シナリオ詳細
北海の怪物“ヒトガタ”。或いは、金鮫・ティブロンと氷の海…。
オープニング
●北の海から
鉄帝国。
ヴィーザル地方の港街からほど近い、とある海上。
流氷の浮かぶ大海原を、1隻のオンボロキャラベルが漂っている。
3本あるマストの内、1本はへし折れて甲板に突き刺さっていた。
船体には、獣の爪で抉られたような大きな傷。
髑髏のマークが描かれたマストにも、大きな穴が空いていた。
波と風に運ばれて、海を漂うその船の名は“グレート・オーシャン・ティブロン号”。
海賊“金鮫”ティブロンが駆る帆船である。
船の甲板。
仰向けに寝そべった姿勢のまま、ティブロンは重いため息を零した。
「いや……酷い目に遭ったな」
褐色の肌に、ウルフカットの金の髪。
浅く被ったキャプテンハット。
豊かな胸を隠すのは、黒いビキニの水着であった。
背中に敷かれたキャプテンコートには、血の染みが広がっている。
鋭い三白眼に、口元に覗く無数の牙。
首から頬にかけて皮膚には裂け目……鰓裂が見える。
「なぁ、アーロ。さっきのアレは何だと思う?」
視線は空を見上げたまま、ティブロンはそう問いかけた。
「シャァ?」
返って来たのは「分からない」という意図を含んだ鳴き声だった。
ティブロンと並んで甲板に寝る1匹の鮫が発したものだ。
「さぁ? と、言ったか? まぁ、だよなぁ。あんな怪物、見たことが無いものなぁ」
鮫の名はアーロ。
ティブロン率いる海賊団、ただ唯一の団員にして、彼女の相棒とも呼べる存在である。
いざ戦闘となれば泳げないティブロンを背に乗せ、縦横に海を駆け回る。
その様はまさに人鮫一体。
海中戦では無類の強さを誇る1人と1匹は、しかしその日、手ひどい敗北を経験していた。
ティブロンは風を読めない。
操舵の技術も拙ければ、帆を操るのも不得意だ。
加えて料理も苦手としており、医療の心得さえもない。
およそ航海を行ううえで必要とされるであろう技能を、彼女は1つも有していない。
彼女にあるのは勇気とカリスマ、少年のような冒険心に、そして行動力である。
オンボロキャラベルを住処とし、相棒と共に航海に出たティブロンは“羅針盤”の導きによってヴィーザル地方を訪れた。
それは彼女が冒険の果てに手に入れた魔道具。
持ち主の“幸福”に繋がる方角を指し示すという効果を持ったものである。
そして、辿り着いたその先で……。
「しかし、アレは一体何だったんだ? 巨大ではあったが、人のようにも見えたよなぁ?」
彼女は巨大な怪物に遭った。
全長はおよそ20メートル。
上半身のフォルムは人のそれに似ていた。
虚ろな眼窩に、歯のない口腔。
長い腕で船体を掴み、それはティブロンの前に浮上した。
肌の色は白。下半身はイルカかクジラのようだったと記憶している。
「人には似ていたが、敵意や怒りなんかの感情は薄かったように思うよな? もしかして、知能がさほど高くないか、脳が小さかったりするのか?」
あれでは【怒り】や【魅了】は効きづらいだろう、と。
数十分前の戦いを振り返りながら、ティブロンはそんなことを考える。
アーロと共に一戦交え、どうにか撤退には成功したが、1歩間違えば命を落としていてもおかしくはなかった。
けれど……。
「力が強く、そして速い。あれはいいな。なぁ、アーロ。あれを捕らえて、船を引かせるのはどうだ?」
「シャッ!」
「そうだろう? いい考えだと思うよな? だが、そのためには戦力が足りない
船には一門、砲が積まれてはいるものの、生憎とティブロンにはそれを扱う腕が無い。
揺れる甲板のうえで、どうやって狙いを定めろというのだ……とは彼女の言葉だ。
「よし。人を集めよう。それと大きな投網もいるか? 首に縄を繋ぐのでもいいな!」
そうと決まれば行動開始だ。
