シナリオ詳細
Fimbulvetr
オープニング
●Hugin=Munin
世界には序列というものが存在している。
獣が弱者を喰らうのと同じ様に、人間とて生命を維持する為に家畜を喰らっている。そこに善悪もなければ、何の感傷も生れることはない。蛇が、猛禽が、餌に齧り付く時は何時だって一瞬だ。毒蠍さえも気紛れのように相手を死へと至らしめるのだから。
彼は気紛れであった。故に、ああも簡単に姿を消したのだろう。
「最も、崇拝した王がいました。彼亡き今、私が王にならねばならぬのです」
そう告げた男は楽しげに笑みを浮かべる。凍て付く鉄帝国のヴィーサル地方にも随分と慣れた。大森林地帯に存在する有象無象の小競り合いは実に手慰みになった。自身に構う素振りもなく暴力的に怒りを延焼させる男に「お任せあれ」と告げたは良いが一部でも掌握するのには随分と手を焼いたものだ。
「さて、王の冠を頂くには不適合であると随分な事を仰っていましたが、この現状でも仰るのですか?
そもそもにおいて、怒りに任せて私に挑もうというのが計算間違いなのです。私は別に貴方方の王に――『ノーザンキングスの王』になど興味はありません。此れは手慰み……チェスを楽しむのと何ら違いは無いのですから」
男の前に跪いていたのは屈強なる戦士であった。然し、その力量の差ははっきりしていた。
否、そもそもにおいて彼がその男に挑むことが間違いなのだ。獰猛なる彼等は自身らの力量を『勘違い』していたのだろう。痩身にして虚弱にも思えた軍師――しかし、その男の性質は反転し魔種(デモニア)と称される存在であったのだから。
「……どうしろってんだ」
「簡単な話ですよ。少しだけ盤上を愉快にして欲しいのです。
そもそもにおいて、私は『均衡』を取る小競り合いなど興味がない。お分かりですね?」
二匹の蛇が地を這った。頬を寄せるように蛇はノルダインの男へと牙を添える。
小さな身震いを見せた男へと男は――フギン・ムニンは笑った。
「さて、クロックホルム。彼等へと説明を。
聞き分けの悪い坊やは嫌いですよ。とびきり楽しいショーにしていただかなければ」
●ノーザンキングス
鉄帝国の北東部に広がる貧しい大森林地帯『ヴィーザル地方』。
富国強兵を掲げ、拡大戦略を行う鉄帝国にとっても旨味のない荒廃したこの土地には三つの部族が住んでいた。
――凍てつく峡湾を統べる獰猛な戦闘民族ノルダイン――
――雷神の末裔を称する誇り高き高地部族ハイエスタ――
――永久氷樹と共に生きる英知の獣人族シルヴァンス――
厳しい峡湾は堅氷に閉ざされ、懸氷は研ぎ澄まされたナイフのように樹木より垂れ下がる。ヒースの草原も今は訪れた厳しい冬に閉ざされ、稜々たる森林では日々の営みのための恵みさえも存在して居ない。
その地で、ノルダインは命を繋ぐために略奪蹂躙を行い続けていた。故に、『目を付けられた』のだろう。その男がやってきたのは数日前であった。船に涎を堪えきることの出来ないほどの食物を積み込み、にこやかに副官と共に訪れた。
「ご機嫌よう、ノルダインの皆さん。私と取引を行いませんか?」と口を開いた彼より食物を略奪しようとしたことが運の尽きであった。幾人かは帰らぬ者となり残った戦士達は食物を村へ与える代わりに彼の遊戯に参加させられることとなった。
高地に住まうハイエスタ、その村の一つ、『ドルイド』ブリギットの治めるウォンブラングを攻めよと云うのだ。
『ドルイド』ブリギットはハイエスタの中でもかなりの高齢です。
故に、その影響力も強い――彼女を捕える事が出来たならばハイエスタの戦力も低下するでしょう。
男の提案にノルダインの中では危険であるという声が上がった。ブリギット程の『魔女』になれば彼女を護り慕う者も多い。何も蓄えの少ない冬にその様な場所で疲弊するのではなく、村々を襲い略奪を行った方が良い。
だが、男は許さない。積み荷を『プレゼント』する代わりに命じると云うのだ。男から迸る狂気に飲まれ軍隊の如く動員される戦士達はブリギットを捕え村を蹂躙するのだと男の副官――クロックホルムより命じられ、ウォンブラングへやってきた。
寒々しい中にも冬を越す準備と、近づいてくるシャイネンナハトを楽しみにするように木々には小さな飾りが揺れている。
「おばあさま、今日は何をするの?」
「今日は冬を越す用意をしましょうね。ペーター、パウラを呼んでいらっしゃい。
シャイネンナハトの樅の木飾りも一緒に作りましょう」
「はあい」
微笑む少年が扉を開けた時、その眼の前に立っていた男は「よお」と小さく笑った。
「ちょっと、おばあ様を出してくれよ」
「だ、だれ――」
