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シナリオ詳細

再現性東京2010:寒い季節に鍋を突いて。或いは、綾敷なじみと星の降る夜…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●暮れなずむ街、空き地に1人
 練達。
 再現性東京。
 とある空き地の一にで、少女が1人立っていた。
 少女の手には花と線香。
 偶然にその場を通りかかった仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、その後ろ姿に覚えを感じて足を止めた。
 しばらくの後、少女がこちらを振り返る。
 汰磨羈の視線を感じたのだろうか? 
 否、気配は消していたはずだ。年若く、荒事の経験も禄に無いような少女に気取られることなどあるまい。
 ならばきっと、少女……『猫鬼憑き』綾敷・なじみ(p3n000168)は用事が済んで、こちらを振り返ったのだ。
「こんにちは、体育祭ぶりだね。汰磨羈さんもお散歩の途中?」
 なんて問うたなじみの口調はごく自然なものだった。
 偶然に道で知り合いに遭った、なんて風ではなくて。
 予定調和。
 はじめから汰磨羈がそこに居るのを知っていたかのような調子で、なじみはにこりと微笑んだ。
「うん?」
 違和感は一瞬。
 なじみが笑ったその瞬間、誰か……或いは、何かの視線を感じたような気がした。
 視線を素早く左右へ揺らせば、空き地の隅で寝転ぶ黒猫と視線が合った。
「どうしたの?」
「あぁ、いや。何でも無い。うん。そうだな、散歩と言えば散歩の途中だが」
「あはっ、やっぱり! この辺りって、ぽかぽかしていて、静かで、猫ちゃんたちの散歩コースになってるんだよ」
「猫か。確かに私も猫ではあるが」
「私もなんだ。お揃いだね!」
「うむ。お揃いだな」
 遠い昔に化生と成った身であれど、白く小さな猫であった頃の記憶は今もしっかり保持している。
 無論、その頃の習性も……となれば、なるほどなじみの言う“猫ちゃん”たちと同じように、なんとなく心地の良さを感じて自分はこの道を通りかかったのだろう。
 思い返せば、空き地に至るまでの道のり、歩を進めるのがひどく心地良かったではないか。
 マタタビに酔うたかのような、どこかふわふわとした気分と言えばいいだろうか。
 空き地に至る道のりは、猫にとってこの上なく歩きやすいものだったのかもしれない。
 …………。

「……いや、本当に、そうだったか?」

 自分はなぜ、この道を通った?
 人気もない空き地。
 今日、はじめて来る場所。
 なんとなく、で歩いてくるには普段の生活圏からは幾分離れすぎている。
 首を傾げる汰磨羈の顔をじぃと見て、なじみは何か、悪戯を思いついた子猫のような顔で笑った。
「うん。汰磨羈さんが良さそうだね……ねぇ、よかったら今度、一緒にお夕飯を食べない?」
「食事か。あぁ、もちろん構わない。日付やメニューはなじみに任せてしまって良いのか?」
「もちろん! 代わりに汰磨羈さんは人を集めてね。私たち、汰磨羈さんやその友達から、いつか怪談を聞いてみたいって話してたんだ!」

●夕暮れの寒風、暖かな食事
「などというやり取りがあってな、なじみとの晩餐と相成ったわけだが、誰か同行したい者はいるか?」
 と、そう告げる汰磨羈の手には一冊の本。
 “絶品! 鍋で! 気になる彼も一撃必殺!”と銘打たれたそれは、どうやら鍋料理のレシピ集のようである。
 決して新たな武技を身に付けようと書店に赴き、タイトルに釣られ誤って買ったものではないのだ。
 なぜなら、なじみの提案した晩餐のメニューは鍋料理なのだから。
「好みの食材を持ち寄ればいいよね! と言っていたな。まぁ、食べたい食材があるのなら、それを持ち寄れば良いだろう」
 ちなみになじみは“モツ”と“いわしのつみれ”を用意する予定とのことだ。
 晩餐会の会場は、なじみが懇意にしている小さな料亭の一室。
 なじみと汰磨羈が遭った空き地から、そう遠くない場所にある。
「日付が変わるころになったら、空き地へ行こうとも言っていたな。何でも、綺麗な流星が見えるのだとか」
 実に楽しみだ、と腕を組んだ汰磨羈は呵呵と大笑い。
 冬場は空が澄んでいる。
 なじみの言う流星とやらは、さぞ綺麗に見えるのだろう。
「さて……伝えるべきはこのぐらいか? 彼女は怪談が好きといっていたから、そういった話を体験した者がいれば、話してやるのも良いかも知れない」
 例えば、死してなお動き続ける死体の話。
 例えば、広大な海に潜む怪物の話。
 例えば、いずこかで出会った名状しがたい怪異の話。
 或いは、自分自身の話がオカルトたり得る者も中にはいるだろうか。
「それと……うぅん? 何だったかな、何か彼女と会った時に違和感を感じ気がするのだが」
 と、しばし汰磨羈は思案して……。
「思い出せないということは、そこまで重要なことでもないか」
 すぐにはそれを思い出せずに、彼女は考えることを諦めた。