そう呟いて、ティブロンは勢いよく起き上がる。
立った瞬間に血の雫が飛び散るが、彼女はそれを気にもとめずに操舵輪へと駆けて行く。
●その名はヒトガタ
海図を片手に『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は首を傾げる。
「海図の見方が分からないです」
何しろ場所は海の上。地上と違い目印になる物が存在しない大海原だ。
水深や潮の流れも記載されているのだが、地上で暮らしている者にはどれも馴染みの無いものばかり。
一応、目的地と思われる海上に赤のインクで丸印が描かれてはいるが……。
「皆さんには、ティブロン船長と一緒にここへ向かってほしいです」
ヴィーザルの港街から、沖へおよそ二、三時間。
流れ着いた流氷群に紛れるようにして、ソレはそこに居るらしい。
海中を泳ぐ人に似た姿の怪物。
ある地方では、その怪物を“ヒトガタ”とそう呼称しているそうである。
「ヒトガタが出現する海域には、大量の流氷が浮いているです。足場として利用できるけど、少々不安定なのが玉に瑕ですね」
加えていうなら、戦闘の余波で流氷が砕けることもある。
対策も無く海に落ちれば、復帰に少々時間がかかることが予想された。
「ヒトガタの知能がどの程度かは不明です。けれど、ティブロンは打ち負かして、ペットにする気でいるみたいです」
体長20メートルを超える怪物とはいえ、生き物であることに違いはない。
野生において絶対のルールである“弱肉強食”からは、きっと逃れる事は出来ない。
強ければ全てを得、弱ければ全てを失う。
敗者には死を。
或いは、隷属を。
たとえ船を引かされることになろうとも、命を落とすよりはマシだろう、と。
そう思わせることが出来れば、ティブロンの望みは叶うのだ。
「巨大な投網と、太い縄の用意は出来ているようです。到底1人で操れる物ではないので、それを使うには2~3人は人手がいるです」
イレギュラーズの任務は、ヒトガタを捕縛することだ。
そこから先、それを手懐けられるか否かはティブロン次第となる。
とはいえ、しかし……。
「そもそもが巨体。力も体力も相応。攻撃には【ブレイク】や【ショック】といった追加効果があるです。流氷を投げつけられれば【氷漬】もあり得るでしょうか」
大ぶりな攻撃が多いが、巨体ゆえか威力も高い。
そして何より、相手は自由に海の中を遊泳できるという特性を持っているのだ。
海中に逃げ込まれてはこちらの攻撃も届き辛くなるだろう。
「討伐するだけなら幾らでもやりようはあるですが、弱らせて捕縛となると……なかなか面倒な依頼なのです」
なんて、言って。
やれやれと、わざとらしく肩をすくめてユリーカはため息を零すのだった。
![](https://img.rev1.reversion.jp/illust/scenario/scenario_icon/11030/11a32152b03a749d6bfcc5865300518e.png)
- 北海の怪物“ヒトガタ”。或いは、金鮫・ティブロンと氷の海…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年12月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●北の海から来た怪物
流氷の浮かぶ海上を、並んで進む4つの船影。
1つはオンボロキャラベル船。名を“グレート・オーシャン・ティブロン号”と言う。
1つは『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の小型船。
1つは『聖断刃』ハロルド(p3p004465)の持ち込んだ魔法のボトルシップ。持ち主であるハロルドが、キャラベル船の修理を行っているためか『散らぬ桃花』節樹 トウカ(p3p008730)が舵輪を握っていた。
