シナリオ詳細
エアライン・アイベックス。或いは、その山羊、遥か空を目指して…。
オープニング
●その山羊は空を目指して
白い影が空へと舞った。
高く、高く。
ほぼ垂直に近い斜面を蹴りつけながら、遙か上を目指して跳んだ。
空へ。
少しでも、空の近くへ。
ヴィーザル地方のとある渓谷。
割れた地面の遙かな底に、その生き物は生息している。
後方へ弧を描くように長く伸びた黒い角。
雪のように白い体毛。
発達した後肢に、しなやかなバネにも似た前肢。
ヤギ……正しくは、アイベックスという種類の生き物だ。
最も、ヴィーザルに生息しているそれはアイベックスの中でも特に強靱な種であることが知られていた。
おそらくはヴィーザルの過酷な土地で生き抜くために、そのように進化したのだろう。
その跳躍力は高く、まるで空を飛んでいるかのようにも見えることから“エアライン・アイベックス”と呼称されている。
彼らは皆、渓谷の下方から空へ向かって跳び続ける。
中には転落し、命を落とす個体もいる。
垂直に近い斜面を蹴り続けたことで、蹄が割れることも多いようだ。
しかし、それでも彼らは生まれて、そして死ぬまでずっと空へ向かって跳び続けるのだ。
彼らがなぜ、空へ跳び続けるのかは今もって謎のままである。
太陽を目指しているという伝説もあるが……真偽のほどは定かではない。
●相棒を求めて
「つまり、そのエアライン・アイベックスの捕獲を手伝ってほしいというわけですね?」
手元の紙にメモを取る『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は、対面に座った1人の少女へ視線を向けた。
後頭部でくくった白い長髪。
細い身体は、けれどしなやかな筋肉に覆われていた。
タンクトップの上半身に、カーゴパンツ。足下は素足といった動きやすそうな格好だ。
日頃から、その格好で過ごしているのか。
風邪を引いたりしないのかな? とユリーカは彼女……“ペコ”の体調を思わず心配してしまう。
「なかなか捕まえるのが大変そうな生物なのですが、何のために?」
「はい。実はですね、うちの里で開催されるお祭りに参加するために、エアライン・アイベックスがほしいと思いまして」
「お祭り?」
「お祭りです。相棒たる動物の背に乗って、村の周囲を一周するお祭り。速さを競うんですね」
1着になると、その年一番の“幸運者”として報奨と名誉が与えられるという。
多くの場合、村の住人達は馬や牛に乗って参加する。
けれど、彼女はどうにも馬や牛とは相性が悪いそうなのだ。
「彼らは操らなければ、走ってくれないんです。その点、エアライン・アイベックスは違います」
曰く、エアライン・アイベックスの最たる特徴として、その気位の高さと気性の荒さ、そして足腰の強さがあげられるという。
他人を背に乗せることも稀。
けれど、かつて彼女の里ではエアライン・アイベックスを手懐けた者がいるらしい。
「その人……私の祖母は、そりゃもう速くって。相棒と共に、死ぬまで“幸運者”の地位に君臨し続けたそうです。そんな祖母に憧れて……」
「貴方もエアライン・アイベックスを手に入れたい、と。依頼というなら、人を向かわせることも可能ですが……」
力尽くで捕まえて、言うことを聞かせることが出来るのか?
