PandoraPartyProject

シナリオ詳細

母、禍乱花

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●母として
 忌々しい。
 いつぞや刃を交えた子らを想起して、禍乱花(カランカ)なる女は苦々しさを噛む。
 ――数多の獄人を抱える者が在る故、禍乱花殿の望みも果たされましょう。
 そう誘われ、暗く湿った座敷牢から出された先、確かにこの上ない絶景があった。獄人、獄人、獄人、何人いたのか、もはや覚えてなどいない――否、正確に数えられる程の正気を持ち合わせておらず、女はただただ打ち震えた。
 あの子と同じ、獄人がいる。
 そのときのことを思い出しては心踊り、まともに死の国へ送れなかったことを悔やむ。場にいた獄人をあの子の元へ送り届けられたなら。母無き世界で泣いているであろうあの子に、おともだちが沢山できたなら。きっと今頃、あの子も笑って過ごしていたはず。だのに成せなかった。
「ごめんなさい、今度こそは連れていってあげますからね」
 あの子を拾ってからの人生は、華やかに色付いていた。「獄人なぞ拾いおって」と罵られ、殴られても、あの子がしがみついてきたから。「何処の子とも知れぬ者を我ら八百万の園に入れるでない」と突き飛ばされても、あの子がぎゅうっとしてくれたから。
 乱花と呼ばれていた頃の女には、筆舌に尽くしがたい『愛』なるものに満たされていた。けれど今は。
「ん? こんなところに人が……?」
 切り株に腰掛けて膝を抱える女の耳朶を、若者の声が打った。京から離れた森に用がある者など、そうそういない。
「どうしたんだ、具合でも……」
 親切心から歩み出てきたのは、見知らぬ赤髪の旅人。
 月明かりに浮かぶ彼の顔を知って、禍乱花は瞠目した。嗚呼、嗚呼そんな、と悲鳴が溢れ出る。
「そっくり……」
「へ?」
「あの子にそっくり、ええ、ええ、とても」
 昔日にしかと握って引いた、幼い手の温もりを思い出す。己の手がいかに冷たくとも、あの子の柔らかさと温度だけは、今でも鮮明に。やまぬ興奮から禍乱花は思い込んでいた。ここまでそっくりな子が他にいるはずもない、きっとあの子も喜ぶはずと。
 幼き子が成長した姿など、知るはずもないのに。
「ねえ、あなたをあの子の処へ送ってさしあげましょう。大丈夫、苦しまないようにするわ」
「な、何言ってるんだ? ちょっと待……!」
 何処からともなく現れた提灯小僧が楽しげに跳ね、禍乱花と共に青年を追う。

●森の中
 落葉が足に纏わり付くたび、がさがさと歌う。紅も黄も橙も、すべてが混じり地へと落ちた森は紅葉狩りを過ぎ、迫る冬を思わせる。そんな森をゆくのは、イレギュラーズだ。ひと気のない森を訪れたのは、紅葉狩りのためでも、栗拾いのためでもない。
 禍乱花(カランカ)なる複製肉腫の目撃例があったため、歩を運んでいた。先日、京での戦の際に現れ、そして行方を眩ませた相手だ。
「それらしき姿だったのよね。聞いた話だと」
 うーん、と首を傾けてオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が考える。夜という雰囲気と、敷き詰められた枯れ葉の色彩が妙な景観を生み出している気がして、考えるか足を動かしていないと、森に呑まれそうだった。
「新たな惨劇を生む前に、今度こそ止めなくては」
 思い出になるほど遠くもない日をリゲル=アークライト(p3p000442)が想起する。禍乱花と対峙するだけでなく、直に向き合う時間の長かった彼は、自然と面持ちも強張ってしまう。放っておけば、あの子の元へ次々と獄人や子どもたちを送ろうとするだろう。すなわち、誰かの命が奪われてしまう。
 そうじゃな、と瑞鬼(p3p008720)が首肯した。しかしいつもの悠々とした笑みは、今宵心なしか歪んでいる。
「なんぞ我が子とやらの面影を見たか知らぬが、童扱いは解せぬからのう」
 すくすく成長した子を夢想していたのが、狂気に侵されたか。それとも育つはずだった子を嘆き悲しんだ末の発言か。いずれにせよ瑞鬼にとっては、女の事情よりも「あの子とやらと同等の扱い」を受けたことが癇に障った。
「待て、落ち着けって!」
 遠くから、声が聞こえてきたのはそのときだ。
「俺とお前初対面だよな? だからお子さんのこととか、よくわからないんだけど……」
「ご安心を。向こうであの子も今か今かと待っていますから」
「そうじゃなくてだな……あっ!」
 蠢く情念に追われた青年は、イレギュラーズに気づくとすぐさま方向転換して。
「よかった人がいる、手を貸してもらえるか!?」
 夜気に紛れたイレギュラーズへ、助力を求めに近づいて来る。後背へ迫る、提灯小僧と禍乱花を連れて。