そして最後の1つは、蛸を模した海賊旗を掲げる小型帆船。『救海の灯火』プラック・クラケーン(p3p006804)の駆る“悪魔の呼び声号”である。
キャラベル船の舵輪を握る金髪小柄な鋼鉄メイド『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は、船長であるティブロンへじっとりとした視線を向ける。
「今回は仕事だから来たのでありますがな。正直あんなバケモンよりも貴女に必要なものがあるでありますよ」
「うん? アタシに必要なもの? あぁ、もちろん自覚しているとも。この愛槍を十全に振るうには、まだまだ力が不足している」
エッダの視線を受けた彼女は、肩に担いだ突撃槍を頭上で数度回して見せた。
「筋力より必要なものがあるであります。それは人材集め。人を雇うでありますよ人を! 自分にできないことをできる人。仲間は大事でありますよ?」
ガントレットに覆われた指を突き付けて、エッダはティブロンにそう告げた。何しろ彼女、ティブロンは碌に操舵も出来なければ、海図を満足に読むことも出来ない。料理の知識も、医療の知識も、帆を手繰る技術も不足している始末。およそ船を動かすために必要な技能を、何一つとして有していないのであった。
だと言うのに彼女は海賊を名乗り、相棒の鮫“アーロ”と共に海を行くのだ。
エッダのお叱りも、おそらくは老婆心からのものである。
もっとも当のティブロンと言えば「そんなことか」と、腰に手を当て大笑い。
その態度がエッダのイライラを倍にした。
「仲間ならいるではないか! なぁ“鋼の拳”エッダ・フロールリジよ!」
などと、勝手に異名を付けられてエッダは一つ溜め息を零す。
駄目だこりゃ。
港を出港して暫く、4隻の船は流氷の浮かぶ海域に辿り着いていた。
ティブロンが持つ羅針盤の針が指し示す場所だ。持ち主にとって幸福な方位を指すという魔道具であるが、導かれた先に待っているのはヒトガタと言う巨大な半人半漁の怪物であった。
今回の目的はヒトガタを捕縛することだ。
ティブロンは、どうやらそれに船を引かせるつもりらしい。
「ヒトガタですかー。未確認的な生物でちょっと親近感わきますね、ゾンビなので」
どこか気怠い雰囲気を纏い、血色の悪い少女が笑う。彼女の名は『嗤うしかばね』スノウ・ドロップ(p3p006277)。血色が悪いのも当然な、ゾンビ娘なのである。
「あんまり近くなかったですね。あははウケる」
ははは、と乾いた笑い声。
死体のためか、冷たい空気の中であっても吐く息が白くなることはない。というよりも、そもそも彼女は呼吸を必要としない存在なのだった。
そんな彼女は甲板から身を乗り出して、流氷の浮いた海面を覗く。
果たして……。
「おー、でけぇなこいつぁ。こんなのとやり合って大丈夫? このオンボロ船、沈まねぇ?」
海中に見える巨大な影を一瞥し、悪徳シスター『シスター』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は不安を言葉にして告げた。
「問題ない。この“グレート・オーシャン・ティブロン号”は7つの海を航海する予定の無敵船だからな。この程度の怪物に沈められる道理はないのだ」
などと、返って来たのはまさかまさかの理想論。
何ら根拠もない事柄に、いったいどうしてそこまで自信にあふれた言葉を吐けるのだろうか。
「酒、飲んでこなくてよかったよ」
などとぼやきつつ、コルネリアは大口径の銃を構えた。
「至らぬ身ではありますが、微力を尽くさせていただきます」
釣竿片手にそう告げたのは精悍な顔つきをした青年。名を『凡骨にして凡庸』浜地・庸介(p3p008438)という。
