PandoraPartyProject

シナリオ詳細

カルメリエ邸とヴィジャールの牙

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●悪の巣窟より悪意をこめて
 酒場『燃える石』――そこは脛に傷持つものたちが屯する酒場。料理は不味いが酒が旨い。
 幻想の裏通りに居を構えるダーティープレイヤーたちの巣窟だ。
 ここでは表の酒場には張り出されないようなアヤシイ依頼が度々舞い込み、それゆえにワルな技術をもった連中が集まっていた。
 暗殺窃盗詐欺に誘拐人体実験までよりどりみどりのダークウェブ。
 今日も悪人達が短く太い人生と酒を楽しみにドアを――
「先生ーー! せーーーんせーーーーーー!」
 年若く純粋そうな少女が、飛行機みたいに腕を広げて店内に飛び込んできた。
 長い黄金のツインテールがおおきくなびき、女装をつけてぴょーんと飛び上がった。
「逢いたかっ――」
 椅子に腰掛けエールをがぶ飲みしていたキドー (p3p000244)は椅子ごと横にスライド。
 両腕による豪快なジャンピングハグが空振りした少女は顔から落ちた。
「おいシルヴィおい、俺のことをセンセーとか呼ぶんじゃねえ」
「むう」
 額をさすって立ち上がるシルヴィことシルヴィ・フォン・ヴァレンシュタイン。
「今日は一緒のお仕事に連れてってくれるって言ったよね」
「言ってねえ」
 ぷいっと顔を背けて黄土色のフライドポテトをつまむキドー。一秒してからペッて小皿に吐き出した。
「なんだ、仕事くらい一緒に行ってやったらどうだキドー殿」
 隣のテーブルでちびちび麦茶を飲んでいたアーマデル・アル・アマル (p3p008599)が身体をひねって振り返る。
「いつもはいろんな連中と依頼に出てるんだ。今更だろう」
「おい……」
 なにか言いかけたキドーを遮って、シルヴィは『だよねだよね!』といってアーマデルに顔を近づけた。
「キミ話がわかる! 一緒に行かない? ボクはシルヴィ、スリと鍵開けは得意だよ!」
 銀のピッキングツールをホルダーリングごと指でくるくる回してみせるシルヴィ。
 アーマデルは彼女の両肩を掴んでゆっくりと横へどかすと、キドーに片眉を上げた。
「キドー殿? この娘は、その……」
「なんでもねーよ」
「なんでもねえってこたあねえだろ」
 いつの間にかそばに立っていたグドルフ・ボイデル (p3p000694)が、手に持ったビールジョッキの中身を一気に飲み干してから『おかわりぃ!』といって掲げた。
 酒場のマスターが無言で四つのビールジョッキをドンとテーブルに置く。
「……」
 キドーはそのうち二つをグドルフへ突き出すと、『飲め』と顎をしゃくった。
 首をかしげてとりあえず両方受け取るグドルフ。
 キドーもまたふたつのジョッキを左右両手に持ってから一気飲みし始めると、げふうといってグドルフをみた。
「なんでもねーよ」
「まだ言うかよこいつ」

 話を整理しておこう。
 闇酒場として知られる『燃える石』にちょこちょこ通うようになったらしい少女シルヴィ。彼女はどうやらキドーのダーティな側面にひどく憧れているようで、たびたび彼にちょっかいをかけていた。
 キドーも初めのうちは気軽にスリや鍵開けのテクニックを教えたり道具をやったりしていたが、この仕事が危険と隣り合わせだということを察して最近はわざと冷たくしているようである。
 だがそれでも構わずやってくるシルヴィについ先日根負けし、一緒の仕事を受ける約束をしてしまったらしい。
 ビールジョッキを左右交互に飲みつつひそひそ話を始めるグドルフ。
「おい盗賊めんどくせえぞ。テキトーに仕事みつくろってちゃっちゃと終わらせようぜゲッフ」
「くっせえ! 息が絶妙にくっせえ! ……テキトーにって、具体的にはなんだよ」
「民家に忍び込んで全員抹殺。指もぎ取ってくる依頼があるぞ」
 アーマデルが急に怖いことを言ってみると、キドーが今までにないようなビミョーな顔をした。
「ンだよ面倒くせえなあ。だったらこれでいいだろこれで」
 そう言ってグドルフがもってきたのは、貴族の屋敷への窃盗依頼であった。

