シナリオ詳細
スイート・イン・ザ・インセクト
オープニング
●
レガド・イルシオン某所の山中!
「GRRRAAAAAAAAAAAAAAARGH!」
木々を左右になぎ倒し、巨大なクマが姿を現す! 成人男性を軽く見下ろす巨体が見下ろすそこには、大型昆虫が鎮座していた。
横倒しにしたビール樽めいた黒い胴体。六本脚で下草の生えた地を踏みしめ、低い位置に蜘蛛に似た頭部を持つ異形の昆虫は、八角形を描く八つ目でクマを睨み上げる。ぐるりと牙を生えそろえた円状の口から、威嚇的な奇声が飛び出す!
「KICHICHICHICHICHICHICHICHI!」
「GRAAAAAAAAAAARGH!」
クマは構わず右前脚を振りかぶり、じりじりと六本脚で交代する昆虫型モンスターに爪撃を繰り出す! 直後!
「KISHEEEEEEEEEEEEEEEEE!」
昆虫型モンスターが口から緑の液体を噴射! 吐き出された粘液はクマの顔面に直撃し、白い煙を噴き上げた!
「AAAAAAAAAAAAAAARGH!」
クマはのけ反り、腕を闇雲に振り回しながら後ろへよろめく。視界を奪われたクマの周囲、森の中の茂みがガサガサと揺れ、同型の昆虫型モンスターが次々と顔を出し集中放酸!
腕、脇腹、背中、足! 矢次早に酸を打ち込まれたクマは爪を振り回し、やがて仰向けに倒れ込む。クマと最初に対峙した個体が叫んだ!
「GYEEEEEEEEEEEEEE!」
次の瞬間、クマを囲んでいた虫たちが一斉に倒れた巨体に跳びかかり、その巨体を食い荒らし始める。
森の中に断続的な虫の鳴き声と咀嚼音が響き渡った。
●
「というわけでみなさーん! 珍味狩りの依頼ですー!」
「珍味!? どんな珍味なのか花丸ちゃん気になります!」
ユリーカにいの一番に笹木花丸 (p3p008689)が食いついた。ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が花丸の肩に手を置き制止する。
「花丸、まあ落ち着け。まずは詳しく話を聞こう」
「お茶、入りました」
横合いから仲間たちの前へリュティス・ベルンシュタイン (p3p007926)がスッとカップを差し出す。ユリーカは紅茶を一杯すすり、話し始めた。
時にレガド・イルシオンのとある山の中に、『ファディアー』と呼ばれる昆虫型のモンスターが生息している。大型で獰猛、肉食の危険なモンスターなのだが―――同時に、貴族の食卓にも上がることがあるのだという。
「このファディアー、見た目はタダの虫ですけど、実は中身がふんわりしててまるでパンケーキのようになってるとのことです!」
「パン……ケーキ……!?」
キラキラと目を光らせる花丸を横目に、リンディス=クァドラータ (p3p007979)が問う。
「それで、そのモンスターの討伐を……ギルド・ローレットに?」
「です! どうやら美味しいのはいいんですけど、なにぶん凶暴なモンスターなので……特にこの時期は繁殖期なので、並の傭兵じゃ歯が立たないです」
だが同時に、繁殖期のファディアーこそ最も市場価値が高い。ファディアーはふわふわのパンケーキめいた体内で無数の幼虫を育てているのだが、これがまた美味なのだという。それはそれとして、沢山いるのでうぞうぞ動く。
「なんでも幼虫は火であぶったら膨らんで、マシュマロみたいにトロトロのあまーいスイーツになるとか……!」
「……幼虫がですか」
「幼虫かー……」
リンディスとベネディクトが神妙な面持ちをした。
今回の依頼は、さる好事家の貴族がこのファディアーを食べたいために何匹か捕まえて来てほしい、というもの。胴体は傷つけず、頭部を破壊して捕獲して欲しいとのオーダーで、成功の暁には報酬とは別にファディアーを数匹持っていっていいとのことだ。
「ファディアーは子供たちを守るために十匹ぐらいの群れを作ってるです。チームを作って酸を吐く。これで敵をやっつけながら自分たちの栄養にするみたいです!」
繁殖期のファディアーにとって、幼虫の防衛こそが最優先。なので、絶対に近接戦闘はしない。遠くから乱射される酸を掻い潜り、近づいて速やかに頭を斬り落とすなり潰すなりせねばならない。
