氷雪鬼門

オープニング

●暗殺阻止
　冴え冴えと輝く月の下。
　一層、冷気を増した夜気の下に魔性の色が揺らめていた。
「成る程」
　ベネディクト＝レベンディス＝マナガルム (p3p008160)は頷いた。
　そこは確かに常人の踏み込むべき場所ではない。
　身を切るような空気の冷たさも、内臓を締め付けるかのような苛烈な予感も。常人の命を容易に奪い去ろうというのに、そんな誰にも正しい警告を与えまい。
「成る程、やはり今夜の俺は幸運だったようだ」
『アーベントロート派の手の者』によってフィッツバルディ派の或る貴族が暗殺されるというという情報をベネディクトが得たのは青天の霹靂のような出来事だった。『正しいかも知れない怪しげな情報』が出処なれば、あの黄金双竜閣下に報告する事は難しい。
「これは……答え合わせ、でいいのでしょうか？」
　フィッツバルディ派を自認するベネディクトやこのドラマ・ゲツク (p3p000172)は友人知人の『武闘派』を集め、一先ず警戒の対処に出たのだがドラマの言う通り状況はベネディクトの得た情報の真偽を大きく真の方へと近付けるものとなっていた。
「そちらの方は初めまして。
　たてはさんの方はお久し振り――で良いでしょうか」
　一行が――彼岸会 無量 (p3p007169)が現場に急ぐ道程で出会ったのは男女の一組。
　片方は白い和装を纏った見知らぬ剣士、もう一人は艶やかな紫の着物が印象的な京風美人――あの神威神楽で無量をはじめとしたイレギュラーズが一悶着を繰り広げた紫乃宮たてはその人であった。
「ここにたては……さん？　が居るって事は……
　例の話はやっぱり本当で、サリューの人が関わってるって事だよね」
「……うん。多分。センセーが居ないから、じゃあ仕事するのは」
「すれ違ったかも」
「うん。でもこれはこれで――いや、その、うん……
　たてはさんにも会えたし、そっちの人も強そうだし……」
　スティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)の言葉にサクラ (p3p005004)が神妙に頷いた。親友の声色が真摯さと喜びと『好きな人に逢えなかった少しのがっかり』を帯びている事に気付いたスティアは内心で「サクラちゃんは本当にサクラちゃんだなあ」とそんな事を考えている。
「サクラちゃんって本当にサクラちゃんだよね。サクラちゃん！」
「何それ！　構文！？　しかも言ってるし！」
　そんなサクラの反応に余程イラっとしたのかたてはは些かわざとらしい咳払いをした。
「ンンッ！　何処から嗅ぎ付けたのかは知りませんけど。
　生憎と招待されてないお邪魔虫はお呼びじゃありません。
　主人のお仕事を裏方で支えるのも――内助の功の内ってもんですやろ」
　状況を纏めれば――纏めなくても一目瞭然だが――簡単だ。
　状況の詳細までが本当かは知れぬが今夜動いている『アーベントロート派』はサリューのクリスチアン・バダンデール。その実働部隊は死牡丹梅泉。行く手を阻む二人は仕事の完遂の為に用意された保険（バックアップ）という事だろう。
　ならば、ベネディクトの言う危惧は真剣さを帯びる事となり、梅泉の阻止は差し当たって一同の目的と成り得るだろう。
「言うておきますけどね。
　うちは一緒に行っても良かったんです。
　なのにどうしてここに居るかって――
　もう一度旦那はんに会わせる前に、確実に皆さんを仕留める為です。
　女の勘言いますやろ。今日辺り、きっと会えそうな気がしましたの！」
　……大多数にとっては身に覚えのない話ではあるが、たてはは実にやる気十分であり、そんな彼女と一行を静かに眺める寡黙な男の方も尋常ならざる気配を纏っている。
「――俺にはその辺りの機微は分からんが。
　そちらの方、名乗れ遅れた。俺はベネディクト――
　ベネディクト＝レベンディス＝マナガルムといい――そうだな、『騎士のようなもの』だ。今はローレットで世話になっている。
　貴方もひとかどの人物、使い手と見受けた。
　今夜は愉快な時間にはなるまいが、お手合わせ願える事はせめて光栄に思う」
　まかり通りたい者と押し止めたい者。
　両者が言い分を譲らねば、後は刃で言葉を交わすのみ。
（不思議なものね）
　久住・舞花(p3p005056)の薄い唇が実に幽玄に綻んだ。
　あの死牡丹梅泉が『月下美人』と称した彼女の美貌もまた不思議な程に至上の艶やかさを帯びている。
（俄かに沸いた死地さえも愛しい。死地故に愛おしい。
　誰も彼も――きっと私も。道理通らぬ世界だからこそ『無理を通すかのような剣を握っている』からか）
　流麗な美人にはとても似合わぬその思考こそ、今夜が『境界』である証明だ。
　なればこそ――
「雪之丞」
　――怜悧な美貌に笑みを浮かべた男はベネディクトの言葉に静かに応じた。
「刃桐雪之丞という。異世界の騎士よ。
　同じく剣を修めるものとして――貴殿に会えた幸運に感謝しよう」