彼が竿を手にした理由は至極単純。
海中に潜むヒトガタを、船の傍まで釣り上げるために他ならない。
とはいえ、しかし……。
「ちぃと寒いが……いや、めちゃくちゃ寒いが……仕事は果たすぜ」
釣り上げるなら、より大きな餌がいる。
ならば、とばかりに流氷が浮く海に飛び込むブラックを見て、庸介は頬を引き攣らせた。
船旅にも水中船にも不慣れな身。
学ぶことも多いだろうと此度の依頼に赴いたのだが、それはそれとして、極寒の海にその身ひとつで飛び込むような真似は無理。
ぼちゃん、と水の跳ねる音。
凍死したのではあるまいか、と庸介はおそるおそる海面を覗いた。
果たしてそこには、海中を猛スピードで泳ぎ回るブラックと、それを追いかけ回すヒトガタの姿があった。
●ヒトガタ捕獲作戦
白い皮膚。人に似た上半身。暗い眼窩に歯の無い口腔。
長く伸びた2本の腕は人のそれに酷似している。魚……イルカやクジラを連想させる下半身で水を打ち、その怪物は優雅に海を泳ぐのだ。
『……俺なんぞ、小さすぎて眼中にねぇってか。だったら無理矢理にでも、俺の存在を認識させてやらぁっ!』
自身の存在を意にも介さぬヒトガタの態度に、思うところがあったのだろう。その額には青筋が浮く。怒りの形相でブラックはきつく拳を握り込んだ。
水を蹴っての急浮上。
勢いを乗せた渾身の拳を、ヒトガタの首に叩き込む。
ヒトガタの身体が僅かに跳ねる。
それだけで海面が大きく波打った。
「おぉ、やるではないか! 蛸髭の名は聞いていたが、なかなかどうして、かなりの猛者だな! いやぁ、アタシは良い船員を得た!」
はっは、と快活に笑うティブロンへスノウは呆れた視線を向けた。
揺れる甲板の端で仁王立ちする彼女の腕を、エッダが慌ててひっつかむ。何しろティブロンは泳げないのだ。誤って船から落ちてしまえば、誰が彼女を助けに行くのか。
「っていうか……いや何でありますかアレこっわ」
正体不明の怪物と笑うティブロンを交互に見やり、エッダは問うた。
「本気であれを仲間に迎える気でありますか?」
波に流され、小型船へと迫る流氷をトウカは咄嗟の操舵で回避。
氷と氷の間を抜けて、ヒトガタの傍へと船を寄せた。
「寂しそうなそこの君! ティブロン海賊団に入って一緒にワクワクな冒険をしよう!」
舵輪を手放し、トウカは駆けた。
彼の疾駆に合わせるように、辺りに花弁が降り注ぐ。トウカのギフト【桃の花びらへと思いを込めて】は、トウカ自身の想いや記憶を花弁に宿して降らせるものだ。
極寒の海に舞う桃の花。
幻想的な光景も、けれどしかして未だヒトガタの心に届かず。
ならばこそ、まずはこちらに意識を向けさせる必要がある。人も獣も、意識外からの言葉や音など存外気にせぬものなのだから。
たとえばそれは【怒り】の感情でも構わない。
「海のフシギと言えば海洋王国かと思えば鉄帝の北の海にもこんなミステリーがあるもんなんだねぇ……あれ、言うこと聞くのカナ?」
「なに、所詮は獣だ。いや、獣……か? まぁ、とにもかくにも殴って言うことを聞かせろ、ということだろう? 分かりやすくて結構なことじゃないか」
ジェットパックが火を噴いて、イグナートの身が宙を舞う。
甲板から流氷へと飛び移った彼の拳に紫電が宿った。ほんの一瞬、海上へと浮かんだヒトガタの腕へ、雷鳴を散らす殴打を見舞う。
バチ、と空気の爆ぜる音。
濡れたヒトガタの腕から海を、一条の稲妻が駆け抜けた。
鬱陶し気に振り上げられた巨腕によってイグナートの乗る流氷が割れる。けれどそのころには、既に彼はジェットパックで再び宙へと舞っていた。
水面に伸びた腕を、青く輝く無数の刃が斬り刻む。
船上に構えたハロルドが、指揮するようにそれらを縦横に薙ぎ払った。【狂月】と名付けられたその技は、対象の秘めたる戦意を強制的に高揚させる効果を備えたハロルド得意の斬撃であった。