GMコメント

こちらのシナリオは「<マジ卍体育祭2020>障害物競争。或いは、綾敷なじみと白い腕…。」のアフターアクション・シナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4578

●ミッション
鍋を美味しく完成させる。
※実食の際の団欒までこなして、鍋ははじめて“完成”となる。
※〆は雑炊でもうどんでも何でも良い。


●ターゲット

・綾敷なじみ
無ヶ丘(なしがおか)高校に通う一年生。
たった一人だけのオカルト研究部。
https://rev1.reversion.jp/character/detail/p3n000168
夕暮れの空き地、寒空の下で1人佇んでいた。
偶然通りかかった汰磨羈を食事会に誘う。
メニューは鍋。
冬といえば鍋。
〆は雑炊派だろうか、それともうどん派だろうか。
彼女は何かしらの目的があって、イレギュラーズを食事に誘ったようだ。

●フィールド
時刻は夜。
閑静な住宅街にある料亭の一室。
掘りごたつ。
庭から表の通りに抜けられるようだ。
料亭から徒歩5分ほどで、なじみと汰磨羈が邂逅した空き地に辿り着く。

猫の額ほどの狭い空き地。
日当たりが良く、静かなためか野良猫たちの散歩コース兼憩いの場となっている。
夜には空が綺麗に見える。
今夜は流れ星が見られるらしい。


●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 再現性東京2010:寒い季節に鍋を突いて。或いは、綾敷なじみと星の降る夜…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2020年12月13日 22時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ラウル・ベル(p3p008841)
砂の聲知る
エミール・エオス・极光(p3p008843)
脱ニートは蕎麦から
えくれあ(p3p009062)
ふわふわ

リプレイ

●寒い季節
 冷たい空気に月明かり。
 閑静な住宅街。民家と民家の間にポツンと建っている料亭を前に『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は何とも言い難い表情を浮かべていた。
 感心したような、驚いたような、呆れたような……。
「懇意の料亭か。随分いいもん食ってんだな……俺片手で数える程しか行った事ねえぞ」
 エノキと水菜の入った袋を手に提げて、ポツリとそんなことを呟く。
「ずっと一人鍋してたからね、こんなわいわいと鍋を囲むのは本当に久しぶりよ! 今日は食べられるだけ食べるぞー!」
 立ち止まったマカライトを押しのけて『ビビりながら頑張るニート』エミール・エオス・极光(p3p008843)は白菜を掲げて、料亭の門を潜っていった。
 
「やっほー、みんな! 今日は来てくれてありがとう!」
 庭に面した一室で、待っていたのは『猫鬼憑き』綾敷・なじみ(p3n000168)だ。部屋の中には掘り炬燵が2つと、そこに設置されたコンロと鍋。
 なじみが持参したモツといわしのつみれも、皿にきれいに盛り付けられていた。
「こんばんはだ、なじみ。掘りごたつに鍋。同じ猫だけあって、実にいいチョイスだな」
 寒い寒いと呟きながら、早速とばかりに『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は炬燵へ駆けていく。
 襟元にファーのついた白いコートを纏っていただが、それでもよほどに外が寒かったらしい。
 炬燵はすでにぬくぬくだ。一行の到着に合わせて、旅館の者がスイッチを入れておいたのだろう。
 話を受けた汰磨羈がそんな様子なので、代わりに『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)がなじみに深く礼をする。
「やあ、今日はお誘い、ありがとう」
「どういたしまして! 私も、皆とお鍋が出来てうれしいよ」
 挨拶もそこそこに、一行は早速鍋の用意に取り掛かる。