「しかも場所が山の中で、ファディアーたちは高いところにコロニーを作ってます。つまり、地の利を取られてるわけです」
まとめると、イレギュラーズ側は山の上から酸をぶちまけてくるファディアーたちに、どうにかして素早く近づき頭を一撃で粉砕しなければならないということだ。
「依頼主の貴族さんも何度か傭兵を雇って挑んだみたいです。でもみんな帰ってこなかったので、ギルド・ローレットに依頼したです」
「なるほど、話はわかりました!」
花丸は勢い込んで立ち上がると、出口に向かって駆け出した。仲間たちがぎょっと花丸の背中に目をやる。
「珍味は花丸ちゃんに任せてください! 花丸ちゃんの珍味道中、レッツゴーです!」
「あっ、おい!」
ベネディクトが慌てて花丸の後を追う。リンディスが腰を上げ、リュティスは素早く紅茶のカップを回収すると、ユリーカに頭を下げて足早に去っていった。
- スイート・イン・ザ・インセクト完了
- GM名鹿崎シーカー
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年01月09日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
山の上を一匹の鷹が旋回していた。
鋭い眼差しが、緑の繁る目下を睨む。黄金色の瞳は木と木の隙間から地上に生える低木を、その中に潜む八つの赤い複眼を捉えた。軋るような虫のささやき。
やがて大きく弧を描きながら降下し、枝の一本に止まった猛禽の右目の視界は、やや離れた場所で浮遊する『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)の閉じられた右目蓋の裏側に投影されている。
木の幹半ばに浮き上がった花丸は、ぶつぶつと呟いていた。
「7、8……9、10! よし、これで全部! ベネディクトさん!」
「よし」
振り向いた花丸に、彼女と同じ高さに浮いた『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が小さく頷く。聞こえる虫の声に耳を傾けつつ組んでいた腕を下ろす。
「しにゃこも向こうに回り込めたらしい。あとは俺たちが下まで引っ張っていくだけだが……」
ベネディクトは横目で、背中を丸めて震える花丸の青ざめた顔を見やった。
「どうした笹木。なにか不安か?」
「えっ? い、いやあ、不安なんてそんな!」
両手を顔の前で振った花丸は、視線を泳がせる。
「ただそのぅ……中身がふんわりしててまるでパンケーキのような珍味って聞いて興奮してたけど、冷静になって虫を食べるって事を考えると結構覚悟がいるって言うか……っ! ベネディクトさんは大丈夫?」
「俺か。……俺も戦争で木の皮を齧ったり、蟲を食べる事は少なからずあったからな。問題は無いさ」
「貴族ってすごい……」
花丸はベネディクトを見つめていたが、首を振って表情を引き締める。
「でもでも、今の花丸ちゃんは珍味ハンターっ! 一度やるって決めて、食べるって決めたからには確り目的を果たして、何だって美味しく食べちゃうんだからっ! むんっ!」
両頬を張った花丸は、真っ直ぐに山の斜面を見上げた。
「よし、行くぞーっ! ハント開始っ!」
「ああ、始めよう」
次の瞬間、二人は山の斜面と平行に飛翔し、鷹が見下ろす場所で急制動。ベネディクトの耳が低木の中から響く短い虫の声を聞き取る。
鋭く目を細めるベネディクトの隣で、花丸は大きく吸息。山の緑めがけて啖呵を切った!
「頼も―――っ! 珍味ハンター花丸ちゃんが、君たちを捕まえに来たぞ―――っ!」
「虫相手だが名乗ろう。我が名はベネディクト=レベンディス=マナガルム! お前たちの血肉を糧とさせてもらいに来た! 互いの存亡をかけていざ、尋常に勝負!」
二人の名乗りが大気を震わせ、森の草葉をさざ波めいて震わせる。
数秒の沈黙ののち―――ブッシュのひとつから酸が噴出! 空中の花丸をめがける!
「のわっと来たぁっ!」
「よし、下がるぞ!」
反転したベネディクトが花丸の右手をつかんで斜面を滑空! 間一髪で外れた酸の飛沫が花丸の腕にかかり煙を上げた。面食らった花丸は慌てて手をばたつかせる!
