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シナリオ詳細

残酷は魔となりて甦る

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●残酷、魔に堕ちる
 みすぼらしい小屋の中で、傷だらけの男が身体を横たえている。身体中に、痛々しい火傷の痕や、折れた木材が深く突き刺さった傷痕が残っていた。
「くそう、イレギュラーズどもめ……! 奴らのせいで、俺はこんなザマになっちまった。その上、ギャック兄貴もニーンも殺されちまって……!」
 自分をこんな身体にし、あまつさえ兄と弟を奪ったイレギュラーズへの憎悪を込めて、男は忌々しげに吐き捨てる。
 男の名はザン・コック。シャチの海種にして海賊である。かつてはギャックと言う名の兄とニーンと言う名の弟と共に、『ザン三兄弟』として暴れ回っていた。
 しかし、『絶望の青』を越えんとした海洋の『大号令』の最中に発生した『第三次グレイス・ヌレ海戦』において、ザン三兄弟は空から降下したイレギュラーズ達の前に敗れ去り、兄のギャックも弟のニーンも倒された。コックも自身の船を爆破され、半死半生の怪我を負っている。
 海中を漂った末に辛うじて小さな無人島に流れ着いたコックは、小屋を見つけて転がり込むと身体を休め、傷を癒やすことにした。そうしているうちに自身と同様にこの島に流れ着いた部下達に情報を集めさせたコックは、兄弟の死と、『大号令』の成功、そして豊穣と言う新天地の発見を知り、言いようのない憤怒に囚われた。
「このままではおかねえぞ、イレギュラーズども……。
 ギャック兄貴とキーンの仇を取り、豊穣とやらへの航路を滅茶苦茶にしてやる……!」
 しかし、船を爆破された時に負った傷によって、コックの身体は思うように動かない。無念に歯噛みするしかなかったコックであったが、積もり積もった憤怒に”呼び声”が囁きかけた。
 一も二も無く”呼び声”に応じたコックは、魔種へと反転した。同時に、コックの身体は自由を取り戻し、傷は瞬く間に癒えていく。
 その後海賊として再起したコックは、『大号令』によって海洋の軍事力が弱っているのをいいことに、無人島を中心に周囲の島々を制圧し、勢力を拡大していった。そして満を持して、アクエリア島への侵攻を開始したのである。

●人選の理由
 アクエリア島に駐留する海洋軍は、コック艦隊の動向を察知すると討伐の艦隊を出した。しかし、アクエリア島に届いたのは討伐艦隊壊滅の報であった。戦場の海は血で紅く染まり、少なくない兵士達が捕えられたと言う。
 敗戦の原因は二つ。一つは制圧された島から集められた民を人質に取られて討伐艦隊の動きが鈍ったことであり、もう一つは魔種となったコックを海洋の軍人達では止められなかったことだ。
 勢いづいて襲来せんとするコック艦隊を食い止めるべく、アクエリアに駐留する海洋軍は再度討伐の艦隊を編成し、ローレットに協力を要請した。
「……あれ?」
 協力要請を受けてアクエリア島軍港に赴いた『真昼のランタン』羽田羅 勘蔵(p3n000126)は、素っ頓狂な声を出した。討伐艦隊の指揮官が、想定していた人物と違ったからだ。
「てっきり、艦隊はアモンさんが指揮するものだとばかり思ってましたが」
「アモンのジジイには、非情の判断はできねえからな」
「私達が選ばれたのは、『そういうこと』ですよ」
 アモンと言うのは、『第三次グレイス・ヌレ海戦』でザン三兄弟と対峙した海洋の軍人だ。しかし、今勘蔵の前にいるのはホオジロという鮫の海種と、ヒョウモンというヒョウモンダコの海種の二人である。
 そして勘蔵は、ホオジロとヒョウモンとの会話で『そういうこと』の意味を理解した。いざとなれば人質を見殺しにしてでも魔種を止めるために、暴力的な危険人物として知られるこの二人が選ばれたのだと。
 そんな、と言いかけて勘蔵は思い留まる。人質の無事に拘泥して今度の討伐艦隊が敗れれば、アクエリア島にて人質以上の血が流れることになるだろう。
「……わかりました。こちらのメンバーにも、覚悟はしておくように伝えておきます」
 呻くように声を絞り出しながら、ホオジロとヒョウモンに向けて頭を下げると、勘蔵は同行しているイレギュラーズ達の元へと向かう。その足取りは、勘蔵の気分を反映してか重いものだった。

