を与えたり。
誰かの大切であった人に望まぬ生を与えたり。
何れにせよあってはならないモノだって、花丸ちゃんは思うんだ)
――だから。
「止めてみせるよ、全力で」
弾けるように、花丸が駆け出す先は――
●
細剣を腰だめに引き絞ったフェルナンが迫る。
「あなたのお相手は私よ」
風のように身を躍らせたゼファーが、突き出された細剣を絡め取る。
しなった細剣を腕ごと跳ね上げ、ゼファーは雷光のような石突きを喉に叩き込んだ。
点穴を突かれたフェルナンは、言葉にならぬ叫びをあげる。
だがすかさず一歩飛びすさった。中々の使い手であるようだ。
盗賊として、傭兵達や罪なき人の命と引き換えに磨いた技量であろう。
「ダンスのお相手として退屈させない自信はありましてよ、負け犬さん?」
「さえずるか!」
顔を真っ赤に染め上げたフェルナンだが、ゼファーは間髪いれずに二の槍を踏み込む。
左肩を犠牲にして、転げるように避けたフェルナンは、抜き放った銃の引き金を引いた。
弾道上を駆け抜けるゼファーの一閃が弾丸を捉え、切り裂かれた弾丸が石畳に二つの小さな傷を穿つ。
最早、笑う気も起きやしない。フェルナンは確かに相当な使い手だが、伸び盛りのハイティーン(ゼファー)と比して、既に壮年の域に達しているのだから。誰の目にも、才覚の差は論ずるにも値しなかった。
「さあ、花丸ちゃんがマルっとお相手するよ!」
「あの生意気な小娘から片付けろ。殺れ!」
戦場の中央で凛と声を張る花丸に、元銃士と盗賊の連合軍は攻撃を殺到させる。
花丸は唸りを上げて迫るシャムシールを、軽快なステップで悠々と回避し、踏み込んだ勢いに乗せて拳を叩き込んだ。暗雲を貫き、蒼天を切り拓く拳の衝撃が、殺到する盗賊達を一網打尽にする。
「ミーナ、まずはそっちを頼む」
「ああ、任せとけ。でやがったな、グリードヘイローってやつが」
錫杖を掲げたアストリアの闘気が、夜空色の飢狼を顕現させる。
戦場を俯瞰するミーナに背を預け、果敢に敵陣へ踏み込んだリゲルは土塊の司祭へ、銀閃を振り抜いた。
星の煌めきを宿した剣光が敵陣を穿ち貫く。
「悪かったと謝るわ、よそ見するほど退屈させたなんて」
「言わせておけば……」
「おけば、なあに?」
一気に体制を崩した司祭達を尻目に、フェルナンは歯ぎしりするが、立て続けに叩き込まれるゼファーの攻撃に防戦一方となっている。
「ココロ、エクスマリア、カイトはそっちに」
ミーナは頷く仲間達へと手短にポジションを伝え、翼を広げて敵陣へと一気に飛び込む。
リゲルの剣撃によろめく司祭の一人へ、希望の剣閃が軌跡を描いた。
「お互いのため、早急に投降してくれるとありがたいのだが」
淡々と述べる愛無に、残る敵達のぎらついた視線が突き刺さる。
愛無は涼しげな表情を崩さずに視線を受け流し、前へと歩み出た。
何しろこのクリーチャーは腹が減っている。我慢するのは大変なのだから。
闇色のエネルギーを羽ばたかせ、瞬時に敵陣中央へと現れたコレットは、その身と比してさえ巨大な剣――アナァイアレィシャンを勢いそのままに振り抜いた。荒れ狂う破壊の衝撃が、司祭の一体を通り抜け――司祭はそのまま土(あるべきかたち)に戻り、崩れ去る。
「アストリアを直接見るのは初めてね。偽物だけど」
戦場の最奥をちらりと伺ったコレットは、次の司祭へと再び剣を構えた。
皆は気付いたろうか。
コレットはフェルナンの顔を覚えておらず、クロバもまた同様であることに。
何よりフェルナン自身が『クロバの名乗り』を聞いて、はじめてその正体に勘づいたことに。
聖銃士達を指揮する隊長の一人として、フォン・ルーベルグで栄華を欲しいままにしていたフェルナンは――市街地で銃士達が激闘していた最中を、おそらくふんぞり返って指揮していたであろう彼は、あの決戦の日に首都から一目散に逃亡していたのだ。
「灰は灰に、土は土へってな。こんな悲喜劇は、誰にも望まれちゃいねェんだ」
頃合いを見計らったように、カイトの紡いだ術陣――氷戒凍葬『葬別の冬枯れ桜』が司祭へ、凍てつく狂気を刻みつける。