――ウォンブラングより『ローレット』へと依頼があったのは、偶然の事であった。
偶々、ウォンブラング出身のイレギュラーズが居たのだ。アン・カルロッテ・ウォンブラングはローレットに請うた。
「フギン・ムニンの部下を名乗るノルダインが襲い掛かってきた。おばあ様がこのままでは攫われてしまう」と。
魔種による凶行を見逃すわけにはいかない――どうか、助けて欲しい。
アンは静かに泣いた。
「おばあさまを、お助け下さい」
――ローレットに所属する強者は愉快そのものだ。知らぬ命も見捨てられずにお人よしである事はよく知っている。
ウォンブラングの『ドルイド』とて救おうとすることだろう。
さて、私の暇つぶし程度の役に立ってくださいよ、イレギュラーズ――
- Fimbulvetr完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年11月28日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
二匹。ファミリアーが邸の中を確認しながら進んでいく。『ウォンブラング』の『ドルイド』ブリギットの邸は広々としているが物が少ない印象である。
寒々しい風がひゅうひゅうと音を立て、足音ひとつだけでも響き渡る印象を『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)は覚えた。
「いつかの再現……というには、少々状況が異なるか。……同じ轍は踏みたくないものだ」
グレイシアの言葉に頷いたのは『須臾を盗む者』サンディ・カルタ(p3p000438)。邸の中は『相手のフィールド』の状態であり、不明確な部分が多い。
耳を澄ませど梟の羽ばたきの音しか聞こえない。どこだ、と探すように見回した『狼拳連覇』日車・迅(p3p007500)。自身と、『白虎護』マリア・レイシス(p3p006685)のファミリアーが邸の中を調べていたが――「あ」とマリアが呟いたのは、グレイシアが梟の『眼』を潰した時と同じだった。
「……どうした?」
「『途絶えた』」
サンディの問い掛けにマリアは小さく溜息を吐く。索敵の為にはなった動物。それはずんずんと邸内を進んでいったわけだが――ある一定の部分で突如として撃退されたという事である。
「ふふ、フハハハ―――流石は『フギン・ムニン』か!」
ファミリアーが撃退されたのは、イレギュラーズが梟を撃退したのと意味は同じだ。念には念を入れて策に嵌めようとしてくる相手であったと『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)はくつくつと喉を鳴らし笑った。
「……遂に動いたか。探したぞ、フギン!
さあ、貴様から仕掛けて来た時点で、この戦いは『貴様の掌の上』なのだろうが……」
想定内の最悪の結果を見せてやることなら出来るはずであると小さく笑みを零した。周辺の確認をすべく、壁を見通して進むのは『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)。邸の警備を確認するが――「この周囲には兵士はいないみたい?」とスティアは疑問視するように囁いた。
「不意打ちや奇襲は『眼』で確認していけると思うけど……」
「うん。広範囲で見れば敵対心をいくつか確認できるけど――『面倒』だね」
呟いたのは『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)。その言葉が何を指し示すのかを直ぐに気付いた『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は「ステルス?」と囁いた。
「うん。……いくつか『確認できない』存在があるみたい」
「私も精霊に簡単なお手伝いをお願いしてるけれど……酷く怯えて居るみたいね」
邸の出入り口に、そして逃走経路に、と待機をして欲しいと願い出る。その調査を進める中で、左右に体を動かす者達の多さにリアは「扉が閉められてるみたい」と呟いた。
ご丁寧にも『罠』に嵌めるべくイレギュラーズの索敵を邪魔する目的があるらしい。進んでみなければ分からないか――しかし、静まりかえった空間に人気が余りに無いのは少し気にもなる。
「うん。罠じゃん」
端的に、『誓いの緋刃』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)はそう言った。
「これは罠ねっ! いやー、露骨じゃん? 私ちゃんでもわかるレベルのやつ。
でも行かないといけないのよね、私たち、特異運命座標だし?
