シナリオ詳細
愛の行方
オープニング
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「ああ、とても素敵ですわ」
軽やかなソプラノの声が称賛の言葉を紡ぐ。
「ああ、わたくし、あなたの事を愛しているの」
小鳥が囀るように愛の言葉をささやく。
アイリス・フォルシュティンはとある領主の一人娘だ。
そこまで広くはないが狭くもない土地を治める父がいて、他所から嫁いできた身体の弱い母がいて、たった一人の愛娘である彼女は自由奔放に生きてきた。
そんな彼女も、母に似てかあまり体が強い方ではなかった。外に出るのにも付き添いが必要であったし、たくさん運動した日にはくたくたになって日も暮れないうちにベッドに横たわるのだ。
しかし、好奇心旺盛な年ごろでは『外の世界』というものは大層魅力的に映った事だろう。他所から来た母の話を聞いて育ったのだから当然の興味とも言える。
そうしてこっそり抜け出した屋敷の近くの森の中で、彼女は一人の鬼と出会った。
領地の中では見た事のない、逞しい身体をした赤い鬼。額に立派な角を一本携え、四白の眼で自身を見下ろす人間のような形をした怪物。
一目惚れだった。
彼は人ではないということも、自分の事を狙った怪物かもしれないということも、全て忘れてアイリスはその鬼に魅入られた。
その日から、アイリスの日常は変わったのだ。
「あなたとなら、一生添い遂げられると思うの。ねえ、イッカク」
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「そこなお前さん、少し話を聞いていかないかい」
闇夜に紛れ、『黒猫の』ショウ(p3n000005)が声をかける。こういう時は大抵何かの依頼を受けた時だ。
「話は簡単。『鬼』の討伐依頼だよ」
これが件の鬼と、一枚の写真が差し出される。
フォルシュティン家の一人娘、アイリスが愛してしまった鬼の討伐依頼だった。
『イッカク』と呼ばれたその鬼は、普段は大人しい鬼だというが、敵意がある者が近付けば一変してまさしく鬼の様に暴れるらしい。
実際、アイリスの父が娘を取り返そうと駆けつけたところ、敵愾心が伝わってしまったのか、雄叫びをあげられて逃げ帰ったそうだ。
これが、アイリスに対しては敵意の欠片も見られないというのだから厄介だ。それどころか好意的であり、ふたりで過ごしている姿さえも頻繁に目撃されている。
「この鬼、見た目通りパワーで圧倒してくるタイプのようだね」
『イッカク』はおとぎ話で見たような、長さは背丈ほどあろうかというこん棒を持ち、木々をなぎ倒す勢いで振り回してくる。俊敏な動きでないことは救いだろう。
人の言葉は理解していないようだが、込められた簡単な感情――たとえば、喜怒哀楽程度ならば解しているとの見解である。
「それと、注意してほしい事がある」
鬼に魅入られてしまったアイリスは、常日頃『イッカク』の傍にいようとし、食事や睡眠、入浴などの必要時以外は従者の制止も押し切って森へ向かうのだという。
彼女が愛した鬼の身に何かあれば、すぐさま駆けつけに来るだろうことは明らかだった。
『イッカク』が猛々しく吠える威嚇の声はようく響くようで、たとえアイリスが屋敷に帰っていたとしても気付かないことはない。
屋敷から『イッカク』が拠点として棲みついている森まで、急いで5分、長くとも10分程度の距離となっている。屋敷にいる時を狙ったとて、途中、アイリスが駆けつけてしまう可能性も考えられる。
そうなれば、『イッカク』を庇って冒険者たちの前に躍り出ることも可能性としてはあり得るだろう。
「アイリスを傷つける事はしないようにと念押しされてるのでね、気を付けるように」
ただし、『物理的』に傷付ける事であって、『精神的』な方面に言及はない。
「アイリスの気持ちをどうするかは、君たちに任せるよ」
二度とこのような事態にならぬよう、鬼を騙し敵意を向けさせ徹底的にアイリスの心を折るか。はたまた、アイリスが駆けつける前に終わらせて、あらゆる事を鬼と共に闇に屠るか。
道を選ぶのは、他の誰でもない君たちだ。
- 愛の行方完了
- GM名祈雨
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年05月24日 23時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「恋は人を変えるってのは重々承知してるんだが、なあ……」
バサリ、広大な翼を広げた鷹が舞う。『風を継ぐ剣士』天之空・ミーナ(p3p005003)の鷹、飛炎だ。
屋敷からの道中、ミーナは騎乗動物であるパカダクラの綱を傍の木へと括り付け、その背に飛炎を留まらせた。赤みがかった翼を折りたたみ、鷹はその鋭い眼を屋敷へと向ける。
「やれやれ。後味の悪いお話になりそうだ」
ぼやきながらも自身のやるべきことは変わらない。万が一に備えて2匹にそれぞれ足止めを言い付け重い腰をあげた。これでお嬢様が駆けつけてしまっても、不意の出来事にはならないだろう。
『泡沫の夢』シェリー(p3p000008)はけものみちを進みながら、依頼について振り返る。
鬼に恋した少女のお話。鬼は悪者。だから、討伐しなければならないのだ。
決して珍しくはないシナリオだ。鬼を取り扱った作品はこの混沌世界に限らず、恐らく多様な世界で溢れているだろう。一般には鬼を敵として、悪いやつとして定義しているものが多い。
今回もそうだったというだけの話で。
依頼主である少女の父親は、少女の身の安全と、治める領地の治安を心配してこの依頼を出した。
仕方のない事だ。
シェリーは静かに目を伏せた。言葉は今、必要ない。依頼主の懸念はよくよく分かっている。
後に続く『魔法騎士』セララ(p3p000273)も、今日は少し表情に陰りが見える。
愛する二人を引き裂くのは、種族の差。立場の差。あらゆるものの『差』だ。
箱入りともとれる程に大事に育てられてきた少女と、人の言葉を語れない逸れ者の鬼。
普段なら、この禁断の恋も応援してあげたいところではあるが、今回はそうもいかない。警戒心からか、あるいはただただ本能からか、敵意を向けられれば暴力を返す異形は、いつかきっと、アイリス以外の誰かを傷つける事になる。
そうなっては遅いのだ。不幸は、いつだって気付いた時には誰かの身に降りかかっている。
だから。
「……今日は、正義の味方とは言えないね」
だから、今日だけ悪者になるんだ。正義の魔法少女じゃない、ただのセララに。
「今頃、彼女はお嬢様の所かな」
一瞬だけ足を止め、後ろを振り返る『祖なる現身』八田 悠(p3p000687)はぽつりと零した。足止め役たる『白銀の大狼』ルーミニス・アルトリウス(p3p002760)は今、別行動している。
足止めには悠が調合した薬が使われる予定になっている。ファーマシーたる彼女が調合した薬ならば心配はないだろう。ルーミニスに手渡した薬はかなり気を遣って調合してあるのだ。未成年の少女という身体でもあまり副作用を出さずに効いてくれるはず。
今頃、屋敷で客人を待っているであろうアイリスの事を想う。正直なところ、惚れた腫れたはよく分からないというのが素直な感想だ。そうだとしても分かることは、幸せな二人を引き裂くということ。
「運が悪かったと、思い返して貰いたいものだね」
鬼に出会ったのも、鬼に恋したのも、鬼との別れも、全て。
「むむー、やっぱり、恋ってよく分からないのです」
悠と同じく、恋心なんてものに首を傾げるのは『トリッパー』美音部 絵里(p3p004291)だ。
――恋心、とは。
それは、きっと誰しもが一度は考えた事のある命題かもしれない。そして、誰しもその問いかけに正しい答えなど持っていないのだろう。多種多様、どの答えも正解になりうるのだから。
「でも、ずっと一緒にいたいっていうのは分かります」
私のお友達と一緒ですね、と頷く絵里だが、恋心と友人はまた違うというところは理解出来ていなさそうだった。共通する感情ではあるが、そこに内包するものの方向性は違うのだから。
進む先に赤い色が見える。近付けば、少しだけ開けたスペースにずんぐりとした巨体が座り込んでいるのが確認できた。
イッカクと呼ばれたその赤鬼は、冒険者たちの到来に気が付くと金色の瞳を向けて低く唸り声をあげる。友好的ではないのは誰が見ても分かるだろう。
「貴方は悪い事をしたわけじゃありません」
『悪い人を狩る狐』ルルリア・ルルフェルルーク(p3p001317) は威嚇する鬼を見据える。今回の依頼は、どう足掻いたってイッカクの討伐であり、倒さないという選択肢は与えられていない。
「……でも、結ばれたとしても、ふたりとも幸せにはなれないでしょう」
人間の少女と巨躯の赤鬼。
もし、この二人が結ばれたとして、その未来はどうだろう? そんなIFを考えたとしても、幸せいっぱいな未来は見えてこない。異種族同士のカップルは、この混沌世界では見かけることもあるだろう。
しかし、その片割れが異形――言葉も通用しない『怪物』の場合は話が違ってくる。
そう言う訳だからさ、と、口を閉ざしたルルリアの言葉を引き継ぐのは『破片作り』アベル(p3p003719)だ。
「俺達悪いイレギュラーズ。アンタを倒してがっぽりパンドラを貰うよ」
せめてもの救いになればと、アベルは自ら悪者を名乗る。
応援してあげたいのは山々だ。身分格差の恋など、周囲の理解が得られずに奮闘する恋は、特に。
それでも今回は仕事と割り切り、悪役として振る舞ってみせると決めたのだった。
悪役に徹するのは、ひとえに愛を失った彼女の生きる理由になればと願った結果だ。
『オ、オ……』
鬼の身体が震える。向けられた複雑な感情はよく分からない。だが、そこにある敵意を鬼は感じ取った。
『オオオオヲヲ!!』
雄叫びが上がる。大男よりも一回り大きな巨体が身体を起こし、冒険者たちの前に立ちはだかった。
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雄叫びは、屋敷まで響いた。
「イッカク……?」
その時、アイリスは『外の話を聞かせる為に』として紹介されたルーミニスと談話していたのだが、びくりと身体を跳ねさせて目を瞠った。
結果として言えば、薬はかなり少量の使用ならという事で許可された。心配性な父親は、その薬の成分やら効用やらに疑問を持ったのだ。大丈夫だと説明しても聞く耳を持たなかった。
故に眠るまでは行かず、うとりうとりと心地良い気分で眠そうにはしていたのであった、が。
「悪いわね、無理させないようにって言われてるのよ」
「あなた、……そういうこと!」
アイリスの理解は早かった。
冒険者ならではの依頼や旅での経験話はアイリスにとって胸躍る素敵なストーリーに映った。もっと教えて頂戴と、ねだるほどに。
そして、こっそりここだけの話だけれどと持ち出されたイッカクの話に、ようやく理解してくれる人が現れたのだと期待だってした。
自分がどれだけ愛しているのか。勘違いなどではなく、純粋に心の底から愛しているのだと、知ってくれる人間が現れたのだと思った。
――すべて、仕組まれた事だったのに。
「いけません、お嬢様!」
「うるさい!」
窓を塞いだルーミニスを恨みがましく睨みつければ、アイリスは扉へと駆け寄った。この世界にはもう、敵しかいない。
ああ、ああ、愛しのイッカク。今、あなたのところへ参ります。
使用人が逆らえないのをいいことに、アイリスは屋敷から駆け出していく。その姿は、悪い者に立ち向かっていく勇敢な少女そのものだ。
「……まるで、物語の主人公ね」
すみませんと謝る使用人に頷き、ルーミニスはバリスタを用意しておいた隣室へと移動した。
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咆哮は森を揺るがし、その音量に驚いた鳥たちが次々と木々から飛び立った。
深と訪れた、短い沈黙。
「イッカク」
それを破ったのはセララだ。
「この森を出て、アイリスに見つからない所へ行って貰えないかな」
懇願の言葉は、どうか戦いを避けられるならばそうしたいという願いから出た言葉だろう。そうならなければ、自分たちはここでイッカクと戦わなければならなくなる。
そして、それは、イッカクの死を示すのだ。
しかし、セララの願い空しくイッカクはこん棒を振りかぶる。敵は、敵。それ以上でも以下でもなく、イッカクには届かない。
「――ッ、アイリスのお父さんのために、ボクはキミを倒す!」
手にした剣を華麗に躍らせ、セララは踏み出す。
それに合わせて攻撃へと移ったのはシェリーだ。彼女もまた、近接戦闘を得意としており、今が機であると音を立てずに駆け出した。
懐に潜り込めばセララに気をとられている隙にオーラを生み出す。黒い艶のある刀身ながら、剣先は風景が透けて見える銀色のオーラを器用に操り、イッカクの身体を切り裂いた。見る者があれば思わず見惚れる体裁きだ。
低めに腰を落とし、剣を構えれば顔をあげる。シェリーの視線は痛みに呻くイッカクのぎょろりとした瞳とぶつかり、――一瞬の間の後に、居合を放った。
言葉はない。ただ、課せられた依頼をこなすだけだ。
視線はシェリーに逸らされた。ならば、今が機だ。
イッカクを視認し、仲間が仕掛けた直後から茂みへと移動し時を待っていたミーナが駆けだす。巨体故に突発的な奇襲には対応できないだろうとの読みだが、その読みは正しかった。
息を潜めたミーナに、イッカクは気付く様子がない。どう足掻いても防がれる事がないと悟った彼女は、隙にならぬ程度の一瞬、瞼を伏せた。
「アンタは、どうしてここに来ちまったんだろうな」
出会わなければ、こんなことにはならなかったのに。
アイリスの事を想い、ちくりとミーナの胸が痛む。――あるいは、自分の過去を想ったか。
相反する銘を抱いた魔剣を振るい、イッカクの胸をめがけて絶望を奔らせた。
「くふふ、おっきー鬼さんですねえ」
ぐらつく鬼の横、八重歯を覗かせ笑う絵里もまた、至近まで潜り込んで攻撃に備える。やられてばかりではいられまいと、やみくもに振り回したこん棒は絵里の目前まで迫っていた。
咄嗟にレイピアを十字に構え、こん棒の一撃を緩和しにかかる。それでも威力は減衰しきれず、小さな身体は弾き飛ばされた。
「いたた……でも、私も負けないのです」
『皆』と一緒であれば、頑張れる。どんな時も一緒にいられる友達。イマジナリーフレンド。
絵里はいつだって独りじゃない。『皆』がいるから、寂しくないのだ。
絵里がまとう不気味な靄に、味方ながらぞわりと悠の背筋に冷たいものが走った。死者の気配、と言えば良いだろうか。軽くかぶりを振れば意識の外に追いやり、新たな薬品を生み出した。
「……はい、お薬の時間だよ」
「ありがとーです!」
仕返しとばかりに一撃を入れた絵里は、ぴょんと兎のように跳ねて一旦距離を取り、回復を貰えばまた素早くイッカクへと肉薄した。至近距離で、隙あらば攻撃してやろうとデカブツを翻弄する。
「お嬢様に使ったやつの残り……だったり……聞いちゃいないか」
絵里を手早くポーションで癒した悠は、冗談だがねとひとりごちた。どこか浮世離れした雰囲気を持つ悠は、戦いの最中にも何やら引っかかるようで首を傾げる。
恋人、と言っていいのだろう。イッカクとアイリスは言葉はなくとも分かり合っていた。
手にした毒の瓶を、僅か差し込む光に透かして何かを見据える。思い出した、その物語は。
「ああ、――あなたは、どうして……」
囁くように零れた言葉は、きっと鬼には届かない。
その時、ピィイと高い鳴き声がイレギュラーズ達の耳に届いた。
「まずい、お嬢様が来るぞ!」
「鬼さん、こちらです!」
ミーナの鷹、飛炎だ。接敵してからどれくらいだろうか。イッカクは目に見えて消耗はしているものの、まだまだ抵抗するつもりだろう。時折、自身を叱咤するように咆哮をあげては目についた者へこん棒を振り下ろす。
ルルリアは声をあげて自身の居場所を主張した。同時に、糸を張り巡らせて退路を塞いだ。アイリスが、必死に歩んでいるであろうけものみちへの道を塞いだ。
退けぬのならば、進むしかない。鬼の思考は単純で明快であり、糸の阻害があるのならとルルリアの方へと巨体を揺らして迫っていく。
「ごめんなさい。でも、倒させて貰います」
今まさに、鬼は自ら不可視の罠へと飛び込もうとしている。ルルリアが張り巡らせた糸の本来の姿がそこにある。赤い肌に一際紅い傷が無数に刻まれた。
イッカクはそれにも構わずこん棒を両手で持てば、耳をつんざくような雄叫びをあげてこん棒を振り回す。その瞬間、物が擦れる、不快な音が鳴り響いた。
イッカクを中心に円を描いた軌跡は、狙いを定めたルルリアを突き飛ばす前に突如として跳ね上がる。この場にいる誰の攻撃でもない。――と、すれば。
遠くから、鈍い銃声の音が聞こえた。遅れて参戦したのはルーミニスだ。恐らく位置の把握に時間がかかったのだろう。大まかな方角しか分からなければ当然の事だ。
援護射撃を得て、冒険者たちの火力は揃う。
「鬼退治って、柄じゃねーんですけどね」
続けざまに銃弾を貰ったイッカクが雄叫びをあげる中、木陰から銃口を向けるのはアベルだ。
「あんまり暴れねえでくれねーかな」
玉が無駄になるんでね、と軽口を叩く彼の表情は計り知れない。何も感じてはいないか、はたまた……。
ともあれ、アベルがすべきことは決まっている。イッカクの撃破。ただそれだけだ。
至近距離で戦うセララやシェリーたちの隙間を縫って繰り出される精密な攻撃は、イッカクの赤い肌を丸く抉っていく。人と造りがほぼ同じなのだろう。急所に当たれば一瞬動きを止め、ぎょろりと血走った眼で穿った標的を探す。