とはいえしかし、知能の低さゆえかヒトガタにはどうやら効果が薄い。
ダメージを受けたことに驚いたのか。それとも単なる気まぐれか。
海中へ潜ろうとしたヒトガタの背に向け、甲板上からスノウが跳んだ。
「とうりゃー」
なんて、間延びした声。
それを見て、自身も後に続こうとしたティブロンを、今度はコルネリアが引き留めた。
「ちょい待ち。海ん中に引に引っ込まれたら面倒だ。ここはアタシに任せときな」
手にした銃の撃鉄を上げ、コルネリアはヒトガタの背に狙いを付けた。
轟音と共に撃ち出されたライフル弾が、ヒトガタの背肉を爆ぜさせる。ヒトガタの巨体にとっては擦り傷程度のダメージだろうが、塵も積もれば何とやら……切傷だろうが、擦り傷だろうが、蓄積すれば存外に痛むものなのだ。
「いっぱぁつ、にはぁつ、っと。さぁてバチバチ撃って援護してんだ、ぞーんぶんに楽しく愉快に殴りあってきなぁってね!」
「ありがとー。ま、打たれ強さにはそれなりに自信もありますし、ここで暫く暴れてやりますよ」
なんて、軽く手を振り返事を返すスノウの手には巨大な墓石。
刻まれた文字は『R.I.P. スノウ・ドロップ』。つまりは自身の墓石だ。罰当りな……と言いたいところだが、それを武器とするのは当の本人なのだから、微塵も問題など無いわけで。
「おうりゃぁっ」
ヒトガタの背を駆け上がり、スノウは墓石をその後頭部に振り下ろす。
右手に流氷、左手にスノウ。
ミシ、とスノウの身体が軋む。
上半身を海から出したヒトガタを見て、エッダは僅かに眉をしかめる。
「仕事だからやってはみるでありますが……手を出して良いものなのでありますかアレ」
「アタシは海賊だぞ? 欲しいものは奪い取るのが海賊の流儀だ。手を出して良いも悪いも関係ないさ」
「……貴女に聞いた自分が愚かだったであります」
「なに、反省は次に活かせばよい。愚かさを認めることも、時には必要なのだ」
「……」
皮肉の通じない人種ほど、会話していて疲れるものも滅多にあるまい。
なんてことを考えながらエッダは両の腕を掲げた。
「――――――――――――――!」
声にならない雄たけびを上げ、ヒトガタは流氷とスノウの身体をキャラベル船へと投げつけた。
「こちらを狙って来たでありますな。要は脅威だと思われれば良いのですから、これはなかなか良い兆候であります」
タン、と甲板を蹴ってエッダは跳んだ。
鋼の拳でスノウをいなし、甲板上へと放って落とす。
さらに、次いで迫った流氷へ向けエッダは鋭い突きを放った。
砕けた氷が散る中を、重力に引かれエッダは落下。
水面に浮く流氷の上を滑るように移動して、彼女は素早くヒトガタの懐へと潜り込む。
「効かぬなら、効くまで通そうホトトギス」
淡々と。
そう告げたエッダの突きが、ヒトガタの胸部を殴打した。
ヒトガタの放る氷塊を避け、氷の上を庸介が駆ける。大上段に構えた刀を、ただ一心にその腕へ向け振り下ろす。
猿叫。
気合一声。斬撃が深く、ヒトガタの腕を斬り裂いた。飛び散った血を頭からかぶり、庸介の全身が紅に濡れる。
しかし彼の視線は、まっすぐにヒトガタを捉えて離さない。
1歩踏み込み、刀を振る。
「地なくして力なく、力なくして剣は振れぬ」
雨の日も、風の日も、何千何万と繰り返した斬撃の型だ。たかが返り血を浴びた程度で、彼の心に乱れが生じることはない。
例え足場が割れようと。
その身を氷の破片が打とうと。
「はっ! いい根性だ!」
ヒトガタの腹部を打ち抜くブラックの拳。
額を抉るハロルドの斬撃。
そして……。
「そのまま海面に抑え込んでくれ!」
荒波の間を縫うようにして、ヒトガタの背後にトウカは船を走らせた。
●3人目(或いは2匹目)!