「あちちちちちっ!」
「舌を噛むぞ!」
ベネディクトは言いながら背後を振り返る。けたたましい虫たちの声。ブッシュから次々に飛び出したファディアーが十匹、二人を追跡しながら酸を乱射する! アーチを描いた酸が木の幹や下草にかかり溶解!
遠くから響くその音を、麓から数分登った位置に佇む『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)の狐耳がキャッチ。胡桃は耳をぴくつかせる。
「始まったのよ。二人が虫を連れて下りて来てるの」
「うん。もうすぐ珍味とご対面というわけだね」
マルク・シリング(p3p001309)が胡桃から何歩か下がった位置で頷く。
「それにしても、虫の珍味か。虫って食糧の乏しい地域では貴重な栄養源って認識だったけど……そうか、珍味って考える人もいるんだね」
「えっ……虫?」
『小さな決意』マギー・クレスト(p3p008373)がきょとんとした顔でマルクを見やる。マルクに不思議そうな視線を返されながら、マギーは仲間たちに目を配った。
「あのあの……あれ? ボクは美味しいスイーツが食べられるって聞いてきたのですが……あれ? あの……」
不安げなマギーの眼差しが、『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)へと向いた。
リンディスは半ばげんなりしながらぼやく。
「……虫。ほ、本当に食べるんですよね? リュティスさん?」
「はい。そのように予定しています」
『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)が魔力の光で編まれた弓を片手に肯定。彼女は無表情のまま一瞬顎に片手をあてがった。
「ただ、私は良いのですが、御主人様に食べさせて良い物か、迷ってしまいますね。……皆様、何かございましたら何でもお申し付け下さい。もしもの時はこのリュティスが責任持って食べますので」
一礼するリュティス。他方、マルクはマギーとリンディスに微笑する。
「まあ、そんなに怖がることはないんじゃないかな」
「虫にもよるけど、甘くて美味しいのなら、わたしも食べてみたいのよ」
胡桃が尾を振る。青ざめた顔で、唖然と口を開いたマギーはその場で凍り付いた。同時に、山の上の方から花丸の声! リュティスが面を上げた。
「来ましたね」
「来たわね」
獣めいたグローブを嵌めた両手を掲げる胡桃。マルクは懐からワンドを引き抜き、逆の手を振り上げて小鳥の使い魔を飛び立たせる。
臨戦態勢に入った仲間たちの背中を見て、マギーは首を縮めた。
「う、うう……虫、食べるんですか……」
「食べる……みたいですね……」
頭痛めいた面持ちでリンディス。マギーは息を吐くと、咳払いをして山を見上げる。
「で、ですが、珍味を言われていますし、食べてみたら美味しいはず……。見た目は些末です、きっと、多分……! それに、何事も挑戦が大事ですしね! 依頼達成し美味しくいただきましょう!」
マギーはその場に片膝をつくと、夜空めいたオーラが燃える右目で狙撃銃のスコープを覗き込んだ。
徐々に大きくなる花丸の悲鳴。同時に怒り吠える虫たちの声と、酸が放水される音、肉の焼けるような溶解音が近づいてくる!
リンディスは前に並び立つ三人と狙撃態勢に入ったマギーを交互に見る。
「皆さんが覚悟を決めて進んでいく……。……行きますとも、ええ!」
やけっぱち気味に声を上げ、魔導書を取り出した。刹那、前方の森から花丸とベネディクトが飛び出す!
「熱っちちちちちち! み、みんな! 珍味連れてきたよ―――っ!」
花丸の声を合図に、リュティスと胡桃が山をダッシュで駆け上がり逃れて来た二人の真下を一息に突っ切る! マルクは右手に持ったワンドを左肩付近に持ってく形で振りかぶり、ワンドの先端に光を灯す!
「腹部を傷つけないように、頭部だけを狙って……ふっ!」
振ったワンドの先から光弾発射! 山の斜面を駆け上がった光の弾丸は、茂みから飛び出したファディアーを顔面爆殺!
その隣から這い出た二匹目の真上にムーンサルトしたリュティス! 上下反転状態から放たれた黒い魔力の矢が垂直に虫の頭を貫通殺!
「まずは二匹……」
錐揉み回転しながら着地したリュティスを、近くに居た三匹目のファディアーが降り返って酸発射! 両腕を交叉しながらバックジャンプしたリュティスの手足を飛沫となった酸が焼く!