「このまま一気に殲滅しよう、か」
エクスマリアの瞳が煌めき、刹那。強烈な波濤が土塊の司祭を一気に飲み込んだ。
押し流された司祭達の更なる一体が、早くも土塊へと還る。
「果たしてこれを命と呼ぶべきか――そう呼べるものかは分からない、が」
氷雪の如き美しい刃が閃き、エクスマリアは司祭が振り上げた戦棍をうち伏せる。
「急げ、猊下をお守りするのだ」
「少なくとも言葉は話す、か。ならば初めまして、だな。紛いものの枢機卿」
「ようこそ、紛いものの聖堂へ。ゆるりとして行くがよかろう」
「一応聞くが、己が紛いものと自覚してなお、止まる気はない、か?」
「さて。どうであろうな。妾は望まれた形であろうとする、たかが仮初の命風情に過ぎんが」
「自身をそこまで言う、か」
「じゃがどうにも妾は、彼奴等めに強欲たるを望まれておるらしいのでな」
意思があるのかさえ定かではないが、アストリアの言葉には一定の自負のようなものを感じる。
「クロバさん、行ってあげて。コレットさんも、お願い。アストリアを還してあげて」
ブルーゾイサイトが煌めく。美しい魔道書を開いたココロが展開する『正の望み』がクロバとコレットを立て続けに包み込み、混沌(せかい)が待ち望む一撃を――戦況を変えうる力を迸らせ――
「ありがとう。それじゃあ俺からも改めて。はじめまして、偽物のアストリア」
クロバは、『それ』が名乗る通りに言ってやる。
「お初じゃな、本物の妾を殺した小僧よ。良かろう、贋物への拝謁を許して使わす」
「光栄だよ――少なくとも、そう(偽物だと)認めてくれる所はね。ならせめて、すぐに終わらせよう」
皮肉げに唇を歪めたクロバの姿が掻き消え――封刃・断疾風。
爆裂と同時に加速した二重の斬撃が、アストリアの身を斜め十字に切り裂いた。
悲鳴一つあげることもなく、血の一滴すらもこぼれ落ちることはない。
ただそれを構成するエネルギーがの一部が飛散し、宙へと溶け消える。
「――あいつは、もっと強かった」
「女を比べる男は、嫌われるぞ。小僧」
「一人居れば十分なのさ」
「灼けてしまうが、ならばお返ししよう。
七星守護――貪狼が煌めきよ。妾が命に従い異端者を打ち貫け。ガンマ・レイ!」
展開する七星の魔陣と共に炸裂する光へ向け、クロバは迷わずトリガーを引き絞る。
衝撃が衝撃と殺し合い――だがクロバを仕留めるには遠すぎる。
「なるほど、これだけはほとんど同じらしい。あの時は、これじゃすまなかったが」
「ならば汝が、強くなったという事であろ」
「その声で喋るなと、言いたかった所だけどね」
●
いくらかの時が流れた。
瞬く間の内に司祭の四体を土塊に還した一行は、敵の猛攻を受けながらも着実に敵陣へと損害を叩き付け続けている。早くも回復手を失った敵側のディスアドバンテージは大きく、徐々に開く彼我の差は、正しく一方的なものだと言えた。敵の中で強力な戦力はフェルナンとアストリアであるが、フェルナンはほとんどゼファーによって押さえ込まれている。徐々に傷を増やす二人であったが、ココロの癒やしによって、未だ可能性の箱をこじ開けるまでには到っていない。その上ココロは、アストリアがばらまく巻き込み攻撃に対応しながらも、度々攻撃を行う余裕さえあった。
カイトもまた術式を変え、状況に応じた攻撃を加え続けている。
戦況の把握はリゲルとミーナに担わせ、敵の攻撃を花丸と愛無に集中させる作戦も功を奏し、エクスマリアの波濤魔術と瞳術の複合術式は、盗賊達を次々に戦闘不能へと追い込んでいる。
力の天秤は常にイレギュラーズ側へと傾き続けており、傾く速度は、ここから加速して行くに違いない。
厄介なのはアストリアの能力を跳ね上げる付与ではあった。しかしクロバとコレットに加え、ミーナとリゲル、愛無の参戦によって、着実に打ち消すことが可能になっていた。一度に最大で五枚ものカードを切ることが出来る現状なれば、まるで恐るるに足らない。一行がいくらか可能性を燃やした起因は、僅かなタイミングを偶然に縫い止めた偽アストリアの、悪あがきとでも呼ぶ他ないだろう。
「偶像崇拝ってヤツ?