「鍋か……いつの間にか寒くなってきたし、鍋を囲むにはいい時期だ」
 牛すじ肉に人参、春菊。
 持参した食材に包丁を入れながら『Stella cadente』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)はテキパキと仕度を進めていく。
「おや? エミールさんは随分と手際がいいね?」
「任せてちょうだい。結構、お料理好きなのよ。あ、それ貸して。野菜切ったりとかするよ」
 喫茶兼酒場を切り盛りするモカと、ここしばらくの間、野宿を続けているエミールの手にかかれば、皆で持参した大量の食材はあっという間に“食べられる状態”へと姿を変えていくのであった。
「……様々な具材を煮込んで皆で食す料理だったか? なるほど。これは、日本酒が合いそうだな」
 モカの持参した酒瓶を手に『艶武神楽』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)はそう呟いた。
 彼女はどうやら鍋を食したことが無いようだ。準備を進めるモカやなじみの手元を、注意深く観察している。
「ブレンダさんも鍋ははじめて?  実は僕も、初めて鍋を食べるんだよね。楽しみだな」
「冬はおなべがおいしい! ぼく知ってる!」 
鍋を始めて食べるのは、何もブレンダだけではなかった。『砂の聲知る』ラウル・ベルと(p3p008841)『ふわふわ』えくれあ(p3p009062)も、鍋料理初体験となる。
「……ぬいぐるみ?」
 しゃべって跳ねるえくれあを見て、なじみは不思議そうに小首を傾げてみせた。

●鍋を囲んで
 炬燵と鍋は2つずつ。
 鍋の中央には仕切りがあって、1つで2種類の味を楽しめるようになっていた。
 味噌モツ鍋、水炊き。
 火鍋、トマト鍋。
 掘り炬燵の1面につき1人の配置となったところで、いざ乾杯の音頭を取るのは(おそらく)最年長であろう汰磨羈であった。
 いかんせん、年齢不詳の者も多いが、少なくとも汰磨羈の場合は齢1000は超えている。
「では、皆、今年もお疲れ様だ! 堅苦しい挨拶などしないからな。どんどん入れて、たらふく食おう」
 乾杯、と汰磨羈がグラスを掲げて告げる。
 次々とあがる乾杯の唱和。グラスをぶつける小気味の良い音。
 あがる湯気に、味噌やトマトの香が混じった。
「ぼく、おやさいもおにくも、すききらいないよ! すごいでしょ!」
 やわらかくなったモツを頬張り、えくれあは言う。
 彼女の席はなじみの膝の上だった。なじみに抱えられたその様は、まるで少し大きめのぬいぐるみのごとし。
「それにしても、おにわの付いたりょーてーって、すごいごうかだねぇ」
 視線をあげてえくれは問う。
 その愛くるしい仕草には、なじみも思わず笑顔になった。
「うん。いいところでしょ? お庭には時々、野良猫が入って来ることもあるんだよ」
 ほら、となじみが指さす先には1匹の黒猫。
 庭の隅に寝転がり、じぃとこちらを観察していた。
 えくれあが猫に手を振ると、返事をするかのようにゆらりゆらりと尾を揺らす。
 どうやら猫の視線は、えくれあの手元……やわらかく煮込まれたモツに向いているようだ。

「出来れば、全部食べたいけどどうしようかなー。うーん、白菜が一番美味しそうな水炊きからいってみよう」
 ぐつぐつと煮える鍋を見やってエミールは悩む。
 四方から香る良い香り。
 ぬくい足元。
 賑々しい喧噪。
「ふふっ、おいしいー! あたたまるねー! ずっと一人鍋してたからね、皆で鍋を囲むなんて、どれぐらいぶりだったかしら!」
 熱い白菜を頬張りながら、エミールはにこにこ顔である。
「1人暮らしだったの?」
 と、そう問うたのはなじみであった。
「1人暮らしっていうか、引きこもりっていうか……引きこもると自分の年齢がわからなくなって、いつまでも自分が十代だという錯覚に囚われ……あ、いや、何でもない。今のは忘れて、忘れて!」
 誤魔化すようにつみれに箸を伸ばしつつ、エミールは慌てて言葉を止める。
 