GMコメント

 終焉を贈りましょう。よろしくお願いします、棟方ろかです。

●目標
 禍乱花の撃破または救出
※だいぶ狂ってきて不安定なため、「不殺で倒す」だけでは元に戻る可能性が低め。
※何かしら彼女の心に働きかけ、それが効けば救出できる可能性は上がる。

●状況
 時間は夜。舞台は月明かりが降る森。オープニング直後からスタート。
 切り株が点在して枝葉も少なく、森自体の密度はそこまで濃くない。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。

●敵
・禍乱花(カランカ)×1体
 八百万の複製肉腫。感染前の意識と狂気が混じり、おかしくなっている。
 執着し得る対象は様々。防御技術に優れており、纏う邪気に【反】あり。
 攻撃技は二つ。
 一つ、花影縫い。いくつもの簪で、人や影を縫うように刺す。【崩れ】【致命】
 二つ、禍香の子。自分の周りへ撒き散らした禍の香気で、心身を侵す。【必殺】

・提灯小僧(妖)×4体
 提灯を持った子どもの妖。提灯の色によって使う術技が異なる。
 小僧から広がる赤炎は、痛いけれど熱くない。腹の底から沸々と【怒り】が起こる。
 青に見透かされた者、覚えた苦しみは悲哀に代わり、身も心も【凍結】する。
 白の光に囚われたなら、知らず無数の傷を負い、付与した力を失う。(【ブレイク】)

●味方(NPC)
・珠(じゅ)
 オデット・ソレーユ・クリスタリアさんの関係者さん。
 戦闘ではパワー耐久型。耐久力があるとはいえ、狙われ続けると危険です。

 それでは、どうか決着を。

  • 母、禍乱花完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月12日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
只野・黒子(p3p008597)
群鱗
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
ドミニクス・マルタン(p3p008632)
特異運命座標
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き

リプレイ


 ――かかさま。じぶんはどうして、泥や石をぶつけられるのですか?
 混じり気無き声であの子は問うた。
 ――じぶんが、わるいこだからですか。
 あのときの瞳を、母は未だ忘れられずにいる。