GMコメント

 こんにちは、緑城雄山です。今回は『第三次グレイス・ヌレ海戦』で敗れた後、魔種となり勢力を整えてアクエリア島へと攻め寄せてきた海賊ザン・コックの討伐をお願いします。

●成功条件
 魔種ザン・コックの死亡
 ※人質の生死は依頼の成否に影響しません

●失敗条件
 ホオジロ、ヒョウモンいずれかの戦闘不能

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●ロケーション
 アクエリア島近海。天候は晴天。仕掛ける時間帯はイレギュラーズ側で選べます。
 ただし、夜襲が必ずしも有利であるとは限りません。
 基本的には、コック艦隊旗艦に討伐艦隊旗艦である『アンリミテッド・バイオレンス』が接舷して乗り込んでの戦闘となります。そのため、乱戦となるでしょう。
 船の揺れ等に関しては、このシナリオにおいては影響しないものとします。

●ザン・コック
 『第三次グレイス・ヌレ海戦』で敗れたシャチの海種です。船を爆破され海中を漂い、流れ着いた無人島に身を潜めていましたが、”呼び声”を受けて反転しました。属性は憤怒。
 元々タンク型でしたが、反転によって全般的に能力が向上しています。特に、攻撃力や生命力には多大なブーストがかかりました。そのため、反応と回避のみが他に比べれば低い程度となっています。
 主武装はシャムシールと大盾。しかし遠距離攻撃も確認されています(以前もオーラキャノンを持っていました)。そしてイレギュラーズ達への憤怒によって反転したためか、全ての攻撃に【必殺】が乗っています。また、攻撃を仕掛けた兵士が反撃された(【反】【棘】)と言う報告もあります。

●海賊 ✕10
 ザン・コックの部下です。この数はあくまでコック艦隊旗艦の甲板上にいるザン・コックの取り巻きの戦闘要員です。
 実力は高くはありません。

●ホオジロ、ヒョウモン
 討伐艦隊旗艦『アンリミテッド・バイオレンス』の艦長と副官で、今回の討伐艦隊の指揮官と副指揮官でもあります。それぞれ、ホオジロザメとヒョウモンダコの海種で、攻撃性の高い危険人物と見なされています。それ故に、非情の判断が出来るとして討伐艦隊の指揮を担うことになりました。
 実力は高いのですが、流石に魔種に太刀打ち出来るほどではありません。また、二人のどちらかが倒れれば討伐艦隊の指揮は乱れ、討伐艦隊はコック艦隊に突破されてしまいます。
 『大号令』でイレギュラーズの活躍を目の当たりにし、その実力を認めているため、コック艦隊旗艦に乗り込む部下を含めてイレギュラーズ達の指示に従ってくれます。ただし、血の気が多いため『アンリミテッド・バイオレンス』に残るようにと言う指示だけは聞きません。必ずコック艦隊旗艦に乗り込みます。

●『アンリミテッド・バイオレンス』戦闘要員 ✕10
 ホオジロ、ヒョウモンと共にコック艦隊に乗り込む戦闘要員です。練度は海賊の戦闘要員よりも高いレベルにあります。

●コック艦隊、討伐艦隊
 共に旗艦含め5隻からなる艦隊です。
 艦隊戦としては、丁字陣を敷いているコック艦隊の前衛艦を、『アンリミテッド・バイオレンス』を先頭とした討伐艦隊が単縦陣で突破。旗艦同士が接舷するとともに、随伴艦同士もそれぞれ1:1で接舷すると言う流れとなります。
 随伴艦同士の戦闘はほぼ互角となり、旗艦での戦闘には影響しません。故に、コック艦隊旗艦での戦闘の趨勢が全体の勝敗を決定します。

●人質 ✕数十
 コック艦隊に囚われた、制圧された島の民や、先の海戦で敗れた討伐艦隊の兵士達です。コック艦隊旗艦の船倉にまとめて押し込まれています。随伴艦には人質はいません。
 人質を救出するために、コックや取り巻きを無視して船倉に戦力を突入させることも可能です。船倉に振り分けた戦力によって、人質の生存率は変わってきます。ただし、あまり人質救出に戦力を割きすぎると、魔種との戦闘が厳しくなるでしょう。
 例え人質が全滅したとしても、依頼は失敗とはなりません。

 それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

  • 残酷は魔となりて甦るLv:15以上、名声:海洋5以上完了
  • GM名緑城雄山
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年12月14日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ティスル ティル(p3p006151)
銀すずめ
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
ワモン・C・デルモンテ(p3p007195)
生イカが好き
ソニア・ウェスタ(p3p008193)
いつかの歌声

リプレイ

●出航の前
「あの爆発から生き延びていたのですね……」
 それが、「生存していたザン・コックが魔種と化して暴虐を働いている」との報を受けた『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)の第一声だった。
 第三次グレイス・ヌレ海戦においてヘイゼルがザン・コックと対峙した際、同行者がコックの船を爆発させた。コックはその爆発に巻き込まれて消息不明となったため、死亡したと見られていたのだ。
 結果としてコックを取り逃がした形にはなるのだが、それでヘイゼルを責める者がいれば筋違いと言うしかないだろう。当時の依頼内容はあくまで人質救出であったこと、コックの艦に空から降り立ったのがヘイゼルを含めて二人だけであったことを踏まえれば、同行者の人質救出完了まで一人でよくコックや手下達の足を止めたものだと賞すべきところである。
 とは言え、その相手が今更のように蠢動しているとなれば、放っておく気にもなれない。二度と中途半端なことにならないようコックの最期を見届けるべく、ヘイゼルはコック討伐に名乗りを上げた。

「ホオジロのおっちゃんとヒョウモンのおっちゃん! 久しぶりだな! 今日はよろしくたのむぜ!」
 アクエリア島軍港。軍艦『アンリミテッド・バイオレンス』を前に、『ガトリングだぜ!』ワモン・C・デルモンテ(p3p007195)の元気いっぱいの声が響いた。
「ああ、久しぶりだな!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますよ」
 『アンリミテッド・バイオレンス』の甲板からワモンの姿を認めた『アンリミテッド・バイオレンス』艦長ホオジロは豪快に笑い、副官ヒョウモンは丁寧にぺこりと頭を下げる。
「お久しぶりです。ホオジロさんにヒョウモンさん」
 ワモンに続いて、『白雀』ティスル ティル(p3p006151)がホオジロとヒョウモンへと歩み寄り、話しかける。
「今回の敵は厄介な相手だけど……せっかくなら、アクエリア島も人質も守ってみせましょう?
 私達と貴方達なら、きっとマシな結末にできるはずだもの」
「ああ、そうだな。オレ達と嬢ちゃん達なら、出来ないはずはねえな」
 ティスルをはじめとするイレギュラーズ達の実力を、ホオジロは身に染みてよく識っている。加えて、一片の疑いも無く「マシな結末」を導けると信じているティスルの言葉に、ホオジロは深く頷いた。
(魔種ザン・コック……名前からして血の気の多そうなやつだ。おっかないねぇ。
 ま、おっかなさじゃホオジロとヒョウモンの旦那も負けてねぇが。最後に会ったのは“絶望の青“――いや、今は“静寂の青”か――でどでかい海蛇とやり合った時だったかね。相変わらずで何よりだ)
 ワモンやティスルが、ホオジロやヒョウモンと旧交を温めつつ語らうのを、『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は少し離れた所で眺めていた。
「頼もしい連中が揃ってることだし、か弱いおっさんは楽させて貰うとするか……と、昔の俺なら言ってたんだろうがなぁ」
 ぼそり、と小声でつぶやく縁。『大号令』での経験が、縁に意地を芽生えさせていた。

「グレイス・ヌレ海戦……グレイス……あぁ、豊穣が見つかるより随分前のアレじゃねーか。
 今更になって出てきたと思ったら、魔種になっちまったんスか」
「……あの時の取りこぼしだというなら、今度はキッチリと始末を付けてあげよう」
「そうっスね、これ以上問題が起きる前にきっちり潰すっスよ」
 ようやくと言った様子で過去の記憶を掘り起こした『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は、呆れたように独り言ちた。既に『大号令』は完遂され、豊穣が発見されてからかなりの時が経っている。
 『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は、グレイス・ヌレ海戦ではコックと直接会敵したわけではない。だが、『大号令』で絶望の青を踏破した身として、その成果でもあるアクエリア島を荒らされるのは業腹であり、捨て置けなかった。
「うん、魔種って聞いたからにはもう見逃せない。ここで必ず、やっつけるよ!」
 ゼフィラと葵の会話に割って入り、二人に同意を示したのは『雷虎』ソア(p3p007025)だ。人間を深く愛し、その文化に好意的でいるソアにとって、この世界に害をなす魔種達は許しておけるものではないのだ。
 葵とゼフィラは突然の乱入に驚きつつも、ソアと共に来たるべく戦闘に向けて意気を高めあった。