「くっ……」
僅かに眉根をリュティスのすぐ真横を風めいて『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)が突破! 手にしたピンクのパラソルを黒く変色させ、刺突を繰り出した!
「でりゃあああああっ!」
傘の先端が膨らんで上下に裂け、アギトを形成! 黒い牙が虫の頭部にかじりつくと共に、しにゃこはパラソルを跳ね上げてファディアーの頭を千切り奪う!
「三匹目ゲット! 見た目が虫ってのはちょっとアレですけど…女子は甘いものに目がないですからね! 目がないだけに、見た目には目をつぶる! なんちゃって!」
傘を振って頭部を投げ捨てるしにゃこ。その下で、マギーは進軍する虫の一匹に狙いを定め、引き金を引いた。BLAM! 一瞬後、照準されたファディアーの左顔面が破裂!
「やっぱり、部位狙いは難しいですね……。成長できたと思っていましたが……ボクもまだまだ精進しないと……」
マギーは弾丸を排莢・再装填。しかしその目は山から離さぬ! ファディアーたちめがけて疾駆する胡桃の右サイド、樹木越しに透けて見える虫の輪郭を見て声を張る!
「胡桃さん! 三時の方角から、虫さんがきます……!」
「三時……?」
胡桃は耳を動かし、90度右に転進! 木の陰に隠れたファディアーと視線がかち合う! 放たれた酸を右手で弾き飛ばすと、素早く距離を詰めて左手で頭部を叩き潰した!
右肩から酸の煙を上げる胡桃に、開いた魔導書から白紙のページを巻き上げたリンディスが呼びかける!
「胡桃さん、そのまま反転してください! マルクさん、花丸さんとベネディクトさんに治療を!」
口早にまくしたてるリンディスの頭上で、飛んだ白紙が集まり並んで一枚の巨大なページを形成! その表面が銀光を放って鏡のようにリンディスを映し出した。
一方、マルクはワンドをひと振り! 彼の足元から広がった光が、地に着いた花丸とベネディクトの脚を駆け上がって全身に巡る! 溶けた服の下から覗く火傷がたちまち収縮・消滅!
「よっし! ありがとうマルクさんっ!」
「回復が必要ならまた言って!」
「助かる」
短く礼を言ったベネディクトが地を蹴り山を駆け上がる! 彼の行く手に並ぶ三匹のファディアーに、花丸が叫んだ!
「花丸ちゃんはこっち―――っ! カモン珍味!」
三匹のファディアーの複眼が一斉に花丸へと向いた。同時にベネディクトは右拳を握って真横に振り抜き、急加速! 花丸を見たファディアーの一匹めがけてアームハンマー!
「ふっ!」
ファディアー頭部粉砕殺! 直後、すぐそばにいた二匹目が素早くベネディクトに頭を向けて酸を放射! ベネディクトはとっさに左腕で顔面を庇い飛び下がるも腕から左半身にかけて酸を被る!
「ぐおっ……!」
「御主人様!」
「ベネディクトさん!」
疾駆するリュティスの手の平から黒い蝶の群れが舞い飛び、リンディスの魔導書から翡翠色の文字列が伸びる! 黒蝶の群れはファディアーの頭部にまとわりつき、文字列はベネディクトに包帯じみて巻きついた。
一方、三匹目が繰り出す酸を花丸は鉄拳迎撃! 酸の飛沫が跳ね飛び、拳が焼けるも構わず声を張り上げる!
「しにゃこさん!」
「とーうっ!」
ハイジャンプしたしにゃこが傘を両手で振り上げ、真下の虫頭に落下しながら突き刺し圧殺! 黒蝶にまとわりつかれたもう一匹はスプリントした胡桃の爪に首を刈り飛ばされた! 続いてマギーの銃声!
「あと一匹! 山を登ってます! しにゃこさん!」
「なんだとぅ!?」
しにゃこがハイジャンプからの連続バク宙! 後退しながら山を登っていた最後のファディアーの背後を取り、その体を両手でホールド!
「逃がすかーい! 激ウマスイーツの為なら体だって張ってみせます! 今だー! しにゃごとやれーい! ごめん嘘! ちゃんと虫だけ倒して!」
「ナイスしにゃこさんっ!」
快哉を叫んだ花丸が全力疾走! 拳を振りかぶって急接近してくる花丸に、ファディアーはしにゃこに持ち上げられたまま足を動かし酸を吐く!