それも極まり過ぎると憐れなもんねえ。アレは貴方が想うモノを模倣してるだけ」
上段から槍を突き込んだゼファーが鼻を鳴らす。
「あのちょいと良く似せた偽物は、ボロを出してるどころじゃないみたいだけど」
アストリアは短い仮初の自由を謳歌するように、身勝手な振る舞いを続けている。
「猊下には、猊下のお考えあってのことだ。余人が口を挟――」
言い切ることさえ許さぬゼファーの猛攻に、フェルナンは震えるほどの怒りを隠すことも出来ない。
「このままマルっと、たたみ込んじゃうよ!」
花丸の踏み込みに大気が振動し、天を貫くほどの拳の一撃、盗賊が宙を舞った。
「この小娘が!」
「だから先程、言ったろう。投降するべきだと」
「小娘のみならず、貴様もだ!」
シミターを振り上げた盗賊の一人へ、黒い粘膜の塊が叩き付けられる。
ずるずると溶ける革鎧の奥、鎧下へと浸潤してゆく強酸に、盗賊は絶叫を上げようとし、そのまま口腔さえも黒塊に塞がれる。じたばたともがいて気を失った盗賊を投げ捨て、愛無は次の敵へと振り向いた。
「中々につらいのだよ、舐めるだけというのも。だから互いの為だと言っているのだがね」
背を合わせて構える花丸と愛無へ、盗賊達がじりじりと包囲を狭めてくるが――
「思い知らせてやれ!」
「それはこっちの、台詞だよ!」
花丸は身体を落として殺到する刃をかわし、足払いをかける。
俄に態勢を崩した盗賊へ、全身のバネを弾けさせて打ち込んだボディーブローが炸裂した。
目を見開いて後ずさった盗賊を、愛無の粘液が一気に飲み込む。
「まだ後があるとでも思っているのだとすれば……いい加減、認識を改めるべきだと思うが」
苛烈な紅蓮の炎が、一行を舐め上げる。
「ミーナ……」
「どってことねえよ、それより行け。因縁があんだろ」
「すぐに癒やす。誰も倒れさせなんてしない。あなたが真に生を望むなら、わたしは援ける」
ココロの術式がクロバの包み込み、その身に刻まれた傷をかき消してゆく。
「二人とも、ありがとう」
クロバを炎から庇ったミーナが、唇の端を釣り上げる。
「ミーナさんもだから」
「ああ、いや。助かるぜ」
立て続けに術式の展開をはじめたココロに、ミーナは自身の頬を指で少しかいた。
「てめえは邪魔だ」
襲い来る狼の幻獣をものともせず、ミーナはアストリアに斬撃を叩き込む。
こんなものに構っては居られない。狙うは本丸ただ一つ。
アストリアが吹き飛び、ステンドグラスに叩き付けられた。脆いはずのガラスは、しかしひび割れることすらなく、この大聖堂が幻に過ぎないことをまざまざと見せつけてくる。
リゲルは思う。このアストリアとて、姿は似せても、やはり本物には遠く及ばない。
唯一勝っていると言えるのは、あの時は完全に消耗しきっていた所と違い、魔術を撃ち続けることが出来る所であろうか。だが今となっては、さほどの意味を持たない。
「私があれを打ち破るわ、だからあなた達は続けて」
「ああ、頼む!」
宣言通り、コレットの巨剣が暴風と共に、アストリアをなぎ払う。
アストリアが展開した七星の加護がはじけ飛び、能力向上の付与が再び消滅する。
コレットに続き、リゲルの剣が、クロバの二刀が、ミーナの剣が――
縦横に駆け巡る鋭い軌跡が、偽物のアストリアを着実に追い詰めて行く。
錫杖に身を預けたアストリアは、エクスマリアの瞳をじっと見つめた。
アストリアには傷一つ見え無い。活動エネルギーを根こそぎに喪えば、土塊へと還る手合いだろう。
だが動きは如実に鈍ってきており、おそらくもう、そう長く保たないのは明らかだった。
「さようなら、だ。アストリア。生命かもわからぬお前に、真に死があるかも、またわからない、が」
