PandoraPartyProject

シナリオ詳細

タオルケットにさよならを

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●実験区画フォルトゥーナ
「神ファルマコンはこう言った。
 『人の子よ、なぜ苦しむのか』
 朝目覚めた時、今日降りかかる苦労に気を病むなど。
 夜眠りにつくとき、負った心の痛みに苛まれるなど。
 なぜ、苦しまねばならないのか」
 高い壇のうえ、丸眼鏡をかけた長身の男が、僧服のしたから銀色の缶ケースを取り出した。
「否。神ファルマコンはこう言った。
 『人の子よ、苦しむ必要などない』
 朝目覚めた時、清らかな笑顔と爽やかな日差しだけがあれ。
 夜眠りにつくとき、安らかに閉じるまぶたと優しい月だけがあれ。
 よく聞きなさい、我が愛する子らよ。この世界の『ルール』は、我々人間に間違った心を与えました。
 恐怖や、怒りや、悲しみや、迷い……確かに野に生きる動物には必要な心かもしれません。しかし、我々人間には必要ない。
 思い出すのです。恐怖し迷うがゆえに天義は長く悪政に支配され、怒りと悲しみがゆえに枢機卿は魔に落ちた。
 ですがもう、そんな必要はない。
 神ファルマコンの奇跡により授かりし、この『イコル』さえあれば」
 掲げたケースにはichorと赤く刻まれていた。

●エヴァ=フォレノワの穏やかで優しい朝
 少年の名前はエヴァ。兄想いのエヴァ。
 白いシーツと暖かい毛布の間から顔を出して、風になびくレースのカーテンから覗く白くてきらきらした朝日と、開いた窓から飛び込んでくる小鳥のさえずりに『おはよう』をする。
 よく磨かれた綺麗なフローリングタイルと、オシャレな模様の入ったベージュの壁紙。美しい蝶が棚の上へとまって、まるでダンスを踊るようにまわっている。
 エヴァは蝶たちのダンスにくすくすと笑いながら、部屋の洗面台に立った。
 鏡がひとつ。その下には銀色のケースが二つ。
 ichor(イコル)という字と一緒に自分の名前が刻まれたケースを手に取り、中から赤い錠剤をひとつ取り出した。
 光がキラキラと反射するほど綺麗に磨かれたコップに、精霊が踊り出すくらい綺麗な水を水道から注いで、錠剤を水で飲み込んだ。
 ふわあ、と身体が温かく、そして軽くなる。
 空はもっと青く。
 雲はもっと白く。
 世界はもっともっと、綺麗になっていく。
 心の中にあったモヤモヤしたものやとげとげしたものを、妖精達が箒ではいて捨ててしまったみたいに。
「起きてたのか。おはよう、エヴァ」
 声がした方へ振り返ると兄がベッドから起きた所だった。
 エヴァは火にかけたアイスクリームのようにとろけた笑みで。
「おはよう、お兄ちゃん! 今日もいい朝だね」

●マルコ=フォレノワの冷ややかで暗い朝
 少年の名はマルコ。弟想いのマルコ。
 血と泥とよく考えたくもないもので汚れきったシーツとぼろきれの間で目を開け、風雨にガタガタと鳴る窓とちぎれて用をなさなくなったカーテンもどきをにらんだ。
 ガラスが砕けたせいで意味のなくなった窓からは大きな蝿やいやな匂いをだす蟲がひっきりなしに出入りして、あたりを下水道のような風景に変えていた。
 汚物とそうかわらない床と、人間の内容物がべっとりとあちこちに張り付いた壁。棚には名前もよびたくないような蟲が這い回り、エヴァはそれを笑顔で踏み潰しながら洗面台の前に立った。
 割れた鏡と割れた台。そこには銀のケースが二つ。
 泥水をややマシにした程度の液体を蛇口からごぼごぼと不安定に垂れ流すと、それを汚れたコップでうけていた。
 ケースから出した錠剤をその液体でのみ込んだのを確認すると、マルコは荒く咳き込んでから声をかけた。
「起きてたのか。おはよう、エヴァ」
 とろけるように微笑む弟。
「おはよう、お兄ちゃん! 今日もいい朝だね」
 彼の顔は、いや全身は酷い疵痕だらけだったけど。
 彼は今日も、幸せでいっぱいだった。
「はい、お兄ちゃんのぶん。イコルが最後の一個だったよ。ファーザー・バイラムから貰ってこなきゃ」
 マルコのケースから錠剤を取り出して差し出してくるエヴァ。彼のケースを振ってみると空っぽの音がした。
「ああ、そうだな」
 錠剤を受け取って、口に含む。
 そして部屋の玄関に立つと、後ろを振り返った。
 笑顔で手を振る弟と、汚れきった部屋がある。
 小さく笑って、手を振り返す。
「行ってらっしゃいお兄ちゃん。お仕事頑張ってね」
 うんと頷いて、部屋を出る。
 そして。口から錠剤を手のひらへと吐き出した。

●フォルトゥーナを尋ねて
 所は変わり天義の首都フォン・ルーベルグ。
 リラックスジャズのレコードが回るカフェの窓際テーブル席に、ラヴィネイル・アルビーアルビーはちょこんと座っていた。
 依頼の説明を受けるべくやってきたあなたをウェルカムベルの音と友にみつけると、どこか嬉しそうに目尻をちょっとだけ下げて、ラヴィネイルは手を振った。
「ん……座ってください。依頼の内容は、聞いているとおもいますけど……」
 依頼書の写しをテーブルに置く。
 内容は、アドラステイア下層域への潜入と調査。
 しかし但し書きに『マルコ=フォレノワを見つけた場合できる限り確保し連れ帰るように』とあった。
 どういうわけだろう。疑問が浮かぶその頃になって、もう一度ウェルカムベルが鳴った。
 やや恰幅のいい、山高帽を被った紳士である。
「おお、あなたが神父がご紹介くださったローレットですか。お願いします我らの愛しい息子……エヴァにどうか会わせてください」
 かけより、手を合わせて懇願するこの男は、いわくマルコ=フォレノワの父親だという。

