PandoraPartyProject

シナリオ詳細

これは寓話でないのだから

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ……汚れた身なりの子供が、必死に前を走っている。
 虐げられた身分の子供だった。人に忌避され、嫌悪された地位にあるその子は、それでも残されたものを、自らの命を繋ぎとめようと、それを追う『ボク』から逃れようとし続けていた。

 ――何を間違えて、ボクは、ここにいるのだろう。

 力尽きたのか、子供が躓き、転んだ。
 立ち上がる時間を待つような真似もしない。その子の腕を掴めば、怯懦な子供はボクを濡れる瞳で見つめ、首を横に振る。
「………………」
 剣を、構えた。
『幸福な未来を切り拓くための力』が、何の力も持たないその子の首を刎ねる。その直前。
「ころさないで」
 虐げられた子が。
 忌み嫌われた子が、
 それでも必死に……生を望む子が、そう言った。



 ――ねえ、アイラ・ディアグレイス。
 ――きみは本当に、『嘗てのボク』を殺してしまうの?


「だって、十回ですよ?」
 総てが始まるきっかけは、彼女が――『瑠璃の片翼』アイラ・ディアグレイス (p3p006523)が、盗賊の討伐という名目の依頼を引き受けたことだった。
「それも、商品が盗まれる過程で、怪我をした店主や従業員だっている。
 幾らスラム街の餓鬼……失礼、『生きるのに必死な子供たち』の行いとは言え、これを看過するには限度がある」
「ですが、その……」
 一瞬、事前に渡された依頼資料に目を落としたアイラは、意を決した様子で質問を重ねる。
「……殺害、ですか? 捕縛ではなく」
「ええ。此度、生活品や食料の強盗を行った子供たちは合計で十人程度ですが、彼らが住まうスラム街の住人はその五倍は居る。
 彼らの行いに、ほかの連中まで味を占められちゃ困るんです。見せしめも兼ねてそのような対処をお願いしたい」
 死体をつるし上げろとまでは言いませんがね、という笑えない冗談を続ける依頼人――或る一つの街を統べる幻想貴族に対して、アイラの表情は凍っている。
「……その存在に社会復帰の機会を与えず、容認する其方がたにも、責任の一端はあると思うけどね?」
 ぼそりと『猫鮫姫』燕黒 姫喬 (p3p000406)が言えば、それに続いて『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)が説得を続ける。
「せめて、罪を償わせる機会と猶予は与えられないか。
 その態度如何を以て、命だけは許す等、方法は幾らでもあるだろう」
「……。ハハ」
 反論を重ねる特異運命座標たちを前に、領主である幻想貴族は知らず、笑い声を漏らした。
「失敬。あなた方はそうした貧困層への理解が少ないようで。
 罪に対する刑罰。そしてそれにあたる態度。『その程度』で今日終わるとも知れない命を一日でも食いつなぐことができるなら――ええ、今この町にいるスラム街のクズ共、全員が犯罪行為に手を染めるでしょうね」
 出会った時と同じ柔和な表情で、しかし瞳だけは酷薄な光を湛えながら、幻想貴族は言葉を返した。
「誰が望んであの町にクズどもを居させていると言いました? 他領の重税を払いきれず逃げてきた者、何らかの罪を犯して流れ着いた者、日毎に彼らの数は増え続けている。
 それに対処しなかった理由は単純。『そうする必要性が、その時は無かったから』です」
 ……言い換えれば。
「必要ができた今、実行犯だけでなく、スラム街全員の殺害をあなた方に命じることも可能なのだ」と、この幻想貴族は言っている。
「……依頼内容に変更を加えましょう。『あなた方』は、彼らを殺害するのでなく、無力化した後に捕縛、我々に引き渡すという形でも構いません。
 碌に空気の届かない炭鉱での重労働、モンスター討伐に於ける餌の役割等、我々にも彼らの使い道はごまんとありますからね」
 ――「自分たちが殺した」と言う罪から逃げたいなら好きにしろ。そう、言外に幻想貴族は言う。
「私はこの領民を守る。他所から来てスラム街などという病巣を勝手に作ったクズなど知ったことではない。
 この私の決意を薄情だと言うなら、極端なやり方だというなら、あなた方はこの依頼を辞退する権利が勿論あります」
 その瞳に――少なくとも、その時点に於いて――特異運命座標たちは、返す言葉を持たず。
 故にこそ、彼らはその依頼を受けたのだ。それが正しいか間違いか、自らの裡に、結論を見出すことも出来ぬまま。