巨腕に薙がれ、氷塊に打たれ、ハロルドは既に血塗れだ。
額から溢れた鮮血が、彼の顔面を赤に染める。しかして彼の戦意は未だ衰えず。雷を纏った剣を縦横に振り回しながら、ヒトガタの腕を、胴を斬り付けた。
「ははははっ! おら、突撃だ! 零距離で殴り合おうじゃねぇか!」
哄笑を上げるハロルドを見て、エッダは小さな吐息を零した。
「まるで獣でありますな」
「だが、無事に怒りは付与できたようダヨ。やっぱりネ、何度も殴ってればいつか通る! ゼシュテルの基本! 通じるまで殴る!」
「まぁ、それは同意であります」
大きなダメージを負ったのは、何もハロルドだけではない。エッダも、イグナートも既にボロボロだ。
とはいえ彼らも歴戦の勇者。血を流すことには慣れていた。せっかくの好機を無駄にせぬよう、ヒトガタの注意を引くべく最前線へと駆けていく。
「動きが鈍って来たようだ。そろそろいけるんじゃないか?」
「んあー? あぁ、ういうい、網と縄使うのねぇ」
ティブロンの指示を受けたコルネリアが、積載していた縄と投網を引きずり出した。縄を受け取ったのはトウカ。投網はティブロンと庸介が手に持った。
「行くぞ!」
「ここまで来たのだ。ただ己にできることをやるまで」
アーロに跨り海へと跳んだティブロンを追い、庸介もまた流氷上へと飛び移る。
けれど、しかし庸介が跳んだその瞬間、彼に向けてヒトガタが腕を差し向けた。投網を握った庸介は、回避も攻撃も行えない。
ヒトガタの巨腕がその身を叩く、その直前……。
「ちょっとやそっとじゃ死なないし、ここは私が囮をするほうが良いですかねぇ」
庸介の背を突き飛ばし、身代わりとなるはスノウであった。スノウの身体が、腕に弾かれ宙を舞う。積み重なったダメージもあり、彼女の意識は一瞬途切れた。
【パンドラ】を消費することで意識を繋いだスノウであるが、その身は重力に引かれ海へと落ちる。
しかし、その寸前……。
「そんな状態で海に落ちちゃ、流されちまうぜ」
海中より浮上したブラックが、スノウの身体を受け止めた。
流氷上にスノウを押し上げ、ブラックは甲板上のトウカへ叫ぶ。
「縄ぁ、投げろ!」
「あぁ、だがあまり無体な真似をするなよ。仲間にするのなら、長い付き合いになりそうだからな」
トウカは太い縄の端をがっしと掴み、それを海へと投げ込んだ。
縄を受け取ったブラックはヒトガタの周囲を旋回するようにぐるりと泳ぐ。ちょうど一周、ヒトガタの腰に遂に縄が巻きつけられた。
海中のブラックから、氷上のスノウへ縄が渡る。
スノウによって縄がしかと結ばれたのを確認し、トウカは手にした縄の端をキャラベル船の選手にかけた。
どうせ後々、ヒトガタには船を引いてもらうことになるのだ。
「こんな身も心も冷たい場所にいるより、俺達と色んな景色を見に行こう」
彼の想いは花弁に乗って、ヒトガタの身に降り注ぐ。
コルネリアの弾丸が、ヒトガタの額を打ち抜いた。
大きく仰け反るその顔面に、エッダとイグナートの拳が食い込む。悲鳴を上げて倒れる巨体を、ハロルドは慌てて回避した。
そんな彼のすぐ横をアーロに騎乗したティブロンが駆け抜ける。
「あ? おいおい、俺ごと捕まえる気かよ!?」
ティブロンから送れること数瞬。
広がった網が迫るのを見て、ハロルドは咄嗟に身を伏せた。
網の両端をそれぞれ握るティブロンと庸介。
ヒトガタの腕と頭部をまとめて網に絡めとり、2人は同時に水中へと落下したのであった。
ティブロンとヒトガタの交渉は1時間にも及んだだろうか。
トウカのギフトを応用せねば、さらに時間がかかったかもしれないが。
重症を負ったハロルドなどは、疲れ果てて甲板上で寝息を立てているではないか。
その隣には溺死体……否、スノウが横になっている。