そんな疑問を抱かずにはいられないユリーカだった。
ペコ自身も、同様の不安を抱いているのだろう。
ユリーカの視線を受けて、気まずそうに視線を逸らした。
「せ、背中に乗ることが出来れば、たぶん? きっと? 気位の高い生き物ですから、負けを認めれば勝者には従順な性格らしいですし? きっと、おそらく……いける、はず、かも、シレナイデスネェ??」
「……不安なのです。資料を見る限りですと、速度もなかなかのもの……おまけに【飛】や【ブレイク】【崩れ】持ちと、捕まえるのが大変そうですが」
「ですよね。おばあちゃん、どうやって捕まえたんでしょう?」
「さぁ? ボクに聞かれても……」
「分からないですよねぇ」
「分からないですねぇ」
向かい合ったユリーカとペコは、不思議ですね、と揃って仲良く首を傾げた。
- エアライン・アイベックス。或いは、その山羊、遥か空を目指して…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年01月26日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●空の高くへ
白い影が空へと舞った。
高く、高く。
ほぼ垂直に近い斜面を蹴りつけながら、遙か上を目指して跳んだ。
空へ。
少しでも、空の近くへ。
高く宙に舞う白い影。
柔らかな白い体毛に、しなやかな筋肉に覆われた四肢。
後方へ向け伸びる角は、長く鋭い。
その生き物の名は“エアライン・アイベックス”。
鉄帝のある渓谷にのみ生息する、空へ向け跳ぶ山羊である。
「空を目指して、か。まぁでも、気持ちはわかるさ。谷底から見る切り取られた空はきっとつまらないだろう」
渓谷の下から、山羊の姿を見上げながら『萌芽の心』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は言葉を零す。
紫の髪が、冷たい風に激しく靡いた。
一方、こちらは渓谷の上。
頂上付近には都合8つの人影があった。
「おぉ、やっぱり雄々しく、そして気高く美しいですね! お祖母ちゃんの相棒も、まさにあんな風でした」
宙へ舞う山羊を眺めながら、白い髪の少女……ペコは叫んだ。
そんな彼女の頭に手を置き『揺蕩う老魚』海音寺 潮(p3p001498)は笑みを浮かべた。
耳まで裂けた大きな口に、びっしりと並んだ鋭い牙。
獲物を見つけ、狂暴な笑みを浮かべた鮫……ではなく、好々爺然とした優しい笑みを浮かべたつもりだ。
「ペコもおばあさんみたいに立派な人になれるといいのう」
「そのためにはアンタ自身がエアライン・アイベックスに認められなければ根本的な解決にはならん。とりあえず今年の祭りに関しては何とかなるように働きかけてみるが、その後はアンタ次第だぞ」
飛び交う山羊の群れに目を向け『病魔を通さぬ翼十字』ハロルド(p3p004465)は告げた。エアライン・アイベックスの捕獲自体はそう難しくなさそうだが、問題はその後。
ペコ自身の腕や技術が見合わなければ、エアライン・アイベックスを乗りこなすことは出来ないだろう。
「気高い動物みたいけど、戦って勝てば認められるかな……?」
渓谷の頂付近。
眼下で飛び交う山羊を見下ろし『折れた忠剣』微睡 雷華(p3p009303)は腰のナイフに手を伸ばす。
傾斜した足場を自在に飛び交う山羊相手に、果たしてどれだけ自身の強みを発揮できるか。たとえば、身体の固定一つとっても蹄を持つ山羊と、靴を履いた人とでは話が変わる。
「コノ辺リ、足跡、草食跡等、山羊サン痕跡アル。ココマデ来レル山羊サン、数モ限ラレル」
低く唸るような声で、そう告げたのは鋼の巨人。
苔や草の生えた身体は否応なしに、其が過ごして来た長い年月を感じさせる。その名は『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)。自然と共に生きるレガシーゼロだ。