……やっべ私、捕まっちゃう。そーなったら、マリアちゃんっ、週に一回面会に来てよね」
揶揄うようにそう笑った秋奈に「捕まらないようにね。捕まっても、ヴァリューシャと気が向いたときに行くよ」とマリアは優しく言葉を返す。
「相手の狙いは此方を翻弄すること……でしょうか。此方で確認しても『人』がいないのは確かです」
伽藍堂の壁を見通した『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)の言葉に「行く?」と囁いたのはリアだった。
「……進まなくてはならないね」
誰かが危険にさらされているのだから。マリアが呟く言葉には僅かな焦燥。スティアは「人命が掛っているから」と唇を震わせる。
イレギュラーズは二手に分かれることになる。精霊達が僅かに反応した位置に、そして『あからさまなエネミー』としてイレギュラーズが分断された後に出会うように存在する少数の戦力に――フギン・ムニンとはこう言う男だったというようにリュグナーは小さく笑みを湛えた。
●
先ずは救出に際して必要な支援を頼むようにとサンディは準備を整えた。邸内の構造図については知る者は『囚われている側』に多いことで、『以前』――それは、新生・砂蠍が幻想王国に攻め入った際に行われたフギン・ムニンの『遊戯』である――と違い、情報が少ないのは確かで或る。
「まずは、情報を確認するわね。ここを起点に、精霊達の情報とファミリアーの情報を統合すれば分かれ道になる。左に戦士が、右に子供と恐らくブリギッタが存在するみたい」
リアの言葉に頷いたアレクシアは「周囲には敵影も存在して居ないよ。こちらが分断した後を狙っているようにも思えるかな……」と小さく呟いた。
「こういう時に必要なのは十分な確認と迅速さらしいですね。……迷う時間が勿体ないでしょう」
オリーブはあからさまな罠が其処には存在して居ると焦りを浮かべた。アレクシアは排除された梟同様にファミリアーを排除してくる辺り、彼方は自身らが優位で有ることを示しているようだと悔しげに呟いた。
「索敵した感じでは張り合いがない感じ……凄く嫌な予感がするね」
マリアは小さく呟いた。迎撃を行うわけでもなく、イレギュラーズの行動に全てを委ねてくる邸内は『敵に占拠されている』と言うには余りにも人気が無いのだ。
「それもフギンの策なんだろうな」とサンディは小さく呟いた。
「それじゃあ、行こう。皆……どうか無事で」
マリアの首元でドックタグが揺れる。その煌めきを見遣った後、秋奈はにんまりと微笑んだ。
「大丈夫さ」と。それは楽観ではなく、気丈なる少女の勇気の一つだった。
イレギュラーズは此処から二班に分かれることになる。
負傷した戦士達を救出に向かうこととなる迅、秋奈、アレクシア、オリーブ、グレイシア。
そして、ブリギットと子供達を救出に向かうマリア、リア、スティア、サンディ、リュグナー。
「では吾輩達は戦士を救出に行こう。幸か不幸か周辺からは『音』はしない。精霊達の索敵を信頼しても良さそうだ」
「信頼してよ。『ウォンブラング』の精霊は悪い子じゃないみたいだわ」
グレイシアに揶揄い笑ったリアは互いに背を向けて走り出す。全員を救う。その目標に向かい走り出す心は確かに正しき『英雄』の形であった。
ぐんぐんと進む迅に引き連れられて戦士の許へと向かうオリーブは「迎撃を行う人間はいないようですね」と囁いた。自身らが所有する技能を使用して、進み行く。魔導時間など無いとでも言うように。
距離が或る。邸内の長ったらしい廊下は一本道でありながら幾度か角を曲がらなくてはならなかった。それがウォンブラングにおいて呪術的な作法で用意された邸であることを表すように、所々にそうした意匠が飾られている。
「流石は、魔女の邸……かな?」
問う秋奈に「そうですね」と迅は小さく頷いた。足を止めても誰も救われない。故に、迅は覚悟を決めていた。
(こうして曲がりくねる道、ある程度の距離が或る場所への軟禁……。
まさしく、『罠』で在ることは一目瞭然。然し、だからといって惑っている暇がありましょうか!)
ヒグルマ・レコードに刻まれた自身の道を確かめるように。迅はずんずんと進み行く。再度用意したファミリアーは今回は撃破されることはなく両者についていく。マリア、迅。その双方の傍に存在する小さな鳥は二班を繋ぐ重要なパーツであった。
「……うーん、本当に罠だね。うんうん。クロックホルムはどこに居るかな?