●『ヴィジャールの牙』
 幻想貴族カルメリエの屋敷に収められているという刀身のないナイフ。その名も『ヴィジャールの牙』。
 ラサのさる遺跡から発見されたものを商人経由で買い取ったもの……と本人は言っているが、どうやら遺跡を守護する一族を襲撃した際に見つけた戦利品であるらしい。
「カルメリエってのは商業で儲けてる貴族だが、とんでもねえ悪徳貴族だ。
 珍しい品物があると無理矢理にでも奪ってから高値で売りさばく。
 買い占めて品薄にしてから独占して値段をつり上げるなんてきたねえマネも平気でやるやつさ」
 キドーは依頼書を読みながら、テーブルに足をのっけて説明をしていた。
「『ヴィジャールの牙』ってのは、まあ美術品だな。刀身のないナイフらしい。たいして高くも珍しくもねえが見た目がいいってんで自分の家に飾ってるんだと」
「ふむ……」
 アーマデルはそこまで聞いて、事の次第を理解した。
「依頼人は、元々それを持っていた部族か」
「はいご名答」
 ビッと指さし、次にグドルフへと指を指すキドー。
「で、俺たちはこれからどうする?」
「そりゃあ……『いつもの』だろ」

 『いつもの』。
 これは陽動と侵入の2チーム性で行われるシンプルな窃盗プランだ。
 まず警備員たちを集めるように陽動チームが屋敷前で暴動を起こす。
 次に侵入チームが裏口から侵入し、屋内警備に当たっている連中を黙らせたりセキュリティトラップを解除したりして目的の場所まで移動。
 目的のブツをゲットしたら即座に撤退。
 途中で見つかったとしても町中を縦横無尽に逃げながら戦い、追っ手を撒く。
 わかりやすいながらも各自の才能や工夫、そしてちょっとした連携が求められるプランなのだ。
「シルヴィ、お前は侵入チームだ。山賊、おめーはそういう繊細なのダメだろーから表で暴れろや」
「あぁ? ぶっ殺すぞ」
「アーマデルは……」
「俺は、残りのメンバー次第だな」
 アーマデルはちらりと後ろを振り返った。
 そこには、そう。
 あなたたちが、同じ依頼書を手に立っていた。

GMコメント

■オーダー
 貴族カルメリエの屋敷に忍び込み、『ヴィジャールの牙』を盗み出しましょう。
 OPでも触れたとおり『陽動チーム』と『侵入チーム』に分かれて行動します。
 侵入チームはシルヴィを含めて3名前後、陽動チームは4名前後で固めておくとよいでしょう。

■陽動チーム
 警備員を集めて騒ぎを起こし、戦闘状態を作ってそれをできるだけ継続すること。
 これが成功のために必要な要素です。
・騒ぎを起こす
 内容はなんでもOKですが、屋敷の警備員をできるだけ多く沢山集められるような騒ぎを起こすのが良いでしょう。
 酔っ払って絡む程度だとチョットだけ、ガソリン撒いて火ぃつけはじめると大量に寄ってきます。
 警備員の戦闘スタイルはマチマチで装備内容も不明ですが、ただの見回りパンピーだけじゃなく腕利きの傭兵もだいぶ混じっているので沢山集まってくると非常に厄介です。
 最悪こちらが敗北しかねないので、陽動チームの継戦能力と頑丈さから相談しつつプランを練りましょう。
 戦闘スタイルも『敵を減らす』より『味方のダメージを減らす』の方向で考えたほうが成功に近づきます。
 というのも、警備員は沢山いるのでHPが減ったそばから下がって回復するなどして永遠に攻撃できるためです。奴らも奴らでマークやブロックで突破を封じてくるので、防戦がどれだけできるかが重要になります。

■侵入チーム
 味方が警備員の注意を引いている間に屋敷へ侵入。仕掛けられているセキュリティトラップを解除したり、見回りのお手伝いさんなんかを黙らせたりして進みます。
 危険を回避するための非戦スキルをどれだけ効果的に行使できるかが重要になります。
 侵入に際して、シルヴィの鍵開けが役に立ちます。

■シルヴィ
 今回同行するNPCです。同じ依頼を受けた仲間として参加しています。
 彼女はイレギュラーズではないのでパンドラ復活ができず、戦闘レベルの方もあまり高くありません。
 もっというと『鍵開けとスリの技術』はあるものの実戦経験が非常に浅いため皆さんの指導がモノをいいます。
 彼女が『いい泥棒』になるか『わるい泥棒』になるかは皆さん次第です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