「間に合った様でござるな」
 追われる者を認識した『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が即座に動き、闇夜から駆けてきた青年を仲間たちの元へ押す。手を貸してくれと言った青年を月明かりの下ではっきり認めた瞬間、一人の少女がぎょっとした。
「って、ジュート!!?」
 小柄な身から出たとは思えない大音声で『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が驚愕する。
「誰かと思ったじゃないの!」
「えっ……と……」
 名を呼ばれたというのに青年は反応が遅れた。明らかに戸惑った様子だ。
 そうしている間にも『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)たちは、青年とすれ違う形で前へ飛び出す。
「なんじゃ知己か、なら話すのも手間が省けそうじゃ」
 瑞鬼はオデットへそう告げ、禍乱花を真っ直ぐ捉えた。
 仲間たちが前へ進み出たのを機に、提灯小僧らも跳ねてくる。無邪気さを孕んだ妖たちだ。
「あれは引き受ける」
 静かに宣言した『特異運命座標』ドミニクス・マルタン(p3p008632)が、顎で提灯小僧を示す。相手の情報は多く持たない。だからこそ徹するならば仲間の手助けだと決めていた彼は、闘争心を呼び覚まして弾幕を張る。一足先に遊びにきた提灯小僧を蜂のように刺し、禍乱花と戦友の対峙を阻もうとした存在を遠ざけた。
 切り株を足場に跳ねた小僧をも、暗闇が覆う。呑み込んだ暗闇は提灯すらもちらつかせ、一縷の望みを闇で削ぐ。それは『群鱗』只野・黒子(p3p008597)が得手とする策。仲間が生への希望を紡ごうとするならば、戦の運を傾けるは己が役目とばかりに、ひっそり佇むままで。
(……気運を寄せるすべは心得ております)
 成り行きは人々が築くもの。だから黒子は戦場を広く見据え機を逃さぬよう努める。
 その間、咲耶が濡羽色の絡繰手甲に月光を注がせていた。妙法鴉羽が変じた手裏剣を、暗黒に付き纏われて狼狽する小僧へ打つ。常であれば避けられる可能性も高かったであろうに、提灯小僧は手裏剣に突き刺され痛みに喘いだ。
 仲間たちの役割は疾うに定まっていた。禍の名がついた女、乱花と相対する者。それを邪魔する妖の子らを相手取る者。
 定まっているからこそ『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)もまた、木が生む暗夜の合間を縫っていた。真正面から小僧の遊戯に付き合うドミニスクや黒子、月光に沿う咲耶とは別に――狙うは同じ提灯なれど、鬼灯の位置は。月降らぬ木々より忍び寄って、挟撃できる場所。提灯の群れをドミニスクたちと挟むよう、鬼灯と章姫は陣取った。
 青年を追いかけてきただけの禍乱花は、夜気から出てきた覚えある姿を散見し、微笑んだ。相も変わらず子の想い出に縋る女へ、瑞鬼が手短な挨拶を向ける。
「また会ったの」
「まあ。まあ。会いにきてくだすったのですね」
 禍乱花が皆を一瞥した。疾風のごとき力を点した『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)の凛とした姿もまた、女にとっては『同じ』に視えたのだろうか。ふと眼を投げて。
「あなたも、あなたも本当に……」
 語の尾まで聞かずとも、女が何を言わんとするかは悟れた。
 かの者はやはり面影に囚われている。そうと解っているから瑞鬼も目を眇めて。
「獄人(わし)を通して『誰』を見ているのかは知らんが……」
 繋げ、深めて、力とするための術を自身へ宿しつつ瑞鬼は女から眸を外さない。
「まずは正気に戻ってもらうぞ」
 こくりと希紗良も頷く。
(命を奪って終わりとするのは、最終手段であります)
 忌まわしき肉腫の呪縛から解き放つ。そのために希紗良も俯かずにいる。
 そして銀月を思わせる清かな輝きを帯びた『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が唇を震わす。
「もう人殺しはさせない!」
 高らかなる宣言は夜を引き裂いた。
「したければ力づくでねじ伏せてみろ!」
 前へ進むため対面した彼らの想いなぞ露ほども知らず、禍乱花は嬉しそうに笑うばかりだ。
 丁度そのとき、彼らの後方にいるオデットは、ジュートと呼んだ青年――珠への説明を終えた。
「なんとかしてあげるから、引っ込んでくれてていいのよ?」
 引っ込む、という言葉が気にかかったらしく珠の目許がひくりと動く。
「手を貸してもらうんだ、俺だけ逃げ隠れするわけにはいかない」
 返る声音は芯あるもので、彼自身の性分を顕すものだった。
 オデットは揺らぎかけの瞳を隠すように女へ向き直って。
「なら子供の方をお願い! あの女の人は……助けたいから」
 一度は喉元で呼気が詰まるも、言い切る。珠の肯う仕種が、濡れる視界の隅にぼんやり映った。