●戦いの前の夜
(人質、ですか……)
 『アンリミテッド・バイオレンス』を旗艦とするコック討伐艦隊がアクエリア島軍港を発した日の晩。『眼鏡ヒーラー』ソニア・ウェスタ(p3p008193)は『アンリミテッド・バイオレンス』の甲板に出て、漆黒の夜の海を眺めつつ物思いに耽っていた。
(お姉様だったら「捕まる方が悪い」と言ってばっさり切り捨てそうなところですが、そういうわけにも行きませんよね)
 姉達からすれば、人質の安否を考えてしまう自分は笑われそうなぐらい甘いのだろう。だが、それでもソニアは『最後の手段』は採りたくないし、それが間違っているとも思わない。
「ここにいらっしゃったのですね」
 突然の声に、ソニアの物思いは中断させられる。ソニアが振り返れば、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)の姿があった。幻は、ソニアを呼びに来たのだ。

 幻とソニアが、『アンリミテッド・バイオレンス』の艦長室に入る。これで、イレギュラーズ全員とホオジロ、ヒョウモンが艦長室に揃った。皆が集められたのは、コック艦隊と対峙した際の打ち合わせのためだ。
 その場で、『思いを力に変えて』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)とワモンが人質救出のためにコック艦隊旗艦の船倉に突入し、残るイレギュラーズ達がコックに当たると言う役割分担が決まっていく
 ホオジロとヒョウモンは最初、魔種との戦闘が楽しみで仕方ないと言う様子だった。だが。
「誰にだって、帰りを待ってる人がいるっきゅ!
 別れによる心の傷はとっても痛い事を、レーさんはこの心で知っているきゅ!
 だから、ホオジロさん達! レーさんのわがままに付き合って欲しい!
 全員は無理でも、少しでも明日流れる涙を減らす為に力を貸して!」
 レーゲンの切々たるこの懇願を受け、そこまで頼まれれば仕方ないとばかりに部下達と共に人質救出を担うことになった。

●遭遇、そして開戦
 一夜明け、日が最も高くなろうかという頃。
「十二時の方向に敵艦隊発見! 数は五! 陣形は丁字!」
「ようし! 単縦陣を維持したまま前進!」
 コック艦隊発見の報がもたらされると、ホオジロは素早く指示を下す。両艦隊は陣形を維持しつつ、大砲の射程まで接近していった。
「ホオジロ様、ヒョウモン様、あの船を決して逃してはいけません!
 無理を通して無茶をするのが、海の男の生き様と心得ております。
 お二人とも、ここで活躍せずしてどこで活躍するというのです!」
「ハッ、言われるまでもねえ! 全艦、突撃だ! 敵の前衛を突破するぞ!」
「その後、本艦は敵旗艦に接舷! 随伴艦は、それぞれ敵随伴艦の動きを抑えるように!」
 多くの人々を人質にし、死の危険に陥らせるなど、幻からすれば到底許しがたい蛮行である。兄弟のうち一人しか生き残れなかったことなど、その蛮行を正当化する理由にはなり得ない。
 義憤のままに幻が発した檄を受けて、ホオジロもヒョウモンもすぐさま艦隊に指示を下す。一気に速度を増した『アンリミテッド・バイオレンス』が、コック艦隊前衛のうち中央の艦を押し退けた。
 『アンリミテッド・バイオレンス』はその勢いのまま、コック艦隊の中央に陣取る旗艦に強引に接舷する。討伐艦隊の随伴艦はヒョウモンの指示どおり、旗艦以外のコック艦隊の艦に一対一で接舷し、旗艦への救援を阻みにかかった。