だがしにゃこは虫の身体をずらして射線変更! 花丸に酸がかからぬ!
「うりゃああああああああああああっ!」
突撃した花丸が渾身のフックを繰り出し、頭部粉砕殺! 軋るような虫の声は止み、山を吹き下ろす風が転がるファディアーたちの死骸を撫でた。
●実食
「それでは……問題の実食のお時間ですね……」
マギーが硬い表情で唾を呑み込む。
彼女たちが囲むテーブルには、殻を剥いだファディアーの成体が三匹。一緒に置かれた三つの皿には、幼虫たちが蠢いていた。
「だいじょうぶ、これはけいけんです。だいじょうぶ、これはたべものです。だいじょうぶ、これはこわくないです。だいじょうぶ、これはたおしたいのちです。だいじょうぶ、わたしはこれをきろくします」
ぶつぶつ呟きながらペンを走らせるリンディスを余所に、マルクは幼虫の皿を覗きく。
「火を通して塩をかければまあ、だいたい食べられるんじゃないかな。芋虫型なら、茹でちゃうのが一番簡単だと思う」
「その辺りはリュティスがやってくれるだろう。今は紅茶を淹れてくれているがな」
そう言って、ベネディクトは皿から幼虫一匹を摘まみ上げた。
「それはともかく、俺は先ずは生で一つ食べさせて貰うか」
「えぇっ!?」
マギーが上擦った声を上げる。だがマルクと胡桃もまた一匹ずつ幼虫をつまんで持ち上げ、リンディスもまた壊れかけた絡繰人形めいた動きで一匹取り上げた。
「さて……実食だね。貴族のお眼鏡に叶う珍味がいかほどのものか……」
「苦労して獲ったのだもの。楽しみなのよ」
「ええそうですね。ええ。私たちが食べなければ。ええ」
「ぼ、ボクも食べます……ううっ」
やや遅れて幼虫を一匹摘まみ上げるマギー。しにゃこが緊張のした顔で見守る中、リンディスとマギーが目をぎゅっと瞑る。そして、五人は同時に幼虫を頬張った。
沈黙。咀嚼。無音の時間が一分過ぎ―――マギーが目を見開いた。
「ふむふむ。予想外のお味ですね……?」
「そうね。かなりおいしいのよ」
胡桃がこくこくと頷き、もう一匹に手を伸ばす。マルクは口元に手を当て、余韻を味わう。
「確かに。上品な甘さ、と言えばいいのかな」
「ああ。なるほど、これは確かに、貴族が好むかもしれないな」
ベネディクトが同意したその時、盆にカップとポットを乗せたリンディスが、仲間たちの輪に滑り込んだ。
「皆様、お茶が入りました。どうぞ」
「あ、リュティスさん。ありがとうございます」
リンディスがカップを受け取り、湯気の立つ紅茶を口にする。
他のメンバーに紅茶を配り終えたリュティスは、彼らの様子を伺った。
「ファディアーは甘くて美味しいということでしたので、ストレートティーを用意させて頂きました。調理はこれから致します」
「やった! しにゃリュティスさんの料理待ちしてます!」
溌剌と手を挙げるしにゃこ。リュティスはそちらに顔を向けると、小首を傾げた。
「あ、しにゃこ様は生食がお好みでしたっけ? 花丸様がそのように仰っていたと記憶していますが……どうされますか?」
「え?」
問い返すしにゃこの肩を、花丸が後ろからつかむ。凄みのある笑み。手には、幼虫を山盛りにした皿!