 落葉に埋もれた地で女が禍の香気を振り撒けば、澄みきった月夜が淀む。子を連れ去られた悲しみと恨みに狂う女は、若者たちをあの子の下へ送ろうとする。禍々しい気を審判の一撃で打ち払い、リゲルは訴え続けた。
「貴女が人を殺し続けることを、御子は喜ぶのかい?」
 気づいてほしい。母たる彼女にわからぬ筈がない。そう信じて。
「ええ、ええ、あの子はずっと待っているのです。おともだちが増えるのを」
 星の加護も得たリゲルを攻め立てる禍乱花は、揺らがない。思い込みはあまりに深く、強かった。
「あなたもそう願っているのでしょう?」
 女が問いかけたのは瑞鬼だ。瑞鬼は聖なるかなをリゲルへももたらしたのち、女を見据える。血の繋がらぬ子を持ち、それを想う心身は瑞鬼にも理解できよう。瑞鬼もまた、同じ境遇の子がいる故に。しかし瑞鬼は質問を突っぱねた。
「願ってなどおらぬと応じたところで、聞かぬじゃろうな」
 理解できない部分を我が身へ染み込ませるつもりは、毛頭ない。
 そこへ矢継ぎ早に希紗良が尋ねる。
「キサ達の声、聞こえているでありますか?」
 真っ直ぐな声は、狂った母にもしかと届く。
「今のそなたには何が見え、何が聞こえるでありますか」
「大丈夫よ、あなたの苦しみ、母にはすべて解っております」
「いいえ、わかっておりませぬ」
 毅然とした態度で言い放った希紗良へ、母は少しばかり不思議そうに瞬いた。
 皓々たる輝きを宿した一振り、希紗良の切っ先は禍乱花の眼前を、溢れて止まない邪気を裂く。あの子の元へ届けると言いながら、あの子の姿をこの場に見出だす母の不和は、狂気に侵されているがためのもの。だから少女は邪気の隙間から突きつけた。歩を運ぶたび立ち上る、枯れ葉の歌を連れて。
「解る道理がございませぬ。そなたのお子は……ここにおりませぬゆえ」
 連ねた若者たちの言葉は、徐々に女の聴覚へ忍び入る。交わした言の葉が、体内に巡る風邪(ふうじゃ)を押していく。だからか禍乱花は若者たちに耳を傾けた。先刻よりもやや深く。
 彼女に生じたある種の異変は、妖の群れをざわつかせる。
 赤き炎に一度は魅入られたオデットも、腹の底から沸く熱を振り切って提灯小僧へ魔法を贈った。
「さぁ、妖精からとっておきの悪戯をプレゼントよ。遠慮せず受け取って!」
 風雨にまみれた葉の絨毯で小僧は足を滑らせ、凍える空気に身震いする。体勢を崩した小僧が赤提灯を掲げようとするも、一足早く珠が飛び込み、渾身の一太刀で夜に浮かぶ赤を叩き落とす。
 そして提灯が拉ぐのを見届ける前に、提灯の白光に煽られて間もない鬼灯が、水無月の足環を揺らしながら近くの木へ飛び移った。
「好機なのだわ!」
「ああ、好機は逃さず掬おう」
 麗しき章姫の掛け声に合わせて、鬼灯は闇の月明かりで提灯小僧を照らす。
 オデットと珠が見守る目の前で、妖は提灯だけでなく命の灯さえも失った。
「一体、潰えました。次なる標的は青を放つ妖です」
 青い燈りに見透かされながらも黒子が仲間へ伝達し、自らを凍てつかせた不安は自分の手で奪い去る。
「承知でござる」
 報せを受け、すかさず青へと続く陰に無形の型を潜ませた咲耶は。
(乱花殿を説くため手を尽くす仲間があるならば)
 暗澹たる世にも伏せることの無いまなこで、青を翳した直後の小僧へ斬りかかる。提灯の枠で歯止めとなった一撃は、咲耶と小僧の顔を近づけた。
「……お零れを狙ったつもりであろうが、そうはいかぬ」
 囁きながら圧した咲耶の悪刀乱麻は、大呪の残り香を――悪しき妖気を逃さない。
「金輪際、悪さはさせぬ。拙者らの……皆の意をその身に刻むが良い」
 情け容赦なき宣告に臥せた小僧をよそに、黒子の拓いた射線へ立ったドミニクスが、強かに抉る凶弾で掃射する。疾駆した死の弾が悪意を貫く間、ドミニクスは仲間が対応を続ける禍乱花を見やった。
(死んだ我が子のために、か)
 機械の身でも温もりは伝わる。熱も冷たさも、生温さも。
 だから空気から滲むかの者の温度を、あの痛ましさをドミニクスも感じていた。
(同情はするが、当人も判らなくなっているのだろうな)


 愛児を求める母は哀れな悲鳴をあげた。あの子にそっくりだから、抱き竦めたくて仕方が無かった。幼子を宥めたときの感覚をそのままに彼女が珠へ向かうも、触れることすら叶わない。
「自分のために母親が人殺しするなんて、私が子どもなら嫌よっ」
 割って入ったオデットが、禍乱花へ言葉の冷や水を浴びせたからだ。
「馬鹿な真似はおよしなさいな」
 阻まれたためか不意に冷めきった女の声が、痛みに片目を瞑って耐えるオデットを射抜く。
 けれどかの声はすぐさま生温いものへ転じた。
「さあさ愛しい子、その顔を母に見せてちょうだいな」
「っ、俺は違うんだって!」
 似ている、と感じていただけのものがいつしか掏り替わっていた。
 腕を伸ばす禍乱花へ、リゲルと希紗良の刃が入る。希紗良の鬼渡ノ太刀が女の意識を、珠から引き剥がす。ひとつの問いかけと共に。
「そなたのお子は、どのような姿で、どのような声をしておりましたか?」
 何を当たり前のことを聞いているのかと、分からぬ身でありながら、さも当然のように首を傾いだ女はしかし答えに詰まる。生じた隙で黒子が、珠とオデットへ順番に賦活の力を注ぐため動く。治癒に励む仲間の姿を隠すように、リゲルも女の前へ立ち塞がって問う。
「思い出を大切にしてほしいと、御子はそう願っているんじゃないかな」
「何を、言うのです」
「御子も貴方が大好きだったんだろう?」
 言下、女の双眸が見開かれる。
「貴女が、その子を大好きだったように」
 リゲルが連ねていく中で静止した禍乱花の元へ、提灯小僧が駆け寄る。駆け寄ろうとしたが。
「見せ場なのだ、邪魔してくれるなよ」
「そうなのだわ、見守らなくちゃダメ!」
 鬼灯は魔糸で模った手裏剣を打ち、痺れる毒で小僧を蝕む。絡み付く光に抗おうとした童は、提灯よりも根深い輝きを払い切れず、崩れ落ちる。するとそこで章姫が、もう一体の提灯小僧へと振り向いて。
「そちらの提灯さんも、一緒に遊びましょう?」
 誘えば小僧がかぶりを振った――気を取られたかれへ咲耶が仕掛ける。死角からの一撃は闇から抜ける道を知らぬ妖へ、命の終わりに見るという真闇をもたらした。そして咲耶は一拍で息を整え、声を張る。一声を飛ばした先はもちろん。
「思い返すがよい、貴女が御子息と過ごした日々を!」
 禍乱花と呼ばれた女は咲耶の叫びにも反応し、面を上げた。
「それとも忘却の彼方へ追いやってしまったか! 答えよ!」
「忘れるはずもありません、ええ、ええ、だからこそ私はあの子のために……」
 応答を瞥見した黒子が、禍乱花に向き合うと意を決した仲間たちへ現状を報告する。
「提灯が消えた今、禍乱花嬢は完全に孤立しましたよ」
 この時分こそ、労力も手間も惜しまず若者たちが生み出した絶好の機会。
 彼の掛け声に首肯が重なり、そして。
「あの子の為あの子の為と、その独り善がりな押し付けはやめよ!」
 瑞鬼が弱き心を突けば、返るのは心底不思議そうな声。
「独り善がりなどと恥ある行いは……」
 反論した女の簪が花や影を縫う。顕現した英霊の力をもって、瑞鬼は簪が覚えさせた痛みに耐え、喉から熱を絞り出す。
「子を理由に同じ悲しみを広める行為は、紛うことなき独り善がりじゃろう!」
「そうなのだわ! 貴方が送ろうとしたその人たちにも、大切な人がいるのだわっ」
 微笑みを絶やさず次なる簪を手に取った女へ続けたのは、鬼灯と共に在る章姫だ。
 悲しみ。大切な人。
 胸裡へ響いた音は、禍乱花の足元に静寂を呼ぶ。
「なにを何を仰るのです、私はあの子が寂しがらないようにと、そのために」
 木葉が踊るのを確かめ、瑞鬼は常世と幽世の陰気で女を逆しまに狂わせた。苦痛に呻いた禍乱花が自らの腕へ爪を立ててもがく。それを目の当たりにして希紗良は睫毛を震わせる。
(母が子を思う気持ちはとても強く、尊きものであります。なれど……)
 この事態に苦しみ続けてしまうのなら、楽にして差し上げたい。
 欠片も濁らず湛えた優しさを、少女は母たる女性へ向ける――得物の代わりに。
 納刀した希紗良の横からリゲルが踏み出す。仲間の応酬が飛び交う頃、彼は揺蕩う魂を探していた。しかし彼女の子と思しき霊魂は見当たらず、思惟に耽るより先に再び禍乱花と目線を合わせる。禍乱花の荒れた呼吸が狂気から起きたのか、動揺から発生したのか、もうわからない。
 リゲルはただ、彼女の冷えた身体を抱き包んだ。
 きっと。きっと彼女の子が健やかに育っていたのなら、母親を包めるぐらいに大きくなっていただろうから。触れた箇所から邪気が滲み、その滲んだ邪気に苛まれても彼は離れない。
「御子の心を守れるのは、母親である貴女だけだよ」
 伝えたかったことを音に換えれば、禍乱花が震えた。
「いつか再会するときまで御子が笑顔でいられるような、そんな貴女でいて欲しい」
 リゲルの一言に、そばで瑞鬼もため息を落として禍乱花へ告げる。
「……ちゃんと名前を呼んでやらんか」
 僅かに尖らせた唇が瑞鬼の感情を物語る。
「名前は親が子に授ける最初の贈り物じゃ。失い狂うほど大事な子の名なのじゃろう?」
 なまえ。名前。乱花の中で昔日の音が、かかさまと呼ぶ声が明瞭になっていく。かつて希紗良が尋ねた子の姿が、声の輪郭がはっきりと。
「……ゆき、や……雪弥、かわいいかわいい、雪弥……」
 啜り泣く母を抱き留めたまま、リゲルは心や臓にまで侵食していた狂気の肉腫を絶つ。
 銀閃煌く、不殺の剣で。