「短い生であったな、否。汝の言葉通り、生と呼べるものであるのかは、妾にもわからん」
「望まれはした、といったところか」
「妾は強欲たるを定められておる。故に覚えておきたい。汝の名は?」
「エクスマリア=カリブルヌス」
答えたエクスマリアが背を向け、残るフェルナンを見据える。
「さあ来い、小僧。妾に殺されたくなければな」
じっと瞳を閉じていたアストリアが、そう言って静かに目を開く。
「……ああ。言われなくとも、そうさせてもらうさ」
――まさか今際の土塊に、気を遣われるとは。
クロバが構えた刃は深蒼に煌めき、罪の根源を断つ者。
その銘は、星の願望――ガンブレード・アストライア=ディザイア。
今わの際、”あいつ”は「どこで間違えたのか」と言っていた。
――星の乙女と称される少女が現れる数日前、ある老修道女が断罪されたそうだ。
断罪された事以外目立った記録は残されていなかった。きっと、善良な人だった筈さ。
今でも俺は”アストリア”を許さない。
だが、かつて奴が抱いた想いや願いは確かにあった。
そして罪の根源を断てと、そう望まれた。だから俺はこの銃剣と共にその意志を連れている!
だから――消えろ、亡霊共!!!
「次は、よき生を」
●
紛いもののアストリアを見送った一行は、いよいよ作戦の大詰めを迎えていた。
残る残党は、すでに数名に過ぎない。
「止めたよ、これで――全部!」
「ああ。仕舞いだ」
元気に頷く花丸に、愛無が答えた。
二人が述べた通りに、状況はイレギュラーズの圧倒的優勢となっていた。
「俺からは不正義に見えても、貴方にとっては正義だったのでしょう。
気持ちはわからなくもない、が。夢から醒める時だ」
「猊下を、猊下をよくも! 忌々しい聖騎士共のように、ぬけぬけと!」
だがその譲歩さえ裏切るのだ、この男フェルナンは。
怒り震えるだけのフェルナンに、リゲルは続けてきっぱりと宣言する。
「アストリアは倒した! 君達の負けだ! 退け!」
だが厳然たる結果を告げるリゲルの言葉は、白銀の剣が如く戦場に一本の楔を打ち込んだ。
「投降しなさい。望むなら私の領地に住んでもいいわ」
コレットの言葉に元銃士達が歯を引き結び、盗賊達の幾人かは顔を見合わせる。まるで対照的な反応だ。
だがこうした言葉は、特に後ろ盾のない、彼等のような者には覿面に効く。
元銃士にせよ、国家に弓引いた罪人であるが、この程度の者達であればコレットならば許されるだろう。コレットはかの国で、それだけの実績を積み上げている。
「思い出は何時だって美しい。過去もそうだとは限らないが。
だが、何時までも美しいモノだけに縋っていく事はできない。人の生とは美しいだけでは無いのだから。
国を憂うなら、君らには帰るべき場所があるのではないのかね?」
続けて愛無も問えば、元銃士の一人が膝を震わせへたり込む。
その様子に頷いたココロは、戦意を喪失した盗賊の介抱をはじめた。
戦える敵など、もはや一人も残って居ないのだ。
「それで、どうするの?」
最早覆すことの出来ぬ戦況は、イレギュラーズの勝利と確定している。
だからゼファーは槍を引き戻して、フェルナンに最後の問いを投げかけた。
フェルナンは幾度か首をふって後ずさりし、壁に背を預けて、崩れるように座り込む。
やりなおしたいと願ったフェルナンの心境は、本来はアストリアと同じベクトルを示していたはずだ。
それは本物のアストリア(魔種)と同じく、強欲を根とするものでこそ、あったろう。
しかしフェルナンは、きっと欲望の望み方さえ間違えていた。
フリントロックピストルの銃口を咥えたフェルナンは指を震わせている。
ゼファーは、イレギュラーズ達は、その様子をただ尻目に眺めていた。
幾ばくかの時が流れる。