 なじみ(膝の上にえくれあ)、エミール、汰磨羈、マカライトの座る卓では、さっそくなじみの要望により怪談話が始まっていた。
「俺が傭兵になって少し経った頃、大規模な邪神討伐戦があった」
 と、出汁の染みた水菜を飲み込みマカライトはそう言葉を紡ぐ。
 僅かに頬が赤いのは、ブレンダに振舞われた酒精が回っているからか。
「俺が傭兵になって少し経った頃、大規模な邪神討伐戦があった。当然何日も戦場に籠もるわけで疲労も蓄積される。初めての大規模戦で勝手も分からず、ペース配分を間違えてぶっ倒れる奴らもいた。まぁ、俺もその一人で設置された休憩場に転がった訳だが……」
 と、そこでマカライトは言葉を区切る。
 透明な酒で喉を潤し、彼はふと視線を宙に彷徨わせた。
「の時横にいた老兵に声をかけられ、暇つぶしに話をしたんだ。その老兵の話は随分と為になってな、戦場の足運びや他愛のない話をしたんだ」
 例えば、寡兵で大群に立ち向かう際の注意点。
 敵陣で孤立した時、どうすれば無事に切り抜けられるか。
 兵糧が切れた時に食べられる野草や、動物の狩り方。
 長く戦い続けるための武器の振り方。装備の選び方。
 思えば、老人は歴戦の傭兵だったのだろう。
「そうしているうちに仲間が迎えに来て、再び出撃することになった。暇つぶしと知識をくれた老兵にお礼をしようと顔を向けたんだが……その老兵の姿はどこにも居なかった」
 先ほどまで老人がいたその場所は、何もない壁だったという。
 一体これまで、マカライトは何と言葉を交わしていたのか。
 ごくり、となじみが唾液を飲み込む音がした。
「極限状態に置かれた者は、時としてストレスや緊張から幻覚を見ることもあると言う。あぁ、私もそう言った手合いは何度も見たな。虚空に微笑みかけ者や、武器に話しかける者もいた」
「あぁ、そういう奴は俺も見たさ。でもなぁ、少なくともあの時、意識はハッキリしてたんだがな……」
 不思議な話だ。少なくとも、老人と会話した記憶は今もしっかりとマカライトの脳に刻まれている。老人の話を聞いたからこそ、彼は今日まで数多の戦場を無事に生き延びてきたのだから。

「いやー、美味い!具材すべてが汁を吸いこみいつもとは違う味になっているな。同じ具材でも出汁が違えばこうも変わるものか。これは〆とやらにも期待できそうだ!」
 グラスの中の日本酒を、一息に飲み干しブレンダは言う。
「食べてるか!? しっかり食べないと大きくなれんぞ!」
 酒に酔っているのだろうか。
 ラウルの背を叩く力も、いつもより幾分強めである。
「た、食べてるよ! 次はこっちを……」
 ブレンダに背を叩かれながらも、ラウルは火鍋に箸を伸ばした。
 煮込まれていた鮭の切り身を口に運び、直後ラウルは驚いたように目を見開く。
「っ?!  鍋って結構味が違うんだ。嫌いじゃないけど、びっくりしちゃった」
 舌に感じるピリリとした刺激は、慣れない者には少々食べ辛いだろうか。
 けれどどうやら、ラウルはそれを気に入ったらしい。火鍋を突く箸の動きは止まらない。
「辛いものってそんなに食べたことないけど、なんだかこれは箸が止まらなくなるね」
「うん。世界には多様な料理がある。普段食べることは無いだろうが、戦場料理などもな。ラウルは軍靴を煮て食べたことはあるか?」
「え? 軍靴? 靴?」
「牛革で作られているから、煮れば食べられるんだ。兵糧が尽きても、生き延びられるようにな」
 などと言いながら、ブレンダはモツを口に運んだ。
 いざとなれば軍靴を煮て食うことある騎士職とはいえ、どうせ食べるのなら美味しく煮込んだ新鮮な肉が好ましい。
 当然酒も、水で薄めた安酒よりも、食に合わせた美味い日本酒が一番だ。