「蹄が砕けようとも、地の底へ落ちようとも、高みを目指し跳び続ける……何と素晴らしい」
「素晴らしいかは分からないけど、峻厳な渓谷に飽きたらず、空を目指すなんて、面白いというべきか……捕まえるのに苦労しそうよね」
『折れぬ意志』日車・迅(p3p007500)と『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)は短く言葉を交わし、それぞれの持ち場へ散会していく。
今回の任務はエアライン・アイベックスの捕獲。
気高く、誇り高い山羊を従えるためには、それなりの工夫が必要だ。
「捕まえて連れて帰るまでは頑張るけど……そこからはやっぱり、ぺコさんがそれを頑張るしかないわ」
「もちろん。私はやりますよー。絶対にエアライン・アイベックスを捕まえて、乗りこなして見せます!!」
白い髪を躍らせながらペコは言う。
彼女の決意は伝わったのだろう。『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は、薄い笑みを浮かべ潮へと視線を向けた。
今回の作戦の第一段階として、まずはエアライン・アイベックスに正々堂々名乗り上げることになっていた。
その役割を担う者こそ潮である。
すぅ、と肺いっぱいに空気を吸い込み、潮は叫んだ。
「たのもー、わしらはイレギュラーズじゃよ。山羊さんには悪いが、捕まえさせてもらう。この子を背に乗せ、誰より速く駆けてほしいんじゃ!!」
風の強い渓谷に、潮の声が遠く響いた。
●断崖の攻防
潮の放った大音声に、興味を示した山羊は僅か。
そのうち1頭は、ほんの数瞬イレギュラーズを眺めた後に、再び斜面を蹴飛ばし跳んだ。
潮の持つ【動物疎通】のスキルのおかげで、彼の言葉の意味はしっかりと理解できている。
しかし彼には潮の挑発に乗ってやる義理がないのだ。
空へ。
空高くへ。
もっと上へ。
その為に今日も、岩を蹴飛ばし駆けるのだ。
けれど、しかし……。
「乗せてくれる子を見つけるために……全力を尽くします!!」
軍靴を鳴らし、駆け下りてくる青年が山羊の進路を封鎖する。
拳を握った両の腕を、身体の前で交差させる。
青年……迅はどうやら、エアライン・アイベックスの進行を身体を張って止めるつもりであるようだ。
その行為に、エアライン・アイベックスは激怒した。
見たところ、迅の身体は鍛え上げられているようだ。
その身に負った無数の傷からは、過酷な人生が垣間見えるようである。
だが、しかし……。
だから、どうした。
地面を蹴って、身を低くし……さながら白い弾丸のように、エアライン・アイベックスは跳んだ。
迅の交差した腕。その中央に向け、角の生え際をぶつけるように。
迅の身体を衝撃が穿つ。
エアライン・アイベックスの突進により、その身が空へと跳ね上げられた。
激痛。
そして内臓がひっくり返るような浮遊感。
【飛行】のスキルを有する迅は、空を蹴って姿勢を正す。腰の低さに拳を構え、再度の突進を放つ山羊へ、正拳突きをお見舞いしたのだ。
拳に伝わる衝撃。
「う……おぉっ!?」
姿勢を崩した迅と山羊は、もつれあうようにして斜面を滑り落ちていく。
岩に身体を打ち付けながら、迅と山羊が落ちてくる。
その様子を下から眺め、シキは顔を歪めてみせる。
激しく上下する視界と、絶えず身を襲う激痛のせいで今の迅は飛ぶこともままならないのだろう。
「でも、頑張れば駆け上れそうだし……私も挑戦してみようかな。こっちも中々やるんだぞってところを見せれば山羊さんも認めてくれるかも」
例えば、シキのすぐ近くで地面を引っ掻いている個体。
今まさに、空へ向けて駆けだそうとしているのだろう。