結局、トリガーは引き絞られることなく、ピストルが地に転げた。
結末など誰もが分かっていた。
自身が信じてさえいない嘘っぱちの理屈をこね続けてきた男は、あの日――アストリアの呼び声に堕ちることさえなかった。フォン・ルーベルグの決戦を逃げ出した男には、自害など出来るわけがないと。
偽物のアストリアは、もしかしたら偽物の命を謳歌したのかもしれない。或いはそこに芽吹いた『個』として、捻れた偽りの生を花開かせ、この戦いを楽しんですらいたのかもしれない。
あの土塊はきっと酷く強欲で、きっと『らしかった』のだろう。
だがフェルナンは――フェルナン自身こそが、どこまでも紛い物であったのだ。
(死んだヤツの胸の内なんて、生きてる奴が勝手に決めるもんじゃないわ)
ゼファーは薄らいで消えゆく、ただケイ素の壁に戻るステンドグラスを見送る。
(増してや、其れを好き勝手に縋って言い訳に使って)
――ダサいにも程があるのよ。この大馬鹿野郎。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
NORMALではありましたが、相当に根詰めておられたかと思います。
依頼、お疲れ様でした。
フェルナン一行は無事に捕えられました。
盗賊や元銃士達の幾人かは、誰かの領土に引き取られたかもしれません。
ただ『人口』とだけ表示される中には、そんな人達も含まれることになるのでしょう。
成果として万々歳かと思います。
MVPは極めて精密で的確かつ有効な対応、状況へのプラスアルファの対応、及びそれらのためにこめらている渾身の膨大なエネルギーへ。本当にお疲れ様でした。
それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
久しぶりのアストリア枢機卿。
偽物ですが、破壊してやりましょう。
●目的
敵の撃退。
とにかく殴りましょう。
●ロケーション
ファルベライズ中枢、クリスタル遺跡。きらきらと輝く、広い空間のはずです。
アストリアの顕現によって、そこはあたかも『大聖堂』のような外観に見えます。
足場や視界に問題はないものとして扱います。
●敵
『ホルスの子供達』枢機卿アストリア
かつて天義を牛耳っていた悪辣な魔種の模造品。
あたかも甦ったように見え、戦い方も当人を彷彿とさせます。
・ラヴィッシュ(A):物近単、出血、必殺
・ガンマ・レイ(A):神超遠貫、万能、致命、弱点、暗闇
・スターフレア(A):神遠範、火炎、炎獄
・ウルサ・メイヤーα(A):自付、消費AP特大、ステータス大幅UP、EXF+40。
・ロバーソウル(P):物理通常攻撃が連、HP吸収を持つ
・グリードヘイロー(P):ウルサ・メイヤーα中、常時狼状の怪物を一体まで顕現させ、戦闘に参加させる
『ホルスの子供達』司祭タイプ×4
天義の司祭服を纏っているように見えます。
神秘攻撃の他、単体HP大回復、範囲HP回復、範囲BS回復等を行います。
『大鴉盗賊団員』フェルナン・スアディ
かつて天義において、アストリアに仕えていた銃士でした。
レイピアとマスケット銃を駆使して戦闘します。
HPが高く、他はバランスの良いステータスをしており、結構強いです。
『大鴉盗賊団員』×8
大鴉盗賊団員です。フェルナンの部下達も含まれます。
曲刀やダガーにボウガン、あるいはレイピアやマスケット銃等で武装しています。
内訳は『敏捷系2名』『近接攻撃力系2名』『盾役2名』『遠距離系2名』です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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