ヒトガタの牽くキャラベル船の甲板で、庸介は自身に問いかける。
「少しは役に立てただろうか」
ポツリと吐いた自問自答は、誰の耳にも届かない。
「これ、港に連れて帰ったら大騒ぎになりそうだよね」
と、そう呟いたのはイグナート。
「そもそも本当に手を出して良いものだったのか」
と、心配の種にエッダは頭を悩ませた。
そんな2人を他所において、コルネリアとティブロンは肩を抱き合い飲んでいた。
「ティブロン飲めんじゃん! 帰ったら酒場行こ酒場。その羅針盤でどっか良さげな所探せない? あ、ブラックもどうよ?」
「ふむ。それならちょうど良い店がある。樽で買って、ヒトガタにも振舞ってやりたいな」
「……驕りってんなら喜んで行くがよ。こいつ、酒の味が分かるのか?」
今更ながら、この怪物は何なのか。
愛船を駆るブラックは、そんなことを呟いた。
こうしてティブロン海賊団に新たな仲間が加わった。
相棒たるアーロに、操舵手兼動力であるヒトガタ。
仲間はまだまだ少ないが、海賊ティブロンの冒険は始まったばかり。
彼女が『七つの海の覇者、ティブロン』とそう呼ばれるようになるのは、遥かに未来のことである。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
見事な連携および役割分担により、ヒトガタは無事捕獲されました。
依頼は成功となります。
各々の出来ることを、最大限発揮してくれたように思います。
おかげさまでティブロンも大満足。
ともすると、また彼女と共に航海に出る機会もあるかもしれませんね。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
GMコメント
●ミッション
ヒトガタの捕縛
●ターゲット
ヒトガタ(魔物)×1
流氷と共に北の海から流れてきた魔物。
体長20メートルほど。
白い肌をした人のような上半身と、魚のような下半身を持つ。
海中を自在に泳ぎ、かなりの深度まで潜ることが可能。
知能はさほど高くない。また【怒り】と【魅了】が効きづらいという特性を持つ。
怪物の腕:物中範に大ダメージ、ショック、ブレイク
掴む、殴る、叩くといった腕を使った攻撃。
氷塊投擲:物遠単に中ダメージ、氷漬
流氷を掴み、投げつける。
●チームメイト
・ティブロン(ディープシー)×1
長身の女性。鮫のディープシー。
褐色の肌に、ウルフカットの金の髪。
水着の上からキャプテンハットやキャプテンコートを纏っている。
武器は騎士が持つような巨大なランス。
生まれつき泳ぐのが苦手なため、相棒の鮫“アーロ”に騎乗し水中を駆ける。
ヒトガタを捕獲し、船の動力としたいらしい。
また、持ち主にとって“幸運”となる方角を指し示す魔道具“羅針盤”を有している。
ティブロン・ラ・ランザ:物中貫に大ダメージ、ショック
アーロの推進力とランスの破壊力、ティブロンの実行力を1つにした突撃。
・オンボロキャラベル船×1
ティブロンの所有するキャラベル船。
3本あるマストのうち1本は折れて使用不能。
大砲は船首に1門のみ設置。
相応の技術があれば、ある程度は修理できるかもしれない……。
また、船にはヒトガタ捕縛用の投網と縄が積まれている。
サイズが大きく重たいため、扱うにはそれぞれ2~3人が必要となる。
●フィールド
海上。
オンボロキャラベル船上や流氷上がメインとなる。
泳げたり、別途手段を持つ場合は別。
ヒトガタに取り付くことも可能だろうが、海中に引きずり込まれる可能性もある。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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