ほかに比べて小さな身体。白い体毛も土に汚れている。その身に負った無数の傷に血が滲んでいるところを見るに、何度も挑戦し、何度も落下したことが分かる。
けれど、その瞳に宿る炎は未だ消えず。
地面を蹴って、弾丸のようにそいつは跳んだ。
その後を追いかけ、シキも斜面を駆け上がる。
『めぇ……?!』
「やぁ、私はシキ・ナイトアッシュ。どちらがより高くにまで至れるか、勝負しようじゃないか」
なんて、一礼しつつ彼女は告げた。
言葉の意味は分からずとも、彼女の意志はその山羊に伝わったのだろう。
瞳に宿る戦意を一層激しく燃やし、山羊はさらに速度を上げた。
そんな2人の足元を、迅と山羊とがもつれるように落ちていく。
狂暴。
そして、獰猛な海の生物。
それが鮫だ。
実際のところ、人を喰らうような鮫はごくわずかなのだが、そういった風に認識している者も多いのが現実だ。
とはいえ、しかし……。
「鮫が……飛んだ?」
泳ぐように、空を滑空していく潮を見送ってペコは茫然とそう呟いた。
彼女にとって、鮫とは海の生き物だ。
海種であれば地上を歩くこともあるだろう。
だが、まさか飛ぶとは思わなかった。
それだけで映画が1本撮れそうだ。
「なるほど、落ちるとなかなか大変な目に合いそうじゃのう。怪我しているのなら、手当てをせんといかんじゃろうし」
なんて、どことなくのんびりとした様子でそう呟いて、潮は空を泳いで下る。
力強く腕を動かせば、その度に潮の巨体が加速した。
海面から深海へ向け潜水するかのようにして、潮は下へ……迅とエアライン・アイベックスの元へと向かう。
そして、その太い腕を伸ばして1人と1頭を脇に抱えて停止した。
「た、助かったりました!!」
『めぇ~』
太い角とナイフがはげしくぶつかった。
雷華のナイフを角で受け止め、山羊は跳躍。雷華の姿勢が崩れた瞬間を狙い、首を激しく上下に振った。
首の動きに合わせて振るわれる角が、雷華の肩を強打した。
痛みに顔を歪めながらも、雷華はどうにか斜面に着地。
駆け去ろうとする山羊の背へ向け腕を伸ばした。
「体が大きくて、動きが早くて、体力も十分……ペコさんの相棒に良さそうだね」
角の端を雷華が掴む。
小柄とはいえ人間1人を引き摺ったまま、その山羊は空へ向けて疾駆した。
雷華の存在など、眼中にないということか。
それほどまでに、空を目指したいのだろうか。
「やはり厳選は重要だな。その個体は特に活きがよさそうだ」
捕らえるぞ、とそう告げて山羊の眼前に立ち塞がったのはハロルドだった。
【アーリーデイズ】を自身に付与し、身体能力を飛躍的に上昇させた臨戦態勢。右手に刀を、左手に剣を。
漲る闘志が景色さえをも歪めて見せる。
「ハロルドさん、殺しちゃ……」
「分かってるよ。死なない程度にブチかます!」
掲げた剣が輝いた。
その刀身を包むは紫電。
空気の弾ける音が響いて、雷華の視界が白に瞬く。
まっすぐ、ただ空へ向け駆けるエアライン・アイベックスはハロルドの構えを見ても、僅かさえ減速しなかった。
道を阻む者がいるなら、それごと弾き飛ばすだけ。
そんな強い意志を感じる。
「いい度胸だ!」
ハロルドが剣を振り下ろす。
解き放たれる閃光。地面を揺らす大音声。
まさしくそれは落雷の再現。
「いや、無理……」
巻き込まれてたまるものか、と雷華は慌てて山羊の角から手を離し、真横へ向けて跳んだのだった。
小さな山羊とシキの走りが、渓谷下で屯していた他の山羊に火を着けた。
走りは完璧ではない。姿勢だって不安定だ。
けれど、1人と1頭は競うように上へ上へと登って行った。
頂を目指し疾駆するその後ろ姿は、いかにも気高い。挑戦を続ける求道者のそれであるだろう。
その後ろ姿はあまりにまぶしく、だからこそ憧憬を抱かずにはいられない。
だからこそ……。
1頭、また1頭と、山羊たちは斜面に向けて駆けだしたのだ。
ハロルドの壊した岩の破片が、ゴロゴロと斜面を転がり落ちる。