 『アンリミテッド・バイオレンス』がコック艦隊旗艦に接舷すると、イレギュラーズ達とホオジロやヒョウモン達は、コックを討つべく、あるいは人質を救出するべく、敵艦へと乗り込んでいく。
「キミがザン・コックか。とりあえず、手下から離れてもらうよ」
「ぐおおおっ!?」
 先頭を切ったのは、ゼフィラだった。ゼフィラが疾風の如く駆け、瞬く間にコックの懐に潜り込むと同時に術を発動すると、まるで巨大な重量物が衝突したかのようにコックの身体は後方へと後ずさり、ゼフィラの目論見どおりに手下達から離された。
(……ザン・コック、油断ならない強敵ですが、ここで折れるのは僕のやり方では御座いません。
 最もスマートなのはザン・コック、貴方も含めて助けることです。魔種に堕ち、いつまでも呼び声に引きずられる苦しみから解放して差し上げましょう)
「ギャック兄貴……ニーン……」
 幻は孤立したコックの前に躍り出ると、シルクハットとステッキを大仰に振って奇術を行ってみせる。幻の奇術を目の当たりにしたコックは、今は亡き兄弟の幻を見て再会を喜んだ。だが、幻から醒めたコックは兄弟を奪われた怒りと共に曲刀を振り回し、幻に斬りつける。
「……く。さすがに、一筋縄ではいきませんか」
 手傷を負わされた幻だったが、コックが攻撃に対して確実に反撃を行ってくるのは既に聞いている。幻は怯むことなく、次の奇術の準備にかかった。
「全員! 戦況に惑わされず落ち着いて行くっスよ!」
 思い切り声を張り上げながら、葵は黄色い流星が刻まれた銀色のサッカーボールを蹴った。ボールは一人の手下に命中するとその軌道を変え、次々と何人もの手下達に命中していった。その動きは、予め計算されていたかのようだった。
「悪い人たち、銀の森の虎の力を見せてあげる!」
 葵のボールを受けてよろけた手下達がよろけた隙を、ソアは見逃さない。ソアは手下達の間に真空の刃を巻き起こして、よろめいて回避もままならない手下達を幾重にも斬りつけていく。
「ぐ……うおお……」
 既に手下達の傷は浅いとはとても言えないものになっているが、彼らの受難はまだ終わらない。
「他の邪魔する暇がある……なんて、思わないでね!」
「ぎゃああああっ!!」
 さらに追い撃ちをかけるべく手下達へと駆け寄ったティスルが、『雷雀の流銀剣・彗星』を縦横無尽に振るう。幾度と知れず放たれた斬撃の一閃一閃が、よろめいて回避のままならない手下の一人一人を襲いかかり、さらなる傷を負わせていった。しかもその間に、ティスルは猛毒を塗った短剣をコックに投げて命中させている。
「ぐっ……貴様ぁ!」
「人質を取っておいて、この程度で卑怯とは言わないよね?」
 猛毒に侵され、卑怯だと言わんばかりに憤るコック。だがティスルは、コックからの反撃を受けつつもにこやかな笑顔でコックの憤怒を受け流した。
「それ以上頑張ることもねえだろ。もう、眠れ」
 手下達が満身創痍とみた縁は、蒼き水と涼やかな風を身に纏いつつ、手下達の中に飛び込んでいく。海の祝福を受け蒼く輝く縁は手刀を周囲の手下達に次々と繰り出し、命中させていく。既に抗う余力の残っていない海賊達は、バタリバタリと倒れ伏していった。
「幻さん、ティスルさん。大丈夫ですか?」
 ソニアは幻とティスルの間の中間地点へと移動して、天使の福音の如き救いの音色を奏でる。ティスルの傷は完全に癒え、幻の傷も掠り傷と言えるところまでは癒えた。だが、コックを攻撃する度に反撃で傷を負わされるという事実に、回復が追いつくかどうかソニアは不安を覚えざるを得なかった。
「あの爆発で生きていたとは、他の兄弟と違い頑丈さだけは折り紙つきですね。
 しかし、十人がかりでか弱い乙女一人に翻弄されておりましたのに、魔種に成ったからと私の首を取れるつもりとは御機嫌なのです。
 試して見ますか? 現実を知るだけですが」
「……き、貴様はあっ!!」
 眼前に躍り出て、互いを青い魔力の糸で結びつけつつ挑発してきたヘイゼルの姿に、コックは目を見張る。コックがその姿を忘れるはずもい。グレイス・ヌレ海戦で自身の艦を爆発させられる直前までコックを翻弄した、最も憎むべき相手なのだ。
「死ねぇ! 死ねぇ!」
 コックは自らを反転させた憤怒に任せて、半狂乱に陥りつつヘイゼルを斬らんと曲刀を振り回す。ヘイゼルはその剣閃を見切った――つもりであったが、ピッと一筋、曲刀の剣先が服を掠めて破ったのを見て、ゴクリと緊張した面持ちで唾を呑んだ。
「魔種に成ったとはいえ、正に刮目して見ざる得ないですが……」
 だが、あの時から力を付けたのはヘイゼルも同様のはずである。
「思う存分に憤怒を叩きつけるが良いでしょう。全て、受け切って見せるのです」
 自信たっぷりに、ヘイゼルは見得を切って見せた。

●海賊の卑劣、救助隊の活躍
 早々に手下が壊滅し、コックの意識をヘイゼルが釘付けにしたことで、人質救出を担当するワモン、レーゲン、ホオジロ、ヒョウモンと『アンリミテッド・バイオレンス』の戦闘要員達は易々とコック艦隊旗艦の船室に突入していった。海賊達に出会う側から、ワモンは「オイラはアシカじゃねぇ!」との叫びと共に錐揉み回転して海賊達へと突撃して薙ぎ倒していく。
 海賊達の中でまともに戦える者は、既にコックと共に甲板に出ている。船内の海賊達では、人質救出に向かう一行の相手にはならかった。
 やがてワモンは、弱い敵意が助けを求める声達の聞こえる方へ集まっていくのを察知する。そこへと進む一行がたどり着いたのは、船倉だった。
 船倉の中に乗り込んだ一行を待ち受けるのは、数十人の囚われた人々と、十人ほどの海賊達。海賊は一行の姿を目の当たりにすると、それぞれ手近にいる人々を盾にして、その首筋に短剣を突き立てようとする。だが、その時。
「そんなこと、させないっきゅ!」
「うわあああっ!」
 力無き人々を人質に取ろうとする非道への憤りと共に、レーゲンが邪悪を灼く神聖なる光を放つ。その眩さに海賊達が目を眩ませた隙を衝いて、ワモンが、ホオジロが、ヒョウモンがすかさず海賊達を叩きのめし、『アンリミテッド・バイオレンス』の戦闘要員達が叩きのめされた海賊達を取り押さえた。
 船倉の人質が全員無事であったことに、ワモンとレーゲンは胸を撫で下ろして喜んだ。何人かの犠牲は出るかも知れないと覚悟を決めていただけに、その喜びはひとしおだった。ホオジロとヒョウモンも、無事に人質を救出出来た事実に安堵した様子を見せる。彼らにしても、いざとなれば非情の判断を下せるとは言え、やはり同胞に犠牲が出ないことを望んでいたのだ。

●魔種ザン・コック、斃る
 人質の救出が完了した頃には、甲板の戦闘も決着を迎えようとしていた。
 如何に回避の技量に長けたヘイゼルと言えども、さすがに魔種と化したコックの攻撃を全ては避けきれず、次第に傷を負っていった。それでもヘイゼルが倒れずにいられたのは、コックの攻撃の半ば以上は躱し、あるいは防いでみせたこと、またソニアやゼフィラ、それに加えて自身による癒やしがあってのことだった。
 一方、イレギュラーズ達の攻撃は次々とコックを捉え、その生命力を着実に削り取っていった。だが、コックは攻撃を受ける度に強かに反撃を繰り出し、攻撃を仕掛けたイレギュラーズの生命力を削っていく。

「……あと少しなんだ。もう少しだけ、耐えてくれ」
 既に尽きかけている気力を振り絞り、祈るような口調とともにゼフィラはヘイゼルに調和の力による癒やしを施す。
 イレギュラーズ達が未だに誰一人として倒れていないのは、ヘイゼルがコックの攻撃を引き受け続けた故だ。しかしそれは回避に長けたヘイゼルだからこそ為し得たことであり、他の者ではそうは行かなかっただろう。ヘイゼルが倒れると言うことは、すなわち戦線の崩壊を意味していた。
 ゼフィラの祈りが通じたかのように、満身創痍であったヘイゼルの傷は幾分か癒えていく。避けきれずとも上手く受け止めればあと一撃、パンドラを費やせばさらにもう一撃は耐えられるだろうか。
「こいつで……決めるッス!」
 コックの生命力が尽きかけていると見た葵は、ここが勝負所と判断して瞬時にコックとの距離を詰め、漆黒の模様が刻まれた真紅の手甲『ルインブラッドCB』に包まれた拳をコックに叩き付けた。瞬く間に距離を詰めるほどのスピードが乗った必殺の一撃は、ズゥンと言う衝撃と共にコックの鳩尾に突き刺さるが、コックは血反吐を吐きつつもまだ倒れない。
「こんなの、全然痛くない!」
 コックの反撃によって深く傷つきながらも、ソアは自らを鼓舞するように叫び、天に向けた指をコックめがけて振り下ろす。バリバリバリ! と激しい雷撃が、コックに降り注いでその肉体を焦がしていく。しかしコックは肉の焦げた匂いを漂わせ、明らかに満身創痍でありながらも、まだ動き続けている。
「海洋も豊穣も……とっくに、次へ進んでるの! 今更、邪魔されてたまるか!」
 ティスルはそう吼えると共に最後に残った気力を全て費やしながら、残像が見えるほどのスピードを以て両手の二刀でコックに斬りかかる。残像に惑わされたコックは盾を構えることもままならず、傷だらけの身体にさらに幾多もの新しい傷を刻まれていった。
「とうとう、私を倒せずじまいでしたね。言ったでしょう? 『現実を知るだけ』と。
 最後に、もう一度だけ攻撃してみてはどうですか?
 上手く行けば、あの時の雪辱を果たせるかも知れませんよ?」
 ヘイゼルの挑発は、辛辣なものであった。だが、ヘイゼルとしてはここまで言わざるを得ない。虫の息となったコックが自棄を起こしてヘイゼル以外の誰かを攻撃する可能性がある以上、最後までコックの敵意を自身に釘付けにしておかねばならない。
 そして青い魔力糸をコックに絡めたヘイゼルは、コックの周辺の味方を範囲攻撃に巻き込まないようバックステップで後退し、コックを誘うようにクイッと青い魔力糸を引いた。
(彼が動けるのも、あと一、二回。ヘイゼルさんがそれに耐えきれれば……)
 その力を与えるべく、ソニアは治癒魔術でヘイゼルを癒やしていく。まだヘイゼルの傷は軽いとまでは言えないものの、その動きは明らかに見違えていた。
 コックは最期の執念でせめてヘイゼルだけでも仕留めんとするものの、魔種とは言えど虫の息の身体と、元々守りに長けている上に味方からの癒やしを受けているヘイゼルとでは動きが段違いであり、最早勝負にならない。曲刀は虚しく空を斬るのみだった。
「……この海はな、お前さんが荒らしていい海じゃねえんだよ」
 ヘイゼルへの攻撃が空振りした隙を狙い、縁はコックに引導を渡さんと距離を詰める。振るうは、隠し持った牙にして幾度となく戦局を覆してきた一撃。だが、コックは『ワダツミ』の刀身に深々と貫かれてさらに大量の血を吐きながらも、まだ生き存えていた。
「……可哀想な方ですね、ザン・コック様。世界を憎んでも貴方は世界に飲み込まれるだけなのに。
 世界は貴方を魔種に変え、魔種は只呼び声に苛まれる。貴方は呼び声に騙されただけ。
 ああ、お可哀想。悲劇を喜劇に変えてみせましょう」
 縁の後を追うようにしてコックに駆け寄った幻のシルクハットから、数多の青い蝶の群れが飛び、コックに集っていく。既に、コックには蝶を振り払う余力も残っていなかった。
「蝶は甘香のする魂へと誘われる。魂を彼岸へと誘うのが蝶としての本能だから。
 ――今日も、魂が誘われる」
 客に対してそうするように、深々と頭を下げて礼をする幻。その言葉どおり、コックの魂は青い蝶の群れによって、彼岸へと誘われていたのだった。

成否

成功

MVP

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者

状態異常

十夜 縁(p3p000099)[重傷]
幻蒼海龍
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)[重傷]
旅人自称者
日向 葵(p3p000366)[重傷]
紅眼のエースストライカー
夜乃 幻(p3p000824)[重傷]
『幻狼』夢幻の奇術師
ティスル ティル(p3p006151)[重傷]
銀すずめ
ソア(p3p007025)[重傷]
愛しき雷陣

あとがき

 この度はリプレイの執筆がかなり大幅に遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。大変長らくお待たせしてしまいましたこと、慎んでお詫び申し上げます。
 グレイス・ヌレ海戦を生き延びて魔種となったザン・コックでしたが、皆さんの手によって見事討ち果たされました。人質の方も、全員無事です。

 MVPは、ザン・コックの攻撃を一身に引き受け続けたヘイゼルさんにお送りします。

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