まあ、戦士さん達の様子にも寄るけど、ちょーっと嫌な気配だよね。なんていうか……『遊ばれてる』って感じ」
現状を俯瞰する。秋奈にとってはディープすぎるこの展開に胃がもたれ気味ではあるが――見物している場合でもないのかと握りしめた友人の名を冠する刀をぼんやりと眺めた。
(そっか……全く関係ないわけでもないよね。うんうん、私ちゃん、胃もたれして喉越し最悪だからって見物サイドだったけど――まあ、ぶっちゃけ、当事者、メイン登場人物だよね)
『奏』と共に行く。それはあの時と同じ様に敵の掌の上で存分に暴れ回るだけだ。
「ふむ……随分と進んできたが――初めての接敵であろうか」
グレイシアの言葉にアレクシアと迅は肯いた。オリーブは「ここまで、敵影すらありませんでしたね」と小さく呟く。眼前に立っていたのは一人のノルダインの戦士。扉の前に立っていた彼はイレギュラーズを見ると直ぐに石を放り投げる。
「えっ」
放り投げられた石に警戒するイレギュラーズをさておいて、男は扉の中へと逃げ果せる。
「成程、本命はここか」と小さく呟くグレイシアに秋奈は頷く。内部を確認するように自身らの能力を駆使するアレクシアと迅は何かが可笑しいというように顔を見合わせた。
「嫌な予感は的中しますね。……向こうが、危ないかも知れません。急ぎましょう」
迅の言葉に頷く。秋奈は「扉を開くよ」と囁きオリーブが大きく頷いた。
地を蹴って、勢いと共に扉を開く。突如の強襲に備えるように武器を構えたイレギュラーズが滑り込み――
「なッ――!?」
扉を開け放てば、先程までイレギュラーズと相対していた男と、あと二人。
地に転がされた疵だらけの男達は動くことも出来ない。だが、敵影は三つだけだ。
(――三人……!? なら、他のノルダインとクロックホルムは!?)
まさか、と顔を上げたも遅い。これだけの道を歩いてきたというならばそろそろ別働隊も到着することだろう。
「見事にフギン=ムニンらしい策だ。
ノルダインの戦士よ。17人の他の仲間とクロックホルム……貴様達の司令官は『ドルイド』に夢中らしい」
「知るかよ! あいつらに従ってる方が『頭が良い』ってのは確かだ!
貧乏くじだぜ。まさか5人もイレギュラーズが来るってんだからよぉ!」
ノルダインの戦士が地に転がっていた男を抱え上げ盾とするように持ち上げる。それは三人とも同じだ。
――良い事を教えておきましょう。彼等は優しく、義に厚い。
罪なき者を見逃せず向かってくるならば、……それは『甘い』と言うことなのですよ――
男の声を思い出すようにノルダインの戦士が笑う。秋奈は「卑怯者」と小さく呟いた。
「けど、私ちゃん達を舐めないで欲しいのです!」
びしりと指さした秋奈の背後から風の如く迅が飛び込んだ。人質が盾だからと何だというのか。足を止めることはなく。覚悟の上で迅速強猛の拳を振るい上げる。
「――付いてこれますか?」
ぶん、と風の音がした。足裏が地を蹴った刹那、男らの視界には迅は居ない。後方、壁を叩く音と共に軋んだ椅子の木が傷ましい音立て割れる。
「こちらですよ」
人質を殺されるよりも早く。打ち倒してしまえば良い。続くように、グレイシアは鮮やかな光を放つ。邪悪を裁く選考が広がり、法人が書かれた円盤が浮遊し、グレイシアの周囲に揺蕩う。
戦士を盾にされたことへ怯むことなく上質な素材から作られた長剣を振り上げる。ブリギットの元へ向かった仲間達へと追いつかねばならないのだ。
戦士に傷を付けぬようにと乱撃を放つ。地を蹴ったオリーブが身を捻ったその場所に白き花吹雪が舞踊った。周囲か取り込んだ魔力が白き星の如く舞い散り続ける。幻想の泡花(アスクレピアス・ファイカルバ)の美しさの中、アレクシアは僅かな焦りを滲ませた。
「できるだけ早く倒すよ!」
戦士達を助けに来たと言う態度を取らないように。アレクシアはそう気をつけていたが、流石に相手の司令官は『わざわざ距離を離した人質を救いに来る』ならば、人命救助が目的と踏んでいたか。
(本当に、嫌になるよね……! 戦士の人達を早く救助して、向こうに行かなきゃ……!)