　――対決は不可避。なれど確かな望みがそこにはあった。

参加者 : 6 人

冒険が終了しました！　リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧（6人）

リプレイ

●災難（こううん）

「刃桐雪之丞という。異世界の騎士よ。
　同じく剣を修めるものとして――貴殿に会えた幸運に感謝しよう」
　和装の剣士がその風情に相応しく硬質にそう言葉を紡いだ時、『黒狼領主』ベネディクト＝レベンディス＝マナガルム（p3p008160）は心の奥底より湧き上がる期待と喜びを――理想的な騎士とさえ呼ばれるその美しい顔の内に隠す事が難しい位に『震えて』いた。
（確かに、これは仕事だろう。
　情報が正しかった以上――こんな障害が生じている以上は、考えるまでもなく防がねばならない由々しき事態に違いないのだろう。
　しかし、どうしてか。何と馬鹿げた事か）
　互いに名乗りを上げ、視線を戦わせる刹那の時間がこの上なく心地良い。
　名乗りは済ませ、すべき事は判っているのに――名残を惜しむかのようなのは何故なのか。
　それは改めて自問するまでもなく、ベネディクトが本能的に理解した『真実』であった。
（目の前に立つこの男が俺を遥か超える高みに居るというならばこれは何と幸運か。
　普段はこの様な事はそうは考えんが──今日という日は俺にとって余程特別なのだろう。
　目の前の男と唯、全力で戦いたいなどと、その様な事を思ってしまっているのだから！）
　これは仕事であって最早唯の仕事ではなかった。
　まるで焦がれるかのように運命は収束し、この夜を望んでいた。
　そしてそれはベネディクトだけではない。
「逢いたかったわぁ、泥棒猫ちゃんたち！」
　彼方、艶やかな着物に身を包んだ紫色の殺意が揺れる流し目を二人の女に送っていた。
　一人目は『帰心人心』彼岸会 無量（p3p007169）、二人目は『恋桜』サクラ（p3p005004）。
「こうして逢えたんやからきっと今日はいい夜やね。アンタ達にとっては知らんけど」
　小柄な背に大業物を背負った女の名は紫乃宮たては。かつてイレギュラーズと浅からぬような浅いような何とも言えない因縁を結んだ『難敵』であった。
「たてはさんは、はしゃいでいるようですね。
　まるで一度手から零れた花びらを再び手にした子供のようで――
　――まあ、実際の所、私もあまり人の事をとやかくは言えませんが」
「そりゃあたてはさんは恋敵みたいなものだし、色々負ける気はないけど！
　それはそれとして、居合の使い手として、一人の剣士として、尊敬出来る相手なのは確かだよ。
　……だから、うん。殺る気のたてはさんと戦える機会は私にとっても幸運だね！」
　好き放題に言われた無量とサクラも同じ位にやり返している。
　人生万事塞翁が馬とはまさにこの事か。
　いや、より正確に表現するならば幸福の感受性とは人によるという事かも知れない。
　幾つかの短いやり取りを見るだけで浮かび上がるのは、今夜この場所で『殺陣』を演じようという連中は少なくとも半数程度はこの不意の遭遇戦に感謝しているという事実ばかりである。
　無事に済むか知れずとも、まさに『狂気の沙汰程面白い』という事なのだろう。
「サクラちゃんは本当にサクラちゃんだなあ！」
「どういう意味！？」
「そういう意味だよ！」
（……一先ず、情報は正しかったようですね。
　しかし……これほどの刺客が来ようとは。
　一人は紫乃宮たては。遠い東の地、カムイグラで確認された梅泉君の……確か、婚約者だとか。
　もう一人の情報は少ないですが、恰好からして梅泉君の弟弟子といった所でしょうか）
　一方で「そういう反応をイレギュラーズの標準にしないで頂けますか！？」と言わんばかりの『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト（p3p001034）や『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク（p3p000172）も居る。
（噂には聞いていたけどたてはさんは物騒な人だね……
　好きな人に近づいて来る人を威嚇してると思えば可愛い……のかなぁ？
　美人さんなんだし、もうちょっと自信持っても良いのにね！
　それとも梅泉さんにあんまり相手にされてないのかな？）
　そう、全然相手にして貰っていないのだ。
　中学時代から十年想って漸く逢えたのにまるで女子扱いして貰っていない。
（そうしたら可哀相かも……）
　しげしげと自分を見るスティアの視線から何かを察したのかたてはの美貌が引きつる。
「……私達は六人。あちらはたった二人……
　でも、楽をする所の話ではないでしょうね。
　……こんな相手が来ると分かっていたら、もっと人数を集めていたのですが……！
　嘆いていても仕様はない――出来る限りのコトは、やらせて頂きますが！」
　必然的に両面を抑えようとするならば戦力は半減する。
　一番単純に考えれば三人一組で片方を抑える、となるが。ドラマはこれまでの様々な実戦経験から敵二人は三人で抑えるに適切な相手でない事を看破していた。
（例えばレオン君なら話は別かも知れませんが――）
　思わず脳裏に不敵な笑みを浮かべる師匠（だいすきなひと）を頭に描いてしまったドラマは邪念を払うかのように首をぶんぶんと振った。
「そろそろ――殺るか」
「……ええ。どうも、どちらも中々忙しいようですから」
　ゆるりと構えた男――刃桐雪之丞に『月下美人』久住・舞花（p3p005056）が頷いた。
「見るだけでも解る剣気、貴方もきっと『一菱』の遺した一振りなのでしょう？
　いえ、もっと言えば梅泉（かれ）より余程正しく後継なのでしょう」
「若には及ばぬよ」
「謙遜は結構。――久住舞花。見ての通り剣士です、ご同郷」
　涼やかな彼我の視線が絡み合い、雪之丞はふ、と笑う。
「どうかしたか」と舞花が問うより先に彼はこの戦いを前にした最後の余禄を告げた。
「月下美人――」
「――――？」
「成る程、若が言っていたその通りだ」
　ざん、と風が吹き抜け――下生えを激しく草履が蹴り上げた。八つの影が魔性に踊る。

●vsたては
　かくて戦いは始まりの時を迎える。
　たてはを相手にするのは、
「服に香を焚きしめ、紅を差し……
　逢瀬を求めた相手を間違えてるのではないかと？
　否、実はたてはさんもまた、私の胸焦がすお方に相違御座いません。
　いわばこれは『お見合い』ですから――
　改めて自己紹介を。羅刹門【死牡丹流・破】彼岸会　無量。
　お見知りおきを。それからしっかり『仲良く』して下さいね」
　艶然と笑い、本音で『また』たてはを逆撫でした無量と、
「言っておくけど――この機会を待ってたのは私も同じだからね！」
　たてはに目下の最大標的の一人と目されているサクラ、
「しかし、奇縁と言うのはあるモノですね。
　お三方は何やら梅泉君に浅からぬ想いがあるようですし、スティアさんはスティアさんですし（？）、ベネディクト君も……何やら、気合十分のようですし……
　あ、私は梅泉君のコトはぜんっぜん、何とも思っていませんよ怖いですし！！！」
　自分は取り敢えず関係ないから、と主張するドラマの三人だった。
（ここまでは予想通りですが、さて……）
　パーティは大方の予想通り戦力を二つに分け、二班でたてはと雪之丞の二人に対応する型をとっていた。たてはや雪之丞はひとかどの剣士であるが故にか乱戦や連携を余り好まない。敢えて距離を取った二者はあくまでフィジカルな殺し合いを愉しみたいという事なのだろう。これは梅泉も同じであるが、幸運な事にパーティは事態を極めてシンプルに捉える事が出来たという訳だ。
「――そういう全部の御託、もう言えんようにしたるからね」
　揺らめく紫色の蝶はたてはの本気振りを示すものであろう。
「まあまあ。そういう訳で――サクラ、推して参る！」
　幾度となく凛と響いてきたサクラのその声が開始を告げる合図となった。
　サクラもたてはも『抜かず』間合いを駆け出している。
（先手を取ることはほぼ不可能！）
　一菱を実地で知り、その身で学び、たてはと同じく桜花の居合を習熟するサクラは目の前の女（てき）の技量をある意味で一番正しく見抜いている。敢えて自身に辛辣な言葉を告げるとするならば、紫乃宮たてはは『モノが違う』。
（でも、居合（それ）が来るとわかっていればやりようはある……！）
　凡百とは到底呼べない才気迸るサクラをもってしても、他の誰を比較して見ても同じ事である。真の天才性を秘めた彼女の先を行く事は結論からして不可能だった。
　影が交錯する瞬間、サクラは確かに先に抜いた。
　されど、後の先を実現する魔術の如く――閃いた紫色の殺意はサクラの刃を追い越すかのように迸り、真っ直ぐに彼女の頸を狙いぐんぐんと伸びて来る！
　赤い花が夜に咲く。
「――流石、と言うべきなんやろか？」
「さあ、それはこれからを見て決めて貰わないと、ね！」
　首では無く愛らしくも不敵な顔、その頬に刀疵を刻んだサクラは厭わず笑っていた。
　サクラの考える『方法』は一歩を余計に踏み込む事だった。先を取られる、相手が確実に必殺を狙ってくるというならばブレない事こそ最高の防御となり攻撃となる。
　伸びる殺意を恐れず更に強烈に踏み込んだサクラは恐らくたてはの想定（ねらい）を超え、紙一重で斬撃は致命距離を外れていた。同時に。死地を涼しく征く歩法踏み込みでお見舞いした風雅抜剣のい閃きは、たてはなる剣士に憎たらしい恋敵を認めさせるに十分だったという事だろう。
　何度も通用する綱渡りではないが、パーティの強みはここからだ。
「初めからなんと華やかな。これは此方も負けていられませんね」
「私は！　仕事は真面目にやるだけで――事情に刃無関係ですけれど！」
　手数という意味ならば少し羨望の視線を投げた無量とドラマが残っていた。
　お喋りは程々に動き出した二人は難敵（たては）にそれぞれの手段で迫る。
「まずは私が『崩し』ます――！」
　一見して『魔術師』めいたドラマによる近接戦にたてはが目を見開いた。
　外見の印象を裏切る程の見事な身のこなしで素早く距離を詰めた彼女はまるで死の舞踏を奏でるかのように妖しくも恐ろしき連撃を繰り出した。
「鬱陶しい――！」
　その一打一打は成る程、馬鹿馬鹿しい位に『軽い』のだが、これに対応せざるを得ないたてはは少なからず態勢を乱していた。
「お褒めの言葉をありがとうございます――！」
　攻防に師匠に似た食えない台詞を吐いたドラマの言外に「お願いします」が滲んでいた。
　当然ながらその言葉を受け取るのは無量である。
「ええ。お恥ずかしく年下の女子に年甲斐も無く当て擦る様な真似をしてきましたが………
　今の彼女にとって私達は愛しき者に群がる十把一絡げのお邪魔虫。
　まずは私を私と認識して頂かなければなりませんからね！」
「――――ッ！」

　――心身共に鬼と成り、巡り巡りて人心に帰す。真の救済を求め握る刃に今や一点の曇り無し。

　サクラの受け、ドラマの仕掛けを煙幕にして詰めるのは無量の六道羅刹白蓮華。
　今の彼女の持ち得る最大にして最高の技量であった。
　猛然とした威力と逃さじの執念と敵のみならず自身をも傷付ける大妖之彼岸花の一閃はまさに彼岸会無量という女をこの上なく強烈に示したメッセージだった。
　たてははこの斬を自身の妖刀で受けにかかるも、一瞬遅れた反応からこれを損ね、手痛く一撃を喰らう事となる。
「ご理解頂けましたら幸いです」
「――この、この、許さんから……！」
　常人ならばたちどころに撃ち滅ぼされよう一撃さえ喰らって尚意気軒高。
　たてはの目の色が変わったのを見て、無量はむしろ満足だった。

●vs雪之丞
「速く、強く、美しい――
　だがこれすらもまだ序の口に過ぎまい──全く、面白い……！」
　裂帛の気を吐いたベネディクトの間合いを氷雪の嵐が吹き荒ぶ。
　一閃ごとに繰り出される冷気の渦は彼の剣の本質を実に親切に教えてくれる。
　彼の刃は間合いを奪う、心を奪う。
　凍り付かせるかのように対戦相手に何もさせない事を望んでいる――
「――貴方は、『死牡丹』の兄弟弟子ですか？
　同じ一菱でもとんでもない位に『違う』ものなのですね」
「若の弟弟子だ。若の御父上――桜鶴様の最後の直弟子に当たる」
「ある意味、この世界には感謝していますよ。
　梅泉……そして貴方、これ程の剣士と出逢い剣を交えられるのだから。
　……ああ、でも。唯一の心残りは――梅泉も貴方も、各々才覚尋常ならざるはいえ、この剣士を育て上げた桜鶴という人の凄まじさ。亡くなったと聞きますが、何ともお会いしてみたかった！」
　舞花の言葉は彼女には珍しく酷く熱っぽく。すれ違わなかった運命に痛恨さえ思わせる彼女の言葉に雪之丞は「桜鶴様も同じ事を思ったろうな」と薄く笑った。
　二人が雪之丞の前に立ち塞がる事が出来たのは彼を呼んで対策を積んできたからに他ならない。
　二人、そう僅かに二人である。二人で相手取るに敵は余りに圧倒的で必然、戦いは守勢に回るものとなっていた。
「あちらは随分と派手なようだが、俺は少し侮られたか？」
「まさか。唯の作戦を見逃してくれているようで助かっている」
　構え直した雪之丞にベネディクトが肩を竦めた。
　彼はこの戦いの本質を理解していた。元より僅か二、三人で仕留めきれるような相手ではない。
　雪之丞は真剣に戦うだろうが『真剣に殺したいのはたてはだけだ』。むしろ梅泉がそれを望まない以上、彼女のお目付け役のような所がある彼ならば、その防御的な剣も相まって『時間を稼ぐ』事は可能なように思えたというだけの話である。
　故にパーティは鮮やかな配分をした。
　ドラマ、サクラ、無量の三人がたてはを相手取っているのは先述の通りだが、この雪之丞に相対するのはベネディクト、舞花の二人のみ。残るスティアはと言えば『フィジカルな対戦を好む相手の逆手を取り、その双方を支援、フォロー出来る位置にいる』。
（――ここからだ。いよいよ気を引き締めていかないとね。
　たてはさんは本気で殺しに来てるし、雪之丞さんも言う程甘くない。
　これも成長する機会と思って全力でぶつからないと！）
　謂わば配分を3・5：2・5としたパーティの作戦はここまで奏功していた。
　ベネディクトや舞花も二人で雪之丞の相手をするのは荷が重いが、辛うじてスティアの支援とフォローが効いている。一方で凄まじい削り合いの様相を呈するたては組は前のめりな性格もあって、彼女の目配りがなかったら幾ばくももつ事はないだろう。
（きっと――例えばサクラちゃんは助けたり、守られたり、ずるって思うかも知れない。
　生死よりも大事なこともあるっていうのは私にだってわかる。
　でも目の前で大変な人を放っておく事は出来ないから――だから恨まれてでも護るから！）
　その可憐な美貌に決意を滲ませるスティアは細い双肩にまさにパーティの運命を背負っていた。
　彼女が判断を間違えれば運命は決壊しないとも限らない。故に彼女は『物理的には一番安全な所に居ながらも、常に最もシビアな判断を強いられている』。
「改めて――行くぞ、刃桐雪之丞！」
　金色の獅子が吠え、猛然と彼に襲い掛かる。
（この場に至り、何一つ見せぬまま終わる事等決して望まぬ！
　刹那の時さえ惜しい時間の中で、俺が磨き続けて来た技を出し切ろう！）
　揺らめく幻影の如き雪之丞はベネディクトの技量さえ寄せ付けない。
　蒼銀月が虚しく空を斬るも、すかさず彼はボルジアの魔弾で雪之丞に追いすがる。
「――――」
「これなら、届くだろう？」
　猛烈な毒も長く雪之丞を侵し続ける事はあるまい。
　されど一矢は一矢。報いた彼に舞花も負けない。
（……梅泉と似ている様でまるで違う雪之丞の剣。
　或いは『やはり』此方が本来の一菱の剣に近いのか。
　峻厳にして清冽、心奪われそうな剣の閃き。願わくば、私もその頂に――）
　長い黒髪が風に流れ、瞬天の三段が急所を狙う。
　恐ろしい事にこの飛沫のような連剣さえ捌き切った雪之丞を、更に銀色の風が追った。
「……驚いた。その技、若に似ているな。
　いや――失敬をした。『若よりもずっと上品で美しい』」
「『お褒めの言葉をありがとうございます』」
　我が身を追いすがり傷付けた驚異的な『技』に雪之丞の目が細くなった。まさに舞花の放った銀閃『疾風』は『死牡丹』の技を参考に、習得していた技を改良した遠当ての剣である。刀身で『気』を操り、裂帛に放たれる剣撃は、反応すら許さず切り裂く疾風の銀閃。
　冗句めいたやり取りは親しみさえ滲んでいた。
　ベネディクトも舞花も殺し合いを続けながらもまるで旧知の友人に出会ったかのように充実している。あちら側が痴話喧嘩なら、こちらは同窓会めいている。
　今回のスティアはそれ所ではなく。
　ドラマだけは「私はしていませんが！？」と抗議するのかも知れなかったが――