 モツの追加を鍋に入れつつ、モカは静かに言葉を紡ぐ。
「これは、超高層ビルに潜入して消えた女スパイの話なのだが……」
 それは1人の……1体のアンドロイドの物語。
 造られた生命。命令を熟すだけの日々を繰り返す。
 そんな彼女は、ある日忍び込んだ先で自身の創主たる人物と出会い……。
『君には世界がどう見える?』 
 そんな言葉を最後に、その世界から姿を消した。
「……アンドロイドは、心を得たのかな? 彼女はどこに? 彼女は、夢を見られるのかな?」
 だったらそれは、きっと一等素敵なことだよ。
 なんて、どこか優しい笑みを浮かべてなじみはそう言葉を紡ぐ。
「さぁ? どうだろうね。きっと彼女は、今頃どこかで楽しくやっているんじゃないかな?」
 なんて言って、日本酒を手に自分の席へと帰るモカを、ゼフィラは怪しい笑みで迎えた。
「興味深い話だったよ……この街にいると色々と聞こえてくるが、いずれは検証なりしたい所だね。危険が伴うのは間違いないのだけれど」
 モカの話をメモに記して、ゼフィラはそんなことを宣う。
 件の女スパイは死の間際にその世界から姿を消した。その現象にはゼフィラも覚えがある。それは彼女が実際に体験したことだからだ。
 病床。白い天井。薄れる意識。
 死の間際、気付けばゼフィラはこの混沌たる世界に召喚されていた。
「個人的にその手の話が好きなものでね」
「こんなところでも探求か。君は生粋の冒険家らしいな」
 肩をすくめてモカは日本酒の瓶を手に取った。
 空になったゼフィラのグラスに、透明な酒精を注ぎ淹れると、鍋の火力を僅かに落とす。
 料理が苦手なゼフィラでは、鍋の煮詰まり具合が判断できなかったようだった。

 宴もたけなわ。
 雑炊、パスタ、ラーメンといった思い思いの〆も楽しみ、鍋はすっかり空っぽだ。
 しばしの歓談の後、一行はなじみの案内で料亭近くの空き地へと移動していた。
「……ほぉう、なるほど。これは綺麗な流星だ」
 空を見上げた汰磨羈が告げる。
 きらり、走る、一条の光。
 降る流星を目で追いながら、そう言えば、と彼女は話を切り出した。
「流星と言えば私の出身世界に、面白い怪談があるぞ」
「出身世界……あ、そうか。汰磨羈さんってこの世界の人じゃないんだっけ?」
「あぁ。宇宙猫だとも。そしてこれは、とある星系での話だ。その宙域を走るとある流星。それに遭遇したら、その艦には幽霊が憑いてしまうという」
「幽霊? 宇宙船に? 取り憑かれたらどうなっちゃうんだろ?」
「その幽霊に憑かれたら、乗組員達は地図に無い宙域を目指してしまうのさ。虚ろな表情で、飯も食わず、ひたすらに船を操り続ける。そうして行き着く先は艦の墓場だ。着いたら最後、そのまま墓場の仲間入り」
 と、そう言って汰磨羈は視線を空へ。
「流星の正体は、仲間欲しさに墓場から飛んできた巨大な霊魂だと言う。ところで……なぁ、なじみ」
 流れる星を目で追って、汰磨羈は静かに言葉を紡ぐ。
「私が良さそうとは、どういう意味だったんだ?」

●星の降る夜
 あの日、なじみと汰磨羈が邂逅したのはほんの偶然。
 ……果たして、本当にそうだっただろうか?
「実際のところ、なじみと逢ったあの日、自分がどうしてここを通ったか覚えていないんだ」
 偶然、彼女は空き地の前を通りかかって……。

『うん。汰磨羈さんが良さそうだね……ねぇ、よかったら今度、一緒にお夕飯を食べない?』
『私“たち”、汰磨羈さんやその友達から、いつか怪談を聞いてみたいって話してたんだ』

 線香と花を手にしたなじみから、夕食会の誘いを受けた。
「……あはっ。汰磨羈さんってば鋭いね」
 しばしの沈黙の後、なじみはくすりと微笑んだ。
 にゃぁ、とどこかで猫の鳴く声。
 そう言えばこの空き地は、野良猫たちの憩いの場であったのだったか。
「あ、猫ちゃんたちだ!」
 なじみの腕に抱かれたままで、えくれはがそう声をあげた。
 見れば、空き地の四方から野良猫たちが姿を現し、こちらに向かって来るではないか。
 その中には料亭で見かけた黒猫もいた。
「鍋は皆で食べた方が断然美味しかったけど、今度は猫たちも交えて星を見る会?」
 と、そう言ったのはエミールだ。
 猫は夜な夜な集まって、集会を開くと噂に聞くが、まさかここがその集会場なのだろうか。
 10匹を超える猫が集まる、ある種異様な光景にエミールは思わず1歩後退。
 その足元を、するりと何かが通り過ぎていく。
「んぁっ!?」
「何だ? 何か小さなものが足元を通り過ぎて行ったような気が……」
 するような、しないような?
 首を傾げるブレンダは、チラと視線をエミールへ向けた。エミールは無言で首を振るばかり。足元を通り過ぎた何かの正体は、彼女にも分からないらしい。
「何の姿も見えないな」
「でも、一瞬獣の気配がしたような……」
 視線を巡らすモカの隣で、ラウルはそんなことを言う。
 彼が視線を向けた先……空き地の隅には、なじみが備えたものだろう、小さな花束が置かれていた。
「一体、何が起きてるんだ?」
「興味深いね。なじみ君は何か知っているのかな? 悪意は感じないから、とくに気にはしていないけれども、少し気になるな」
 マカライトとゼフィラの視線を受けて、なじみは困ったように笑った。
 それから彼女はその場にしゃがむと、そっと足元の虚空を撫でる。
 そこには何の姿も見えない。
 けれど、確かに何かがいる。
「“この子”はね、今日、消えちゃうんだ。ずっと野良で、誰かに飼われることを願っていて……でも、それは叶わなくて」
「……猫、か」
 なじみの手元に視線を落とし、マカライトはそう告げた。
 あぁ、とラウルは得心がいったように言葉を零す。
「最後に団欒に触れたがっていたからね。それで、偶然通りがかった汰磨羈さんにお願いしたの」
 汰磨羈をこの場に呼んだのは、ともすると野良猫たちの強い想いなのかもしれない。
 願えば、奇跡は、必ず起きる。
 人も動物もそれは同じ。
 旅立つ仲間の望みを叶えるために、野良猫たちは願ったのだ。
 それに相応しい者を、この場へ導いてほしい、と。
 汰磨羈が選ばれたのは、同じ猫ゆえに相性が良かったからだろうか。
 なんて……そんなものはただの予想に過ぎない。実のところ、汰磨羈が通りがかったのは、本当に単なる偶然なのかもしれない。
『にゃぁ』
 暗闇の中、小さな猫の鳴き声が聞こえる。
 子猫の鳴き声だろうか。
 生後数カ月で旅立つ子猫からしてみれば、齢1000を超える汰磨羈はともすると憧れの存在なのかもしれない。
 猫でありながら長くを生き、力を得て、人の姿を手に入れて、そして仲間と団欒する。
 まさにそれは、子猫の思い描く幸福の体現。
「もう、行っちゃうんだね」
 なんて、なじみが呟いたその瞬間。
 にゃぁお、と一斉に野良猫たちが鳴き声をあげた。
「いつか、再びこの世に生を受けることがあれば、私のところに来るといい。何年だろうと、何十年、何百年だろうと、私はお前を待っていよう」
 その時はまた、一緒に鍋を囲んで過ごそう。
 なんて、虚空に向けて汰磨羈は告げた。
『にゃぁ』
 と、ひと声。
 掠れた猫の鳴き声が、皆の脳裏に響いて消える。
「……この話は、記憶の中だけに留めるとしよう」
 いつか再び逢う日までは、と。
 事の仔細をメモした頁を破り捨て、ゼフィラはそう呟いた。

 空に一条、星が走った。
 1匹の子猫がこの世を去ったこの瞬間にも、どこかで新たな命が生まれる。
 生きて、死んで、巡って、いずれ再びこの世に生まれて。
 そうして世界は巡っていく。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加ありがとうございました。
鍋と団欒、満喫していただけたでしょうか。
なじみの目的も無事に達成されたようです。
依頼は成功となります。

この度はご参加ありがとうございました。
また機会があれば別の依頼でお会いしましょう。

余談となりますが、寒くなるとうちの猫が頻繁に布団に潜り込んできます。
冬は嫌いですが、猫と眠れて幸せです。

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