秋奈がつい、と顔を上げる。「何かファミリアーが鳴いてる!」と畳み掛けながらの合図に迅は「あちらも接敵したのでしょう!」と告げた。五感の共有を行っていた鳥は早々に巻き込まれたか――此方に合図を送るようにとマリアが仕掛けたかはさて置き、危機迫る状況であることは分かる。
「さって、さっさと倒れて貰えるかな?」
「馬鹿言え!」
「――軽口を告げられるのも今のうちですよ」
鮮やかなる花の中で乱撃が降注ぐ。グレイシアは戦士達を庇う様に達ながら、ノルダインの男がひとり、ふたりと伏せて行く様子を見ていた。
「……周囲に敵勢反応はないよね?」
「そうですね。残念ながら、此方は『罠』の中でも更にひっかけ――いえ、人名を見棄てることの出来ない此方への敵側からの対処だったのでしょう」
意地が悪いと呟く迅にアレクシアは大けがの戦士だけ回復を行ってから、安全地帯となったこの部屋で待機して欲しいと告げる。グレイシアとアレクシアの支援を受ける戦士達を眺めながらオリーブは「戻るなら来た道を走るだけ……ですが、あちら側に着くとなれば、二倍の距離ですね」と逸る心を抑えるように呟いた。
この手口も『以前』とおなじだとグレイシアは小さく呟く。フギンの采配は戦場において兵士は殺すよりも傷付けた方が合理的という冷たい理屈に根ざしているかのようである。
『人質の逃走能力や戦意戦力を徹底して殺いでおき、救出者たるローレットのメンバーの足手まといにする事』で、大きな分断を狙ったというならば敵ながらあっぱれである。
そもそも、彼は前回と同様の手口だ。『ローレットのメンバーが全を救おうとする』事を前提に置かれた罠なのだから。
「残念ですが、戦士の方々に自分が出来るのは此処までです。後は、ご自分で……良いですね?」
オリーブの声に「はい」「早く、魔女様を」と乞う声が幾つも上がる。未知数だらけだ。合流を急がねばならない――この状況ならば接敵した彼方はじり貧であろう。
●
「は……流石は『フギン=ムニン』様ってか?」
サンディの笑う声に「湛えることは良きことでしょう」と手を叩いた青年が立っていた。軍人の如く、ぴしりと正される襟元。サーベルを握りしめ、指揮官然とした調子で男は――クロックホルムはイレギュラーズを見ていた。
「流石は我が主。策の通りで」
「元から貴様等の『罠』の中に飛び込んできたのだ。だが、策のプランでも貴様等にとっての最悪を届けに来た。
それに……『フギン』の物真似でもして居るのか? 似合わんぞ。クロックホルム」
軽口と共に、揶揄うリュグナーに「五月蠅い」と僅かな苛立ちをクロックホルムは滲ませた。
スティア、マリアは17名も存在するノルダインの戦士達が子供達を取り囲み、『罠に掛った女』を眺め笑みを浮かべている様子に僅かな焦燥を滲ませる。
(――さて、5:5と別けたことが吉と出るか、それとも……。
『向こう』がけが人の無事を確認して合流するまでこちらが持つかが大事って訳か。『胡散臭せぇ』ヤツが考えそうな事ね)
リアは後ろ手に剣を握りしめる。ファミリアーの視界で『あちら』を確認していたマリアは「耐えなくてはね」と小さく呟いた。ブリギットへと安全を確保できたならば逃げて欲しいと『意識』で伝えたが、彼女は首を振るばかりだ。
(子供が大事、というのは分かるけれど……けれど、君の命だって大事なんだ……!)
唇を噛んだマリアが顔を上げるサンディは地を蹴り「クロックホルム!」と叫んだ。其処に魔種が存在する――だが、此方は五人だ。リアとスティアの支援を受けながら、出来る限り『引き付け』なくてはならないか。
襲い来るノルダインの様子を俯瞰するように簡易飛行で見ていたリアは直ぐさまに飛び込み、堅牢なる自身の身を盾とするスティアの周囲に響く福音を聞いた。
「もう大丈夫だよ! 後は私達がなんとかするから安心してね!」
ノルダインの視線を集めるように。一人で全てを担うスティアをサポートすべくリュグナーはお背の狂気をその双眸に宿した。慢心は油断を招く。次なる一手の抵抗を軽視する彼等を縫い止める地獄の狂眼、続く悪意の花がぞわりと周囲へと巡ってゆく。
リアはその身を子供達の元へと落ち着けて、仲間を支えるべくヴァイオリンを引き鳴らした。
「もう大丈夫よ。危ないから、ひとまずあたしより前に出ないでね」
「おばあさまは……?」
「ブリギットさんも護ってみせるわ。だから……怯えないで。合図をしたら必ず従って」
じわりと滲む不安など拭うように。周囲の旋律を感じ取る。不協和音に気分も悪くなるが――耐え戦ならば此方の者だとヒーラーたるリアとスティアはこの戦線を持たせるためにとその力を存分に振るった。
「さて、マリアちゃんと俺なら、可愛いレディに相手して貰いたいのが男のサガだろうが――勘弁してくれよ」