 男はしばらく早口で話した後、仕事が残っていますのでといってすぐにカフェを出て行ってしまった。
 残されたラヴィネイルは、男にさようならの一言もいうことなくただホットコーヒーにふーふーと息をふきかけつづけるだけだ。
 扉が閉まったのを確認すると、『説明しますね』といってカップを置く。
 そして、ポケットから透明なポリ袋に入った赤い錠剤をテーブルの上へと出した。
「この錠剤は『イコル』といって、以前ローレットの方がアドラステイア下層域での作戦中に回収した薬品です。
 薬学者の方に成分の解析をお願いしましたが、弱い精神安定効果のある成分と、解析できない未知の成分で作られていることがわかりました。
 摂取した場合、怒りや悲しみといった激しい感情が消え、心が安定して、長期的に摂取した場合個人差もありますが美しい幻覚作用や幸福感をもたらすそうです。
 これに関して情報を探り直した所、下層域の一部に『フォルトゥーナ』と呼ばれる特別な壁に囲まれたエリアがあることがわかりました。
 この内部で、住民にイコルを定期接種させているようです。
 ですから……」
 だから、どう。と今の段階で言えることはあまりない。
 しかしローレット・イレギュラーズの一部が『聖獣の正体はイコルを摂取し続けた人間なのではないか』という疑いを持ち始めたことと、無関係ではないだろう。
 そしてきっと、この疑いを確かなものにするチャンスでもある。
「フォルトゥーナ内部には、住民と一緒に聖獣も存在していますが、他のエリアよりも聖獣の数が多いと報告されています。
 ですので、潜入の際は戦闘準備をしっかりとするようにしてくださいね。なにもなく出てこられるとは……思えないので」

 と、ここでもう一つ、聞かねばならないことがある。
 但し書きについていたマルコ=フォレノワのことだ。
「どうやらフォルトゥーナ内部にいることがわかったようで、この依頼書が発行される時に、ねじ込む形で追加されました。
 あくまで『できれば確保してほしい』ということなので、触れずに帰還しても構いません。
 それに、気になることがあるのです」
 例の父親にマルコのことを聞いた際、『愛しい我らの息子です』と答えたが、サントノーレが追加調査を行った際この下に弟の『エヴァ=フォレノワ』がいることが判明。父にインタビューしても『私達にはたった一人しか息子はおりません。毛並みの悪い犬なら飼っていましたが』と答えるだけだった。
 そして、この弟エヴァもまた、フォルトゥーナ内部にてマルコと一緒に暮らしていることが判明している。

「イコルを定期接種する街……みんなが幸せな、嘘の街。
 きっと何か、裏があるはずです。それを見つけ出してください。
 そしてなによりも……無事で、帰ってきてください」

GMコメント

■オーダー:実験区画フォルトゥーナの調査
成功条件:実験区画フォルトゥーナ内の情報を持ち帰る
失敗条件:参加PCが一人でもフォルトゥーナ内から帰還できない、ないしはしなくなること。
オプション:マルコ=フォレノワを発見し連れ帰ること。

 今回はアドラステイアの実験区画フォルトゥーナ内部へ秘密の抜け穴を使って侵入し、内部の情報を探ることにあります。
 以下はプレイヤー情報も含みますが、事前偵察で知り得たり予想が当たったりといった具合にプレイングには決め打ちで書いてしまっても構いません。
 また、プレイングの方向性を決めるためにも指針になる情報をいくつか列挙します。

・イコルを定期接種した場合どのような状態になるだろうか
・聖獣が通常よりも多く存在しているが、彼らは住民とどのように接しているだろうか
・聖獣の戦闘力は。統率や連携はとれているだろうか。
・マルコはどのような仕事をしているのか。
・エヴァはマルコがいない間どう過ごしているのか。
・ファーザー・バイラムとは何者だろうか。

 もちろんこの内容に囚われる必要はないので、自分の思う気になった内容をPC間で相談しあってエリア内での調査内容を組み立てていくと良いでしょう。

●潜入について
 潜入時には自動的になんらかの変装をしているものとします。武装はステータス通りのものを上手に隠して持ち込んでいるものとします。おおきな武器もこの際OKとします。(馬や船などその場にあって不自然なものはアドラステイア外に置いてきている扱いとします)
 内部はファーザーひとりで管理しているため、身分を偽るなら『一般市民』として溶け込むのがよいでしょう。(これも、特殊メイクするなどして実年齢や正体を隠せているものとします。変装スキルがあると尚よいでしょう)

 おおよそ1~2人程度のグループを組んで手分けして行動するのをお勧めします。
 アノニマスなどの潜入調査スキルがあると便利です。
 ですが、内部にはレーダースキルや看破スキルを持つ者の存在も過去に確認されています。注意してあたってください。

●戦闘について
 潜入中、多くの場合発見され急いで脱出しなければならない自体に陥るでしょう。
 そういった際の戦闘プレイングを必ず整えておくようにしてください。
 また、上空への撤退は高所からの射撃などに弱すぎるため非推奨とします。
 エリア内部にどんな危険が待ち構えているかは分かりません。どういった方法をとっていても予想外のことはありえる……くらいのつもりで挑みましょう。

■実験区画フォルトゥーナ
 住民である子供たちに毎日イコルを定期接種させているエリア。
 ファーザー・バイラムという牧師の格好をした男が管理している模様です。
 住民は一部を除いて何らかの仕事についており、彼らは皆イコルによる精神安定作用をうけ穏やかに過ごしています。
 聖獣の数が他のエリアよりも多く、個体ごとに形状や動作はバラバラなように見えます。

●ファーザー・バイラム
 エリア内を時折巡回しているようです。彼に関しては正体がわかりません。
 接触する際は充分に注意してください。

●マルコとエヴァ
 マルコはフォルトゥーナ中央の施設に通って何かの仕事をしているようです。
 エヴァは働かず家でお留守番をしている……ように見えますが、たびたび家を出てどこかに言っているようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • タオルケットにさよならを完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月26日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
白き寓話
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
蒼輝聖光
マルク・シリング(p3p001309)
浮遊島の大使
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
岩倉・鈴音(p3p006119)
タコ助の母
一条 佐里(p3p007118)
砂上に座す
観音打 至東(p3p008495)
悪縁斬り
ニコル・スネグロッカ(p3p009311)
しあわせ紡ぎて