それを跳び越え、或いは横に回避しながら山羊の群れが頂を目指す。
「本当に気位が高いというか、負けん気が強いというか……っと」
『めぇっ!』
シキと山羊は、同時に岩を跳び越えた。
その真横を、山羊の大群が駆け抜けていく。
「え、ちょ、これどうするんです! 何か次々駆け上がって来るんですけど!!」
「後ロ 下ガッテ」
「捕獲したいエイベックスにだけ攻撃したかったけど……」
「難シイ」
「っ……だよね」
フリークライ、そしてルチアがペコを庇うように前に出た。
飛行と回復をこなせる2人であれば、ペコの盾役としては十分だろう。
「吹キ飛バサレタラ 巨体活カシテ キャッチスル」
「そうならないよう気を付けるよ」
刀を手にしたルチアが駆ける。
斜面を滑るように降下しながら、先頭を走る山羊の足元を刀で払った。刀身は反転させているため、万が一にも山羊の脚を斬ることはないだろう。
姿勢を崩した山羊が転倒。
後続を巻き込み、斜面を転げ落ちていく。
しかし、巻き添えを回避した山羊たちはルチアの存在を意にも介さずに前へ進んだ。
太い角がルチアの身体を後ろへ弾く。
斜面に叩きつけられたルチア。
咄嗟に刀を盾にして、ルチアはしゃがんだ。その額からは血が零れている。
「ルチアさん、こっちへ」
「……ごめん!」
降下した花蓮が手を伸ばす。その手をルチアが掴んだ瞬間、花蓮は翼を広げ空へと舞った。
そんな彼女を追うように、数匹の山羊が地面を蹴って跳躍する。
しかし、翼を持つ花蓮と違って、山羊たちは重力の縛りから逃れることは出来ない。
ジェットパックを起動させたルチアを投げると、花蓮は静かに歌を紡いだ。魔力を孕んだその歌声は、落下した山羊たちの傷を癒す。
「ペコさんには、山羊さんたちとお話をして貰いたいのだわ……認め合うためのチャンスが欲しいもの」
土埃の舞う眼下を見据え、花蓮はそう呟いた。
転落する山羊たちは、ハロルドや雷華、潮、迅といった仲間たちが受け止めている。
「ココマデ 来ナイ」
巨体を活かし、ペコの盾となるフリークライ。
しかし、2人のいる位置にまで山羊たちは辿り着けないでいた。
渓谷の最上部にまで至ることの出来る個体は極僅かということだろう。
「まずはこの混乱を治めるべきかな……」
「フリック達 回復 デキルコトスル 大事」
「えぇ。それに……あぁ、思わず嫉妬してしまうのだわ」
なんて気高い走りなのかしら、なんて……そう呟いた花蓮の視線のその先には、土埃を突き破り、こちらへ迫る小さな体躯の山羊がいた。
小さな身体。
ゆえに軽量。
「ぬ……速い!?」
それはまるで一陣の風のごとく。
空を目指す山羊とシキを見送って、潮は目を丸く見開いた。
シキという競争相手がいるからだろうか。
その小さな山羊から感じる闘志はかなりのものだ。
「“風を蹴って跳べ”!! それがより高く、空を目指すコツだ!」
その小さな山羊の背に、ハロルドは何を感じたのだろう。
送ったアドバイスは“風の紋”に刻まれた飛行の技法。
風を蹴るなんて芸当が、果たして山羊に可能なのか……分からないが、しかし彼は彼なりの方法でもって、空を目指す山羊に手を貸したかったのだろう。
事実、小さな山羊は今日この日、未だかつてないほどの高さへ至っていた。
「……っく」
脚をもつれさせたシキが転倒。
駆け寄った迅が、シキの身体を支え転落を阻んだ。
一方、その小さな山羊は……。
「こっちに来る」
「まっすぐ向かって来るのだわ」
ペコを庇うべく、ルチアと花蓮が高度を落とした。
フリークライを含め3人。
山羊の目に、彼女たちの姿はきっと映っていない。
空を。
広く、青い空だけを見据え、ただ上を目指すのだ。
「止メル」
体の前で腕を交差し、フリークライはそう告げた。
そんな彼の手に触れて、ペコは静かに首を振る。
「いいえ。止めないで……それより、私をあの子の背に乗せてください!!」