 剣が、空を切る。
 躊躇は一瞬だけだった。それでもその一瞬で、別の子供がアイラの掴む子供を引っ張り、その腕から逃れさせて。
「逃げろ!」
「っ……!!」
 最初に追っていた子供が、逃げる。
 追おうとしたアイラに、別の子供が立ちはだかった。数は三名。得物も持たず、恐怖に体を震わせながら、それでも子供たちは地に伏して声を上げる。
「お願いします……お願いします……!!」
「生きたいだけなんです。生きていたい、だけなんです!」
 抵抗もなく、懇願するだけの子供たちを前に――だから、アイラは動けない。
 嫌われ者。理不尽を味わわされた者。そして、その境遇から抜け出そうと必死だった者。
 それは、この世界に来る前、アイラの辿ってきた人生と全く同じだったから。
「……ボクは」

 剣を構える(それは本当に、彼らに向けられてる?)。
 一歩を、踏み出す(向かう先は、前に? 後ろに?)。
 心を――定める(罪を被るの? 罪から逃げるの?)。

 手を伸ばせるほどの距離。臨むのは三人の震える子供――或いは、依頼対象の首が三つ。
 さあ、どうか。『あなた達』が出だした、結論を。

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『浮浪児』十名の殺害。或いは、捕縛したのち依頼主への引き渡し

●場所
 幻想は首都、メフ・メティートを近郊に置く街の一つ。 時間帯は昼。
 近隣に他の幻想貴族が治める領が多いため、そうした場所で不遇を被ったものや罪を犯した者が流れ着く場所にもなりかけております。
 対象である『浮浪児』が住んでいるスラム街は放棄された家屋が多く並ぶ路地裏。入り組んでいるのもありますが、何よりそこに住む同じスラム街の住民たちの助力が時間経過とともに重なっていくため、捜索が長期に及ぶとなると下記『協力者』が増加していくこととなります

●対象
『浮浪児』
 スラム街を拠点とする十名の子供たち。いずれも年齢は一桁~十代前半程度。
 飢えたのちに餓死しかけたが故、あるいはそうした者が身内に居たため、街の食べ物や生活品を店から盗んで回っている日々を続けています。
 はしっこさと手先の器用さが特徴。最も戦闘まで対応する特異運命座標たちにとって、その技量は精々「素人ではない」レベル。
 下記『協力者』の点を加味した上で言えば、「たとえ一人でも」時間をかければ捕まえることは確実に可能と言えます。
 逆に言うと、『浮浪児』の殺害、若しくは依頼主に処分してもらう罪を背負うのは、一人でも十分といえるでしょう。

●その他
『協力者』
 上記『浮浪児』たちと同様、スラム街の住人達です。数は最大四十名。
『浮浪児』達に食料等を分けてもらった者、あるいは同じスラム街の住人としての仲間意識から、彼らを助けようと動きます。
 シナリオ開始時、『協力者』の数は零名ですが、時間経過とともに『浮浪児』達が参加者の皆さんに追われていることに気づく人が増え、最終的には上記最大人数までが『浮浪児』たちの逃走に協力します。
『協力者』が一名以上存在した場合、『浮浪児』を捕まえることは出来ません。これをどのように対処するかは、参加者の皆様の判断に委ねられています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、リクエストいただきました方々、そうでない方々も、参加をお待ちしております。

  • これは寓話でないのだから完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年11月28日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

燕黒 姫喬(p3p000406)
猫鮫姫
※参加確定済み※
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
※参加確定済み※
庚(p3p007370)
宙狐
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
※参加確定済み※
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に
溝隠 瑠璃(p3p009137)
ラド・バウD級闘士