リプレイ

●brain in a vat
 ぱちぱちとはねるたき火の炎。はるか遠くで聞こえるふくろうの声を、夜のとばりがおおうころ。
 『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)はコンクリートブロックの上に腰掛けて、じっとたき火を眺めていた。
 わずかな熱がほほを叩き、あわい光が自身を照らす。
 はっきりとわかれた明暗に、いっそこの世界には半径一キロちょっとしか存在しなくなっているのではというふしぎな気持ちがよぎったりも、した。
 ゆらぐ火はそんなヴァイスに、『世界はいつも通りだよ』と語りかけているような、そんな気がした。
「そう、ね」
 意識が拡張される。たき火に照らされた自身の頬から大きく、大きく。
 たき火を囲む十人の仲間達。キャンプをたてた廃村。そのずっと先にある、アドラステイアという壁に覆われた都市。
 世界はそう、いつも通りに。
 今日もきっと、あの都市では魔女裁判が行われ、渓に誰かが突き落とされているのだろう。
 良くも悪くも、世界はある日突然終わってなんてくれない。
「劣悪な環境に曇った瞳、欺瞞の幸福と虚偽の平穏……あまり好みのお話しではないわね」
「あの都市に暮らす子供たちは、ほとんどが孤児だそうですね。それも、戦災孤児が……」
 『砂上に座す』一条 佐里(p3p007118)は膝にかけていたブランケットを引っ張っておなかによせると、たき火の上でふつふつと音をたてていたヤカンに手を伸ばした。
 ひいたコーヒー豆の盛られたドリッパーをカップにのせて、ゆっくりと回すように注いでいく。
 たちのぼる強めのコーヒーの香りが、心をどこか鋭敏にさせた。
「子供たちには、幸せになってほしいです。今すぐには、できないけれど……」
 孤児というのがどういうものか。どういう気持ちになるものか。佐里はよく知っているつもりだった。
 右腕のうずきが、それをいつも教えてくれる。
「アドラステイア、フォルトゥーナ実験区画……子供を利用して、妙な薬物を飲ませて、洗脳して。そこまでするような理由が、あの場所にあるっていうんですか」
「さあ……まだ分からない」
 マルク・シリング(p3p001309)はいれたばかりのコーヒーを手に取って、その熱を手に感じていた。
 アドラステイア。
 そして、イコル。
 以前ティーチャー・カンパニュラのもとから少年を連れ出す際副次的に獲得した赤い錠剤。
 心の安寧と幸福をもたらす薬であるらしいということまでわかっているが、それが本当にどういうものかは分かっていない。
 フォルトゥーナがそれに深く関係しているという。それも、住民にイコルを定期接種させるという形で。
「たしか、実験だったわよね。第一なんでそんなことをするのかしら?」
 『しあわせ紡ぎて』ニコル・スネグロッカ(p3p009311)は首をかしげ、耳まわりの飾りと胸のベルをからんと鳴らした。
「アドラステイアという場所で孤児たちへの洗脳教育が行われてるって話は聞いてるわ。けど、その上で更に薬品にまで頼らなきゃいけない理由ってなにかしら」
「精神か肉体、いずれかの改造という線はござらんか」
 それまで話をじっと聞いていた『破竜一番槍』観音打 至東(p3p008495)が、ぽつりとしたつぶやきで会話に加わった。
 『劫掠のバアル・ペオル』岩倉・鈴音(p3p006119)が振り向き、片眉をあげる。
「ほう? それはまた物騒だネ。どういう理屈かな?」
「古今東西。子供を完全制御下においた集団がやることといえば……多分に個人的な経験ござるが、拙者これを『人体実験』と『芸を仕込む』ことと」
 実験区画という形態からして、その可能性を誰もが考えてはいたが……。
 しかし、二つ目はまだピンとくるものではない。
 『森の善き友』錫蘭 ルフナ(p3p004350)はフウとコーヒーの湯気をふきとばした。
 彼の生きていた環境。つまり『澱の森』は指導者のもと統率され、教育をうけ統率された暮らしを送っていた。それはあくまで力あるものの庇護を受け安全に暮らすためであり、外部に対する攻撃的干渉を目的としたものではなかった。
 まして壁で囲む必要など……。
「胡散臭いことこの上ないね。鎖されたアドラステイアのさらに壁で囲われた区画だなんて。一体守ってるのは中なのか、外なのか。興味深い限りじゃないか」
「ああ、ちょっとまった」
 鈴音が手を上げ、割り込むように至東の話を促し始める。
「『芸を仕込む』とは、どういうことかな?」
「ふむ、想像してみるでござるよ」
 促されるまま目を瞑ると、至東はある国とある子供たちを空想の上で語り始めた。
「身寄りのない子供たちが人里離れ閉鎖された場所で育てられる。
 兵士のような訓練を受け、肉体を急速に増強するための薬品を投与され、幼いうちから優秀な暗殺者へと変わる。
 彼らはやがて偽りの身分を与えられ、戦災孤児として他国や他派閥へと拾われる。
 人道の皮を被った政敵。国民に善良さをアピールしたい王。そんな彼らのそばへ、無垢な顔のまま近づき、そして生まれた一瞬で……」
 脳裏に、吹き上がる鮮血や爆発がうつった。
「子供とは暗器でござる。ひとは本能的に、幼い者をあなどるゆえ」
「そう、だね」
 『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)はなにか思い当たることがあるのか、重く苦しい表情で目を伏せていた。
 ン。と小さく咳払いをするルフナ。
「そういえば、サクラ君も例のイコルがらみの事件を担当したんだっけ。今回、何か類似点はあった?」
「うん……いや、あの事件とは、それほど類似してないかな。
 イコルは中層で愛用される薬品で、アドラステイアの人々はこれを大切なものだと考えてる。
 ラヴィネイルの反応からすると、あれはとても危険なものみたいだけど……」
 以前マルクがぽつりともらした『人を聖獣に変える薬、とか?』という言葉がずっと頭の中を巡っていた。
 そして同時に、もっともっと昔。
 今からおよそ一年ほど前のこと。
 ノフノという街で起こった異常な魔女裁判騒動を思い出していた。
「もしかしたら、今回の事件に関係があるかも知れない事件を知ってるんだ。
 ファーザー・バイラム。魔女裁判。それに赤い錠剤。逆光騎士団の事件と符合するところが多いんだ」
 だよね? と話をふった先は、『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)だった。
「そう、だよね。ラヴィネイルさんもサントノーレさんも言及していなかったから確信はもててないんだけど……」
「あの事件が全くの無関係だとするには、ひっかかるところが多すぎるわぁ」
 スティアとアーリアの口ぶりに、ニコルや佐里たちが身を少し乗り出す形で話を聞く姿勢に入った。
 まだ夜も浅い。明日の出発までに時間はあった。
 たき火の炎を見つめて、スティアたちは語り始めた。
 ある街の、ある悲劇の物語。
 もしかしたら、役に立つかも知れないから。

「ノフノという街があったわ。誠実な教会と騎士団に守られた、平和な街。
 逆光騎士団って呼ばれていた彼らは、いつも民のために働いて、民の模範になって生活していた。
 私たちローレットは新米騎士ちゃんのお手伝いとして関わっていたんだけど、あるとき街にやってきた牧師がたちまち街を牛耳って、騎士団を魔女だと主張して裁判にかけたの。反対する市民の声を無視して騎士団は処刑台へ送られたわ。その時の牧師の名が……」
「『バイラム』」
 サクラが、重くつぶやいた。
「私たちは確かにバイラム牧師を倒した。殺した……と思う。けどバイラムの死体から飛び出した赤い怪物が騎士団の身体に入っていって、彼らは豹変してしまった」
「まるでローレットこそが魔種であるっていう認識を、うたがいもなく受け入れて行動するようになってた。あの人達は真剣に、命がけで、街の人達を守るために……私たちを殺そうとした」
 その構図に、マルクたちはピンときた。
 まさに、アドラステイアの一部聖銃士たちが抱く旅人害悪説のそれだ。
「その洗脳は上手に戦えば解けることが分かって、私たちは騎士団を次々に取り返していったわぁ。そして最後の戦いに赴いて、ノフノの街を取り戻した。何人かの騎士を代償にして……」
 ヴァイスやニコルはアーリアたちの顔を見て、彼女たちのいわんとすることを察した。
「その『赤い怪物』が、イコルに関係あるかもしれない……って考えているのね?」
「仮にそうだとするなら、私たちも危ないってことになりますね……」
 ぽつりとつぶやいた佐里に、仲間達の緊張が高まる。
「そうねぇ……」
 しかしアーリアだけは、また別の光を瞳に宿していた。
 あの事件のあと、もう一つの問題が判明していたのだ。
 報告書の隅に書かれていたせいでみのがしがちだが……。
「ノフノからは、子供たちが何人か消えている。もし今回の符合が正しいとして、きっとその行き先は……」

●trolley problem
 ラヴィネイルの案内を受けた至東たちは、アドラステイア下層域、とりわけフォルトゥーナの標準的な市民とかわりない変装をして街へと入っていった。
 中でも至東は溶け込むのがうまく、早くも『街の新入り』としての立場を確立しつつあった。
「あいつもずさんだよな。案内役を決めておかないなんて。あとでファーザー・バイラムに報告しておかないと。あ、僕の名前はケリー。敬称はいらないよ、フォルトゥーナの民となった以上、僕らは今日から兄弟姉妹同然さ」
 フォルトゥーナ東部のフルシチョフカタイプの集合住宅前にケリーと至東は立っていた。
 街に入るにあたってイコルの服用を求められたが、至東たちは舌の裏に隠すなどして服用を回避していた。
 だからだろう。
「綺麗な建物だろう? ほらごらん、妖精が踊ってる」
 ニコニコして語るケリーが指をさす建物は、今にも腐り落ちてしまいそうなほどひどくどんよりとしていた。
 フルシチョフカタイプというだけあって作りは極めて簡素で、きっと隣家の住民がため息をつくだけでそれが聞こえるだろう。
 建物側面の大きな壁には、書を抱え短剣を掲げる男性の巨大壁画が描かれている。それをじっと見ていると、ケリーは笑顔で解説を始めた。
「あれかい? ファーザー・バイラムだよ。僕らを楽園に招待してくれたひとさ。君がどんな暮らしをしていたかはしらないけど……僕は酷いものでね。ゴミ箱からマシな食べ物をあさっていた所を救われたんだ。
 毎日暖かいパンとスープがあって、今までじゃ考えられないくらい豊かで幸せな生活ができているんだよ」
 きっと君も気に入るさ。ケリーはそう言って、至東を部屋へと案内した。
 フルシチョフカは大きくコの字に建っていて、その中央にできたスペースが住民の集会場になっていた。
 中央にはたき火をたいたドラム缶。それを囲むように、ぼろきれを纏った子供たちが両手をあわせて祈りを捧げている。
 その中にはヴァイスやマルク、そしてサクラの姿もあった。
 なぜこうしているのかと至東が何気なく様子をうかがってみると、彼らのすぐそばにエヴァが同じような姿勢で炎へ祈りを捧げているのが見えた。
 どうやら彼らは目標のマークを済ませたらしい。
 このあと至東は自分に割り当てられる部屋に案内されるのだが、それが下水道とかわらぬほど劣悪な部屋であることはもはや語るべくもあるまい。

 至東が住民の出入りについて尋ねている頃、ヴァイスもまた集会場でエヴァたちと会話をする機会にめぐまれた。
「炎の中にファーザー・バイラムが見えたでしょ? 僕も最初は不思議だったんだ。けどここでは当たり前のことなんだって」
 エヴァはそうにこやかに語るが、ヴァイスにはそうは見えなかった。
 炎はただ悲しそうに燃えていただけ。まるで手入れのされていない劣悪な荒れ地に子供たちが輪を作って炎をうっとりと見つめていただけ。
 彼らにはいま世界がどんな風に見えているのか……ヴァイスは少しだけ気になった。
 ラヴィネイルに泣くほど禁止されたのだ。本当に見ようとは、思わないが。
 しばらくすると、真っ白な怪物が建物のむこうからのしのしと現れた。
「みて、聖獣様だ。綺麗な翼だね」
 指をさすエヴァにつられる形で観察すると、確かに怪物――もとい聖獣の翼は美しかった。
 ローレットにも美しい翼を持つ飛行種やウォーカーたちが多くいるが、あの聖獣は美しくするためだけに翼をはやしたのではと思えるほど、見事な毛並みと淡い燐光をもっていた。
 が、肉体部分はまるで人間を滅茶苦茶に膨張させたような形状をしていた。二本の脚で歩き二本の腕をもってはいるが、ぶよぶよと膨らんだ肉体は真っ白で、顔らしき部分はのっぺりと平らな肌があるだけだった。
 丁度良い機会だ。
「この街は、あの聖獣様が守ってくださるの? 他に、騎士様はいらっしゃらないのかしら」
 そう尋ねるヴァイスに、エヴァは小首をかしげるばかりだった。
「騎士様ってなあに? 他の馳駆ではそういう人もいるのかな? ここでは、聖獣様が守ってくださってるんだよ。
 僕たちを天上の世界へ案内してくれるのも、聖獣様なんだ」
 思わぬ所から情報が拾えた。
 ヴァイスはそれとなく、『天上の世界』について追求してみた。
「素敵ね。どうやったらそこへ行けるのかしら」
「沢山祈りを捧げたら行けるんだよ。ほら、みて! ジョージが選ばれた!」
 わぁ! とまわりで歓声があがった。
 黒人の少年が聖獣につかまれ、持ち上げられたのを見てみんな笑顔で拍手をしている。
 だがよく見れば、顔面を巨大な手で鷲掴みにされ、そのまま脚がつかない高さまで持ち上げられた少年が悲鳴をあげながらバタバタと暴れる姿がそこにはあった。
「――」
 助けるべきか。
 今ここで茨を出し、あの聖獣と戦うべきか。
 否。それをしてしまっては潜入している意味がない。
 そららくは本能的にあがりかけたであろう手を、マルクがグッと強く掴んでとめた。
 そして、ヴァイスにだけ聞こえるよに耳へよせる。
「ここをお願い。できれば子供たちの注意を引いていて。僕とサクラはエヴァを連れ出してみる」
 マルクは目配せをして、サクラと頷き会った。
 一方で例の聖獣は少年から手を離し、どさりと地面に捨てていた。
 口を大きく開けたまま目を見開き、ぐったりと脱力した少年は虚空をみつめたままときおり小さくけいれんするのみ。
 まわりの子供たちはそれを見て、『おめでとうジョージ!』『おめでとう!』といって拍手を続けている。やがて誰かが聖歌をうたい始め、それは合唱へと広がっていく。
 美しく清らかな歌が広場に満ちていく。
 倒れた少年をとりかこんで。

●Ship of Theseus
 マルクやサクラたちとは別経路からフォルトゥーナへと潜入した佐里。
 彼女に課せられた役割はイコルの製造に関する調査だった。
 市民になりすまして移動し、常にステルスやレーダー能力によって警備員の目をかいくぐり、街の中央を目指す。
 町中を警戒してまわっていた聖獣たちだが、その形状はバラバラで能力も異なっていた。これは佐里がレーダー能力を起動させていたからこそわかったことだが、聖獣たちにも非戦系超能力をもつ固体があり、物質透過能力や超視力、ファミリアーといった能力まで行使する固体があった。
 彼らは予め決められたルートを忠実にたどるようにして街を巡回し、他のアドラステイアと異なり聖銃士たちの姿は見えない。
 そんなわけで、聖獣たちが佐里が警戒すべき最大の存在となっていた。
(人間を聖獣にしているって噂はあながち間違いでもないかもしれませんね。そうでなければ、子供たちを消費資源にする人間たちがここまでの数を生産運用するのは不自然です)
 人間は自覚している限り強みを活かす。子供という資源を大量に保有しているアドラステイアは、それを有効に消費する形で兵力を得ていた。聖銃士というシステムがまさにそれだ。
 であるにも関わらず聖獣の運用が行われているのは、別口で強力なリソースをもっているかもしくは聖銃士と異なる資源運用方法として採用しているかのどちらかだ。
(こんな考え方、できればしたくないですが……)

 佐里は見事な捜査能力からイコルの流れを洗い出し、その出所を突き止めていた。
 彼女が捜索したところ、イコルはこのフォルトゥーナにすまうすべての市民へ定期的に配給され、毎日一定時間ごとに摂取することが義務づけられていた。
 それは主に、アドラステイアで『祈りの時間』として時計塔の鐘が鳴る時間に設定されているようだ。
 当然それを配給するには配給担当がいて、配給担当は毎日決まったルートを通る筈なので、佐里はそれを追跡することでイコルの出所を知ることができたのだ。
 というのも、佐里当初の読み通りイコルはこの街の中で生産されており、生産施設が中央に存在していたのだ。
 だが、問題があった。
「ここから私が単独で施設内に侵入するのは困難です。むしろ、外で危険が近づいていないか探っているほうが効果的でしょう」
 ひとめにつかない場所で合流したのはスティアとアーリア。
 マルコへの接触とこの街からの連れだしを任されている二人だ。
 彼女たちは自力でマルコの居場所を探り出すことができずにいたが、彼がイコル製造に関わっているのではと考えたアーリアらが佐里にイコルの出所と一緒にマルコの仕事先を捜索することを依頼していたのだった。
 つまりここからは、バトンタッチということである。
「ありがとう、佐里ちゃん。まずは私が侵入するから、外で何かあったらファミリアーの使役ネズミ越しに連絡してちょうだい」
 アーリアは注意深く施設内の音を探りつつ物質透過能力によって侵入。外で待機していたスティアを内側からの操作で侵入させた。

 忍び込んだスティアをまず出迎えたのは音楽だった。
 遊園地のメリーゴーランドから流れてくるようなぶんどんという愉快な音楽だった。
 スティアはアートに関する知識の中からこれがカリオペ(蒸気パイプオルガン)から流れているものだとわかった。
 音楽に合わせて細く聞こえるのは子供たちの歌声で、それがそこそこの人数で構成されていることもわかってくる。
 一方で風景としては、どこか錬金術の工房に似ていた。
 赤い液体が巨大なタンクに入り、つねに機械でかき混ぜられている。
 その一方で薬品タンクから流れたものをラインにのせ、いくつかの作業工程をへてひとつの錠剤へと作り上げられていく。
 できあがった錠剤はそのまま名前の書かれた缶に一定数入れられ配送担当の者へと受け渡される仕組みだ。
 工場内で作業にあたっている人間はみな子供で、楽しそうに歌いながら手を動かしている。
 まるで楽しく遊ぶような雰囲気であることから、彼らは自分がなにをしているのかもうまく認識できていないのだと分かった。
 そしてそんな子供たちの中で、笑顔で歌いながら薬品の調合作業を行うマルコの姿があった。

 接触できるタイミングはいくつかあったが、スティアとアーリアは休憩に入る時間を狙って監視の死角になる位置で待ち構えることにした。
 通路の先から歩いてくるマルコを小声で呼び止め、速度を落とさないように歩き続けるように言う。
「誰かが見ているかもしれないわ。このまま雑談をするふりをして」
 不穏な切り出しかたにマルコは一瞬顔をしかめたが、すぐに笑顔を作ってチョコレートケーキの話をしてごまかした。
 こっくりと頷くスティア。
「私たちはローレットのギルド員だよ。聞いたことはない? 世界的に有名な何でも屋」
「その何でも屋さんが何の用だ? イコルを盗むようにでも依頼されたか? それともオレの暗殺かな」
「どちらでもないわぁ」
 誤解されがちなことだが、ローレットは慈善団体やボランティア集団ではない。時には盗みや暗殺や、戦争への加担だってする何でも屋である。所属組織を明確にすることは、この場合警戒を解く理由にはならない。
 目的はもっと別だ。
「私たちは質問したいの。あなたの暮らし、父親のこと、イコルをどう思っているのかも」
「口で答えなくてもいいわぁ。念じてくれれば、こちらで読み取るから」
 アーリアはリーディング能力を起動してマルコの考えを探ろう……としたが、それは途中で拒絶された。
 何が起こったかはわかる。この街に潜入する際警備や監視を逃れるためにスティアとアーリアはブロッキング能力をアクティブにしていた。リーディングを無効化できるのは、これをおいて他にない。
「オレの考えが読めなかったか? 悪いけど、そのままで話してくれないか。僕も連中に見つかりたくないんだ。この街の醜悪さに気づいた子供がどうなるか、想像がつくだろ?」
 マルコのいわんとすることを、二人はすぐに理解した。
 イコルの摂取を怠れば、当然エヴァたちが見ているような幸せな幻覚がなくなってしまう。それはフォルトゥーナの醜悪な町並みや心理状態を目の当たりにしてしまうことに他ならない。さっきまでピニャータを叩いてキャンディを取り出していたはずが、犬を殺して臓物を引き出していたなどと知れば正気でいられない。
 そんな感情の変化を察知した聖獣が子供を捕まえどこかへ連行した話を先行偵察を行ったヴァイスたちから報告されていた。
 彼はこの町で、巧みに嘘をつきつづけているのだ。
 それは同時に、自身の感情を自力で無理矢理平静な状態に保っていることをさす。
「質問からして、依頼人はあのクソ親父かな。帰るつもりはないぜ。あの家はエヴァには酷すぎる」
 けほ、と咳き込むマルコ。
 スティアは首を振った。
「その必要はないよ。あの父親のもとへは返さない。マルコさんとエヴァさんは私たちが保護するから、ついてきてくれないかな?」
「天義の審問官を気にしてるなら大丈夫よぉ。彼らの手が及ばない場所を知ってるの」
 アーリアは脳裏に、沢山のチョコレートクッキーと風になびくレースカーテンを思い浮かべた。
 あの狂暴だった『眠り姫』は、まだあの部屋で安らかに目を閉じているのだろうか……。
「どうかな?」
 スティアの呼びかけに、しかしマルコは――。
「悪いけど、ここ以外でエヴァが幸せになれる場所はないよ。オレのことは放っておいてくれ」
 話はここまでだ。そういって立ち去ろうとするマルコに、アーリアは……。
「ごめんね。嫌がっても連れて行く」
 黒い手袋をはめ、パチンと指を鳴らした。

●Plank of Carneades
 頭にフードをかぶり、階段をゆっくりと下りるルフナ。
 フルシチョフカ風の三階建て団地にはこじんまりとした住宅が一世帯ずつ個別に詰め込まれているようで、かすれた部屋番号だけがどこか無機質に扉へかかっている。
 階段を下からトントンと駆け上がる音に気づいて見下ろすと、鞄をさげた少女が幸せそうな笑みを浮かべてこんにちわとルフナに挨拶をした。
 ルフナもまた挨拶を返し、彼女とすれ違う。細い通路だったのでだいぶ端によったが、少女はルフナに鞄がこすれることを気にもとめていない様子だった。
 鞄の中に沢山はいった缶を一つこっそり抜き出しても気づかないくらいに。
(マルコは仕事をしていると聞いたけれど、他の皆にもそれなりに仕事はあるみたいだね……)
 少女はどうやら何かの配達を担当している市民のようで、ドアの前にたつたび鞄を開いてはドアポストに缶を滑り込ませていく。
 少女が見えなくなってからそっと缶を取り出してみる。
 ポケットに簡単に入るくらいコンパクトな長方形をした缶で、ペンケースのようにパカッと開閉する仕組みのようだった。
 開いてみれば予想通り。中には赤い錠剤が詰まっている。
 これがなくなったことに気づいたら騒ぎになるだろう。
(ローレットはイコルのサンプルを既に確保しているし……これは必要ないよね)
 ルフナは少女がたまたま落としてしまったように見せかけて、階段のすみにそれを置いて立ち去った。
 街の中を不自然でない程度に探索してみた所、どうやら街を運営するうえで最低限の機能をまかなうべく子供たちが労働力となっているのがわかった。
 それはアドラステイア下層域にほぼ共通することではあるが、フォルトゥーナなそれが他より徹底しているという印象だ。
 たとえば発電設備や小物の製造などをできるだけ自分たちで行い、自分たちの間に配給していた。配給は共産主義的な平等分配が適用され、労働力もまた共産主義的に命令によって割り振られているようだ。
 この方式をとることでおきるサボタージュ問題は、先ほどの少女を見る限りはクリアされていそうだ。
(観察はこのくらいでいいかな。厄介になるまえに、脱出をはかろう……)

 ルフナがフォルトゥーナを無事に脱出しようとしている間、鈴音とニコルは街の中央にあるイコル製造施設へと侵入していた。
 こめかみをトントンと指で叩きながら虚空を見上げるニコル。
「うん、うん……なるほどね。『ヤーコプは童話になった』。プランはB」
「りょーかーい」
 鈴音は暗号の内容を理解して目を瞑った。
 どうやらスティアたちはマルコの確保に成功したようだ。当人への説得には失敗したので無理矢理気絶させ、袋につめてこっそりと持ち出したらしい。発見されてはいないという報告内容だが、レーダーやブロッキングでガチガチに固めた彼女たちのことだ。その当たりは抜かりないだろう。
 小声で耳打ちするニコル。
「それじゃあ予定通り、わたしは部屋を探索してみるわね。バイラムのほうは宜しく」
「ん」
 鈴音はアノニマス能力をアクティブにして、イコル製造所への侵入を開始した。
 彼女の狙いは、バイラムへの調査。接触をするなら、ニコルのための時間稼ぎも彼女の役目になる。
「さて、いこうかネ」

 ここへ至るまでに得たファーザー・バイラムの情報は、『とにかく素晴らしい人』『僕たちを救ってくれた』『導いてくれる』といった妄信的なもので、彼の人格や行動について触れる人間は全くと言っていいほど居なかった。
 あまりに人間味のない情報ばかり帰ってくるので、彼らのみている集団幻覚なんじゃないかと疑いすらしたが……。
(ンー、実在はしてるっぽい)
 製造所のなかに作られた小さな礼拝堂。
 というより、元々礼拝堂のあった場所を大幅に改築して製造所を作ったのだろう。この部分だけが極端に古く、そして寂れていた。普段から誰かが手入れしたり大勢が出入りしている雰囲気ではない。
 そんな礼拝所の真ん中。砕けた像にむけて祈るような姿勢をとっていたのが、例のファーザー・バイラムであった。
「そこで、何をしているのですか」
 優しい声がかけられる。
 こちらを振り向いてすらいないのに。
 鈴音は身を隠すことをあきらめ、『イコルがきれてしまって』といったことを言いながらバイラムへと近づいていった。
 一般的に牧師が着るような服装で、髪型もどこにでもあるようなものだった。
 彼は振り返り、にっこりと微笑む。
 その様子に、鈴音はある意味でガッカリした。
 話に聞いた限り、彼は何かしらとんでもない人物であるはずだが、一度見たら明後日には忘れていそうなくらいたいした特徴のない男だったからだ。
 周囲を観察する。聖獣の姿はない。武装した子供もいない。
 バイラムひとりきりだ。
 それならば……と、鈴音は牽制射撃が可能な範囲まで近づいてから祈りの姿勢をとった。
「イコルがきれてしまったのですか?」
「はい。缶は家に置いてきてしまって」
「仕方ありませんね。代わりのものを用意しましょう。気分はいかがです?」
「なんともありません、ファーザー・バイラム」
 顔を上げる鈴音。
 その顔面を、バイラムは片手でがしりとわしづかみにした。
「…………ファーザー・バイラム?」
「私は、我慢のならないものが三つあります。
 ひとつはミルクを注いでから三十分以上たったコーンフレーク。
 もうひとつは生焼けのストロベリーパイ。
 三つ目は――」
 途端。激しい頭痛が走った。
「私についた嘘が通じていると思い込んでいる相手です」
 思わず声を上げてしまうほどの。
 続けて、鈴音の耳や目や口をなにか赤いものが覆う感覚におそわれた。
 素早く魔力を解放して飛び退き、熱砂の魔術を起動する。
 顔から払いのけたのは、赤い粘液状のよくわからない物体……否、怪物だった。物体からは眼球が浮き出て、ぎょろりとこちらを見つめる。
「作戦変更! 即時離脱! 家に帰りつく迄が遠足だヨー!」
 鈴音は熱砂の魔術を解き放ちバイラムへとぶつけていく。
 常人がうければ酷い怪我やよろめきによって追跡能力を損なうだろう。怯ませて逃げるにはうってつけの技だ。
 が、激しく舞い上がった熱砂の中にあったのは牧師のジャケットだけだった。
「あなた、名前は?」
 真後ろで声がする。
 手刀に魔力をまとわせて払いのけようとするが、手首がすさまじい力で捕まれた。まるで万力に固定されたかのように動かない。
 バイラムは、上半身をむき出しにして目を大きく見開き鈴音の顔をのぞき込んでいる。
「名前を言いなさい。出身地は? 両親の名前は。好きな食べ物は? 好きな音楽は? 将来の夢は? 言っておきなさい。今からすべて、書き換えてしまうのですから」
 バイラムの髪がぶわりと赤く変色し、まるで大量の触手のように伸びて鈴音へと絡みついていく。
 逃げる手を失った――かに、思われたその時。
「女の子を無理矢理てごめにするのは感心しないわね!」
 シュパン、とバイラムの髪が切断された。
 さらに激しい衝撃。突き飛ばされた形になった鈴音は、いつのまにかニコルに抱きかかえられていた。
「あいつはヤバいわ。牽制なんて通じない。全力で逃げるわよ!」

 壁を破壊し窓を突き破り、用意された脱出経路を目指して走るニコルと鈴音。
「走りながら聞いて。無事に二人とも逃げ切れる保証なんてないんだから」
「ん……」
 余計なことはいうまいと、走りながら頷く鈴音。
「バイラムは人間じゃない。人間だとしたらおかしいのよ。過去の経歴が一切ない。抹消されてるとかそういうんじゃない。『ない』の。あの状態からおよそ数年前にポンとこの世に生まれてる。
 それだけじゃない。このフォルトゥーナの運営目的は――」
 一呼吸をおいて、ニコルは吐き捨てるように言った。
「イコルを使って子供たちを聖獣に改造することよ」

●What is it like to be a bat?
 マルクは言葉たくみにエヴァをひとめにつかぬ建物の裏へと案内していた。
 ぴたりと足を止め、空を見上げる。
 ファミリアーによる遠隔監視が、マルコを回収したスティアたちと街からの脱出に成功したニコルたちを確認。他の面々も個別に街を脱出しており、残るは自分と……そしてサクラのみとなっていた。
「エヴァくん」
「なあに?」
 振り向いて、エヴァの顔を見る。
 ひどく幸せそうだ。
 この世界のなにひとつとして正しく見えていないけれど、そのかわりに彼は幸福そうだった。
(こんな状態が、正常なはずがない。一刻も早くここから彼を連れ出さなくちゃ……)
「兄さんは、本当にここにいるの? いないよね。ね、妖精さん」
 虚空に向けて話しかける彼を騙してどこかへ連れて行くのは、マルクの目からも容易に見えた。
 しかし、それを試している余裕があるとは思えない。
「ごめん」
「――事情はあとで話す。今は寝てて」
 マルクが不意打ち気味に神気閃光を放つのと、うしろをこっそりつけていたサクラがエヴァに組み付いてヘッドロックをかけるのはほぼ同時だった。
「う――」
 ばたばたと暴れ、サクラの腕を叩くエヴァ。
 マルクも油断せずにもう一度、距離を離しながら神気閃光の光を放――とうとした、その時。
「おめでとうございます」
 ゆらり、と建物の影から黒人の少年が現れた。
 よろよろとした足取りで、首は不思議にあらぬ空をみあげたまま、だらんとさげた両腕をふりつつ歩く。
 ひどい酩酊状態なのかと疑ったが……そうではない。
「おめでとうご、じ、あ、ざいます、おめで、ご、ご、ご――」
 小刻みに震え、首をごきごきと人間ではありえない方向にへし曲げたかと思うと、少年は突如として白く巨大な芋虫へと変身してしまった。
 全身のあちこちから体毛のごとく子供の手のようなものがはえ、虚空を手探りし続けている。
「聖獣――!」
 外見のわりに素早く、マルクへと一気に距離をつめてくる。
 エヴァへ打ち込もうとした攻撃をキャンセルし、飛び込んでくる芋虫型の聖獣へ向けて魔力の光を解き放った。
 無傷で気絶させるための術式ではない。確実に抹殺するための破壊魔術だ。
「ごめん!」
 ボッと音を立てて肉体をえぐられる芋虫。しかし止まらずにマルクへと体当たりをかけ、全身の手でマルクの服や腕や顔を掴んだ。食い込んだ指から毒が流れ込み、たちまち青黒い斑点がマルクの体表に吹き上がる。
「離れて! ここは私が引き受ける!」
 サクラはこのままエヴァを昏倒させるかマルクへ加勢に入るかで迷ったが、一旦エヴァをその場に横たわらせて聖獣へ斬りかかることを選択した。
 先祖伝来、聖刀『禍斬・華』の美しい光が刀身をはしり、巨大芋虫型聖獣の胴体を横からスパンと切断していく。
 聖獣はうなり声をあげサクラへ大量の手を伸ばしたが、サクラは注意深くそれを回避し距離をとる。
「まともに戦う必要なんてない。エヴァを確保してここを離れよう!」
「げほっ……賛成だ」
 マルクは苦しそうにむせつつも、自分に治癒の魔法をかけて毒を除去。倒れているエヴァを抱きかかえ、脱出口へと走り始めた。
「う、ううん……」
 薄めを開くエヴァ。
 彼は瓶からこぼれおちるメイプルシロップのようにとろけた笑顔で、マルコを見た。
「兄さん、おはよう。パパとママが、呼んでるよ」
「エヴァ……?」
 ごぶ、とエヴァの頭部が異常に膨らんだ。
「これから、は、みんな、い゛っ、じょ――」
 まるでぬいぐるみの綿がはみでるように、破裂したエヴァがぐるんと内と外をひっくりかえし、人型の怪物へと姿を変えた。
「――!」
 とっさにエヴァを手放し、構える。
 が、そんなマルクの手をサクラが強く引いた。
「さ、サクラさん! エヴァが!」
「もう無理だよ!」
 短い言葉だった。
 『もうむりだよ』。
 たった六文字の言葉が、マルクの頭にしみこまなかった。
 ただサクラによって強引にひっぱられるようにして、街の外へと走る自分の身体があっただけ。
 振り返ると、白い人型の怪物がぼてぼてと転げ回りながら変形を続けている。
 彼がどんな姿になるのか、興味がないといったら嘘になるけれど。
 それを見届けることはどうやら、できそうにない。

成否

成功

MVP

ニコル・スネグロッカ(p3p009311)
しあわせ紡ぎて

状態異常

なし

あとがき

 おつかれさまでした。全員無事に実験区画フォルトゥーナを脱出しました。
 イレギュラーズが調査によって得た情報を以下にまとめます。

●フォルトゥーナでの生活について(獲得者:至東、ルフナ、ヴァイス)
・フォルトゥーナでは子供たちが労働をして街を運営している。
・子供たちはお祈りの時間になると必ずイコルを摂取する。
・街はひどく汚れているが、イコルによって多幸感を得た子供たちはこれを認識していない。

●フォルトゥーナの戦力について(獲得者:至東、ヴァイス)
・聖銃士をほぼ持たず、戦力は大量の聖獣によってまかなっている。
・聖獣は非戦系スキルをもつ固体があり、街の警備やイコル切れをおこした子供の探知も行っている。

●イコルについて(獲得者:ルフナ、佐里、スティア、アーリア)
・イコルは血液とみられる不明な液体と多幸感を得る薬物をもとに、錬金術による合成をへて作られている。
・イコルを服用すると多幸感を得、劣悪な環境でも幸福に生活することができる。また本来嫌がるような労働も進んでこなすようになる。
・イコルを一度に過剰摂取、または長期的に摂取を続けると肉体が聖獣へと変化する。

●ファーザー・バイラムについて(鈴音、ニコル)
・バイラムは人間ではない。
・バイラムは魔種ではない。
・バイラムはここ数年のうちに今現在の状態で突如『発生』した。
・バイラムは人間に対して何らかの『書き換え』が可能である。
・バイラムはフォルトゥーナにて聖獣化の実験を行っており、イコルと聖獣の安定的な生産を目的としている。

 次に、成功条件とオプション、セルフオプションの達成状況を示します。

●成功条件:実験区画フォルトゥーナ内の情報を持ち帰る(対象:全員)
 成功。詳細は上記を参照のこと。

●失敗回避条件:フォルトゥーナからの脱出(対象:全員)
 成功。脱出後の肉体に異常性はみられず、安全である。

●オプション:マルコ=フォレノワの確保(対象:スティア、アーリア)
 成功。意識を失った状態で確保し、天義のスナーフ異端審問教会へと引き渡した。正義的にグレーな対象であるとして秘密裏に安全な教会にて保護されることとなる。

●セルフオプション:エヴァ=フォレノワの確保
 失敗。確保中、エヴァの聖獣化が始まったため確保を断念した。
 成功条件およびオプションにないため、報酬に影響はない。

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