  • カルメリエ邸とヴィジャールの牙完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年12月05日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
※参加確定済み※
エマ(p3p000257)
こそどろ
グドルフ・ボイデル(p3p000694)

※参加確定済み※
沁入 礼拝(p3p005251)
足女
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
※参加確定済み※

リプレイ


 幻想の夜は暗い。
 いや正確には、幻想の貧民街の夜は暗い。そして冷たい。
 それがレガド・イルシオンの貴族主義政治がもたらす文字通りの光と闇であり、弱者の痛みが無視される根本的な原因にもつながることである。
 が、シルヴィ・フォン・ヴァレンシュタインには異なって見えるらしい。
「この時間の裏通りは星が綺麗に見えるよね! ボク、スラム街って大好き!」
 ほら見てみて! と両手を高くかざして振るシルヴィ。
 彼女の無邪気さに、『足女』沁入 礼拝(p3p005251)は完璧に美しい笑みを返した。
 美とは余計なものの排除であると、フィレンツェ最高の美術館に男のイチモツを飾り付けた歴史的彫刻家はいったそうだが、礼拝に言わせれば完全な美とは『必要なだけのもの』である。
 本来余計なものは醜く、そして余計なものこそ愛おしい。
 この夜の街ではしゃぐ少女は、本当に本当に愛おしく見えた。
「今日はよろしくね! えっと、礼拝サン? こんなに大勢で盗みのお仕事するの初めてだけど、大丈夫かな」
「大丈夫でございますよ、私達がサポートいたしますからね……きっと『よい』泥棒になってくださいましね」
「……?」
 礼拝のいわんとすることがわからなかったのか、シルヴィは無邪気に首をかしげた……が、すぐに足音に気づいて振り返った。
「あっ、先生ーー! せーーーんせーーーーーー!」
 こっちこっち! と手を振るのを、待ち合わせ場所にやってきた『ザ・ゴブリン』キドー(p3p000244)がバツもわるそうに片手かざしだけで返した。
「遊びに行くんじゃねえんだから大声だすな」
「えっひひ、なんですかぁ? 照れてるんですかあ?」
 横を歩いていた『こそどろ』エマ(p3p000257)がもはやおなじみとなった引きつり笑いを浮かべながらキドーの脇を肘でこづいた。
「キドーセンセーも隅に置けませんね。えへ、えへひひ、えひっひっひ!」
「なんだよ」
「いえいえー。キドーさんのお弟子さんなら、私にとっても大事な後輩ですからねえ」
 近づいていって『よろしくお願いしますよ』と手をひらひらかざすと、その手をぎゅっと握ってシルヴィは上下に振った。ぎょっとしてつい背筋を伸ばすエマ。
「……しかし、筋の通った仕事があって良かったよ。いや盗みは盗みなんだがな」
 ポケットからくしゃくしゃになった依頼書を取り出して頬をぽりぽりとかくキドー。
 当たり前のように依頼人の名前や情報が塗りつぶされているのが闇依頼っぽいが、悪徳貴族カルメリエが不当な理由で奪った宝物を奪い取るというもので依頼人もおそらくはそれを守護する一族かそれに類する者だろう。品の価値の割に依頼が物騒なのがその証拠だ。
 礼拝は『そんなことを気にするんですね?』といった目をしていたが、キドーが振り返るといつもの美しくも愛らしい笑みに変わっていた。
 ヒヒッ、と洞窟の奥から聞こえるような薄暗い笑い声がする。
 ふと見ると、待ち合わせ場所へいつのまにか到着していた『木漏れ日の先』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)が依頼書をひったくってながめていた。
「やはり、貴族とは良いものですねえ。
 きらびやかな外面の内に隠した悪……貶めて省みなくて良いものです。
 ワタクシが手繰るは因果応報の運命。誰かから奪ったならば、奪われる事も覚悟しておくべきでしたね」
「そういうことだ」
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が彼女から回ってきた依頼書をつまんで眺めそれをひょいと横へ回す。
「奪われた宝、か。戻れる場所があるなら戻してやりたい所だ。そうだな?」
「しらね」
 『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は回ってきた依頼書をライターで燃やすと、道ばたに放り捨ててから足で踏んづけた。
「『いつもの』にしちゃあ、ちょいと派手さは欠けるがねェ。
 ま、嬢ちゃんのデビュー戦としちゃ打ってつけじゃねえのかい。
 精々うまくやれよ、キドーセンセーよお。ゲハハハ!!」
 丸焼けて判別不能となった依頼書だったものを置き去りにして、グドルフはライターで煙草に火をつけながら歩き出す。
 わあい先生と初仕事! といって深呼吸するシルヴィを、キドーは黙って横目で見つめていた。