リプレイ


 救うための手で、命を絶やす。
 或いは、命を奪うことこそが、救いだと考える。
 その、何方が正解で、若しくは間違いなどと言う、終わりの見えない問答を始める気は毛頭なくて。嗚呼、けれど。
 ――ならば、思考を止めてしまうことが、この場に於いての最適解だと言えるのか。
「人の子は、死ぬのが怖いのですね」
 日中であっても、その場所……路地裏は暗かった。
「少なくともカノエは、このような場所と環境で生き続けることに対して懐疑的ではありますが……。
 ともあれ、ええ。皆の作戦方針に背く気はありませんよ。『相手の反応も見ずに』殺すことは致しませんとも」
 入り組んだその場所を仲間と共に駆けつつ、『宙狐』庚(p3p007370)は飄々とした調子で仲間たちにそう呟く。
 逆説、それは此度の依頼対象――捕らえるつもりの子供たちがとる行動次第では、その命を奪うことにためらいはない、と言う事。
「……ああ。依頼を引き受けると残った以上、求められた事は遂行する」
 その言葉に、秘められた意思に追随するのは、『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)。
(貧困層への理解が足りない、か……)
『自領の民ではないもの』に対して苛烈なまでの態度を取る依頼人の言葉を反芻する彼の表情は物憂げだ。
 彼もまた、一つの土地を統べる身である。それで居ながらも依頼人である領主の言葉を唯受け止めるのみであった程度には、自身の立場が『甘い』と、自身でも考えているが故。
「……ただ、まあ、さ」
 ――全員殺せとは、言わねぇのね。
 それは、慈悲や憐憫によってでは無かろうが、と語る『猫鮫姫』燕黒 姫喬(p3p000406)の苦笑いに、ぴりぴりと時折髪の毛が逆立ち続ける『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が頷いた。
「殺人に忌避は、ない。子供相手とて、他の依頼で経験している。
 とはいえ、好き好むことでも、無い。せずに済むに、越したこともない、な」
「ああ。尤も、最終的な決定権はこれから捕まえる子供たちにあるんだ。
 だから……あんまり、気負い過ぎないようにね」
 最後の言葉は、エクスマリアに向けられたものではない。
 別行動を予定していた姫喬は、そうして一同から離脱する。それを視線で追った『神威の星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)は――
「……アイラ」
 傍らの弟子に、『おもひのいろ』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)に、声をかけた。
 少女の、眼前を望む瞳に光は無い。スキルによって感情を封じた彼女に、何と声をかけたものか戸惑うウィリアムに、アイラは形ばかりの笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「心配、しないで? だって、ボクはキミの弟子だから」
「……エクスマリアじゃないが、俺だって殺しには慣れてる。罪のない人たちだって」
 殺す役目は、お前が背負う責任などではないと言う師に、しかし弟子は凍った微笑みのまま。
「お前の手は、本当に殺す為にあるのか?」
「ウィルくん。貴方の手だって、誰かを殺める為のものではないでしょう」
 禅問答、では無かろうが。
 双方は相手に殺す『義務』を問い、反して答える際には殺す『権利』を主張する。噛みあう筈も無い応酬に、頬を掻くのは『ラド・バウD級闘士』溝隠 瑠璃(p3p009137)。
(……正直、子供達を助けようとする仲間達は甘いゾ)
 善人は報われる。悪人は裁かれる、など、現実(いま)を生きるものが聞けば、余りにも滑稽な道理。
 過酷な環境である鉄帝で育った瑠璃の捉え方は、このメンバーの中では特にドライだ。それが自身の生い立ちに即したものである以上、否やと言えるものが居る筈も無い。
 けれど、
「……その甘い信念を何をしてでも貫き通す「覚悟」があるのなら、微力ながら力は貸そう」
 彼女は同時に、自己の価値観に囚われるほど、頑迷でもない。
 仲間だからね。そう言った彼女の視界の端には、自分たち冒険者の姿を見ては目を逸らす者や、路地の陰に隠れる者達ばかり。
 長期戦は避けたい。依頼対象に組する協力者、その排除が必要となってくるから。そう考え、踏み込む足に尚も力を籠めた彼女に、その瞬間、響く声。

 ――逃げろ、逃げろ。領主の使いがやってきた。冒険者たちがやってきた!


 ち、という舌打ちが小さく響いた。
 それと同時、即座に口元を隠したのは『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)。ロザリオに籠めた魔力の濃度は平時より低く。それゆえ不殺を目的とした弾丸は追いかける子供たちを数回外してしまうことがあった。
「くっそ……慣れない事させやがって……」
 聞こえないよう毒づく聖職者『然』としたライのそばで、割れた煉瓦を抱えた物乞いが襲い掛かってくる。
 振り下ろされる鈍器。だが割り込んだベネディクトが手にする槍の石突でそれを払い、ひっ、とへたり込んだ物乞いの首を裂いた。
「……邪魔をするなら、即断で行かせてもらう」
 此処で見逃せば、この物乞いによって混乱の拡散がさらに加速することも想像に易い。
 止めるならば、殺せ。自らにそう戒めた彼は、即座に物乞いの服を剥ぎ取り、首元を包むことで流血を防いだ。
 時間は然程経過していない。追跡開始から一時間が経たない程度の現在に於いて、捕らえた……或いは、殺した子供の数は半数。
 これを多いとみるか少ないとみるかは微妙なところだ。何故と言って、処分された子供たちの数が増えるにつれ、スラム街の住民たちもこの騒動に気づく者が増え始めている。
「こっちで捉えたのは一人だ。ベネディクト、お前は?」
「……。駄目だな。住人たちが上空を警戒し始めている」
 ウィリアムとベネディクト、双方が行使する鳥類ファミリアのアンテナに対し、想定よりもかかった数が少ないことに、思わず表情が厳しくなった。
 餌を取るでもなく巣を作るでもなく、同じ場所を同じ鳥が二羽も延々と飛び続けていれば警戒が高まるのも早い。
 基本的に、活きるのは手足と目。それを再認識したウィリアムがベネディクトの元を離れる刹那――首元を隠された死体に目がつく。
「……迷ったか?」
「いいや」
 短い応答。
 それだけで彼の決意を理解したウィリアムは、「なら、良いんだ」とだけ告げて、その場を離れていく。
「……俺達に助けられる人間は、極僅かに限られている」
 残されたベネディクトの言葉は、果たして、誰に向けられたものなのか。

「さぁさ皆様御立会! 手前、燕黒姫喬と申しやす! 此度御方軒先踏み入るは此方の貴族様の御意向よ。中身はなんと――」
 スラム街の中心部で、朗朗と声が響いた。
 笑いながら語る姫喬の言葉は、領主から受けた依頼内容そのまま。
 捜索開始から一定時間後。協力者の数が増え始めた段階で『講談』を始めた姫喬に対して、良くも悪くも互助意識で繋がっている住人たちの視線が敵意を、殺気を帯びた。だが、
「――単刀直入にいう。子供たちを守りたいなら、全員あたしに連れて行かせてくれないかい?」
 全てを救えるかは危うい。だが皆殺しと言う絶望を避ける余地は作り出せる。そう言う姫喬に対して……粗末な得物を下ろしたものが、半数近く。
「……あらら」
 残る面々は、意気も新たに、彼女を睨みつけている。
 理由は様々だ。単純に信じられないもの。仮に本当だとしても、確実性の薄い希望よりかは自分たちで守り切るという可能性に賭けるもの。
 多人数を相手にする説得に於いて、全員の意識が統一されることはあまりない。その必要が無い場所なら、猶の事。
 しかし、この時の姫喬の行動は、確かにファインプレーであるとは言えた。
「……仕方がない。かかってきな。
 あたしは誰も殺したりしない。アンタら全員ノビてもらった後に、あたしのやり方であの子たちを助けさせてもらうよ」
 手招きする姫喬に、住人達が襲い掛かった。
 ――結果として、捜索終了まで反抗する住人たちの相手をすると言う形で引き付け続けた彼女の行動により、他の捜索メンバーを妨害する住人達の数は、最後まで大きく削られることになる。

「……ッ!!」
 逃げ回る子供の一人が、不意に、その口をふさがれた。
 横から伸びてきた手は、同じスラム街の住人のもの。どうして、と叫ぼうとする子供の首を押さえた瑠璃は、そうして意識を刈り取った後に身体を抱え、スラム街の住人に対して食料を渡す。
「助かったゾ。お礼にこれ――」
 言葉は続かない。『地元のダチコー』に思い切り頬を殴られた瑠璃は、数歩後ずさった後、彼らを見遣る。
「……二度と、こんなことをさせるな」
 同時に、踏みにじられる食糧。
 住人たちのつながりを甘く見ていたのだろう。今にも殺しそうな目で瑠璃を睨む住人に対して、彼女は一礼を返す。
「ありがとう」
「……此処に居てもソイツらに未来は無い。だからお前らに賭けた。それだけだ」
 言って、去っていく住人達。
 得られた協力は一度だけ。それでも、確実な成果を手にした瑠璃は、仲間たちと合流するべく踵を返した。

「やめて!」
 声を放つ子供を見返すエクスマリアの『表情には』感情が無い。初対面の相手には不気味さを際立たせる面立ちで、彼女は今も子供たちの協力者――スラム街の住人を、その髪で締め上げている。
 意識を失っている住人――実際には唯眠っているだけであり、見た目ほど強く締め付けてはいないのだが――を未だ拘束するエクスマリアは、淡々と子供に言葉を返す。
「お前がおとなしく捕まれば、この者は死なずに済む」
「……っ」
 精々10歳程度の子供。答えを即座に出せぬまま動けない矮躯へと、アイラが一歩ずつ近づいていく。
 数秒の後。縮まった距離は手が届くほどに。手にした宝石剣を首筋にひたとあてたアイラが、無味乾燥な声音で言う。
「……あ、あ」
「ついてくるなら、手を握って。
 そうでないなら――何もしないで」
 徐々に、力が籠る手。ぷつ、と首の皮一枚を裂いたとき、子供は観念したかのようにへたり込んで……手を、伸ばした。
「……そう」
 それを、掴もうとしたアイラは――肩口に、小さく焼けるような痛みを覚えた。
「逃げろ! はや……」
 唐突に発された言葉が、止まる。
 何処から現れたのか、子供たちの協力者が更に弓を引こうとしたのを、庚の武器が封じ込めたのだ。
「いけませんね。せっかくの交渉を邪魔されては」
「は、なせ……!!」
「さて、如何します、人の子よ。素直に着いてきてくれるならカノエの仲間が交渉してくださる。
 ですが固辞されるのでしたら、無関係のスラムの皆様ごと巻き込んで殺さねばなりません」
「……ぼ、くは」
 いきます。それだけをどうにか口にした子供の手を引いて、アイラはエクスマリアと庚に首肯を示す。
 解放されるスラム街の二人。一人は眠ったまま、もう一人は悔恨に嗚咽を漏らしつづけて。
「……ボクの邪魔、しないでよ」
 去り際、アイラはそれだけを呟いて……矢が擦過した肩を、ぐっと空いた手で掴んだ。

 ――痛くない、痛くない、痛くない。


 捕り物を、終えて後。
 生きたまま捕らえられた子供の数は八名。それを見た依頼人は、初めて会った時と変わらぬままの表情で、特異運命座標達に頭を垂れた。
「……一時は不安にも思いましたが、流石は『ローレット』の特異運命座標様方だ。
 感謝いたします。直ちに報酬は皆さんの元へと――」
「お願いが、あります」
 告げたアイラの言葉に、依頼人である領主の視線が向けられる。
「ボクは、この子たちを買い取りたいと。そう、思っています」
「……。これはまた、唐突な」
 表情は狼狽。しかしその瞳には何の揺らぎも無いことから、只の演技であるとはすぐに分かった。
「困りましたね。私の領民には人身売買を許していません」
「僕たちが言っているのは、今ここに居る子供たちの事だゾ」
 解る筈だろう? と語る瑠璃に、スラム街の子供たちは驚いた表情を返す。
「領主様は、彼らを殺すか、或いは早々と使い潰す心算のようですが……
 身寄りも戸籍もなく、如何様にしても足のつかない健康な子供、という資産を人夫や餌として使い潰すなど勿体ない」
 それならば、カノエ達がもっと上手く使えます。そう言った庚に、姫喬も頷き、笑いながら言葉を繋げる。
「彼らの、貴方らの未来を残したい。いつかあたしが手を取りに来る未来だって、きっと選べる。
 だからこそ……国は人。人は命。どうか、丁重に」
「このアイラは、俺の弟子だ
 だから保障する――間違っても、あんたの不利益になるような事はしないだろう」
 ウィリアムの言葉と共に、さらに一歩。
 領主を眼前に臨むアイラが、その瞳を真っ向から見返して、言う。
「好きな金額をどうぞ。足りなければ臓器でも何でも渡します」
「『だが、その必要は無い』。……そうだろう? 領主殿」
 予想外の言葉は、ベネディクトから返された。
「貴方はこう言った。スラム街の住人など、望んでこの領地に居させてはいない。
 もっと言えば、彼らのことなど、知ったことではない、とも」
 居ても居なくても変わらない、否、むしろ居ない方が良い。
 そんなものに対して、払うと言われれば値段を付けるのか。視線で問うたベネディクトに、苦笑を浮かべた領主は両手を上げる。
「……それを言われれば返す言葉も無い。
 何より――其処なシスター様にも、事前に幾度となく希われてしまえばね」
 言葉尻、領主の視線が向けられたライは、何時もと変わらぬ様子でふわりとほほ笑んだ。
「『引き取ろうとする者に引き渡し、その後の社会復帰を願って見せる……ええ、この慈愛の心はきっと神にも伝わるでしょう』。
 ええ、信心には疎い私と言えども、この言葉には感動いたしました」
「私程度の言葉にそこまで深く感じ入ってくださるとは、恐縮に思います」
 ……領主の言葉が本心か否かはさて置き、彼はライに黙礼を返したのち、アイラへと向き直る。
「ですが、貴女のしたことは、只の欺瞞だ」
「……」
「スラム街の住人百名ほどに対して、貴女が買い取ると言ったのは僅か十名。
 残る者たちは、これからも貧困にあえぎ、苦しみながら生きる。或いは、また私に処分されるかも知れない」
「……分かって、います」
 拳を握るアイラに、何時か聞こえた声が響く。

 ――ねえ、アイラ・ディアグレイス。

 黙れ、そう彼女は胸中で言う。目障りだ、とも。
 ボクはもう、嘗ての自分ではない。そう叫んだ彼女に、領主が最後の一言を。
「自分の大切なものすら手放し、それでも多くは救えず、今眼前の彼らしか手を伸ばせない。
 それでもそうすると……『あなたは、決めたのですね?』」
「『はい』」
「『そうですか』」
 ヒュカッ、という音が響く。
 一拍遅れて、先ず気づいたのはウィリアム。
「アイラ――!」
 何処から取り出したのか、領主の刃物で喉を切り裂かれたアイラが頽れるのを見て、他の面々が警戒態勢を取るも。
「声帯を裂きました。自然には兎も角、望めばいつでも治癒は叶うでしょう」
 それを、貴女が許すか許さないかは別にして。そう言って背を向けた領主に、エクスマリアの髪が大きく撓んだ。
「対価は取らない、と言うのは嘘か?」
「言ったでしょう。それは治せる傷だ。対価には程遠い。
 それを治さない理由など、『自身が口にした在り方を嘘にしたくないから』程度でしかありませんよ」
 嘘、と言う言葉に反応したわけでもなかろうが、ライはその背中に向け、最後に声をかけた。
「真実も、嘘も、矜持も、慈愛も。
 貴方にとって、それらは一体何なのです?」
「言ったはずだ。私は私の領地を、領民を護る。
 その為に捧げられるなら、それらも『その程度』の価値しか持ちはしない」
 その言葉を最後に、領主は応接室を後にした。


 怖い顔をした人だった。
 刃物を向けて、ついてきて言った。嫌だという度誰かが傷ついて、倒れて、だから私は従うしかなかった。
 領主さまの屋敷に着いた後、私たちを買うと言ったその人は、お金の代わりに喉を切られて、声が出せなくなって。
 そうした後も、その人は私たちの手を引いてくれた。声が出せない代わりに、笑顔を浮かべて。

 ――なんでかなあ、と、私は思った。

 生きていたいだけだった。その為に食べ物を盗んだ、
 そうしたら、周りのみんなは倒れて、今目の前に居るこの人も傷ついて。私は、何の罰も受けないまま此処に居る。
 優しくされるたび、疑問は心を埋め尽くすのだ。その内、それが痛みだと気づくのに、時間はかからなかった。

 ――だから、どっちにしよう、って。

 あの日から数日。あの人が暮らす土地に連れてこられて、私たちは生活している。
 農作業を手伝って、その土地の人たちに面倒を見て貰って、あの人に、時々様子を見に来てもらって。
 その度に思うこと。あの人が声を取り戻すために、私たちは、居てはいけないんじゃないかと。
 気づけば、生きることへの飢えは、以前ほど無くなっていた。『ただ生きるよりも、もっと大切なものが出来たから』。
 刃物は要らない。尖った石でいい。それで、喉元を強く突くだけ。
 毎日、それだけを頭の中で思い描きながら、私は、ううん、私たちは今日も、生活している。
 その時が必要になったら、私たちが、居るべきじゃないと思ったら。



 ――――――その時を、まるで、待ちわびるかのように。

成否

成功

MVP

アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶

状態異常

アイラ・ディアグレイス(p3p006523)[重傷]
生命の蝶

あとがき

 シナリオ後半のキーパーソンを担ったアイラ・ディアグレイス(p3p006523)様にMVPを差し上げます。
 取り戻すか否かは、あなた次第。
 ご参加、ありがとうございました。

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