「ジュート!」
 オデットが蝶を思わせる翼を懸命に羽ばたかせた。珠の元へ飛び込んでいくために。
「無事でよかった! あっ、私はこの通り元気だから大丈夫よ。でも何でジュートもこの世界に……」
「ちょ、ちょっと待って落ち着いてくれっ」
 混乱隠せぬ様子で珠が後退りする。頬を上気させて喜ぶオデットを捉えたからか、彼の顔色は惑う一方だ。
「ああっと、その……ごめん!」
 突然謝られたものだから、オデットもきょとりと瞬くしかなく。
「俺、自分が何者かも覚えてなくて……だからお前のことも……」
 言い淀んでしまう。面と向かって言えやしない。お前のことも知らないんだなどと――オデットにあんな顔で近寄られたら。
 それでも彼が告げた真実は、オデットを後頭部からガツンと殴ったに等しい。
「そう、だったの……私こそごめんね、いきなりいろいろ話しちゃって。びっくりしたでしょ」
 相手の心情を想像したが最後、オデットの口からは自然と気遣いが零れる。珠はかぶりを振った。語れる思い出も、自分の記憶もないからこそ、ジュートと呼ばれてすぐ否定できずにいたのも事実だ。ただどうして良いか分からなくて、彼はこう言いながら片手を差し出した。
「珠って名乗って来てたんだ。なんでだかその響きだけ頭にあって。……よろしくな、オデット」
 知っているようで知らない握手をして、よろしくね、とオデットも笑う。
「困ったことがあったらローレットに相談して。力になってあげられるわ」
 わかったと肯う彼の面差しは、いつまでもオデットの知る色ばかり浮かべてくる。
「……また会えたらいいわね」
「そうだな。……あの人も、お子さんに会えるといいな」
 珠が見やった先には、乱花を介抱する仲間たちの姿があった。
 上着を彼女に羽織らせた黒子が、付きっ切りで治癒の術を施している。傷はじき塞がるが、心身は耗弱しているようだ。傷が治り次第、然るべき施設へ運ぶ算段で。
「助けられて良かったであります」
 ほっと胸を撫で下ろした希紗良に、うむ、と咲耶も頷く。
「乱花殿が最後まで生き抜くのが、御子息への最大の供養でござる」
 気を失った乱花は、彼女たちの会話も知らず眼裏に夢を描く。
 それは若者たちの言により蘇った、愛し子を抱きしめたときの思い出。

 あなたは良い子よ。だって母の自慢の子ですもの。
 ――そうなのですか。……かかさまも、じまんのかかさまですよ。
 まあ。その言葉、母はとても嬉しく思います。ありがとう雪弥、大好きですよ。
 ――じぶんも、かかさまがだいすきです。せかいでいちばん、だいすきです。

成否

成功

MVP

只野・黒子(p3p008597)
群鱗

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 母、禍乱花へ届いた言葉。想い。表情。支えたすべてが築いた結果でございます。

 MVPは、戦線の基盤を支えたあなたへ。
 ご参加いただき、誠にありがとうございました。

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