●落着
「仕舞だ。たては」
「……は？」
　戦いは予想通り見るも無残な結果になった。
　余力十二分といった風の敵二人に対して既にパーティは満身創痍。
　勝敗等火を見るよりも明らかであった。
　突然とどめの戦いに水を差されたたてはが雪之丞を強烈に睨み付ける。さもありなん。されど普通ではないのは今まさにやられているサクラや無量も抗議の視線を送っている所なのだが。
「若の仕事が今、終わった」
「……それとうちの後始末に何の関係が？」
「たてはは、若の歓心が欲しいのだろう？
　若の仕事の間、見事に彼等手練れを引き付けた――
　きっとお褒めの言葉が頂けるだろう。
　しかし、彼等は若の獲物でもあるのだ。
『事故』ならば仕方なかろうが、『意図』ならば若はさぞ激しくお怒りになろう」
「せやけど！」
「ハッキリと言う。この時間で仕留めきれなかったお前の負けだ。
『仮に若が本気ならば確実に全員死んでいる』。
　お前とて西のたてはなのだ。自覚はあるだろう？　この上、恥を晒すのは未熟が過ぎるぞ」
　たてはが押し黙る。
　成る程、彼女からすれば梅泉の怒りは余りに痛い。手心は要らぬが分別は要ろう。
　彼女からしても『たかが三人』にこれ程の時間をかけるのは予想外だったのだ。
「三人やないもん」と唇を可愛らしく尖らせるも戦いに不測はつきものだ。
「いたたたた……」
「だ、だいじょうぶ？」
「そっちこそだよ。無理ばかりして！」
「ご、ごめんなさい……」
　スティアとサクラのやり取りに無量が肩を竦めた。
　スティアが飛び込んできてサクラは確実に死んでいた。
「ベネディクト・レベンディス・マナガルム、それから月下美人（くずみまいか）よ」
「ん？」
「……はい？」
「良い、戦いだった」
　結局は負けただけだ。
　敵は仕事を果たし、此方は死ななかっただけ。
「変な気分ですけど」
　されど、おかしな話だが、冷静なドラマさえ結果を悲観する気持ちは湧かなかった。
　この戦いは『見事』だったのだ。むしろ清々しい位にやり切った気持ちで、清涼に去る雪之丞と文句を言いながら続くたてはの背を見送るだけだった。

成否

失敗

ＭＶＰ

状態異常

あとがき

　YAMIDEITEIです。

　普通に失敗出しますが、見ての通りです。
　極めて良かったですよ。
　実はちょっと特殊な事をして失敗ですが報酬は成功同等にしています。
　リプレイは力一杯頑張ったので喜んで貰えると嬉しいです。

　シナリオ、お疲れ様でした。