●カルメリエ邸に急あり
「確かに俺は、『残りのメンバー次第』と言った」
 夜更けた表通り。等間隔にならぶガス灯がゴミ一つおちていない舗装道路を照らしている。
 両サイドに並ぶ店は閉まっているが、時折馬車が通るのが見えた。
 アーマデルは街の中流階級にあたる子供がきているようなシャツとズボンに身をつつみ、蝶ネクタイをどこか苦しそうに結んでいる、
「だがこうなるとは思わなかった」
 その隣には同じく中流階級の服を着たグドルフと、淑やかなご婦人といった風情の服を着た礼拝。そして大胆に胸元を露出した高級なドレスを着たヴァイオレットが立っている。
 深いスリット状のメッシュ生地から美しい足を覗かせた礼拝が、アーマデルの襟元を整えてやりながら耳元でささやきかける。
「私のことは『ママ』と呼ぶのですよ」
「で、俺が『パパ』な! ガッハッハ!」
 俺たちは家族ってわけだ! と笑うグドルフの横で、ヴァイオレットがなんともいえない笑顔でニヤァっと笑った。
「そしてワタクシのことは『本当のママ』と呼ぶのですよ」
「わからないが……分かった」
 作戦は簡単。カルメリエ邸の前で痴情のもつれからくる女同士の痴話げんかを始め、無視するであろう警備員たちを無理矢理巻き込んで力業で大事にしようというものである。
 警備員たちは完全に他人事なのでさっさと帰って欲しいし巻き込まれるのは御免なので戦力も逐次投入されるだろうというハラだ。
 刺さる刺さらないはケースによるが、今回のように雇い主がクズな場合警備員のやる気も低いので刺さりやすい作戦といえるだろう。
 そんなわけで。
「一丁トラブってやるか!」
「ヒッヒッヒ……」

 警備員あくびをかみ殺しながら門の前に立っていた。
 本来ここまでの警備が必要な屋敷ではないが、カルメリエのあくどい商売に恨みを持つ者は多く、夜襲を仕掛ける者もまた多いのだろう。
 門番は三交代制で警備員も巡回する者と詰め所にいる者を含めるとかなりの人数が雇われている。
 そして警備員の日常的な仕事はぼーっとすることであり、特に門番にとっては時折家の前を通る人間が唯一のエンタメであった。
 なのでひたすらに色っぽいヴァイオレットが歩いてきた時にはつい目をやったし、その隣でこちらをぎろりとにらむオールバックの紳士(グドルフ)から目をそらしつつもやっぱりヴァイオレット(の胸元)に視線は集中していた。
 二人がべったりとくっついておそらくはオトナな関係であろうことも分かっていたが、門番にとってはどうでもいいことである。
 そんなときだ。
「あなた、これはどういうことなの!」
 向かいの道から駆け寄ってきた足の綺麗な女性が、突如としてグドルフに掴みかかった。
 そして綺麗に頬をひっぱたき、グドルフはぎええといって地面を転がった。
 おっとこれはまたとないエンタメが始まったぞと門番がニヤニヤしていると、声を聞きつけた警備員の何人かが門へ見物にやってくる。
 どうやら男の浮気現場が見つかったということらしく、しまいには女同士が『どちらが正妻か』について酷い取っ組み合いをはじめていた。
「おやぁ、アナタみたいなみすぼらしい方にこの方の隣が務まるのでぇ?」
「まぁ! 少し彼に遊んでもらった位で本気になるなんて恥ずかしくないのかしらっ!」
「ほら、彼を見て下さい、この褐色肌はワタクシ譲りです! ぼうや! ぼうや!」
「ああ……」
 ほぼほぼ無表情でひょっこりと現れたアーマデルがグドルフの目の前にまわって避けんだ。
「パパ!」
「パパァ!?」
 めっちゃ呼ばれ慣れてない単語だったせいでついぎょっとしたが、グドルフは咳払いをして警備員のほうを見た。
 警備員達はポップコーン片手に彼らのやりとりをニヤニヤ眺めている。
「どういうことだよパパ! ママは一人だけって言ったじゃないか!」
「大丈夫ですよ、グドルフ様。私、コブ付きでも問題ありません。
 そしてぼうや、『お母さま』と呼んでくださっていいのよ? ねぇ……あの女の所にいるよりもいい思いをさせてあげますよ」
 美しい足をチラチラさせながらアーマデルの手をとろうとする礼拝。
 男の取り合いから子供の奪い合いに発展したことで会場もとい警備員の興奮はピークに達し、あわあわしているグドルフの横でヴァイオレットが目に見えてキレた。
 街灯に照らし出された彼女の影が這いずるように膨らみ、巨大な怪物となって咆哮する。
 否、咆哮に聞こえたのは彼女が巻き起こした魔力の渦による空気のねじれだ。
「その汚い手を離しなさい!」
 すわキャットファイトかと警備員がポップコーンをつまんだその瞬間。
 あろうことか礼拝はアーマデルを抱えて警備員達の方へと走り出した。
 ついでにグドルフまでもが『助けてくれ~!』と叫びながら門番へ飛びつく始末。
 完全に外野を決め込んでいた彼らが突如として巻き込まれ、そして門はひしゃげ警備員たちはまとめて吹き飛んでいったのだった。