「花丸ちゃんを煽ったしにゃこさんが悪いんだよ? 花丸ちゃんも食べるけどしにゃこさん、先ずはこのイキのいい幼虫なんかどうかな?」
「え、いやイッキはさすがに……! 口いっぱいに虫頬張ったらもはや美少女じゃなくなっちゃうんですけど……!?」
小刻みに震えながら、しにゃこは仲間たちの方を見た。ベネディクトとリンディスは諦念めいた虚無の笑みを浮かべて告げる。
「……見た目は確かにあれだが、味は確かに美味い。一気に行け、臆すと余計に恐怖が出る」
「大丈夫ですよしにゃこさん、一旦我慢すれば大丈夫です。気持ちはとても分かりますが、リュティスさんのお茶ともとてもよく合いますから」
「えっ、しにゃこに味方なし……?」
しにゃこの口元に幼虫の山が差し出される。彼女の側面に回った花丸は皿を近づけ始めた。
「しーにゃこさんのっ! ちょっとイイトコ見てみたい、ヘイ!」
「ま、待って! 圧が凄い! ちょ、もぐぇー!」
一息に傾けられる皿。その光景を目の当たりにしたマギーが真っ青な顔で見つめる中、しにゃこは口元を手で押さえて屈み込んだ。
しばらくして、嚥下したしにゃこはすすり泣き始める。
「うっうっ……美味しいですけど何か大事なものを失った気がします……モザイクものですよコレ……。リュティスさんお茶、お茶くださいー!」
「はい、すぐに」
リュティスは眉ひとつ動かさぬままカップに紅茶を注ぐと、うなだれた姿勢でやってきたしにゃこに手渡す。しにゃこは紅茶のカップをぐいっと傾けた。
「あっつぁ!」
「落ち着いて飲んだらいいのよ」
転げまわるしにゃこを余所に、狐火で幼虫を炙る胡桃。
リュティスから串焼きを供されたベネディクトとマルクが、一足先に焼き幼虫をかじる。咀嚼し、吟味した二人は得心したように頷いた。
「焼いた物は……確かに、これはスイーツ。ポメ太郎は、味は喜びそうだが、食べんだろうな……」
「なるほどね、加熱するとクリーミーになって、茹で豆のような甘みが増すのかな。もう少し捕りやすければ、ファディアーは貴重な食料源になっていたかもね。あとは、そうだな。例えばシナモンと砂糖をかけたりするのもいいかな」
マルクは串焼きをさらに一口。一方のマギーは両手をぎゅっと握りしめた。
「こうなったら、どの調理方法が一番甘くて美味しいか、確認しないと……! リュティスさん、調理お願いします……!」
「しにゃもしにゃも! 今度は一個一個味わって食べましょう! ……チョコがけとかもよさそうですよね!」
「成虫も食べられるかしら。蜂蜜とかかけて食べてみたいの」
「はーい! 花丸ちゃんジャムつけて食べたいです!」
リュティスが調理場に向かい、胡桃と花丸が成虫に目を向ける。
こうして、ささやかな試食会の時間は、穏やかに過ぎていくのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ドーモ、鹿崎シーカーです。EXリクエストのご指名を頂きありがとうございました。いかがでしたでしょうか。
今回は珍味道中、ゲテモノ希望ということで虫を推させて頂きました。戦闘も絡めたものでしたが、参加者の皆様につきましては、個性的なプレイングをお預かりしたこともあって非常に楽しみつつ執筆させて頂きました。
このたびは大変お世話になりました。またのご縁がありましたら、別のシナリオでお会いできればと思います。
短いですが、このたびはこれにて。お疲れ様でした。
GMコメント
ドーモ、鹿崎シーカーです。花丸ちゃんの珍味道中、ご指名ありがとうございます。
●概要
山の中にある珍味の昆虫型モンスター『ファディアー』の捕獲依頼です。
ファディアーは甲殻の中にパンケーキのようなふんわり肉を持ち、繁殖期にもなると大量の幼虫を抱えます。火を通すと美味なこれを捕まえて来てください。状態が良いと、依頼主からファディアーのおすそ分けがもらえます。イレギュラーズのみんなで分けて食べましょう。
ファディアー捕獲の戦闘パート+実食パートを想定しております。
●敵勢力
ファディアー十体。山の高いところに陣取り、口から酸を吐いてひたすら遠距離攻撃をしてきます。体内の子供を守るため、こちらが生きている限りは一切近づいて来ません。
素早く近づき、頭部を破壊して残った胴体を回収してください。胴体を攻撃すると中身の幼虫が死んだり肉が崩れたりして味が落ちます。依頼主が怒るので気を付けてください。
火を通して食べるのが良いそうですが、ファディアーの幼虫はそのまま食べてもクリーミーで甘く美味しいとのこと。食べ方は各自お任せします。調理してもOK。
●戦場
レガド・イルシオンにある山。木々が生い茂っており、視界はやや悪め。天気は晴れです。罠など戦闘に影響が出るギミックは特になし。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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