小さく笑う。魔風がクロックホルムの頬を撫でた。其れはいつかの想い出だ。彼の『上司』には随分と世話になったと、ありったけのコネとなりふり構わぬ殺意が告死のカードとなってクロックホルムへと投げられる。
其れは切り札だ。
「どうかな? 本人に聞いてみないと」
地を蹴り猛進する。紅色の雷鳴が地を叩き付け轟音を響かせた。隙を突くようにぐん、とクロックホルムへと迫るマリアは「二人でお相手なんて中々豪華だろう?」と囁く。
ノルダインを受け止め続けるスティアと、その補佐を行うリュグナー。だが、数が多すぎる。スティアは「耐えなきゃ」と小さく呟いた。
クロックホルムが待っていた。大勢を引き連れて『本命』たる子供とブリギットを確保するために。恐らく、戦士達を助けに行った仲間達はほぼ無傷である。ある程度の戦士の解放が済めば合流する手筈になっているが――果たして。
「さて、この様に大勢に囲まれていては勝機も無いでしょう。
主の言葉を借りましょう。
『招かれた客にして、招かれざる客よ。余興を愉しんで頂けたようで何よりです。
まぁ、短い付き合いです。推測に過ぎませんでしたが――
貴方方の性格上、『途中でお帰りになる』とは思っておりませんでしたがね』
……ああ、いや。今回は『取捨選択を行える』とは思って居ませんでした」
「どういう意味かな?」
マリアはクロックホルムを睨め付ける。以前は、作戦で求められた人員だけの確保を行う以上に更に人質の保護に向かった。今回は隊を大きく二つに分断することにより、多くの命を救うことに尽力したこととなる。
「いいえ。今からでも取引をしても良いと主には言われています」
「取引だと?」
リュグナーの言葉にクロックホルムは満足げに微笑んだ。
「ええ。交渉次第ですが、我らは『ドルイド』が目的だ。
彼女さえ引き渡してくれるならば、危険を顧みず護りたいと願った戦士と子供へとこれ以上の手出しは無用としましょう」
「……其れを信じろって?」
リアの言葉にクロックホルムは「これは信頼がない」と揶揄うように目を細めた。元より罠に飛び込む覚悟があった。しかし、幾つもの懸念点を考えながらも『距離』の離れた攻略対象を大きく分断した隊で救出するのは『敵側戦力が偏っていた』場合に余りにも片方の負担が大きい。
「まあ、信じる信じない関係なく意味の無いことは言わないでしょうから。
私達が、ブリギットさんを諦めればアンタ達は易々と帰ってくれるんでしょうね」
「ええ」
「……で?」
サンディはそう呟いた。地を蹴ってクロックホルムの横面へと攻撃を叩き付けんと飛び込む。
「あからさまな罠を設置してお前の『主』とやらは何がしたいんだ?
ブリギットを捕えてノーザンキングスを更なる混乱に陥れたい? くだらねェな。蠍の王が泣いてるぜ」
襲い来るノルダインを受け止めるスティアはサンディを睨み付けるクロックホルムを確かにその双眸に映す。
「交渉決裂ですね」
無数の武器が降る。小さな少女にとっては余りにも悍ましい光景だ。だが、背には子供達の命が掛っている。貴族としての嗜み(ノブレス・オブリージュ)は天義の聖職者、ヴァークライトの娘に『責務』を与えていた。
耐えろ、耐えろ、耐えろ――持ちこたえれば仲間が来てくれる。
「スティアさん……」
「大丈夫、リアさんはサンディさんとマリアさんをお願い!」
唇を噛んだ。傷だらけの体が痛む。リュグナーの支援でノルダインの数は少しずつ減るが、其れでも耐え続けるのは厳しかった。
●
「急ごう」と喧噪が聞こえることを口にしたグレイシアは焦りを滲ませる。
壁の向こう、何も存在して居ない。無心に走るだけで良いのだとオリーブは地を蹴った。移動距離を稼ぐことが相手の策だったというならば、それでも、『同じ邸内』だ。魔種と17名のノルダインの戦士達の中で仲間達がどれだけ耐えてくれるかは分からないが――間に合って欲しいと願うのは確かなことだ。
「……焦っても意味ないのは分かってるけど」
「私ちゃんだってそうだよ。それにしても、何時だって危険が隣り合わせだぜ」
歌ってる暇も無いとぼやいた秋奈はがしゃん、と音を立て何かが割れることを聞いた。
「近い……!」
もう少しだと迅はその脚力を生かして走る。近い、それでも――時間は十分に経っている。
「降伏しては?」
「――ンな、簡単に諦め付くかよ」
呟く。そしてサンディは「風よ!」と叫んだ。それはいつかの日の再現の如く。求めるは風の大魔術。蝋より逃げ果せたあの日を偽(フェイク)で行う其れを見遣るリアはクロックホルムが確かな警戒を見せたことに気付いた。
(こっちにははったりってのがあるんだってのを存分に見せつけてやれ!)
言葉にせず共、警戒して一歩引いたクロックホルムへ向けてマリアは飛び込む。
牙を剥くように雷鳴が飛び込むが、腹を切り裂くサーベルに溢れる赤き血が白い衣服を汚した瞬間に「ぐう」と声を漏らさずには居られない。
「まだだ!」
叫ぶ。クロックホルムを抑え続けた事で、かの魔種にも僅かな疲弊が見えるが、それ以上に――
「ッ、子供は……!」
一人でノルダインの相手をしていたスティアの限界が来ていた。瓦解する。
それは彼女が膝を突いたのと同時だ。堅牢なるスティアの可能性は燃え、もう一度を儚く無とする。
倒れた彼女を抱えてリアはサンディが奇跡を乞うて吹かせた自身の『はったりの風の刃』がクロックホルムに受け止められた瞬間に「撤退しよう」と口にした。
最早満身創痍だった。サンディが奇跡を乞う様に手を伸ばすが、叶わない。
「虚仮にしてくれたな。お前は潔く、死ね」
クロックホルムの魔術が飛んだ、刹那。
「――逃げなさい」
立ち上がったブリギットがサンディの体を吹き飛ばし、自身が攻撃を受け止める。
呻き、女の膝が地を叩く。サンディを受け止めたリュグナーは小さく舌を打つ。
「ブリギット!?」
情報屋は状況を全て理解していた。仲間達の合流にまだ時間が掛ることを悔いた。兵士側はこの調子ならば制圧を完了して居る事だろう。だが――其れを待つには、此方の被害が大きすぎる。
「どうしましょうか。主にはブリギットを連れて帰れば良いと言われていました。
残念ながら私には幼子を殺す事により痛む良心など存在して居ないのですが……どうやら――」
男の視線が、地へと叩き付けられたサンディへと向けられる。褪めた色彩、その中に乗せられた僅かな高揚は『彼の主が王に仕える優秀なブレーン』であったことを思い出すかのように。
「目的は私でしょう。私が囚われます。故に、民は解放なさい」
「魔女、お前が何を言おうとローレットが退かねば意味が無いのだと分からないのか」
冷たいクロックホルムの声音に、ブリギットは振り仰ぐ。杖を手に、イレギュラーズに退けとその目が厳しく語る。これ以上は耐えられない。子供達が殺されてしまうかも知れない。最悪を避けるためにもリアは頷き立ち上がる。
「退きましょう!」
だが――交渉を行ったわけではない。最初の交渉は決裂している。
故に、易々と逃げられるほどにこの檻は優しくはないのだろう。
「行きなさい! 子供達を護って!」
「追い詰めなさい!」
二つの声が追い縋る。子供達を護って欲しいの言葉に唇を噛み、リュグナーは子供を護るようにと『己の眼』を駆使し続ける。
精霊達に力を貸して、と声を掛ける。追い縋る腕から逃れるようにマリアは紅雷の轟音を響かせ、威嚇するように蹴り放つ。クロックホルムは動かない。ブリギットが敵の手に堕ちたからだ。目的の女を逃さぬようにと彼は其処に立っているのか。
唇を噛みしめて、マリアの放った渾身の一撃が僅かにクロックホルムのその体を傾がせた。
「貴様ッ!」
追うノルダインの刃の矛先が、マリアへと変わる。
「……しつこい!」
叫ぶマリアの雷撃が勢いを潜め、無数の武器の餌食となった。
合流のために走る足音が聞こえる。其れを聞いた後、マリアの視界はふ、と暗くなった。
囚われるわけにはいかない。『前』と同じ事を繰り返してなるものか。リュグナーは子等を護るべく身を張り続けるがリアと二人ではその戦線も長くは持たない――「いた!」と声がする。
「皆! ッ、撤退しよう!」
鮮やかな花が広がる。アレクシアの放った其れと共に、グレイシアはスティアとサンディを支え、後退する。オリーブは襲い来るノルダインの向こう側に立っていた魔種をその双眸に移し込んだ。
戦士達を打ち倒そうともまだ、魔種が立っている――迷っていては人命が失われる可能性がある。被害を最小にするならば、諦めなければならないことも或る。
「……ブリギットさん!」
リアの伸ばした手は届かない。伺い見たのは魔女の悲しげな笑みだけだった。
――さて、成果は?
小さな笑みに、重なった拍手。讃える様に、響かせては男は「実に愉快でした」と囁いた。
「眼を潰されて憤慨されていたのではないかと思いましたが?」
「いいえ。『ドルイド』が此方に降伏していなければ『またお土産』を頂いても良かったですが……
本来の目的は彼女です。ノーザンキングスでの暇潰し……まあ、私がこれ以上、暴れる意味もありませんから」
囁く男は、小さく笑った。声が、声が、原罪の――憤怒の声が、響く。
一人では子供も守り切れずに何が長であるか。何が魔女であるか。所詮はお飾りの長命種。
呻く声と共に女は地に伏せた。ペストマスクの男が手を叩き「良い仕事でしたよ、クロックホルム」と笑み零す。
――さあ、次は、貴女の舞台だ。ドルイド・ブリギット。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
とても意地悪なシナリオで有ったと思います。人間が相手であり、目的が存在して居た(この場合はブリギット)と言うことは、様々な引き合いが存在します。
ですが、想定される中では最も多い命を助けられた結果で有ると思われます。
MVPはその中でも護る事に尽力した方に。
フギン・ムニンはこれを『ご挨拶』として皆さんにお送りしたようです。
それでは、また。
皆様にお会いすることを楽しみにしております。
GMコメント
夏あかねです。ご挨拶に伺いました。お久しぶりに。
●成功条件
下記3点の達成
・『ドルイド』ブリギットの救出
・村人の過半数以上の救出
・『爪研ぎ鴉』クロックホルムの撃退
●魔種 『爪研ぎ鴉』クロックホルム
フギン・ムニンの副官たる人物です。前線で戦う事に長けた青年。
筋骨隆々であり、所持するは無骨な斧です。フギンの忠実なる副官でした。
故に、彼の怒りに共感しその心を反転させたようです。魔種です。
●ノルダインの戦士 *20
獰猛な戦士達。フギンの『おねがい』で、軍隊としてクロックホルムに統率されています。
非常にしっかりと連携しており、邪魔立てする者を許しません。
また、『ドルイド』を目標としているために、彼女の奪還に関してはより厳しい行動を見せるでしょう。
●『ウォンブラング』
ヴィーザル地方の高山地帯に存在する村。寒々しい高山ですが、村人は皆穏やかに生きているようです。
人間種と鉄騎種が多く、この村では『ドルイド』ブリギットが統率しているようです。ブリギットを護るための騎士たちや戦士も多く存在しますが、知恵者たる彼を上回る知恵者であるフギンによる策で戦士は皆囚われた状態で村に存在した邸に纏められています。
また、囚われているブリギットは子供たちと同じ場所に存在するようです。戦士たちとは少しばかりの距離があります。二匹のフクロウがそれぞれの地点で観察しているようです。
邸の中はクロックホルム及ぶノルダインに占拠されています。
●戦士たち*10
囚われています。気を失っている者も多数。開放しても戦えないでしょう。それだけ深手です。また、寒々しく邸の外に出せばそれだけで致命傷になる可能性があります。
●子供たち*10
村の子供たちです。「おばあさま」と慕うブリギットが命だけはと乞うて守った存在です。戦闘能力はありません。怪我はしていないようですが可笑しな行動をすれば命はないでしょう。
●『ドルイド』ブリギット
高齢の魔女。人間種と鉄騎種が多い中でも幻想種です。故に外見を見るだけでは老婆とは思わないでしょう。
穏やかな木々と共に生きるハイエスタの女です。ウォンブラングの主であり、村人にも好かれているようです。子供たち、そして戦士たちを守るべく自分はどうなっても良いと告げているようです。魔術を使用できますが、使用した時点で子供が死に至るとされています。
●参考:フギン・ムニン
『<刻印のシャウラ>Blood=Hugin』『<ジーニアス・ゲイム>Prison=Hugin』及び、『Jail Scorpion』にて登場しました。
キングスコルピオの副官。イレギュラーズを捕虜に取るなど、王の期待に応えましたが彼の没後、『崇拝する王を殺された』事と片方の眼を失ったことに激昂し反転。憤怒にその身を委ね、イレギュラーズを酷く恨んでいるようです。
骨のみに化した翼をもった飛行種の男であり、痩身で何所か虚弱な雰囲気を思わせ手いましたが現状ではその雰囲気から兵であることを感じさせます。
毒蛇を2匹連れており、己の得物には梟の刻印を押す悪党であるという噂が蔓延っています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
二年ぶりですね。それでは、いってらっしゃいませ。
Tweet