どこを見ても、敵、敵、敵。
『オォオオオヲヲ!!!』
人と同じ、赤い血を吐き出しながらイッカクは高々と吼えた。
「アイリスが来る前に!」
今が攻め時であると感じたセララが声をあげる。
剣を構えたミーナとシェリーが、交差するように剣を振るった。悠の毒は身を蝕み、ルルリアの糸が鬼を縛る。響いた銃声は奇しくも重なり、アベルとルーミニスの銃弾は腱を刻んだ。
ふわり、蝶が舞う。
「『皆』一緒なら、寂しくないですよ」
絵里の剣は、正確に咽喉を貫いた。
巨体がぐらつく。
『オ、オォ……』
一歩、二歩、前へ進めばこん棒を落とし手を伸ばした。
そうして、何も掴むことなく、鬼は地に伏したのだった。
●
静まり返った棲み処に、近付く音がささやかに届く。
その場にいたイレギュラーズ達の視線は一方向へと向けられた。
「ああ……ああ……!」
依頼人からの情報から察するに、アイリスその人だ。
「なんて……なんて酷い……」
ふらり、ふらり、近付く足はなんとも頼りなく、途中で転びでもしたか泥だらけの服を顧みる事無く、亡き鬼へと歩み寄る。
傍へと歩む少女を、誰も止めることは出来なかった。
「恨むなら私たちを恨めばいい」
静寂を破ってミーナが声をかける。絞りだした声は僅か震えていて、一度深呼吸をするように息を吐いた。
「だけどな、私は……アンタには、まともな恋愛をしてもらいたかったんだ」
そこに込められた想いは、ミーナにしか分からないことだろうけれど。
ぼろぼろと涙をこぼすアイリスが顔をあげ、何を言うでもなくその場にいた一人ひとりをぼやけた視界で見やる。
沈黙を守るアベルや絵里、悠の傍らでセララが一度視線を逸らした。
「……ごめんなさい」
ただ、その一言だけをアイリスにぶつける。自分にはそれしか出来ないと知っているのだ。
再び訪れた静けさは、歩む音で緩和される。姿を見せたのはルーミニスだ。状況を察してか、仲間達を見渡して、アイリスへと向き直る。
「アンタを想う人がいる事を、覚えておいてあげてね」
それは、アイリスが鬼を想った事と同じことだ。
アイリスの人生は確かに彼女自身のものだろう。しかし、彼女が生きてきた上で、同じように娘を愛した存在がいたことも確かだ。
「どうか、どうか、あなたの事を心配していた家族や使用人さんのことは恨まないでください」
ルルリアが後を継ぐように声をかける。悪いのは自分たちで、心配して依頼した彼らを恨まないでほしいと。
果たして、その言葉が彼女の胸に届いたのかは、誰も知る由がなかった。
――かくして、少女の恋は成就することなく、悲劇のままに幕を閉じた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
イッカクは、アイリスの手によって彼のいた住処に埋葬されるそうです。
プレイングありがとうございました。
GMコメント
恋に落ちるのは、一瞬の出来事で。
誰にも止める事は出来やしないのです。
●成功条件
・ 一つ角の鬼『イッカク』の殺害
・アイリスの生存
上記ふたつを満たす必要があります。
●場所
とある領地。大きな屋敷が中心にあり、周囲に整備された庭があり、そこから南へ下ったところに森が広がっています。
森は整備されてはいませんが、アイリスが『イッカク』の元へ通うために出来たけものみちが一本、『イッカク』の棲み処まで続いています。
棲み処から一番近い開けた場所は屋敷の庭です。
●討伐対象情報
『イッカク』
大男より一回り大きい人型に近い鬼。肌が赤く、腰にぼろきれを巻いています。
敵と判断した人間と接触した瞬間、雄叫びをあげて自身のナワバリを主張するようです。この雄叫びは屋敷まで届きます。
攻撃手段はこん棒を前方に振り下ろす、両手で持って周囲の敵を薙ぎ払う、などがあげられ、こん棒よりも近い距離にもぐりこまれた場合は拳で応戦することもあるようです。
パワータイプで鈍重ですが、一撃が重いので気を付ける必要がありそうです。
●補足
アイリス・フォルシュティン
十代半ばの少女。長い金髪をひとつにまとめて結い上げ、快活な印象を持つ。
身長は150cmほどで、可愛らしい顔つきをしています。
運動は苦手ですが、好きな鬼のためなら頑張れるタイプです。多少の無茶もやらかします。
一角の鬼を一目見た瞬間に心囚われてしまいました。
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