●青く広い空を目指して
小さな身体を焦がす想いは、きっと誰より強かった。
渓谷の高くまで駆け上がれないその山羊にとって、青く広い空は憧れ。
谷底から見る切り取られた空では物足りない。
いつか、青い空を自由に跳びたい。
その日が来るのを夢に見て、日々空を目指していた。
果ての無い挑戦。
翼を持たない山羊の身体では、空を舞うことも出来ないことは明白。
しかし、やめられない。
遺伝子に刻まれた本能。遥か先祖が憧れた空を、エアライン・アイベックスという種族は目指し続ける。
地面を蹴った。
身体が宙へ。
後肢で空気を蹴り飛ばす。
反動で、いつもよりもほんの少しだけ滞空時間が伸びた気がした。
気持ちいい。
爽快だ。
「来タ 気ヲツケテ」
フリークライがその場にしゃがむ。
前に伸ばしたその腕を蹴って、小さな山羊が跳躍した。
次いで、肩に蹄が食い込む。
その瞬間、フリークライの背を足場にしてペコは跳ぶ。
その小さな手を山羊の太い角にかけ。
その細い身体を空に舞わせて、その背に乗った。
「足場が悪い。少し、右へ……」
角を両手で握りしめ、ほんの少しだけ右へとずらす。
空中で姿勢を変えたエアライン・アイベックスは、ちょうど突き出た岩の上に着地した。
着地と同時に、蹴って、跳ぶ。
高く、高く。
空高くへと舞うその姿を、気づけば誰もが凝視していた。
人も、そして、山羊たちも。
小さな山羊の背に揺られ、白髪の少女は歌を歌った。
赤い夕陽に照らされながら、上機嫌に村へ向けて帰っていく。
その背に向けて、迅は大きく手を振った。
「お祖母様のように仲良く付き合ってあげてくださいね!」
赤い空に迅の声が轟いた。
その大声に驚いたのか、雷華は狐の耳をペタンと伏せた。
それから、大きなため息をひとつ零して……。
「どうでもいいけど、少し疲れた……帰りはゆっくり歩いて帰りたいね」
なんて、小さな声を零すのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
この度は、ご参加ありがとうございました。
無事にペコのパートナーたるエアライン・アイベックスを捕獲できました。
依頼は成功です。
果たして、彼女と相棒が今度どのような活躍をするのか。
それはまた別のお話。
縁がありましたら、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
エアライン・アイベックスの捕獲
●ターゲット
・エアライン・アイベックス
後方へ弧を描くように長く伸びた黒い角。
雪のように白い体毛。
発達した後肢に、しなやかなバネにも似た前肢。
気高く、荒々しく、そして速い山羊。
空を目指して谷を駆け上がる習性を持つ。
渓谷には30頭ほどのエアライン・アイベックスが暮らしている。
空を目指して:物至単に中ダメージ、飛、ブレイク、崩れ
邪魔する奴はふっ飛ばす。そして、さらに高みを目指す。要するに突進。
・ココ
ヴィーザル地方、とある山岳地帯の村に住む少女。
タンクトップにカーゴパンツ、素足といった動きやすそうな服装を好む。
エアライン・アイベックスを捕獲したいと依頼してきた。
性格は生真面目。そして、短慮である。
なるべく活きの良い強個体を捕まえたいらしい。
●フィールド
ヴィーザル地方のとある渓谷。
エアライン・アイベックスたちは谷底で暮らしている。
谷は、頑張れば這い上がったり、駆け上がったりすることも出来そうなぐらいには傾斜がある。
足場はゴツゴツとしているため、割と走りやすい。
転倒、転落すると谷底まで落下することになるだろうが。
ちなみに谷底からてっぺんまで、およそ100メートルほど。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet