シナリオ詳細
怪盗影男
オープニング
●影男
――この仕事はみじめな気分にさせられる。なんだって成金野郎の骨董品を見張る為に毎夜毎夜このだだっ広い館歩き回らなきゃならねぇんだ。くそったれ、お美しい女神サマの彫像や男心そそる裸婦画でさえ公に誇れねぇやり方で手に入れたってのは想像つくってもんなのに。
チャックという警備員は小声で口汚く悪態をつきながら、ランタンを片手に美術館をうろついていた。
ここ、『レンブラント美術館』は幻想の都市部にある大きめの美術館だ。とはいっても国営ではなく、名を冠しているレンブラントという美術商個人が経営している。
レンブラントは一代で貴族に匹敵する財産を築いた商売上手の傑物だ。なんといっても彼自身が画家としての才能もあり、陰影によって明暗をハッキリと表現するその技法は「光の創造主」なんて御大層な呼び方をされている。並み居る貴族達は彼の作品を、屋敷が一つ買えるほどの大金を支払う事になっても手に入れようと躍起になっていた。
……少なくとも、表向きはそうだ。レンブラントには後ろ暗い影が付き纏っている。
現在の彼は利き腕に大怪我をして、二度と絵画が描けない状態にある。それもレンブラントの絵画が高く評価される一因なのだが、聡い者はこれをきな臭く感じた。「もしや他の者に描かせた絵画を自分のモノと偽って世に公表しているのではないか」と。
実際、レンブラントは美術学校に通ったり画家に師事した経験は無かった。だが本人は「これを描いたのは自分である」という姿勢は崩さないし、彼に代わって「これを描いたのは自分である」と名乗り出てくる者も居ない。
結局、周囲の人間達は『レンブラントの絵画』の価値を下げるような真似はしなかった。得する者が居ない以上、影を暴く事は不毛なのだ。少なくとも所有している貴族達はそう考えたのだ。
――まったく、「光の創造主」とはよくいったもんだよ。その光は金による創造ってか。
そのレンブラントの絵画を目の前にして、チャックは自嘲気味に笑った。なにせ自身もレンブラントの金に惑わされた一人なのだ。これをみじめと言わずしてなんとする。
絵画の美少女はチャックに微笑みを返している。モデルはレンブラントの愛娘だったか。いっその事、この絵画を切り刻んでやろうか。レンブラントの青ざめた顔が目に浮かぶ。
その後は賠償金で破滅する事しか見えないので、チャックは絵画を眺めながらニヤニヤと想像するだけに留めおいた。
そしてふと、チャックは絵画を収めている額縁に何か便箋が張り付けられている事に気が付く。十数分前に見回った時はこんなものなかったのだが。
チャックはなにげなしに便箋の中身を見て、想像していたレンブラントの表情よりもずっとみじめに青ざめて叫び声をあげた。
『本日の午後十二時、この美術館にある『レンブラントの絵画』を全て頂きに参ります。
――影男より』
そうして夜が明けた早朝。地域の治安を守る衛兵達が幾人かレンブラント美術館に派遣された。
「これだけ警備員がおればワシらなんぞいらんだろうに」
おそらくは、今回派遣された衛兵の責任者であろう壮年の衛兵。彼が周囲の様子を見回してみると、物々しい武器を持った警備員が一般客に怪しい人物がいないか目を光らせていた。
レンブラント個人が傭兵をかき集めたのか、警備員にはあからさまに犯罪者やチンピラの類も混ざっている。目の前にいる第一発見者というのもそのチンピラの一人だった。
「で、お前か。この予告状を見つけたチャックっていうのは」
「へ、へい。その通りですゴールドマンさん」
チャックは腰を低くし、壮年の衛兵の名を恭しく呼ぶ。その態度から「こいつも犯罪者風情なのだろう」とゴールドマンは容易く看破してみせたが、ここで追求するのも手間が増えるだけなのでやめておいた。
ゴールドマンは予告状をちらりと見る。影男。噂によると、美術品――特にレンブラントの絵画を好んで盗む怪盗だったか。
「ヤツが影男なら、差し詰めワシはアケチか」
「なんです? それ」
「戯言だ。ともかく、だったらこの物々しさもわからんではないが……」
影男は幻術や、隠密に長けている男だと聞いた事がある。その上、人を殺さぬ美学を持った奴だとか。ゴールドマンは個人としてはそのやり方は嫌いではない。が、好き嫌いと仕事は話が別だ。
「あぁ、来てくださいましたかゴールドマン様。お待ちしておりました」
物々しい人物が蔓延る中、不釣り合いに豪華な服装を着飾って右腕を垂らした男と思われる人物がゴールドマンに近寄ってきた。その傍らには娘とおぼしき人物がおり、両手でスカートの裾をちょこんと持ち上げてお辞儀をする。
「こりゃ、どうもレンブラントさん。ワシらが来たからにはどうぞご安心下さい。この美術館にある品々を全て守りきってみせましょう」
「それは頼もしい! ……ですが、あなたがたに全てを守りきってもらう必要はございません」
レンブラントと呼ばれた男は、多少見下すような眼差しをゴールドマンに向けながらその理由を説明した。
「……ほう、『贋作』を使うのですか。私にゃ見当がつきませんがねぇ」
ゴールドマンは横にある高そうな壺を訝しげに見て、指先でチンと打ち鳴らす。美術知識が無い彼には、どれが高くてどれが安いのかなどわからぬ。しかし、壺を気安く触ってもレンブラントがニコニコとしている事からおそらくそれは本当なのだろう。
何処でそんなモノを調達したのか。美術商たる人間がそんな代物を持っている事を不審に思うものの、それ以上は追求しようもない。
「別の場所に隠してあります。狙いが本当に絵画であれ、単に美術品を盗む方便であれ……本物を盗むなどいくら影男といえど不可能でありましょう!」
「そりゃあ、名案だ。で、どれが本物か。本物の居場所も私らに教えてくださいませんか。その方が警備がしやすいので」
レンブラントはニコニコとしながら、その提案を丁重に断った。
「あなたがたの中に影男がいないとも限りません。どうぞ、警備員達とご一緒に美術品をお守り下さい」
ゴールドマンと衛兵達は、犯罪者達と同列に扱われる事を不愉快そうに顔を歪めた。
●盗人会議
情報屋のトウェンティ・クラウンベルに呼び寄せられたイレギュラーズは、閉め切った個室に押し込められ依頼の内容を聞かされる事になった。
「息苦しいところで悪いね。事前に言っていた通り、公に聞かせられない話なんだ。つまり、今回アンタ達に頼まれた仕事は悪行だよ」
美術館から高額な絵画を盗む。その盗む相手が世間的に後ろ暗い噂はある人物だろうが、犯罪は犯罪だ。それを手伝うイレギュラーズも悪名を背負う事は免れぬ。
それを了承してもらった上で、クラウンベルは話を続ける。
「まず、早朝である今から午後十二時までに美術品を盗む準備や下調べを行ってもらう。何を下調べするかって? レンブラントのヤツ、美術館に飾ってる贋作を紛れ込ませやがったのさ。客に美術品を見せて金をふんだくってるクセして、それが偽物だなんてどこまでも見下げたヤツさ」
クラウンベルの言動が妙に刺々しく感じるのは気のせいだろうか。イレギュラーズの何人かがそう感じつつも、その方策を聞き続けた。
美術館で贋作の判断や本物の隠し場所を調べる方法について、まず美術館に潜入する必要がある。
これは日中に一般客として入る方法もあるし、はたまた雇われている警備員や従業員に紛れ込んだり、隠密の術に自信があれば忍び込んだりと、様々な方法が考えられる。
贋作を見分けるかどうかについては、美術の知識などが要求されるだろう。クラウンベル自身は「私は美術にちょいと知識があるから、日中ならその見分けるのは手伝ってあげるよ」と付け加える。情報屋自身がこういった作戦に加わってくれるとは珍しい。
「午後十二時になったら、依頼人の『影男』と合流さ。彼と協力して美術品を根こそぎ盗む。日中に贋作や本物の隠し場所がわかんなかったら、それだけ盗むのに使う時間は増えるだろうね」
その話を聞いていて、場に加わっていた『狗刃』エディ・ワイルダー(p3n000008)が 小さく手をあげて質問した。
「もし警備員や衛兵に見つかったら、そいつらは殺すのか?」
「ノー! 依頼人から人は殺してはいけないとわざわざ指定が来ている。衛兵や警備員については、この図面通りたくさんいるよ! 全員倒しきるっていうのは、いくらアンタ達が強かろうが無謀だろうね。衛兵には何人か実力者がいるみたいだし」
「……それは、また難儀だな。だから報酬がこんなに高いわけか」
エディは言葉に反して、少し安堵したような顔をする。人を殺さないのはある意味では気が楽だが、殺してしまえば即刻依頼失敗というわけだ。
盗む方法については隠密が得意な者は邪魔な者を静かに気絶させていってもいいし、戦闘が得意なら美術館の表で喧噪騒ぎを起こして警備を引き付けて、盗みを支援する時間稼ぎをするのもいい。
だが、どういう手段でやっていたとしてもこの警備ではいずれ応援が来る。おそらく一時間以上は使えないだろう。
その場に集まったイレギュラーズは、早速各々の得意分野を話し合うべきだろうと考えた。
「働かざるもの食うべからず。さて、イレギュラーズサマのお手並み拝見とさせてもらおうか!」
- 怪盗影男完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別通常(悪)
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年11月17日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●潜入
美術館が開館してしばらく、一般客がチラホラと入り乱れ始めた頃合いでビジネスマン風の男性が入り口に居る警備員に声を掛けた。
「レンブラント氏をお呼びいただけますか?」
訝しげに対応する警備員であったが、右手を垂らした男がその警備員を押しのけるようにして、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)に対応した。
「ようこそ、いらっしゃいました。先方からお話は聞いております。本日は美術品をお求めとの事で」
「えぇ、身分に相応しい美術品の一つや二つは持っておけといわれまして」
新田は幻想の有力者を介してレンブラントに話を取り付けていた。
傍らで新田の娘を演じているクラウンベル、妻役のイレギュラーズ――『盗兎』ノワ・リェーヴル(p3p001798)も上手くいったと上機嫌に小さな声でやり取りを交わす。
「うーん、いかにも悪党の集まりだ。こういう奴らばかりなら。僕らはまだまだ食い扶持には困らなさそうだねぇ? トウェンティ君」
「そうだな。だけどアタシ達の食い扶持は何も悪党相手とは限らないんじゃないか?」
話をはぐらかすような素振りのクラウンベル。
「いやなに、僕も美学を以て仕事をしているからね今のは冗談だよ?」
ノワは心の中で『影男』の事を思い浮かべながら、ニコニコと機嫌良さそうに新田の妻として振る舞った。
「それでは、こちらの方に……」
「トゥー? トゥーじゃない。来てくれたのね」
レンブラントの傍らにいた少女が、クラウンベルに声を掛けた。どうやら彼女達同士は知り合いのようだ。
「お父様が美術品を買う事になってね」
「まぁ。貴女、実は令嬢だったのね。でもトゥーのお家にパパの絵が飾られるのは私も嬉しいわ」
ノワと新田の耳に歯軋りが聞こえたような気がした。
一方で、美術館の外ではゴールドマンの怒号が飛び交っていた。
「『悪徳の』ォ!!」
彼は警備員の中に『悪徳の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)の姿を見るや否や、その場で取っ捕まえようとして他の衛兵達に宥められていた。
「キサマッ、この美術館に何をしに来た! よもや何処ぞの依頼で白昼堂々盗みに来たのではあるまいっ!?」
ことほぎは乾いた笑いを浮かべた。何故ここまで躍起になられているかといえば、ことほぎは格別悪名高い傭兵であるからだ。
「違ぇよ。今回は警備員として参加してんの。影男? っつーのが今夜来るんだろ」
「なぁ~ニぃ~をォ~?!」
ことほぎは大金につられて警備に参加したというもっともらしい口実を立てる。ゴールドマンは罵詈雑言を口にしながら、若手の衛兵達に引っ張られていく。
「まったく、あの衛兵どもウザいよなー、オレらだけで十分だっつーの!」
「そうだそうだ」「俺達の分け前が減るってもんだ!」
悪名高い傭兵は、逆にいえばその道の同業者からいえば頼りになる存在だという事である。警備員のいくらかはおこぼれにあずかろうと、何の疑いもなく彼女に媚び諂い始めた。
「へへ、世話んなるぜぇ」
その警備員の中に混じるイレギュラーズ、シラス(p3p004421)。
ことほぎが警備員達の気を引いている間に館内へ入り、そこから隠された絵画を探そうとした。
「待て」
そんなシラスを何者かが制止した。「バレたか?」と振り向くと……イレギュラーズの仲間、『赤と黒の狭間で』恋屍・愛無(p3p007296)と『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)だった。
「どうしたんだ?」
シラスが聞き返すと、恋屍は開きかけていたドアの隙間に対して指を向ける。よく見ると糸を使った鳴子か、爆竹か、何にしても原始的な警報装置があった。
「隠してそうな場所や、潜入に使えそうな経路には露骨に仕込んであった。まぁ、“ある”と知っていれば対処は容易いが」
「羊の頭を看板にして犬の肉を売る。あこぎな美術館もあったものですね。狼を捕らえようと罠を張る事はちゃんとしているくせに」
愛無は、二人に対して罠を鳴らさない方法を教えた。他の仲間や影男にも後で伝えておけば侵入時に大いに役立つだろう。
「周囲の警戒なら私にお任せ下さい。神威六神通――これのおかげで警備員の位置が手に取るように分かります」
三人とも罠の対処やマッピング、隠された部屋の位置の捜索など準備の方向性は同一だ。固まって動いた方がやりやすいだろう。
『蜘蛛男』テオドルト・ヴァスキー(p3p008336)は変化を使ってヒトの姿を形取り、一般客として館内に潜入している。
「面倒臭いなぁ……全部偽物なら話が早いのに」
飾られている絵画を一般客に混ざって一つ一つ品定めしていく。
話によれば明暗の使い方が上手いとの話を聞いた。目の前の少女が描かれた絵画を眺め、成る程、これは模写などでは到底真似出来ぬ色合いだ。
次に品定めした高価そうな絵画についても『これは偽物だな』とすぐ看破した。
「新田様、いかがでしょう! これこそ、貴方に相応しき名品と思われます!」
それからすぐ、レンブラントがその贋作を売り込もうとしていた。訝しげにするテオドルト。
もちろんそれを受けて、その場に居たノワとクラウンベルは真贋を確かめた。
「あら、素敵な絵だわ。ほら、貴女も見てみなさいな」
「…………」
やたら不機嫌そうなクラウンベル。さっきからずっとこうだ。ノワはくすくすと笑いながら彼女に耳打ちする。
「その服装は不服だったかな? 正体を明かしたくないみたいだし、子供一人よりはこちらの方が目立たないだろう?」
「こういうのは趣味じゃないんだよ!」
ノワの言葉にクラウンベルは声を荒らげた。イヤにファンシーな、なんというか少女趣味な……装飾華美な服装を嫌がる気持ちは分かる。
「これは実に素晴らしい。“お持ちの真作”をお譲りいただけませんか」
レンブラントが、ピクリと顔を痙攣させた。
「……パパ、どういう事?」
彼の娘も、父を軽蔑するような眼差しを向ける。
「事情は理解しています。盗人が予告状を寄越したゆえ、このような処置をしているのでしょう」
「えぇ、えぇ! そうなのです。私も大変心苦しく……」
これみよがしに助け船を出す新田。厚かましくそれに飛び乗るレンブラント。新田は更に白紙の小切手を取り出して、こう持ちかけた。
「本物を見せて頂けるなら、お望みの金額で手付けをお支払いしましょう」
レンブラントは流石に思い悩んだ。新田は『領地を管理している身分確かな人物』だとは聞いている。しかし、すぐさま本物を見せていいものか。
「では、こうしましょう。保管状況や警備状況を教えていただき、その安全性に納得ができれば、手付けをお支払いするというのは?」
レンブラントは損得勘定に長けた人物である前に、強欲であった。彼は大金を目の前にその交渉を受け入れる。
「えぇ、それならばもちろん! 警備については自信があります。説明致しますので、是非こちらまでご同行を!!」
そのやり取りは衆目を引き付け、一般客からは気前の良い彼らに憧憬の眼差しが送られる。
新田は手を振ってそれに応えながら、自家製の発煙筒を各所に取り付けているテオドルトを横目に含み笑いを浮かべた。
「……ゴールドマン氏も運がない。今回の面子は、彼にとって最悪とも言えるでしょうね」
閉館直後。美術館にはその関係者だけとなった。
「調べてきました」
美術館から出て来た若い衛兵が、ゴールドマンに声を掛ける。
「頼んだのは見つかったか?」
「はい。レンブラント氏には伝えますか?」
「いぃや、今それを突き付けても何にもならん。だが時間になったら、すぐ対処へ迎え」
彼らのその目はまるで獲物を見定めたようにギラギラと炎が宿っていた。
●影のある人
それからイレギュラーズは一旦解散するか、潜入を続けて本番までの準備をとり続けた。
「それじゃあ、任せたよ」
「そのままついてきてくれぬのだな」
その場を立ち去るクラウンベルに対して、エディがなんとなしに言った。
「情報屋風情に何を求めているんだい。それとも何か。私がアンタに指示をくれてやれば万事上手くいくって?」
「そうとは言ってないが……」
いかつい返答に、エディは黙り込んだ。クラウンベルもそれ以上突っかからずに去って行く。
何か言いたげに彼女を見送るエディに対して、愛無は律するように口を開いた。
「彼女にこれ以上頼るべきではあるまい。何より、私達すら捕まってしてしまえば何をされるか解らん」
「あぁその通りだ。俺とて捕まるつもりはない。だが俺が言いたいのは――」
エディが何か指摘しようとすると、ノワが自分の唇に人差し指をくっつけるジェスチャーをした。再び黙り込むエディと首を傾げる愛無。
クラウンベルは自分の家に帰り着くと早々に華美な衣服を脱ぎ捨てて一糸まとわぬ姿になり、シャワーを浴びて甘ったるい香水を取り払った。
夫妻の飾り付けやマネジメント通り、そんなモノを身につけて貴族の少女を演じてみたが、館内を走り回っても周囲から生暖かい苦笑を向けられるに済んだ。おかげで思う存分ノワと品定め出来たが。
――トゥー。パパの絵はとても綺麗なのよ。
クラウンベルがレンブラントの娘と出会ったのは情報屋業を初めて間もない頃。
画家の父親を持つ者同士、仲良くやっていけると思った。
だが真実というのは、それを全て破綻させてのけた。
「……アイツの光を、影で全部塗り潰してやる」
●アウトサイドウォー
いよいよ十二時直前、エディは皆に調査段階の成果をまとめ伝えた。
・真贋判別、館内の把握など情報面はほぼ完璧
・外周の警備がことほぎの成果で事実上崩壊
・反面、衛兵班の戦力は十全
「被害はいくらか出るだろう。俺は撤退支援に就く。逃げ道は任せてくれ」
瑠璃が用意してくれた馬を引き連れ、逃走ルートの確保に向かった。
「私達も行きましょう。金儲けを是とする所有者の美意識では、相応しくないと言われても仕方がない」
瑠璃含めたイレギュラーズは準備が整え、他の仲間が待っているであろうレンブラント美術館へ走り出した。
ことほぎは外周の警備班と交流を続けている。
「夜は冷えるからなァ。『景気付けの酒がねーとやってらんねェだろ?』」
「お、気前がいいじゃねぇか。さすが悪徳様!」
警備班は一箇所に集まって、まるで酒盛りの様相を作り出していた。
不用心ではないかと口にするものが一人もおらぬ。どうやらことほぎが魔眼の能力を使ったらしい。
アルコールと催眠が回ってもはや警備の体をなしておらぬ。その間に仲間達へ合図を送り、美術館へ侵入させようとした。
「悪徳サマ。ワシらも混ぜてはくれんかね」
声がした方に振り返ると、ゴールドマンと複数人の衛兵。
ことほぎは彼らをやり過ごそうと当たり障りのない態度――あわよくば催眠状態に陥れる為、視線を交わしながら一献差し上げようと歩み寄る。
「酒で暖まっておかねぇと身がもたねぇ。オッサンもいっぱ――
ことほぎの耳に鞘鳴りの音が届いた。反射的に杯を持った手を引く。
刹那、杯が爆ぜ、手のひらがざくろを割ったように深々と斬られた。
「――なにしやがんだテメェ」
「“『悪徳の魔女』が雇われた記録が無かった”」
お前を斬る理由などそれで十分だと言わんばかりに、衛兵達は次々に剣を抜き始める。
だが幸か不幸か、潜入班にはまだ気付いていないらしい。
『ば、化け物が火を噴いたぞ!!!!』
他所から助けを求める絶叫が響き渡った。衛兵達は一瞬そちらに気を取られる。咄嗟にことほぎが叫んだ。
「テメェら、オレ達にいちゃもんつけて手柄横取りする気か!? させるかよ!」
それを聞いたおぼつかぬ思考の警備員達は、彼女の意のままに衛兵相手に大乱闘を繰り広げ始めるのであった。
潜入班の一部が美術館に潜み続けていた新田の手引きで内部に入り込み、残った者は『こそどろ』エマ(p3p000257)の先導で別ルートから入り込んだ。
「悪徳美術商から絵画を盗み出せ、ですか……」
「保管室は壁を分厚く作ってある。壁抜けは無理だ。レンブラントが持っている鍵が要る」
顔を隠し、線が細い優男といった風体の『影男』は愛無に貰った館内地図を指さしながら、裏口の鍵穴を弄り始めたエマに要点を伝える。
「……ひひ、その鍵って、どういうタイプのものですか??」
エマは「鍵なぞ必要ない」とばかりにモノの数秒で裏口の鍵を開け放った。
「おい! どういう事だ!」
レンブラントは、ヒステリックに叫んだ。火事だと呼ばれて来てみれば、観葉植物に発煙筒が仕込まれていただけだった。
飾られていた絵画の内、本物の数点が無事である事を自分の目で確認すると安堵し、館内に残っていた数人の衛兵をキッと睨み付け、「ついてこい!!」と命じた。
「うへぇ……バレるかと思った」
「取り引きするにしても彼は御免ですね。“贋作の贋作”も見抜けぬとは」
それぞれの技術で隠れていたシラスや新田。既に本物の絵画を脇に抱えている。
数十秒経つと、額縁に飾られていた絵画が霧のように揺らいだ。幻術の類か。
「詐欺師に手加減は無用です」
新田は脱出の寸前、贋作を無造作にかき集め、その山にライター型手榴弾を放り投げる。ライターは爆発して火炎を振り回し、黒煙を伴って贋作を焼き尽くし始めた。
「良い事した後は、気持ちいいですねえ」
火事が起きたと察知した警備員が青ざめながらやってくる。陽動が利いている内に、二人は館外へ逃げ出した。
「へへ、後始末はよろしく頼むぜ。傭兵さんらよッ!」
館外では警備員らが必死に瑠璃、化け物を装うテオドルトと愛無と戦っていた。
「『消えぬ叫び』め! 魔物を使いやがった!!」
誤解が生じているが瑠璃達は大いにそれを利用し、酩酊している警備員達を蹂躙した。
「酔っ払い程度なら僕にもあしらえるというものさ」
文字通り八本の足で警備員達を取り押さえるテオドルト。愛無も何食わぬ顔で警備員一人ずつ殴り倒す。
「落ちつけ! 奴らはウォーカーだ!!」
ことほぎと対峙していた衛兵がいくらかこちらに寄ってきた。
「まずいね。とてもじゃないが、僕じゃ敵わない」
「必ず避ける事は捕獲される事だ。固執せず、確実にいこう」
瑠璃が眩術紫雲で攪乱した瞬間に、三人は対峙を避けて一斉に逃げ始める。
特に愛無と瑠璃は機動力を確保し、衛兵の追撃を容易く振り払えた。
一方、テオドルトは二人に追いつけぬ。いくらか逃走したところで、衛兵の一人が弓を構えた。
ギリギリと引き絞った弦から指が離れ、撃ち放たれた矢がテオドルトの背に突き刺さる。
意識を失っていくテオドルトの耳に、馬の嘶きが聞こえた。
「悪徳の。降参するのが身の為だぞ」
ゴールドマン達は、数と実力でどうにかことほぎとその取り巻きを無力化した。
「どうする。まだ抵抗するか?」
ことほぎは別働隊の騒ぎを耳にしながら、溜め息をついて武器を降ろす。
「だァ~れが降伏なんかっすっかよ!」
その直後、衛兵を撥ね飛ばす形でエディや瑠璃の駆る馬車が突っ込んで来た。背には気絶したテオドルトも乗っている。
「っ撃て!」
弓や銃を持っていた衛兵は、エディやことほぎに対して矢玉を思う存分喰らわせる。
「ッッ! あばよ、オッサン!」
彼らは安全圏までそれらを喰らい続けたが、決して馬車から転がり落ちる事なく逃げ果せた。
●対峙
倒れた警備員を踏みつけながら、保管室に入室するレンブラント。
窓も無い室内は真っ暗で、ついてきた衛兵は周囲を確かめようとランタンの光をかざす。
数歩進んだところで、何者かが衛兵へ飛びかかりその延髄に蹴りを入れた。衛兵は反撃しようとするも、他の闖入者の追撃を喰らい気絶する。
「な、なにやつだ!!」
レンブラントがランタンを頭上にかざして闖入者の姿を照らし上げる。
「怪盗影男。予告通り、絵画全て頂きにきた」
「初めまして、私は怪盗ラビット・フットだ。名前くらい聞いた事はあるだろう?」
「……こ、こそどろです。ひひ、ひ」
なんか不釣り合いな肩書きがいる気がするが、それはともかく怪盗達は絵画を抱えて部屋から逃げ去る。
「衛兵ッ、やってしまえ!!」
その号令を皮切りに、衛兵達はラビット・フットへ集中的に斬りかかる。
「おっと、人気者は辛いね」
一閃を華麗に避け、二閃は掠め、三閃でようやく兎の胴体を捉えた。廊下の床を染める形で鮮血が飛び散る。
「投降するなら命は取らぬ」
そうして互いに動かない状況の内に、レンブラントの娘がやってきた。
「パパ! 飾っていた絵が、全部燃えて――」
レンブラントの娘は影男をひとめ見て、凍り付いたように表情を固める。
「――トゥエンティ。なに、してるの……?」
「…………」
娘の問いに影男――クラウンベルは何も答えぬ。
「殺せ、殺すんだよォ!!!」
絵画が燃やされたと聞いたレンブラントはいよいよ怒り狂い、右腕で握ったナイフで怪盗に斬りかかった。
「それすら贋作とは見下げたものだ」
「三十六計逃げるにしかず!」
轟々雷々。RLaR。三人は廊下に仕込んでいた閃光弾を一斉に爆破し、どうにか移動する隙を作り出す。逃げ足の速いエマにはその一瞬で逃げ果せるに十分だった。
「……ひひ、やはり私には戦いよりコッチです。また仕事、回してくださいよ」
レンブラント達は目の痛みを堪えながら、階段を駆け上がった怪盗の方を追う。
向かった先は屋上だ。簡易的な手すりに囲まれ、逃げ道などないように思える。
「はは、追い詰めたぞ!」
ラビット・フットは焦燥した。この状況から逃げる手立てはあるが……。
「なに躊躇ってんだい、“跳ぶ”よ」
影男はラビット・フットを勇気づけた。
怪盗二人は、手すりを乗り越え何もない中空にパッと身を乗り出す。衛兵は制止しようと大声で叫んだ。
「バカな!? この高さだぞ!!」
「オーディエンスを魅せるのも怪盗と言うものさ? 欲しければ取りに来るがいい」
「か、返せェェェ!」
ラビット・フットは簡易的な飛行を使い、空中を降りていく。
彼女を追った影男とレンブラントは、真っ逆さまに地面へ墜ちていった……。
●終劇
「ぅぅ……あぁ……」
レンブラントはぐちゃぐちゃに折れ曲がった右腕を抱きかかえ、その場で蹲っていた。
影男はなんとか着地したものの、足を骨折したのか立ち上がる事は全く出来ない。ラビット・フットとて刀傷で重傷だ。
ラビット・フットが影男を抱きかかえ美術館から数十メートルまでどうにか逃げ出したが、捕まるのは時間の問題だろう。そう思っていた最中、馬を引き連れた愛無が迎えに来た。
「怪物や怪人が影も形も見えなくなるのもお約束だ」
外側の警備が壊滅していた事がこの上なく僥倖だったろう。どうにか安全圏まで逃げ出せそうだ。
二人を乗せて馬を駆る途中、戦利品を眺める愛無。
「トウェンティ君から買った絵に似ているが……」
訝しげにする愛無の背に、影男改めクラウンベルから言葉が投げかけられた。
「……私の、父の絵だ」
愛無はそれを聞いて、レンブラントが他人――『影』の絵を自分の物だと偽っていたと悟った。
愛無は、影男の骨折した足を心配そうに眺めながら言葉にする。
「よかったじゃないか。光は影に塗り潰されたぞ」
「……光が塗り潰せても、闇の中の影は皆の目に見えはしない……」
影男――クラウンベルは力なく笑い、そして涙をこぼした。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
――――
号外新聞
『怪盗影男、怪盗ラビット・フットと共謀?』
××月××日、午後十二時。レンブラント美術館において怪盗影男が予告状通りに現れ、なんと美術館に飾られていた『レンブラントの絵画』を全て燃やし尽くした。
当時の警備員からは「影男は『火を噴く八本足で軟体生物の魔物』に全員やられた」との情報を得られたが、被害者張本人であるレンブラント氏は「ラビット・フットと、影男と、部下のコソ泥のヤツが私に大怪我を負わせたんだ!」と骨折した右腕を見せながら我々に証言した。
現場に立ち会わせた氏の娘・サスキア・レンブラント(18)は、事件のショックからか取材の一切を拒絶している。
何にしても『影男』と『怪盗ラビット・フット』が何らかの目的で、歴史的名画をこの世から焼き払う為に動いたのは事実であろう。
彼らの美学通り、今回の事件において一人の死者も出なかったのが不幸中の幸いである。
なお、現場を担当していた衛兵達は「『悪徳の魔女』と呼ばれる傭兵が何か知っているのではないか」と行方を追っている様子だが、こちらは依然として成果は挙げられていない。
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GMコメント
稗田ケロ子です。今回は美術品を鑑定及び盗む依頼となります。
●目標
・美術館に『レンブラントの絵画』の本物を全て盗み出す
・警備員や衛兵を一人として殺さない
目標対象である『レンブラントの絵画』は贋作が入り交じっており、一部の本物は美術館の何処かに隠されているものと思われます。
依頼成功の為には、各々の得意分野を上手く活用して本物を全て盗み出す必要があるでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼を成功させる為の情報については全て正確ですが、影男については意図的に隠している部分があるようです。
●ロケーション
ロケーションについては『調査パート』の日中と『実行パート』の午後十二時前後に別れます。
場所は幻想にある有名な美術館。
レンブラントが資産にモノを言わせて美術品をかき集めているのもあって、普段は一般客も多いです。もし気に入ったものがあれば、身分確かな者であれば大金を払って展示品を購入出来る仕組みとなっています。
しかし本日は影男の予告状があったのもあってか、人相の悪い警備員が過剰に配備されており、目立つ行動を取れば即刻追い出されたり拘束されたりするでしょう。
日中の美術館に潜入して美術品の真贋を調査するには、手段に応じた非戦スキルやギフトなどが必要になるでしょう。真贋を見極める都合上、『美術』『鑑定眼』『色彩感覚』などが特に有用です。
なお、警備員は名声(悪)が高い傭兵などが多いようで、もしイレギュラーズの名声(悪)が高ければ雇われ警備員として違和感なく紛れ込めるかもしれません。
実行パートである午後十二時になると、いよいよレンブラントの絵画を盗む為に作戦に移ります。
絵画を盗み出すのに要する時間は、調査パートの結果で大きく変わる事でしょう。
戦闘が得意な人物が騒ぎを起こして時間稼ぎしたり、何かしら隠密に役立つ技術を持つ者が美術館に潜入したりするなど色々方法があるかもしれません。
このパートにて依頼人である『影男』と合流し、彼女と共同で作戦を実行します。
●エネミー情報
『警備員』*多数
幻想国家で活動するガラの悪い傭兵、はたまた犯罪者達の集まりです。
実力はバラバラですが、そのどれもがイレギュラーズほどではないでしょう。
どちらかといえば数にモノを言わせた警備の多さ、無尽蔵ともいえる増援の方が厄介です。
調査パートにおいても変装や心情を見抜く技術もそれほどではないでしょうし、やり方によっては口車に乗せやすいかもしれません。
『衛兵』*10
幻想の治安を守る為に活動している衛兵達です。
彼らは真っ当な倫理観を持った人間であり、イレギュラーズに対応出来る程度の実力も有しています。
騙したり口車に乗せるのは比較的難しく、変装や演技の経験が無い人物の不審を容易く見破ります。調査パートにおいても戦闘パートにおいても厄介な存在となるでしょう。
●NPC情報
『トウェンティ・クラウンベル』
恋屍・愛無(p3p007296)の関係者。
幻想のスラム街出身の情報屋で、スラム街の子供達に仕事を回す面倒見の良い女の子です。
しかし怠惰な人が大嫌い。「働かないヤツは死ね」と豪語する。
どうやらレンブラントの絵画の真贋を見極める自信があるようで、調査パートにおいてイレギュラーズの作戦に応じて美術館に潜入します。
なお、戦闘パートには参加しません。
『エディ・ワイルダー』
ローレット所属のいつものアサシン傭兵。
ある程度の隠密技術と戦闘力と、【不殺】の技術を有しています。戦闘で万が一【不殺】が一人も居ないといった事態を防ぐ為にも、状況に応じて作戦を指示をするのがよいでしょう。
ただ、詐術や演技はド下手クソなので調査パートでは一般客や警備員として参加させない方が無難です。
『影男』
世間を騒がせる怪盗。高度な幻術や隠密術を有している、人を殺さない人物だと噂されています。
その人物像と実行パートの性質上から、影男の戦果は期待出来るでしょう。しかしその技術の詳細は不明瞭で、作戦の指示や相談を出来る機会が限られるかもしれません。
なんにしても影男一人きりに任せられるほど依頼は楽観視は出来ないでしょう。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
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