 『合図をしたら侵入しろ』と言われていたシルヴィにとって、この騒音と悲鳴はあまりにわかりやすい合図だった。
「先生、今?」
「そういうこった。エマは先に侵入してる。窓の鍵を外からあけられるか?」
「うん!」
 シルヴィは蝶の形をしたケースから針金を取り出すと、窓のクレセント錠にうまくひっかけて解錠。キドーはその窓から内側へと侵入……しようとして、足下に重力感知識のトラップがあることを察知した。
 一見なんてことのない廊下端の金属板を、窓に足をひっかけて逆さに垂れ下がることで丁寧に剥がして解除。ごろんと通路内に音もなく転がり込むと、シルヴィを手招きした。
 そんな二人へ近づいてくる足音。
 つい護身用ナイフを構えてしまったシルヴィの手首を、キドーが素早く押さえてさげさせた。
「味方だ」
「えひひ」
 蝋燭を持って暗い通路に現れたメイド……に巧妙に見せかけた、それはエマであった。
「どうしたんですか。怖い顔ですねえ」
 どうやら先んじて屋敷に侵入し、極端に存在感を希薄にしたことで誰にも気づかれることなく屋敷の環境に溶け込んでいたようである。
 そこへ聞こえる他の者の声。
「おいメイド、そこに誰かいたのか」
「いいえー」
 エマは愛想良くそう答えると、わざとらしくあくびをしてみせた。
「私もう眠いんです。こんなことで働かせないでくださいよう」
「うるせえなあ、俺だって非番なのにバイトがばっくれたせいで……」
 コンというガラスと木のぶつかるような音。エマは警備員が狭い詰所の中で酒を飲み始めているのだと察知した。
「そんなの知りませんよう。見回りは私の仕事じゃありませんから。今から家中くまなく見回りしてくださいよう」
「チッ! 後でやるよ!」
 舌打ちから苛立たしさが伝わってくる。エマは『これでしばらく出てきませんよ』と小声でシルヴィたちに笑いかけた。


 エマがこっそり持ってきた別の鍵と、見回り中の警備員のポケットに入った鍵をすり替える。
 それが、シルヴィに課せられた役目であった。
 エマが軽く注意をひいている間に物陰に隠れたシルヴィが素早くそれらをこなす……はずだったが。
(あっ……!)
 シルヴィの手元が狂い、スリ取る筈だった鍵が足下に落ちてしまった。
 それに気づいて警備員が振る。
 鍵を拾おうと腰をかがめていたシルヴィと目があい、今度こそシルヴィは護身用ナイフを繰り出してしまった。
 その瞬間。
 同じく物陰に隠れていたキドーが飛び出し警備員の急所をナイフの柄で殴りつけ、更にヘッドロックのような姿勢で相手を倒し、首をねじり殺……さずに、妖精のいたずら魔法を首筋でスパークさせることで気絶させた。
「ご、ごめん……」
 ぎろりとにらむキドーに、うつむくようにつぶやくシルヴィ。
 そうなってやっと、彼女の繰り出したナイフをキドーが素手で握り込むことで止めていたことに気づいた。柄に流れる血に、ヒッと喉を鳴らす。
「今回は、殺しはナシだ」
「ええシルヴィさん。盗みを働くときは必要以上に血を流さないことをお勧めしておきますよ。
 恨みを買わずにすめば、貴族様なら多少の盗みは面倒臭がって追いかけなかったりしますからね」
 キドーの手に応急処置を施すと、キドーとエマは巧みに、そしてまるで当たり前のようにカルメリエの寝室に忍び込み『ヴィジャールの牙』をとり、そして近くの窓から脱出。その際カンテラをチカチカとやって門付近で暴れているグドルフたちへと合図を送った。

 特定のリズムで点滅する光を見て、礼拝とヴァイオレットは再びにらみ合った。
「私たちの愛を引き裂くのね!」
「おいいい加減にしろ、ここはカルメリエの敷地内だぞ」
 ずかずかと歩く礼拝に掴みかかろうとした警備員をハイキックで蹴り倒し、その美しい脚に宿る魔法で回し蹴りを繰り出した。
 まるで意識を刈り取られたかのように周囲の警備員たちが目をぱちくりとさせ、互いに頭をぶつけたり柱に衝突したりとよろめいた後一斉にぶっ倒れた。
「おいこれはどういう冗談だ?」
 騒ぎを聞きつけてやってきた警備員に、アーマデルを抱っこしたグドルフが駆け寄っていく。
「助けてくれ! 嫁と嫁が殺し合ってる!」
「ハァ? 何を言っ――」
 いつの間にか小瓶の蓋を開けていたアーマデルが、駆けつけた警備員たちに不思議な香りをかがせ、くらりときたところにグドルフがアーマデルを振り回すことで警備員達を吹き飛ばした。
「武器にされるとは聞いてない」
「そりゃそうだ。言ってねえ」
 警備員達が『なんなんだ!』と叫んで起き上がるその間に、グドルフたちは一斉にその場から逃走。『面倒くさいから』という理由で追っ手がかかることもなく、この件は一旦忘れられることになった。
 翌朝、『ヴィジャールの牙』が寝室から消えていることを知るまでは。


(シルヴィ殿の気持ちもわかる気はする…かもしれない、上手くは言えないが。
 俺は強化も訓練も同期よりかなり遅れていて、『仕事』に就いたのも遅くて……認められたいと思った事もある)
 合流地点でどこかしょんぼりとした様子でやってきたシルヴィをみつけ、アーマデルは目を細めた。
 あの目を、知っている気がする。いつだったか水たまりに映った目だ。
「嬢ちゃんよ。どうだい、現実ってやつを肌で感じてきたかい。
 時には計画通りうまくいかねえって時もあるだろ。
 そこら辺含めて、今後もキドーセンセーが手取り足取り教えてくれるとよ。なあ?」
 ゲラゲラと笑いながら、煙草をくわえて振り返るグドルフ。
 街灯のない夜のスラム街。泥と石だらけのでこぼこした道の上で、キドーは『ヒヒッ』とエマやヴァイオレットのような引きつり笑いをした。
「初めてにしてはなかなかの仕事ぶりだったぜ。いい思い出になったろ」
「う、うん。あの、先生、今度は……」
 今度はうまくやる。
 そんな台詞が、礼拝の頭の中で響いた。ガラスのコップの中で反響するみたいに。
 ヴァイオレットはその一方で、キドーの牙をむき出しにした表情に目を細めていた。
「次の仕事はねえ! お前は場違いなんだよ。見ろ、最高のメンバーで最高の仕事だ。お前以外はな」
 獲得した『ヴィジャールの牙』をかざしてみせるキドーに、シルヴィは胸を押さえてうつむいた。
「『いいトコのお嬢ちゃん』に纏わりつかれたら迷惑だ。二度と俺の仕事に首を突っ込むんじゃねえぞ!」
 ケッと吐き捨てるように、もとい実際につばを吐き捨ててきびすをかえすとキドーは依頼の報告をしに闇酒場へと歩いて行った。
 いつのまにかその横をしれっと歩いているエマ。
「『やさしい』ですねえ、キドーセンセ?」
「うるせえよ」
 キドーは取り出した煙草をくわえて毒気付いた。
 アーマデルが追いついてきて、キドーの煙草にマッチで火をつけてやる。
「『戻れる場所があるなら戻してやりたい』、か」
「うるせえっての」
 夜は沈み、やがて次の朝が来る。
 しばらく待てば再び悪党達が夜の酒場に集まるが、翌晩も、そのまた翌晩も、シルヴィが『燃える石』に現れることはなかった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――依頼は達成されました
 ――一人分の成功報酬が受け取られていません。現在酒場に保管されています……。

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